真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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55:魏/後悔するもの②

-_-/華琳

 

 目の前の光景に、頭を痛めた。

 同時に、素直に思う。ごめんなさい一刀と。

 

「………」

「華琳さまっ! ご命令通り、北郷の部屋の扉を蹴破りましたっ!」

 

 …………開けて頂戴と頼んだだけ……なのだけれどね。

 なにも助走までつけて蹴破らなくても。

 閉め切られ、淀んでいた空気を裂いて吹き飛んだ扉が、窓枠の傍で砕けているのを見ると、さすがに思慮が欠けていたと反省した。

 もっと細かに命を下すべきだったわね。……ごめんなさい一刀。

 

「ええ、ご苦労さま春蘭。ここで頼むことはもうないわ。先に厨房に行って待っていなさい、私もすぐに向かうから」

「はいっ」

 

 元気よく返事をし、助走の時と同様にずどどどどと走ってゆく。

 数秒もしない内に視界から消えてしまったその速さにいっそ感心する。

 と……今はそれはどうでもいいことね。寝台の上で震えているこのお子様をどうしてくれようかしら。

 

「美羽、さっさと出てきなさい。我が儘を通していられる時間を終わらせに来てあげたわよ」

 

 寝台に近づき、びくりと震える布団をひっぺがす。

 軽い抵抗もむなしく、あっさりと剥がされたその下には、離れゆく掛け布団を追って伸ばされる手と、泣き顔の小娘。

 袁家の娘の泣き顔なんて、随分と貴重なものを見たものだ。

 普段から見せていた、踏ん反り返った表情やにやにやとした表情から比べれば、随分と可愛く見える。

 ……少しだけ、以前の自分と重ねて見てしまったのは、恐らく誰もが知ることはないだろう。

 

「情けないわね、袁公路。自分を殴る者など要らぬと言ったと聞いたのだけれど? だというのに殴り、怒った相手の寝台に潜り込むなんて……いったいどんな神経をしているのかしら」

「ひぐっ……うぅ……」

 

 唇を噛むようにして縮こまり、悔しそうに私を睨むがまるで覇気がない。

 一刀に怒られたのが、殴られたのがそんなに辛かった? ……はぁ。まあ、不覚にも泣いたわたしがどうこう言えることではないとは思うけれど、“だからこそ”見ていて腹が立つ。

 

「あら。何も言い返さないのね。麗羽あたりなら、まだ虚勢だろうとも返してくるわよ」

「~っ……どこでっ……ひぐっ……どこで泣こうと妾の勝手であろ! お主なぞに妾の何がわかるというのじゃ! 目をかけていた者に裏切られ、辛いのに七乃もおらぬ! どうせお主がそうするように仕組んだのであろ! 笑うがよいのじゃ!」

 

 まるで癇癪を起こした子供だ。

 なるほど、一刀の前で私はこんな無様を見せたのか。

 あまつさえ一方的に自分の願いばかりを叫び、押し付けたわね。

 だというのにあの男ときたら、結局最後は笑顔で受け容れるのだ。

 怒れと言っても聞きやしない。

 一刀に対する呆れと苛立ちを飲み込み、半眼で美羽を見下ろし、その泣き顔に顔を近づけて言ってやる。彼女の見解への訂正も含めた指摘を。

 

「まず一つ。自分から自らの何一つも語ろうとしない輩が、軽々しく“何がわかる”とほざくな。二つ。私は一刀に、あなたに目をかけられる行動をしろと命じた覚えも、その信頼を裏切れと命じた覚えもないわ。そして三つ。全て勘違いだというのに、いつまでも引きこもっている相手を笑う? この私が? 残念ね、笑い話にもならないわよ。私を笑わせたいのなら、もっと私の予想を裏切る事柄を用意しなさい」

 

 私を見る目をまっすぐに見つめ返し、きっぱりと言ってやる。

 途端に目に溜まる涙の量は増し、それは美羽の目からぽろぽろとこぼれた。

 

「どうしたの? 言い返す言葉もない? ……なら、このまま続けさせてもらうわね」

 

 何かを言おうとしているのはわかった。が、嗚咽が邪魔をして喋れないでいるようだ。

 ならばと伝えることはさっさと伝えてしまおう。

 いつまでも自らのみが名乗った皇帝気分で居られるのも困るし、そんな者をずっと養う気もさらさら無い。

 

