真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

190 / 454
69:三国連合/滑舌をよくしましょう①

115/ある夜の晩はナイトだった

 

 意気消沈気味に川から戻り、みんなが入り終えてからの風呂をいただいた俺を待っていたのは、まだまだ覚えなきゃいけない物事が書き込まれた書簡だった。

 ぎっしりと高く積み上げられたそれらが机の上のほぼを占拠し、少し途方に暮れる。傍には今日の教師役なのだろう雛里が立っていて、部屋に入ってきた俺を見るや、わたわたと慌てていた。

 

「ごめん雛里、待ったか?」

「あわっ……い、いえ、わわわたしゅもいまきたところ、です……!」

 

 いったいいつから待っていたんだろうか。

 そう考えてみて、結構ゆっくり湯船に浸かっていたことを少し申し訳なく思う。

 かといってさっくり入ってきてもまた風邪を引きそうだから、そうも言っていられない。

 ……で、それでも浮かぶ申し訳ない気持ちを素直に口にしてみたんだが、どうして俺はデートのお約束の言葉をこの時代で聞いているんだろうか。

 

「そ、そか。じゃあ早速で悪いんだけど」

 

 ドライヤーなんて気の利いたものがない分、髪の毛はしっかりと拭かなきゃいけない。汗を拭く時に使うタオルで丹念に水滴を拭いながら、こくこくと頷く雛里を前に椅子に座る。

 そうして始まる勉強。

 今日も来るかなと思った蓮華は来ることはなく、静かな自室に俺と雛里の行動の分だけの音が響く。

 

(うーん……)

 

 ふと思う。

 こう言うのもなんだが、街が祭りで賑わっているのに仕事をしていると、居残りを命じられた生徒みたいだなと。俺の横に立って教えてくれる雛里は先生と呼ぶには小さいが、それは外見だけで……知識は俺の数倍だ。数倍で済んでいるのかは、深く考えないでおこう。

 

(考えてみれば支柱になったから始まったこの勉強のお陰で、ちっとも街を見て回れてないんだよな)

 

 牛乳を取りに行った時や、ついさっきまでの作業等を思い返してみれば、見事に落ち着いてお祭り気分の街を見れていない。だからってここで雛里に街に行こうと誘っても頷きはしないだろうし、困らせることになりそうだから……間を見て行くか。なにも休憩無しで勉強しろだなんて言われてないんだから。

 

(……“休憩してよし”って言われてないのも不安材料だけど)

 

 よし、深く考えないようにしよう。

 集中集中。

 やさしいだけじゃ支柱にはなれないなら、もっと知識をつけて、もっと国に返せるようにならないとな。

 

……。

 

 筆を走らせる音が続く。

 自分でも驚くくらいに集中を続けていられていた。

 覚えるべきことをきちんと頭に叩き込んで次の書簡を手に取り、見た書簡の内容を自分なりに解釈して竹簡に書く。

 それに雛里が目を通して、要点が纏められているかを確認。よければ次の書簡に移り、ダメなら軽い注意をくれる。(くれるというか、その様子を見極めて“言ってくれ”とお願いしないと言ってくれない)

 そんな作業を繰り返し続けた現在。

 

「……はい、問題ない、です……」

 

 最後の竹簡を確認した雛里が、どもりながらの言葉とともににこりと笑った。

 山のように積まれていた書簡をどうにか捌き切り、纏めたものにも合格をもらえた。

 もう何度顔を曇らせた雛里に“悪いところがあったら言ってくれ”って頼んだか……だめだ、思い出して数え直すのも面倒だ。

 ちなみにその雛里さんはというと、立ちっぱなしが疲れてた様子だったので、現在は俺の脚の上にちょこんと座っていたりする。

 “疲れたならここに座っていいよ”と言った俺に対して顔を真っ赤にして拒否しまくった彼女を、半ば強引に座らせたわけだが───集中しだすととくに何も言わなくなり、今では振り向いてにっこり笑うくらいにまで落ち着いた。

 美羽にいつも座られている所為か、俺自身にも誰かを脚の上に座らせることにそう抵抗がなかったのがよかった。無駄に緊張しなかったし。

 

「ん~っ、終わったぁ~っ!」

「おちゅっ……お、お疲れ様でした、一刀さん」

「ああ、ありがとな、雛里」

 

 はふーと息を吐きつつ、背もたれへと背中を預ける。その拍子にこてりと雛里の頭が俺の胸に倒れ、体重を預けられるかたちになる。

 ……あー、なんだか頭とか体とか、疲れた身には心地良い重さと暖かさが胸に染みる。

 もういっそこのまま寝てしまいたいような───っと、あれ? ノック?

