真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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63:魏/毎日が宴ならば、宴自体も日常のように訪れる①

106/蒼の下の男と女

 

 蒼い空が好きだ。

 空の下、何も考えずに四肢を投げ出し、芝生の上で風に撫でられる時間が好きだ。

 しかし今の自分が四肢を投げ出しているのは自室の寝台である。

 

「なぁ思春」

「なんだ」

「俺、無茶な加速を使うの、もうやめるよ」

「当然だな」

 

 ……太陽も頭上へ昇った昼の頃。俺は静かに───編み出した技を封印した。

 何故って、それはもちろん理由があるからであり、こうして倒れている理由にも繋がる。

 霞と一緒に散々と加速や木刀に氣を込める練習をしていた俺だが、その翌日である今日になってソレは訪れた。

 筋肉痛ももちろんだが、なによりひどかったのが関節痛。

 “加速”を行使するために氣で関節の動きを速めたりなんかして、しかもそれを何度も何度も繰り返せば関節をおかしくしたりもする。

 よーするに負荷がかかりすぎて関節を痛め、満足に動けない状態になっていた。

 午前の仕事だけは根性でやり終えた。午後からは書類整理となっていたからなんとか助かったが、これじゃあ書類整理すら満足に出来ない。

 ちらりと視線だけを動かせば、机には思春と一緒になんとか運んできた小さな書簡の山が。……やらないわけにはいかないんだけど、もはや動きたくないと体が泣き叫んでいる……情けない。

 

「はぁ……ごめん、思春。午後から自由だったのに」

「貴様には早く復帰してもらわなければ、隊の士気に関わることなど確認済みだ。御託はいい、さっさと治れ」

「治れ!? 治せじゃなくて!?」

 

 同じく、といっていいのかといえば違うのだが、同じく午後からは警邏ではなく自由時間であった思春は、三羽烏の代理といったかたちで俺の看病をしてくれている。

 機敏に動けないだけで、動こうと思えば錆付いた機械が如くメキミシと動けるから、別にいいって言ったんだけど……今言われたこととほぼ同じことを返された俺は、渋々頷いた。そんなこんなで今の状況がある。

 

「はぁあ……さすがに関節は鍛えようがないと思うし、ほんとにダメだな、後先考えずっていうのは」

 

 並以下に逆戻りだ。

 “小細工”を使用してようやく、なんとか、どうにか勝てたとしても、次が待っている場合は確実に負ける。そんなことがわかっている技術をこのまま使い続けても仕方がない。

 加速を使ってようやく打ち返せたっていうのに、それが使えなくなるってことはほら、1からとは言わないまでも、3あたりからやり直しってことになるわけで。……はぁあ……下手な小細工なんて、考えるだけ無駄なんだろうか。

 そりゃあ多少の加速はむしろいいかもしれないが、積み重なれば関節を痛めることにはもちろんなるし、だからといって全く使わないのも寂しいというかもったいないというか。

 結論だけを一言で片付けるなら、“地盤強化に勝るもの無し”だ。

 時間をかけてもいいからゆっくり強くなっていこう。

 無茶に繋がる加速は一時封印だ。仕方ない。

 

「ところで関節痛って寝れば治るのかな」

「知らん」

「だよなぁ……」

 

 寝台で動かないまま、天井を正面に捉えながらの、いっそ大袈裟と思えるくらいの溜め息を吐く。

 濃厚な疲労物質が息と一緒に飛んだと錯覚出来るほど、本日の自分は疲れを自覚していた。そしてどれだけ吐こうが、疲労物質が体内から消える予感もまったくしないから困ったものである。

 やるべきことも機敏に出来ない以上、寝ていれば治るか否かは別にしても寝ていたほうが楽ではあるのだが……無理をすれば動けるって事実がある以上は、机に向かわないと華琳に合わせる顔がない。

 なにせ仕事と鍛錬を両立させる条件を飲んだのだ……ここで寝たきりになるのは敗北の条件を満たすだけぞ……!!

 

「ふぬぐっ……! ぬぅぉおおおおお……!!」

 

 ならばこの北郷、寝たきりになぞなっておられぬとばかりに体を起こし、関節が軋んでも構わず寝台から降りると……メェエエリキキキ……ズシャッ、メェエエエリキキキ……ズシャッ、と錆付いた機械のように机へ向かって歩いてゆくっ……!

