「………」
…………。
「ハッ!?」
あ、あまりの出来事に本気で放心しかけた!
あれ……あれだよな?
確かに暗がりでちょっとわかり辛いけど、道のド真ん中をぎっしょんぎっしょんと歩いてる…………その、歩き方がまるで、テレビとかで見るような人型の機械の動き方。
それを見るだけであれが生き物ではないとわかったし、機械に近いものといえば……この国、もといこの世界では一人しか居ないわけで。
「………」
無言で歩いて、無言でソレの前に回り込み、無言でその顔を見た。
……華琳が居た。ただし表情は変わらないまま、ぎっしょんぎっしょんと歩いている。
どうしよう、頭がとっても痛いんだが。
「見ぃいいたぁああなあぁあ~……!!」
で、正体を見るや、自分から現れてくれる黒幕さん。
区画ごとの脇道からゾロォ……と現れたのは、我らが魏武の大剣さまと、絡繰技師さんだった。
「いや……二人ともなにやってるのさ……」
呆れとともにモシャアアアアと吐き出される溜め息が、そのまま言葉となった。
だというのに真桜は仲間を得たって顔でにししと笑うと、
「んっへっへ~、見られたからには隊長にも協力してもらわんとな~♪」
笑顔のままにそんなことを仰った。
こんな時間にこんなところでとかそんな言葉は一切抜きで、仲間に引き込もうとしていらっしゃる。しかも真桜の言葉を聞いた春蘭が真顔で仰られた。
「なに? 斬り捨てるんじゃないのか?」
と。っていやいやいや!!
「見た相手誰も彼もを斬り捨てる気でこんなことをやってたのか!?」
「なにぃ!? こんなこととはなんだこんなこととは!」
じょ……状況は、わかった。多分。なんとなく。
何がやりたかったのかもなんとなく。
この二人が犯人で、冷たい女がコレなのだという考えもなんとなく。
「……華琳に報告ヒィ!?」
これからの行動を口にした途端に、喉に七星餓狼が突き付けられた。
「させると思うか?」
「た~いちょ♪ こうなったら隊長も仲間や。今、春蘭様が新たに作った型をもとに、絡繰華琳様を作っとるんよ。似てるだけやない、きちんと動く華琳様人形! 最初は適当に動くだけで満足やってんけど……ほら、隊長が言った“氣動自転車”? あれの構造聞いてから“もう我慢できん!”てなってなー……」
ニヤリと笑む春蘭に剣の腹で頬を撫でられ、にこりと笑う真桜に説明される。
まさか氣動自転車の話がこんなところで利用されているとは……!
「え……じゃあこの人形、氣で動いてるのか……? つか春蘭、剣どけて」
「せやでー? ウチの氣ぃで動いとんのやけど……どうにもこう、キレが悪いんよ。動くには動くねんけど……な~にが足らんねやろなぁ……」
ふんと吐き捨てて剣を納めてくれる春蘭を前に、ちらりとまだ歩く絡繰華琳様を見る。
なるほど、今まで民や美羽が見てきたものは、その試運転中だったってことか。
「氣で動くのはわかったけど、直線に歩くだけか?」
「さすがに人のように精密に動いたりできんなぁ。ん、そこはこれからの課題やな。で、隊長にちぃ~っとばかし相談があるねんけど~……」
「金なら出さないぞ」
「金とちゃう。や、そら金も欲しいけど……こう、な? 御遣い様の氣で動かしてみてほしいんよ」
「………」
俺の氣で? 絡繰華琳様を?
「ちょっと待った。それって協力した時点で、もし華琳に見つかったら───」
「当然隊長も捕まるなぁ」
「実家に帰らせていただきま離せぇえーっ!! や、ちょっ、やめろほんとやめろ! 毎度の如く人を巻き込むのも大概にしてくれ! 俺はもういい加減に平和に過ごしたいんだよ!!」
「たぁあいちょ~っ、ええや~ん、ちょっと、な? ちょぉっとだけやから~」
「ちょっともたくさんも関係あるかっ! 協力した時点で共犯なら、俺は絶対に協力しないぞ!?」
そんな、俺の氣で華琳が動くだなんて…………ちょ、ちょっといいかもとか思ってないぞ!? ほんとだぞ!?
