真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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66:三国連合/国のため皆のため、そして己のために③

112/いい国の中、笑顔で

 

 昼になるとみんなが起き出し、わやわやと世話話を始めるのを見掛け始める。

 その頃には片付けも済み、前の会合のように、酒の匂いを残したままの中庭だけが残された。

 

「はぁあ……しっかし、歓迎の宴ってだけで随分と騒いだもんだ」

 

 そんな中での俺はといえば、片付けを終えたところで少し酒くさい中庭から城壁に登り、天端に肘をついて息を吐いていた。あ、この場合の天端は天井とかそういう方向のものじゃなく、落下防止用の柵とかそっちの方を想像してくれるとわかりやすいかもしれない。それの城壁版。ようするに石の柵だ。回りくどいな。

 ともあれ一息。兵のみんなも料理人のみんなも、少ない量ながらデザートに満足してくれたし、なんだかこう……気分がいい。

 

「問題があるとすれば……」

 

 王や将のみんなにあげる分が無いこと……なんだよな。

 や、それはもちろん滞在期間中に作って振る舞えばいいだけのことなんだけどさ。食いしん坊万歳のみんながそれで納得するかどうか。

 

「納得しないと進まない状況だし、なんとかなる」

 

 一応口に出してはみるが、自分一人を納得させるのにも不安がつのるばかりで、少し早まったことをしたかなぁなんて考えてしまった。

 材料集めが一番大変なんだよな……なにせ牛乳を搾れる邑が……なぁ。

 

「いやいや、暗い考えばかりじゃいけないよな。せっかくの会合なんだし、明るく明るくだっ」

「あ、兄ちゃーん! 春蘭さまが“でざーと”を出せってーっ!」

「───」

 

 心に明日への希望を持ち、行動を開始しようと振り向いた瞬間、俺を探しにやってきた季衣によって……俺は石畳に両手両膝をついて、世界の厳しさに涙した。

 

「? どしたの兄ちゃん」

「い、いやー……それがその……」

 

 急に崩れ落ちた俺へと歩み寄る季衣に、おそる……と事情を説明する。

 いや……その時の驚愕の表情といったら……。

 

「え~!? 兄ちゃん、あの美味しいの全部兵のみんなに食べさせちゃったのー!?」

「ごめん、他に振る舞えるものがなかったから……」

 

 そりゃあ働いた分の対価はしっかりと給金で支払われるんだから、べつに食べ物をあげる必要はなかったかもしれない。けどその……なんか嫌じゃないか。王や将のみんなが楽しんでるのに、手伝ってくれた他のみんなは疲れるだけっていうのは。

 だから少しでもそういったものを分け合いたかった。

 

「みんなには次に届けられた材料で作るからさ。そこは我慢してもらおう」

「うー……楽しみにしてたのになー……」

「うぐっ……ご、ごめんな」

 

 軽く罪悪感。

 しかしながら悔いがそれを上回ることはなかったから、まだ前向きに考えることが出来た。そうだよな、きちんとみんなが居る内に作ればいいんだ。それはなにも、今日じゃなくちゃいけないわけじゃない。

 

「よし、それじゃあ今日も元気にいこう」

「あいす……」

「うぅ……ほ、ほらほら、季衣も元気にっ、なっ? アイス作ったら、少し多めにあげるから!」

「ほんとっ!? えへへー、約束だよ兄ちゃんっ!」

「………」

 

 落ち込んだ表情が一瞬にして笑顔に。

 じいちゃん……女の子って怖いです。

 それでも笑顔を向けられて悪い気はしないっていうんだから、俺自身も相当……なんて思いつつ、俺を見上げる季衣の頭をさらりと撫でた。「行こうか」なんて軽い言葉にも笑顔で応える季衣と中庭に降りて、他愛無い話をしながら何処へとも考えずに歩いた。

 いや、俺の頭の中は主に春蘭にどう説明したものかってものが大部分を占めていたが。なるほど、何処へとも考えずってのは自分で思っておきながら、随分と的を射た現実逃避だった。

 

「おお北郷! でざーとはどこだっ!」

 