 

「鍵はかかってないぞー」

「あわぁっ……!?」

 

 いっそ瞼が重い現在、特に考えも無しにノックに対する言葉を放つ。

 なんでか雛里が慌てた声を出したが、すぐにでも眠れそうなこの頭では“どうして”というところまで考えることが出来なかった。

 

「あ、あのー……一刀様? 華琳さまから言伝を頼まれてはうあぁあーっ!?」

「……ふあ?」

「あわわっ……!? あ、やっ……こここりゅはちゅがっ……ちがいまっ……!」

 

 やってきたのは明命だった。

 にっこり笑顔で、しかしどこか緊張を隠せない顔で訪れた彼女は、まったりしている俺とその上に居る雛里を見て……絶叫した。

 

「明命……いらっしゃい。ごめん、今ちょっと眠くて……ん、ん~っ……んっ、と。それで、華琳から言伝って?」

「はうっ、あ、あのっ、そのっ……───はいっ! “そろそろ皆も魏に慣れた頃だろうから、始めるわよ。───祭りを”……だそうですっ!」

「………」

 

 戸惑う彼女がキリッとなって、華琳の声真似をしてどこか大人びた表情を見せた───! ……と思ったら、にっこり笑って胸の前で手を合わせて見せた。

 ……って、祭り? 祭りって───

 

「じゃあ……祭りを?」

「はいっ、街ばかりが賑わう今の状態ではなく、皆さんが魏の空気に慣れた今こそ、様々な催し物をとっ!」

「てっ……! っていうことはっ! 俺ももう鍛錬していいのか!? 祭りってことは、準備期間中に何度か耳にした天下一品武道会もやるんだろっ!?」

「あ、はいっ、やりますし、華琳さまにも鍛錬のことを一刀様に伝えるようにと……って、えっ───一刀様、まさかあれに出るつもりですか……?」

「武道会は男の浪漫だ! 漫画やアニメや小説の中でしか無いと思ってたものがあるなら、優勝なんて出来なくても出てみたいと思わないで“何が漢”! 無謀でも出るさ! たとえボッコボコでメッタメタでぐっちゃぐちゃでゴッシャゴシャ血みどろな未来しか待っていなくても! 歩くから浪漫! 突っ走れ青春! 届けるから想い! 繋ぐから絆! そして闘うから強敵と書いて友と読む!! 他の人から見た俺が強敵じゃなくても、挑む思いは捨てられない! 負けて泣いても強くなる! ある人が歌った……涙の数だけ強くなれるって! たとえ訪れる明日がキミのために訪れたものではなくっても、ならば己で誇りましょう!! 我が人生はっ……輝いているっ!!」

 

 ………………。

 

「……あ、あー……とととっとととというわけでっ、でで出ようと思うんだっ! うんっ! あと今のは寝惚けてたのといろいろ溜まってたゲッフゴフゴホッ! ちょちょちょっと勢いに任せていろいろ晴らしたかっただけだから気にしないで今すぐ忘れよう! なっ!?」

「は、はぁ……それは構いませんが……」

「……?」

 

 雛里を胸に抱いたまま立ち上がり、熱く語った俺を見つめて首を傾げる明命に、苦笑いをプレゼントした。当然、俺を真っ赤な顔で見上げる雛里にも。

 はぁあ……なにやってるんだか……。

 鍛錬出来るのが暴走するほど嬉しいのか俺。

 いつからこんなに鍛錬馬鹿になったんだか……って、一年前からか。

 馬鹿にならなきゃ心がどうかしちゃいそうだったしなぁ……。

 

「で、武道会っ───もとい、城でのお祭り騒ぎはいつに?」

「はいっ、五日後だそうですっ!」

「五日後!」

 

 再びポムッと胸の前で手を合わせる明命とともに、俺もポムと手を合わせた。

 五日後……五日後! 五日後に開始するのか!