 思春は……これまでの経験を思うに止めても無駄だと悟っているのか、特に口出しはしてこなかった。それどころか無言で肩を貸してくれて、机まで歩かせてくれる。

 

「思春……」

「どうせ言ったところで聞かんだろう。さっさと終わらせてさっさと休め」

「……ん。ありがと」

 

 目を伏せて、溜め息混じりにこぼす思春に感謝を。

 さて、頑張りますか。

 

「………」

 

 窓際に歩き、窓を開けて風通しをよくする思春を見たのち、開かれっぱなしの部屋の扉を見る。思春(むしろ孫呉の将)が来たということもあって、パタパタと駆けていってしまった美羽はまだ戻らない。

 「みみみみぃいーみみみ水をもらってくるのじゃーっ!」と言ったっきりだった。

 まったく、本当にどこまで雪蓮のことを怖がってるんだろうか。

 俺が理解できないほどの恐怖がそこにあったなら、軽く口出しするのも憚れるものの……逆に“いつまでも怖がってても仕方ないだろう”とも思うんだよなぁ。

 しかしながら自分に置き換えて考えてみれば、じゃあ貂蝉と熱い抱擁ができますかと訊かれたならば否であるわけで。なるほど、人のトラウマなんてそれぞれだ。安易に口出ししていいものじゃない。

 

「ふぅうっ……んぬぅうう……!!」

 

 そんなことを考えながらも手を動かす。

 相変わらずメキメキと軋む体だが、動かしているうちに慣れるだろうと勝手に結論付けて。そう! 辛い時こそ頑張る時だ! 俺ーズブートキャンプへようこそ! 大丈夫! キミなら出来る!!

 

「………」 

 

 息を整えて、筋肉などではなく氣で体を動かすイメージ。

 走る時と一緒だ。無理に体を使わないようにして、激しい痛みを感じない速度で……。

 

「お……おおっ」

 

 書ける……否、動かせるっ!

 何かに引っかかるような感触もあるものの、安定して動かすことが出来る!

 痛いけど! 動かしていることには変わりないから痛いけど! でも筋肉痛な所為で力ませた体に引っ張られるように関節が痛むよりは遥かにマシ!

 いける……これならいける!

 

「………」

 

 そんなわけでようやく仕事が始まる。

 さらさらと筆を動かし、カロカロと竹簡を巻き、しゅるしゅると巻物を開いて、さらさらと筆を走らせ、乾いたら積んで、指が引っかかって書簡竹簡の山が崩れそうになるのを咄嗟に止めて、ズキーンと激痛が走って「ギャアーッ!!」……痛みに耐えながら、また竹簡を手にする。……と、延々とそれを繰り返す作業。いや、毎回崩してるわけじゃないからな?

 ともかくだ。

 内容はそれぞれ違っているものの、警備に必要なものや知識等、見て回って頭に叩き込んだものばかりだからそれほどの苦はなかった。

 華琳に言われて、仕事に復帰する前に今までの纏めを見たのは正解だったな。

 こんなの、いきなり言われてもわかったかどうか。

 

「思春、裏通り西側の壁の補強ってどうなってたっけ」

「壁全体が脆くなっていたな。補強するよりも一度崩したほうが強度は高い」

「あちゃ、そっか……そうなると資金のやり繰りがなぁ……」

 

 裏通りには少々薄い壁がある。

 以前食い逃げを働いたヤツがそこへと走り、下方に空いた穴をくぐってまんまと逃げおおせるっていう困った事件があった。

 それらを話し合った結果、穴を埋めてしまおうってことになったんだが……補強した程度じゃ絶対に穴を空けるに決まっている。ならいっそ壁全体を破壊して、新しい壁を……とは思春の考えだが、俺もそれは賛成だ。とは思ったものの……うーん。

 いっそ壁をとっぱらった時点でそのままにしてしまおうかとも思ったんだが、裏通りの人や表通りの人からも文句が飛びそうなのだ。ある人は“また食い逃げされたらたまらない”など。ある人は“表通りのやつらがじろじろ見るのは気に食わない”など。

 事情はそれぞれだよなぁ……華琳だったらズヴァーっと即決しちゃいそうだけど。

 

(いくら華琳に答えを仰がないようにっていっても、これは俺一人で決めていいことじゃないだろ、うん)

 

 保留。

 とりあえず穴には板でも打ち付けておこう。

 で、次は……っと。

 

「………」

「………」

 