 もちろん、そんな現実逃避が可能だったのは、厨房前の卓に座った春蘭を前にするまでだったわけですが。あの……僕逃げていいでしょうか。

 

(神様……)

 

 目を閉じ、軽く天を仰いで心の中で願った。

 どうか無事に今日を生きられますようにと。

 乱世が過ぎ去った現在の世の中で、どうしてこんなことを願わなくちゃいけないんだろうなぁ俺……。

 だがせめて願おう。Luck(幸運を)! Pluck(勇気を)

 

「え、えーとな、春蘭……そのことなんだけど……」

「? なんだ?」

 

 親を前に誕生日プレゼントを待つ純粋な子供のような顔で見られた。

 わあ、心が痛い。

 きっと子供と遊ぶ約束してたのに、仕事が入ってしまったことを伝えなきゃいけない親の心境ってこんな感じだ。

 ……そして俺は、そんな心境の中でとってもパワフルな人達にこの事実を伝えなければならないわけでして。俺、生きていられるカナ……。

 じいちゃん……俺、今日だけで何回胸をノックするかわからないです。

 

「そ、それがだな、春蘭。えー、あー……うー……」

「実はですね春蘭さま。兄ちゃん、あいすとかをぜーんぶ兵のみんなや料理作ってくれた人にあげちゃったんだって」

「キャーッ!?」

 

 幸運と勇気を願ったが、覚悟は決めていなかった俺の心がドキーンと跳ね上がる状況に思わず女の悲鳴のような声をあげてしまい……しかしそんな自分の声に驚くよりもまず、驚愕の顔で俺を見る魏武の大剣さまをどうにかしなければって無理! なんか無理そう! めらり……って妙なオーラが溢れ出てる! つか、朝までべろんべろんになるまで飲んでたっていうのに、昼に起きてこの快調具合ってどうなんだ!? どれほどアルコール分解能力が高いんだよ!

 

「北郷……貴様ぁああっ! 私は貴様がでざーととは食事のあとに食べるものだと言うから、宴の時は酒ばかりを飲んでいたんだぞ!」

「えぇええええ!? 俺そんなこと春蘭に言った!? 言っ…………た、かもしれないけどそれは極端すぎやしないか!?」

 

 空腹に酒は辛いだろ! って、だからあんなにべろんべろんだったのか!? いやいやそれにしたって極端だって! そんな、なんでもかんでも俺の所為にされても困る!

 

「だだ大丈夫! 材料が揃ったらすぐにまた作るから! それまで我慢してくれ!」

「すぐになら今作れ!」

「材料が無いんだってば! 宴だけでいったいどれだけ材料使ったって思ってるんだ!」

「? 無いのなら買えばいいだろう」

「………」

 

 春蘭。たとえ金がいくらあっても、存在しないものを買うことは出来ないんですよ……。そう言ってやりたかったけど、なんとなく返される言葉が読めていたのでやめておいた。

 ともかく春蘭を説得、なんとか落ち着いてもらって、こんなことをあと何人かに説明しなければならない状況に軽く眩暈を起こした。

 

……。

 

 みんなが揃い、酒臭さが大分納まった頃。

 ここ、玉座の間では静かな話し合いが進められていた。

 というのもデザート……ではなく、雪蓮が大事な話があるとかで集まってもらい、重大発表を大した前触れもなく口にしたのがきっかけだったのだが───

 

「私、孫伯符は本日を以って呉王の座から降り、その家督を妹の孫仲謀に譲ることをここに───」

 

 ───むしろ重大発表すぎた。

 デザートがどうとか思っていた俺の頭に、それはドシンと倒れ込んでくるくらいの衝撃だった。や、そりゃあ先にそういうようなことは聞いたけどさ、まさか本気だったとは。

 しかもそれって、もっと厳かで大きな場で言うことじゃないのか? ……それ言ったら、確かに今この場より大きな場っていうのはなかなか無いだろうけどさ。なにせ三国のお偉い方が揃ってる。

 

「ね、姉様っ!? 急になにをそんなっ!」

「急じゃないわよ? 前から思ってたことだもの。ね、一刀?」

「本当なの!? 一刀!」

「そこで俺に振るなよ! 俺だって宴の時に聞いたばっかりだぞ!?」

「はぁ……やれやれ……」

 

