真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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69:三国連合/滑舌をよくしましょう②

 カミカミ言葉はいいものだ。それは星も認めるところであろう。

 しかしこのままだといつか大変なことになる……かもしれない。

 なので喋る練習をしよう。

 分類的にはこう……稟の鼻血対策の延長みたいなもんだろう。

 多分。

 

「はやくちゅことば、でしゅか」

 

 早速噛みまくってる目の前の少女に苦笑を届けつつ、再び椅子に座って彼女を招く。

 おずおずと寄ってきた彼女をまたもや足の間に座らせて、リラックスした状態でレッスン開始だ。

 焦るとろくなことにならないのはもはやパターン的な何かだと断言出来る。

 なのでリラックス。落ち着いて、まずは基本から。

 

「雛里、俺が言う言葉を復唱してみて。焦らず、まずは深呼吸~」

「は、はい。焦らず、まじゅはしゅんこきゅ~……」

 

 そして早速ダメそうだった。

 深呼吸のくだりは復唱しなくてもよかったんだけどな……。

 

「じゃあ、いくぞ? まずはゆっくり。“生麦。生米。生卵”。はい」

「? ……なまむぎ。なまごめ。なまたまご」

「よし。じゃあ少し速度を上げて。“生麦、生米、生卵”。はい」

「なな、なまむぎ、なまごめ、なまてぃゃまぎょっ……」

 

 最後が少し絡まった。

 しかしもう一度と言い直すと、それは───……余計にこんがらがった。

 まあ、基本そうなるよな。

 

「えっとな、コツとしては一言ずつをハッキリ、ちゃんと口を開けて言うことなんだ」

「ちゃんと、ですか?」

「そう。あとは頭の中で“言う言葉”を組み立ててから言うこと。“思いつき言葉”って、慣れてる人でも結構噛みやすかったりするんだ。頭で言葉を組み立てるのが上手い人ならすらすら言えたりするんだけどな」

「へぅう……」

 

 雛里が、月みたいな声を出して帽子を深く被る。

 しかしその帽子をパッと離すと

 

「なまぎょっ! …………~っ!!」

 

 生麦すら言えずに噛み、カタカタと震えだした。

 

 ◆ナマギョ───なまぎょ

 どこぞで釣れるナマズのような小魚。

 ナマズではないのだが、ナマズに似ている。

 これをエサに大物を釣ろうと竿を振ると、弾丸となって飛んでゆく。

 ただし身は脆く、振った反動で口から針が取れ、それこそ弾丸となって飛んでゆく。

 *神冥書房刊『小魚なのに滅法硬いです。ただし表皮だけで、中は脆い』より

 

 ……と、無駄に妙なことを考えてないで。

 

「……うん。少しずついこうな」

「…………ふぁいぃ……」

 

 震えながらこくこくと頷く雛里の頭を撫でて、リラックスさせつつ発声練習から。

 ご存知、アエイウエオアオである。それを50音順に繰り返していく。

 もちろん言葉に合わせてきちんと口を動かすのを忘れない。

 

「はい、生麦生麦生麦生麦」

「生麦っ、なまむぎっ、なまむぎ、なまみゅぎゅっ」

「生米生米生米生米」

「生米生米なまっ、なっ、なままっ……!」

「はい、生生生生」

「な、なまなまなまなまっ!」

「米米米米」

「ごめごめごっ……ごめっ、ごめっ!」

 

 まずは難しい部分から早口で、次第に簡単にしてゆく。

 早く動かすことに慣れさせるなら、先に速い部分から練習した方が効率がいいのだ。

 

