真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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56:魏/一握りの勇気の行方②

 戻ってきてからの鍛錬は、なんというか普通だった。あくまで華琳の中で。

 鍛錬の際、春蘭と秋蘭の本気を相手に立ち回るほどの武はさすがの一言で、その実力を以って、それはもう遠慮無用に踏み込まれた。

 しかも華琳は手加減なんてものを嫌うわけで、俺にまで全力で来いと言う始末。

 ならばと全力で向かい、余力を残そうともせずにぶつかり合った結果……体を動かしたい気分、なんて言葉から始まったソレは、双方がへとへとになることで決着、というかたちに落ち着いた。

 本当に、技術とかよりも無駄にスタミナばっかりついていると自覚する。

 というのも切り込めた回数は想像していたよりも少なく、華琳の隙の無さに逆に呆れる結果になった。だって鎌だぞ? 見た感じ思い切り隙がありそうなのに……ほんと、どうなってるんだこの世界の女性は。

 お蔭で、ほぼが華琳の攻撃をいなしたり躱したり、踏み込めずに攻めあぐねて怒られたりの連続だった。

 ……思い切り力を込めた一撃も、あっさり防御されたし。や、絶で受け止められた瞬間、華琳の体が軽く浮くくらいには衝撃を与えられたようだが……それが原因で、「そんな攻撃が出来るのなら最初から使いなさい!」とまた怒られ、絶を振り回した覇王様に追われる羽目になった。勘弁してください。

 

「………」

 

 そんなことが終わって、現在は中庭の立ち木に背を預け、座っているわけだが……どうしてかその膝……胡坐だな。に、華琳さま。

 

「はー……風が気持ちいいな」

「ええそうね」

 

 チラリと東屋を見る。

 書き途中の進捗報告書がそこにあるわけだが……しかしこの、足に乗る心地の良い重さも手放しがたく……手持ち無沙汰とはよくいったもので、心の中で自分に“仕方の無いやつだな”ってこぼしながら、その手で華琳の頭を撫でた。

 汗に濡れた髪が軽くくっつくが、そのまま引っかからないようにさらりと抜く。

 華琳はといえば、自分の汗が誰かにつくのが嫌なのか、閉じていた目を開いて自分の肩越しに振り向くように、俺を軽く睨んでくる。そんな顔に、“じゃ、膝枕やめるか?”って視線を悪戯笑顔とともに返してやれば、伸ばされて頬を引っ張る華琳の指ってあだだだだだだだ!?

 

「ひょっ……ふぁりんっ、いふぁっ……いふぁふぁっ!」

「一刀、あなた……呉、蜀を歩いてから生意気になったんじゃない?」

「ふおっ! ……~っつぅう……! そういう華琳は、随分と……」

「……? 随分と、なによ」

 

 甘えん坊になった。

 ……なんて言えるわけがないよなぁ。

 あの時……玉座に座らせて、“私のものという自覚を忘れないでいるのなら、春蘭たちに手を出すことには目を瞑ってあげる”と言われた時は、本当に随分と滅茶苦茶なことを言われたものだけど……最近はやたらと無茶を押し通そうとすることが多くなった気がする。

 それが甘えからくるのか、ただ俺を困らせて楽しみたいだけの話なのかはやっぱりわからないんだが……ただ、快く引き受けると呆れた顔するんだよなぁ、“ほらみなさい”って感じに。

 前にもそんなことがあって……あの時は俺を怒らせたかったから、だっけ?

 じゃあ今も? …………でも袁術相手に爆発させちゃったしなぁ俺。

 

(華琳自身が怒られてみたいとか? ……いやいやいや、また泣かれるのは嫌だぞ)

 

 ……ていうかそれはないだろ、だって華琳だもの。

 そりゃあいつか、蜀に攻められて撤退しようって時、引っ叩いて怒っちゃったけど───わあ、そういえば俺、怒ったの美羽が初めてじゃないや。

 あ、でも……“叩いた”ではなく“本気で怒った上で殴った”は初めてじゃないか……。

 殴った……ナグッタ……女の子殴った……!

