真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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65:三国連合/宴の中の騒がしさ④

 酒+桃香の心配は横に置き、世話話を振ってみることにする。

 誰ぞがお酒等を彼女に渡さないよう、ささやかながらも警戒をしつつ。

 

「学校のほうは順調か?」

「うん。街を歩いてる時なんか、子供たちが算数の練習をしてたりして、賑やかだよ~?」

「へぇ……」

「あれから結構生徒さんが増えて、逆に教師のほうが足りないかもって思うくらいだよ」

「そんなにか……」

 

 それは、朱里とか雛里は大変そうだ。

 思い浮かべただけでも“はわあわ”と慌てる二人が容易く浮かぶ。

 ……い、いや、それはそれで見てみたいかもとか思ってないぞ?

 

「うん。朱里ちゃんや雛里ちゃんの提案で、お城とかの管理は若手の人に任せて、私たちは学校や別のことへ集中したほうがいいかもしれないって案も出てるくらい」

「あー……なるほど、それは確かにそうかも」

 

 平和になったのなら、戦への知識に意識を向けることも少なくなった。

 ならば城の管理等は若手さんに任せて、そりゃあもちろん慣れるまでは指示するとしても、段々と慣れていってもらえば、その分他に手を回せる時間が増えるわけだ。

 

「そうして空いた時間に、次はどんなことをするつもりなんだ? あ、もちろんよかったら聞かせてくれるって程度でいいんだけど」

 

 桃香の政務の手伝いをする~とかじゃないよな、さすがに。

 学校に専念するってわけでもないだろうし。

 と考えている俺の横で、当の桃香さんはきょとんとした顔で仰った。

 

「? お兄さんを三国の支柱にするためのことを進める~って言ってたよ?」

「───……エ?」

 

 あれ? ……え?

 

「え……も、もうか!? まだまだ先のことだと思ってたのに!」

「うん。だってもう争う理由もないなら、あとは仲良くなるだけだもん。中心がお兄さんならきっとみんなが手を繋げるし、みんながもっと笑顔で暮らせるようになるよ。私と雪蓮さんの願いが叶うならって、華琳さんも頷いてくれたし」

「ワーイとっくに承諾済み!?」

 

 宅の魏王様はどうしてそういう大事なことを、人を驚かせる材料として隠し持っておくかなぁ! 俺当事者だよね!? 思いっきり中心だよね!? どうしてそれなのにいっつも最後に知らされてるんだ!?

 そりゃあ話がそれっぽい方向に向かっていたってことは、きちんと知らされてはいたけどさ!

 それがここまで進んでいたとか初耳なんですが!? 朱里や雛里もとっくにやる気になっているみたいだし、まさかとは思うけど……もう都も作り始めてるとか……は、はははっ!? ないないっ! それはさすがに───……な、ないよな?

 

(………)

 

 いや。覚悟は決めた筈だろう? 北郷一刀。

 大きすぎる魏への思いは絶に託して、俺は三国のために生きる者となると。

 だったら躊躇も戸惑いも、そう必要じゃないだろう。

 なにより桃香は俺が支柱になることになんの不満も無いといった様子だ。

 一国の王がそうであるのに、俺がそれを拒否するのはおかしい。

 

(……きちんと自分で決めたことだもんな)

 

 俺が再び天から降りてきて、御遣いとして取る行動とはなにか。

 いつか華琳とそんな話をした。

 あの時はまさか、冗談で怒った途端に泣かれるとは思ってもみなかった。

 その瞬間を思い出して小さく笑い、けれど胸にこみあげる思いはノックとともに芯に刻んだ。

 

「はぁ……もっと頑張らないとな」

「え? あ、う、うん……」

「はは、いや、桃香じゃなくて俺がだよ。支柱になるならもっと自分を高めないと」

「あ、そっか。でも……うーん、お兄さんにはあんまり変わってほしくないなー」

「そうなのか?」

「うん。お兄さんはそのままがいいな。やさしくて可笑しくて、目を見て話してくれるままのお兄さんがいい」

「……自分じゃよくわからないな」

「あははっ、うんっ、そんなお兄さんだから、支柱にするならお兄さんがいいって思うんだよ」

 

