真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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65:三国連合/宴の中の騒がしさ②

 そんなこんなで各国の各将が作る一品料理大会がいつの間にか始まった。

 流琉の料理は言うまでもなく満点。

 次ぐ秋蘭の料理も文句の付け所が無いほどに美味く、確かにこれは準備を手伝ってもらえなかったのが残念なくらいの味だった。

 いつか玉座の間でやった、飲めや歌えの大宴会の時にも味わった味だけど、思わずホゥ……と暖かな溜め息を吐いてしまう味。思えばあの時だったっけ、立食パーティーの話をしたのは。まあ、勝手に玉座の間を使った罰として、夜通しの片づけを命じられたのは、今となってはいい思い出だな。楽しかったし。

 

「ていうかさ……どうしてみんな、最初は必ず俺に一口食わせるのさ……」

「それはもちろん毒───味見ですよー、お兄さん」

「あの、風? 今絶対に“毒見”って言おうとしたよな?」

 

 俺の質問なぞ右から左へ。

 どうしてか作る人作る人がまず俺の前に料理を持ってくる。

 王を差し置いてこれはどうなんだと言ってみれば、

 

「構わないわ。あなたが先に食べなさい」

 

 きっぱりと仰る華琳さん。

 桃香に訊いても雪蓮に訊いても返ってくる言葉など似たようなもので、むしろ桃香は是非にとばかりに俺に勧めた。そんなことがあってから少し経った現在、俺は愛紗が作ってくれた“炒飯?”を見下ろしているわけだが……あの。なんで炒飯から小魚が顔を出しているのでしょうか。炒飯だよな、これ。魚が顔を出しているだけで、蜀で食べさせられたKAYUを思い出すのですが? え? 俺……また気絶する?

 

「えーと……華琳……?」

「食べなさい。そして、言いたいことはきちんと言うこと。正当な評価以外は認めないわ」

「………」

 

 あの。もしかしたらだけど、それって自分らでは言えない言葉を俺に言わせようとしてるだけだったりする? これは美味しくないとか、これはこうするべきじゃないとか。

 立食パーティーだから王も立っているっていうのに、そんな王をさらに差し置いて俺にだけ用意された卓に座らされ、そこに次々と運ばれる料理の数々。どうやら俺はそれを一口ずつ食べなければいけないらしい。

 ……これってある意味で拷問なんじゃなかろうか。

 言い訳を言って逃げることは出来そうになく、両脇には思春と凪が待機している。

 ……ちなみに、俺が“炒飯?”を食べるのを待っている愛紗の後ろには、自信満々の顔でなにかしらの容器を持っている春蘭が待機している。思い返されるのは秋蘭と季衣をノックアウトしてみせた杏仁豆腐だが……俺、逃げていい? ……はい、逃げられるわけがありませんでしたね。

 

「? 一刀殿、どうされましたか」

「あ、いやえっと、ななななんでもない」

「そうですか。では」

 

 どうぞと、にっこり笑顔で“炒飯?”を食べるように促される。

 知らずに喉がごくりと鳴り、手足が震え、香りを嗅ぐだけでも汗がだらだらと溢れ出てくるこれは、果たして料理と言えるのだろうか。だが男ならば女性の手料理はきちんと食わねば……いや、もちろん一口って意味で。

 う、宴用に作ったんだもんなぁ、俺だけが食ったらあんまりだよな? なっ!?

 

「い、いた、だ……きます……」

「………」

 

 俺の覚悟が決まる頃、愛紗の喉がごくりと動く。そして俺の喉も、いただきますを唱えることを止めようと頑張ってくれた。どの道逃げられないので根性で言うが。

 震える手で持つレンゲでざくりと“炒飯?”を掬い、途端に香る生臭さに「ウッ……!」と声が漏れそうになるのをなんとか堪え、一度だけ“神様……”と何かに祈ってから───ついにハモリと一気に食べる!

