真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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62:魏/技を編み出した人を尊敬した日①

105/閃いても実用出来るとは限らないもの

 

 ……チュンチュンチュン、チ、チチチ……。

 

「……んあ?」

 

 小鳥の囀りで目が醒めた。

 もやがかかった視界を軽くこすり、ぐぅっと伸びをしてみれば、視界と同じくもやがかかっていた頭もようやく動き出す。

 まずは上半身を起こして軽く血の巡りを確かめつつ、隣で穏やかに寝ている美羽の頭をひと撫でしてから寝台を下りる。

 

「ん、んっ……ん~っ……!」

 

 そこでもう一度伸びをして、はぁっと息を吐いた。

 窓から差し込む朝陽を見ては“今日もいい天気だな”って頷いて、そこからは早い。

 寝巻きという名のシャツから胴着に着替え、襟をビッと引き締めると同時に───

 

「……あれ? 俺の休日は?」

 

 ふと、今日が非番の日の翌日であることを思い出した。

 あ、あれ? えーと……張三姉妹と話し合って、厨房で美羽と昼餉を食べてからは軽い腹ごなしをして、部屋に戻ってからは……美羽と昼寝をした、ところまでは覚えているんだが。

 エ? もしかしてそのまま朝までごゆっくりコースですか?

 

「どれだけ疲れてたんだよ、俺の体」

 

 だって朝、事務所で寝たんだぞ? なのにその後に朝までって……はぁあ。

 やっぱり無茶も無理もしてるんだろうなぁ俺。

 改めて考えてみれば、これが無理や無茶じゃなくてなんだって話だが。

 軽く身を振ってみても、けだるさの残る体。

 中庭で思いっきりほぐすかーと溜め息混じりにこぼし、準備を整えたらいざ厨房へ。

 

「じゃ、行ってくるからなー」

 

 俺と同じく随分と寝ているだろうに、まだ平然と熟睡中な美羽の頭をさらりと撫でていざ出発。竹刀袋が刺さったバッグを肩に引っ掻け部屋を出て、厨房までの通路を歩く。

 出来るだけいろいろなことを考えて脳を完全に起こそうとしてはみるものの、なかなか上手くはいかない。もやは晴れているものの、シャッキリとはしていない。

 それでも厨房へ辿り着き、「来る頃だと思っていました」と水と食事を用意してくれていた侍女さんにお礼を言って、早速喉と胃を潤し、食事で満たす。

 それが済めば、あとは中庭で散々と鍛錬をするのみ。

 食後にもう一度お礼を言うと、侍女さんが「本日も頑張ってください」と見送ってくれる。俺はそんな笑顔に何度か目を瞬かすと、しっかりと笑顔でありがとうを返して厨房を出た。

 ん、勇気もらった。

 それじゃあ改めて、頑張りますかぁっ!

 

「よしっ!」

 

 中庭にやってきて、まずすることといえば準備運動。

 急に激しい動きはせず、血の巡りをよくするのと胃袋を刺激することで、消化を促進させる。実際に胃の中を見て調べたわけでもないから、“本当に効果があるのか”なんて訊かれれば、当然わからないと答える。が、そういうもんだって思えば、人体っていうのは案外応えてくれるものだと勝手に信じている。だってやらなきゃ始まらないもの。

 そんなわけでストレッチから始め、軽い運動に繋げ、それが済んだ頃にやってくる春蘭と華雄に手を振る。思春は今日も警備隊の仕事だろう。

 

(ありがとう、いつも迷惑かけてます)

 

 心の中で感謝をして、準備運動なぞ知らぬといった風情で早速得物を手にする二人を前に、気を引き締める。

 

「って、今日は走りは?」

「飽きたから知らん。今日は最初から模擬戦闘をするぞっ」

「早っ!? 飽きるの早っ!!」

 

 しかも華雄もうむうむ頷いて、金剛爆斧を朝陽に翳してゴシャーンと輝かせてるし!

 

「いや待とう! 真剣はまずいって! これ言うのも何度目か忘れるくらい言ったけど、きちんと模擬刀でっ!!」

「なにを言う! そんなもので戦の緊張感を味わえるか! 貴様はなにか!? 本当に戦に身を投じることになった時にも、敵に模擬刀を求めるのか!?」

「なんでこういう時ばっかり物凄く説得力があること言うかなぁ!!」

 

 秋蘭!? 秋蘭! この大剣さまを止めて! 俺じゃあ何を言っても止められない!