 

「おおお……───お? それまでは?」

「はい、お祭り騒ぎが五日後にありまして、それまでの四日間は、今まで呉や蜀で行なわれた祭りも合わせた催しの準備で、完成すれば各国で競うことになっていますですっ」

 

 いかにもな祭りだ。

 それはどれほど賑やかなものになるのか。

 そしてそれを安全な方向に導かんとして、我ら警備隊がどれだけ苦労するのか。

 ウワー、嬉しい反面怖いことだらけだ。

 でも準備自体は先にやっておいたものもあるし、そんなに難しいことじゃない筈だ。

 何に使うのかわからない舞台の案件も、なるほど。武道会のために作らせようって話だったわけか。

 てっきり新しい数え役萬☆姉妹の舞台かと思った。

 

「ところで明命? なんだってその報告を明命がしてるんだ?」

 

 まあともかくだ。現状を纏めてみよう。

 教えてくれたのは素直にありがたいが、なんだって明命が?

 丁度通りかかったところを~ってカタチにしては、ちょっとソワソワしてるし。

 

「あ、はい、実は中庭でお猫様を発見して、モフり回そうとしたところで華琳さまと会いまして。今は一緒に居た亞莎と、皆さんにお報せに回っているところなんです」

「へぇえ……華琳がそういうやり方で報せるなんて珍しいな」

「用事がいろいろと立て込んでいるらしいです。わたしと亞莎に言伝を頼むと、すぐに自室の方へ向かったようですし」

「あー……」

 

 やっぱり王っていうのは大変だな。

 特に今は各国の王や将までごっちゃりと集った状態だ、起こることもここだけのことじゃなく、各国でのこともこちらに報告が届くんだろう。

 

「よかったら俺も手伝おうか? 眠気覚ましに丁度いいし、今寝たらヘンな時間に起きるだろうし」

「いえいえっ、それには及びせんっ! 手伝ってくれるのはありがたいですが、いろいろと邪魔をしてはいけない気もしますし……その」

「?」

 

 胸の前でついついと人差し指同士を突き合わせ、上目遣いでこちらを見る明命さん。

 なに? と視線を追ってみると、俺ではなく俺の胸を見ていた。

 で、そこには俺に抱き締められて宙に浮いたままの雛里さん。

 

「…………」

 

 いや、違うんですよ明命サン。

 これはただ抱き心地がよくて、なんか気力が充実してきたらべつに重くもないし、嫌がられないならこのままでも別にいいかなとかなんかいろいろと考えてしまって。いや、だからって抱き続けていい理由にはそりゃあなるわけがないんですが、ほら、あれだ。

 

(………)

 

 人肌が恋しうぉおおおお!? ちょっと待て今何考えてた俺!

 恋しくない! 恋しくないぞ!? 大丈夫、恋しいけど恋しくない!

 大体これから鍛錬OKになったんだ、湧き出た欲求なんて全部そっちに回せばいい!

 

(でもなぁ……)

 

 ふと、支柱になる前に地和と話したことを思い出す。

 美羽が居るからそういうことをしには来ないが、もし居なかったらとっくに夜襲かけられていたのではと時々思ってしまう。いや、むしろ俺が期待してしまっているんだろうか。

 

(でも───やっぱり違うんだよな。肉体関係っていうよりは、もう“大切な家族”ってくらいにまで感情が向いてる。そりゃあ好きだし、愛したくもなる。ただ、その欲求よりも“大切にしたい”って感情のほうが強いんだ)

 

 煩悩はある。当然だ。だって人間で、年頃の男の子ですもの。

 ただそれが性欲ばかりに向いているかといったら否なのだ。

 

(禁欲生活が続きすぎて、とうとう妙な悟りを得たのかしら)

 