 

「───…………」

「……か、一刀殿?」

 

 目の前が真っ白になった。

 なのに耳は音を拾う。

 視界はどこもかしこも白で埋め尽くされていた。

 ハテ……これはいったいどうしたことだろう。

 疑問に思っていると、どこからか大きな鐘の音が聞こえてきて、なんとなく空から聞こえてきたような気がして、白の視界のままに見上げてみると───白でいっぱいの空から、布のようなものに身を包んだ翼を生やした少年数人が降りてきた。

 何故かラッパのようなものを片手にし、残った片手で俺の体を引っ張る。すると驚くくらいに容易く体が持ち上がって、まるで羽毛にでもなったかのように俺の体が宙に浮かぶ。

 何が起きているのかなんて気にするって思考すら働かぬままに、やがて俺は───

 

(なんだろう……体が軽い……。すごい爽やかな気分だ……。いろんなものから解放されたみたいな……)

 

 どうか連れて行ってくれ。俺を、この真っ白な空の果てまで。

 そこで俺は───……俺は……

 

「あだぁっ!? ───……あ、あれっ!? 俺っ……今……あ、あれぇ……?」

 

 急に脇腹に走った痛みにガバッと顔を持ち上げた。

 すると、卓を挟んだ目の前に慌てている愛紗。それに、俺の隣で長い長い安堵にも似た息を吐く凪と思春。どうやら俺は卓に顔から突っ伏していたようで───って……あれ? 俺……もしかして倒れてた? むしろ何処かへ連れていかれそうになってた? ……お花畑どころかお迎えが先に来たよ。危なかった。

 

「はぁ……秋蘭、愛紗の料理を下げさせなさい」

「御意」

 

 ふう、と冷や汗を拭う俺をよそに、華琳が目を伏せながら言う。

 愛紗はといえば……下げられる料理を口惜しそうに眺め、追おうとするも華琳に呼び止められた。

 

「愛紗、あなたはここに居る間にもっと料理の腕を磨くこと。いい機会だから料理が出来ない者に“調理”というものを教えてあげるわ」

「なっ……い、いやしかしっ……」

「あら。人を気絶させておいて、何か言いたいことでもあるのかしら?」

「はぐぅっ!?」

 

 呼び止められてからの言葉は全てが正論すぎて、愛紗は“ぐぅ”の音も……ああいや、代わりに“はぐぅ”なら吐いたけど、ともかく反論出来なくなっていた。

 

「皆にもここで言っておくわ。料理の出来ないものはきちんと作れるようになりなさい。食べてばかりだった者も、そうすることで食に対する意識が変わってくるでしょうから」

「うーん……料理かぁ……えと、華琳さんが教えてくれるの?」

「ええ。本人にやる気があるのならね」

「は、はい華琳さま! 私、今すぐにでも覚えます! な、なのでっ!」

 

 桃香の質問に答える華琳のすぐ傍で、挙手をしてまで自己をアピール。二人っきりで教えてほしいと体全体で示す我が国の軍師さまが居た。

 

「良い心掛けね。では最初の試験を与えるわ。一刀に料理を作り、美味しいと言わせてみせなさい。それが出来たのなら有資格者として認めてあげましょう」

「えぇっ!? ほ、北郷に……私が!?」

 

 この世の終わりのような顔をされた。小声で「毒を盛るだけなら喜んでするのに」とか聞こえたが聞こえないフリをした。アア、周囲がとっても賑やかだナー。

 これぞお祭り騒ぎって感じで、大変良いことなんだが……

 

「さあ食え!」

 

 ……どうして俺の前には、春蘭特製の杏仁豆腐があるんだろうか……つーかこれ杏仁豆腐っていうよりもフルーツポンチだろ……フルーツ無いけどさ。

 そういえば杏仁豆腐って中国じゃあ薬膳料理らしいね。

 郷愁と呼べるのかは別として、元の世界で急に杏仁豆腐が食べたくなって、調べてみたら薬膳料理だと書いてあった。

 

