-_-/一刀
……そういった経緯もあり、現在は百里目指して走っているわけだが……あ、話の途中で華雄が来たから、誘ってみたらあっさり参加してくれた。結構いい人だよね、華雄。
「遅い! 貴様の足はその程度かぁ!!」
「その程度かーじゃないってば春蘭! ペースってものを考えないか!? 最初から飛ばしすぎだろ! そんなんじゃ百里なんて───」
「ぺーすがどうのと何をわけのわからんことを! 大体わたしはいつだってこうだ!」
「………」
なんだろうな……桃香、今すぐキミに会いたい気分だ。
思えば桃香は本当に、この世界の女性って意味では普通だったなぁ……胸は別だけど。
「むうっ……負けてはおれん! 北郷、走るぞ!」
「貴女もですか、華雄さん」
隣を走っていた華雄が、前をゴシャーと走る春蘭に釣られるようにして速度をあげる。たしかにこのままの速度で走っていても、百里走り終えるのはいつになるやら。
……そうだな、いつまでも同じ速度じゃあ先には行けても先の先にはいけない。
「よしっ、付き合うよ華雄! 二人で春蘭をぎゃふんと言わせてやろう!」
「応! ふふふ、このわたしに勝負を挑むとはいい度胸だ春蘭……! いつぞやの真・馬鹿者対決では北郷に邪魔をされたが、これならば───!」
雨の日もそうだったけど、そういえばいつの間に春蘭の真名を頂戴したんだろうかこの人は。ああいや、うん。何故だか妙に気が合いそうなのはわかるのだが。
……まあ、いいか。
そんなわけで、俺達は走った。
かつての十倍頑張るつもりで、城壁の上の地面を蹴り弾き続けた。
だが、俺達はよ~く考えるべきだったんだ。先導するのが春蘭であると認識した時点で。
……。
ドシャア。まずそんな音が鳴った。
がくがく、どころかズゴゴゴゴと震える足が、立ち止まったところで“立っていること”を許してくれなかったのだ。
「ぜっ……ぜはっ……げほっ! ひっ……ひはっ、はっ……!」
「は、はっ……はーっ……! ふはっ、ははは、は……! なんだそのっ……ざまは……! ほ、北郷、華雄……! わたしはまだ……!」
「ふ、ふぅっ……ふぅうっ……!!」
結論。
春蘭がどれだけ走ったのか、途中で忘れた。そもそも百里って城壁の上を何周すればいいのだろうか。途中で目的が完全に入れ替わってて、百里どころかきっとそれ以上走ったんじゃないかと思わなければやってられない状況で、ようやく俺達は止まることを許された。
氣で上手く走るのにもさすがに限界があり、なにより汗を流しすぎたために、今めちゃくちゃ水が飲みたい。つか死ぬ。死ぬよこれ。
けど。ああけど、わかったことがひとつだけ。
「げっほっ……! に、人間……余力を残そうとっ……げほっ! しな、ければ……~っ……はっ……案外、百里も……はぁっ……い、いけ…………、…………ぐっはぁ」
言葉にすることできっちり覚えておこうとしたが、途中で力尽きて、辛うじて起こしていた上半身も倒れた。
次いで、
「はっ、はぁっ……! た、鍛錬にならんだろう、これは……! 百里どころか……いったい、どれほど……!」
そんなことを言った華雄も、俺の隣にドシャアと。お互い、虫の息状態である。
城壁の硬い地面に仰向けに倒れ、ただひたすらに酸素を求めた。
おかしいなぁ……走る前は朝のいい日差しを見ていた筈なのに、空の蒼がどこにもない。
「春蘭……さすがに一日中走りっぱなしってのは、どうかと……げっほごほげほっ!! ぅ、ぶふっ……! ゥォェッ……~……っは、はぁ、はぁっ……!」
「いや……まあその、なんだ…………ええいしのごのぬかすな! 次はきちんとやる!」
「いや、ほんと……頼む……。か、華雄……華雄……? 平気か……?」
「どう、という、ことは……げほっ、ごほっ」
朝餉以外なにも口にせず、結局夜まで全力疾走。あっさりと以前までの限界を越えてしまった俺は、鍛錬と己の限界についてを考えた。
自分で無意識にストップかけてたのかなぁ……なるほど、無理を通さんとする指導者も時には必要ってことなのか?
