真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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59:魏/希望は百里先に①

101/難しいお年頃。それはきっと、全年齢に向けて言える言葉

 

 雨の名残も消えたとある朝。

 華琳が他国の王───雪蓮と桃香と直接会い、いろいろ話をするために許昌を発った翌日になる蒼の下、じっくりと呼吸をしながら体を伸ばす俺。

 

「……すぅうう……はぁああ……ん、んん~っ……」

 

 何をしているのかといえば、実はその。

 

「ええい北郷っ、貴様準備にどれだけ時間をかけているっ」

 

 早く体を動かしたいからなのか、そわそわしている春蘭とともに、中庭で鍛錬をしていたりします。していたりする、というよりはする予定である。つまり現在は準備運動中だ。

 

「や、せっかく春蘭が教えてくれるんだから、へばったりしないようにちゃんとやっておいたほうがいいだろ?」

「ふん、軟弱な。準備せずとも即座に動けてこその武人だろう」

「あのな。きっぱり言うけど俺、武人じゃないぞ?」

「警備隊も武人も似たようなものだっ」

「普段一緒にしたら怒るくせに、都合のいい時だけ一緒にしないでくれ」

「じゃあなぜ貴様は鍛錬をする! 武人でなければする意味がなかろうが!」

「や、それはいろいろと事情があってさ」

「ならばしのごの言わずにさっさとしろ!」

「だから準備が必要なんだってば!」

「武人ならば即座に動けてこそだと言っている!」

「武人じゃないってば!」

「ええいああ言えばこう言う! 警備隊長だろうが準備が必要だからともたもたしては、仕留められるものも仕留められんだろうがっ!」

「警備隊長になにを仕留めろと!?」

 

 春蘭って、武に関しては凄くまともなことを言うよな……戦略は度外視するとしても。

 そして警備隊長に突撃隊長的なものを望まれたって困ります、将軍。

 そうこう思っているうちに準備運動も終わると、立ち上がって真っ直ぐに春蘭を見る。

 

「よしっ……と。じゃあまず何をすればいいかな。素振り?」

「百里走れ」

「ああわかった、百里ね、百───百里ぃっ!?」

「? どうした?」

 

 百……百!? 百って、祭さんの鍛錬の十倍なんですが!? それをこの中庭で!? しかも、出来て当然って顔できょとんとなさってらっしゃる!?

 

「なんだ、まさかまた以前のように出来ないとか無理とか言う気か? これくらい、季衣や流琉なら平然とやるぞ?」

「何者ですかあの親衛隊! あ、いや、親衛隊だからなのか!?」

 

 確かに体力ありそうだけどさ……いや、ほんとどうなってるんだ、この世界の女性。

 力自慢は動きが鈍重とかって認識、語ることすら恥ずかしい。けどやろう。やりましょうとも……! なにせ今日のこの鍛錬に、俺の新しき明日がかかっているのだから───!

 

「よしっ! 春蘭、俺やるよ! お前の出す課題の全て、こなしてみせる!」

「なにをそんなにやる気になってるのかは知らんが……華琳さまが貴様をしごけというのだから、わたしも全力で付き合ってやろうっ」

「おおっ、頼むっ」

 

 ……そう、これは華琳からの命であったりする。

 鍛錬が命令だなんておかしなこともあるもんだが、事実そうなのだ。

 魏に戻ってから今日までいろいろなことがあったが、様々な事柄が順調。仕事もしているしみんなとの関係も変わらず、華雄や美羽とも仲良くやっている。

 そんな俺を見てどこか安心したんだろうか……華琳が俺にこんなことを言ってきた。

 

 

 

=_=/回想

 

 ……。

 

「一刀。あなた、私が蜀へ行っている間、春蘭と鍛錬をしなさい」

「…………ホワ?」

 

 玉座の間に呼ばれ、来てみればそれだった。

 どうやらこれから蜀へ向かうらしく、服装も王としてのきっちりしたものになっている。

 

「どうしたんだいきなり。俺に鍛錬するなって言ったの、華琳だろ?」

「ええ。ただ、少し気になった……違うわね。落ち着かないことが出来たから、そう言っているのよ」

「?」

 

 なんのことだかわからない。

 意味を探るように、春蘭と秋蘭、最後にもう一度華琳へと視線を戻すのだが……それだけでわかるなら苦労はしないよなぁ。

 で、確認した通り、この場には華琳に春蘭に秋蘭、そして俺くらいしか居ない。

 もちろん春蘭と秋蘭に目を向けてみても知らぬといった感じであり……あ、でも秋蘭は知ってるっぽい。

 