「美羽。しばらくは待ってあげたけれど、何もしようとしないあなたに言わなければならないことがあるのよ。間違いではあったけれど、言われた時点で仕事を探した一刀とは違う。自ら動こうともしないで、自分が傷つけられれば文句ばかりを口にするあなたにね」

「~っ……」

 

 私を睨む目に、怯えがさらにさらにと含まれてゆく。

 けれど構わず続ける。

 どう動くかは制限しないのだから、精々考えなさいと態度で伝えるように。

 

「役立たずは必要ないわ。あなたは乱世の頃、誰の役に立ったわけでもなく、平和に至ってからも賊まがいのことをして皆に迷惑をかけた。なんの功績があるわけでもないのに、ここまでの期間の面倒を見てあげたのは、一刀が“役に立たないなら立つように教えればいい”と言ったからよ。少なくとも、魏で生きることを学ぶ時間は十分にあげた筈よね? あなたはその間、なにをしていた?」

「ひくっ……ふ、ぅう……っ……」

「口を開けば七乃七乃と喚くばかり。何を言っても袁家がどうのこうのと口にして、気まぐれに与えた仕事の一つも放り出し、やろうともしない。あまつさえなに? 甘えることしかしなかったくせに、心から心配したが故に怒った相手を突き放し、泣くだけしかしない? 呆れるわね、それでよく名門を謳えたものだわ」

「っ……、~っ……」

 

 涙がこぼれる。

 けれど私を睨む目はさらに鋭くなる。

 

「あのね。わかっていないようだから教えてあげるわ。あなたも七乃も華雄も、一刀のお陰で今ここで生きているの。あの時点で一刀が帰ってこなかったら、賊紛いのことで平和を掻き乱そうとした存在が簡単に許されたと本気で思っているの?」

「ひっ……」

「雪蓮の前に突き出された時点で首を刎ねられていた可能性だってある。この天下、今や私だけのものではないのだから、それを一時とはいえ掻き乱さんとした罪は、重いなんてものではないのよ。けれどそれを許されたからこそ美羽、あなたは今ここで我が儘を口に出来ている。その事実、その理由の重さを理解なさい」

「………」

 

 睨む目を睨み返してやると、その目は逸らされた。

 ……弱いわね。周りに何も居ないかつての名門とやらは、こうまで弱いのか。

 

「…………妾は……ぐしゅっ……わらわ、は……」

「……? なに? 言いたいことがあるのならはっきりと言いなさい」

 

 目は逸らしたまま。

 けれど涙を拭い、呼吸を整えてから、おそるおそる私の目を見た美羽が口を開く。

 

「妾は……一刀に救われていたのかや……? 一刀は、妾が心配だったから……あそこまで怒ったのかや……?」

 

 訊ねられたものは、一言で返すなら“そんなものは自分で考えなさい”で終わらせたいものだった。冷静でいられるのなら、誰でもわかりそうなことでしょうに。

 

「ようやく手に入れた平和を笑顔で掻き乱す存在が、どうやって三国が集まる宴の中で無事でいられるのか。私のほうこそ教えてほしいくらいなのだけれど?」

「ひうっ……!?」

 

 だから溜め息混じりにそう返し、さらに睨んでやった。

 すると低い悲鳴を上げ、震え始める。

 ……そんな様子を見ていると、なんというかこう……いじめたく───……はぁ、少しは慎みなさい、私。

 

「それと、心配だからこそ拳骨が出るほど怒るなんてこと、まず一刀でなくてはしないわ。それも、我を忘れるほどに怒らないと無理ね。……理解しなさい、袁公路。あなたがどれだけ我が儘を尽くそうが、確かに一刀なら見捨てたりはしない。けれど同時に教えようともしていたはずよ。するべきことではないことはするべきではないと、こう動くべきはこう動くべきと。それを聞きもしないままに怒られた殴られたと泣き叫ぶのなら、あなたを許し続ける一刀こそが報われない」

「………」

 

 そうでなければあの日、桃香との舌戦で頭に血が上っていたとはいえ“私を叩く”なんてことを、あの一刀が出来るわけがなかったのだから。

 