 どうやら呉で知らなかったのは蓮華と小蓮だけらしい。

 冥琳や祭さんは当然のこと、明命や亞莎は平然とその言葉を聞いていた。慌てているのが蓮華と小蓮だけなら、なんとなく予想もつくってもんだ。

 溜め息ひとつ、やれやれと口にした冥琳が場を鎮めると、覇王の前での家督の引継ぎが行われた。どうやらこの場でそれを伝える、という話は他の国のみんなにも通してあったようで、とんとん拍子に進む行事に喉を鳴らしつつ、南海覇王が雪蓮の手から蓮華の手にしっかりと渡されると……ようやく家督を受け渡すという場に立っているという実感が沸いて、今さらになって息が詰まっている自分に気がついた。

 

「しっかりね、蓮華。なにも私のように国を纏めようとする必要はないわ。あなたはあなたが思う呉というものを追いなさい」

「私が思う……呉……?」

「そう。母様でも私でもない、孫仲謀が思う孫呉というものを目指しなさい。あ、でも出来れば“誰もが笑っていられる呉”っていうのは外さないでほしいわね」

「むっ……姉様は、私が民の笑みを奪うとでも?」

「あははっ、それは蓮華の頑張り次第でしょ? うん。いい? 蓮華。私はあなたに期待をしない。けど、失敗したって失望もしない。あなたがこれから作る呉を見ながら、勝手に生きていくわ」

「……今までとそう変わらない気がするのは、私の気の所為でしょうか」

「うぐっ……な、なかなかひどいこと言うわね……」

 

 ごめん雪蓮、俺も同じこと考えてた。

 けど雪蓮は笑い、俺が自分でそうするように蓮華の胸をノックした。

 そして言う。「覚悟はここで決めちゃいなさいな」と。

 それに対し、蓮華はすぅ……と息を吸い、吐くと、キッと表情を引き締め、強く強く南海覇王を握り締めた。

 そんな光景の隅、呉の将側ではなく魏の将側に立っている思春は、どこか“見届けた”といった風情でゆっくりと目を伏せ、長い長い息を吐いていた。

 

「というわけで華琳ー♪ 勝手に生きていく第一歩として一刀ちょーだい?」

「あげないわよ」

 

 ……だというのに、そんな空気をぶち破る発言と、それを即答で却下する華琳。

 いろいろと台無しだよ……。温かく穏やかな顔で、ホゥ……とやさしく吐かれた思春の溜め息が、ムハァアア……と一瞬にして重苦しい溜め息に変わる瞬間、見ちゃったじゃないか……。

 

「なによー、どうせ支柱にするんだからいつ貰ったって構わないでしょー?」

「場を弁えろと言っているのよ。確かに絆を深めるために一刀を中心に置くことは認めたけれど、あげるなんて一言も言っていないわ」

「……ま、華琳の性格を考えるとそうでしょうけどね。ちぇー、あげるって一言でも言えば奪っていけたのに」

 

 言いつつも蓮華の前からつかつかとこちらに歩いてきて、俺の前に立って“にこー”と笑う雪蓮さん。……あの、なんだかとっても嫌な予感が───

 

「というわけで一刀っ、勝負よ勝負っ」

「なんで!?」

 

 ───して当然だった!

 あぁもう本当に戦うことしか頭に───ハッ!? ま、待て……? 呉っていう背負うものが無くなった→自由奔放→いつでも暇→……戦闘狂全力解放!?

 なんということか! 家督を持たない雪蓮って、酒が好きな華雄って感じじゃないか!

