真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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三国落着編
65:三国連合/宴の中の騒がしさ①


110/お祭り騒ぎ

 

 祭り。

 この騒ぎを一言で纏めるのなら、きっとこれほど的を射ている言葉は無いだろう。

 各国のほぼ全ての将、そして王が揃い、騒いでいる。

 かつての世では想像も出来なかった状況だ。

 生きるために行動するだけで精一杯で、想像出来た未来なんて敵を蹴落とした先に立っている自分たちだけだ。

 まさか、こうして皆が一堂に会して笑える日が来るとは。

 言ってしまえば前回の会合の時も、俺が消えた日にだって笑顔はあっただろうけど……ここまでの賑やかさは無かったと言える。

 

「北郷隊長、この料理は───」

「ああっ、悪いっ、あっちのテーブ……もといっ、卓に置いてくれ!」

「はっ」

 

 そんな笑顔を絶やさぬために、すっかり雑用担当みたいになっている北郷警備隊はといえば、言葉通りに雑用と言う名の配膳係りをしていた。

 大食らいが多すぎるのだ。用意していた料理だけではまるで足りなかったために、こうして走り回る破目に陥っていた。街でも城でもこんな感じだよな……最近の警備隊。

 

「あの……北郷隊長……」

「いや……言いたいことはなんとなくわかる。わかるからこそ、何も言わずに頑張ろう……」

「いえ、しかし……あの。自分たち……警備隊……ですよね……」

「ああ……警備隊……だよな……」

「………」

「………」

『……はぁあ……』

 

 兵と一緒に溜め息を吐いた。

 向かい合う二人の手には料理の皿。

 お互いに苦笑した後にはその苦笑を笑顔に変えて、二人して笑った。

 そうだ、警備隊。守るのはなにも人の身や街の平和だけではなく……誰かの笑顔も。

 そう思えばこうして走り回るのも悪くはなく、そのお陰で誰かが笑っているのならそれでいいのだ。そんなことをすぐに考えられるくらいには、俺達も平和ってものに慣れることが出来たのだろう。

 交わす言葉は特に無く、二人して別の方向へと走った。

 それからはひたすらに料理を運び、空いているものは片付け、食材と格闘する流琉や料理人のみんなに差し入れをしたりと、落ち着きなんてものは相変わらず存在しない。

 一緒に来た季衣やシャオたちは準備の慌しさを見るや、何か指示を出される前にとっとと逃げ出す始末だし……流琉はいい娘だなぁ。……っと、頷いてないで仕事だ仕事。

 と、出来上がったばかりの料理が盛られた皿を手に、踵を返したところで少しフラついてしまった。…………寝不足だな。あとで少し休憩を取ろう。せっかくの会合の最中なのに倒れました~なんてシャレにならない。

 ……うん、休む。休むぞ。ただし、休むまでは全力だ。

 

「あっと。流琉、悪いんだけど点心が出来たら、蒸篭に多めに詰めてもらっていいか? 季衣が鈴々と大食い対決する~とかでさ」

「大食い……って……もうっ、手伝いもしないくせに注文ばっかり一丁前なんだからっ」

「お祭り騒ぎならではだよ。俺も手伝うからさ」

「お祭りだからではなく、季衣のはいつもですっ」

「あははははは……はぁ……」

 

 違いない。

 小声でそう呟いて、とりあえずは運べるものを運ぶと、眠気を吹き飛ばすためにも駆け足で厨房に戻り、流琉を手伝うために釜戸の前へ。

 正直、料理の腕は普通の域を脱しない俺だから、味付け等は絶対に担当出来ない。

 なので集中し、流琉の言葉に即座に反応できる自分をイメージしてゆく。

 

「あの、兄様」

「任せとけっ!」

「いえ、あの、まだ何も言ってませんけど……」

 

 歯まで輝かせた(つもり)で身構えてみせると、さすがに苦笑で返された。

 うん……なんかごめん。寝不足で少しテンションがおかしいんだ。

 

「それでえっと、どうかしたのか?」

「はい。兄様は食材を切ることに専念してもらっていいでしょうか」

「食材を?」

 

 どうして……って訊くまでもないか。味付けがダメならせめて仕込みを、だな。

 すぐに理解に至れば、二つ返事で十分だ。

 早速言われた通りの切り方で食材を切り刻み、早速切り方を注意され、そこから学ぶことになる。

 しかしまあ、なんだろう。こういうことでも鍛錬と同じく、注意されたことをきちんとこなせばそれなりのことが出来るというもので、食材を切り終える頃には多少のスキルを手に入れられたと思う。…………全てを切り終えてから得られても意味がないと、今は叫びたい気分ではあるのだが。