 

(うおお……でも、でもあの時は……!)

 

 でも、でも……うーん、“でも”が頭から離れない。

 こういう時の気分って、あんまりいいものじゃない。

 もやもやが溜まっていくから、なんだかどっと疲れるのだ。

 じゃあ試しに怒ってみる? 逆に滅茶苦茶怒られそうだぞ? あ、じゃあそれは次に理不尽に何かを仕掛けられた時に……なんてことを考えていたんだが、ひょこりと視界の隅で何かが動いた。

 

「………」

「……ほうっておきなさい。一歩も進まない者に手を差し伸べるのは、やさしさじゃなく成長の妨げでしかないわ」

「ん……わかってる。わかってるんだけどさ……」

 

 袁術だ。

 ここ最近だけじゃない、ずぅっと感じていた視線の正体。

 目をかけてやったと言っていたけど、まさか本当の意味で目をかけていたとは思いもしなかった。

 俺はそれに気づかず、気づいたとしても深く気にしようとはせず、普通に過ごしていた。なもんだから袁術も気づかれていないと見て、部屋でもなにも言わなかった……か? 言うまでもなく、俺が勝手に気づくのが当然だ、とでも思っていたのかもしれない。

 妙に意地っ張りで頑固だからなぁ、袁家の人は。

 

(……でも、目をかけてやった、って……目をかけて、どうしたかったんだろうな)

 

 遊ぶだけなら俺じゃなくても、もっといっぱい…………。

 

(あ……そっか)

 

 さっき自分が感じた通りだ。

 よく知らない場所、よく知らない人に囲まれた時、酒やつまみを出してでも安寧が欲しいって思う。そんな状態の中、袁術は俺の部屋に居て……俺は、袁術が望まなくてもズカズカと話し掛けたりちょっかい出したりをしていた。

 自分がなにもしなくても、自分を構ってくれる存在。

 それはとても都合のいい存在で、心細さへのそのお節介は、嫌なくらいに受け容れやすかったに違いない。そりゃ、我が儘にもなる。自分から近づいてきたやつが、まさか自分を叱るなんて思いもしなかったに違いない。

 ……それ以前に、自分が怒られるってこと自体を意識してなかったっぽい。

 そう思えば、いつだって、自分が思うよりもずっと、自分以外の誰かの行動力なんてものは有り難いものなのだろう。

 

 

(こうなると、逆に今までの俺が壁になるのかな)

 

 今まではほうっておいても手を伸ばした。

 だからきっと、今でも視界に入れば手を差し伸べるのではないか。

 そんなことを……自分ならば考えるかも、と考えては、自分にそんな神経があるかなぁなんてことを考えた。ほら、多少は考えるものの、解らなくなって無神経に突っ走ってそうな気がするんだよ。我ながら計画性ってものがない。

 ないからこそ、少し考えてみることにした。

 

「……なぁ華琳? 支柱になったらどんなことをすればいいんだろうな」

「好きにしていればいいわよ。支柱として生きるための知識なら、私や他の知ある者が、嫌と言えなくなるほど叩きこんであげるから」

 

 それはあれですか? 帝王学ってやつですか? ……この場合、覇王学?

 ……帝王になるよりも、町人と遊んで笑っていられるような支柱になりたいなぁ。

 

「町人と遊んで笑ってるような支柱って、だめか?」

「そんなもの、ただ舐められるだけよ。自分は王ではないのだからと、そういう意味でそんなことを言っているのなら、それは大きな間違いだわ」

「え? そうなのか?」

「……あなたね。今、何処の誰があなたを支柱にしようと走り回っているのか、忘れたとでも言う気?」

「? 雪蓮に桃香に華琳だろ? それが…………あ」

 

 わかった。

 つまりこれは……

 

「王や軍師が進んで俺を支柱にしようとしているのに、俺が誰からにも舐められる存在じゃあ、推薦した王たちの面目が立たないってことか」

「そういうことよ。やさしいのは結構なことだけれど、限度というものを知りなさい。どれだけ平和になろうと、その平和を纏めるための王は必要であり、その王が支柱にしようとする者がただの能天気な男では、あちらこちらで不満が募るわよ」

