真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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04:三国連合~呉/一路、呉国へ③

13/繋ぐ手二つ

 

 ───十分な滞在期間をとってから魏を発った呉の人達。

 その中には俺も混ざっていて、魏のみんなに見送られながら呉を目指した。

 今回、一番怒っていたのはやっぱり霞だった。「ほんとに出ていくんかいっ! 約束破ってまでどういう了見やー!」って、虎に間近で吼えられたみたいな迫力があった。

 それでも最後には許してくれることもあって、罪悪感がひしひしと染み込んでくる。

 

 結局、魏からのお供は誰もなし。

 風がくれた宝譿も無事に元の宝譿に戻り、風の頭の上へと戻る。

 そうなれば当然、連れてゆくことなくお別れということになるわけで。

 そうして呉へ向けて出立した俺は、野を越え山を越え進んでいく。

 やっぱり馬には慣れない自分が居たけど、日本で馬術を練習するわけにもいかなかったんだ、仕方ない。

 危なげに馬に乗りながら、長い道のりを進んでいった。

 道中、自己紹介を……とも思ったんだが、「私は貴様を信用しているわけではない」という孫権の言葉に一同沈黙。

 雪蓮を真名で呼ぶことに怒り出すわ、「なぜこんな男を我が国に!」とか言い出すわ、どうにも孫権には嫌われているようだった。

 陸遜に言わせると「べつに嫌ってるわけじゃないですからぁ~、安心してくださいね~?」とのことなんだが。

 結局、自己紹介は本当に軽くした程度で流れていった。

 そりゃあ一年前、じっくりと話をすることが出来たわけじゃないんだから、信用が得られないのは当然といえば当然だけど。

 前途は多難そうだ…………はぁ。

 

 

───……。

 

 

 さて、そんなわけで───道を進んで国境越えて。

 さらに進んで休んで野宿して進んで進んで……やってきました孫呉の地。

 今さらだけど遠いです。そりゃね、“国”ってかたちで分けられてるんだから当たり前なんだけどさ。

 

「しかし危ないよな……護衛兵とかつけなくてよかったのか?」

「いいのいいの。思春と明命が居れば、奇襲なんて成功しないから。それに……襲ってくる輩自体が少ないからね」

 

 現在の俺といえば、どうぞと宛がわれた部屋に荷物を置いて、ハフーと息を吐いているところ。

 孫呉の王自らの案内とあって緊張…………を、普通はするものなんだろうが、雪蓮の子供っぽいところを見たあとだと、どうにも緊張するのは難しかった。

 

「必要なものがあったら言ってね。出来る限り用意させるから」

「ああ大丈夫、必要かなって思い当たったものは適当にバッグに詰めてきたから」

 

 言って、机の上に置いたバッグを見やる。

 私服に胴着にタオルに木刀、横側のチャックの中には常備用のメモと、シャーペンやボールペン、消しゴムなどが入った筆記用具入れがあった。

 以前トレーニングメニューを考えていた時に使って、そのままだったものだ。

 あとは使いそうにない携帯電話と…………あれ?

 

「なんだこれ」

 

 さらに隣のチャックポケットから出てきたものは、ビニール袋に詰められた小さな柿ピーと、“かずピーに柿ピーを進呈。うひゃひゃひゃひゃ 及川”と書かれたメモ。

 ……人がシャワー浴びてる時に、こんなもの詰めてたのかあいつは。

 

「他には……うあっ、なんだこれ! バッグの底が無理矢理二重底にされてる!」

 

 掘り出してみれば、あたりめとかチーカマとか、干しホタテとか缶ビール、ワンカップ……飲む気満々じゃないかあのばかっ! 宴会がどうとか言ってた理由はこれかっ! 重かったのは木刀だけの所為じゃなかったんだな!?

