真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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52:魏/騒がしい日③

94/武への想い、約束のお酒

 

 ……最近、誰かに見られている気がする。

 

「………」

 

 とある日の中庭でのこと。

 稟の健康管理も順調で、最近鼻血の回数が減ったかな~と思いながらの鍛錬は続く。自主鍛錬は禁止されているので、誰かの手伝いって立派な名目の下でだ。

 しかし……なんだろう。

 

「………」

 

 やっぱり誰かに見られている気がしてならない。

 現在は魏将のほぼが中庭に居るから、そりゃ誰か見るだろうってなものなんだが。

 なんかこう……ちらりと見られるとか、そんなんじゃないんだよな。

 街でも似たような視線、感じるし。

 

「よっしゃ一刀っ、ウチと軽く()ろ~!」

「へ? あ、おおっ! 武器はちゃんと刃引きしたものを───」

「な~に言うとんねん一刀、刃やろーが木剣なんぞで受け止めるくせして」

「受け止められなかったら斬られるんですけど!?」

「ほなら背刀(むね)でいくから、なっ? な~っ? 慣れたもんやないとやっても楽しないもん~!」

「あー……わ、わかったわかった、わかったからそんな駄々捏ねないの……!」

 

 しかしそんな視線も、一対一の模擬戦が始まれば気にしていられなくなる。

 ……今日は戦としてではなく、個々の鍛錬目的の模擬戦祭り。

 ちらりと見れば、用意された椅子にどっかと座る華琳が、せいぜい楽しませて頂戴って顔でこちらを見ている。

 ええい人の鍛錬は結局潰したままだっていうのに、楽しませることだけはしっかり要求するんだからな、あの覇王さまは……!

 

「……すぅ……はぁ……。んっ───覚悟、完了」

「……やっぱええな~♪ ウチ、一刀がそれ言う時の顔、好きやわ」

「いろいろ決めなきゃ武器も振るえないんじゃ、未熟もいいところだろ。……じゃ、行くぞ?」

「“いつでも”や───っと!」

 

 “いつでも”を耳にすると同時に地を蹴り一閃。

 霞はそれを軽く避け、飛龍偃月刀を突き出───されたそれを、さらに地を蹴ることで躱し、横に回り込むと再び一閃。

 霞も同じく足捌きでソレを躱すと、横薙ぎの一閃で俺を射程から退かせた。

 

「んー……♪ 男でこういう緊張持たせてくれるなんて、やっぱウチ一刀のこと好きになってよかったわ~♪」

「あっさり返してみせたくせに、よく言うなぁもう……!」

 

 距離が離れたからか、霞は片手で飛龍偃月刀を持ち、肩の上でトストスと弾ませながら笑う。それを隙と取って駆け込むか……と考えて、やめた。

 明らかに誘いだ。

 重心が前に向いていて、多分だけど走った途端にぶちかましが来る。

 怯んだところへ容赦の無い連撃……背刀打ちはするだろうけど、そんなの鉄棒でボッコボコに殴られるのと変わらない。

 

(もっと意識を集中させて……)

 

 氣は霞に付着させた。

 そうすることによって、霞の動きに相当集中出来るようにはなったものの……勝てるかと言ったらNOだ。が、NOだからって簡単に諦めたくはないのが、曲がりなりにも鍛錬をする者の根性というか。

 

(霞だけに集中……意識の全て、氣の全てを……。雪蓮のイメージにデコピンかましたあの時のように、ただひたすらに……)

 

 霞は俺の動きをじっと見ていた。

 俺も、それを返すようにじっと見る。

 周囲には俺や霞を見守る魏将と王。

 しかしそんな視線もやがて気にならなく……いや、意識することすら出来なくなるほど集中。

 意識の束をこよりのように細く束ね、霞という一点を穿つモノになった意識のままに、地を蹴り向かった。

 霞もいい加減待つのは飽きたのか、待ってましたとばかりに得物を振るう。

 それを、氣の移動、重心の移動、呼吸の移動、様々な支えを以ってして弾き、「おっ……!」と何処か驚きと嬉しさを混ぜた声を耳にする。

 

(集中しろ、集中……! 蒲公英や翠や星の槍に比べれば、点よりも線が多いんだ……!)