「………」
いや。さすがにこれはやりすぎだろ。断言できる。
……。
三日後。
前回が走るだけで終わってしまったために、今回は…………やっぱり走っていたりする。
「……なぁ北郷」
「なんだい華雄」
「親衛隊のやつらは、どうしているのだ」
「季衣と流琉なら華琳についていったよ。是非とも季衣が百里走る様を見てみたかったんだけど……ていうかほんとに走ってたのかなぁ。俺、あることがあって、季衣や流琉から逃げ出した時があったんだけど、普通に逃げ切れたりしたんだよな。そもそも百里走った~って、どうやって調べたんだろう……」
「むう。……なんというか、聞くだけで不安になる言葉だな」
「ごめん、言ってて俺も不安になった」
走る。只管に。今回は秋蘭が監視してくれているから、走りすぎにはならない筈だ。きちんと「走り過ぎるようなら止めてやる」との嬉しい言葉もいただけた。
あ、ちなみにこの鍛錬は春蘭にとっては仕事の範疇として扱われているらしい。
きちんと給金も出るし、サボっていることにはならんのだそうだ……けど、代わりに他の将が春蘭の分まで仕事をしなきゃならないらしい。
「よしっ、どっちが一歩先へ走れるか、勝負だ華雄!」
「フッ、このわたしに正面から勝負を挑むか。よかろうっ、ならば勝負!!」
そして走る。
相変わらずはははははと笑いながら前を走る春蘭を追い抜くつもりで。
三日前よりも一歩でも先へ……! 競う相手が居るのなら、さらに頑張れる……いつか蓮華と話し合ったことを思い出しながら、地を蹴り弾き続けた───!
…………。
で……。
「ぜはっ……げっは……! しゅっ……秋ぅうう蘭んん……!!」
「い、いや、すまん……。姉者が懸命に走る姿など、落ち着いて見るのは随分と久しくてな……。つい、止めるのを忘れた……」
「止められるまで、止まろうともしなかった我らも我らだが、な……げほっ! ごっほ!」
結局また夜である。
春蘭は変わらず走り続けることに夢中で、俺と華雄はといえば競争しているうちに負けたくないって気持ちが膨れ上がりすぎ、一歩先を目指しすぎた。
結論としては三日前よりもよっぽど先へ行くことになり、秋蘭が教えてくれた周回を聞いたら、笑うしかなかった。
ああ、なるほど。兵のみんなも、春蘭の下で鍛えればそりゃあ強くなるよ。
突撃しかしない理由も、なんだかわかった気がした。
ただし、今日も百里を駆けれたかといえば、わかるはずもない。百里って400kmだっけ……? ああ、でも、魏での短里で考えると……な、7.5kmから9kmあたり……?
