真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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53:魏/G(魏)の食卓②

 夜が訪れた。

 食事時はとっくに過ぎていたが、それでも完成まで待ってくれた華琳に感謝を。

 ……調理している最中、どっかから桂花の叫び声が聞こえたりもしたが、大丈夫。俺は何も聞かなかった。結局誰もが忙しかったらしくて手を借りれなかったから、緊張の嵐だったし。聞こえなかったよ? うん聞こえなかった。

 そんなわけで厨房に招き、一対一のハラハラドキドキ状態で「さぁ、食べてみてよっ」とお決まりの言葉を。そう、一対一なのだ……緊張するなってほうが無理だ。断言する、無理だ。

 華琳は用意された場所に座り、「頂くわ」と返して少量のまろやかマーボーを一口。

 レンゲで掬われたソレは、湯気を元気に虚空へ揺らす出来たてアツアツのもの。

 塩分はやっぱり控えめだ。何故ってそりゃあ───

 

「……ふぅん」

 

 一口食べ、咀嚼して、嚥下。

 感想は“ふぅん”だけ。

 しかし出された分はしっかりと食べ、材料を無駄にはしないという姿勢を見せたのち、改めて……「一刀。これはいったい誰のために作ったものなのかしら?」とのお言葉。

 そう訊かれるであろうことを予測していたから、即答───では返さず、少し間を置いて返す。即答すぎると気分悪くなるし。

 

「それは稟のために作ったものだな。元々、稟の鼻血を止めようって作ったものだし、きっかけを忘れちゃあいけないと思って」

「随分と薄味なのね」

「塩分取りすぎたら血圧上がるからな、血管によくない。そんなわけで薄味。で、本命の華琳用がこちらに出来ております」

 

 はい、と差し出すのは華琳用に作ったまろやかマーボー全力味。

 稟用のものより少し赤みが強いが、辛さが強いとかそういうものかといったらそうでもない。なにせまろやかマーボーだし。

 

「さあ、食べてみてよっ」

「……あまりに少量だからおかしいと思ったわ」

 

 レンゲを手に、マーボーを掬って一口。

 まだ熱いそれを軽く口で転がし、咀嚼し、飲み込む。

 それが終わると華琳は「へぇ……」とどちらともつかない意味深な声をもらす。

 俺は……そんな華琳を冷静な顔で、しかし内心ハラハラドキドキで眺めつつ、正式採用綿菓子くんを使用しつつ綿菓子を作っていた。

 

「あ、もしかして辛かったか? 四時食制騒ぎのことも考慮して、辛さは控えたんだけど」

「だから! あれはわたしの好みの問題じゃないと言ったでしょう!?」

「お、おお……」

 

 怒られてしまった。

 いや……だ、大丈夫、大丈夫だ……落ち着け北郷一刀。

 ダメならダメで次に活かすんだ。

 大丈夫だってハハハ、ダメだとしたら同じ食材で次元の違う料理作られてボロクソ言われて落ち込んで立ち直れなくなってアァアア落ち着けねぇええーっ!!!

 ハッ!? く、口調口調! 心の中でも落ち着きを持つ武士然と構えよ!

 いやむしろ給仕的なことをしているわけだから、いっそ執事っぽく? ……一発で却下&ダメだし食らいそうだ。やめておこう。

 

「………」

 

 さて。考え事をしているうちに綿菓子が出来てしまった。

 考えごとに熱中するあまり、無駄な雑念が生まれなかったからなのか、今までで最高の仕上がりだったりした。俺、変に意識しないほうが物事成功させやすい性質なのかな。

 

(………)

 

 なんとなく、これを格好よく虚空に突き出し不敵な笑みを浮かべる華琳を想像してみる。

 ……意外や、なかなか似合っていた。

 

(っと、考え事もここまでか)

 

 華琳も食事を終えたようで、小さく息を吐いて俺を見た。

 さあ、どんな言葉が来るのか……?

 

「……………」

「………」

「………………」

「……」

「……?」

 

 あれ? 感想がこない……?