 

 突きではなく斬りの多さに対処し、連撃を弾いていく。

 まともに受ければ手が痺れるだけでは済まないそれを、氣で衝撃ごと逸らすことで。

 

(本気じゃない分、まだ恐怖に飲まれることもない……だったら今の内に慣れて……!)

 

 雪蓮っていう“本気”のイメージのお陰で、恐怖に飲まれることなく武器を受け、振るう自分を保っていられる。

 そしてそれは、武器を合わせる毎に自分に勇気を与え、一手ずつだがこちらの攻撃回数を増やしていく。

 

「おっ、おっ……おおっ!?」

 

 対する霞は意外そうな、しかしやっぱり楽しげな顔で、そんな一撃一撃を確実に弾いていた。ほんと、つくづく戦人です。戦うことで自分の存在意義を保つって言ってた意味が、文字通り骨身に染みる。

 

「~……一刀っ!」

「応っ!」

「前にウチがゆーたこと、覚えとるかっ!?」

「いぢっ……~っと……! もちろん……だっ!」

「ほっ……そかっ!」

 

 受け止め、返し、弾き、弾かれを繰り返しながら話す。

 自分はあくまで武官であり、戦が終われば用済み。

 戦うことで自分を自分と認められる彼女が、いつか俺にそんなことを話してくれた。

 それを思い出した上で、今の自分にその思いを返してやれるかを……木刀に乗せ、返す。

 

  “狡兎死(こうとし)して走狗煮(そうくに)らる”

 

 たとえ誰が……華琳が、俺が、誰もが否定しようとも、俺達が天下を取るための駒にすぎなかったのだとしても、平和さえ手に入ればいずれは人知れず始末されるだけの用無しの狗なのだとしても、狗には狗の生き方があるのだと。

 兎を追うだけが走狗の役割じゃないのだと、伝えるために。

 

「狩る兎が居なくなったなら、別のことが出来る狗になればいいさ! 飼い主がそれでも狗を煮て食らうって言い張るなら、その時点でもう飼い犬じゃなく食料扱いなんだから、牙を剥けばいい!」

「おー! そら孟ちゃんも喜びそうやなー! ほなら一刀っ、ウチが食われそうになったら一緒に噛み付いてくれる!?」

「本気で霞を食うつもりなら、喜んで一緒に噛み付いてやるっ!」

「───へわっ!? や、え……冗談やったのに、大きく出たな、一刀……」

「非道な王であるなら、討ちなさいって言ったのは華琳だからな。それを見過ごさずに止めるのが、臣下の務めってやつだろ?」

 

 急に動きが鈍った霞の眼前に、突き出した木刀が止まる。

 霞は「せやなぁ……せやった」と目を伏せて笑い、飛龍偃月刀の石突きをドンと地面に叩きつけると、さっぱりした顔で「まいった、ウチの負けや」と続けた。

 途端、周囲からは悲鳴にも似た歓声(?)が。

 

「隊長のアホーッ! なんで勝ってまうねんーっ!!」

「ここは綺麗に負けるところなのーっ!!」

 

 ……どうやら賭けられていて、しかも負けたらしい。

 悲鳴にも似た歓声だったのはその所為か。つーか少しくらいは隊長の勝利ってものを願ってだな……って、凪さん? あの……何故、少し嬉しそうな顔で俯いてらっしゃるの?

 え? もしかして賭けてた? いやむしろ無理矢理賭けさせられて……でも勝った?

 

「なんか複雑だ……」

「好きにやらしとけばえーよ。それより一刀~♪」

「うおっと!? し、霞!?」

 

 突如として霞が抱き付いてきた。

 何事!? となんとか顔を覗いてみると……なんだかとろけてらっしゃった。

 

「なぁ一刀~……? ウチの好み、覚えとる~……?」

 

 とろけた顔、とろけた声で訊ねてくる。

 好み? 好みって確か……

 

「えーっと、自分より弱いヤツは好かんねん、だったっけ。男はそれこそいっぱい居るけど、自分より弱いからいやや~って───あれ?」

 

 そこまで言って、思考が固まった。

 なにくそ、と無理矢理思考を回転させてみるが……いや待て、待つんだ。

 だってこんなの、会話の隙を突いた勝利で……霞が本気できたら、俺なんてあっという間にゲファーリゴフォーリ(悲鳴)ってコテンパンだぞ?