とにかく目立った行動をして、また鍛錬禁止とか言われたらいろいろと耐えられない! ただでさえ日々いろいろと溜まってるのに、体が動かせなくなるなんて拷問もいいところだ!
「なら氣動自転車作ったらへんもん」
「うぐっ───」
まるで霞みたいな物言いで、つんとそっぽを向く。
あればきっといろいろと楽になるであろう氣動自転車。氣で動かせるという素晴らしき乗り物。思いついた時は心が躍ったが、その計画がパアになるかもしれない。
だがっ……でもっ、ああしかしっ……!
「あ、あー……春蘭じゃだめなのか?」
「せやから、御遣い様の氣ぃでのことを調べてみたいんやって。華佗の兄さんに聞いてんけど、隊長の氣ってウチらとちぃと違うんやろ? それを込めたらどんな反応が見れんのか、それが気になってなー……そんなわけで、な? えーやろー?」
「………」
一歩を踏み出せば共犯。
とはいえ、逃げる方向には何故か春蘭がズチャリと立ち塞がって不敵な笑みを浮かべている。ええはい、逃げ道はとっくに塞がれているわけですが。むしろ来いとばかりに右手一つで大剣担いで左手で挑発してらっしゃる。
……選択肢はないようだった。
丁度いい頃合いとばかりに氣も尽きたようで、絡繰華琳様もぎちりと行動を停止したようだし。
「はぁ……わかったよ。ただし氣を込めるだけだからな? 何かが起こっても知らないぞ」
「おおー! おーきになーたいちょー! あいしてるでー!」
「調子いいよなぁお前……」
こんにゃろとばかりにぐりぐりわっしゃわっしゃを頭を撫でくりまわした。
「ぐおー! やめやー!」とか言っているが、明らかに棒読みだし、月明かりの下でもわかるくらいに顔は赤かった。手を離せば少しぶすっとしてそっぽ向きつつも、直後には笑ってたので。
そんな笑みや言葉に多少は報いるためにも、いっちょ気合いを入れてみましょう。
「で、どうやって入れればいいんだ?」
「まず両手を構えて、絡繰華琳様の胸を鷲掴んで───あだっ!?」
「ど・う・や・っ・て、入れればいいんだ?」
「ううー……隊長のいけずー……ほんの冗談やーん……」
とりあえずデコピンしておいた。
あんまりにもニシニシと笑うもんだから、すぐにウソだと理解した。
そんなわけで教えてもらう。
……結構単純らしく、手を握って氣を送り込めばそれでいいんだそうだ。
「隊長は木刀にも氣ぃ込めたり出来るから、これも楽勝やろ」
「どうだろな。……んっ……」
集中。
自分の中で練った氣を、握った手を通じて絡繰華琳様に流してゆく。
が……なんだか思うように入っていかない。
「んー……隊長、ちゃんと流しとる? ちぃとも動かへんやん」
「流してるって。でも……なんだろ、思うように流れていかない」
「ええいなにをやっているっ、そんなものはこう、ガーッとやってドバーッとだな!」
「その効果音でなにをしろと!?」
ガーっとやってドバーっとって言われてもな。
あ、あー……とにかく集中しよう。
「───……」
さらに集中。
繋いだ手を自分のものって意識を高めて、中々思うように流れない氣を……流すのではなく絡繰自体を包むように。それから少しずつじわじわと染み込ませるようにして…………う、うう? なんだ? やっぱり上手くいかない。
真桜もなんだかじれったそうに「隊長~」と言ってる。
言ってるんだが、それは俺だって同じ気持ちだ。
もっとすんなりいけると思ったんだけどな。
「木刀と同じ感覚でやるからいけないのか? じゃあ───」
いろいろと試してみるんだが、やっぱり上手く流れない。
試しに真桜にやってみてもらうんだが、あっさりと流れて絡繰華琳様はギシシ……と動いた。つまり流れる状態にあるのは間違い無い。
「……氣が足りないのかもしれないな。よし、じゃあ全力でやってみよう」
「おっ、隊長もなんのかんのとやる気なんやないの~」
「ここまで来て自分だけ出来ないのって、負けた気がしてなんかヤなんだよ」
細かいことでも負けないようにと決めた。
だったらここで動かしてこそ、負けにはならないのだと知れ! 北郷一刀!
