真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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54:魏/爆発したもの②

 城を出てしばらく。

 綺麗な蒼の下、すぅ……と大きく深呼吸をしてみれば、胸一杯に広がる穏やかな空気。

 こんな穏やかさが一年前までは……とか考えると、静かになったなと頷ける。

 様々な道のひとつひとつで、どれだけの命が力尽きたんだろうか。

 何気なく通る道でも、雨に流されただけで、誰かの血が滲んでいたのかもしれない。そうして人を殺すことで国を守ってきた人も、獲物を無くした狩人のように必要無いと言われるような日がやってくるのかもしれない。

 

「………」

 

 華琳は“戦がなくとも、武と知を振るえる場所など作ってみせる”って言ってくれた。それは本当だろう。いつか残したメモにもそれっぽいことは書いておいたし……まあその、武だけじゃあ知を武器とする将の立場が無いって意味も込めて、武部門に天下一品武道会、知部門に論文発表会、酒好き部門に呑兵衛王者決定戦、料理好き部門に料理の徹人、その他にも大食い&早食い対決やら辛さ耐久対決やら、思いつくものを走り書きにしたっけ。渡した時点で、魏の勝利を疑ってなかった内容だったから、当時の華琳がどう思ったかはちょっとだけ気になってはいる。……きっと、何も言わないだろうけど。

 信じてるなら任せておけばいい、か。

 そうだよな、逆のことでも言えるけど、“任せる”って言ったのに心配してたんじゃあ任せるって言葉は適当じゃない。華琳が作ってみせるって言ったんだ、俺はその隣でゆっくりと見ていこう。三国が、民も兵も将も王も、笑っていられる国になっていく“歴史”を。

 

「俺もいつか、歴史ってものになるのかなぁ……」

「貴様は魏王曹操の名の影に隠れたまま、歴史から姿を消すのがお似合いだろう」

「うわーお、ひどいこと言われてるのに否定出来ないくらいしっくりくる」

「当然よの。天の御遣いがどうと云われようと、一刀が何を為したのかを妾は知らぬのじゃ」

「そりゃそうだ、全部華琳の名に目が向けられるようなことばっかりやってたし。俺はようするに天の御遣いって名前だけあればよかったんだ。あとは知識と行動が華琳の支えになってくれた」

 

 自分を卑下するわけでもないし、大きく見せたいわけでもない。

 自分ってものを知って、その上で何が出来たかを考えれば、俺には知識だけがあればよかったんだといつでも理解できた。

 知っていれば誰でもよかった。

 それを、一番最初の北郷一刀が銅鏡を割ることで“俺”って欠片を作った。

 軸ってのはきっと、割れた鏡なのだろう。

 欠片の数だけ世界があって、その一つ一つでいろいろな物語が展開される。

 たとえば……桃香と天下統一をした俺とか、想像できないけど呉で子宝に恵まれた俺とか……銅鏡を使い、新たな世界を作った俺とか。

 そして───きっと、こうして魏とともに天下へと至った俺にさえ、別の道を進む俺が居るのかもしれない。

 それはたとえば、こうしてこの世界には戻らずに、天……日本で家業を継ぐ俺、とかだ。

 

「……なぁ思春。思春は……もし自分が錦帆賊の頭を続けていたら~とか、考えたことってあるか?」

 

 軽い質問をしたつもりが、ちらりと見た思春は俺を見て難しい顔をしていた。

 難しいっていうか……呆れた顔。俺って思春を呆れさせる達人になれるかもしれない。

 や、そんなことはどうでもよくて。

 

「貴様はいちいち口に出すことが突発すぎる。脈絡というものを持て」

「あれ? そうか?」

 

 そうか……? そう…………うわ、そうかも。

 考え事を繋げばそれは普通に聞こえるかもだけど、さっきの話からいきなり錦帆賊の話は……いくらなんでも飛びすぎだよなぁ。

 

「……質問の答えだが、思ったことならそれはある。だが、満足は得られなかっただろう。それだけだ」

「満足? それってようするに、蓮華に会えてよかったーとか、そういうヒィ!?」

 

 睨まれた! 睨むっていうか眼力で人を殺せるくらいの殺気が俺を包み込む! なのに袁術ってば全然気づいてない! やっぱり俺にだけ!? あぁああああ器用だなぁもう!!