 

「……なにをしているのよ。早くそれ、渡しなさい」

「え? あ、ああ」

 

 ……やっぱり料理に対する感想は無しのようだった。

 ゴクリと喉を鳴らして待っていたのに、意外なくらいにあっさりと要求されるデセル(デザート)。

 あの華琳が俺の料理に対して何も言わない……? み、妙ぞ、こはいかなる……って、それはいいからとにかく綿菓子。

 

「………」

 

 はいと手渡したそれを、珍しそうに見る華琳さま。

 こころなし、目が輝いておられるような気が……しないでもない。

 やがて最初はチロリと舌で舐め、甘さに少し驚いてからハモリと綿菓子を口にする。

 一言で言えば甘いだけの菓子で、味も砂糖なソレだが……シンプルさとカタチが良かったんだろうか。華琳は綿菓子の感触と軽い甘さをモフモフと堪能して、少しだけ顔を綻ばせた───と思ったらビシッと引き締めた。

 あー……わかるわかる、綿菓子ってどうしてか顔が緩むよな。

 甘いだけで大して美味しいってわけでもないんだけど、緩むんだ。

 俺はもういろいろ考えるのはやめにして、そんな華琳の表情を楽しむことにした。

 ジト目で睨まれても知りません。だって華琳の傍に居るのが役目ですもの。

 

「………」

「………」

 

 ややあって、綿菓子がただの棒だけになる。

 無言なままに完食した華琳は、棒を置いてから……ここでようやく俺へと言葉を投げる。

 華琳の食事風景を堪能した俺はといえば、もはや何を言われても構わぬと心が満たされた状態で、そんな彼女の言葉を迎えた。

 

  ……で、それはもうボロクソ言われた。

 

 材料の切り方、熱しすぎて形が崩れすぎ、稟のものに比べると味が少し強い、落ち着かせたほうがまろやかではある、等々……表現は自分のためにもやわらかくしているが、こと料理関しては厳しい華琳。簡易的な説明じゃないのであれば、笑顔など吹き飛ぶほどのきつい指導がございました。

 そして…………そして。

 

「うまっ!?」

 

 同じ材料、同じ条件で、初めて作ったもので唸らされた。

 こ……これが覇王か……! 様々を興じてこそと言うだけはある……! 食べてからそう時間は経ってないから、そこまで腹は減ってなかったのに……っ……味覚が、味覚が俺に次を寄越せと命令を……!

 

「………」

「んぐっ、んっ、はぐっ、あちちっ……!」

 

 いつ料理の練習しているのかもわからないが、これは勝てない。

 マーボーを掻き込みよく味わいながら咀嚼し、飲み込む。その動作を何度も繰り返し、やがて全てを食し終えると……手を合わせて「ごちそうさま」を心から放った。

 さっきからじ~っと見られている気がしたが、食事に集中したかったから集中した。それも終わった今、暖かな満足感を胸と腹に抱き、ハフーと幸せな溜め息を吐く。

 

「いや……まいった。同じ材料でここまで差をつけられるとヘコムな。なのに美味いから満足しちゃうし。……もう言ったけど改めて、ごちそうさま、華琳。めちゃくちゃ美味かったよ」

「───! ……当然よ、このわたし自らが作ったんだもの」

 

 その割りに、一瞬だけ安心したような顔をしたような。気の所為? 本当に一瞬で、今は得意気に軽く胸を張っているだけだけど。

 や、でも美味かった。美味かった……けど、さすがに食いすぎた。

 食べてきたことは知ってたんだから、もうちょっと量を減らしてくれてもよかったのに。

 もしかして華琳って、少ない量じゃあ料理が出来ない人? ……まさかだよな。そうだとしても、完食してしまった俺が言っても説得力がない。

 