動かす……絶対に!
「覚悟───完了!」
こんなことに覚悟決めてどうするんだって話だが、譲れないものを譲れぬと断ずるならば、たとえくだらないことだろうと全力で取り組む! それがじいちゃんの教えだ!
「錬氣、解放!!」
今自分に出せる氣を全力で解放。
両手に込めたそれを、繋いだ絡繰華琳様の手を握ることで準備を終え、流す行為と練成する行為を同時に行う。流れていこうとしなかろうが無視して、流れない分で絡繰を包み、染み込ませるようにして氣を浸透させてゆく。いっそ、次々と練成する氣で氣が染み込まない場所をとことんまでに潰していくように。
「───~っ……!!」
それでも中々流れない。
ムキになって錬氣を続けるんだが、そろそろ疲れてきた。
どうしてこう上手くいかないのかを考えてみて、いつかの冥琳のことを思い出す。
(あ)
そうだ。
これが氣で動くものなら、動く要素に似せた氣を入れてあげなきゃいけない。
自分以外の氣なんて、治癒能力を高めてやるものでもない限りは毒にしかならないのだから。それはきっと、無機物だって同じなのだ。
ならばと包んでいる氣で絡繰華琳様を探り、どんな氣が合うのかを知ろうとする。
わからないなら知る努力を。
単純だけど、大事なことだ。
「───」
最初に感じたのは真桜の氣の残り。
そして、真桜の氣が流れ込んだであろう氣を溜めているであろう場所。
そこに触れるように意識して、流すのではなく受け取ってもらうつもりで───ぁ。
「う、おおあっ!?」
蓄積されていた氣の全てが一気に流れた。
絡繰華琳様を包んでいた氣も同じで、本当に一気に。急に氣を持っていかれた途端に膝が笑い、持ち直そうと意識した時には片膝をついていた。……絡繰華琳様の手を掴んだままに。
それはまるで、王の手を取って跪くどこぞの騎士のようだった。
いや、あくまで格好だけで言えばだが。
「おおおっ! 流れたっ! さ~あ絡繰の大将っ、どないな反応見せてくれるんっ!?」
すぐに錬氣を始めて、少しずつ持ち直す過程で絡繰華琳様から手を離す……と、体が自然と尻餅をついた。
俺は絡繰華琳様を見上げる格好になり、現状として見上げる彼女(?)はといえば……
ガガガガショッ、ガガガガガッ……と震えだし、うっすらと笑みを浮かべた表情のままに頭をがっくんがっくんと前後に振り出して───って怖ッ!! 表情が表情なだけに怖ッ!!
「まままままま真桜!? まおっ……真桜さん!? なんか怖いんですけど!?」
「ウチもこんな反応初めてや……隊長いったいなにやってしもたん?」
「言われるままに氣を流しただけですが!?」
ていうかどうしていつの間にか俺だけが悪いみたいな言い方になってる!?
頼まれてやったんですよね!? 俺! あぁああでも断ろうと思えば断れたし、春蘭からも逃げればよかったわけだからあぁあああああ自己責任んんんんんん!!!
「どうするんだよこれ! なんか頭とか手とか物凄い勢いで回転して───怖ッ!!」
せめてあのうっすらとした笑みはなんとかならないか!?
あの表情のまま頭だけがぐるぐる回るのって物凄く怖いんだが!?
かといって無表情ってのも怖いし! しまった打つ手が無い!
「強引に止めるにしたって、もう気色悪いくらいに回転し始めてるし……」
「貴様ぁああ! 私が作った華琳様人形を、こともあろうに気色悪いだとぅ!?」
「そういう意味じゃなくってな!?」
「あー……ほな隊長、一応隊長の氣ぃで動いとんのやし、なんとかでけへん?」
「物凄く無茶言うなお前!」
けど待とう、冥琳に氣を流し込んだ時も、集中して彼女の深層意識に手を伸ばすことが出来た。だったら今も集中さえ出来ればなんとかなるんじゃ───?