 むしろ星あたりなら“卑怯なっ!”とか言って無理矢理続行だ。

 それでも負けたら三本勝負だ~とか言い出して。うん。

 ともかく。そういったことをしっかりと話して聞かせると、霞は口を尖らせぶーぶーと文句を飛ばしてくる。素直に好きにさせろーと言われているみたいで、もう喜ぶべきなんだろうけど喜べないっていうか。

 

「せやったら次や! 一刀……ウチ今から本気出すから、受け止めて……くれる?」

 

 うだうだぬかすなー! とばかりに、がーっと勢いよく口を開いた霞……なのだが、最後には勢いが全く無くなってしまった。

 もちろん俺はそれを受け容れる。

 や、だってさ……不意打ちで惚れられるって、物凄く悲しいじゃないか。

 大事に思えばこそ、たとえここで負けたとしても、あれで好きになられるとかは勘弁だ。

 ちっちゃな男の子のプライドを胸に持ち上げてみるが、それでもなんとなく情けなく思うのはどうしてかなぁ……日頃の素行の所為ですか?

 

「………」

「………」

 

 そんなわけで再び対峙。

 俺はといえば緊張を飲み込み、再度覚悟を胸に、ノック。

 霞はといえば、なにやらぶつぶつと口からこぼしていて……えと、なに? 試練? 一刀をもっと好きになるための試練……って、なにを仰っておいでで!?

 うわ、なに!? 顔が勝手にニヤケ……じゃなくて集中集中!! ……ギャアだめ! 霞に集中すればするほどさっきの言葉が胸を叩いて……! だっ……だめぇええ! 胸はだめぇええ! せっかくノックと一緒に胸に込めた覚悟が散っちゃうぅうう!!

 

「……いくで、一刀」

「!!」

 

 ……一瞬だ。

 霞の、引き締められた表情を見た途端、その想いに応えるって感情が俺の心を殴り倒し、顔のニヤケを完全に無くさせた。

 ……想いには想いを、全力には全力を。

 向き合い、視線に視線を返し、フッと息を吐くのとほぼ同時に、俺達は駆けていた。

 大して離れていたわけでもない。

 本当に一瞬で決着はつき……───

 

「………」

「~♪」

 

 少し後。

 戦っていた中庭の中心からも離れ、春蘭と秋蘭の戦いっていう珍しいものを、みんなと一緒に座りながら見ている……んだが。

 ぶつかりあった時からずぅっと唖然としていた表情から一変、霞は俺の腕に抱き付き、離れなくなってしまった。

 

「………」

 

 なにをしたのかといえば、危険を承知で霞の攻撃を氣で“吸収”して返してみせたわけだが……その結果がこれだった。

 もちろんブチ当てることはせず、寸止めしたあとは吸収した衝撃も地面に逃がした。

 受け止め方が甘かったのか、左腕が滅茶苦茶痛いんですが。

 そんな返され方を男にやられたのなんて初めてだったんだろうなぁ……霞は少しだけ、ほんの短い間だけ、負けたことを悲しんで……それからはカラッと元気に……抱き付いてきたわけです、はい。

 

「あ、あのな、霞~……? さっきのは相手の攻撃を受け取って、相手に返すってもので」

「一刀が自分の氣ぃでやったことなら、一刀の勝ちやん」

「いやあの……そ、そうなの?」

「じっ……自分に訊かないでくださいっ」

 

 言葉に詰まって、近くに居た凪に声をかけてみると、凪も困惑なさっていた。

 

「んー……ところでやけど一刀? 甘寧相手の時にはなんで、さっきの使わなかったん?」

「あ、ああ……一緒に鍛錬やってた相手だから、こっちの行動の全部が見切られてるんだ。どうやれば出来るのかも、魏に帰る途中で話しちゃったし。だから全力でぶつかるしか方法が無くて」

「なるほど、手ぇ抜いとったわけやないんやな」

「いえあの、手なんか抜いたら俺が普通に死ねるんですけど」

 