「稟の食事の世話って、華琳がやったほうが喜ぶんじゃないか? 俺じゃあこんな味出せないもん」

「だめよ。それは一刀、あなたの仕事でしょう?」

「む。それは確かに、俺が始めたことだけど」

「それにわたしのは一刀用に味付けをしたものよ。血管への作用なんて詳しいわけじゃないし、わたしの作り方で稟の鼻血が止まる確証も自信もないもの」

「おお……」

 

 塩分摂取が過剰になれば血圧を高める。なるほど、俺が言った言葉だ。

 血がさらさらな方が、鼻血が出た時に止まりにくいってのもあるけど……それはそれだな。味は薄いほうが健康にはいいと思う。

 

「じゃあ、これからも稟の食事の世話は俺がやっても?」

「ええ、構わないわ。それから一刀。天の料理を、知っている限りわたしと流琉に教えなさい」

「天の料理を? いいけど……どうしたんだ、急に」

「べつに。久しぶりに腕を振るったら、いろいろと試してみたくなっただけよ。いいものがあるのなら、四時食制に加えるのも悪くないと思うのも当然でしょう?」

「そんなもんか」

「ええ、そんなもんよ」

 

 そう答える華琳はどこか楽しげだ。

 ……あ、ちなみに華琳式まろやかマーボーはしっかりと辛さ控えめだった。

 彼女の味覚がそうさせたのか否かは別として、まろやかさは伝わった。

 

「じゃあ、片付けるか。あ、俺がやっておくから華琳は…………って、どした?」

 

 空になった食器を揃え、持ち上げようとした俺をじ~っと見つめる華琳。

 米粒でもついているのかと、食器から手を離して頬に触れてみるのだが、そんな感触は一切ない。なんだろ、俺、ヘンなこと言ったっけ?

 

「あれ?」

 

 しかしここであることに気づく。

 華琳が食べ終えてから置いたはずの、綿菓子の棒が見当たらず……

 

「………」

「………」

 

 なんか、華琳が持ってらっしゃった。

 視線に気づいた華琳がすぐに隠すがもう遅い。

 

「……もう一回、作ろうか?」

「~……!!」

 

 軽く俯いた顔が真っ赤になり、それが恥ずかしかったのか震える彼女に笑みを向ける。

 どうやら気に入ってくれたらしい。

 無言で差し出された棒を手に、もう一度綿菓子機の前へ。

 しかし一度置いた棒で作ると文句が飛びそうだったから、別の棒を用意。

 作る過程から見せて、無言で綿菓子が作られるのを見る華琳の顔を見るのは、口には出来ないが縁日で燥ぐ子供を見ているような気分だった。

 

「華琳さ、やっぱり辛いのより甘いもののほうが好きだろ」

「っ……だ、大事なのは味を判断する味覚よ。辛いだけでは味なんてどうでもよくなるって、前にも言ったじゃない」

「じゃあ、辛いものと甘いもので言ったらどっちが好き?」

「だからっ、辛いとか甘いとか、そんなことはどうでもいいのよっ」

「そっか。ちょっと思いついたものがあったから、甘いものが好きならやってみたいことがあったんだけど」

 

 ぴくり。

 甘いものって言葉に、なんとなく華琳が震えたように見えた。

 

「天では暑い日にはアイスってのが人気なんだけどさ。丁度大陸って場所でもあるし、真桜あたりなら硝石くらい持ってると思うし、牛乳もあるしでアイスが作れると思うんだが」

「あいす?」

「冷たいお菓子だよ。前に流琉に頼んでクッキー作ってもらったけど、それとはちょっと違う、牛乳とか砂糖とかを冷やしながら混ぜたもの……かな? 混ぜたものを冷やすでもいいけど」

 

 生クリームはほっとけば浮いてくるだろうから、それを取ってもらっておくとして……氷は水と硝石で作って、香り付け……バニラエッセンスとかは酒で代用しよう。みんな、お酒好きだし、たしかあれってバニラの香りをアルコールに溶かしたものだった筈。

 