「……そうかな。わかる気はするけど、平和のための支柱がそんな、怖い顔ばっかりしてたら息が詰まるだろ。ていうか呉の民のみんなとは随分と仲良くなったし、しかめっ面とかしていようものなら逆に不満が募りそうなんだけど」

「………」

「い、いやっ! 断じて根回しとかじゃないぞっ!? 俺にこんな先のことまで予見して行動しておくなんてこと無理だからっ! 自分で言ってて悲しいけど!」

「……まあ、そうね」

「…………いや……うん……」

 

 納得してくれてありがとう。でも納得されても少し切ないです。

 こんなんで本当に支柱になれるんだろうか。

 帝王学を叩き込まれて、人捌きも上手くなって、こう、キリッとした顔で胸を張って、バァアアーンって感じのオノマトペを背に引っ提げて、

 

(帝王、北郷!!)

 

 …………ウワァ…………。

 

「……ガラじゃないよ、これ」

「なによ。私の説明じゃあ不満?」

「いや、そっちじゃなくてさ。ほら、もしだけど、都に住むようなことになって、今の華琳みたいにいろいろな書類整理に追われるとするぞ? 三国の様々を把握しなきゃいけないし、呉や蜀だけじゃなく、魏からのものにも目を通すコトになったりしてさ」

「ええそうね。それがなに?」

「……あのさ。それって俺が華琳よりも高い位置に居る~、みたいに見えないか? あくまで民たちにとってはって意味で」

「ええそうね。雪蓮は間違い無く入り浸るでしょうし、桃香もやりそうだわ。私だってそうするでしょうしね。だから言っているのよ、舐められることになる、と」

「ああ、そっか……ていうか本当にジュノ大公国だなおい……」

 

 いっそ笑いたくなるくらい似合わないぞ?

 都に置かれた城の玉座に座り、頬杖をつきながら足を組んでニヤリと笑う俺。膝の上には猫でも置こうか? それとも猫の代わりに美以やミケトラシャムを? はたまた愛など要らぬと無意味に叫んでみるとか……いや、いろいろおかしいからそれ。

 

「そんな状態が続くと、大陸の覇王である華琳がおかしな目で見られたりしないか? 俺は支柱になりたいんであって、帝王なんかには興味がないぞ?」

「当然でしょう? あなたは支柱であって王などではないわよ。中心に都を構えるにしても、それはあなた自身が同盟を支えるものになる、という意味の支柱なんだから。王の務めは各国の王が務めるものだし、あなたは支柱としての仕事をすればいい。それだけのことよ」

 

 だから好きにしていればいいと言ったじゃないと続け、溜め息。

 ……そ、そっか。

 中心に構えるなんて言うから、てっきり三国の面倒ごとを全部押し付けられるものかと。

 華琳はただ“もしだけど”って言葉を受け取ってくれただけだったわけか。

 しかし……舐められないように、ねぇ……。

 俺、自分って存在にそこまでの自信が持てないんだけどなぁ。

 

「…………」

 

 静かに吹く風に撫でられながら、支柱としての生き方を考えてみる。

 自分の知らないところでどんどんと進む話に、正直気が遠くなりはするが……だからって全てを断りたいわけでもない。自分が柱になることで、手を繋げる場所がある。それって、宴の時に桃香が言っていたこととよく似ている。

 手を繋げない誰かと誰かの間に立って、それらを繋げるなにかになる。

 それが、俺っていう存在が支柱になることで果たせるのなら、素直に嬉しい。

 嬉しいけど…………

 

「………」

 

 ちらりと目を向けそうになり、我慢する。

 今近くに居る少女に手も伸ばせない俺に、そんな大それたことを果たすことが出来るのだろうか、なんて……弱気を抱いてしまった。

 必要なことだっていうのはわかるのに、理解しているくせに納得がいかない。

 もやもやとする中で、出来れば駆け寄ってでも仲直りがしたいのに、それではダメだと自分でもわかっている。そのくせ、やっぱり、わかっていても納得は出来ないのだ。

 ……なんだろな、ヤマアラシのジレンマって言葉が浮かんだ。

 