 あ、でも華雄は仕事はきちんとこなすよな。うん、これは間違いない。

 いやあの……今さらだけどさ、家督を蓮華に譲るのって、ただ自由人を増やすだけだったんじゃあなかろうか……。

 

「あ、の……雪蓮? キミ、家督を継がせるのはいいけど、その後の予定とかは───」

「? ……ああ、一刀の子を産むのもいいわねー」

「国に帰らせていただきま───離せぇえええ!!」

「ちょっと、女相手にそれはひどいわよ一刀っ!」

 

 キリッと顔と気を引き締めて歩き出したところで襟首を引っ掴まれた。

 ええ、逃げ出す作戦は当然の如く失敗に終わったさ。

 

「あ、あのなぁ雪蓮……俺はみんなとは友達のつもりで接してきたし、今でもその意識は変わらないんだよ。確かにさ、これからどうなっていくかなんてことは誰にもわからないよ。でも考えてもみてくれ、支柱になって早々にそういうことになるのは───っていうかまだ支柱になってないだろ俺!」

「あれ? そうだったっけ? それじゃあ華琳」

「ええ。……この場に集う皆に問う。この北郷一刀を同盟の証とし、無二の存在として認識するとともに、天などに二度と帰さぬようにせんことを誓えるか。誓えるのなら黙し、誓えぬのなら挙手をなさい」

「え、な、えぇえ!? 今この場で訊くのか!?」

 

 これって言い方を変えれば“俺がどれだけ好かれてるか、どれだけ嫌われてるか”を今ここで示しなさいって言っているようなもんじゃないか!

 こ、怖い! 見るのが怖い!

 ……でももしかしたらとか考えてる自分が少し恥ずかしい。

 なので目を瞑っていると、

 

「……誓えないのは桂花だけね。まあいいわ、いつものことだもの」

『華琳(さま)!?』

 

 閉じた状態から一気に目を見開き、叫んだ俺と桂花の声が重なった。

 途端に桂花にキッと睨まれるが、それどころじゃない。

 

「今さらな確認かもしれないけど、みんな本当にそれでいいのか!? 桂花はまあ当然としても、まさかみんな納得してくれるなんて……!」

「え……? お兄さん、もしかして嫌なの?」

「やっ……そりゃあ嫌じゃないぞ!? むしろ“自分に出来ること”が出来て嬉しいくらいだし! ……え、えーと……案外たくさんの人が反対するんじゃないかなって思ってたから、もう……どう反応したらいいかわからなくて」

 

 え? これ夢? 頬を抓ってみても痛いけど、いやそもそも痛覚で夢かどうかを確認するのって正解なのか? “嫌なの?”と訊ねてきた桃香が俺の前まで来て心配そうに見上げてくるけど、なんというか頭の整理が追いつかない。

 

「桃香、これって夢?」

「? えと、夢じゃない……と思うけど」

「そ、そか。夢じゃないか」

 

 …………。

 みんなの視線が俺に集中する。

 そんな中で頭の中の整理だけに意識を集中させようとしていると、桂花が華琳にお待ちくださいと反対意見を述べるが───近くに来るように命じられ、喉をツツッと撫でられただけでオチた。桂花……キミはもう少し強くあってもいいと思うんだ、俺。

 

「それで、どうなの一刀。反対する者は僅かに一人。あとはあなた次第ということになったのだけれど?」

「───……」

 

 しっかりと考える。

 華琳の目を見ながら、ひとつひとつ纏めて。

 覚悟も決めたつもりだったし、たとえ反対されても少しずつ認めてもらおうと思っていたことだ。同盟の支柱なんて大役が自分に務まるのかを考えてみたところで、こればっかりはやってみなければ結論なんて出せやしない。

 それに、ここで断ればみんなからの信頼を裏切ることにもなる。

 

(……って、だから違うだろ)

 

 みんなを理由に覚悟を決めるわけにはいかない。

 いつか、もし、上手くいかずに誰かを傷つけたとしても、誰かの所為にして逃げるのではなく、きちんと自分の覚悟が足りなかったのだと戒めるために───自分で考えて自分で決めろ、北郷一刀。

 お前はどうしたい?

 お前はどうしたかった?

 ただ漠然と“この世界”に居る理由が欲しかったから、支柱になろうと思ったのか?

 それともそういったものになることで得られるなにかが目当てだったのか?