「はい、あめんぼ赤いなアイウエオ」

「あわっ……!? あ、あめんぼあかいな、あいうえ、お……?」

「よし。浮藻に小蝦もおよいでる」

「う、うきもにこえびもおよいでる……」

「ほら雛里、はっきりはっきり~。柿の木栗の木カキクケコ」

「ひゃいっ、かか、かきのきくりのき、かきくけこっ」

「よし。啄木鳥こつこつかれケヤキ」

「きつつきこつこつかれけやきっ」

「ひつきぼしの鳳凰の握りこぶしの奥深い意義の天翔の十字の鳳~!!」

「ひちゅっ……ひつきぼしのほうおうのにぎりこぶしのおくぶかいいぎゅのてんしょうにょじゅぶじゅにょほー!」

 

 ハッキリ、と言われてむんと構えてからは、途中途中でつっかえながらも声を出そうと頑張る。そんな調子でほんとに発声練習を始めた俺は、次から次へと言葉を放ち、復唱をさせてゆく。

 社友者(しゃゆうじゃ)が混ざったのは気にしなくていい。

 

「じゃあ戻ろうか。生麦」

「生麦」

「生米」

「生米」

「生卵」

「生卵」

「……いいか? じゃあ───生麦生米生卵っ!」

「───! 生麦生米生卵っ!」

 

 ───おおっ!? いった!

 

「すごいじゃないか雛里っ! 言えた言えたっ!」

「………………」

「ひなっ───……雛里?」

「…………~……」

「雛里? どうし───って顔赤っ!? 頭熱っ!! 雛里さん!? アナタ早口言葉でどれだけ脳細胞活性化させてるんですか!? こんなの難しいこと覚えるよりよっぽど簡単だろ!?」

 

 ひょいと横から覗いてみれば、顔を真っ赤にして目をぐるぐる回している雛里さん。

 軽くゆすってみると「あわわ……っ!?」と肩を弾かせて戻ってきてくれた。

 

「大丈夫かっ? 雛里っ!? なぁっ!」

「───…………あ、は、はぅう……」

 

 そのまま視線を彷徨わせて、俺と視線がぶつかると再び顔を赤くして俯いてしまう。

 なんにせよ、戻ってきてくれてなによりだ。

 まさか早口言葉が彼女にとってここまで難しいものだったとは。

 

(こういうの、真桜とか霞は上手そうだよな。地和は特に上手そうだ)

 

 よく喋る人を思い浮かべてみて、少し笑う。

 そんな軽い振動に、足の上に座っている雛里が少しだけこちらを睨んでくる。睨むというよりは、悲しそうに見つめてくる。

 

「いや、雛里を笑ったんじゃないって。魏には早口が上手そうなヤツが結構居るなって思っただけなんだ」

 

 蜀はどうだろうか。翠……は意外と苦手そうな気がする。テンパった時なんかしょっちゅう(つか)えてるし。となると蒲公英か。たんぽ……あぁ……考えるまでもないよなぁ。蒲公英は上手いよ、絶対に上手い。

 鈴々は……意外に苦手そうなイメージがある。

 呉では、閊えるって分を考えなければ亞莎が結構いけそうな気がするなぁ。雪蓮は普通に出来そうだ。穏は性格上向いてない、よな。

 

「落ち着いたか?」

「い、いえあの、もう少しこのままで……」

「ん、りょーかい」

 

 二人してフスーと息を吐いて脱力。

 慌てたお陰で逃げていった眠気は、どうやらしばらく帰ってきそうにない。

 で、帰ってこない眠気の代わりに控えめなノックがやってきた。

 先ほどの雛里の言葉を考えるに、やってきたのは間違い無く───血盟に従い参上した彼女でしょう。

 少し心に陰りが生まれるのを感じながら、さっきと同じように鍵はかかってないぞーと伝える。静かに、しかし素早く開けて素早く入って素早く閉めたのは……予想通り、朱里だった。

 雛里が俺の足の間でリラックスしてても特に問題視せず、興奮した状態でタトトッと近寄ってくると、大事に抱えていたそれを無言で俺に突き出してきた。

 ……ええはい、艶本……先程の“ひみつの書”です。

 

「………」

「………はわっ!?」

 