「難しく考えすぎなのよ、一刀は。どうせ今近くに居る誰かに手を伸ばせないで、とか考えていたんでしょう」

「うぇっ!? な、なんでわかった!?」

「……本当に考えていたの? まったく、単純というかお人好しというか」

「返す言葉が本気でございません」

 

 見透かされすぎな自分に、いっそ泣きたくなった。

 単純だなぁ俺……。

 

「とにかく。手を伸ばすばかりがやさしさじゃないとわかっているのなら、時に耐えるのは当然のことよ。いいから、普段通りにしていなさい」

「ん……わ、わかった」

 

 一応頷いてはみるが、どうも覚悟として飲み込めない。

 だから、ぐっ……と飲み込むようにして、自分の胸に当てた手でノックする。

 今日まででもう、何度同じコトを覚悟として胸に叩きこんだのやら。

 

「ず~っと他人任せな蒼天の下を歩いてきた日が懐かしいや……」

「……? ……ふふっ、なんだ、そういうこと。他人任せでサボれはしても、相手が一歩を踏み出さなければ成長に至らない状態で、他人任せをするのは辛い?」

「辛いなぁ……早く来てくれって思うのに、それは相手の覚悟の問題だから強くも言えない」

「あらだめよ。言った時点で接触しているじゃない。それも我慢しなさい」

「…………ん……わかって……るんだけどなぁ……」

 

 華琳は笑っている。

 なにがそんなに可笑しいのか、楽しげだ。

 ただ、「やっぱり私を笑わせてくれるのは大体があなたね」、なんてことを呟いていた。

 別の意味でどうにも納得がいかないが、楽しんでもらえているのならなによりだ。

 …………俺にはその愉快の沸点がどこなのかが、謎なわけだが。

 

「………」

 

 風が吹く。

 いつから俺を追い掛け回していたのか、少女は小さくくしゃみをした。

 無意識に体が動こうとするのを華琳に抓られることで耐え、座り直す。

 一緒に街に出れば、少しもしないうちから“負ぶってたも”と願った子。

 言われるままに負ぶったり、今日はだめだと突っぱねてみたりもしたけど、思い返せば返すほど、自分がどれだけ甘かったのかを悟る。

 悟りはするが、心配なものは心配なのだから仕方がない。

 せめて……せめて少女が一歩を踏み出してくれればと願うのに、それはあまりに勝手な都合じゃないかと自分に呆れることを繰り返す。

 自分が怒ったことでこんなことになってしまったのか、それともいずれは華琳が何もしない袁術に裁きを下したのか。

 華琳が…………華琳…………華琳?

 

「…………あのさ、華琳」

「なに?」

「もしかして、いや、これ言うとものすごーく嫌な顔されそうなんだけど、気になっちゃったから言うな? もしかして、袁術のこと、結構脅したりした?」

「助言と言ってほしいわね。成長するための物事を真正面から口にしてあげただけよ」

「……その時の袁術の反応は?」

「子猫のように震えていたわ。それがどうかしたの?」

「………」

 

 確定じゃないか? これ。

 

「いや……その。それってさ、袁術が今の俺に話し掛けづらい状況に繋がってないか?」

「震える原因が傍に居ようと乗り越えるから成長というのよ。大体一刀、今のあなたじゃあ話し掛けられた途端に許し、抱き締めでもすると思うのだけれど?」

「…………………………」

「穴があったら?」

「入りたいです……」

 

 見透かすように笑い、訊いてくる華琳に正直に答えた。途端に華琳は楽し気に笑った。彼女の肩越しに見るその笑顔が可愛かったから、ああもう可愛い、なんて思いつつ頭を撫でた。……ら、その手をぺしりと叩かれた。

 後ろから触れられるのが嫌なのか、警戒心が嫌でも刺激されるのが嫌なのか、華琳は笑みをふぅと吐き出すと同時に姿勢を変えて、あろうことか今まで自分が座っていた俺の胡坐に、ぽすりと頭を乗せて寝転がってしまった。