 なんて願っても秋蘭居ないから無駄だった。はは……わかっていたさ……。

 

「ちゃっ……ちゃんとそのっ……! すんっ、寸止めっ! して、くれるよ……な?」

「寸止め? 何故だ?」

「いやぁあああああっ!? だめっ! やっぱりだめっ! 死ぬ! 今日こそ死ぬ!」

「ええい何をわけのわからんことを! そんなものは貴様がいつものようにのらりくらりと避けていれば済むことだろう!」

「かかかかかぁあああかか軽く言うなぁあっ!! 人がどれだけ神経集中させて攻撃避けてると思ってんだぁあああっ!!」

 

 しかしそんな言葉はどこ吹く風。

 春蘭は一言「そんなものは知らん」と言って、ニヤリと笑んだまま武器を構えた。

 ……さようなら、サワヤカな朝。

 そしてようこそ、地獄の始業ベル。

 

  覚悟、完了。

 

 一度決めてしまえばもう戻れない。

 目を閉じ、胸をノックすると心も大分落ち着き、静かに目を開けばお待ちかねな春蘭。

 やるからには勝つ気で。

 

「───よしっ! じゃあいくぞ春蘭! 今日は三本勝負じゃなくて真剣一本勝負だ!」

「ふははははいいだろう! 来るがいい! その威勢ごと潰してくれる!」

 

 気合い一発、声に出して向かってみれば返される言葉。

 それはまるで悪役の台詞のようで、少し笑ってしまったのは内緒だ。

 こうして唐突に戦うことになってしまったわけだが、運動は念入りにしておいたから十分に動ける。

 走り終わったあとだと俺のほうがへとへとになっているケースが多いから、仕合をするなら今は丁度いいと言える。

 

「せぇええいっ!!」

 

 まずは開始の合図とでも言えばいいだろうか。

 互いが振るった得物が互いの間で音を立ててぶつかり合う。

 それから軽い力比べののち、斬り弾くように互いを押し退け、下がった先でフゥッと息を吐き捨てる。

 あとは順序など知らない、己の全てを込めた戦いが待つだけ。

 

「……? 北郷貴様! 何をした!」

「いきなりなんのことだよ!」

 

 氣を纏わせた木刀を振るう。

 相手の胴を狙ったそれは彼女の七星餓狼によって容易く弾かれ、その動作そのものが攻撃へと転じる。それを軽く身を仰け反らせることで避けるや、到達の早い突きで反撃。

 武器を振るったあとだっていうのに軽くそれを避けて見せるややはり武器を戻し、反撃に移る。横薙ぎは弾き、突きはほぼ避け、かといって上段からの攻撃は力ずくで弾き返され、攻撃のほぼが無効化される。

 

「前よりも随分と攻撃の活きがいいぞ! なにかしたんだろう!」

「攻撃の活きってなに!? って、ああおわぁああっだ危ねぇっ!?」

 

 口調なんて気にする余裕も無い、格好の良さなども知ったことではない。

 戦に必要なのは当てること避けること防ぐこと、そして打ち勝つこと。

 格好など気にせず、避けられるのならどんな格好でだろうと避け、無様だろうが受け止めて、次へ次へと繋いでゆく。

 髪を掠める一撃に背筋を凍らせるのも一瞬。その一瞬後には反撃をし、その反撃さえ返されても返されたそれを利用して返してやる。

 そういった互いの力を利用した攻防が続く中で、まだ互いに一度も食らっていない、当てていないことにニヤリと笑みを浮かべる。

 俺は自身の成長の喜びのため。

 春蘭は恐らく……多少でも相手になるようになった俺への笑み。

 

「それでどうなんだ! 何かをしたのか!」

「ただ思いっきり休んだだけだよ!」

 

 言ってみれば体はいつもより軽く、気力は充実していた。

 振るわれる撃を見る目も普段より視界が広まった気がするし、集中力も随分と持続している。けだるさの残っていた体は準備運動ですっかり覚醒して、今では自分の意思に応じた動きをこなしてくれている。