たしかにそれならいけるけど。
「なんだなんだだらしのない。これから手合わせをするのに、なんだそのだらしのなさは」
「一回の全力疾走でそこまで慣れる春蘭がどうかしてるんだよっ! なにその順応性!」
ちなみに春蘭は平然としていた。
止まった理由はといえば、腹が減ったかららしく……俺と華雄がぐったりして、秋蘭に介抱してもらっているうちに食事を済ませてきたらしい。
なるほど、これほどまで出来てこその魏武の大剣か。
人間じゃないって言葉、こういう時にこそ使うんでしょうか。あれほど走ったあとにモノを食べるっていうのがまず信じられない。
そして二回もだらしないって言われるほど、生易しくはなかった。
「つかっ……ちょっと……待って……! さすがに今、春蘭と、稽古なんてしたら……!」
「なんだとぉお!? 貴様、わたしでは相手にならんと言いたいのかっ!」
「誰もそんなこと言ってねぇええっ!! いやっ、ちょちょちょ待ぁああっ! ちがっ───たすけてぇえええええええっ!!」
星が綺麗なその日。
俺の悲鳴が夜空に散った。
……。
三日後。
「物凄い勢いで、引きずられるままに限界を越えていく自分が恐い……」
主に走りの面で。
武術鍛錬、仕合等では、疲れきっていて学ぶどころじゃないもんなぁ……。
春蘭の攻撃を避けるだけで手一杯だ。
あんな状態で反撃に移ったら死ぬって確信が持てる。
「ふふっ……それだけ氣が充実しているということだろう。武人の中には体を鍛えるよりも、氣を極めたほうが強くなれると豪語する者も居る」
「そりゃ、聞いたことはあるけどさ」
朝の中庭で準備運動を終え、手伝ってくれた秋蘭と軽い話をしてみた。
春蘭はといえば、今日も元気に走る準備をしていたりする。聞けばここのところ、賊らしい賊もなくむしゃくしゃしていたんだとか。
そこに転がり込んだ鍛錬の話は、延々と走るだけとはいえいい気晴らしになっているのだろう。案外華琳もそれを見越して、俺を春蘭に任せるなんてことをしたのかもしれない。
……その結果が走り続けるだけの地獄の特訓で、疲れ果てたあとに剣を降り回しながら追い掛け回される俺は、やっぱりただ地獄の特訓を受けている気分なわけだが。
「案外北郷は、氣を高めたほうが強者に辿り着ける者なのかもしれないな」
「まあ……三日毎の自主鍛錬を禁止されてからは、誘われない限りはず~っと氣の鍛錬をしていたわけだけだから、氣の通り道は無駄に広がってるみたいだけさ」
でも、鍛えているって感じがしないから、強くなった実感は全然だ。
氣ばっかり強くなっても、模擬だろうと誰かと向かい合わないと剣術の上達にもならない。雪蓮のイメージと戦うのにしたって、相変わらず連敗中だ。
そのイメージも戦う度に強くなっていて、とても勝てる気がしない。
「北郷! 華雄! なにをしている! さっさと走るぞー!」
「……もう、走ることが鍛錬ってことになってないか?」
「すまんな……姉者もあれで、いろいろと溜まっているのだ。悪いとは思うが、付き合ってやってくれ」
「ああ、それは構わんが……北郷、妙才、もう一度訊くが、これは鍛錬なのか……?」
「三日前より何歩も先に進めてるんだから、鍛錬だろ……」
「むう、そうか……」
いまいち納得いかない感は否めない。
しかし元気に石段を登り、城壁に登る春蘭を見てしまっては断れないのだ。
「じゃあ、今日も元気に走るかぁ……」
「そう、だな……」
「あ、秋蘭も走る?」
「わたしまで走ったら誰が姉者を止める」
「………」
「………」
「いや……まあ、安心しろ、今日はきちんと止める」
疑いの眼差しを向ける俺と華雄に、少し引きつった笑みで返してくれた。
……信じてるからな、秋蘭。
「止めてくれなかったら、次回からは秋蘭も」
「だな」
「安心しろと言っているのだが……」
前科があるっていうのは恐いものだと続ける秋蘭に、軽い笑みを返して城壁の上へ。
さて。今日も三日前より先へ───!