 遠い目をしてそれを受け取ったあたりでようやく雛里の状態に気づいたのか、朱里が小さな驚きを口にする。しかしながら雛里も相当に頭をフル回転させたのか、鈍い反応しか見せない。

 ……早口がここまで脳を使うものだったとは。驚きだ。

 そして朱里サン? これはけっして、やましいことをしたあととかではありませんからね? そんな赤い顔でちらちら見られても何もありませんから。

 

「あ、あー……その。じゃあ本を見る前に、朱里も雛里と同じこと……するか?」

「はわわっ!? お、同じことでしゅかっ!? そそそっそそそれは確かに一刀さんと雛里ちゃんとは秘密を共有する同盟同士でしゅがっ、そそそそれはっ」

 

 予想通りに盛大に勘違いなさっておられるらしい。

 心の中で溜め息ひとつ、くてりと動かない雛里をまず寝台へと運び、再び椅子に座ると朱里を足の間へ。赤くはなったもののなんの抵抗もなくすとんと座った彼女に、

 

(ハテ? 勘違いしてる割には随分あっさりと……)

 

 などと思いつつも、早速始める。

 まずは呼吸を合わせることから。

 

「はい吸って~」

「はわっ!? すすす吸う!? なにをでしゅか!?」

「なにって……息だけど」

「はっ───そ、そうですねっ、呼吸は大事だと言いますしっ!」

 

 慌てた様子でゴヒュウと一気に息を吸う朱里サン。

 その様子を見守りつつ、そろそろかなと思ったところで「吐いて~」と。すると再びゴヒャーと一気に吐く朱里さんの後ろで、こんな調子で大丈夫だろうかと心配になる俺がいた。

 

「雛里とやってたことをやるわけだが……何をやるか、わかってる?」

「はうわあぁっ!? ななななにをってそのあのっ!」

「……とりあえず艶本に書かれているようなことじゃないからね?」

「!?」

 

 やんわりと言ってみると、これまた余計に誤解したのか、ドキーンと跳ねる朱里の肩。

 

「えーとな……加えて言うと、この世界の艶本にはない、まったく新しい天の技術を教えるとか、そういうものでは断じてないからな?」

「……………っ!? あ、いえあのそれはもちゅろんわかってましゅたよ!?」

 

 だったらなんでそんな、あからさまに残念そうなんですか朱里さん。

 けど待とう。技術ではないにしても、一応は天のやり方ではある。早口言葉でカミカミを直すとは言うものの、些細なカドを…………どうでもいいか、そんなこと。

 

「雛里とは早口言葉の練習をしてたんだ」

「早口言葉……ですか?」

「そう。そしたらよっぽど頭を使ったのか、ああやってぐったりしちゃって」

「あの雛里ちゃんが……」

 

 読書するよりも頭を使うなんて、人による影響の上下ってわからないもんだよな。

 これ、絶対に書いて読んで口に出すより頭を使ってるだろ。雛里限定で。……そこに朱里が加わるかもしれないが、まだ断定はできない。だからこそ、さあまいりましょう。

 

「ほら、朱里も雛里も、よく言葉を噛むだろ? だからそれを直そうと」

「あ……そうだったんですか。私はてっきり───」

 

 ……………………てっきりの先は、しばらく待っても語られなかった。

 なんとなく予想がついたから、踏み込んだりはしない。ああしないとも。

 

「で、朱里もどうだ? ここぞって時に噛むと、結構恥ずかしいだろ」

「はうっ……そ、それは、たしかにそうですけど……」

「なら想像してみてくれ。ペラペラと軽快に喋る自分を。頭の回転が速くて仕事も正確! 問われれば即座に相手の望んだ答えを返し、三国会合の場でも滞り無く話せる名軍師諸葛亮孔明!」

「───………………!」

 

 想像したのか、困惑顔に輝きが宿り、少しずつ緩んでいく。

 そして言うのだ。振り向きざまに。

 

「かじゅとさんっ! 私やりますっ!」

 

 …………早速噛んだが、熱意は伝わったから、あえて突っ込まずに頷いた。

 いや、べつに艶本から話題を逸らすためとか、そんなんじゃないですよ?