 

「………」

 

 違うよな。

 そうだったこともあるかもしれないけど、今は違う。そう結論付けて、心配そうに見上げる桃香を見下ろし、じっとその目を見つめてから笑った。

 どんな理由があろうと自分で決めて、自分の意思で何かを為す。どちらが国に貢献出来るかという約束があるからという理由もあるだろう。それら全部をひっくるめて、自分が自分として誰かの役に立ち、“あなたが居て助かった”と言われる瞬間を夢見た自分を思い出せ。

 

「……天が御遣い、北郷一刀。俺は三国を繋ぐ手となり、伸ばしても届かないものを繋ぐ絆となり、我が身がこの地に立つ限り、同盟の礎となることを───自らの言葉を以って、今ここに誓います」

 

 言葉を、ノックとともに覚悟として胸に刻んだ。

 そしてその言葉に対し、華琳が頷き……「結構。その言葉を受け入れ、覇王の名の下に認めましょう」と言った瞬間。玉座の間は喜びの声で満ち、将の何人かが走ってきて、あ、お、おわぁああーっ!?

 

「ちょっ! ちょ待おぶおはぁっ!?」

「よくわからないけどこれでお兄ちゃんは蜀のものでもあるのだーっ!!」

 

 鈴々が飛び込んできた。ええ、鳩尾にエドモ○ド本田ばりの超頭突きが激突しました。

 しかもそれに対抗するようにぶつかってきた季衣が鈴々を押し退けて、しかし鈴々が譲らなくて片手ずつを引っ張られ始めて───ってぎゃだぁーっだだだだぁーっ!?

 

「はぁあああなぁああせぇえ~っ!! 兄ちゃんは僕の兄ちゃんだぁあ~っ!!」

「そんなの知らないのだ! たった今、鈴々のお兄ちゃんになったのだ!」

「い、いやはっ……!? あ、あのっ!? ふたっ、二人ともっ!? 腕っ! 腕がギリリミチミチって! 痛い痛い痛い痛いって!」

 

 前略おじいさま! 支柱になった途端に生命の危機なのですがどうすれば!?

 このままだと腕が抜けるか体が真っ二つに裂けるかっ……あ、あの? シャオさん? どうして腰に抱きつくんでしょうか? あのっ!? どうして引っ張り始めるんですか!? いやっ! べつにこれ三国対抗北郷引き裂きバトルとかじゃないんだぞ!? 無理に参加しなくていっ───いやぁあああああだだだだだだ!!

 

「こりゃー! なにをしておるのじゃ! 主様はっ、主様は妾のものなのじゃー!」

「え゛っ……み、美羽……!? どうして腰に抱きついて……!?」

「はぁ~なぁ~すぅ~のぉ~じゃぁあ~っ!!」

「あいぃいいいいいいいいーっ!?」

 

 シャオとは逆に、背中側から腰に抱きついた美羽が、渡すものかと引っ張って痛い痛い痛い! 待った待った! 四方から引っ張られる子争いなんて聞いたことも……痛ぁあーたたたたっ!! ちちち千切れるーっ! 大岡越前助けてぇええーっ!!

 みんな!? なんでそんな微笑ましいものを見る目で見てるの!? いやいや紫苑!? あらあらうふふじゃないってば! 華雄!? なんで腕まくりみたいな仕草しながらこっち来てるの!? いやいやいやいや春蘭!? 対抗するように出て来なくていいから! 愛紗、鈴々を止めて! 流琉、季衣をなんとかしてくれ! 蓮華っ……れん……蓮華さん!? 南海覇王持ったままキリッとした顔で天井見てないで、シャオを剥がしてくれると大変助かるんですが!? 七乃っ、美羽をなん、と……か……って───ちょっ……なんで桂花の隣で黒い笑み浮かべてるの!?

 嫌な予感しかしない! とにかくこの状況から、多少強引にでも脱出して───!

 

「ふっ! ぬっ! くっ! ウオォオオオオオーッ!! …………ふぅ」

 

 やり遂げた漢の顔で笑みを浮かべ、結論を出した。……力で勝てるわけなかった。

 しかし力を抜けば関節とか外れそうなので、そういった抵抗は一切やめない。

 氣を両腕に力を込めてみたところで、左手は季衣、右手は鈴々。しかも両手対片手ではそもそも力勝負にさえなるはずもなく。なんだかもう、絶望的状況に涙するしかありませんでした。

 だが死中に活あり! 身動きが取れないなら舌戦で打ち勝ってみせよう!