 静かな時間が流れる。

 考えてみればこうして思春と二人きりになるのも随分と懐かしい。

 蜀に居た時なんか、寝る時は常にだったけど……魏に戻ってからは部屋も変わって、今では美羽と居る時間のほうが確実に長い。

 警邏を一緒にすることはもちろんあるが、なにせ警邏中だからこうして二人って状況にはまずならない。……いや、べつに二人きりになって何がしたかったとか、そういうのはないぞ? ただ懐かしいなぁって話だ。

 

(“懐かしい”かぁ……)

 

 及川のやつ、今頃どうしてるかな。

 相変わらず女の子のことばっかり考えているんだろうか。

 

(…………時間が動いてるなら、元気にしてるんだろうな)

 

 それは間違い無くだ。

 さて。故郷を思うのも結構だけど、今は目の前の書簡整理を優先させよう。

 華琳が帰ってきた時に、何もかもが中途半端なままだったりしようものなら、───しようものなら…………死ねる?

 いやいや、死ぬは行きすぎだ。散々呆れられたあとに鍛錬が結局封印させられるのだ。頑張らないとな。地盤を高めようって決めたばっかりなのに禁止されちゃあたまらない。

 

(華琳も今頃どうしてるんだろ)

 

 相変わらず食事にケチつけたりしていないだろうか。

 相手のためにもなっているんだから、そうするなとはそりゃあ断言できない。けど、メンマ園でだけはそれはやっちゃいけないと断言しよう。

 無用な心配だな。

 いくらあの華琳でも、あそこでメンマのことを言うなんて……なぁ?

 

(……ははっ)

 

 想像してみたら少し可笑しかった。

 そんな可笑しさに少しだけ元気を分けてもらった気になって、なかなか帰ってこない王であり愛しい人を想いながら筆を動かす速度を速めた。……直後に関節の痛みでギャーと叫んだが。

 

 

 

-_-/華琳

 

 ……カロッ……かしゃん。

 

「………」

 

 痛めた頭をさらに痛めた気分で溜め息が出る。

 魏にも帰らずなにをしているのかといえば、書簡整理が大体だが今は違う。

 

「呆れたわね、本当に。一刀は“ぼらんてぃあ”なんて言って、こんなことまでしていたの?」

 

 倉から引っ張り出した竹簡等を東屋まで運んで読み漁り、一刀がこの国で何をしてきたのかを調べていた。もちろん魏から届けられる自分自身の仕事や、この国で必要な“しなければいけないこと”も進めている。

 そのしなければいけないことに必要なことがこの読み漁りなのだから、こうして書簡竹簡を紐解いては溜め息を吐いているのだ。

 

(まったく。随分とまあ学校とは関係のないことで動いたものね)

 

 なるほど、これならば帰ってくるのが遅かったことも納得出来る。

 学校の情報提供にと向かわせたというのに、これではいつ来るのかともやもやしていた自分が報われない。

 明らかに報告以上の回り道をしているじゃないの。帰ったら適当に理由をつけて蹴ってやろうかしら。

 

「華琳~? ねぇかりーん……そんなところで溜め息なんて吐いてないで、こっち来てお酒でも付き合いなさいよ~っ」

「あなたは少し他国に来ているという自覚を持ちなさい」

 

 木の上が好きなのか、何かと言うと木の上で酒を呑んでいる彼女にそう返す。

 相手のほうには視線も向けずにだ。

 竹簡を持ってここまで歩いて来る前から、東屋近くの立ち木の上で楽しげに酒を傾ける彼女は出来上がっていた。他国だというのにいい身分ねといった皮肉も右から左へだ。

 

「んー……? そういえば前からなに読んでるの? 仕事ほったらかしにして」

「……あのね、雪蓮? 失礼なことを言わないでくれるかしら。ひがな一日ふらふらするか酒を呑むかのあなたと違って、私はきちんとここでの仕事も自国の仕事もしているわよ」

「失礼ねぇ、私だって───」

「来る仕事の全てを冥琳に押し付けて、自分は酒を呑んでいる。……違っているのなら是非訂正願いたいわね」

「…………え、えっとー……」

 

 けれど、まあ。

 この奔放な王がそれをする理由もわかっている。

 そうして時間を空けては街に降り、民との交流を計っているのだ。

 雪蓮っていう存在がどういう者なのかを民が知れば、そういった部分にどうしようもなく存在する“信頼”という部分も補うことができる。

 補えれば、そういった部分───一刀を同盟の支柱にするという案を出している存在が、信用するに足る人物であることも理解してもらえるといったところだろう。

 ……これで本当に何も考えずに酒を呑んだり遊び呆けているだけならば、聖戦とは名ばかりの躾を差し違えてでもしたいところだわ。そうでもしなければ、かつては甘いことしか考えなかった桃香や、戦狂いというだけで基本的には仕事は投げ出し酒を呑んでばかりの王が、天下統一の壁になっていただなんて納得がいかないもの。

