真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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70:三国連合/肯定者①

116/境界

 

 なんだかんだですっかり陽が沈んだ中庭の景色の中、軽く灯りを揺らす東屋。

 そこに座る華佗を前に、茶を用意してどうぞと渡す。

 

「すっかり冷めちゃってるけど、まあ不味くはないよ」

「ああ、いただこう」

 

 俺が淹れたぬるいお茶をスズ……と飲んで息を吐く。

 そうしてから大した間も取らず、彼は切り出した。

 

「北郷。武道会には出るのか?」

「へ?」

 

 出たと思えば武道会。

 てっきり医療のことや、以前に言ったゴッドヴェイドォオーへの勧誘のことかと思ってたのに。そんな俺の戸惑いを受け取ったのか、華佗はうむと頷いて腕を組み、こんな会話になる経緯を説明してくれた。

 

「……なるほど。街で噂を聞いて、それで。でもさ、どうして俺のところに?」

 

 街で聞いたのはわかった。

 が、それで俺のところに来る理由が実に謎。

 というか、一刀でいいって言ってるのに。

 

「ああ。少し気になることがあってな。北郷、あれから鍛錬は続けていたか?」

「あれから…………いや。いろいろあって、あまり出来なかった。氣の鍛錬だけはやってたけど」

「そうか、なら丁度いい。少し手を見せてくれ」

「? いいけど」

 

 はい、と……東屋の卓越しに手を伸ばす。

 華佗が伸ばされた手を右手で掴み、左手で掌をぐいぐいと押したりして何かを調べているのだが……よしわからん。指圧してくれてるわけでもないだろうし……いや待て、まさか妙な病気にかかってたり?

 ちょっ……ちょっと待った! 冗談じゃないぞ!?

 せっかくこの地でもう一度ってところまでこれたのに、こんな時に───!

 

「北郷」

「あ、ああっ、なんだっ!? 俺、もしかして死ぬのか!?」

「…………い、いや。死にはしないが……」

「……あれ? そうなの?」

 

 思考が飛びすぎていたらしい。

 冗談とも受け取れない俺の迫力に、華佗が思い切り引いてらっしゃった。

 

「……北郷。原因までははっきりとわかっていないが、伝えたいことがある」

「ん……? なんだ?」

 

 病気とかでもないらしい。

 ただ華佗自身も理解に至ってないって様子のままに、次ぐ言葉を発する。

 

「親しい者と顔を合わせるたび、変わらないなと言われないか?」

「え……ああ、言われる。結構鍛えてる筈なのに、変わらないな~って」

 

 氣は大きくなった、とは言われることもあるんだが。

 どうしてか筋肉はあまり変わらないようで。

 

「お前の筋肉だが……呉で見た時と、まるで、全く変わっていない」

「───へ?」

 

 変わって…………エ?

 

「変わったのは氣のみだ。お前の体は、まるで鍛えられていない」

「ちょっ……ちょっと待った、なんだそれ。筋肉痛とか味わったのに、まったく……?」

 

 俺の疑問にあっさりと「ああ」と返す華佗。その顔には……冗談が一切含まれていない。

 

「どういう意味だ……? あ、いや、意味はわかる。筋肉がまるで成長してないって。でも、じゃあ……なんで?」

 

 首を横に振られる。そりゃそうだ、医者だからって相手の不安をなんでも説明してくれるわけがない。

 

「以前はどうだったんだ? 天に戻る前は」

「以前は……うう」

 

 今ほど真剣に鍛錬などしなかった。

 だから筋肉がついたかどうかなんてのはひどく曖昧だ。

 その頃から御遣いの氣ってものに支えられてた自覚が、今ならあるにはあるが───

 

「ごめん、覚えてない。魏将相手に軽い立ち合いめいたものをやったことはあるけど、どうせ負けるんだって半端な気持ちでやってたから」

「……そうか」

 

 思えば随分と不真面目だった。

 あの頃からもっと鍛えておけばよかったと後悔が浮かぶ。

 曖昧のままにその頃のことと今の自分の状態を説明してみても、華佗は眉を顰めるだけ。しかしながら思考を回転させて、予想の域を出ない言葉でもきちんと話してくれる。

 

「そうだな……今の北郷はまるで、氣と意識だけがここにあるような感じだ」

「え? 幽霊みたいな?」

「いや。体はきちんとここにある。あるが、まるで体の時間は止まっているような……」

「………」

 

 その言葉を聞いて、ぎしりと、身体の奥の何かが軋んだ気がした。

 …………あれ?