「いい加減、成長しなさい。あなた、このままだと誰にも慕われずに路頭を彷徨い、血でも吐いて死ぬことになるわよ」

「………………それでも……」

「ええそうね。それでも、一刀だけはあなたを守ろうとするでしょうね。だから、もう一度だけ“成長する機会”を与えるわ。救われた命、大事にされているという自覚を持った上で、あなた自身が決めなさい。七乃に相談するのでもなく、己自身で。そして気づきなさい。あなた自身には、相談する相手すら七乃しか居なかったという事実に」

「───っ……」

「それを理解した上で、差し伸べられている手をどうするのかは、あなただけが決められることよ。どうするのも勝手だけれど、いくら一刀があなたを見捨てないとしても、私はあなたを見捨てられる。それで非道と謳われるようなら、それは仕方の無いことと受け取るわ」

 

 だから、精々考えなさいと……それだけを言い残し、一刀の部屋をあとにした。

 

……。

 

 厨房に着く頃には、頭の中のもやもやも多少は晴れ、さらに言えば厨房から漂う甘い香りを嗅いだ途端にするりと簡単に、気分は晴れた。

 中からは歓喜の声と驚きの声。

 恐らくあいすは完成し、それの味見をしているところなのだろう。

 ……べつに、構わないわよ、味見くらい。どうしても一番に食べなければ気が済まないわけでもないし。

 

「あら、もう始めていたのね」

 

 だから、中に入った時点でそう口にする。

 厨房に居た一刀、春蘭、秋蘭、思春、華雄は揃って私へと向き直ると、どこか上気した顔で私を迎えた。

 

「華琳、結構時間かかったな。最初は春蘭を探してた~って聞いたけど、それからなにかあったのか?」

 

 続けて「探されてたって教えてくれた春蘭自身が勢いよく駆け込んできたから、何事かと思ったけど」と口にする一刀に、「べつになんでもないわ」と返すと、その手に持つものを見やる。

 これが……あいす?

 

「ん? ああ、これか? どうせならって、残った牛乳で作ってみたんだ。天の食べ物でプリンっていってな、冷蔵庫がないから寒剤で冷やしたんだけど……」

 

 釜戸を見てみれば、大きな鍋と蒸篭。

 どうやら蒸して作るものらしい。

 

「へえ……かんざい、というのは?」

「ああ、あれのこと。硝石で凍らせた水に塩をかけると、もっと冷たくなるんだ。二種類以上の混合物のことで、氷としての意図よりも冷却材としての意図を差す……だったっけ? まあそれよりもさ、アイスも出来たし食べてみてくれないか? 我ながら上手く出来たと思うんだ」

 

 まるで子供のように燥ぐ、目の前の男。

 ただそれが空元気であることは、少なくとも私の目には明白だった。

 

「……この香りは、酒ね?」

「あ……やっぱり気づくか。バニラエッセンスが無いから代用で悪いんだけど、これも案外いい感じになってくれたぞ?」

 

 そう言って、笑顔のままに匙子であいすを掬い、差し出してくる。

 

「…………なに?」

「はい、あーん」

「なっ───!? じっ、自分で食べられるわよっ!」

 

 差し出されたものの意味を理解した途端に、顔が赤くなるのを感じた。

 当然私はそれを一刀の手からひったくると自分で口に含み───……新たな味に、軽く身を震わせた。

 

「…………」

「……」

「………」

「…………」

「…………」

「……? あ、あのー……華琳? 美味しく……なかったか?」

「!? あ、えと、そ、そうね……わわ、悪くない味だわ」

 

 少し、意識が別の方向へと飛んでいってしまっていた。

 これは……美味しい。

 甘い饅頭にも限定の菓子にも無い味だ。

 濃厚な味わいでありながら滑らかな舌触りと、口の中でほどけるように溶ける甘み、そして軽く鼻を通ってゆく酒の香り。そしてなにより、この心地の良い冷たさ。

 説教まがいのことを美羽にして、少し気分が尖っていたところに、これは反則だ。

 

「悪くない味か……まあボロクソ言われるよりは一歩前進ってことで、お次はこれを」

 

 当の一刀は褒められたとは思っていないようで、「さあさ」と次を用意。

 ぷりん、と言ったかしら。それを差し出してくる。

 

「………」

「………」

「……? 華琳?」

「…………手が塞がっているのが見てわからないの? 食べさせて頂戴」

「……ははっ、かしこまりました。では心を込めて、差し出させていただきます」

「良い心がけね」

 