 

「何故そこで蓮華さまが出てくる……!」

「だ、だって思春っていっつも蓮華の傍に居たし、俺が蓮華と話をしてると常に俺だけに殺気を飛ばしてきたりしたし!」

「私は蓮華さまの護衛の任を任されていた。それをどこの馬の骨とも知れん輩に穢されたとあっては申し訳が立たない……それだけのことだ」

「何処の馬の骨かを理解してもらっても殺気を飛ばされてるんですが!?」

「馬の骨ならば当然だろう」

「あー……ぐっは!? なんか普通に納得した自分が悲しい……!」

「お主ら、よくも話の種が尽きぬものよの……。一刀、喉が渇いたぞ? 蜂蜜水を出すがよいのじゃ」

「はいお嬢様、そんなものはございません」

 

 そんなこんなで道をゆく。

 馬のペースで行っているから、結構気まぐれなスピードだ。

 いい一日にしたい日は、のんびりするのが一番だと思うわけだ。

 焦るとろくな結果を生み出さないからなぁ、世の中っていうのは。

 

「ところで一刀? その“あいす”は美味なるものなのかの」

「不味くはないと思うぞ? 俺が作るからには普通になるんじゃないかって不安もあるものの、素材がよければそれなりの味になるだろ」

 

 道をゆく。頭の中でいろいろと、アイスの作り方を組み立てながら。

 どうすれば市販の味になるのか。どうすれば、市販を越えた限定アイスみたいな味になるのか。出来れば美味しいのを作りたいが、果たして……? そんなことを考えながら、やっぱりのんびり道をゆく。

 しかしのんびりとしていても、話しながらだと遠い道も近いとはよく言ったもので、いつの間にか邑に辿り着いていた。

 

「……静かな邑じゃの。ほんに人がおるのかや?」

「そういうこと言わないの。袁術にもいつか……いつか、な? “静か”ってことの大事さ、大切さがさ……わかる日がくるから……」

「そういう貴様は少々達観しすぎだと思うが……」

 

 いや……賑やかなのは好きだけど、出来ればもう少し静かに暮らしたいなぁと思うことが多くなりまして。っと、そんなことは今はいいか。

 よし、と一言口にして、おやっさんが待っているであろう場所までを歩く。

 そこで待っててくれたおやっさんが、俺を見るなり嬉しそうな顔で「丁度搾ったところですよ」と言ってくれる。

 

「む……? 一刀、これはなんじゃ? 甘いのか生臭いのか、よくわからん香りがするの」

「これが今日の目的の一つだよ。家畜の乳を搾ったものだ。アイスにはやっぱりこれがないと」

 

 受け取った容器にはたっぷりの乳が搾られていた。

 容器自体がそう大きいものではないから、量でいえばそれほどでもない。

 これを以前のように加熱殺菌して、出てきた上澄みを回収して……うんうん、イメージが膨らんできた。

 

「それじゃあおやっさん、これ」

「え……あ、いや、やはりそれは……」

「いや、対価はきちんと払わないと、俺が華琳に怒られるから」

 

 ミルク代といえばいいのか。

 少ないながらも、おやっさんが以前頷いてくれた代金を払う。

 おやっさんは渋々ながらもそれを受け取ったが、これからも元気に育ててやってという俺の言葉に頷くと、笑顔で見送ってくれた。

 

「じゃ、戻るか」

「な、なんじゃとーっ!? こ、ここまで来たのはそれを得るためだけじゃというのかーっ!?」

「え? そうだぞ? ここらへんじゃあ家畜の乳搾りしてるのがここくらいしかなくてさ」

 

 乳牛は貴重です。

 だから快く分けてくれたおやっさんには感謝感謝だ。

 

「むぅう……つまらぬの……」

「はいはい、行くって言ったのは袁術だろ? あんまり無茶言わないの」

 

 ぶーたれる袁術を連れ、ミルクが入った容器を持って歩く。

 たらいとかではなく、不恰好なものの一応栓が出来る形のものだ。

 乱暴に扱わない限りは壊れたりはしない安心仕様! でも早速ミルクの温かさで容器も温かくなってきている。や、それはとっくにか。

 

「これ一刀や? せっかくこんな辺境の地に来たのじゃ、もそっと娯楽を探してみんか?」

「だ~め。こういうのは時間との勝負なんだ。早く許昌に戻って作業を開始しないと味が落ちそうだ」

「そんな容器ひとつのものよりも、妾の娯楽を優先させるべきであろ?」

「すまん。優先順位から言えばこっちが大事だ」

「なんじゃとーっ!?」

「……貴様は少々、いや、かなり……華琳様のこととなると周りが見えなくなりすぎる」

 