「え、遠隔操作~……」
自信もなく、ムンッと力を込めてみる。
…………こころなし、絡繰華琳様の頭の回転速度が上がった気がした。
「……あのさ、真桜。もうちょっと人が出来る稼動限界っての、考えるべきだと思うんだ」
「ん……ウチも反省しとる……」
ギュイイイイと音が鳴るほど大回転なさっておられる絡繰華琳様の頭。
無駄に精巧に作られているため、かなり心苦しい光景だ。
さっきまで強気だった春蘭も、なんだか覇気を失っておろおろとしているほどだ。
そんな状況が出来上がってしまったらこう、妙にテンションも下がってしまって。
「……どうしよ、これ……」
「あー……どうにかならへんの?」
「これ以上俺にどうしてほしいんだよお前は……」
一応遠隔操作が出来ないものかと試し続けてはいる。
しかしながらなんの反応もなく……お? ……おおっ!? 止まった!?
「お、おー、止まった、止まったで隊長!」
「よしっ! 誰かが来る前に回収するぞ! さすがに稼動部分が大回転する王の姿なんて、たとえ作り物でも見たくないだろ!」
「もっちろんやっ! 隊長の氣ぃの所為でこうなったんやけど」
「さりげなく責任の全部を押し付けようとするなっ!」
止まってしまえばこちらのものと、一気に回収にかかる。
いや、かかったのだが、伸ばした手がひらりと躱された。
『へっ?』
俺と真桜の声が重なる。
状況を認識しかけた頃には絡繰華琳様は駆け出していて、呆れるほどの速度を以って許昌の街の中で風と化していた。
『速ぁあああーっ!?』
またも重なる声。
しかし悠長なことを言ってもいられない。
すぐに止めないと……! 民の一人にでも見られれば限りなくアウトだ!
「春蘭! 全力で止めよう!」
「うん? なぜだ? 動く様が見たかったんだろう?」
「いやあれもう動きすぎだから! あのまま誰かに見られたりしたら、華琳に迷惑がかかる!」
「なんだとぅ!? それを先に言え!!」
言うや、春蘭が姿勢を低くしてから地面を蹴り弾いて疾駆。
その速度はいつぞやの鍛錬前の準備運動で見せた速度よりもよほどに速く、走り去った絡繰華琳様にも追いつけるほどの速度だった。
ただ……追いつく前に体力が尽きないかどうかが心配だ。
なにせ相手は筋肉の疲労を心配する必要もない、氣で動く絡繰。
春蘭がいくら超人めいた能力を持っていても、やっぱり人間だ。あの速度で追っていけばいずれは体力にも限界がくるだろう。
とはいえ馬鹿正直に追っても追いつける速度でもないわけで……ああもう。
「絡繰が走っていった場所から考えるに───」
だったら俺は警備隊として追いかけるまでだ。
さすがに無いだろうが、自己防衛機能でも搭載されてるのかって疑いたくなるくらい、壁に激突したりはせずに綺麗に曲がっていったから……よし、なんとかなるかもしれない。───とか思ったら、すぐ横の脇道から大回転しながら、絡繰華琳様がゴヴァーと飛び出し、そのすぐ後ろから大剣を振り回す春蘭が───って危ない危ない危ないって!!
「春蘭っ!? 街中で抜刀は! ってあぁああもう今さらすぎるけどまずいだろ!」
「言っても聞かず、このまま華琳様の迷惑になるのならいっそ私の手で破壊する!」
「おお春蘭さまっ、職人の鑑やなっ!」
「それ以前に破壊した壁に目を向けような!?」
飛び出すのと同時に、脇道横の壁が破壊された。
そんな事実に動揺している間にも絡繰華琳様は飛び出した勢いのままに壁に激突。
しかし勢いを止めることなく別方向へと身を翻し、そこへ振り下ろされた剣が崩れかけた壁を粉砕した。
「…………あ、あー……ウチ、用事思い出したわっ! た、たいちょ? ウチはこれで───」
まおう は にげだした!
「待たれよ」
しかし みつかい に つかまった!
「あぁあん見逃してぇ隊長~っ!!」
「これが見逃す見逃さないで済む問題かぁっ!! いいから止めるぞ! せめてこれ以上被害が───あ、あぁあーっ!!」
言ってる傍からまた破壊音。
俺と真桜は顔を向き合わせると同時に頷き、全速力を持って暴れる彼女らを追った。