(どうして俺は、その薬膳料理を前に気絶する覚悟を決めなければならないのだろうか)

 

 いや、気絶で済むならいい。

 もし再びヘヴンズドアーを開いてしまえば、今度こそ戻ってこれないかも……って、料理でさすがにそれはないよな。それに春蘭だって同じ轍はそうそう踏まないはず。ただでさえ酔っ払って猫化までして謝罪してきてくれたかつての料理。これ……逆に期待出来るんじゃないか? ほら、春蘭だって自信満々だし。

 なんだ、心配することなかったじゃないか。

 

「いただきます」

 

 自分の思考回路が自分の心の緊張を解いてくれた。

 そうなれば、今度は逆にウキウキとしてくるというもので、春蘭の腕が何処まで上がったのかを確かめるように、パクリと杏仁豆腐を口にした。───途端に思い出される、“あれから作らせていない”という秋蘭の言葉。

 そして訪れる真っ暗な世界。

 あ、あれ? さっきまでみんなと一緒に宴の席に居たはずなのに、何処だここ。

 えぇと……あのー、なんで俺の足元からフードのようなものを被った骸骨が出てきなさっているのでしょうか。そしてその手に持つ物騒な鎌はなんですか? え? いやちょっと待って!? え!? もしかして俺、また倒れた!? さっきのが天使ならこれ死神!? まままぁーままま待った待った待って待った待ってくれぇえーっ!! たたた助けて! 助けて華琳! みんな! 誰かぁああっ!!

 

「ふぐぅっ!?」

 

 再び脇腹への痛みで目が覚めた。

 ビクンッと痙攣して夢から覚めるように、ハッと気づけば宴の席。

 …………天国の扉どころかヘルズドアー開いてたよ。

 

「ど、どうだっ」

 

 そして、気絶して本気の涙まで流している相手に良し悪しを訊ねるこの大剣さまに、俺はなにを言うべきだろう。

 ああいや、言うことなんて決まっている。

 武や学が日々の積み重ねだというのなら、食ももちろんそうだと言える。

 ならば練磨の機会を奪う言葉は“ため”にはならないのだ。

 

「……お願いだから、料理をするなら“味見”をしてください……!」

 

 言っている途中で、さらにさらにと溜まっていた涙がこぼれてしまい、さらには敬語になってしまうくらい切実な願いであった。しかし春蘭は「なにを言う! 出来たものは一番に相手に食わせるものだと聞いたぞ!」とか言い出す始末で。

 食べさせるのはいいけど、きちんと美味しいものを食べさせてください。

 最初からこれじゃあ、宴の最中だっていうのに自分の命が心配になってきたよ。

 などと自分の一歩先の未来を考えて空を仰ぐ俺に、「心配いらないわよ。一番ひどいのを一番に持ってきたのだから」と仰る華琳さま。……今の世に激辛マニアがあるのなら、彼女にこそ食わせたいと心の隅で思ってしまった。

 

「華琳は食べないのか?」

「気絶するようなものを食べる必要なんてないでしょう?」

「だったら俺が食う前に味見なりなんなりさせよう!? つか、春蘭もなんであんなに自信満々だったんだよ!」

「味付けを変えてみたんだ! どうだ! 美味かっただろう!」

「………」

 

 目の前で輝く笑顔を見せる大剣さまに、俺は両腕で×を作ってみせた。

 途端に「なんだとぅ!?」と騒ぎ出した瞬間、後ろに居た霞が羽交い絞めにし、すかさず俺が杏仁豆腐を口に突っ込むと、ぐしゃりと膝から崩れ落ちて動かなくなった。

 魏が誇る大剣が、杏仁豆腐の前に敗れ去った瞬間だった。

 

「………」

「………」

「………」

「あの……華琳……」

「えぇ、と……そ、そうね。皆、一刀に食べさせる前に一度味見をなさい。さすがに宴の席で医者を呼ぶことだけは避けたいわ」

「もっと早く聞きたかったよ、その言葉……」

 