……。
ぜー……ぜー……
「しゅっ……しゅっ…………しゅぅうう…………げふっ」
「なに、かっ……言う、ことは……がはっ」
「…………いや…………すまない」
結局夜である。
秋蘭は止めることを忘れ、俺達は止まれず、春蘭もまた止まらなかった。
その結果が倒れ伏す俺と華雄。ちなみに春蘭はといえば、今日もまたしっかりと夕餉を食べてきたようで……
「はっはっはっはっは! 走るというのもなかなか気持ちのいいものだな! おーい秋蘭! 次はお前もどうだー!」
まだまだ余裕といった様子で、夕餉が納まっているのであろうお腹を笑いながら撫でていた。……じいちゃん……世界は広いです、いろんな意味で。
「い、いや、姉者、わたしは───うっ!? ほ、北郷? 華雄っ!?」
「ふふふふふ……一人だけ逃げようったって……!」
「くくく……そうは、いかんぞ……!」
「うぐ……」
「おーい貴様らー! 気分がいいから夜通しで鍛錬だ! さっさと武器を構えろー!」
「うわぁーい!? と、止めて! 秋蘭止めてぇえ! 今こそ! お願いだから!」
「その場合、華琳さまとの条件の話が無くなるが?」
「…………カミサマ……」
そんな彼女の前へと、疲れきった体を引きずり立たせた。ならば負けるものかと隣に立つ華雄も相当に頑張り屋だ。そして、そんな俺達の前で元気に笑う春蘭 は……“頑張り屋”じゃなく“どうかしている”と普通に思った。
“○○○屋”を喩えに出したってのに、既にその範疇すら超えていた。怖い。
けど……ああ、しかしだ。やるからには……だよな。
「やるからには勝つ気でいく!! いっくぞぉ春蘭んんんんっ!!」
「なんだ、今日は逃げないのか。だったら少しは見直してやってもいいぞ」
で、その後。
その体力と速度を生かして飛脚でもしてみたらどうだと……そんなことを提案する夢を、春蘭の一撃のあとに見た。道化になられるよりは……なぁ……。
……。
三日後。
天空を駆け、海を渡ることは出来ないが、日に百里の道を駆けることに疑問を抱く余裕も無くなる頃、それは起きた。
もう、多くても9kmが百里でいいよな……? じゃないと辛すぎるよ……。
「………」
「……なぁ華雄。今日の春蘭、機嫌悪いよな……」
「むぅ……そのようだな……」
鍛錬の日には元気に走る春蘭だが、今日は顔を合わせた時から不機嫌全開。
今にも何かに当たりそうで、迂闊に声をかけられないでいる。
しかしここで声をかけるのが勇気。肉体でも精神でも、常に一歩を先駆けたいのなら……一刀よ、躊躇は敵だと思いなさい。
「あの、しゅんら」
声を掛けた瞬間、“ギラァッ!”と振り向きざまに物凄い形相で睨まれた。
「ヒィッ!? カッ……! カユウサンガヨンデルヨ!?」
「な、なにっ!? おい北郷! お前はっ!」
「ゴゴゴゴメンヨ! デモボクコワカッタンダ!」
睨まれて、瞬時に涙が出るくらい怖かった。震えて、ちゃんと喋ってるつもりなのに声が裏返って泣いた子供みたいな声が出る。
そんな俺と華雄の前へと、ズンズンと早歩きで歩み寄る春蘭さん。
「何の用だ! ことと次第によっては貴様を斬る!」
「えぇええ!? 声をかけただけで!?」
咄嗟に華雄を促してみたところで、結局はこの七星餓狼さんは俺に向けられるらしい。
そしてこんな日に限って秋蘭が居ないとくる。
「どどどどうしたんだよ春蘭っ、今日はやけにトゲトゲしてるぞっ!?」
「なんだと貴様ぁああ! 誰の肌が乾燥して荒く切った木材のように尖っているだ!!」
「誰も肌のことなんて言ってないんですけど!? そうじゃなくて、春蘭の今の状態! どうしてそんなに苛々してるのか知らないけど、とりあえず落ち着こう!?」
「わたしはいつでも落ち着いている!」
いや、そう言われれば、苛立っているところ以外は春蘭らしいけどさ。
この状況はいったいどうしたことか。
もしかして鍛錬指導が上手くいかなくて怒ってるとか? ……走りまくって、気の向くままに夜通しで鍛錬することに、どう上手い下手があるのか聞いてみたい。
あと他に原因といえば……ああそっか、華琳が蜀に向かってから、もう結構経つもんなぁ。
俺もこう、会えない日が続くとさすがに寂しいというか。
「春蘭。華琳に会えなくて、もやもやする気持ちはわかるけど……それはさすがにしょうがないだろ」
「しようがないことなどあるものかっ! なぜわたしは駄目で桂花はいいのだ!」
「……あ、そういえばここ最近、あの毒舌を聞いてないなって思ったら」
そっか、桂花も行ってたのか。ということは桂花と季衣と流琉とで行ったってことか?