 うぐっ……自覚しているけど、あんな涙を見ちゃったあとじゃあなぁ。

 なんというかこう、今までは感じなかった奇妙な保護欲のようなものがふつふつと。言ったら怒鳴られるか蹴られるか切られるので言わないけど。

 でもそういうのにばっかり飲まれていたんじゃ、いつか周りを傷つけるかも、か。

 そういった何かに気づくか気づかないかで、やさしく出来ていても人を傷つけることもあるって桃香に教わったもんな、うん。

 よし、じゃあ少しだけ時間をとって───あ。

 

「あっ、こ、こらっ、大事なミルクをっ……!」

「うわーははは取ってやったのじゃ~♪ では一刀? これを返してほしくば妾の命を快く受け容れ、妾を存分に楽しませるがよいぞ?」

「………」

「………」

「…………忘れてた。袁術って、麗羽の従妹だったんだよな……」

「厄介なことこの上ないが、そういうことだ」

 

 思春とともに、ミルクを頭上に掲げて楽しげに笑う袁術を見て溜め息。

 強引に取ろうとすれば暴れそうだし、取らなくても何かの拍子で落としそうだ。

 なのに彼女の目的が達成されるまで、ほぼあの器が砕けることがなさそうとか……なんとなくパターンというものを読んでいる自分が居る。

 これって……そういう状況だよな……? 散々苦労して願いを叶え続けて、いざ返してもらえそうになるとゴシャーンって、そんなの。

 

「よし、おやっさんからもう一本もらおう」

「いい判断だ」

「なにーっ!? ままま待つのじゃっ! ではこのみるくはどうなるのじゃっ!?」

「ククク……お嬢ちゃん、駆け引きっていうのはもっと相手を追い詰める状況を作ってからするものだぜ……? そのまますぐにそれを渡すならよし、多少の時間を割いてでもお嬢ちゃんの要望に応えよう。だが返さぬというのなら……俺はミルクを搾り直すだけだぁ!」

「ふ、ふぐぐ……うみゅう……!」

「………」

 

 あの、思春さん? たわけものを見るような目で俺を見ないでください。

 こっちだって一番搾りを無駄にされないように、いろいろと必死なんです。

 だって朝からおやっさんが搾ってくれた乳だぞ? それを無駄にしたなんてことがあったら、おやっさんにも家畜にも悪いじゃないか。

 ていうかまさか袁術がこんな大胆な行動に出てくるとは……この北郷、予想だにせんかったわ。と無駄に老兵っぽく考えてないで、どうしたものかなぁこの状況。

 思春に素早く取ってもらう? いや、あとがうるさそうだ。

 強引に奪う? それこそ落として砕けそうだ。

 落とせば割れるようなガラス細工ではないものの、草むらの上でもない限りは簡単にヒビが入りそうな木の器。それを地面に落としたとあっては……割れるな、確実に。うん割れる。

 

「ふふん、ならば妾はこのみるくを持った上で、馬をいただいていくのじゃっ! そうなれば一刀も困るであろ? 困るであろ~?」

「……その前に馬に乗れるのか?」

「はうぐっ! ば、ばばば馬鹿にするでないのじゃ! うぅうう馬くらい妾がちと本気を出せば、歌で民草を支配するより容易く乗りこなせるのじゃーっ!」

 

 エイオー!と突き上げた拳がその勢いを語っていた。

 勢いだけで、視線は物凄く泳ぎまくっていたが。

 ちなみにその格好いいポーズ(?)も、片手で器を持っていられなかったようで、数秒も保たなかった。

 

「ならば馬に辿り着く前にうぬの手からミルクを奪うのみ!」

「ち、近づくでないのじゃ! 近づけばこのみるくの命が無事ではすまぬぞ!? このみるくがどうなってもよいと申すかー!」

「……なんなんだこの茶番は」

「遊びの一種です」

 

 呆れ果てる思春にそう返し、じりじりと間合いを詰めていく。

 たまにはこういうやりとりも必要だと思うのだ。

 本質が子供のままなら、悪ふざけには悪ふざけで。悪ノリが行き過ぎない程度にセーブしながら遊ぶのがコツだ。

 ただし、怒る時はきちんと怒らないと届かない言葉もあるので、時には心を鬼にする必要があるわけで……って、この場合、それをするのは俺の役目なのか? 七乃の場合だとそういうのは絶対にしそうにないからなぁ。

 怒る……怒るかぁ。華琳にも言われたけど、怒るっていうのは本能的なものであって、自分の意思で止められる怒りは怒りとは呼ばないんじゃないかって思うんだ、俺。

 だから叱ろうな。めっ、て。それでわかってくれる人が居るかを、俺は知らないが……さて、そんなこんなで言い合いを始め、追いかけっこみたいなものをして、騒いで燥いで……しかしながら馬は危険だからよじのぼらないことときっちり言って、袁術の要求を適度にこなしてきたわけだが……。