 これなら後ろから撫でることなど出来ないでしょう? とばかりに軽くドヤってる覇王様が可愛い。無意識なんだろうが、たまに子供っぽいところ、あるよな。華琳って。なので撫でた。……ぺしりと叩かれた。

 

「……でさ、華琳。恥ずかしいから早速話題を俺のことから逸らしたいんだけど、その……厨房のほうは大丈夫なのか? アイス、作ってたんだよな?」

「片付けなら桂花に任せてあるわ。味見役を任せたら目を輝かせて頷いたからね」

 

 犬だな、まるで。

 他人には懐かないで、あくまで主人だけに懐く。

 でもイジメられて喜ぶ犬ってどうなんだ?

 

「はぁ……ん、少しだけ気分が逸れたよ。どちらにしても待つしかないんだ、ゆっくりと……あ」

 

 視界の隅で、少女がコクリと頷いた気がした。

 そしてついにその一歩を踏み出し───

 

「華琳さま~っ! ご命令通り、全ての片付けを終わらせました~っ!!」

 

 ───……てくるより先に、誰かさんの声。

 視線を向けてみれば、ほっこり笑顔で中庭へと駆けてくる猫耳フードの軍師さま。

 

「華琳さま、華琳さま~っ? 何処に……あ」

「あ」

 

 目が合った。

 東屋の傍の立ち木だ、中庭に入った時点で目につきそうなくらい目立つ。

 そりゃ、すぐに見つかるわ。

 

「あ、ぁあああああんたぁあああっ!! かかかっ、かか華琳さまが日々の激務で疲れているところに付け込んで、ひざっ……ひざざっ……膝枕ぁああーっ!?」

「うわばかっ! 大声出すなっ! ていうかこんな状況で来るなんて、どれほど空気読んでないんだお前はっ!」

「北郷ごときがわたしを馬鹿呼ばわりっ……!? いいえそんなことは今はどうでもいいわ! いいから華琳さまの整った体から今すぐその穢れた体を退かしなさい!」

「大声を出すなって言ってるだろうがっ! せっかく一歩を踏み出してくれたのに、これじゃあ───」

 

 と、ちらりと目を向けてみれば、既にそこに居ない少女。

 ………………終わった。

 

「……この場合、桂花の大声よりもあなたの大声が原因でしょうね」

「怒鳴って殴ったの、俺ですもんね……」

「いいからどきなさいって言ってるでしょ!? 大体、進捗報告の時期に何を暇そうにしてるのよあんた!」

「その時期に主人の用事の後片付けをしてほっこりしてるお前に言われたかないわぁああーっ!! な、なにもこのタイミングで来ることないだろ!? もう少しでもやもやが晴れてたかもしれないのにっ!」

「はん? なに? 八つ当たり? 自分の失敗を人の所為にしないでよ汚らわしい」

「八つ当たりで汚らわしい言われたの初めてだぞ俺!」

 

 ていうかこれ八つ当たりなのか!?

 ああくそう! なんで俺の怒りは目の前のこの軍師の前でこそ爆発しなかったのか!

 それはそれで面倒なことになってただろうけどさぁ!

 

「はぁあああ………………もういい、作業に戻るよ俺……」

「働くだけ前よりはましなんだから、精々華琳さまの迷惑にならないように働きなさいよね。そして働き続けて死ねばいいんだわ」

「お前は俺の文句を言いながらじゃなきゃ喋れないのか……?」

「願えば叶うくらいなら、あんたなんて百回は死んでるわよ」

「どれだけ嫌いなんだよ俺のこと!」

 

 言いながらもソッと華琳の体を起こし、俺が座っていたところへと座らせる。

 この立ち木に背もたれすると、なんか安心するんだよな。

 あ~、魏だ~って感じで。

 そんなわけで東屋への階段を登って、円卓に座る。

 高い位置から見渡したところで、やはり袁術はもうおらず……俺は深い溜め息とともに、乗らない気分のままに進捗報告書の続きを纏めにかかった。


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