たしかに運動ばっかりしていると、流琉の料理を食べたくなるから人恋しくなるのもわかる。わかるけど、同じ大地に居るってだけで、まだ安心ってもんだよ、春蘭。
「けどそんな、十日近く会ってないくらいで心が不安定になってちゃまずいだろ」
「華琳さまに会えないんだぞ!? これが落ち着いていられるかっ!!」
「“いつでも落ち着いている”って、ついさっき聞いたばっかなんですが!?」
「そんなものは知らん! 北郷、貴様天の御遣いだろう! 貴様の妖術で華琳さまをここへだな!」
「いつから妖術使いになったんだよ天の御遣い! 出来ないからそんなこと!」
「なにぃ、だったらなにが出来るんだ天の御遣いとは!」
「なにってえーと……ここに小さな木の枝があります」
「それがなんだというのだ」
何が出来るのかと言われれば、とりあえずは……華琳恋しさに暴走気味の大剣さまの気を、多少は紛らわすくらいならばと答えよう。
まず手の平の横幅程度の枝を用意。それを左手にちょんと乗せて、右手で左手の親指以外の指を支えるようにしてゆっくりと閉じます。
「? だから、それがなんだと……」
「開けばもちろん枝がありますね? ではもう一度」
ゆっくりと、小指から手を開いても当然そこにある枝。
それをさっきと同じ方法で指の間に挟み……今度は覆った右手で枝をスッと抜き取る。
手の横幅分の大きさじゃないといけない理由はここにあったりする。
で、またゆっくりと左手を開いてみれば、当然枝はございません。
「!!」
「枝が……消えた?」
そんな手の平を見て、無くなった枝に驚く春蘭は、これはこれで楽しかった。
ていうか華雄さん、貴女もですか。
「貴様ぁああ! 華琳さまをたばかり妖術使いであることを伏せていたとは! 今すぐこの場で叩き斬って───」
「だぁああああから違うっての!! これは手品っていって、妖術とかそういうんじゃないの! ちゃんと説明できることなんだってば!」
「ならば今すぐ説明しろ! わからなかったら貴様を斬る!」
「それ死亡確定してない!?」
「なんだと貴様ぁあああ!!」
だってどれだけ上手く説明しても、春蘭が理解してくれる気がまったくしないんだけど!?
そしてなんで俺は気を紛らわすためにやった手品で、自分の命を賭して種明かしをするハメになっているんでしょうか神様。
「え、えっとだな? ほら、まずは右手にご注目。左手にあった枝が右手にあるだろ?」
「………」
「無言で剣を突きつけないで!? ちゃはっ……ちゃんとせつっ……説明するから! するっ……させてください!!」
もうやめて! 消えた枝の先を教えただけで殺されてちゃ、全国の手品師さんみんな死んじゃう!
