真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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58:魏/仕事風景②

 ……さて。

 街へ降り、知る中でもここ一年の間に立てられたらしい大きな書店へ行き、華琳に頼まれたという書物を探す。

 断っておくが、四時食制でも韓非子の孤憤偏でもない。

 最近出たものらしく、あるのなら買ってきてほしいと頼まれたものだ。

 そんなわけで大きな書店……アウト。見事に売ってやしない。

 ならばと次の店を案内する。ここは敢えて穴場の書店へ。

 するとあっさりと本は見つかり───支払いを終えて店から出ると、濡れた地面の香りと雨の音。

 

「あっちゃぁあ……見事に降ってるなぁ……」

 

 生憎と傘なんてものはない。

 しかし本を守るバッグはある。

 ということでバッグに本をソッと入れて、あとは……

 

「稟、風、これ」

 

 バッグを稟に、上着を風に渡す。

 二人はきょとんとした顔で俺を見る……って、当然か。

 

「雨を防ぐものがないから、これでも使ってくれ。あ、バッグは丁寧に頼む。本もあるし」

「いえ、そうではなく……一刀殿、それでは貴殿が」

「んー……こういう時は、あれこれ詮索せずに受け取ってくれるとありがたいんだけど。あれだ、軍師さまに風邪を引かれても困るってことで。出来るかどうかわからないけど、ちょっと試してみたいこともあるし」

「しかしそれは……」

「稟ちゃん稟ちゃん、ここは素直に受け取っておきましょう。見返りを求めない厚意にあれこれ言われては、言い出したお兄さんも困るというものです」

「…………やれやれ。わかりました、風の言う通りにしましょう」

 

 そう言うと、差し出しっぱなしだったバッグと上着を受け取ってくれる。

 ……この場面だけ見るとまるで、荷物を女に押し付ける面倒くさがりな男だよね。

 で、こういうときには大体あの軍師さまが偶然居合わせたりして───

 

「………」

「……? 一刀殿?」

「いや。過敏……っていうのかな、これも。少し勘繰りすぎてた」

 

 首を傾げる二人に「なんでもない」って笑って返して、先を促す。

 書店の軒下で空を眺めていた稟と風は、それぞれ頭の上にバッグと上着を翳してパタパタと走りだす。

 幸いにして雨はまだ降ったばかりなのか、地面はそこまでぬかるんではいない。

 走っていく二人を見送ってから、俺も……ん、んんー……。

 

「んー……んっ」

 

 氣を体の表面に纏わせてみる。

 そんな状態でサッと軒下から手を伸ばすと、タタタタッと一気に濡れていく手。

 ……やっぱり氣を纏わせたからって弾けるわけじゃないらしい。

 じゃあもっと、手にだけ集中させてみて……! ……結果は変わらなかった。

 そしてもたもたしている内に、ドザーと降り始める雨さん。

 

「やあ、これはまいった」

 

 わざとらしく言ってみても状況は変わらない。

 まいったなぁ……全速力で走るか? でもこの雨だ、一気にとはいかないまでも、びしょ濡れは免れない。

 せっかく美羽が部屋を掃除してくれたのに、濡れた自分が戻るのもな。濡れた状態で帰って、水も滴るいい男とか冗談言ったら絶対に引かれるだろうし、そもそも言いたくない。

 ふぅうむどうしたものか───……などと、結構な時間を悩んでいると……この雨の中を堂々と、動じることもなく歩く誰かさんを発見。

 

「……華雄? 華雄~? 華雄? 華雄ー!!」

 

 ザー……と降る雨の中、遮るものは己が服のみといった様相でずんずんと歩く。

 そんな彼女の名前を呼んでみると、これまた平然と「うん?」と振り向く華雄さん。

 しかも俺に気づくと「おお北郷」とか言ってのんびり歩いて寄ってきて……って、

 

「なんでそんなのんびりしてるの!? 風邪引くだろっ!」

「うむ。少々意地比べをしているのだ」

「いっ……へ? 意地っ……なに?」

「意地比べだ。霞がわたしと春蘭は似た者同士の馬鹿だというから、二人でどちらが馬鹿なのかを比べることにしたというわけだ」

「…………で、なんで雨の中を?」

「? お前の国では、馬鹿は風邪を引かぬものなのだろう?」

「今すぐやめなさいっ!!」

「む……? ま、まさか違うのかっ?」

「当たり前だあぁあっ! それは風邪を引かないんじゃなくて、風邪を引いたことにも気づかないから馬鹿だって話───だった気がするから、大きな間違いだっ!」

 

 言うが早し! 華雄の手を引っ掴んで走り出───冷たッ!?

 どれだけ雨の中を歩いてればここまで冷たくなるんだ!?

 昔じいちゃんは言いました! おなごが体を冷やすものではないと! いろいろ違う意味もあるだろうが、馬鹿比べで体を壊しちゃ笑えないだろ!

 ええいとにかく走る! 城に戻って風呂───って今日風呂の日じゃないぞ!? どうするんだよ! いや待て!? さっきの話が本当なら、春蘭もこの雨の中をゆったり気分で歩いて……!? あぁあああああもう!!