 ……休むことって、やっぱり大事だな。

 

「ふっ! はあっ!」

「よっ! はっ! ほっ!」

 

 春蘭の攻撃の初動をしっかりと見て、どんな攻撃が来るかを予測。

 それに合った回避動作を取り、振り幅が大きい攻撃に際しては遠慮無用に突撃をかける。

 しかしそんな隙も、強引に戻した振りで難なく弾き返され、手が痺れたところに逆に突撃を仕掛けられる。

 

「はっはっはっは! なるほど! 華琳さまが言っていたのはこういうことかっ!」

「いづっ……! 言ってたことってっ!?」

 

 振り幅が小さな一撃でも腕に響くそれを受け止め、反撃をする中で訊き返す。

 しかし楽しげにニヤリと笑むだけで、これといった言葉は返ってこない。

 そう。ただそこにあるのは、いつしか俺相手でも楽しんで武器を振るう春蘭の笑みだけ。そういえば前に、俺と戦ってなにが楽しいんだかって話を華琳や春蘭、秋蘭としたっけ。

 それを思い出しての言葉だったのか、なるほど。確かに春蘭は楽しげだ。

 でもあの? こっちは本気で勝つつもりで行ってるのに、笑いながら捌かれると悲しいんですけど?

 ……くそっ、なんだか一泡吹かせてやりたくなった。

 そんなことを考えると大体失敗するのが常だが、それでもだ。

 

「───」

 

 脱力。

 体に満ちている氣を関節ごとに込め、残りを木刀に込める。

 いわゆる防御を捨てた攻撃重視の錬氣。

 身の振りで関節ごとに加速。あとは氣でゴッチゴチに固めた木刀を叩き込む。ただそれだけ。

 ただ攻撃の軌道が単調になりがちだから、誰が相手の時でも使えるものじゃない。

 避けることより受け止めることが多い相手だからこそ、信頼して振れるなんていう、案外失礼な攻撃方法だ。

 

「ひゅぅっ───!」

 

 呼吸をして疾駆。

 接近するや身を捻るとともに攻撃を加速、振り切った木刀が春蘭が構える七星餓狼と衝突。金属同士がぶつかったような、耳どころか骨身に響くような音を立てて、春蘭の体が軽く怯む。

 その事実に春蘭が驚いた───瞬間には、もう二撃目を振るっていた。

 関節に要らない負荷をかけてしまうものの、加速と威力は折り紙付き。

 避けられはしたものの、雪蓮を一時的にだろうと妙に本気にさせてしまった技法だ。

 当然避けられれば呆れるくらいの隙が出来る。だからこその、受け止める相手限定の技。

 

「むっ! ぐっ! 北郷貴様ぁあ! こんな一撃が出せるなら最初からしろ!」

「一応奥の手なんだから、後で出すのは当然だろっ!」

 

 加速させるには一定の工程を行わなければいけない。

 威力重視なら捻る関節が多いほどいい。ならば袈裟や払い等は威力重視に向いている。

 しかし突きは中々難しく、やるとするなら片手で突き出したほうが加速する。

 下半身から上半身の肩までの加速を最大として突き出すのだから、肘や手首の加速は多少落ちる。速さはそれはあるものの、攻撃の幅が点であることは変わらず、戦で散々と戦いの勘を鍛えた猛者相手に突きはあまり有効じゃない。

 やはり加速をしても避けられるものは避けられてしまい、お返しにと振るわれた攻撃を危なげに避けてばかりいた。

 一応、加速は避けのほうにも向いてはいるのだから、防御ではなく避けるだけならこれほど優れた技法もないかもだが……当たれば一撃でいろいろと大変だ。なにせ氣で体を防御出来てるわけじゃないから。

 氣があるのは関節と木刀のみ。そこ以外に撃を落とされれば、最悪“ゾブシャア! ギャアアアアア!”ってことに……!

 そんなわけだから集中だけは途切れさせるわけにはいかない。

 

(よく見て、避けて、攻撃して……!)