 

……。

 

 はい、そんなわけでレッスン。

 

「生麦生米生卵っ」

「なまむぎなまごめななたまもっ」

「李も桃も桃のうちっ」

「すもももももももももうひっ!」

「赤巻紙青巻紙黄巻紙っ」

「赤巻がみあおまききゃききまきゃきょきゅ」

「笹の葉ささくれササニシキ」

「笹の葉ささくれササシシシッ」

「ひつきぼしの鳳凰の握りこぶしの奥深い意義の天翔の十字の鳳ー!!」

「ひつきぼしのほうおうのにぎりぶしゅのおくぶ、奥深い意義のてっ……天翔の十字のほー!」

 

 途中でレンタヒー○ーが混ざった。

 ササニシキよりよっぽど言い易い気もする。ササシシシ。……案外言いづらかった。

 社友者は恒例になりつつあった。

 

「ふ……は、はわわわわ……」

「あー……朱里~……? 頭がゆらゆら揺れてるぞ~……?」

「らい、らいりょ~ぶれふ……かっこいいわたしに……なるんれふ……」

 

 おお、なんか今にも目を回して倒れそうなのに、彼女の中の“格好いい自分を目指す心”が諦めることを許さない! ……あれ? じゃあもしかして、きちんと言えるようになるまで動けない?

 ……だ、大丈夫! キミなら出来る! ようはきちんと言えるようになればいいんだ! 俺の鍛錬なんてそのあとでも十分だ! じゅっ……十分、だよな……? ───十分だとも!

 だから恐れることはない───協力すれば出来ないことも出来る! そのために俺達は手を伸ばして友達にも盟友にもなったんだ! その絆を試す時が、まさかカミカミ言葉を直すためだとは思わなかったけどさ!

 けど、だからこそ言おう! Yes,We,Can(そうだ、私たちは出来る)!!

 

「よしっ、頑張ろう朱里! でもまずはリラックスだな。力を抜いて、深呼吸しながら体に溜まった嫌なことを少~しずつ少ぉ~しずつ吐き出すんだ」

「は、はいぃ……」

 

 言われた通りに深呼吸をする朱里。

 さっきのようなゴヒュウゴヒャアな吸って吐いてではなく、ゆっくりと深く。

 それが終わると、やはり雛里にやらせたように一言一言をはっきりと喋る練習を。ひとつひとつを積み重ねてから、いざ本番。

 

「なまぎょっ!───……~……!!」

 

 …………。ナマギョだった。

 

 ◆ナマギョ───なまぎょ

 どこぞで釣れるナマズもどき。

 ナマズに(略)

 

 ……だから無駄な思考展開はいいって。

 とにもかくにも練習続行。

 といってもやることなんて同じで、少しずつ身につけていくしかない。

 やればやるだけ確実に身につくって保証があるならやる気も起きるってものだが、困ったことにこういうのに限って相性ってものがあるのだ。

 人とあまり話していないと噛みやすいとか聞いたことがあるけど、朱里は雛里はその典型……かな。

 きっと人と話す機会よりも本を読む時間のほうが長かったんだろうし、その知識を以って人の役に立つ場合、人と話すというよりは“知識を語る”だけだったのだろう。人と話すって意識が無い所為で、いつまで経っても慣れやしない。

 ……あ、それで言うと亞莎はどうなるんだろうか。

 

(…………亞莎も呼ぼうか)

 

 何処に居るかもわからないし、まだみんなに報告している最中かもしれないが───訊いてみて、まだ途中だったら諦めて、終わってたら招こう。

 こくりと誰にともなく頷くと、ひょいと朱里を下ろしてから立ち上がる。きょとんとした目(回り気味)が俺を見上げるが、「水を貰ってくる」と言うと妙に納得した顔で頷いてくれた。

 


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