 ……笑顔で言われても、やっぱりよくわからない。

 けど、桃香は本当に楽しそうに笑んでいたので、それを否定する理由が俺には浮かばなかった。第一心に刻んだ途端に否定するのは、自分の覚悟に対しても失礼ってもんだ。

 

(覚悟か。……じいちゃんも元気にしてる…………だろうなぁ)

 

 あの人は冷静なくせに元気の塊みたいなよく解らない人だから。

 もし帰ることがあるとしたら、一度くらい勝ってみたいな、と───そんなことを思いながら、一層に騒がしくなる宴の席へと桃香に手を引かれるままに突っ込んだ。

 

……。

 

 上限なんて知らないとばかりに騒がしくなる宴の席。

 

「と、桃香ー? 引っ張るのはいいけど、酒の匂いが濃い方はやめようなー……?」

「? うん」

 

 歓迎をするだけにしてはやりすぎといわんばかりの騒ぎの中で、歓迎というよりは絆を深めるための席なんだろうなと頷いてからは、俺も無遠慮に騒いだし燥いだ。

 桃香が酒を奨められれば、横から断って酒も飲んで料理も摘んで、腹がいっぱいであったにもかかわらず動き回って脇腹を痛めたりして、それでも楽しいからと思い切り騒いで。

 

「おー! やれやれ一刀ー!」

「ああ、もうっ……! まだ上手く弾けないっていうのに……!」

「だだだ大丈夫なの、じゃ? ぬぬぬ主様と一緒なら、ごごっごご呉の連中の前でも、ももも……!?」

「……よしよし、まずは落ち着こうな、美羽」

 

 願われるままに、未だに上手く弾けない二胡を手に舞台に上がらされ、緊張でガッチガチになった美羽とともに“歌?”と“演奏?”を披露。逆にそのヘッポコさがウケたようで思い切り笑われたが、まあ……恥ずかしかったからそれは濁そう。

 

「あっははははは! ねーねー一刀ー! もっとー! もっと歌ってー!?」

「くぅっ……! あのへべれけ呉王、人の羞恥を肴に……! こうなったら───」

 

 ならばと天の歌を携帯電話から流れるBGMとともに歌ってみれば、これは好評を得た。

 美羽も練習していたこともあってか、俺と一緒なら元気に歌うことが出来て、その歌声に表情を輝かせた七乃が褒めてるのか貶しているのか微妙なラインの賛辞を送り、美羽が踏ん反り返ったまま歌って舌を噛む。

 

「はいはいはーい! 次! 次沙和が歌いたい! 隊長、交代してー!?」

「へっ!? お前こういうの好きだっけ?」

 

 そんなことが何度と続くと、場は異様な盛り上がりを見せ……いつの間にか喉自慢大会が始まり、歌いたくない者を除いた歌合戦に発展していた。

 

「えへへーっ、一度やってみたかったんだーこれーっ! みんなーっ! 沙和の歌を聴けーっ! なのーっ!」

 

 ノリだけで歌を歌う者や、目立ちたいからとりあえず舞台に上がる者ばかりだが。

 

「おーっほっほっほっほっほ!! さあみなさん? 今からこのっ、わ・た・く」

「聞くまでもないから次」

「ちょっと華琳さん!? まだ歌ってもいないというのにあんまりではありませんの!?」

 

 華琳も歌ったりするのかなーと期待を込めてみれば、まあ予想通りというか、歌わなかったわけで。

 

「歌となればちぃたちの出番ね! 悪いけどこの戦い、圧勝させてもらうんだからっ!」

「いえいえー、いつも歌っている三人に、こんなところでまで歌ってもらうわけにはいきませんよー。というわけで三人は風と一緒にこちらへどうぞー」

「えぇっ!? べ、べつにいいわよっ、こんなところでまででも歌ってあげるからっ!」

 