 

 時にはいつか自分が桃香に言ったことを思い出し、大振りで威力重視にするのではなく、あくまで速さを利用した連撃で攻める。

 そう。武器が刃物なら、当てることだけを考えるように。

 しかしながら攻撃が速さだけのものになると、受け止めるだけでは済まないのが宅の大剣さま。

 速度だけのソレはあっさりと豪撃によって弾かれて、本気で手どころか腕まで痺れたところへと、トドメの一撃が───!!

 

「見える!」

「なにっ!?」

 

 だがそれがどうしたとばかりに、健康である足を使って避ける。

 そして、手や腕が痺れていようが、氣で手にくっつけたままの木刀を肩で振るい、まさか避けられるとは思ってもいなかったらしい驚愕の表情を浮かべる春蘭へ───!

 

「させるかぁあああっ!!」

「うぃいっ!?」

 

 しかしここに来て、またしても強引に振り切った腕を戻す彼女。

 その戻しの速さは鈴々並みで、この速さでは確実にまた弾かれると判断。

 ならばその戻しに力が入りきらない今こそをと、既に加速が成された体から氣を掻き集め、その全てを木刀に託す。

 

『───!!』

 

 二人同時に何を口に出したのかは覚えていない。

 ただ、氣の光を帯びた木刀が春蘭の七星餓狼と衝突した瞬間、視界は光……いや。視界が眩むほどの火花で満たされ、聴覚は轟音によって耳鳴りをもたらし───

 

「───! あっ……」

 

 途端に、氣で繋げていた木刀は手から離れて宙に舞い、対立していた女性は地を滑り、腕を痺れさせたのか、だらんと下げられた手から七星餓狼がこぼれ落ちそうになるや、無理矢理それを地面に突き立て、落とすまいと構える。

 

「───! ……、……!? ───!!」

 

 そんな春蘭がなにかを叫んでいる……んだが、しかしながら耳がキーンって鳴っていて聞こえやしない。「耳鳴りが酷いからちょっと待って」と返してみたんだが、きょとんとした顔の後に怒りだす大剣さま。

 あ、やっぱり春蘭も耳、聞こえてないみたいだ。

 しかし相手が春蘭だから油断は出来ないと判断。一応注意しながら木刀が落ちた場所までを歩き、木刀を……ぼ、ぼぼ木刀をぉお……! くはっ! だめだっ! 痺れてる所為で手が上手く動かせない!

 

「こんのっ……おぉおおお……!!」

 

 ならばと搾り出した氣で手とくっつけてみようと伸ばしてみると、木刀にまだ残っていたのだろうか。木刀に流した氣と手に無理矢理集めた氣が結合して、木刀にこもっていた氣が体内に流れ込む。

 

「……えと。ものに氣を宿らせるのって難しいって聞いたんだけどな……。無理矢理宿らせすぎて気脈でも出来たか……?」

 

 不思議な感覚だと感じたけど、もはや他の武器でこうまで上手く立ち回る自信は無くなっていた。もちろん木刀に残っていた氣は、散っていたものまでを掻き集めたものではなかったため、込めていたもの全部とまではいかない。精々、けだるさを感じずに構えられる程度だ。

 そうこうしているうちに耳も聞こえるようになってきて、春蘭の声も……あ、丁度、怒鳴るのやめた……。あるある、聞こうとした途端に話が終わること。

 

「あのー、春蘭ー? 全然聞こえなかったから、もう一回言ってもらっていいかー?」

「なんだとぅ!? 貴様ぁっ! 人の話はきちんと聞けと教わらなかったのか!!」

「春蘭だって華琳の言葉ですらちゃんと理解してなかったことあっただろ!」

「わたしが華琳さまのお言葉を理解しなかったことなど一度たりとも───」

「韓非子の孤憤篇」

「はうっ!?」

 

 怒っていた様子が一気に怯みに転じた瞬間だった。

 よっぽど虚を突かれるかたちになったのか、武器を手放して後退った。

 

「なな、ななななにを言っている? あれはきちんと、華琳さまに“これだ”と言われただろう」

 

 平静を装っていても、言われれば瞬時に思い出すことではあったらしい。

 あからさまに声を震わせ、視線を……いや、視線だけはきっちりこちらに向けて言ってきた。春蘭のこういうところってすごいよなー……自分がどれだけ不利でも、目を逸らすことはしないし。見習いたいもんだ。

 