「冷たいお菓子……天は本当に興味深いことばかりね。いいわ、それは明日にでもあなたが作ってみせなさい」

「明日か!? や、確かに非番だけどさ。華琳は仕事あるだろ? サボらない限り、ほぼ」

「時間なんて作ればいいのよ。それをするための準備はあなたが戻る前から出来ているのだから。……まあ、最近は呉蜀から来る要望整理に追われて、時間を割く余裕もなかったのだけれど」

 

 正直だなぁ……まあいいや、華琳が大丈夫だっていうなら出来るだけのものを作ろう。

 よし、綿菓子完成っと。

 

「はいお嬢ちゃん、綿菓子だよー」

「……………」

「いや、睨まれてもな。これが天の国の伝統というか、縁日の常套句なんだよ」

 

 ともかくハイと渡した綿菓子を、溜め息を吐きながら受け取る華琳。

 しかし次の瞬間には何処か楽しげな表情で綿菓子のモフモフとした食感を楽しんだ。

 さて、それじゃあ俺は下準備を始めなきゃだから……

 

「じゃあ華琳、俺これから材料集めに走るから。明日の昼あたりにはご馳走できると思うけど、どうする? 夜のほうがいいか?」

「ええそうね、夜でいいわ」

「そっか。じゃあ牛乳分けてくれたおっちゃんに、アレを捨てないでおいてもらって……」

 

 やることは多そうだ。

 そうと決まれば今のうちからおっちゃんのところへ行って、取っておいてもらわないと。

 

「じゃあな華琳、俺ちょっと出てくるから」

「ちょっと待ちなさい一刀。そのあいすとやらの材料は、そんなにも手に入りづらいものなの?」

「言ったろ、“ご馳走する”って。一所懸命に走ることに意味がある。まあそれは建前にしても、どうせならちゃんとしたの食べてもらいたいしさ。遅くなればなるほど手に入りづらいものもあるから」

 

 そんなわけだからと断ってから行動開始。

 食器を片付けて綿菓子機も片付けて、いざ出発!

 

「だから待ちなさいと言っているでしょう? ……思春を就かせるわ、あまり無茶をするようなら力ずくで止めなさい」

「御意」

「ゥヒィッ!? いっ……居たのか思春! ていうかまた背後!?」

 

 何故か俺の背後から聞こえた声に、悲鳴を上げながら振り向けば思春さん。

 相変わらずの表情で、ただ静かにそこに立っている。好きだなぁ背後。

 

「………」

「………」

 

 しかも俺が動くまで一切動く気が無いらしく、じーっとこちらを睨んで……もとい、見つめてきている。

 ……行くか。せっかく一緒に来てくれるっていうんだから。

 

「じゃあ、またよろしくな、思春」

「……ああ」

 

 目を伏せ、それだけを返すのを確認すると、今度こそと華琳に一言届けてから行動開始。

 厨房を出て、通路を歩きながらこれからの行動を煮詰める。

 

(ん~っと……)

 

 乳牛を飼う人はこれで案外少ないから、牛乳が欲しいと思ったら先に言っておく必要がある。この時代、まだ牛乳を飲んだりする習慣は多くみられないっぽいし。

 これでも増えたらしいんだけどね。

 さて、行動するにしてもまずはどうするか。

 明日は忙しくなりそうだし、今日のうちに出来ることを進めるべきなのは当然だ。

 あー……まずは真桜に訊いて硝石があるかどうかの確認だな。

 無かったら…………えーと、どうしようか。無かったら話にならないんだが。

 火薬の材料には使われてるんだから───って、硝石が火薬の材料として使われるのはもっと後か? いや待て、桔梗の豪天砲は火薬仕様だろ。

 火薬の調合が確立されてるんだから、硝石は普通にあるよな、うん、きっとある。……歴史的には、火薬の調合は唐の時代、今から400年近くあとの話だった気がするんだが、それを言うのはきっとヤボってもんだろう。貂蝉の言う通り、“ここがそういう世界”なだけなのだ。

 

「よし、あとは───」

 