 今回、数え役萬☆姉妹にはさすがに待機してもらった。

 ノリでもなんでもいいので、普段は出来ないことをみんなに積極的にやってもらうため。

 ここで本職に歌われでもすれば、みんな歌わずに引いてしまう可能性が高いからだ。

 

「おおーっ! 普通に上手いっ!」

「普通に上手いのだ!」

「ああ、普通だな」

「普通以外のなにものでもないな」

「普通普通言うなーっ!!」

 

 白蓮が歌ってみれば、同じく普通であった俺は拍手を送り、鈴々が笑顔で褒め、焔耶があっさりと言い、星が静かに頷いた。反応は見ての通りだ。

 いや……白蓮、普通に出来るっていうのはとても大事なことなんだ。

 それがわかるからこそ惜しみない拍手を送ろう。

 

「二番煎じだけど、たんぽぽの歌を聴けーっ!! ほらほらっ、お姉さまもっ!」

「い、いいよあたしはっ! こんな大勢の前で歌うなんて、出来るわけないだろっ!?」

「へー……じゃあ次はあたいが歌わせてもらうぜっ! いくぜぇ斗詩ぃっ!」

「い、いいよわたしはっ! こんな大勢の前で歌うなんて、出来るわけないでしょっ!?」

「歌わないならシャオにまっかせてー♪」

 

 あとは似た者同士が舞台の上で直接対決を始めたり、シャオが乱入してマイクを奪ったりと、まあ予想はついていたけど……本当に落ち着きがない。

 それでも盛り上がりを見せるのだから、宴っていうものは不思議な場だなと思う。

 

「おまえらー! 今から恋殿が歌ってみせるのです! 静かにするのですー!」

「…………、……?」

「さ、恋殿っ」

「………」

「…………恋殿?」

「あの……恋ちゃん? もしかして、まいくを触ってみたかっただけ……とか?」

「……ん」

「ななな、なんですとぉおーっ!?」

「あはははははっ! せっかく一緒に舞台に上がったんだから、歌いなさいよー!」

「え、詠ちゃん、そんな、笑ったりしたらかわいそうだよ……」

「ぐっ……ここで場を盛り下げるわけにはいかないのです……! ね、ねねの歌を聞くのですーっ!!」

 

 いや……ねね? それ、別に絶対に言わなきゃいけないわけじゃないからな……?

 詠の挑発にあっさりと乗っかるねねだったが、意外や、なかなか歌が上手かった。

 なもんだから一斉に視線を浴びることになり、テンパって後半はぐだぐだ。

 ……そんな様子を見て笑っていた詠に向かって、「だったらおまえが歌ってみるのです!」と言い出すものだからもう大変。

 散々笑った手前、引くに引けなくなった詠が月を連れて舞台へ立ち、そこで歌うのだが。

 これまた中々に上手く、思わず笑顔になっていた俺へと、

 

「こらそこぉ! にやにやしてるんじゃないわよ!」

「えぇっ!? なんで俺!?」

「へぅうっ!? え、詠ちゃん、まいく、まいくっ……!」

 

 恥ずかしさのあまりに目をぐるぐるに回しながら、何故か俺へと罵声を飛ばした。

 当然マイク越しだから声もよく通り、その場に居たにやけていたみんなが一瞬だけ姿勢を正した事実は、なんというか新鮮な一場面だった。

 

「雪蓮、あなたは歌わないの?」

「あっはは、私はいーの。こうしてお酒飲んでる方が楽しいもの。そういう華琳は?」

「聞いているほうが楽しいからいいわ。それより……呉将はあまり積極的に歌おうとしないわね」

「まあね~。我が国の将ながら、お堅い連中ばっかりだもの。小蓮はあの通りだけど。でもそれを言ったら魏もそうじゃないの?」

「あら。恥ずかしがっているだけよ。恥を掻くかもしれないからと、踏み出さないだけね」

「……?」

 

 視線を感じて振り向いてみると、なんだか華琳がやれやれって感じでこちらを見ていた。

 すぐに視線は戻されたけど、次いで隣に居た雪蓮がこちらを見て“あ~なるほど”って頷く。……な、なにごと?

