真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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04:三国連合~呉/一路、呉国へ④

 沈黙したままでは気まずいので、とりあえず名前の確認からいこう。

 そ、そう、確認、大事。

 

「えっと……周泰、でよかったよな?」

「は、はいっ、姓は周、名は泰、字は幼平ですっ」

「………」

「………」

「隠密行動が得意……?」

「はいっ」

「………」

「………」

 

 壁に張り付いていた姿を思い浮かべると、素直に頷けないのはどうしてだろう。

 さすがにもう壁からは離れて、呂蒙が走っていった通路の先をちらちらと見ているけど。

 でもとりあえずは。

 

「もう知ってるだろうけど、俺は北郷一刀。今日からしばらくここで厄介になることになったんだ、よろしく」

「はい……」

「………」

「………」

 

 沈黙。視線をあちこちに彷徨わせては、なにかを必死に考えているような感じ……かな?

 まあ……急にやってきて、孫呉をどうにかするとか言ったって胡散臭いことこの上ないだろう。

 俺にだって正直、なにが出来るのかなんてわからないんだから。

 そんなヤツと急に一対一で向かい合えば言葉にも詰まる。……少しショックだけど。

 

「あの……御遣い様」

「様!? えと、ごめん、出来れば北郷か一刀かで呼んでほしいんだけど……」

「は、はいっ! では…………一刀様」

(あ……やっぱり様はつけるんだ……)

 

 そんなことを思っていると、周泰が右手を伸ばしてくる。

 なにをするのかと緊張が走ったけど、その手は途中で止まって……周泰の目はもう彷徨わず、真っ直ぐに俺を見上げていた。

 

「周泰?」

「町外れの川でのお話、聞いてました。宴の最中もずっとです。……その、勝手に聞いてごめんなさいでしたっ」

「ああ、それはいいよ、仕方ない。俺だって華琳が一人で素性の知れないヤツのところに行くってことになれば、誰かしらに頼んで監視してもらうと思う。雪蓮が望んでくれたとはいえ、どう貢献してくれるのかとかって……やっぱり気になるもんな」

「うう、そうですか……そう言っていただけると……」

 

 申し訳無さそうに、叱られる前の子供のように目を瞑る周泰。

 ……なんとなく感じてはいたけど、もしかして……

 

「それでですね、あの……私、思いました。一刀様は本当に魏の皆さんのことを大切に思ってるんだって。振り回されても怒られても、笑って受け入れてました。そんな一刀様だから、雪蓮様も手をお取りになったんだって」

 

 喋っているうちに、どんどんと語気に熱がこもっていく。

 気づけば“フスー!”と興奮したように鼻で息をして、ハッと気づくと顔を赤くしてしぼんでいった。

 コロコロと変わる表情を見て、きっと素は元気な子なんだろうなって予想がつく。

 

「で、ですからそのっ……雪蓮様がそうしたように、あの……私も一刀様の手を取りたいですっ! 一刀様が歌っていたみたいに、みんながいつまでも友達で居れば、きっと毎日がお祭りですっ! 同盟が組まれて、戦いらしい戦いもなくなった今、私にはなにが出来るのかって……その、ずっと考えてました。でも思いつかなくて……で、ですからっ」

「───」

 

 一生懸命に言葉を探しながら言ってくれる周泰。

 その慌てた風な真っ直ぐさに、自然と笑みがこぼれる。

 だから俺は手を伸ばし、返事をする前にその手をやさしく握った。

 途端に「ふぇうわっ!?」ってヘンな声を出してたけど、その手が振りほどかれることはなく。

 俺はそのことに少し安堵してから、言葉を紡いだ。

 

「あの……一刀様?」

「うん、よろしく周泰。正直俺にどこまで、なにが出来るのかなんてのはわからないけどさ。向けられる期待には応えられるように頑張るから───俺でよければ友達になってくれるかな。一人じゃ出来ないことも、みんなが手を取って向かえばなんとかなるよ」