 

「季衣、鈴々っ、痛いから手を放───、……へ?」

 

 両手を塞がれ、腰に抱きつかれているために踏ん張らねばならず、足さえ封じられている状況の中。ふと……ふわりと首にかかるやさしい重さと、さわりと肌を撫でる柔らかな感触。

 まるで陽に当たり、風に梳かされた猫の毛に撫でられたような感触に、ふと……辛さの中に暖かさを感じゴリッ。……ゴリ? あれ? これって前にも痛ァアアアーッ!?

 

「兄、兄ぃいい~っ♪ これで兄はみぃたちのものにゃーっ♪」

「やめてやめて耳はやめてぇええええっ!! 痛い上に時々くすぐったくて力が抜けた途端に関節が外れそうになっていだだだだ助けてぇええええええっ!!」

 

 ……美以だった。

 首に抱きつかれて、耳をがぶりと噛まれました。

 そうこうしているうちに華雄が俺の右腕を、春蘭が左腕をがっしと掴み、その様子を見てふむと頷いた星が焔耶に耳打ちをして、途端に焔耶がズカズカと近寄ってきて「そうだな……危機を救うのは友の役目だ!」なんて言って俺の襟首を掴んで強引に引っ張ってゴエェエエ!? つ、強っ! 腕力強っ! 喉っ! 喉が絞まっ……腕がっ! 腰がっ! 喉がぁああっ!! たたたたたたすけてぇえええーっ!!

 

 

 

 

 

-_-/華琳

 

 ……玉座の間は、かつてない賑わいを見せていた。

 その中心に居るのは私でも他国の王でもなく……一刀だった。

 

「華琳さま……よろしいのですか?」

「好きに騒がせておきなさい。騒げるのは仲の良い証拠でしょう?」

「は……その前に北郷が壊れなければ、ですが」

「問題ないわ。同盟の証、無二の存在として認めさせたばかりだというのに、途端にその証を壊すような同盟ならば、その時点で話にもならないわよ。それより秋蘭? 都を造ることに関しての民の声は届いているかしら?」

「現状では問題ありません。北郷自身が各国で民のために動いていたこともあり、期待の声もあるようです」

「……そう」

 

 小さく笑みがこぼれた。

 苦笑めいたそれは、けれど素直な笑みだと自覚出来るもの。

 本当に、あの男は私を退屈させない。いや、退屈させてくれないと言っていいだろう。

 問題を引っ張り込むこともあるが、大抵のことは多少の助力でなんとかしてしまう。

 人の能力的なもので一番怖く、最も頼りになるものは人脈だと誰かが言ったが、一刀は知らぬ間にそういったものを築いている。たとえば目で確認出来る民ならば私でも誰でも救うことが出来るだろう。しかし一刀はそれ以外の民も、その民の傍まで歩み、手を差し伸べる。

 私には……恐らくそんなことまでは出来はしない。

 桃香ならやるでしょうけど、私は……。

 

(そういった意味では、本当に一刀と桃香は似ているのでしょうね)

 

 ちらりと桃香に目を向ける。

 四方八方から引っ張られる一刀をなんとか救おうとしていたが、次の瞬間には騒ぎに巻き込まれて目を回していた。それに、ようやく天井から視線を戻した蓮華が気づいて駆け寄るが、結果はそう変わりはしなかった。

 

「……構わないわよ、行ってきなさい。一刀を救うという名目でなら、思う存分動けるでしょう?」

「!!」

 

 そんな光景をのんびりと眺めながら、傍に居た思春へと声をかける。

 まるで言葉にこそ強く弾かれたように疾駆した彼女は人垣に躊躇なく突撃し、迷うことなく蓮華と一刀を救い出すと、律儀にもこちらへと戻ってきた。

 

「し、思春? あなた……」

「っ───! ご、呉王となられた蓮華さまを小脇に抱えるなど、とんだご無礼を───! いかなる刑罰でも受ける所存で───!」

「げほっ! ごっほっ……! い、いや……首掴んで引っ張り出されるよりは……げほごほげっほごほっ! い、いいんじゃないか、なぁ……!!」

 

