真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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64:魏~三国連合/宴の前の騒がしさ③

 コーン……。

 

「うじゃぁああ~……」

 

 死んだ。

 もとい、ギブアップした。

 だって、食べてる途中で凪が辛い料理を、お世話になった料理人たちが一品料理をどんどんと完成させて、朱里や雛里までもが俺に食べてくれって菓子を突き出してきて……さすがに食べないわけにはいかず、それぞれを味わってみた時点でドシャアと顔面から卓に突っ伏した。

 ふふ……じいちゃん、俺……頑張ったよね……? もう、休んでもいいよね……?

 

「なんじゃ、だらしのない……」

「だらしないって問題じゃないと思……う、うぷっ……!」

 

 ふぅと溜め息を吐く祭さんだったけど、その顔は言葉とは裏腹にどこか楽しげだった。

 俺の背中をやさしく撫でてくれる紫苑も、なんだか手のかかる子供を温かく見守る親みたいな穏やかな顔で……えぇと、この場合、俺が手のかかる子供ってことになるのか?

 俺、ただ逃げ場を塞がれてご飯を食べさせられただけなんだけど……。

 い、いや、そりゃあ美味かったし、自分の意思でがっつり食べた。凪や朱里や雛里、そして料理人のみんなが追加しなきゃ、きっと全部平らげてごちそうさまを言えた。

 でも一口ずつくらいは味見をしないとと、全てを器に取って食べたのがまずかった。

 結局は何一つ完食出来ないままに倒れ伏し、けれど作ってくれたみんなはどこか嬉しそうだった。

 

「北郷ばかりに味見をさせても仕方ない。興覇、お主も食え」

「っ! ……は、は……」

 

 俺が倒れた辺りから気配を消して、空気になろうとしていた思春が肩をビクーンと弾かせた。

 随分と頑張って食べてはみたものの、量はまだまだ残っている。

 もちろん俺は直接箸をつけてなどおらず、取り皿に取って食べたから思春が嫌がる理由も一切無い。大丈夫、“こんなこともあろうかと”は敷いてこそ意味がある。

 よろよろと席を立ち、思春が俺にそうしたように思春を座らせると、せめてニコリと弱々しく微笑んでみせた。うん、腹が苦しい。そして思春さん、恨めしそうに俺を睨むのはなにかが違う気がするのですが。

 しかしながらこの量を一人でというのは確かに辛い。なので、料理人たちの動きや手捌き体捌きを感心するように眺めていた華雄を呼んで、一緒に卓についてもらった。

 そうして状況が固まっていく中で、小さく溜め息を吐いた思春が料理を口に含むと、その表情がほんの一瞬程度だが崩れた。キリッとした顔が、やわらかなものに。

 

(あ、笑顔)

 

 俺の視線に気づくや即座に元のキリッとした表情に戻っちゃったけど……その顔は、どこか赤く見えた。

 対する華雄は、なんとまあ豪快な食べっぷりを見せていた。

 鈴々のようにガッツガッツと食べるでもないのだが、静かに豪快といえばいいのか、よく噛んで食べているというのに食べるのが早いのだ。

 しっかりおかわりまでして、腹が満たされると満足げに箸を置いた。

 

「なんじゃ、もういいのか」

「無理に詰めてはいざという時に動けないだろう?」

 

 考える人のように顎に軽く手を当て、ニヤリと笑みながらのお言葉だった。本当に頭の中は戦のことばかりらしい。戦ばかりなのはさておき、腹八分目で終わらせるところは……出来るものならば俺も見習いたいです、はい。

 その場合は高い確率でスルーされそうな気がするのはどうしてかなぁ。

 そんなこんなであーだこーだと料理の完成度についてと、ここはこうしたほうがと意見を言い合う内に思春も食事を終え、卓を見やれば完食済み。続いてちらりと思春を見てみると、少しだけ苦しそうな様子を見せただけで、すぐにいつものキリッとした表情に戻った。