「自覚がないのね。一刀、あなたこのあいだの豪雨の日からおかしいわよ」

「おかしいって……なにが?」

「うむ。少々落ち着きがない。仕事はこなすものの、集中が出来ていないと、華琳さまは仰りたいのだ」

「落ち着きが……?」

「そういうことよ。報告によると、雨の中を濡れることも構わず走り回ったそうじゃない」

「ああ、そうなんだよ。誰か困っている人が居ないかなって走ってたんだけど、思いっきり走ったのも久しぶりだったから……なんかこう、走ることが楽しくなったというか」

『………』

 

 わあ。華琳と秋蘭に呆れ顔で溜め息つかれた。

 

「欲求不満で気も散漫の状態で仕事をやらせ続けたとあっては、いろいろと細かな疑いがかけられるでしょう? だから春蘭と鍛錬をなさいと言っているの」

「や、でもそれって」

「もう一度機会をあげると言っているのよ。今回はわたしが蜀に行き、帰るまでの日数を期間とします。その間、春蘭の教えに耐え、仕事もきちんとこなすようなら三日毎の鍛錬の日を設けてあげてもいいわ」

「───! ほ、ほんとかっ!? ほんとにほんとっ!?」

「……なによ。要らないのならわたしは一向に構わないのだけれど?」

「いやいや要るよ要る要る! 要るけど! 普通“なんで急に”って思うだろっ?」

「っ……べ、べつに、ただ気が向いただけよ」

「……気が向いた程度の気まぐれで、鍛錬の日を潰したり復活させられたりされてもなぁ」

 

 というか、心配させるなとか散々言っておきながら……いったいなにが?

 軽く目を逸らした華琳に、頬をカリ……と掻きながらそう返すと、脇に控える秋蘭がくすりと笑って代わりに返した。

 

「なに。華琳さまは北郷、お前が仕事も将との交流も普通にしているようだからと、安心を得た上でこうして声をかけたのだ。お前が久しぶりの魏に慣れる期間、魏将の皆が久しぶりのお前との交流を楽しむ期間を考えれば、今日までの時間はむしろ貴重だったといえるだろう?」

「なっ……秋蘭!? なにを勝手なことを言って……!」

 

 秋蘭の言葉に真っ赤になった華琳が止めに入るが、秋蘭はそんな華琳の姿を嬉しく思うのか、穏やかに笑ったまま特に訂正することもなく言い切った。

 あ……そっか。

 三日毎とはいえ、鍛錬ばっかりじゃあみんなとの交流も多くはなくなる。なにせ戻ってきたばかりな上に、なんでもかんでもやらなきゃって躍起になっていたんだ。

 あ、あー……! だからこそ、“誰かに何かを頼まれたら嫌と言わずに手伝うこと”なんてことを、鬼ごっこの条件につけてきたのか……? なるほど、確かにあれは、久しぶりにも関わらずに無駄に燥ぎながらみんなと走れたっけ。手伝いも嫌とは思わなかったし、むしろするりとみんなと溶け込む切欠になった。

 

「………」

 

 ほんと、何処まで先を見てるんだろうかこの完璧超人さんは。

 素直に感心しながら華琳を見ていると、そんな感心の視線は睨みで返された。

 あれ?と首を傾げても、その事実は変わらない。

 

「と、とにかくっ! あなたが、私が帰るまでに春蘭の鍛錬に耐えていられるようなら、これからも三日毎の鍛錬を許してあげる」

「……ほんとのほんとに、いいのか?」

「ええ、いいわよ」

「………」

 

 いい、と言われても、どうにも信じられずに、じぃ~っと華琳を見つめてしまう。

 華琳は不服そうに俺を睨むが、秋蘭は気持ちがわかるのか、華琳から見えない位置でやさしい目で俺を見て、苦笑していた。

 

「……だから、なによ」

「いや、嬉しいんだけど素直に喜べないっていうか。だって華琳だぞ? いくら理由があったにせよ、そんな急に条件付きで決めたことを曲げるなんて」

 

 ちょっとおかしいと感じた。本当はなにか裏があるんじゃないかと疑りたくもなるってもんだ。

 そして実際にそう訊ねてみれば華琳は溜め息を吐き、秋蘭はそんな華琳を見て、目を伏せて溜め息。春蘭はよくわかってない顔でとりあえず俺を見て溜め息。その溜め息の意味を考えてみるも、身に覚えがないし引っかかる知識もない。