 あ、でも缶ビールを開けるのはちょっと怖いかも。走ったり投げ捨てたりしたからなぁこのバッグ。

 ……魏で荷造りしてる時に気づかない俺も相当に馬鹿だが。

 

「? なにそれ」

 

 雪蓮も物珍しそうにガサガサと鳴るビニール袋を見て、首を傾げていた。

 そんな雪蓮に、無難に柿ピーを手に取ってみせて言う。

 

「柿ピーっていって、俺の世界の食べ物だよ。食べてみるか?」

「いいのっ?」

 

 “いいの”もなにも、返事を返す前からエサを待つ犬状態じゃないか。

 そんな雪蓮に苦笑を漏らしながら、いくつかある柿ピーの一つを開封し、一つ取ったピーナッツを噛みながら「どうぞ」と促す。この時代、他人に食べ物を渡す際には毒味は基本だ。王族に渡すなら猶更ね。

 雪蓮はおそるおそる柿の種のほうを指で抓むと……まずそっと舐めて、それからぱくりと口に入れた。

 カリ、コリ、と独特の軽い音が鳴り、雪蓮はどこか楽しそうに頬を緩め、「へぇ……」と呟いた。

 見た感じの反応は、ふわりと広がる小さな驚き……だろうか。

 美味しかったらしく、次から次へと柿の種を食べてゆく。

 ……こら雪蓮、ピーナッツも食べなさい。

 

「うんうん、軽い辛さもあって、なんていうかこう……」

「お酒が飲みたくなる?」

「そー、それっ♪ 冥琳ー? めーりーん! お酒持ってきてお酒ー!」

「急ぎの用事があるんじゃなかったのか?」

「えー? 帰ってきたばっかりなのに動く気になんかなれなーい。ね、一刀、お酌してよお酌っ」

「………」

 

 頭を痛めること数分。

 何処で聞いてたのか、本当にお酒と杯を乗せたお盆を持った周瑜がやってきた。

 

「あの……周瑜さん? いったい何処で話を聞いてたんですか?」

「なに、部屋の外で聞いていただけだ。ああそれと、堅苦しい喋り方はいいし、冥琳で構わない」

「え? けど」

「魏での雪蓮との一対一の会話は、明命を通して私の耳にも届いている。そういうことをした相手だ、あまり遠慮はするな」

「え……」

「王を一人、素性の知れぬ者のもとへ向かわせるわけがないだろう? まあ、帰ってきた明命は興奮冷め遣らぬ様相で、貴様のことを長々と語ってくれたが」

 

 がたーんと、部屋の外から騒音が響いた。

 なに? と視線を動かしてみると、周瑜が苦笑をこぼしていた。

 

「会話、って……全部?」

「ああ、ほぼだ。もちろん話だけではわからないこともあるからな、宴の中ではしばらく貴様の行動を監視させてもらっていた」

「……え~っと……雪蓮? 周瑜って……」

「そ。頭が固いのよ。もっと気楽に生きればいいのに」

 

 そうだよなぁ。まさか貴様呼ばわりされるとは思ってもみなかったし。

 そりゃ、王に連れられてきたからハイどうぞって仲良くなれるわけも……あれ?

 

「あ、でもちょっと待った。いいのか周瑜、真名を許して」

「なに、構わんさ。言ったろう? 話だけではわからないこともあると。些細なことで慌てる部分が目に付いたが、悪人になりきれない証拠だろう。無理に平静を装っている者よりもよほどに信用できる」

「う……」

 

 真正面からの言葉に、少し顔が熱くなるのを感じる。

 ……ちなみに雪蓮はそんな俺などほったらかしで、柿ピーの袋を漁ると…………どう開けるのかと疑問符を浮かべたのちに、力ずくでゴバシャアと引き千切った。

 危うく中身がぶちまかれそうになったが、雪蓮は器用にそれらを受け止めると、たははと笑った。

 

「さて。それでは改めて名乗るとしよう。姓は周、名は瑜、字は公瑾。真名は冥琳という」

「ああ。姓は北郷、名は一刀───」

「字と真名は無い、だろう? 明命から聞いている。悪いが名前と雪蓮との会話だけならばもう呉の皆に伝わっている。だが貴様……いや。北郷の言う“手を繋ぐこと”をどう広めていくかは、これからお前が決めていけ」

「……ああ」

 

 頷きながら自分の右の掌を見下ろす。

 この手でなにを守れるのか、守れるようになるのかはわからないまま。

 でも守りたい、繋ぎたいと思うものはたくさんあるのだから、今は自分を高めることだけに集中しよう。

 それが周りの人の助けになってくれれば、こんなに嬉しいことはない。

 

「雪蓮はお前を連れてきたが、私はあまりお前に期待はしていない。お前にはなにが出来てなにが出来ないのか、まだまだまるでわからんからな」

「ああ」

「理想に溺れ、失望させてくれるなよ、北郷。期待はしていないが、人柄への信用くらいならばしている。それを増やすも減らすもお前の行動次第だ」

「ん。肝に銘じておくよ」

 