 これで結構、思春も呉では苦労してたのかなぁ……とか、しみじみと思った瞬間だった。

 しかしながら食事が終われば待っているのは仕事。

 といっても今日は案内と客人の持て成しに一日を費やすつもりだったから、することといえば料理の手伝いで十分なわけだが───料理人たちがこの国の厨房の扱いに慣れてくると、その手際は素人が迂闊に手を出していいレベルからはどんどんと離れてゆき……

 

「北郷! 皿が足りん!」

「はいっ!」

「一刀さん、こちらにも皿を」

「はいはいっ!」

「兄様ー! 出来た料理を置く場所がそろそろ無いです!」

「はいはいはいぃいっ!」

「はわっ……手がっ……か、一刀さ~ん、ちょっとそれ取ってもらっていいですか~!?」

「これだなっ!?」

「か、かじゅっ……一刀さん、この味、どうですか……?」

「……サ○゛エさん? いや、美味いよ、美味い」

 

 気づけばあちらこちらへと走り回る俺が居た。

 料理を手伝えないなら雑用をと買って出たのは確かなのだが、あのー……どうして俺にばっかり頼むのでしょうか。凪も思春も華雄もいらっしゃるのですが……? い、いや、わかってる。わかってるよ?

 

「隊長! 切れた材料は何処から補充しましょうか!」

「街の方に注文しておいたのが門まで届いてる頃だから、門の兵から受け取ってくれ!」

「北郷、薪が切れたぞ」

「中庭の脇に積んであるからそこから取ってきてくれ!」

「北郷、そういえば今日は鍛錬の日だが」

「華琳が戻るまで禁止だってば! それより手が空いてたら思春と一緒に薪持ってきて!」

 

 その三人までもが、俺にいろいろと訊いてくるからである。 

 なんでか俺が司令塔みたいなものになっていて、とことん俺に最終確認をしてくるのだ。

 なので頭をフル回転させながらあーだこーだと動き回っている内に時間はどんどんと経過し、忙しさの合間にフゥと息を吐いてみれば、外はもう暗くなろうとしていた。

 

「うわっ……もうこんなに暗い……。あ、あー……けどさっ! こんなに一気に作っちゃって大丈夫なのかっ!?」

 

 それだけフル回転で動いてもなお、まだまだ料理は続いている。

 そんな状況だ、次々と完成する料理を前に、そんなことを言いたくもなる。

 そうして生まれた小さな疑問に対し、ぐいっと汗を拭った流琉がきっぱりと返した。

 

「はいっ、むしろこれくらいじゃないと間に合いません! 私たちは料理等を用意するために先に各国を発っただけであって、華琳さまや他の方々も各国での引継ぎ作業が終わり次第、城を発つんですっ。その引継ぎ作業が手早く終わっているのであれば、早ければ明日……それかその翌日にでも到着するかもしれないんですからっ」

「明日ぁっ!? うわっ……それは確かにこれくらい作らないと間に合わないな……!」

 

 それは説得力満点で、ようするに皆が満足するだけの料理を味と量を揃えてみせなければいけないという、ある意味地獄めいた料理の始まりだった。いや、既にやってたんだから延長か。

 なんにせよ一切手が抜けないことがわかった。元々抜く気はなかったものの、相手の中に華琳が居るのでは余計に気を引き締めなければいけない。なにせ我らが魏王様は、味に対して容赦がないからなぁ。

 ならばと俺も手が空けばプリン作りに励み───たかったのだが、次から次へと飛んで来る指示や救援要請に、作業を中断せざるをえなかった。

 蜀には食べる人が多いしな……これで十分だろうって量よりもよっぽど作らなきゃいけない。魏にだって季衣や春蘭が居るし、真桜や沙和もおごりとなると結構食うんだよな……。

 

(そう考えると呉って燃費がいいなぁ……いっそ羨ましい)

 