 

「華雄! ちょっとごめん!」

「ふわぁっ!? お、おいっ!?」

 

 引っ張りながらあちこち回るんじゃあ、冷え切った体では躓く可能性だってある。

 ならばとお姫様抱っこをして、足に纏わせた氣を弾けさせて一気に走る走る!

 華雄だけでも先に城へ……とも思ったんだが、春蘭の性格や華雄の性格を考えればこれが正解の筈。

 どうせ“先に城に戻った時点で貴様の負けだ”とか言うに決まってるんだ。

 だから二人同時のほうが……───つーか何処!? 春蘭何処!?

 

「むしろ誰か止めようとは思わなかったのかよもぉおおお……!! 発端を考えれば霞あたりがさぁあああ!!」

 

 叫びながら走る。

 結構な勢いの雨に、通りを歩く人の数は少ない。

 皆、軒下に避難している。雨って“難”に入るのか? まあいいけど───そんなみんなの視線をたくさん集める、お姫様抱っこ中な俺と華雄。

 華雄がなにか話し掛けてくるけどそんなものは知りません、少しは懲りてくれ。

 そして、ちょっと考えてみたけど霞なら……煽りはするけど止めはしそうになかった。

 

……。

 

 ……雨の中を走り、区画を二つほど飛ばした先の豪雨の中、震えている春蘭を発見した。

 雨もいよいよってくらい本格的なものになっている。

 ていうかこれもう台風に近いだろ。城壁とか壊れないだろうなぁ……壊れたら園丁†無双のみなさんに頑張ってもら───……無理だな、誤魔化ししか出来ないんだった、あの皆様は。

 

「春蘭っ」

「おっ……おおっ、北郷っ、きききっ、きききききっ……きぐっ、きぐう、だな、ななな……!!」

「そんな震えるまでこの豪雨の中なにやってたの!? あー、あー! わかった! 奇遇だからさっさと城に戻るぞ!」

「それはならんっ! 私があの馬鹿よりも馬鹿でないことを馬鹿なりにばばばば……!!」

「もうわけがわからないからっ!」

「貴様ぁああ!! 誰が訳がわからないくらいに馬鹿で阿呆で間抜けで愚者だ!!」

「そこまで言ってないって!! しかもそもそも悪口自体言ってないっ!!」

 

 埒が空かないので春蘭の手を握───れないよ! お姫様抱っこ中だよ俺!

 

「…………ええい構うかっ!」

 

 華雄を下ろしてからその腰に肩を当てるようにして一気に担ぐ!

 春蘭も同様に担ぎ、何を言われても無視! 日頃鍛えた氣の力、見せてやる!

 

「うおぉおおおおおおっ!!!」

 

 足と腕に氣を充実させて、走る走る走る!

 もうびしょ濡れだからどうでもいいとかそんなことは無い! 冷えれば冷えるだけ抵抗力ってものが低下するって聞いたことがある! なんだったっけ? 体温が1℃下がるごとに、免疫力やらウィルスに対する抵抗力やらが30%近く落ちるとかなんとか……まずいだろそれは!

 ……でも城に戻ったからって、暖まる方法があるわけでもない。

 ああ、裸で抱き合───却下です。春蘭とはその、そういうことがなかったわけじゃないけど……いや違う! 温まるだけだって! なに考えてるんだこの非常時に!

 ともかくその場合は華雄がいろいろと危ないだろっ! だから却下!

 じゃあどうやって暖まるかが問題であって、あ~……真桜に炉でも焚いてもらうか? 流琉に温かいものでも作ってもらって。

 生姜湯なんていいかも。玉子酒とかも……それは風邪引いたらだな。

 でも、一言言えることがあるとするなら結局はこれだな。

 “こんな雨の中、女性を担いで考えることじゃないよこれ”。

 

……。

 

 城に戻ると、すっかり冷え切った二人を秋蘭と霞が出迎えてくれた。

 二人用にお湯が用意されていたらしく、つまりは風呂は用意できないが、これで体を拭けってことだろう。俺の手から離れ、なおも平気だと言う強情な二人は待っていた二人にこそ連れていかれ、多分……それぞれがそれぞれの手でしっかりと温められたに違いない。

 

「で、俺の分のお湯は……?」

 

 誰も居ない城門の少し先で、少しだけ途方に暮れ───る前に、とことことのんびり歩いてくる足音を耳にする。

 ちらりと見てみれば、そこには桶に入ったお湯を持ち、ゆっくりと歩いてくる風が。

 

「ふ、風! それっ……!」

「生憎だが兄ちゃん、これは華琳の大将用のお湯だぜ。温かいのが欲しいなら自分で沸かすんだな」

「いやいやなんでこのタイミングで華琳がお湯を欲しがるんだ!? 冗談だろ!?」

「ええ~、もちろんですよーお兄さん。これは稟ちゃんと風からの、ほんのお礼です。お陰で大して濡れることもなく済みましたからー」

 

 はいと差し出される桶と手ぬぐい。

 それをありがたく受け取り、脱いだシャツ等の水をぎうーと搾り、改めて熱いお湯に浸し、搾った手ぬぐいで体を拭く。

 

「うぃいい~……! なんかこう、染みるなぁ……!」

「お兄さんは温かさで痛みを覚える人なのですか。これは大変なことを知って───」

「違うから! 風呂入った時も、熱さがじぃいんって染みるだろ!? それほど体が冷えてたんだって!」

 

 走ればすぐに温まるなんて、温かいところで育った人だけが言える言葉さきっと!