 小脇に抱えた蓮華と、首根っこを掴んで無理矢理運んだ一刀を下ろした思春が一歩下がり、頭を下げる。けれどそれは困る。蓮華はもちろんそんなことを許可などしないでしょうけど、そう簡単に命を粗末にされるのは好ましくない。

 

「思春? 勝手に死なれては、こちらの立場がないのだけれど?」

「はぁ……華琳の言う通りだ、思春。自力で抜け出せない状況で助けられたのだから、救い方がどうという小さいことで罰するなど、逆に恥ずべき行為だ。感謝はしても、罰など与えられるはずがない」

「蓮華さま……」

 

 それはもっともだ。

 ただ思うことがあるとするなら、あそこで目を回している桃香も助けてあげられれば満点だったのでしょうということくらい。その桃香も今、愛紗に助けられたようだけど。

 

「はぁ、はぁ、~……はぁああ……! ん……それで? これからどうするんだ?」

 

 玉座に座りながら頬杖をついていた私に、玉座前の段差に座った一刀が言う。

 賑やかな皆を見ながらの言葉だったけれど、それが私に向けた言葉だということがすぐにわかる。不思議なことに、すぐ近くに居る蓮華も思春も自分が言われたとは思っていないようで、一刀に向き直ることもせずに話し合っていた。

 

「? 華琳?」

 

 言葉を返さない私に座ったまま向き直る。

 急に視線がぶつかったことで、勝手に跳ねる鼓動に多少の苛立ちを感じながら、咳払いをひとつして見つめ返した。

 ……まったく、目が合ったくらいでいちいち弾むな。自分の体だというのに、どうしてこれはいつもいつも私の邪魔をするのか。

 

「ん、んんっ……それで、どう一刀。上手くやっていけそうなのかしら?」

 

 いつも通りのつもりで声をかけるが、一刀は目をぱちくりと瞬かせたのちに苦笑。

 人のことを笑ったことを後悔させてくれようかと立ち上がろうとした瞬間、一刀は笑顔で頷いた。

 そして言う。

 

「珍しいな、質問に質問で返すなんて。んん、そうだな……上手く、っていうか……うん。今の自分ならってみんなが頷いてくれたなら、今のまま成長できればなって思う。無理に上手くやろうとするんじゃなくてさ、えーっと……自分に出来るやり方で一人一人が力を合わせて……ん、んん……なんて言えばいいんだろ。あ、もちろん向上心はあるし、本当に“ずっと今のままで”だなんて思ってないぞ? あ、あー……何が言いたいのかというと、だな……えー……おー……」

 

 何が恥ずかしいのか、頬を掻きながら視線を動かす。

 私はそんな一刀の顔をじぃ……と見つめながら、続けて放たれるであろう言葉を待った。一刀はそんな私の反応に誤魔化しなんて通用しないと観念したのか、長い長い溜め息を吐いてから言葉を放った。

 

「自分に出来ることを、精一杯にやっていくよ。一人一人がそうやってやっていけたら、いつかみんなの理想がぎっしり詰まった未来が作れると思うんだ。そのための支柱に自分がなれたなら、こんなに嬉しいことはないよなっ」

 

 とびきりの笑顔とでも喩えればいいのか。

 私にだって滅多に見せないような笑顔で、彼は笑った。

 そんな笑顔に、またこの胸は跳ねてしまう。

 表情では平静を装ってはみるが、釣られるように笑んでしまうのは癪だった。癪だったから視線を外し、俯こうとした瞬間───

 

「な、華琳。いい国に、いい同盟にしような。死んでいったみんなが、あっちで笑ってられるくらいにさっ」

「───ぁぅ……」

 

 ───笑顔ではなく、やさしさに満ちた微笑が私に向けられ、私は黙した。

 いつもならば返すべき言葉が頭の中に流れてくるというのに、この時ばかりは頭の中が停止したかのように何も口に出せなかった。

 

「………」

 

 いつか、麗羽と一人の女を奪い合ったことがあった。

 この感覚は、あの時のものによく似ているようで、その実……今現在のほうが、思いが強くてどうにかなってしまいそうだった。

 それは独占欲とでも呼べばいいのか。

 三国連合の同盟の証として呈した一刀。(私の所有物)