 

「それって華琳にも言えることよね?」

「殴るわよ」

「冗談よ、じょーだん。さっきから冥琳に殴られ続けてるんだから、それは勘弁して」

「まったく……」

「ふははははは! よぅひしゅうら~ん! わらひたちも歌うろ~!!」

「あ、姉者っ、そんな状態で歌など───」

「おぉ~、見ひぇいろ北郷~っ! 今からひゅうらんがぁ……一人で歌を歌うのら~っ!」

「姉者!? 今、“私たちも”と───!」

「よひ行けひゅうらん! 優勝するんら~!」

「あ、姉者……」

 

 一緒に舞台に上がったと思ったら一人だけさっさと降りる春蘭と、一人残された秋蘭。

 しかし上がったからには華琳に恥をかかすものかときっちり歌い、顔を赤くしながらも拍手をされながら舞台を降りた。

 ……ちなみに直後、その彼女が春蘭だけを無理矢理舞台に上げさせて、無理矢理歌わせていたが……見ないでおくのが優しさだろうか。

 加えて言えば、ただの急に始まった歌唱大会だから、当然優勝とか賞品とかはない。

 

「よーっしゃ次はウチらの番やーっ! ほら愛紗に凪、まいく持ちぃ!」

「うあっ、い、いや、私は……っ」

「もう上がっとるんやから観念して歌えばええって~♪ 一刀も見とるし、張り切っていくでーっ!」

「うぅう……! た、隊長ぉお~……」

 

 ないんだが、どうしてここまで盛り上がるのか。

 愛紗と凪の手を“無理矢理”引っ張って舞台に上がった霞が、満面の笑みで歌を歌う。

 愛紗はといえば霞に合わせて歌ってはいるんだが……ぼそぼそと、マイク越しでも小さな声だった。一方の凪はといえば……途中からクワッと表情を切り替えた上で、しっかりと歌っていた。

 しかし俺と目が合うと、途端に声が小さくなり。終始、霞だけが元気に歌い続けていた。

 

「流琉ー、次ボクたち歌おうよっ」

「えぇっ!? わ、私はいいよぅ! 季衣だけで行ってくればいいでしょ!?」

「えー? でも一人じゃつまんないし……」

「愛紗愛紗ー、次は鈴々が歌うのだー! まいく貸してー?」

「あっ……あーっ! まいく返してよ! 次はボクが歌うんだから!」

「お呼びじゃないのだ! 春巻は黙ってるのだ!」

「春巻じゃないって言ってるだろーっ!? だったら勝負だ!」

「望むところなのだーっ!!」

 

 喧嘩しながら歌うって、どんな大会だろう。

 ふとそんなことを思ってしまえる状況が、舞台の上で完成していた。

 それでもみんなからのウケはよく、場は一層に盛り上がったり。

 

「季衣も鈴々も元気だなぁ……っと、華雄も行ってきたら? 大きな声で歌うの、結構気持ちがいいぞ?」

「むう……武ならまだしも、歌はな……」

「むふふ、せやったらウチが、誰でも歌が上手くなる絡繰を~……」

「そんなものがあるのか?」

「いや、あったらええのにな~と思っただけ」

「だよなぁ……」

「けど、もしそんなんが無くても、“コレ持っとけば歌が上手なる~”って吹聴すれば、大体信じてくれそうな気もするねんけどな……」

「それもわかる気がする」

「ふむ。気持ちの問題というものか。思えば、歌とはいえ“合戦”。何もせずに退いたとあっては名折れだな───よし!」

「あ、行ってくる?」

「うむ。戦に向かうのであれば意気も変わるというもの! では行こう!」

「!? なっ!? なにをするっ、離せ……!」

「いや、退屈しているようなのでな。じっと一方だけを見ているくらいなら、付き合え」

 