 でも、どちらにしたってウチは蜀ほど食費はかかっていない筈。なにせ恋だけでどれほどかかるかがわかったもんじゃないからだ。加えて鈴々も猪々子もかなり食うからなぁ。それに加えて美以を始めとした南蛮兵も……食うな。食うよな。

 しみじみ思う。蜀ってよく食費の維持が出来るなぁと。いつもお疲れ様です軍師様。

 

「はぁ……こうして料理の手伝いしてるからこそ思うけど、みんなも料理くらい覚えたほうがよさそうだよな。いっつも流琉に頼りっぱなしじゃあ、いざって時に……既に大変だったなぁ……」

 

 独り言の途中で何処ともとれぬ方向を眺めた。

 壁があるだけだったが、遠い目をする時というのはそういうものなんだと思う。

 華琳の下に居るためか、魏将はなかなかに味にうるさかったりする。季衣もあれで結構、なんでもかんでも食べるイメージはあるものの、流琉の料理をいつも食べている所為か舌が肥えている。

 今回の蜀への用事には季衣も流琉も一緒に出たからいいものの、もし流琉だけが華琳と一緒に蜀に行っていたらと思うと…………あ、いや、大丈夫……だよな? いつか流琉が魏の傍の下に来るまでは、普通に過ごしてたんだし。

 

「っと、今はそれより手伝いだっ」

 

 思考を切り替えて行動再開。

 凝った料理については、華琳が戻ってきてから話し合おう。

 

……。

 

 過ぎてみればあっと言う間ということもなく、調理作業は続いた。

 材料が無くなれば走り、街のみんなに話を通し、アニキさんたちにまで協力を仰ぎ、それはある意味で許昌全体での作業に到った。

 結局全ての作業が終わったのは空も白む頃であり、へとへとになって中庭にへたりこむ俺達の前には、綺麗に並べられた料理の数々。

 そう。

 仕切り直しとでも言えばいいのか、今回もまた立食パーティー形式だった。並べられた長い卓にところ狭しと置かれた料理の数々が、訪れる人や既に居る人がどれほど食べるのかを物語っている。

 

「うへぇぁ……何日か分の忙しさを纏めて味わった気分だぜ……」

「ア、アニキぃい……」

「つ、疲れたんだな……」

 

 アニキさんも料理人のみんなも、ぐったりへとへと状態。

 祭さんも紫苑も普段はここまで作ることはないのか、ひと仕事を終えたって顔で溜め息を吐いていて、朱里と雛里は目を回して背中合わせに座り込んでいる。

 その一方で、結構平気そうな顔をして料理のチェックをしている流琉はさすがとしか言いようがない。普段から季衣が食べる量や、頼まれればサッと振るえる腕を持つ彼女は、これくらいでは疲れ果てるなんてことはないらしい。料理人の鑑……と言えるのだろうか。少し複雑だ。

 

「ふぅむ……これだけの量を捌くと、さすがにくたびれるのぅ」

「子供に振る舞う量どころの騒ぎではないものね……」

「祭さんも紫苑もお疲れ様。水もらってきたから、よかったら」

 

 二人並んで立ち、料理で埋められた景色を見ていた祭さんと紫苑に、どうぞと水を差し出す。二人は差し出されたそれをスッと受け取ると、紫苑はにこりと笑んで感謝。一方の祭さんは少しつまらなそうな顔をした。

 その時点で来る言葉など読めていたので、

 

「むぅ……───さ」

「ちなみに酒はありません」

「まだ“さ”しか言っておらんだろう……」

 

 キッパリ言ってみれば図星だったらしく、祭さんは余計につまらなそうな顔をした。

 けれどグイっと水を呷ると、「まあ、これはこれで悪くはないが」と薄い笑顔。

 

「うふふっ、まあまあ。今お酒を呑んだら潰れてしまうわよ」

「紫苑よ、疲れた時に飲む酒の美味さはお主も知っておるだろうが」

「疲れたならいつでも飲んでいいわけではないでしょう? そもそもわたくしたちよりもたくさん動いた流琉ちゃんが、ああして料理の数を調べているのに、わたくしたちだけお酒を呑むなんて出来るの?」