 

「まあ、なんだ。実はだな、北郷」

 

 少しだけ沈黙が場を支配したが、それをさらなる溜め息ののちに打ち破る秋蘭。

 聞き漏らさないようにと耳に意識を向けて、聞く姿勢を取って待った。

 

「周公瑾からの願いと言うべきなのかな。“一刻も早く強くなり、あの馬鹿者を御せる男になってほしい”と書状が届いたのだ」

「冥琳から? 冥琳が馬鹿って呼ぶ相手なんて雪蓮しかいないだろうけど……いったいどうしてそんなことに?」

 

 余計にわからないな。

 冥琳が俺に何かを頼むなんて、それこそ稀すぎてどう反応をすればいいのか。

 

「わからない、といった顔だな」

「そりゃあわからないよ。奔放すぎるからなんとかしてくれって意味じゃあ、俺なんかよりも冥琳のほうがよっぽど対処できると思うぞ? なのにその冥琳が俺に……───あ、あー……」

 

 ちょほぃと待ちなは。

 雪蓮? 雪蓮が関係することで、俺が鍛錬しなきゃいけない理由っていったら……?

 

「あ、いや、いい、わかった。な、なるほどな、限度ってものは考えないといけないよな」

「へえ? 心当たりがあるの?」

「一応。華琳は雪蓮が興奮し始めるといろいろと大変だってこと、知ってるよな?」

「酒の席でも普段からでも、随分と思い知らされているわよ。特に乱稽古に混ざった時なんて血の雨が降りかねない勢いなのだから」

「うわぁ……ああ、うん、その気持ちはわかるかも」

 

 なにせ腕折られたし、本気で殺されるかと思ったし。

 戦狂いっていうのか? 恐いよなぁあれは。で、冥琳がそれを御せるようになれとせっついているわけだ。無茶を言ってくれる。イメージトレーニングの戦績を聞けば、溜め息を絶対に吐ける勝利数なのに。

 俺が思い出したのは、その戦狂いよりも祭さんが言っていた“熱が下がるまで抱け”って部分だ。まさか雪蓮が冥琳と戦うわけもないし、それを基本として思考するというなら……なぁ? 冥琳が俺を頼る理由なんて、雪蓮が冥琳をいろいろとアレしているってことに他ならない。

 

「ああ、つまりはあの報告のままの意味ってこと? で、あなたは馬鹿正直に雪蓮を御せるほどの力へ辿り着きたいと思っていると」

「あ、あー……そういうこと、かな?」

 

 どっちかっていうと過程なわけだが……そもそもの理由が“守れる時に守りたい”って理由だし、返せる時に返したいって理由でもある。今はまだ守ってもらう立場でも、いつかそういう時がきたらって……じいちゃんに教わったし、なにより俺がそうでありたいから。

 そういった意味では雪蓮の暴走を止めるのも、守ること、ひいては返すことに繋がっているのだろうか。……なんかあんまり繋がってるって気がしない。

 

「それで鍛錬か。鍛錬といえば、北郷はよく華雄と鍛錬をしているようだが」

「ああ、うん。なんか戦ってて楽しいんだってさ。俺と戦って何が楽しいのかは知らないけど」

 

 俺って存在は他の将みたいに化け物的に強いわけでもないのに、何が楽しいんだろうか。

 そう考えていると、どうしてか華琳が「わからないでもないけれど」と呟く。

 

「え? わかるのか? ……俺と戦って、何が楽しいんだ?」

「簡単なことよ。理由はどうあれ、己に勝とうと必死に向かってくる者を相手にするのは、武に心得がある者ならば誰でも嬉しく思うものよ。なにより一刀は氣の扱い方も得物の振り方も独特だから、定石で先読みをすると振り回されっぱなしになるから、そこも妙な緊張感があっていいわね」

「………」

 

 いや、華琳さん? それ、聞き方によってはただ俺が遊ばれてるだけっす。

 

「なっ……華琳さま!? 北郷と手合わせをしたことがあるのですかっ!?」

「あら。言ってなかったかしら?」

「そんなっ、言ってくださればわたしか秋蘭がお相手を……!」

「春蘭。仕事をこなさず鍛錬をするというのなら、鍛錬以前にただではおかないわよ」

「うぐっ……~っ!」

「なんでここで俺を睨むの!?」

 