 

「それで? ず~っとそうやって竹簡眺めて何やってるの?」

「一刀がこっちで何をしていたのかを見ているのよ。知っていたほうが何かと都合がいいものだから」

「へー……で、どんなことしてるの?」

「気になるなら降りて来て勝手に見なさい。どうして私があなたに言葉で教えてあげなければならないのよ」

「ぶー、相変わらずけちんぼなんだから。いーわよーだ、勝手に見るから」

 

 唇を尖らせた雪蓮が、すとんと器用に降りてくる。

 結構な高さがあったのだが、あの体躯で随分と身軽なものだ。

 

「…………酒臭いわ。やっぱり戻りなさい」

「あっ! 失礼ねー! そんなにまで呑んでないわよー!」

 

 木の上からのじーっと見られる嫌な気配は無くなったものの、近くに来たら来たで軽く迷惑な王だ。存在自体がもう少し静かにならないかしら。

 どうしようもなく口からこぼれる溜め息を噛み締めて、竹簡を再び開いてゆく。

 カタカナというもので“ボランティア”と書かれているらしい竹簡はこれで最後だ。

 見ればみるほどあの男の無茶苦茶な働きに溜め息が出る。

 

「呉でも雪蓮に引っ張られて似たようなことをしていたとは聞いていたけど、これは相当ね……」

「まあ信頼は得られているようでなによりじゃない。やりすぎな感も否めないけど」

「事実やりすぎなのよ。見返りを求めない姿勢でこんなにも人助けをすれば、いずれ支柱になった際にも同じことを求められるわ。それを、前は出来たのに今は出来ないと言うのは細かな信頼に関わることよ」

「本当、一刀には厳しいわねー。なに? そんなに一刀を自分に相応しい人物に育てあげたいの?」

「なぁあっ!? ちっ……違うわよばかっ! 私はべつにっ……各国の王が認めた存在だというのに無様を曝すような支柱は必要ではないと思っているだけよ!!」

「ちょっ……ばかはないでしょばかはー! そりゃあ私だって一刀にはもっといい男になってほしいとは思うけど、華琳のは押し付けすぎなのよ! そんなことしてたらいつか愛想つかされて逃げられるわよーだ!」

「一刀が? 私から? 在り得ないわね」

「うわっ、余裕の笑み……。あのねぇ華琳……? 当然のことを当然って受け取るのは構わないけど、あなた、いつか絶対にその性格で後悔するわよ?」

「後悔ね……するのならそれは、自業自得というだけのことでしょう? それならそれでべつに構わないわよ」

 

 誰が悪いのではなく自分が悪いと確定しているのだから、何を嘆く必要があるのか。

 それは自分が未熟だからこそ招いてしまう事実だ。

 私は私が私として生き、その先で悔やむことがあるとするのなら……あの夜のように自分の力では抗いきれないものであると信じている。

 自分の力がまだ及ぶものであるのなら存分に努力し、叶わなかった時こそ存分に後悔しよう。だから、いい。自分はこのままでいいのだ。必要だと思った時に変えていけばいい。

 

「とにかく。静かに出来ないのならせめて邪魔はしないで頂戴。普通、こういったものに目を通す時は口数も減るものでしょう?」

「そ? 一刀の授業じゃ“書いたものを読ませる”ってことをやらせてたみたいだけど。えーとなんだったっけ? 書く、見る、口にする、そういう一つずつのものをいっぺんにやると、頭にいいんだ~とかなんとか」

「だからといってあなたが人の横で騒いでいい理由にはならないわよ。大体、いつあなたが書いて、見て、口にしたというのよ」

「うっ…………華琳のそういうところ、冥琳みたいよね……」

「あなたが相手なら大体の者がそうならざるをえないというだけのことよ」

 

 その言葉を最後に竹簡を巻くと、円卓の上に積まれている山にその一つを……立ち上がりながら足した。もう全て読み終わった。雪蓮が読むというのなら、片付けも全て任せてしまおう。

 ……もっとも、任せたところで片付けもせず、どこかへ消えるのでしょうけど。

 なら……そうね。

 

「雪蓮、これから支柱のことについてを纏めにかかるのだけれど、敢えて訊くわ。時間は空いているかしら?」

「───……もっちろんっ♪」

 