 ほら見なさい、突然のこんな我が儘にも軽く乗ってくる男だ。

 どれだけ美羽が我が儘放題したところで、見捨てる筈が無い。見捨てられる筈がない。

 だからあの子ももっと早くにそういったことに気づいていれば───

 

「───!」

 

 考え事をしている最中に、口の中につるりとした甘み。

 思わず目を見開いて、口の中に感じるつるつるとした食感に驚く。

 甘い。

 甘くて冷たくて、けれど今度は溶けない。

 そんな味を堪能したくて舌で触れてみれば、柔らかく砕けるソレ。

 しかし砕けてなお甘みは死なず、濃厚な味わいが口いっぱいに広がって……

 

「…………一刀」

「? なんだ? あれ? もしかして不味かったか?」

「結論を急がないの。それよりも……これ、気に入ったわ。作り方を教えなさい。もちろん“あいす”の作り方もよ」

「え……ってことはっ?」

「ええ、とても美味しいわ。綿菓子もよかったけれど、これらは特に。ただ少し味が残りすぎるわね。濃厚な味わいは新鮮味があるけれど……」

「あ、やっぱりそこはそう感じるか。後味までさらりと溶かすのは難しいんだよ、これ」

 

 なにせ材料が材料だからと言う一刀に、工夫次第でどうとでもなるでしょうと返す私。

 天というのは本当に不思議だ。

 こんな味の物をいくつも作り出しているというのだから。

 

「───」

 

 ……ふと感じる気配。

 決して大袈裟に振り向いたりはせず、ちらりと視線を向けてみれば、厨房の入り口の前で中を覗く存在。……どう見ても美羽だ。

 行動が遅いのか早いのか。

 

「えと……華琳、ちょっと」

「ほうっておきなさい。自分で動き切らない限り、それは動いたとは言えないわ」

「…………わかった」

 

 きゅっと握った拳で自分の胸を叩いて、一刀は後ろを向いた。

 硝石で作った氷と、それに塩を合わせた寒剤を見せてくれるのだという。

 

(……こんなことくらいで辛そうな顔をしているんじゃないわよ、ばか)

 

 小さく溜め息を吐いて、寒剤とやらを見ることにする。

 言うべき事は言った。どう受け取り、どう動くかは彼女次第。

 手伝う義理もなければ、言ってみればあんなことを言う義理だってなかった。

 なのにそうしたのは、言った通り楽しませてもらった礼でしかない。

 私は私で、今日というこの日を存分に楽しませてもらうだけだ。

 久しぶりに心が躍るような味に出会えたのだから、他のことをそう意識しては楽しさが半減するじゃない。

 

「おい北郷、このかんざいとやらは食えるのか?」

「食べちゃダメ! それは食べ物じゃないから!」

「しかしそれではふりかけた塩がもったいなかろう!」

「その気持ちはわかるけど、寒剤ってのはそういうものなんだってば!」

「ええい何を訳のわからんことを!」

「訳がわからんのはお前だぁあっ! ああもうっ、わかるように説明するから触っちゃダメだし食べちゃダメ!! つまりな、これの材料のそもそもが───!」

「なにぃ!? 貴様そんなもので作ったものを我々に───!」

「だからあくまでこれは冷やすためのもので───」

「ええい何を訳のわからんことを!」

「それさっきも言っただろ!? わかるように説明するって言ったのに、どうして───」

「貴様が訳のわからん言い方をするからだろう!」

「やっぱ無理だ助けて秋蘭!」

「うむ……なんというか、すまん、北郷」

 

 ふふっ……まあでも、春蘭が上手く引っ掻き回しているようだし、一刀も落ち込んだままでは居られないわね。

 これからどうするのか───あとは貴女次第。

 一歩を踏み出すも良し、踏み出せぬのなら……孤独な旅が待っているだけ。

 好きにすればいい。どうせ二択しかないのだから。

 “選べる”ということがまだ幸福であることを、じっくり感じなさい。

 この、それが許されるようになった蒼の下で。




仕事があるって、素晴らしいことだ。
でも休みたい。熱さの中、ひたすら仕事仕事仕事……もう、ぼかぁもう!
明日も更新できるカナ……。

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