 

 そう言うと、握った右手に左手を重ね、周泰はぱあっと花が咲くような笑顔を見せてくれた。

 

「……はいっ! いつまでも絶えることなく友達で、ですねっ!」

 

 そこにはもう戸惑った感じも言葉を探す様子もなく、ただただ真っ直ぐな笑顔があった。

 

(……ああ、やっぱりこの子、いい子だ)

 

 なんとなく感じていた程度だったけど、国のためにやっていた監視めいたことを本人に謝るなんて、なかなか出来ない。

 知らない国に来て、こんな笑顔を見せてくれる子が居るなんて……ああやばい、思ってたより俺も緊張してたのかな……ホロリときてしまった。

 

「一刀様?」

「あ、あぁいや……なんでもない」

 

 左手で少し滲んだ涙を吹いて、はふぅと息を吐く。

 頑張らないとな……たぶん周泰は雪蓮との話に関心を持ってくれただけだ。

 その関心が感心になってくれるように頑張らなきゃ、ここに居る俺はただの邪魔者だ。

 

(繋いだ手に報いるために───)

 

 うん、と頷く。

 そうしてからまず呉を案内してもらおうかな、と思ったところで……通路の先の柱の影から物凄い目付きで俺を睨んでいる姿に気づく。

 思わず身が竦みそうになるけど……えっと、あれ呂蒙……だよな?

 宴の時はエプロンドレスみたいなのを着てたけど、今はこう……“ああ中華”って感じの…………あれってチャイナ服って言っていいのか?

 どちらかというとキョンシーを思い出してしまうんだが、サイズが合ってないのかあれで合ってるのか、余りまくってる袖の長さが彼女の容姿にぴったりに見えて、可愛らしい。

 

(うーわー、睨まれてる睨まれてる)

 

 そんな子に睨まれてる俺って……うう、ちょっとヘコむ……。

 

「……? あ。あーしぇーっ!」

「うわっ!? ちょ、周泰!?」

 

 俺の視線に気づいたのか、呂蒙のほうへと振り向いた周泰は……握っていた俺の手を離すと、自分の手を大きく上げて呂蒙を呼ぶ。

 俺はといえば、あんな目で睨まれるようななにかをしてしまったのかと、心がざわめくのを止められないでいる。

 

(そ、そうだよな、急に来て孫呉に貢献するとか言われても……“よそ者がなんば言いよっとか!”って感じなんだろうな……)

 

 ああだめだ、不安をやわらかいものにするために方言っぽく喩えを出してみても、てんで不安は晴れやしない)

 いや、だとしてもここで退いたらなんのために手を握ったのかわからない。

 一度胸をノックすると真っ直ぐに呂蒙を見て、通路の先へと歩いていく。

 周泰も同じくそうして歩いて……ふと、小さな違和感に気づく。

 

(……あれ? 結構近くに来たのに……)

 

 呂蒙は一点を睨んだまま、鋭い目付きで視線を動かそうとしない。

 今では俺の胸あたりを睨んでいる感じになっているんだが……

 

「あの、呂蒙?」

「ひゃうゎあぁああっ!?」

「うぉわぁああっ!?」

 

 なにかがおかしいと感じて声をかけてみれば、目を見開いて叫ぶ呂蒙。

 そして俺の目を今ようやく見ると、初めてそこに俺が居たことに気づいたみたいに慌てて…………あれ? もしかして……。

 少々気になって、隣の周泰にぽそぽそと小声で訊ねてみる。

 

(……なぁ周泰。もしかして呂蒙って……)

(はい。ものすご~く目が悪いんです)

(ああ……やっぱり……)

 