 次の行動が決まってくると、通路を歩む足も早くなる。

 思春に必要な材料と、何処でどれが手に入るのかを話しながら真桜の部屋へ。

 硝石があることを知ると、今度は乳牛がある邑を目指して城の外へ。

 分けてもらった硝石と水を持ったまま氣を使用して、夜を駆ける。

 夜に馬に乗るのはオススメしない。馬も、乗ってる人も危険だ。

 

「三日置きの鍛錬が出来なくなっても、結構走れるもんだな……」

「それはその分、貴様が氣の扱いに慣れてきたからだろう」

「そっか。だったら、氣ばっかり鍛えてたここ最近も無駄じゃあなかったってことか」

 

 夜道を駆ける。

 一応、城を出る時にも街を出る時にも門番にひと声かけておいたから、妙な話は出回らないはずだ。乱世の中じゃあ絶対に出来ないことだな、これは。

 

「思春、思春っ、一から何かを作るのってわくわくするよなっ」

 

 夜空の下を思う存分駆け回っている所為だろうか。

 自分のテンションがちょっとおかしいことを自覚しながらも、湧き出るわくわくを抑えきれない。気分はまるで水を得た魚だ。……この場合、おもちゃを得た悪ガキだな、うん。

 そんなハイテンションな俺をちらりと見た思春は溜め息を吐くだけで、特に言葉を返したりはしなかった。

 だからなんとなく可笑しくなって、でもそんな可笑しさを溜め息で吐き出して……口を開く。城の中では言えないことを、口にするために。

 

「俺さ、思ったんだよ」

「……?」

「や、霞にも言われたことなんだけどさ。狡兎死して走狗煮らる……それってなにも、武を必要とされなくなった武官に限ったことじゃあなかったんだよな。俺だって利用価値が無くなればそれまでで、仕事があるからこうして生きていられる。天の御遣いだから大丈夫~とか、妙な先入観があったんだ」

「……ああ」

「でも、違うんだよな……御遣いだからってずっと何もしないでいいわけじゃない。王だからって踏ん反り返っていればいいわけでもない。やるべきことをやって初めて、自分の場所が提供されるんだよな」

 

 そこのところは結局、何百何千と時間が経とうが変わらないんだなと実感する。

 

「俺は狡兎を狩る走狗にはなれなかったけど、自分に出来ることがあったから魏に置いてもらった。活かせる知識を持っていなかったらって考えると、今でも寒気がするよ」

「それこそただの種馬になるか」

「種馬になる前に捨てられてたんじゃないかな。今の華琳じゃわからないけど、出会ったばかりの華琳なら迷うことなく役立たずは切り捨てたと思う」

 

 なにせ引き合いに利用価値を出したほどだ。

 あの頃の華琳なら、俺への興味を俺ごと早々に切り捨てただろう。そして俺はどこかで野垂れ死にしていた。そんなことを容易に想像出来る時代があったのだ。

 食だってただじゃない。役に立たない奴に食料を分け続けられるほど、豊かだったわけでもないんだ、それは仕方が無い。

 だから今は、こうして自分に出来ることを探しては実行するようにしている。

 利用価値ってものがどうか無くなりませんようにって……まあ、ようするにいつだって怖いのだ。天でだって、きっと働き始めれば同じ事を思うに違いない。

 前にも似たようなことを考えたが、霞と話をしたらそんな思いが強くなった。

 知識が無くても、乱世の中なら“天の御遣い”って名前だけで置かれていたかもしれないが、今ほど待遇はいいものじゃない気がする。天の知識が無ければ、ほんとにただのお飾りだったんだもんなぁ俺……。

 

「警備隊の隊長にはなったけど、根本からして変わってはいないんだよな。受け容れてもらったからって何もかもが許されるわけでもない。働かざる者食うべからずって色が天よりもよっぽど濃いこの時代だ、ただ食うだけのヤツなんて捨てられて当然なんだし……だったら何かをするしかない。俺にとってのその何かってのが多分……」

 

 華琳の傍に居て、自分らしくあること。

 警備隊の仕事もして、知識を提供して、魏の役に立つこと。

 