とまあ、そんな恐怖の中で、命懸けで手品というものを教えて……───その後。
「“てじな”というのか……これは中々面白いな」
「こっちは死ぬ思いだった……」
「いや……うむ。姉者がすまん」
午後から空いた時間に中庭にやってきた秋蘭に、楽しげに手品を披露する春蘭がいた。
ちなみに春蘭がその手品を理解し、練習している間は俺と華雄は
「どうだ秋蘭! どうしてこうなるかわからんだろう! はっはっはっは! 知りたいか? 知りたいだろう?」
「子供みたいな燥ぎっぷりだなぁ」
「ふふっ……だからいいんだよ、北郷。姉者はこれだからいい」
「ダヨネ……殺気ト一緒ニ、大剣突キ付ケラレルヨリ、ヨッポドイイヨネ……」
「……姉者がすまん」
ちらりと見てみれば、教えてくれとも言っていないのに種明かしを始める春蘭。
その横では華雄も手品に挑戦していて、スッと抜き取るはずの枝を落としてしまい、「むぅう……」と眉間に皺を寄せていた。
「でだ。姉者よ」
「ん? なんだ? 秋蘭」
「鍛錬はどうした。華琳さまから預かった、大切な任だろう」
「あ」
ピタリと止まる、手品を披露する手。
やがて目をまん丸にしてカタカタと震え出すと、俺の胴着を引っ掴んで走り出してってオワァアアーッ!?
「走るぞ北郷! 鍛錬だ! 華琳さまより授かった大事な任を放置したとあっては、華琳さまに顔向けが出来ん! ふははははは! 貴様を鍛えれば華琳さまもきっと満足する! 今日は休みなしで鍛錬だ! 五体満足で部屋に戻れると思うなっ!!」
「な、いやちょっ……!? じゃあ俺は何処に五体満足で帰れば!?」
「……あの世か?」
「五体満足以前に死んでらっしゃる!? いやちょっと待って! 走るっ! 走るから引っ張るのは勘弁してくれ! コケるって!」
「なにぃ! そんな軟弱に鍛えた覚えはないぞ!」
「この間の仕合以外、ただ走らせてただけだろ!?」
「走りの鍛錬になっているではないかっ!」
「確かにそうだけどっ!」
ギャースカ喚きながらもやがてはしっかり走り、結局また夜まで鍛錬は続いた。
試しに「華琳に会えないって言ってたのはいいのかー」と訊いてみれば、「任を守ることが先決に決まっているだろう!」と返された。
なるほど、華琳って人をよくわかってる……って、それは当然か。
仕事もしないで会いに行ったら、それこそ本気で怒るだろう。
「はぁ……はぁっ……じゃあ、春蘭……今日はここらで……」
「んん? 何を言っている。休みは無しだと言ったろう」
「へ? ……あの、春蘭? もしかして、今日から華琳が帰ってくるまで───」
「鍛錬だ!」
「無茶言うなぁああっ! 仕事だってあるし、さすがに死ぬだろそれ!」
「なにぃ! 貴様は華琳さまからの任と仕事と、どっちが大切なんだ!」
「今は断言するけど仕事が大事! 任も大事だけど、華琳も言ってただろ!? 仕事もしないで鍛錬するようなら、って!」
「わたしにとってはこれが仕事だ!」
「そうだけどそうじゃないんだってば!!」
夜通しの鍛錬は続いた。
それに慣れようとする自分も相当だが、無茶はしないようにと華琳に釘を刺されていたのを、春蘭は覚えてい───ああ無理か。
ならばと無理にはならないように、自分のペースを作っていく。
三日前より先へ進める自分を目指しつつ、けれど無茶には届かないように。
加減が難しいが、本当に危険になれば秋蘭なら止めるだろうと確信は持てる。
そんな一方的な信頼を持てばこそ、今の自分を高めることを受け止められた。
……華琳、キミは今どうしてる?
俺は、鍛錬を欲していたかつての自分に疑問が持てるほど、日々をヒィヒィ言いながら生きているよ。筋肉痛無くして語れない日常だ。
それでも楽しく過ごしています。
あなたも健康であることを願っています。
そして休みをください。鍛錬中に。