 少しご婦人チックに思ってみるが、べつになにかが変わるわけでもない。

 ただこうして大事にしていられる今こそが愛しい。

 守りたい気持ちって、きっと“そんなもん”なのだ。

 

「よしっ! 明命!」

「え、あ、はいっ」

「じゃあ俺、今から鍛錬してくるなっ!」

「はいっ! ……はいっ!?」

 

 自分自身に頷きながら雛里を下ろすと、輝く笑顔で伝える。

 なんにせよ鍛錬が出来る。体の疼きをそちらにぶつけることが出来る。

 もはや立ち止まる理由も無し! 本日の分の仕事も終わった今ならば、いったい誰がこの衝動を止められましょう! 眠気なんぞ既に吹き飛んだ! いける……俺いけるよ! この高揚感があれば、もはやこの北郷めに敵なぞおりませぬぞ!

 

「こ、これからっ? 鍛錬を、するん……ですかっ?」

「ああっ、ここしばらく出来なかったから体がナマっちゃってさっ! そりゃあ氣の鍛錬だけはずっとやってたけど、やっぱり体も動かさないとどうにもこう……」

 

 手を握ったり開いたりしてみる。

 もちろん普通に動くのだが、なにかが足りない気がするのだ。

 これって鍛錬中毒? どこかのやさしい野菜星人の魂でも混ざったんだろうか。

 木刀に攻守の氣を込めると金色に輝いたりするし、そうなのかも。

 と、冗談はここまでにして。

 

「今日はありがとな、雛里。お陰で早く仕事が片付いたよ」

「あわっ!? あ、あぅわわわ……! い、いえっ……あのそのっ……かかかかかじゅとしゃぶっ!? ~……っ!」

 

 うわっ! また噛んだ! 蜀の時でもそうだったけど、まだ直ってなかったのかこれ!

 すぐに断ってから舌を見せてもらうが……ああ、今回も傷らしい傷はないな。

 コレも直せるようにしないと、いつか思い切り血を見ることになりそうで安心できない。

 

「……そだな。鍛錬もいいけど、そっちもだ」

「ふぁ……?」

 

 舌をチロリと見せながら、疑問の視線で俺を見上げる雛里の頭を帽子ごと撫でてから、舌を診るために屈ませていた体を立たせて胸をノック。

 自分のことばっかりじゃ支柱失格! 支柱って言葉に囚われすぎるのもよくはないが、だからって自分勝手に行動しすぎるのもいけない。だったら俺が思うように動けば、少なくとも間違った時に怒られるのは俺だけだし、それならそれで良しだな。

 

「雛里、今朱里って何処でなんの仕事をしてる?」

「ひゃふ……? ひゅ、ひゅりふぁんでひゅふぁ……?」

「……ごめん、舌はもう引っ込めていいから」

「あわっ!? は、はいぃ……」

 

 もごもごと喋る雛里の肩にポムと手を置き、申し訳なく伝える。

 真っ赤になりながら舌を引っ込めて、改めて語られる朱里の現在の行動は───……訊かなければよかったです、はい。

 

「……? あの、一刀様? その“ひみつの書”とはなんですか?」

「うん……なんだろね……」

 

 遠い目をして返す他なかった。

 明命はしきりに首を傾げていたが、すまん。どうか純粋なキミのままで居てくれ。

 

「じゃあ、引き止めちゃって悪かった。他の人にも伝えなきゃいけないんだよな?」

「はうあっ! そうでしたっ! そ、それでは失礼しますですっ!」

 

 ビッと敬礼するみたいに姿勢を正し、明命が走ってゆく。

 廊下は走るな~的なことを言ってみようと思った時には既にその姿はなく、曲がり角で人身事故でも起こしやしないかと少し心配になった。

 ……まあ、たとえそうなりそうになっても、気配察知で躱せそうだ。

 

「あ、あの……? 一刀さん……?」

 

 で、一方こちらの鳳統さん。

 今日はもうどうせ遅いし、鍛錬は明日から始めるとして。

 

「雛里」

「ひゃうっ、ひゃひゃひゃひゃいっ……!?」

「いや、そんなびっくりしなくても。……あのさ、早口言葉の練習、しないか?」

「…………はい?」

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