 むしろ全力の全力で行っても見切られすぎてて全てが空回り。

 あの恋の一撃を受け止めたーとか、その上で返してみせたーとか、そんなものはなんの力にもなりはしない。見切られていたら、どうしようもないのだ。

 恋には勝てたわけでもないし、結局空を飛ぶハメになっただけなんだ。

 世の中、そう上手くはいかないものなのです。

 

「………」

「? 凪? どうかしたか?」

「あ、いえ……隊長が戻ってきてから、隊長の身の振り方を見るのは初めてでしたが……」

「凪ちゃん、驚いたやろー♪ ウチも初めて見た時はたまげたもんな~♪」

「なにもかも、凪に氣を教わったからだよ。そうじゃなきゃ、あんなに動けないし」

「ちゅーか一刀? 普段どんな鍛錬やっとったん? 天で一年間鍛錬しても大して上達せぇへんかったのに、呉、蜀と回って戻ってきたら段違いや」

 

 孟ちゃんが禁止するくらいやから、相当なんやろなーと続ける霞。

 そんな彼女に鍛錬メニューを話して聞かせると……軽く引かれた。

 

「あ、あー……なるほど、そら強なるわ。けどそれ、体っちゅーよりは氣を鍛えとる感じやろ。見たとこ、体つきとかそう変わったようには見えへんもん」

「そうなのかな。一応鍛え方にもいろいろあって、俺は盛り上がる方の筋肉じゃなく、内側の持久力が主な筋肉を鍛えてるから、体つきがそう変わらないのはその所為だと思うんだけど」

「へー、そんなんあるん?」

「一瞬の力よりも長く行使出来る力だな。それを鍛えると、そんな感じになる。ただ、あんまり盛り上がらないのも不気味って言えば不気味だ」

 

 胴着を軽くはだけ、力こぶを作ってみる。

 ……あまり発達したようには見えない。

 

「霞、ちょっと飛龍偃月刀貸してもらっていいか?」

「ん、一刀ならえーよ」

 

 片手で渡されるそれを、両手でぐっと受け取る。

 よし重い、こりゃ重い。

 すぐに氣を腕に集中させて持ってみるが、それでもやはりズシリとくる。

 こんなのを片手でかー……鈴々の蛇矛は何度か借りて振るってみてたけど、これもなかなか……。

 

「なぁ一刀? 走るだけやのぉて、重りをつけても走ったんやろ?」

「機会は少なかったけどな。武器を使わない誰かから武器を借りて、体に括り付けて走ったり……束にした模擬刀を背負って走ったり、いろいろやったなぁ」

 

 もちろん、最初は少しずつ。次の時には前より重く、一歩でも先へ。

 以前より先へ進めないなら鍛錬の意味なんて無い。

 だからこそ、どれだけ辛くても一歩前へ進むことは諦めなかった。

 

「ていうかすごいな春蘭。放たれる矢を片っ端から叩き落とすって、普通出来ないだろ」

「む。あんなんウチかて出来るもん」

「へ? あ、ああ、霞なら出来るだろうなぁ……俺はちょっと無理っぽい」

 

 どうしてか口を尖らせる霞に、軽く首を傾げながら返す。

 俺だったら……“見えた!”と思ったら突き刺さってただろう。

 

「凪はどうだ?」

「秋蘭さまの弓術の前では、捌き切れるかどうか……」

「そ、そうか」

 

 それってつまり、秋蘭以外から遅れを取るつもりはないと?

 訊けばそんなことはないって言いそうだけど、凪も結構負けず嫌いな感じってあるよな。

 ……っと、終わった。春蘭の勝ちか。

 

「放つ矢の全てを叩き落とされながら近づかれたら、間近に来られるより先に降参しそうだよ、俺」

「確かに、ちょおっと怖いかもやなぁ……もちろん、最初から負ける気もあらへんけど」

「そっか。それは、霞らしいな」

 

 霞が霞らしくなくてどうするんだって話だけど、霞はそんな俺の言葉を笑って受け取っていた。俺の腕に抱きついたままだから、そこからくる軽い振動がくすぐったくも心地良い。

 