 一応この宴には華佗も参加してくれてはいるが、そんな心配を胸に宴を続けるなんてことはしたくない。宴ってもっと純粋に楽しむものなんだろうし。……楽しむものだよな? 前回も覗きまがいのことして追われたり戦わされたりといろいろ散々だったけど、宴って楽しむものだよ…………な? あれ? 思い返せば返すほど心に緊張が走るのはどうしてだろう。

 

(……だ、大丈夫大丈夫)

 

 言いつつも胸をノックして覚悟を決める自分の未来を考えて、少し泣きたくなった。

 

……。

 

 さて。

 みんなが作ってくれた料理をひと掬いずつ口にして、それだけでお腹が大分満たされてしまった現在。実際に愛紗や春蘭ほどひどい人はおらず───といけばよかったんだが、三国の王が料理を振る舞うってとんでもない状況の中、蜀の王が味見の段階で昇天した。

 これにはさすがに場が騒然となり、まさか食材に毒が───なんて疑惑が浮上したものの、鈴々がきっぱりと「お姉ちゃんの料理が美味しくないだけなのだ」と言っただけで場は静まり、その腕を知る者達は一瞬にして落ち着きを取り戻していた。今は華佗が見てくれているから、すぐに良くなるだろう。

 

「料理は人を笑顔にするって、以前季衣や流琉と話してたのになぁ……」

「程度にもよるってことでしょ? それより一刀、私も作ったから食べて食べてー♪」

 

 独り言を拾いながら皿を出すのは呉王さま。

 その皿には…………酒のつまみが乗っていた。

 なるほど、一応乾物でそのまま食べるものではなく、調理が必要なものらしい。

 これならばと摘み、差し出された酒と一緒に飲んでみれば、確かに刺激される“美味い”という味覚。思わず顔を綻ばせると雪蓮も気分を良くしたのか、いつか華琳がやったように俺の手から酒をひったくると飲み干した。

 

「ん~、おいしっ」

「差し出しておいてひったくるなよ……」

「えー? いいじゃないべつに。私はこうやってお酒が飲みたかったんだもん」

「冥琳が見たら、王としての自覚が足りんとか言いそうだぞ」

「とっくに諦めてるでしょ」

「それは王の言葉としてどうなんだ……?」

 

 ちらりと離れた場所に立ち、穏と話をしている冥琳を見やる。と、視線に気づいたのか彼女も俺を見て、その前に立つ雪蓮を見るとズカズカと歩いてくる。

 

「北郷、腹は無事か?」

「いやちょっ……冥琳、第一声がそれって……」

「失礼ねー、ちゃんと味見だってしたわよ。美味しかったし」

「勘任せに適当な味付けをするのを横で見ていれば、心配にもなるというものだろう」

「心配だったなら是非止めてほしかったけど……でも、冥琳のは文句無く美味かったね」

「そうか。それはなによりだ」

 

 穏やかに笑みを浮かべる冥琳は、なんというかえーと……嬉しそうって取っていいんだろうか、これは。そんな彼女がふむと小さく頷いて、雪蓮が作ったつまみを摘み、口に含む。途端に雪蓮が「あっ」なんてこぼしたのがやけに耳に残った。それ以上に、「げふぅっ!?」と咳き込んだ冥琳の反応が目に焼きついたけど。

 

「…………」

「あ、あははー……や、ほら、だってさ、普通に作ったんじゃ面白くないし、なにかひとつだけでもおかしな味が混ざってたほうがお祭り的にはいいんじゃないかなーって、わ、ちょ、ふぎゃんっ!? たっ……いったぁーい!! ちょっと冥琳! こんな場で殴ることないでしょー!?」

 