「魏のため……か。うん……もしなんだかんだで魏から追い出されたら、どうしようかな」

 

 無いとは思うが、人ってのは何が起こるかわからないから、安心を求めるものなのだ。

 考えるだけならタダだし、少し考えてみた。

 …………。

 傍に霞が居ても居なくても、一度羅馬に行ってみようか。

 自分を見つめ直すにはいい機会かもしれない。もしもだけど。

 大陸を離れて、いろいろな国を見て回るのもいいかもしれない。

 

「思春はもし“要らない”って言われたらどうする?」

「それは貴様が私にそう言うということか?」

「いや、それは絶対にないけど……ってそっか、思春って一応、俺の下に就いてることになってるんだっけ……隣に居るのが自然みたいな感じで、すっかり忘れてた」

「貴様は……」

「でも、うん。そんなことは絶対に言わないって。どちらかというと、言われそうなのは俺だと思うし。行動が行き過ぎて、お前じゃだめだーとか言われてさ」

 

 溜め息を吐く思春に、苦笑しながら言葉を届ける。

 ほんと、世の中っていうのがもうちょっと心の準備をさせてくれる世界だったらなぁ。

 

「今だから言えるけどさ。支柱って言葉に自分が向かった理由も、そんな不安からくる何かの所為なんじゃないかなって、そう思うんだ。支柱になれば利用価値は長く続くんじゃないかなって、そんな打算的なことを考えたことだってある」

「貴様は自分が魏に居る理由がほしいのか」

「今でもソレを探しているからこそ、こうして走り回ってるんだろうな。質問戻すけど、思春だったらどうする? 要らないって言われたら」

「貴様に言われないうちはせいぜい貴様の下にでも就いていよう。それすらもが却下されるというなら、農婦にでもなればいい」

「……おお。いいな、それ」

 

 「俺もそうなったらそうしてみようかな」なんてことを続けて口にする。

 すると思春は……あれ? なんか止まってる。

 

「思春?」

「! …………い、いや、貴様はやめろ。農婦は私一人で事足りることだ」

「え? いや、一人でって結構大変じゃあ……えと、それじゃあ俺は行商でもやってみるかな」

「と、いうか、だな……何故、一緒に居ることが前提で……い、いや……」

「? 思春? おーい?」

 

 そんな日がいつ訪れてもいいように、心の準備をしておいてみようか。楽しい日々に飲まれ、どうせ忘れてしまうであろう心の準備だとしても。

 そうして、来るか来ないかもわからない先のことを話しながら、辿り着いた邑。

 そこでおやっさんに話を通して、牛乳を貰えることになった。

 生クリームは熱するか冷やすかすれば勝手に浮いてくるものだから、そういった処理をしたものから生クリームを分けてもらえることにもなった。

 ただ、

 

「どうせなら朝一番で搾ったものが良いでしょう。翌朝になってしまいますが、それでも構いませんか」

「ん、確かにそうかも」

 

 ってことにもなったために、また一泊することになり───ません。明日一番に取りに来ますとも。

 やんわりとした断りの言葉を前にして、おやっさんは「そうですか」と少し残念そうに口にしていた。泊まってほしかったんだろうか……ていうか顔はおやっさんって感じなのに、喋り方が丁寧だから結構調子が狂う人だったりする。優しい人なんだけど。

 対する思春は咳払いを何度か繰り返して、どうしてか俺にだけは絶対に顔を見せない一人の修羅になってしまった。声をかけても近づこうとしても、何故か一定の距離を保ったまま近づけやしない。

 首を傾げながらも一応の了承を得たならば、ここでこうしていても仕方ないので街に戻り……結局、保存のために持ってきた水と硝石は使わなかったなーと思いながら、遅くなったことを門番に謝りつつ今日という日を終了させた。

 ……思春と別れて部屋に戻った途端、一日中のほぼをほったらかしにしていたことで、袁術にたんまりと文句を言われたりしたのは割愛させてもらおう。


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