 

「一刀一刀っ、次は一曲ろうじてみせるのじゃっ」

「楽しそうでいいなぁもう! だ~め~だっ、いい加減ミルクがやばいっ! もう戻らないとアイスを作る時間が無くなるんだって!」

「ふふふ、よいのか妾にそのようなことを言って。妾の挙動の一つでこんな容器なぞ容易く割れてしまうぞよ? それが嫌なら妾を満足させるのじゃ~♪」

 

 ……うん。

 ひとつ勘違いしていたことがあったよ俺。

 俺の部屋での袁術は、文字通り籠の中の鳥状態であって、あれでまだまだ好き勝手には振る舞っていなかったのだ。

 それがこうして蒼の下、それも許昌から離れた場所に至るに、本性が現れ出したと。

 もうね、物凄い我が侭娘だ。

 今もほれほれとニヤリとした笑みのままに、ミルクが入った容器を振るっている。

 俺はそれを眺め、“ああ、もう随分と脂肪分が分離されたことだろうなぁ”とか思いながら、しかし弱気にならずに振る舞う。

 

「やってみろ。その瞬間、僕のこの丸太のように太い脚がキミの体を蹴り砕くぞ」

「……!」

 

 もちろん嘘なわけだが。

 あと言っておくけど、べつに丸太のように太くはない。

 “もう十分に楽しんだだろ?”と視線で訴えかけるも、袁術は口を尖らせて容器をかばいにかかる。まるで子猫を拾った子供だ。なにやらいろいろ間違ってはいるが。

 

「よくもまあ、これだけ遊ばれて我慢が利くものだな」

「へ? 我慢って? …………あ、あー……いや、俺もこれで結構楽しんでるし。基本的に中身が子供だからさ、俺も」

 

 だからそう苦ではない。

 楽しい時間は楽しいものだって割り切ったほうが、純粋に楽しめるってものだし。

 それに、袁術にとっては久しぶりの許昌以外での外だろう。

 たまにはこういう我が侭も聞いてあげないと、それこそパンクしてしまう。

 だから、本当に、怒りとかは沸いてなかったんだが───……

 

「ほら、もう戻るぞ。馬にもあんまりのんびりさせると、寝ちゃうかもしれないし」

 

 ───袁術を促して、馬を繋げてある場所へ向かい、歩く。

 それを帰る合図と受け取ったのか、まだまだ遊び足りなかったんだろう袁術は、俺と思春を追い抜いて駆けた。もちろん、馬が居る場所までをだ。馬の傍まで辿り着くや、袁術は繋いでいたものを外し、勢い任せに無理矢理によじ登る。おおう、よく登れたな、なんて感心していると、袁術はあろうことか馬を叩いて───

 

「って、ばかっ!」

 

 よじ登られただけならまだいい。

 それを、急に叩かれれば馬だって驚く。

 訓練された馬だったからほんの一瞬でそれは治まったが、そんな一瞬の驚きがあれば、小さな体を振り落とすくらい容易いものなのだ。

 その予想を裏切りもしないで袁術の体は容易く振り落とされ───予想が頭をよぎった瞬間から氣を足に込めて弾けさせた俺は、地を蹴り弾き続けて滑るように飛び───!

 

「っ……あぁああああっ!!!」

 

 頭から落ちそうになる袁術を、ギリギリのところで抱き止め、勢いのままに馬の下を潜り、倒れた。

 当然、舗装もされていない地面だ。服はところどころがほつれてしまい、腕や足も擦り傷だらけになって……

 

「~っ……つぅうう……っ……はぁ……!!」

 

 痛みに震え、ようやくそれを飲み込んでから、腕の中の袁術を見る。

 突然振り落とされたショックからか、小さく震えながら俺を見上げていた。

 ミルクがどうなったのか、頭の片隅に数瞬浮かんだが……それは思春が無事に受け止めてくれたらしい。いや……ミルクよりも袁術をさ……俺を信じてくれたんだったら嬉しいけど。

 

「袁術っ、痛いところはないかっ!? 大丈夫かっ!?」

 

 見る人が見れば、どっちがだと言いたくなるような状況だ。

 俺が着ていた庶人の服には血が滲み、擦り傷だけじゃなく結構大きな傷もありそうな予感が沸き出てくる。けれどもそんなことを後にしてでも、袁術の無事を確認した。

 その理由は、もう冷静じゃいられていない頭が理解している。

 

「う、うむ……大事ないぞ……? 妾は無事なのじゃ……」

 

 申し訳無さそうに、俺を見上げる少女が言った。

 …………そっか、傷はないか……そっか。

 