 理想に溺れるな、か。

 俺にとっては“守るもの”への心だろう。

 日本での一年、俺は魏を守る自分をつくることに身を費やした。

 この世界に再び降りて、“天の御遣い”としての多少の力に気づいた。

 気づいたけど、まだそれだけだ。

 “急に手に入れた力”に頼りすぎれば油断が生まれるし、いつか最大のポカをやらかすかもしれない。

 後悔はしても前を向いていられるようにとも思ったが、その後悔が大きすぎた時、果たして俺は前は向けても……立っていられるのだろうか。

 そんなことを小さく考えてから、頭を振って一度思考を掻き消す。

 俺の様子を見ていた周瑜……いや、冥琳は静かに微笑を浮かべていて、雪蓮は祭さんと柿ピーを肴に───祭さん!?

 

「あの……祭さん? あなたいつの間にこの部屋に……?」

「馬鹿者めが、酒を呑むなら儂を呼ばんか、まったく。しかしこれはなかなかよいのぉ……これはなんという食べ物じゃ」

「“迦忌肥威(かきぴい)”とか言ってたわよ?」

「かきぴい……ふむ、これが天の味というわけじゃな? なかなか興味深い」

 

 一つずつ抓んで食べるなんてことをせず、小さな袋に細い手を突っ込んで柿ピーを握ると、豪快に口の中に放り込んでバリボリ。

 それを細かく咀嚼したところで酒を流し込むと、なんとも豪快な「ぷはぁっ!」って声が聞けた。

 先ほどまで俺の中にあった緊張感は、すでに霧散済みだ。

 

「ふぅ……やはり酒は人生の伴侶よ。そうは思わんか、北郷」

「俺はそこまで酒を愛してないから」

「かっ、なんじゃまったく。そこは言葉だけでも頷いておかんか……はぐっ、んん、小気味良い音の鳴る食べ物じゃのぉ」

「…………ねぇ祭さん」

「んぅ? ん、ぐっ……ふはぁ……なんじゃ、呑みたいか?」

 

 柿ピーをマ゛リ゛モ゛リ゛と重苦しく咀嚼しながら酒で流す。

 そんなことをまたやっていた祭さんに、少し質問を。

 

「祭さんはさ、酒は好き?」

「うむ、もちろんじゃとも」

「じゃあさ、ここに天の国の酒……発泡酒っていうのがあるんだけど、呑む?」

「───天の酒じゃとっ!?」

 

 あ、目が光った。

 俺の言葉には祭さんだけじゃなく、雪蓮も冥琳までもが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。

 そんな彼女たちの前に、カコンと生ビールの缶を置く。

 イェビスと書かれたその缶を、三人はほぉお……と身を屈めるようにして見つめていた。

 

「……小さいのぉ」

「うん、天の国では少しだけ飲みたいってとき用に、大小様々な酒が……ってそれはこの世界でも同じか」

 

 恐らく忍ばせるためにもあまり大きなものは用意したくなかったんだろう。

 135ml缶のソレを見て、祭さんは少しがっくりとしていた。

 しかし呑みたくないわけじゃないのだろう、缶を逆さにしたりして、「どう呑むんじゃ?」と訊ねてきた。

 俺はそれを祭さんの手から受け取ると、プルトップを引き起こして……まずは“カシュゥウウウ……”と小さく溢れる炭酸を抜き、音が無くなってから缶の口を全部開けると、はい、と祭さんに渡す。

 

「刺激が強いから気をつけて。あと、ビールはそれしかないから、味わいたい場合はまわし飲みで」

「なんじゃ、みみっちい。しかし“びいる”というのか……」

 

 そう言いながらも缶の口に口をつけ、一気にグイッと───って、あぁあぁ、そんな一気に飲んだら───!