「……あの、隊長」

「うん?」

 

 そうしてゆっくりと呼吸をしていると、突然横の凪が真面目な顔で俺を見る。

 「どうした?」と返すも、凪は数回視線を泳がせ……その間、何度か俺と視線を交差させながら、しかし最後にはキッと俺を見て───

 

「そのっ、じ、自分ともっ! 自分とも、手合わせを願いたいのですがっ……!」

「………」

 

 どこの告白劇場なのか。

 少しだけドキドキしていた俺の心は、軽くくてりと倒れてしまった。

 しかしながらせっかくのお誘い……断る理由もなく、俺は木刀を手に、華琳に一度断ってから中庭の中心へ。

 霞が楽しげにどっちも頑張れ~って声を投げ掛けてくる中、イメージを重ねながらゆっくりと構えた。

 武器が拳と蹴りである分、連撃精度は剣や槍よりも余程に早い筈。

 そしてなにより気をつけるべきは氣弾での攻撃……だよな。

 やってこないとは思うけど、確実とは言い切れない。

 なにはともあれ氣の師匠にぶつかるつもりで───挑戦させてもらう気持ちで構え、合図を待ってからぶつかり合った。

 そして、そのすぐ後。

 数撃合わせただけで、体術相手には木刀でも中々辛い事を知る。

 

「はぁあああっ……───せいっ!!」

 

 連撃を繰り出す……んだが、とことん手甲によって受け止められ、弾かれ、逸らされ、怯んだ瞬間にはもう、相手は攻撃に移っている。

 それをなんとか身を捻ることで避けるんだが、追撃の速度も長柄のものとは比べものにならないほど早く、秒を刻むごとに防戦しか出来ない俺が出来上がっていく。

 

「はぁあああっ!!」

 

 加えてこの攻撃の重さときたらっ……!

 一撃一撃にしっかりと氣が乗っているもんだから、受け止めるだけでもぎしりと重い。

 逸らすにしたって難儀して、けれど凪はこうやってねばる俺を相手にする毎に目を輝かせて、どこまで受け止めてくれるのかを試すようにどんどんと強くしてキャーッ!? 凪!? ちょ、凪っ!? 凪さんっ!? 回転が速い! 重い! 鈴々じゃああるまいし、この連撃はちょっ、とっ、たわっ、たっ、とっ!!

 むむむ無理無理無理! 一旦距離を取って───ってギャアーッ!?

 

「せやぁあーっ!!」

 

 戦いに意識が向かいすぎたのか、興奮した凪が足を振るい、燃え盛る氣弾を発射!!

 丁度氣で地面を弾き、大きくバックステップをした俺へ目掛けてソレは飛んでくる!

 

(エ? 死ぬ? 死ぬの? ……じゃなくて集中!)

 

 コマンドどうする?

 

1:鈴々のように武器で破壊してみせる

 

2:根性で耐えてみせる!

 

3:氣で吸収、こちらも氣弾で返してやる

 

4:甘んじて受ける

 

5:自ら後ろへ飛び、ダメージを低くする

 

 結論:……3!

 

 考える余裕なんてない!

 成功するかもわからないからこその一か八か!

 着地するより早く右手に木刀を、左手は飛んで来る氣弾に向けて構えて───着地と同時に左手を襲う痛みを、瞬時に自分の氣と一緒に体の表面を走らせて右手の木刀へ装填!

 氣弾を吸収するなんて初めてのことだったために激痛が走ったけど、熱くなったとはいえ全力には全力を以って返す。それが戦人への敬意だと俺は受け取った。

 だからと、足を振り上げた状態で硬直している凪へと、渾身の一撃を……返した。

 

「うおぉおおりゃぁああああーっ!!」

 

 アバンストラッシュと勝手に呼ばせていただいている剣閃を、凪の氣も乗せて放つ。

 金属と金属が鋭くぶつか合ったような音を立て、空を裂くそれは凪へと飛ぶ。

 そんな氣の向こうに見えた凪の顔は驚愕に染まっていて───轟音ののち、ソレは破裂した。発生する煙に凪の姿を見失う。

 

「っ───まだだっ!」

「っ!!」

 