「そっか。じゃあ───」

 

 ……冷静ではいられない。

 そう。それは、こうして心配している今でも。

 そして、彼女が無事だというのなら───……いや、そんなことさえ考える余裕なんてものは、もうなかったのだ。

 袁術が無事だったとわかった時点で、俺はもうやることを決めていたのだろう。

 俺が自分の意思としてどうこうするより早く、“俺の体”は衝動に動かされるままに行動していたのだ。

 その行動っていうのが───

 

「ふぎゃんっ!?」

 

 硬く握り締めた拳を、袁術の頭頂に落とすこと。いや、それだけじゃない。

 急な痛みに頭を両手で押さえ、涙目で俺を見上げる袁術へ向けて、声を張り上げていた。

 

「このっ───馬鹿っ!! なにをやってるんだよお前はっ!! もう少し遅れてたら怪我だけじゃ済まなくなるかもしれないところだったんだぞ!?」

 

 真っ直ぐに袁術の目を見て、驚きに固まる袁術の両肩を掴んだ上で。

 

「よじ登るのは危ないって言っただろ!? どうして綱を外したりしたんだ! もし訓練されてない馬だったりしたら、振り落とされて平気だったとしても、踏まれたりしたかもしれないんだぞ!?」

 

 感覚は……体が勝手に喋っているような状態だった。

 なのに体の中には、ひどく冷静な自分が居る。

 止めてやりたいのに、その意に反して勢いは決して無くなることなく、目に涙をいっぱい溜めている袁術にこれでもかってくらいの言葉を浴びせ続けていた。

 そんな、自分のことながらどうしようもない状況に対して、華琳が言ってた言葉の意味がしみじみと心に染み渡っていた。なるほど、“いつ爆発するかわからない”かぁ……妙なところで爆発したもんだ。

 というかこれは怒りって言えるんだろうか。

 怒ってる……怒っているのはよくわかるんだが、そのきっかけが“相手を心配して”の怒りだなんて……俺の怒りの沸点って、他の人とは違うのかなぁ……。

 

「遊びたいなら遊びたいって言ってくれ! ものを奪って脅迫めいたことをしなくても、ちゃんと時間を作るから! 遊び足りなくても次も絶対に時間を作るから! 危ないことなんて絶対にするなっ! 死んじゃったら……本当にそれまでなんだぞっ!? わかてるのかっ!?」

「~、~っ……ひぐっ……う、っく……なっ……なぐっ……ひっく……! なぐったのじゃ……! ぶったのじゃ……!!」

「ああそうだ! 急に叩かれたり殴られたりすれば誰だって驚く! 当たり前だろ!? それをお前は馬にやったんだ!」

「ふ……う、ぐ……!」

 

 血を滲ませながらの説教は続く。

 本能任せの言葉が口から放たれ、恐らく口を開けば嗚咽が漏れるだろうから、なにも言わない袁術に向けて一方的に。

 泣きたい時に泣ける存在であってほしいって思うのに、この口はもはや説教しか飛ばさない。しかし無駄に正論が多いために、自分のことながら結構性質が悪い。

 

「七乃は……七乃はどんなことを言っても妾を叩いたりなどせなんだのに! なんじゃお主は! ぐしゅっ……せっかく、せっかく妾が気にかけてやったというのに……!」

 

 一方的な言葉に対して返されるのはやっぱり一方的な言葉。

 言葉を発するたびに震える声が痛々しくて、自分で殴っておきながら、怒っておきながら、抱き締めて宥めてやりたくなる。なのにこの体はじっと袁術の口から吐かれる罵声を受け止めるだけで、やさしい言葉もなにも、返しはしない。

 

「皆、妾を遠巻きに見るっ……! 皆、妾を避けるのじゃっ……! お主は違うと思うておったのに……! 一緒に居てくれても妾を殴る者などいらぬ! いらぬのじゃーっ!!」

 

 そしてとうとう涙は溢れ、袁術は声を出して泣き始めた。

 それでも何も言おうとしない自分って存在を、心の中で呆然と眺めながら……ただ穏やかに過ぎるはずだったこの非番の日が、音を立てて崩れるのを……止めることも出来ないままに、心の中で空を仰いだ。

 




すまぬ。爆発の方向性を考えると、かずピーの場合は自分の怒りよりも他人の心配だと思うのデス。

次回更新は午後5時間あたりで。
その次はたぶん午後11時。ファ、ファイト! ファイトネジョーヤブーキ!
え? 仕事? もちろんありますとも!
お盆休みなんて嫌いじゃー! 羨ましいわー!

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