 それが、他国の者でも手を伸ばせば届く位置に立ってしまったことに、若干の寂しさと……“あれは私のものだ”という思いが、最初はじわりと。しかし段々と色濃く込み上げてきた。

 

(……はぁ。しっかりなさい、曹孟徳)

 

 目を伏せ、一度だけ自分に怒鳴りつける。

 もちろん声に出して怒鳴るわけにもいかないから、心の中でだ。

 すると心は落ち着きを示すようにうるさいくらいだった鼓動を抑え、穏やかなものへと変わった。

 

(……本当に)

 

 本当に困ったものだ。

 自分を楽しませてくれるのが一刀ならば、自分にこんな思いをさせるのも一刀なのだ。

 そんな事実に改めて気づくと、そんな状況に自分が居るのが可笑しく、楽しませもするし悩ませてくれる張本人を目の前にくすくすと笑った。彼は逆に笑顔をぽかんとした顔に変えていたけれど、私が笑うのを見ると、もう一度やさしい笑顔になって笑っていた。

 

(いい国にしよう……ね)

 

 なるに決まっているじゃない。

 こんなばかな支柱を中心に、それぞれの国が今目指せる夢を目指して笑顔でいられているのなら、届かない道理などまるでないのだから。

 心の中で笑い飛ばして、直後に季衣と鈴々に引っ張られて段差の下まで連れていかれる彼を見送った。

 

「馬鹿ね。当然でしょう? 今でさえ私が、こんなふうに笑ってしまえるような国を、“いい国ではない”なんて……誰にだって言わせないわよ」

 

 なんて、小さな悪態をつきながら。




 先日、中華料理店に行くなんて珍しいきっかけがありまして、行ってまいりました。
 いえね、ラーメン屋とかはいっぱいあるんですけど、案外中華料理屋ってないんですよ、近所に。
 そこへ仕事の関係で行くことになりまして、仕事関係のお歴々が飲めや食えやをしている中、僕はアルコールを飲まずに食事に舌鼓を打っておりました。食事中は静かに食べたい型の人間なので、黙々と。
 うんウマイ、なんてゴロちゃんを思い浮かべながら食べてました。

 異世界居酒屋のぶの所為といったらアレですが、こういう店のトリアエズナマが無性に飲みたい凍傷ですが、半端に遠い店だったので車で来ていた僕が飲めるはずもなく。(雨でした)
 水とかウーロン茶とかちびちび飲みつつ、3~4時間をかけてようやくお開きムードになりそうな時、メニューの端に“ごま団子”を発見。
 酒の匂いと料理の匂いと周囲のやかましさにぐったりしていた僕の頭がシャキィンと覚醒しました。

  亞莎! マア亞莎! あなたが亞莎!

 もちろん思い出したのは亞莎。こりゃあ食べる一択でしょう。
 早速注文をしてみれば、それから結構時間が経過してから届けられたごま団子。
 写真と違ってだらしなくでろーんとしているのかなぁ、なんて思っていたら、丸の形を保ったまま。ごまがびっしりとくっついた、予想通りではなく思い描いていたごま団子がそこにありました。これがもう地味に嬉しかった。

 いざ、と見下ろしてみれば、ごまの香りが湯気とともにふわりと揺れて、いやあもう「あ、これ絶対美味しい」って食べる前から思ったのなんて久しぶりでした。
 いざ実食してみれば、ざくりとした歯ごたえと、もっちりとした中身、ぷちぷちと弾けるごまの粒たち。熱すぎて一口で餡のところまでいけませんでしたが、もう口の中がごまの香りでいっぱい。
 ごま好きの凍傷、大歓喜です。
 ぱらぱらと落ちてしまうゴマたちに、すまぬ! 落としてしまって済まぬー! と心で謝りつつ、とうとう餡にまで到達。
 餡は普通の餡子ではなく、黒ゴマ餡だったらしく、さらに口内に広がるごまの香り。アツアツの餡っていうのがまた、湯気と一緒に香りをこれでもかってくらい出してくれるわけで、もう幸せ。
 無意識にニヤニヤ顔でごま団子を食っていたらしく、仕事仲間様方から随分とつつかれました。押忍、ご馳走様でした。

 そんなごま団子初体験記録。

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