「その様子だと、あとから秋蘭あたりに説明されただろ」

「ええいうるさいっ! だったらなんだというのだ!」

「なんだ、って……いや、話の流れすら忘れたならいいんだけどさ……」

 

 話に夢中になってて意識がこっちばかりに向かってるとこ悪いんだけど、と。とことこと春蘭に近寄るその過程で七星餓狼を拾い上げるとまず一言。

 

「ところで勝負ってどうなったんだっけ」

「? そんなもの、続行に決まっているだろう!」

「で、春蘭? 武器は?」

「武器? 武器は───あ」

 

 ちらりと見る俺の手。そこには七星餓狼が握られており、それに気を取られた瞬間、俺はあくまで自然な動きで軽く木刀を振るい、木刀を春蘭の頭に撫でるつもりでぽくりと落とした。

 

「───」

「はい一本」

 

 ポカンと目をまん丸にして停止する大剣さま。

 生憎とこちらも余裕はなく、武器を返してもう一度となると“無理”としか言えない。

 

「なっ、あっ……ま、まだだっ! あと二本───」

「やる前に真剣一本勝負っていって、いいだろうって返したよな? まさか華琳の言葉を正確に受け取るっていった春蘭さまが、ウソをついたりなんかしないよな?」

「はうっ!?」

 

 なので、からかう意味も込めてそう言ってみる。

 勝ちには執着したいが、やっぱり真正面から勝ちたいって思うし……流れでこんなことになったけど、耳鳴りが無いまま対峙していたら、きっと聞こえなかった春蘭の言葉とかを聞きながらでも木刀を拾って、すぐに攻撃を仕掛けていただろう。

 その反応を見れば春蘭も、痺れていようが無理矢理剣を取って戦っていたに違いない。

 ほんと、妙なところであと一歩が足りないというか……格好いい終わり方は迎えられない。べつに格好いいほうがいいと言うわけでもなく、無様だろうが勝ちたいとは思う。格好つけて死ぬのは逆に格好悪いし。

 でもまあなんだろう。理屈をこねて勝ちを譲ってもらおうとするのは、戦いとは違う気がする。そういうやりとりをして楽しむ相手は星くらいで十分だろう。

 なのでハイと拾った得物を突き出すと、春蘭はそれをひったくるように手に取り───肩に担ぐようにして構える。

 勝敗に納得出来ないんじゃあ仕方ないもんな。

 

「じゃ、今のは無効で───」

「これからが本番だ!」

 

 春蘭の目に楽しげな色が再び浮上した。さっきまでの言葉のやりとりは一切なかったことにするつもりなのか、それとももう忘れたのか。

 どちらにせよ武器を構えて双方が距離を取った時点で始まっていたソレは、再び双方が地を蹴り、得物を衝突させた時点で止まらぬものへと発展していた。

 ───が、氣を扱えなければ“多少武をかじった程度”のレベル俺が、本当の武人相手にそう長く立ち回れるはずもなく───なんて弱音を早々に吐くわけにもいかず、気合いを込めての攻防が続く。

 

「はっ! くっ! てぁあっ!!」

「ふははははっはっはっは! どうした北郷ぉおっ! 見る間に動きが遅くなっていってるぞ!!」

「わかっちゃ……っ……いるんだけどなっ……!!」

 

 氣の絶対量が増えても、無駄に消費してしまう自分の在り方はあまり変えられていない。

 しかしながら男の意地というのか男意気というのか、愚かにも“これからが本番だ”と言われてからは“本気で打ち合おう”と決めてしまった俺は、押し退けられることはあっても自ら下がることは絶対にしない覚悟を刻んだ。

 避けることもせず退くこともしない。正真正銘の打ち合いを始め、受け止め受け流すとともに次から次へと氣を練成。

 少しずつ元の絶対量を目指して蓄積させ、それが満ちると本当の本気で打ち合う。

 春蘭の攻撃に合わせて普通に木刀を振るったところで、その木刀ごと吹き飛ばされる、もしくは精々で地面を滑る程度で済ませられる程度。

 ならば振るわれる一撃一撃に加速させた一撃をぶつけることで返し、轟音が骨身に響き、視界内で氣っていう閃光が弾けようが、構わず攻撃を続ける。

 氣で手と繋げている木刀からの振動は、嫌なくらいに体に響く。それはこちらの全力を弾いている春蘭だって同じだろう。

 なのに、そんな痺れや痛みは感じぬとでもいうように春蘭は笑みを浮かべ、俺だけが表情を歪ませていた。

 