 ……そりゃさ? 俺も今日初めて、傘の存在の有り難さとか雨の怖さをたっぷりと知ったクチだけどさ。

 うーん……こういう時はあれだな、素直にシバリング。ロングブレスの要領でインナーマッスルをギウウと締めてやると、呼吸の度に体が芯から熱を持ってゆく。

 寒い場所で体が震える状態を、疑似的に引き出して体を温めていく。

 慣れないとヘンな呼吸になって頭とか痛くなるから気をつけよう!

 

「すぅっ……ふぅぅぅぅっ……! ん……あれ? そういえば稟は?」

「稟ちゃんなら、華琳さまに本を渡しに行っているところですねー……風も一緒にと誘われたのですが、ここは稟ちゃんだけに手柄を譲ったほうが、いろいろと面白くなりそうなので」

「あ、なるほど」

「へっへっへ、今頃大将に誘われるがままに跪いて、あんなことやこんなこととか」

「宝譿、キミちょっとオヤジくさい」

「散々と潰された恨みだそうですよ」

「一番最初に砕いたのは風だったよな」

「………」

「………」

「宝譿? あなたが悪いです」

「へへっ……女の立場を守るのも男の務めってもんさ、気にすんなよ」

「無駄に格好いいなオイ」

 

 しかもそれって、俺が男の務めを放棄したように聞こえるんですが?

 ……そして何故にこちらをじーっと見上げてくるのですか、風さん。

 

「見上げてきても、事実は動かないぞ?」

「いえいえ~、事実を知識で変えてしまうのも、軍師の能力の一つですから」

「事実を知識でか。能力なのか? それって」

「集団思考というものですねー。“事実”に必要な説得力以上の説得力を、捏造したものにくっつけるのですよ。すると真実よりも偽りが信じられるようになり、人を動かしやすくなるとー……まあそんなところですねー」

「なるほど。軍師らしい……って言っていいのかな」

「国のため、王のために、勝利するための知識を考えるのが軍師ですからね。もっとも、その勝利も国の流儀があってこそですがー……」

「ああ、わかるよ。下手な勝ち方なんてしたら、即刻首が飛ぶだろうからなぁ……」

「そうですねー……」

 

 “あのような勝ち方、あのような戦をこの私が認めると思っているの!? 春蘭、この者の首を即刻刎ねなさい! はっ、華琳さまっ!”……この流れだけで終わりそうだ。

 魏の軍師っていうのもある意味命がけだ。

 

「ん、よしっと。ありがとな、風。お陰で温まったよ」

「いえいえ礼には及びませんよー、風も稟ちゃんも、お兄さんのお陰でお兄さんの二の舞にならずに済んだのでー」

「……喜んでいいのか微妙な返事だな、それ。っと、そういえばフランチェスカの……ああその、貸した上着はどうした?」

「ぐー」

「寝るなっ!」

「おおっ? なにやら急に意識が遠退いて……」

「べつに持っててもなにがどうなるものでもないだろ……それに、あれは天の大事なものなんだからな? 大事なものでもあるし天との接点でもあるし、なにより……思い出が詰まってる」

「おお~……それは、もし誰かが誤って破りでもしたら───」

「……ごめん、そんなことが起こったら、いくら俺でもどうなるかわからない」

「………」

「………」

「今すぐ返しましょう~」

「ん、助かるよ」

 

 懐に仕舞われていたらしい制服を、どうぞ~と渡してくれる。

 助かるの一言と一緒にそれを受け取ると、部屋へ向けて歩き出す。

 風も華琳のところへ行かなければいけないらしく、キャンディーを舐めつつ「ではー」と静かに去っていった。

 ……何気に歩くのが上手いよな。足音とか全然聞こえない。

 これで気配を消せたら第二の思春の誕生に……?

 

(……首に鈴音を構えられないだけマシすぎるよな)

 

 ん、そうだよな。精々で背後から急に寝息が~とか───怖いよ!?

 いやいや、そんなこと言ってないで戻ろう。

 どちらにしろ着替えなきゃいけないし、どうせならって桶も手ぬぐいも借りてきたから、着替える前にもう一度温まろう。

 そんなわけで、出来るだけ水滴が落ちないようにと身振りしながら歩いて、ようやく部屋に辿り着いたわけだが…………部屋の前にバッグが置かれていた。少し濡れてるけど、間違いなく俺の。

 うん、お勤めご苦労さま。ちゃんと稟を守れたか? ……などと意味もなく思いつつ、バッグを拾って部屋の中へ入った。


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