 しかし、自分に向けられるなにかを感じ、構えもそのままに地を蹴り走った。

 直後、煙を裂いて走ってきたのはやっぱり凪。

 派手に爆発したわりには無傷。

 恐らくギリギリまで引き付けてから再び氣弾でも放ち、相殺してみせたんだろう。

 引き付ける理由は、当たったと見せかけるためか。

 軽い想像が終わる頃には木刀と手甲がぶつかり、緊張を保たせたままの連撃が続いた。

 いや、なんとか続けていられるって状況だ。

 なにせ今の剣閃で氣を思い切り使ってしまった。

 やっぱり飛び道具は苦手だ……! 底を尽きませんようにって願ったけど、そう上手くはいきませんねハイ。

 そしてそんな状態が長続きをする筈もなく……少しして、氣を使い果たして降参する俺の姿がそこにあった。

 

「は、は……はぁ……はぁー……やっぱ強いな、凪は」

「いえ。隊長こそ、よくここまで……」

「あーん隊長のどあほーっ! なんで負けてまうんやーっ!!」

「………」

 

 そしてまた真桜に怒られる俺。

 いや……人を、というか王が見てるところで普通にトトカルティックなことをするなよ。

 

「しかし隊長、途中から随分と動きに乱れを感じましたが……」

「あー……すまん、実は氣の放出には慣れてなくて。氣弾は放てるようにはなったものの、気をつけて撃っても大半を使っちゃって、長続きしないんだ」

「……なるほど。動きが急に遅くなった理由がそれ、ですか……」

 

 やっぱり目に見えて動きが鈍くなったようで、凪は少し残念そうな顔で俺を見る。

 そんな目をされると、こちらとしても申し訳ない気分で……

 

「そんなわけだからさ、また氣のことを教えてくれないか? もちろん、凪が良かったらだけど」

「あ、いえ、もちろんそれはっ! けどその……自分なんかで、本当に……?」

「いや、俺、凪以外に氣を上手く繰れる人、知らないんだけど。それに、教え方も上手かったし、むしろ凪にこそ頼みたいんだ」

「……わたし、こそに……」

 

 俺の言葉を自分で呟いた凪。

 その顔はみるみる赤くなってゆき、直後に「ハッ! 了解しました!」と元気な返事が。

 

「一刀が帰ってきてからの凪ちゃんは、素直でかわええなぁ~……あ、一刀? その鍛錬ウチも混ざってええ?」

「? べつにいいと思うけど……霞、氣弾を使ってみたくなったのとか?」

「ん、なんもない。これといった理由なんて、な~んもないよ」

「そうなのか」

 

 特に理由もなく鍛錬に付き合ってくれるのか……霞って基本的には付き合いはいいよな。

 面白そうって理由があれば大抵のことには付き合ってくれるし。

 ……つまらなかったらあからさまに退屈そうにするけどさ。

 

「兄ちゃーん、今度はボクとやろーっ?」

「お、ほれ一刀、呼ばれとるでー」

「え゛っ……いや、俺、氣を使い果たして……は、まだいないけど、それでも随分使っちゃってて……!」

「あ、そやった。あんだけやったらそら氣も底を尽くっちゅーもんやな」

「…………でもなぁ」

 

 ちらりと、俺を呼ぶ季衣を見る。

 嬉しそうにモーニングスター……岩打武反魔を軽々と振り回す季衣さんを。

 ……誰かと戦うたびに、地面にクレーター作ってたと記憶するアレと、氣が少ない状態で戦えと?

 

「…………霞」

「ん? なに一刀」

「いい酒の話があるんだ……。この戦いが終わったら、一緒に……華琳に話を通しにいこうな……」

「酒? 許可? …………もしかして前にゆーとった天のっ!?」

「いえあの、隊長……その言い回しだと、帰ってくるのは至難の業かと……」

「大丈夫だよ。約束したもんな、霞。絶対に……お前に天の酒の味を……」

「一刀……」

 

 死亡フラグを立てまくりつつ、俺もやがて立ち上がった。

 向かう先はにっこにこ笑顔の季衣のもと。

 

  ……その日。

 

  構え、模擬戦が始まった僅か3秒後に、俺の悲鳴が中庭にこだました。


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