 華雄が歩いてゆく。まあその、蓮華が居る方をじ~っと見ていた思春を連れて。

 いつから傍に居たのか、まったく気づかなかったが……そうして舞台に上がり、蓮華に応援されては退くに退けず……結局歌う思春は、顔やらなにやら真っ赤っかだった。

 そんな赤さとはまた別の種類の顔の赤さを、どこか別のところで見たなぁなんて思いつつ、目を向けてみれば……少し離れたところで飽きもせずに酒をぐびぐびと飲み続ける三人。言うまでないんだが、祭さんに紫苑に桔梗だ。

 一応、「三人は歌わないの~?」と桃香がさりげなく声をかけたが、歌うどころか桃香を招き入れて、座るや祭さんが酒を……オォオオオオオオーッ!?

 

「うわわだめだぁ祭さんっ! 桃香に酒はぁあーっ!!」

「なっ!? い、いかん! 祭、それは───」

「祭さん!? 桃香様にお酒は───」

「…………ひっく」

『あ───』

 

 俺、桔梗、紫苑が……同時に硬直した。

 完全に酔っ払っている祭さんに、徳利ごと酒を飲まされた桃香はゆらりと頭を揺らし、近くに置いてあった徳利を自分で傾け、くぴくぴと喉を鳴らしてゆく。

 俺達三人に出来ることは、せめて生贄を捧げて距離を取ることで───

 

「む、む? なんじゃお主ら、なぜ儂をふわうっ!? な、こ、こらお主っ、どこを触って───」

「えへへへへ~……祭さんって……胸大きいですよねぇえ~……♪」

「もう酔っ払っておるのか!? りゅ、劉備殿? 儂は……って北郷! 紫苑に桔梗! どこに行く!」

「酒を飲ませた責任……取ってください」

「祭よ……せめて安らかに眠れぃ」

「祭さん……惜しい人を亡くしたわね……」

「勝手なことをぬかすでないわっ! こ、これ劉備殿! いくら宴の場といえど、到って良い物事というものがっ……じゃ、な……! な、なんじゃこの馬鹿力は!」

「えへへへへ~……さぁ~いさぁ~ん……♪」

「ぬ、ぬわーっ!!」

 

 俺達は振り向かなかった。

 きっとそれがやさしさであると、今この場だけはそう思ったから。

 だから視界から外した。外して、もうその場所にだけは目を向けなかった。

 大丈夫、あの場にはなにもない。

 そんなふうに思うことにした僕らの前に、元気な二人組が映りました。

 

「亞莎亞莎、次は私たちが歌ってみましょうっ!」

「うぇえええっ!? やっ……む、むむむ無理っ……無理ぃいっ……!!」

「大丈夫ですっ! きちんと歌えば一刀さまもきっと拍手してくれますっ!」

「一刀さまが……」

 

 明命と亞莎だ。

 いつかのように胸の前で掌をポンと合わせた明命が、真っ赤な顔で狼狽える亞莎を勧誘している。てっきり断るのかなと思っていたんだが、亞莎はしばらくあちらこちらへ視線を飛ばしてから……しかしはっきりと頷き、舞台の上で歌った。

 声は随分と小さなものだったが、きちんと届いたから……惜しみない拍手を。

 対する舞台の上の明命と亞莎は、俺に向けて手を振ってくれた。

 まあ……亞莎は随分と控えめで、それもすぐに下げてしまったけど。

 

「穏、あなたは歌わないの?」

「いえいえ~、蓮華さまこそ歌ってきたらいかがですかぁ? きっと一刀さんも喜んでくれると思いますけど~」

「な、何故そこで一刀が出るっ!」

「ふふっ……一人を思っての日々の政務や鍛錬や調理というものを考えれば、自ずとそういう答えに行き着くものです」

「冥琳まで……」

 