 いや、次に活かせばいいんだよな。無駄なんかじゃない、無駄なんかじゃ。

 ただ……活かす機会が訪れたとして、この腕がそのスキルを覚えていてくれているかがとてもとても不安なわけで。そういうことが身に着いていてくれるのなら、きっと調理の方も普通の域くらい脱していられたんじゃないかと、どうしても思ってしまう。

 

「うーん……親父のところで多少は勉強したつもりだったんだけどなぁ」

「むしろ勉強したからこそ、指示を受けただけで出来るようになったんですよ。出来ない人は本当に出来ませんから」

 

 刻んで山になっている食材を見ての言葉に、なるほど確かにと頷いた。

 なにせ“料理を普通にしか出来ない人”が自分なのだから、思わず苦笑が漏れるほどに“なるほど”と納得せざるをえない。えないんだけど……こうなると料理の腕もあげたくなるのは、基本が負けず嫌いな男の意地だろうか。

 

(じいちゃんの下で真面目に鍛錬するようになる前は、事なかれ主義の意識が強かったんだけどな)

 

 それを言うならこの世界に来る前まで……か?

 そもそもみんなと別れることになる前までは、じいちゃんの下で自分を磨こうなんて思いもしなかったわけだし。そんな意識が祭さんや雪蓮との鍛錬を通して強くなって、鈴々や焔耶とぶつかることで余計に強まって……で、今に至ると。

 こんな意識が無ければ、鍛錬の中で華雄や霞や春蘭相手に“やるなら全力だ”なんて考え、思い浮かびもしなかっただろうなぁ。だって、あったらあったで実力が伴わなすぎてコテンパンにノされるだけだもん。……コテンパンなんて言葉、久しぶりに使ったな。

 

「っと、他にやることってあるか?」

 

 考え事を中断して、そんな俺をよそに絶えず手を動かしていた流琉に問う。

 火の前で汗をかく流琉は、せっかくの宴の前だというのに楽しそうで、なんというかうん……ああ、料理人だなぁと思わせてくれた。友達に季衣って存在がなければ、そこに“作り甲斐”ってものを見い出せたかどうか、疑問ではあるけれど。

 美味しいって言って食べてくれる人が居てこそだよな、やっぱり。

 

「あ、いえっ、こっちはしばらく大丈夫そうなので、他を当たってみてくださいっ」

「そっか」

 

 そう言うならと、調理を続ける流琉から意識を逸らし、厨房をぐるりと見渡せば……やっぱり戦場なままのそこがあった。どれほどの速度でモノを食べれば、こんなに料理が必要になるのか。ドタバタとはさすがに行動しないものの、焦りってものを顔に貼り付けた警備隊の兵や女給さんがひっきりなしに料理を運んでいる。

 足りないものがあれば注文し、それを流琉が作る。

 それを繰り返すうちに流琉の目はぐるぐると回ってきて、見ているこっちが辛くなるほどだった。食べるだけの人って、ある意味幸せだよなぁ……。

 

「流琉、とりあえず水飲んで。火の前でずっと働きっぱなしなんだ、こまめに水分取らないと」

「あ、は、はいっ……すみません、兄様……」

 

 丁度料理を皿に移し終えたところで水を差し出すと、感謝の言葉とともに一気飲み。

 にっこり笑顔で器を俺に返すと、再び料理に取り掛かった。

 

「………」

 

 下ごしらえがあるからって、すぐになんでもパパーっと出来るわけじゃない。

 現に、俺が食材を切ることになるくらい、予想を上回った料理の数が必要になっている。なんとか支えてあげたいところだけど、料理方面で俺に出来ることは……あまりにも僅かすぎた。

 増援を求めようにも、祭さんや紫苑は既に酔っ払ってるだろうし……流琉クラスの料理の腕じゃないと、みんな喜びそうにないし……ああもう、みんな食い気ばっかりのくせに無駄に舌が肥えてらっしゃるから、なおさらに性質が悪い。

 周りがそうならせめて自分だけはと思うものの───

 

「あ、いたいた。ちょっと一刀~、こんなところでなにやってるのよー」

 

 ───その周りというか周囲が、“自分だけは”を中々許してくれないのだ。

 ひょこりと厨房に顔を出したのは雪蓮で、俺を見つけるなり少し口を尖らせての言葉。

 その割りに、それだけを言うと笑顔になって俺の腕をワッシと掴んで歩こうとする。

 

「ちょ、待った待った雪蓮っ、急になにっ!」

 

 しかし引っ張られた俺はといえば、雪蓮の急な行動なんて今さらだとは思うものの流琉のことが気になるから、ここで振り回されるのは御免なわけで。なにがしたいのかを訊いてみれば、答えはあっさりと返ってきた。

 

「宴を盛り上げるために一刀の腕を見せて欲しいのよ。もちろん相手は私で」

「どれだけの速度で娯楽を求めればそんな結果になるんだよ!」

 