 

「んぶっ!? ぶっ! ぐぶぅっ!? っ、ぐ、んぐっ、ぐっ……ぶはっ! げほっ! ごほっ!」

「祭殿!?」

「ちょっと祭!? 大丈夫!?」

 

 予想通り、炭酸に負けた祭さんが居た。それでも飲み下すのはさすがと言えばいいのか呆れればいいのか……。

 さらに予想通りに、冥琳が俺をキッと睨んでくる。 

 

「大丈夫、毒とかじゃないから」

 

 そう言って、祭さんの手からするりと取ったビールを呑んでみせる。

 ……一応、缶の口には口をつけないように。

 

「刺激が強いから一気に呑むと危ないんだ、これ。ていうか祭さん、刺激が強いから気をつけてって言ったのに」

「げほっ……! む、むう……けほっ、すまんな、これほどとは……こほっ」

 

 片目を閉じ、苦しそうに咳を繰り返す祭さん。

 地面に片膝でもついてたら、思わず駆け寄ってしまうくらいに苦しそうだった。

 

「じゃあ祭さんにはこっちのワンカップを。大量生産目的の酒だから、味は保証できないけど」

「…………」

「……? ……あ、あー……大丈夫大丈夫、刺激はほとんどないから」

「そ、そうか? いや、儂はべつに恐れていたわけではなくてじゃな───公瑾! 笑うでないわ!」

 

 雪蓮も冥琳も危険はないのだと知ると、威圧的な気配を引っ込めてくれる。

 それどころかもう祭さんの反応に笑うことが出来るほどに、気分を切り替えていた。

 

「びーるねぇ……一刀、ちょっと飲ませてもらっていい?」

「ああ。慣れないと喉に厳しいかもしれないから、まずは舌で刺激に慣れるといいかも」

「ん、んー…………わ、ぴりってくる。……ん、んんーんん……」

 

 じっくりゆっくりとビールと格闘する雪蓮。

 その様子はまるでソムリエだが……喉がこくりと動くと、ちょっとしぶい顔をした。

 

「……なんかこう、苦い感じ? それと口の中に入れると……びびっとして膨張するみたいな……」

「慣れてる人だと、その苦さと刺激がいいんだってさ。喉を通るときの感触が“呑んだ~”って感じにしてくれるらしくて。舌で味わって呑むんじゃなくて、喉で味わうって言われてるくらいだ」

「喉で……ふーん。ね、冥琳、やってみて?」

「……雪蓮? なぜそこで私に振る」

「えー? だって痛いの怖いし」

「だから。その痛いものをなぜ私に奨めるのかと訊いているんだ、雪蓮」

「………」

「………」

「じゃ、半分にしよー♪」

「どうあっても飲ませたいのだな……」

 

 どこまでも楽しげな雪蓮を前に、冥琳はがっくりと項垂れた。

 気持ちはわかるんだけど、ここで気安く“気持ちはわかるよ~”とか言うには、年季が違う気がするのでやめといた。

 

「ふむ……なんというかこう、味気のない酒じゃの」

 

 祭さんはといえば、ワンカップをそれでもソロソロと飲み、刺激がないことに安心するとクピクピと呑んでいた。

 感想がそれなら、まあ上出来なのかもしれない。不味いとか言われたらどうしようかと思ってたくらいだ。

 

「もっとこう、燃えるような味が欲しかったんじゃがの……」

「ごめん祭さん、そういうのはちょっと無いみたいだ。酒はこっちの世界ので我慢してもらうとして、これなんかどうかな」

 

 あたりめとチーカマ(一口サイズ)の封を開けて、まずは自分で食べてみせる。

 先に毒味役を買って出ないとまた冥琳に睨まれそうだったから、というのは祭さん相手でもやっぱり伏せておく。

 このツマミには三人とも驚いていて、何か言いたげだったようだけど……それでも食べて、目を輝かせてくれた。

 

「………」

 

 そうしてささやかだけど急に始まった酒宴を前に、俺は席を外して部屋の外へ。

 出てすぐに横を見やれば、

 

「はぅわっ!? あ、えと、これはそのっ!」

 

 壁に張り付いて固まっている周泰が居た。

 

「はぅ、う、あ、ぁああ~……」

 

 その後ろには……呂蒙 (だったよな)が居て、出てきた俺を慌てた様子で見て───

 

「ししししし失礼しました~っ……!!」

「へあっ!? あ、亞莎!? 亞莎ーっ!」

 

 いたずらごとがバレた子供のように顔を両手で覆うと、ゴシャーと走り去ってしまう。

 ……さて、ここに一歩遅れたために逃げる機会を失った少女が居らっしゃるわけですが。

 

「………」

「………」

 

 沈黙が痛い。

 こんな時───そう、仲間に置き去りにされた少女へかける言葉をかける時、どんな言葉が一番よろしいのでしょうか。

 

 


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