 「一国の王になんてことするのよー!」と続ける雪蓮は、目に涙を滲ませながら両手で拳骨をくらった頭を押さえていた。しかしそんな王の講義も何処吹く風、冥琳は逆にギロリと……ではなく、余裕の表情で軽く睨んで返すと、力を抜いたような声で静かに返した。

 

「ほう? それは妙なことを聞いたな。お前は蓮華さまに家督を譲ると聞いていたが? それを今日この場で皆に伝え、自分は隠居すると。それともお前は、伝えるまでは自分は王なのだからと女々しくのたまうつもりか?」

「だ、だって実際そーじゃないのー! ていうかその理屈だと、隠居したら私のこと殴り放題みたいになるじゃない!」

「そうか。ならばこう返そう。お前がまだ自分を王であると言うのなら、王を正しきに導く手助けをするのは軍師の務めだ。殴ってでも正しきに導いてなにが悪い」

「うわっ、開き直ったっ! 悪いわよぅ! 痛いじゃない! 正しきに導くなら、殴る前にまずは言葉で───」

「いや、言葉で言ったところで“聞こえな~い”って右から左へじゃないか、雪蓮は」

「あーっ! ああーっ! 一刀裏切ったーっ!」

「裏切ってるのはいっつも雪蓮だろ! 呉でこんな揉め事が起こるたびになんでもかんでも俺を盾にして!」

「それだっていっつも一刀が口裏合わせてくれないから冥琳にバレるんでしょー!?」

「片棒担がせるくらいならまだしも、全部俺の所為にしようとする王の言う言葉かそれ!」

「…………」

 

 話し合っていたら、いつの間にか冥琳そっちのけで雪蓮と叫び合っていた。

 冥琳はどこかぽかんとしていたが、途中で小さく吹き出すとやっぱり小さく笑い、「困った友人が出来たものだ」とこぼしていた。友人か……なんかくすぐったい。でもあの日、俺と冥琳は確かに友達になった。絵本で結ばれた友情っていうのもちょっと変わった感じがするけど、それでも友情は友情だ。

 むしろ雪蓮っていう知り合いを互いに持っていることと、そんな雪蓮によく振り回されていることを考えれば、俺達は良き友人なのだろう。共通の困りごとを抱えている時点で。

 なんとはなしに手を同時に差し出し、俺と冥琳は握手をしていた。

 言葉は交わさない。

 ただ、互いの目で伝え合う。

 これからもよろしくと。

 

「ふーん……? なんか冥琳と一刀って、通じ合ってるわよねー」

「ふふっ、まあ……氣を分かち合った間柄ではあるな」

「あんな体験、そうそう出来ないだろうね」

 

 言って二人して笑うと、雪蓮がどこか面白くなさそうに口を尖らせる。

 

「むー……言っておくけど、冥琳は私のものだからね?」

「所有物扱いか……」

「ちなみに俺は華琳のものだぞ」

「北郷……お前はそれでいいのか?」

「ん。双方ともに納得済み。俺はそれでいいって思ってるし、華琳はあの性格だし」

「華琳てば欲しいものは手に入れないと気がすまない性質だからねー。まあ、いずれは一刀も私がもらうけど」

 

 なんとなく、もしそうなったとしても逆に華琳が冥琳を奪っていそうな気が……いや、さすがにそれはないか? そもそも俺は誰にも貰われるつもりはないし。

 そんなことを考えていたら自然とおかしな感じに笑みがこぼれ、雪蓮が少しムッとした顔をする。そんな彼女をまあまあと宥めていると、ついに訪れる最後の料理。そう……今宵最後の食を披露するのは我らが魏王にして覇王、曹孟徳だ。

 

「楽しそうね」

「あ、華琳。まあね~♪ 今ね、あなたからどうやって一刀を奪うかを話し合っていたの」

「あらそう。どうとでも好きになさい? 代わりに冥琳を貰うから」

「うわっ、余裕の発言。なに? もしかして一刀に飽きた? 交換でもしたい?」

「奪われても奪いきれないから“所有物”というのよ、雪蓮。それよりもどいてくれないかしら。ずっと私に皿を持たせておくつもり?」

 