 思わず本気でツッコんでいた。

 にっこり笑顔な口から発せられる言葉と吐息からは、もはや酒の香りしかしない。

 そのくせ顔はまだまだ余裕だ。

 余裕だからこそ、こうしてわざわざ俺を探しに来たんだろうけどさ。

 

「ほらほら戻って。会合で宴なんだから、王が席を外しちゃダメだろ」

「平気平気。だって私、家督を蓮華に譲るつもりだし」

「そうだとしても今は雪蓮が王なんだから、しゃきっとするっ」

「なによー、一刀までそんな、冥琳みたいなこと言うことないでしょー?」

 

 どうやら既に言われていたらしい。

 わかる、わかるよ冥琳。こんな王を見れば、たとえ関係者じゃなくても言いたくなるよな。

 

「とにかく戻る。あ、ところで雪蓮、季衣と鈴々って今どうしてる?」

「? ああ、あのコたちね。“点心が来ないから他の料理で勝負なのだー”とか言って、他の料理を食べ荒らしてるけど」

 

 ……がらんっ、とお玉が転がる音がした。

 振り向いてみれば、中身を皿に移し終えた中華鍋に、お玉を落としてしまったらしい流琉の姿が。

 作るのが点心だけって限定していれば、まだ作業も一定で済んだのに……。

 

「……雪蓮、料理得意だったりする?」

「食べる専門だけど?」

 

 そんなことで胸を張らないでほしかった。

 

「それより一刀はこっち。宴をきちんと盛り上げなさいって」

「だ、だから今はそれどころじゃなくてっ」

 

 掴んだままの腕をぐいと引っ張る彼女に抵抗をするが……悲しいかな、腕力で勝てない俺が居た。うう……強くなりたい……。

 

「そうそう、流琉ももう宴に戻って頂戴? さすがにずっと調理当番させておくわけにはいかないから」

「え? で、ですが」

「なんのために料理出来る者を先に寄越したと思ってるの。大丈夫大丈夫、それが仕事だし、むしろそれが出来ないなら流琉が仕事を奪うことになるんだから」

「あ……」

「うぐっ……なんか耳が痛い……」

 

 いつか華琳に言われたようなことを雪蓮が言った。

 そう言われては流琉もさすがになにも言えず、「それでしたら」と素直に同行。

 厨房のことは他の料理人さんたちに任せて、雪蓮とともに宴の場へと向かう。

 ───向かうんだが……

 

「あの……雪蓮? 俺も警備隊長って手前、みんなが頑張ってるのに一人で燥ぐのは……」

 

 俺自身は妙な罪悪感に囚われていた。

 一応言葉を放つのと一緒に雪蓮の手から逃れようとはするのだが、ぎゅうっと握られた腕が解放されるなんてことはない。むしろ抵抗することで余計にぎゅっと握られてしまい、逃れる術を自ら潰してしまった。俺の馬鹿……。

 

「んー……前の宴の時みたいに、残りものでいいなら騒いで良しって条件をつけるとか」

「この調子だと残りそうにないって思うのは俺だけか?」

「いえ、兄様……私もそう思います……」

 

 流琉と一緒に苦笑とともに溜め息を吐く……と、厨房を出るところまで歩いた際に秋蘭と擦れ違う。

 

「あれ? 秋蘭? どうかしたか? ───あ、もしかして酒が足りないとか?」

「いや、料理人の腕が足りていないのではないかとな。準備を手伝ってやれなかったのだから、せめて今くらいはと来たのだが」

 

 ちらりと雪蓮と目を合わせる秋蘭。

 その雪蓮の手が俺の腕を掴み、先に歩いているところを見て、おおよその状況は把握したらしい。小さく目を伏せて笑うと、流琉の背をポンと押した。

 

「秋蘭さまっ?」

「あとは私が預かろう。心配するな、華琳さまからの許可は頂いている」

「華琳が?」

「将の皆にな、一品ずつ料理を作らせよ、とのことだ。いくら料理が上手いからといって、流琉ばかりに作らせるというのもな」

「なるほど……って秋蘭? その話だと、いずれは春蘭が……」

 

 いつかの杏仁豆腐を思い出すのと同時に、つうっと嫌な汗が頬を伝う。

 そんな俺の反応に、秋蘭はただ目を伏せて俺の肩を叩くだけだった。

 しかしそれは“全てを俺に押し付けるような顔”ではなく、まるで“お前は一人じゃない”と言っているかのような顔だった。

 ……うん、つまりはその……うん。この宴に居る人全てが道連れということでよろしいのでしょうか、秋蘭さん。

 

「ちなみに料理の腕は……」

「前回の会合以降、作らせていない」

「だよね……」

 

 俺と秋蘭の話を聞いていた雪蓮も流琉も、俯くほかなかった。


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