「……むうっ」

 

 紫苑が言う通り、流琉は今も料理のチェックをしていた。

 前までの会合でも料理担当をしていたんだろう、誰がどれくらい食べるか、何が好きかは頭の中に入っているんだと思う。

 真剣な眼差しで料理たちを睨み、やがて……調べ終えたんだろうか。がっくりと項垂れるように安堵の息を吐くと、その場にぽてりと座り込んでしまった。慌てて駆け寄ってみると、やっぱり安堵から力が抜けたようで、眠たげな目が俺を見上げていた。

 

「あはは……さすがにこの量は疲れました……」

「お疲れ様。ごめんな、任せっきりになっちゃって」

「あ、いえ、兄様が手伝ってくれたお陰で、料理に集中できましたしっ……任せっきりなんかじゃないです、本当に助かりました」

「………」

 

 いい娘だ……。

 思わず無言で頭を撫でてしまう。

 

「なんじゃ、頭を撫でる癖はどこへ行っても直らんか」

「はうっ!?」

 

 それがほぼ無意識というか、自然な動きだったものだから、周囲の視線なんてまるで考えなかった。見れば祭さんは少し呆れたような顔で溜め息を吐き、紫苑は頬に手を当てて笑み、アニキさんたちや料理人たちは肩を震わせ笑っていた。

 ……ええい笑いたければ笑え、自然な行為に悪意も恥ずべき心境もない筈だ! ごめんなさいそれでもやっぱり恥ずかしい!

 

「隊長、そろそろ───」

「う……そうだな。それじゃあ流琉、祭さん、紫苑、朱里……と雛里は、寝ちゃってるか。えと、俺これから警邏だから、これで抜けるね」

「えぇっ!? こ、これから……ですか!?」

「騒がしいときほど、別の騒ぎを起こしたがる輩が居るもんだからね。こればっかりは手を抜けない」

 

 正直、少しくらい眠りたい心境ではあるものの……これも仕事だ、頑張ろう。

 両の頬を両の手でばしんと叩くと気合を込めてから歩く。ぽかんとしている流琉に、「流琉も休んでおけよ~」と軽く笑いながら言って。

 

「華雄はどうする? 俺としては手伝ってもらえると嬉しいけど」

「特にやることもなければ眠いわけでもない……うむ、付き合おう。三国に下ったのだから、乞われて断る理由もない。ふふふ、暴れる者が居るならば、我が金剛爆斧で───」

「始末しちゃだめだからね!?」

「やれやれ……」

 

 思春に溜め息を吐かれながら、眠い頭を軽く振るって中庭をあとにする───前に、祭さんたちを部屋へ案内する。料理を作るためとはいえ、客人には変わりは無いのだから、みんなが到着するまでは存分に休んでいてもらおう。来て早々にこんなことになるなんて、正直予想もしてなかった。

 しかしそうなると眠っている朱里と雛里はどうしたものかと考えるわけで……さすがに二人同時は難しい。一人を背負って一人をお姫様抱っこ? 難度高いだろ。と思っていると、誰が言うでもなく紫苑が朱里を抱え、祭さんが雛里を抱えた。

 ……そうだよな、誰が誰をじゃなくて、俺しか居ないわけじゃないんだから頼ればいいん───……だ?

 

「…………あのー、祭さん? どうして俺の背中に雛里を押し付けるんでしょうか」

「男ならばしのごの言わず、女の一人や二人、率先して運んでみせんか」

「いや、それって祭さんが楽したいだけなんじゃ───い、いえ! 運びます! 運びますとも!」

「おう。いい返事じゃ」

 

 抵抗して落としてしまうわけにもいかず、背に手を回して雛里を負ぶりながら振り向いた先にじとりと睨む祭さん。……了解するしかなかった。

 盛大なる溜め息とともに雛里を背負い直す俺に対し、祭さんは腰に手を当てながら楽しそうに笑うだけだった。


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