 ニヤリと薄い笑みを浮かべる華琳は、なんというか本当に余裕そうだった。

 ただまあ、「ちぇー」とか言いながら俺の正面から移動する雪蓮をよそに、一瞬だけ俺をギロリと睨んできましたが。……ああ、わかってるわかってる……口ではどうと言おうと、気になりはするんだよな……。じゃなきゃ、絶に血を吸わせて証を立てたはずなのに、いつかみたいに怒り出したりなんかしないはずだ。

 大丈夫、俺も少しずつだがオトメゴコロというものを理解していっているつもりだ。

 ……つもりだ。り、理解してるよな? 俺。

 

「それで華琳……これ、俺が最初に食べていいのか?」

「そうでないのなら目の前に置く必要がある? いいから食べなさい」

「そっか。じゃあ───」

 

 目の前に置かれた料理を前にゴクリと喉を鳴らす。

 華琳の料理の腕は折り紙つきだ。

 稀にしか食べる機会が無いが、どれも一級。

 何かを作ってみせれば食べるだけで作り方などを頭の中で構築、自分で作ってみせて、しかも最初に作った人のものよりも美味しくつくってしまう……言っちゃなんだけどバケモノシェフだ。

 そんな華琳の手料理……それも一口目を食えるのだ。

 心していただこう。───と、用意されたレンゲを取って食べようとした時だった。

 

「華琳さまっ! こんな物体に一口目を食べさせたら、後に食べる者が全員孕みます!」

 

 いつもの……もう発作と言ってもいいものが発動。

 人をズビシと指差しての言葉は嫌でも人の目を惹き、料理に目が行っていた将の目はもちろん、世間話をしていた将の目まで惹くことになり、当然のことながら慌てて否定させてもらった。

 

「ひと掬い食べるだけだし別のレンゲで食べるのにどうすればそんな結論が出るんだよ!」

「あんたなら空気接触で孕むわよ!」

「孕んでたまるかぁっ!!」

 

 叫び始めた桂花に、だったらとレンゲで掬った料理をガポリと無理矢理食べさせると、おぞましさに歪んだその顔が───美味しかったのだろう、次第にとろけてゆく。

 これで静かになってくれるだろうと、俺は別のレンゲを手に料理を食べようとするのだが───何故かその料理が、他でもない華琳の手で取り上げられてしまった。

 

「へ? あ、ちょ、華琳? 俺まだ食ってな───」

「ひと掬いずつなのだから、もう一刀の分なんて無いわよ」

「え───えぇええっ!!?」

 

 え、いや、なんで!? 確かにひと掬い食べるだけだしって俺も言ったよ!? でもそのひと掬いは桂花に食べさせたわけで……! あ、余るだろ!? 桂花のひと掬い分が余る筈だって!

 慌ててひと掬いに存在する究極の味を求めるも、華琳はなんだか不機嫌そうだった。それはいつか、自分が一番に綿飴を食べられなかった時のような……いや待て、綿飴関係ないって。え? お、俺なにかした?

 早速オトメゴコロがわからない。いや、これはオトメゴコロとは関係ない……か?

 

「華琳って一刀が相手だと、やっぱり結構隙だらけよね~」

「え……そうかぁ……?」

 

 移動はしたものの、なんでか俺の近くからは離れようとしない雪蓮が言う。

 その顔はどうしようもなくニヤついていた。

 俺にはそのニヤつきの理由がわからない。

 結論。ごめん、やっぱりオトメゴコロってわからないや。

 なんとか落ち着いてもらい、怒った理由を訊こうとしたものの、料理目的の食いしん坊さんたちにあっという間に囲まれてしまう華琳。

 こうなってしまっては、潜り込めば五体満足にはいられないことなど明白。

 仕方なく、場が落ち着くまでを待つことにした。

 


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