 相変わらず華琳がらみだと理不尽さが増すようでたまらない。

 秋蘭はそんな春蘭の行動を眺めつつ、穏やかに微笑んでるし。

 

「それでどうするの? やるの? やらないの?」

「…………」

「さっさと決めろ! やるならやる! やるならやらない! 好きなほうを選べ!」

「やるって言ってもやらないって言ってもやらされるじゃないか!」

「なにぃいい!? 貴様ぁ、今わたしのことを馬鹿だと思っただろう!」

「思ってないからっ! だからことあるごとに武器構えるのやめよう!?」

「ならばさっさと選べ! まったく、男がネチネチと情けないっ!」

 

 この状況に男女の区別が通用するんでしょうか。

 ……しないだろうなぁ。だって今の俺の位置を桂花に変えたら、それこそ話が進まない状況になるってもんだ。

 

「じゃあ…………やらない」

「貴様ぁあああ! せっかく華琳さまが条件つきだろうと機会をくださったというのに、それを断る気かぁああっ!!」

「えぇえええええっ!!? やるならやらないって言ったのは春蘭だろぉっ!? いや、やるっ! やるよっ! やるってば!」

「ならばよしっ! いい機会だ、貴様の性根を叩き直してやる!」

 

 そう言って、腰に手を当てニヤリと笑む惇将軍がおりましたとさ。

 でも性根……性根?

 

「なぁ春蘭。性根って、どこを叩き直すんだ?」

「怠けている貴様を叩き直す!」

「あら。春蘭はわたしが、怠け者に三日毎の鍛錬を与えるほど甘い王に見えるのかしら?」

「えぇっ!? あ、いえ……な、ならば北郷! 貴様のその軟弱な体を───」

「姉者……北郷は時間が空くたびに華雄や思春と鍛錬をしているぞ」

「ええ。普段から氣の鍛錬もしているわね」

「うぐっ……な、ならばその女と見れば見境のない───」

「一刀? あなた、一年ぶりに戻ってから、誰かに手を出したのかしら?」

「……わかってて言ってるだろ、それ」

「当たり前じゃない」

 

 笑顔で言われた。

 当然のことながら、手なんて出してない。

 

「な、なに……? 手を出していないのか……? あの北郷が……?」

「気持ちはわからないでもないけどさ、本人の前でその反応はないんじゃないかな……」

「いいのよ、それで。支柱になるというのなら、手を出すのは支柱になってからのほうが都合がいいのよ」

「あの。華琳? 初耳なんですけどそれ」

 

 都合ってどの都合?

 自分の得にならないことをする人ではないとは思ってたけど、やはり裏が……!?

 

「言っていないのだから当然でしょう? 相手が望んだことだからって、見境無しに将を手篭めにされても困るのよ」

「いろいろ待ちなさいそこの覇王さま」

 

 ズビシと自然と手がツッコミの格好をしていた。

 俺が手を出すこと前提で考えるのは、もういい加減勘弁してほしいんですが……?

 

「一年経ってようやく軌道に乗ってきた政治を、将が、王が身篭りましたで崩されてはたまらないでしょう?」

「な、なるほど! さすがは華琳さまっ!」

「なるほどじゃないだろっ! 言われなくてもそんなホイホイと手は出さないってば!」

「それはわたしが許さないわ。時がきたらきちんと出しなさい」

「なんかもうほんといろいろ待てぇえええっ!! “そういうのは自然の流れで”って前にきちんと話し合っただろーっ!?」

「? 初耳だが?」

「やっ……そ、そりゃ、華琳にしか言ってなかったけど……って華琳! くすくす笑ってないで説明するの手伝ってくれって!」

 

 始まる問答はいつものこと。ともかく、そんなこんなで鍛錬の許可が、曹孟徳直々に下りることになった。ただし、けっして無茶はしないこと、と釘を刺された上で。無理したらどうなるんだろうと考えてみて、泣いてしまった華琳が頭に浮かんだらもうだめだった。無理、ヨクナイ。ウン。

 嬉しさはもちろんあったが、まあその……いろいろと別の問題も浮上したわけで。

 そりゃあみんなのことは好きだけど、だからって見境無くとか……あぁああいやいやいやいやここで今さらだとか考えちゃだめだ! 強くあれ、北郷一刀! 自然の流れ! 自然の流れでだ! な!?


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