「くそっ! なんだってそんな平気な顔でっ……!」

「なんでだとぅ? ふんっ、貴様とは潜り抜けた場数が違うっ! 貴様にしては中々の豪撃だが、これしきを放つ将など戦場にはごろごろ居た! それ以下のものを何度くらったところで、わたしが膝をつくことなど有り得んのだ! はーっはっはっはっはぁっ!!」

「んなっ……!?」

 

 無茶だ無茶だとは思ったけど、そこまで次元が違うのか!?

 ほんと、どうかしてるだろこの世界!

 

「だからもう一度、わたしを強引に下がらせたあの一撃を出せ! 今度は弾き返してやる!」

「あの一撃……!? な、なんのことだよっ!」

「だからさっきから何度も言っていただろう! 貴様が耳が聞こえなくなるほどの音を出させたあの一撃だっ!」

「へ!? ……あ、あーあーあー!!」

 

 それのことか! つまりなんかこっち見て叫んでたのは、今のをもう一度撃てとかさっさとしろとか叫んでたってことか! その割には剣も拾わなかったけど!

 

「っ───だったらどうにでもなれだっ!」

 

 どうなっても知らないぞなんて言葉は口にしない。

 こちらの最高をどれだけ出しても、軽く返されてしまうイメージが容易く頭に浮かんでしまっていたから。

 だから“下がらない覚悟”を“どうなってでも勝とうとする覚悟”へ変え、後ろへ低く跳躍するように下がり、着地と同時に構え。

 手を鞘代わりに居合いの構えをするや春蘭に向かって地を蹴る。

 まずは足に込めた氣にて、射程に入るや氣の大半を右足に集中。大地を踏み潰す勢いで叩きつけた足の底───そこに響く衝撃を氣で吸収、即座に足首に送ると加速を開始させる。

 

  相手の攻撃を左手で吸収、破壊力に転化する要領の応用。

 

 自ら発生させた衝撃を吸収した氣を螺旋のイメージで足から腰、腰から肩といった順に加速移動させ、最後には木刀へ。

 足での加速が終われば、足の氣は速度ととも次の加速部位へと飛ばされ、その部位の加速を助ける。冗談抜きで関節への毒にしかならないことを関節の数だけ続け、最後の加速が終わると───全身の氣が最高速度とともに木刀に乗り切る。

 鞘代わりにしていた左手の指が、急な加速で放たれた木刀の摩擦で火傷し切り傷を残そうが知ったことではない。そこのところは後で思う存分痛がろう。だが今は、せめて痛みに目測を誤る無様をしないため、痛みを飲み込み、見開いた目では確実に春蘭を捉え続けていた。

 

  ───やがて、先ほどよりも高く響く轟音。

 

 “振り切った”のは俺ではなく春蘭。

 俺の腕は俺の意思とは関係無しに後方へ弾かれて、関節どころか骨全体にミシミシと走る“音”が痛みとなって感覚を支配する。

 振るわれた渾身は恐らくの渾身で返された。が、弾かれてなお木刀を握る力は緩めない。

 しかし勢いに飲まれた上に骨に走る軋む音と痛み。それらを抱えた体がそう簡単に俺の意思を伝えてくれるはずもなく、瞬時に体勢を戻せない俺の目を春蘭は一瞥。それだけで受け取ってくれたものがあるのだろう。

 七星餓狼を構えると、体勢を戻せないままの俺へと向けて一歩。そののちに剣の腹が俺の腹部目掛けて振るわれた。それで終わり。───普通なら。

 

「っ……くおっ……おぉおおおっ!!」

 

 右腕は弾かれた状態のままに痺れ、戻せない。

 ならば左手だと、剣の腹を左手で受け止めて衝撃を吸収───……あ。氣、全部木刀にギャアアーッ!!

 

 

 

  錐揉みしながら見上げた空は

 

  とても落ち着きがなくて

 

  二度と見たくないと思いました

 


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