 数瞬瞬きをしながら、立ち上がったわたしを軽く見上げた雪蓮。

 けれど満面の笑みを見せるとそう返して、手元にあった酒をガッと呑み乾すと、竹簡の一つも持ち上げずにさっさと歩き出してしまう。

 ……はあ。結局こうなるのよ。まあ、自分が欲した知識の糧を誰かに任せて片付けさせるのもあまりいい気分のすることじゃない。

 もう一度溜め息を吐いて竹簡を抱えると、私も歩き出す。

 これはもう意地だ。

 必ずあの男を支柱にして、この地との絆を深めさせて……もう、絶対に、勝手に消えることを許さない。

 私が死ぬまで傍に居させてやるのだ。

 だから在り得ない。あってはならない。一刀が、私の前から居なくなるなんてことは。

 

「………」

 

 そこまで考えて、ふと思ったことを口にしてみる。

 ……雪蓮は、歩ませていた足をピタリと止め、私へと向き直った。

 

「管輅の話が眉唾であるかどうかは別として、現に一刀は消えたのよね?」

「ええそう。天に帰ったと言ったわ。何がどう働いてそうなったのかは別として、“一刀はこの大陸から天へと戻った”。つまり天に行く方法が全くないわけではないのよ」

 

 “この大陸から天に行く方法はあるのかしら”───その言葉は雪蓮にとっても気になることだったのだろう。さっきまでの楽しげな表情など瞬間的に潜め、鋭ささえ見てとれる目つきが私の目を見る。

 そんな目をいっそ睨み返すような目で真剣に見て返しながら私は考える。

 もし、本当にもしもだが、一刀が自分の意思とは関係無しにまた天に戻ってしまうことがあるのなら、天に行く方法を探してみるのもいいと。

 三国の王や将をここまでやる気にさせておいて、自分だけさっさと消えるような男にはきついきつい罰が必要だ。だから必ずその方法を見つけだして、乗り込んでやるのだ。

 ……いいえ、いっそ今から探した方が手間が省けるというものだわ。

 消えた瞬間にでもすぐに追えて、蹴り飛ばせるくらいが丁度いい。

 

「同盟の話を進めるのと一緒に、管輅に関することを調べるわ。雪蓮、あなたは?」

「付き合うわよ。ここまできて、もし直前で一刀が消えた~なんて言ったらやってられないでしょ? それこそ天に乗り込んででも連れ戻すわよ」

「でしょうね。私だってそうするわ。……さて、だったらもう一人の王にも声をかけてあげなくてはね」

「どうせ二つ返事でしょ? さってとー、久しぶりに頑張っちゃおうかなーっと♪」

「あなたは普段からもう少し頑張りなさいよ……」

 

 言ったところで「聞こえなーい」なんて言って耳を塞いでしまう。

 まったく。一刀も本当に厄介な相手に気に入られたものだ。

 けれどもそれが絆ってカタチに向かうのなら、私から一刀に向けて飛ばす文句なんてものはそうそう無い。

 今はただ、彼を傍に居させるための行動を続けていこうと思う。

 それでも消えるというのなら、それこそ天に行く方法を見つけて乗り込む。

 どうしてこの大陸に降りたのかはわからないと言っていたのだから、天の技術が関係しているとは思えにくい。そういった小さなことから辿って、必ず───

 

「……そうよ。今度は泣くだけで諦めるなんてこと、しないんだから」

 

 呟き、竹簡を持つ手に力を込めた。

 その呟きを、聞こえないとか言っていたくせに耳で拾った雪蓮が振り向くのに合わせて、竹簡の半分を持たせる。きょとんとした顔に笑みを返してやると、彼女は頬を膨らませながらも竹簡を持ったまま歩いた。

 

「………」

 

 空を仰ぐ。

 蒼の空……天とも呼べる、広き青を。

 天という場所がどんなところなのかもわからないけれど……私はもう、一刀を手放す気など少しもない。帰らなければいけないのだとしても知ったことではない。

 

(だから……奪おうとでもしてみなさい? その時は、この大陸全てが相手をするわ)

 

 誰が居るわけでもないのに空へと笑い、歩いた。

 出来ることは全てやっておこう。

 休む暇さえもったいない。

 努力すれば届き、後悔しないように動ける瞬間があるのなら、きっと今こそがそれなのだ。

 今必要であるからこそ自分を変える。天などに負けないために。

 管輅の情報の中に、必要なものがなくても構わないのだ。

 無ければ、別の場所から探す───ただそれだけなのだから。


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