 そういえば稟と桂花はどうしてるんだろう。

 風は数え役萬☆姉妹の傍でキャンディー舐めてるけど……って、居た。

 舞台に上がって、輝く笑顔で…………叫んだ。

 

「華琳さまっ! 見ていてくださいっ! 華琳さまのために歌いますっ!」

「うぅ……出るつもりはないと言ったのに……!」

 

 桂花と稟だ。

 華琳へ捧げる歌のようで、なんというかこう……聞いていて恥ずかしくなるような言葉がゴロゴロと発せられる。

 なるほど……桂花と稟の組み合わせに“なんで?”と多少思いもしたけど、ようするに華琳への純粋な想いを持つ者が、稟くらいしか思い当たらなかったってことか。

 桂花はそれでいいんだろうけど……稟はちょっとやばいんじゃ───

 

「ぶーっ!!」

「うひゃあああっ!!?」

 

 あ……やっぱり鼻血出した。

 こんな歌詞を出した時点でこうなるんじゃないかとは思ったが……はぁあ、鼻血を出さないようにするための行動を、あまり無駄にしないでくれよ桂花ぁ……。

 いや、まあ……血塗れの桂花を見ると、因果応報ってこのことかなとは思うけどさ。

 

「はわ……はわわ……」

「どうしよ、朱里ちゃん……わたしたち、あんなに盛り上げられないよ……」

「だ、大丈夫、大丈夫だよ雛里ちゃんっ。やることにっ、やることに意義があるんだよっ」

「朱里ちゃん……! で、でも……」

「一生懸命頑張れば大丈夫っ! だ、大丈夫!」

 

 舞台の赤が掃除され、風が眠たげな表情のままに倒れた稟を引きずっていったのちの舞台に、二人の少女が立った。

 朱里と雛里だ。

 しかしながら何かを歌おうとするのだが、噛みまくりの間違えまくりで、次第に二人の目がぐるぐると回ってゆく。

 

「……うん。少女のカミカミ言葉……いいものだ」

「ほう、わかりますかな」

「もちろんですとも」

 

 そんな光景を眺めつつ、隣に来た星とともにうんうんと頷く。

 そうしながらもやがては噛む回数も減り、歌もきちんとしてきたところで歌が終わる。

 二人は終始顔が真っ赤だったものの、みんなから拍手を送られて笑顔で舞台を降りた。

 

「……なんだかんだでほぼ全員が歌ったんじゃないか?」

「ふむ。私は特に歌いたいとは思わなかったので、辞退させていただいたが」

「まあ、無理に歌うのもね」

 

 寝不足だったにも関わらずこんなにも騒ぐもんだから、眠たいなんて思う暇もなかった。

 けれどもこうして改めて息を吐くと、急に押し寄せてくる眠気。

 隣の星はふむと言って酒と猪口を片手に纏めると、俺に肩を貸して、いつもの立ち木へと連れて行ってくれた。

 

「ここでよろしいか?」

「ごめん、助かる」

 

 自分で思うよりも、酒も結構回っていたようだった。

 肩を貸してもらうまで、そんなことにさえ気づけなかった。

 

「なに。蜀でもこうして立ち木の下に座っていたのを思い出しましてな。恐らくは魏でもこうしていたのだろうと運んだまで。感謝されるほどではござらん」

「そっか」

 

 それだけ呟くと、すぅっと眠気が襲ってくる。

 みんなが騒いでいるのに、場の空気を下げてしまわないかと不安になったが───

 

「眠りなされ。そして、起きたならばともに騒げばよろしい」

 

 あっさりと言ってくれた言葉に甘えるように、目を閉じた。

 どうやら彼女自身もここで酒を呑むらしく、彼女が隣に座った気配を感じながら、やがて俺は眠りに落ちた。


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