 そりゃ、目付きも鋭くなるよなぁ。

 よかった……本当によかった、俺が嫌われてるんじゃなくて。

 この大陸に戻ってからというもの、あの宴の日だけでいろいろなことがあったから、ちょっと心が挫けかけてた。

 ……けど、まあ。俺が嫌われていない確証なんてのはやっぱりないわけで、もしかしたら本当に睨まれていたんじゃないかと思うと、少し切ない。

 

「あ、ぁあああぁの、そのっ……すすすすいませっ……」

 

 でもこの、国宝級の壷を割ってしまったかのように謝る呂蒙を前に、その“もしかしたら”が崩れていった。“嫌う”っていう行為を簡単に出来る子じゃないって、そう思えてしまった。

 むしろこんなふうに謝らせて、俺のほうが悪いことをしてしまった気分にさえなってしまう。いやむしろ俺、謝られるようなことされたっけ……?

 

「その、呂蒙? 俺、謝られる覚えがないんだけど……」

「いぃいいえいえいえいえ!! そのわたっ……わたひっ……聞き耳なんて立ててっ……」

「あ」

 

 そういえばそうだった。

 がたーんって音が鳴ってから気になってたけど、あれってあの部屋に俺が入ってから、ずっと聞き耳を立ててたってことだよな。

 たぶん、冥琳と一緒に。

 冥琳の場合は雪蓮のことが気になってのことかもしれないけど、そこは俺がまだ完全に信用されてないってことで納得しよう。

 周泰と呂蒙が聞き耳立ててた理由だって、それで十分だ。

 

「気にしてないよ。信用に至らないのはまだまだしょうがない。お互い、戦ったあとは大した面識もないままだったんだ。一緒に居る雪蓮を心配するのは当たり前だよ」

「あ……う……」

 

 ……あ、しまった。

 信用って部分を気にしてたのか、今の言葉で落ち込んでしまった。

 でも、ここで嘘を言っても仕方ない。

 

「あの……えっとさ。完全な信頼なんて……その。そんなにすぐに受け取れるものだなんて思ってない。だから、これは本当に仕方ない。でも、信頼関係はこれから作っていけるし、信頼してもらえるように頑張るからさ。だから……」

 

 ああそっか、周泰もこんな感じだったのか。

 言葉を探しながら口にして、でも嘘は言いたくないからもっと探して、手を差し伸べて……。

 ちらりと見れば、俺と呂蒙の間から一歩離れた横で、にこにこ微笑む周泰が居る。

 そんな彼女の勇気を少し眩しく思いながら、口にする。

 

「俺でよかったら、友達になってください」

 

 急に信頼を得るなんてことは無理だ。

 俺はまだ、彼女たちに……この国の人達になにもしてやれていない。

 それでも“雪蓮様が認めたならば”という小さな友好に頼ることで、今はまだ友達から。

 俺はまだまだ弱いから、今は頼らせてもらおう。

 いつか自分が強くなれたら、その恩を返すために。

 

「ふ……ぅううえぇええええっ!!? とととっととと友達っ、ですかっ……!? わわ私なんかとっ……!?」

「なんでそこまで驚かれるのかわからないけど……うん、友達。いきなり信用してくれなんて言えないから、まずはお互いを知る努力をしよう。知ろうともしないで嫌ったり嫌われたりするのって、きっと辛いだろうから」

「ぁう……」

 

 俺がそう言うと、呂蒙は長い長い服の袖で目を隠す。

 恥ずかしがってるのかと思ったけど……どうやらそうじゃないらしい。

 

「御遣い様っ! その言葉、本当ですかっ!?」

「え? あ、ああ、そりゃあもちろん……って、一刀でいいって言ってるのに……」

 

 対して周泰は胸の前でぱちんっと両手を合わせて満面の笑み。

 すぐに呂蒙の後ろに回ると、呂蒙の腕を掴んで隠している瞳を強引に露にする。

 

「明命!? ななななにをっ……」

「一刀様っ、一刀様は亞莎の目、怖いって思いますかっ?」

「目?」

 

 言われてみて、目線を合わせるように少し屈み、その目を覗いてみる。

 すぐに彼女の腕が持ち上がり、隠そうとするけど周泰がそれを許さない。

 そうやってじ~っと見てみても、確かに最初は睨まれてるのかな……って思ったけど……

 

「わ、私はその……目付きが悪く、人を不快に───」

「綺麗な目だよ。カッコイイくらいだ」

「そうです、私の目はかっこい───ぃいいえぇええっ!!? どどっ、どこがっ……ですか……っ!? だって、街の人も慣れてくれるまでみんなっ……!」

「綺麗な目、してるぞ? いかにも軍師~って感じで。これは目付きが悪いんじゃなくて、整ってるって言うんだよ。……俺は、格好いいし可愛い目だと思うけどな」

「かっ───!」

 

 スッと、本音だということをしっかり伝えるために、彼女のすぐ目の前で目を覗きこんで言う。

 ……うん、やっぱり綺麗な目だ。

 そんな目が驚きを孕んで、同時に顔が真っ赤になるもんだから、ついおかしくて微笑んでしまう。

 途端にますます呂蒙の顔が赤くなったが……はて?

 なんて思っていると、俺の言葉に満足したのか周泰の手は呂蒙の腕から離れて、再び胸の前でぱちんっと合わさる。

 

「亞莎の目付きは悪くなんかないですっ! 御遣い様のお墨付きですっ!」

「や、だから一刀でいいって……」

「~……っ……」

 

 えーと、呂蒙の顔が異常なほどに赤いんだけど……だ、大丈夫……だよな?

 って、いつまでも間近で見てたら失礼……ていうか困るよな、うん。

 そう思って瞳を覗きこむのをやめて、少し離れる。

 そうするとようやくといった感じに長い長い息を吐いて、呂蒙は目を白黒させていた。もしかして息止めてた? 深呼吸とか始めてしまいましたが。

 

(………)

 

 そんな彼女がとりあえず落ち着くまで、ニコニコ笑顔の周泰とともに待つ。

 やがて、顔はやっぱり赤いままだけど、少しは落ち着いてくれたらしい彼女が俺を見上げてから……俺は改めて手を差し出す。

 すると俺がなにかを言うよりも先に、おずおずとだけど差し出された手が、俺の手と繋がってくれた。

 ……袖が長すぎて、袖越しだったけど。

 

「北郷一刀。改めてよろしく、呂蒙」

「りょ、呂、子明ですっ……! あっ、せ、姓が呂で……!」

 

 慌てた感じに自己紹介をしてくれる呂蒙を、くすぐったい気分で見守った。

 焦ることなく、ちゃんと言ってくれるまで。

 そうしてからハッと気づいて、自分もちゃんと姓と名に分けて名乗る。

 道中自己紹介はしたけど、それでも友達になるなら、って笑い合って。

 周泰は笑顔でいてくれたけど、呂蒙は袖で顔を隠しっぱなしだったのはこれからの信用次第……ってことでいいのかな。

 まだまだ真名が許されるほどの信頼でもないんだ、もっとじっくりと知り合っていけばいい。いきなり許してくれた雪蓮や祭さんや冥琳が例外なだけだ。うん。

 

  そうした会話を終えたのち、二人に城内の案内を頼み、歩いて回った。

 

 「あそこは入ったらいけません」とか「この東屋はゆっくりしたい時には最高です」とか、主に周泰が喋っていたけれど。呂蒙もべつに居心地悪くするわけでもなく、時々チラチラと俺のほうを見ては、目が合うと袖で顔を隠していた。

 癖……なのかな、あの顔を隠すのは。

 もしかしたら、人見知りする子なのかもしれない。

 

(……男が苦手とか?)

 

 ……あるかも。

 やっぱり少しヘコみながら、案内されるがままに呉の景色を堪能していった。

 はぁ……本当に、前途多難だ……。


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