 ちょっと待て? 体の時間が……?

 

「………」

 

 乱世の頃、時間をかけて天下を統一した。

 服だってぼろぼろ、いろいろな経験をしたし、思ったよりも長い時間を生きた。

 なのに───……家族の反応は、どうだった?

 

(服がところどころ痛んでいたことに驚かれた。でも……)

 

 疑問が浮かぶ。その度、ぎしりぎしりと嫌な予感と、答えに向かってくれるのかもわからない予想がいくつも作られていく。

 その中でもとびっきり。

 当たって欲しくない予想ばかりが、自分の想像や状況と一致していく。

 それはつまり、自身への疑問だったり、確かにそうであることへの答えであったり。

 俺は……俺は。

 あの頃、そしてこの世界にこうして戻った今でも、一度でも───“髪を切ったか”?

 

「あ……れ……?」

「北郷?」

 

 体が震えている。

 考えてしまった事実に、頭が追いついてくれない。

 けど、予感や判断材料はあったはずだ。

 俺が天に戻った時、時間は少しでも動いていたか?

 服は確かに汚れた。けど、それは“体の時間”とは関係のないものだからだ。携帯だって壊れた。壊れて、そのままだった。

 じゃあ体は? そりゃあ擦り傷切り傷を負った。言った通り、筋肉痛だって味わった。

 でもそれは氣ってものや感覚が覚えていたもので、もし本当に体が成長するためのものではなかったのだとしたら───

 

「………」

 

 体は鍛えた分、天で成長しているかもしれない。

 それは、以前ならば極僅かだからこそ家族に気づかれなかった程度で、今回は別かもしれない。じゃあもし天に戻ったら、急にゴリモリマッスルになったりするんだろうか。……それは、さぞかし驚くだろうな。主に及川が。

 

「なにか心当たりはあるのか?」

「……予想でしかないけど、一応」

 

 周りに誰も居ないことを確認したのち、一応思春の氣も探ってから……話し始める。

 今の自分が予想したことの全て。

 もちろん予想でしかないないのだが、華佗は真面目に受け取り、何度も頷いていた。

 

「天でのことはなんとも言えないが……そもそもお前が天から降りてきたこと自体が不思議な現象だと俺は思っている。そこになんらかの不可思議が混ざったところで、それはそういうものだとしか受け取れない」

「……そうなんだよなぁ」

 

 そうなのだ。

 何がどう起こっていようと、これから起きようと、俺はそれを受け入れることしか出来ない。何故って、どういう原理でそんなことが起こっているのかさえわかっていないからだ。

 

「えっとつまり…………そういうことなんだよな?」

「そういうこと、というのが何を差すのか……予想はついているつもりだが……」

 

 辛いと言えばいいのだろうか。悲しいと言えばいいのだろうか。

 この世界はお前の本当の世界ではないと言われているようで、寂しくなる。

 

「覚悟は決められそうか?」

「今までで一番辛い覚悟になりそうだよ。なにせ───……」

 

 いろいろなものを見届けなければいけないことになりそうだ。

 その中で俺は何度泣くのだろう。

 それを考えるだけで、胸を突く痛みは大きくなるばかりだった。

 

「華佗。このことは───」

「大丈夫だ。医者は個人の秘密を他者に漏らしたりはしない」

「……はは、これが医療と関係あるかはわからないけど、助かるよ」

「ああ」

 

 ふっと笑い、華佗が息を吐く。

 ……まさか、こんなことを話すことになるとは思わなかった。華佗も、こんなことを聞くことになるとは思わなかっただろう。

 

「えと……」

 

 深呼吸をひとつ、静寂が辛くなったので話を振ることにした。

 えぇと、話題話題……そうだ。

 

「俺の体ってさ、鍛えても筋肉はつかないんだよな? でも氣は鍛えられてる」

「ああ。鍛えたなら強くなると思いがちで、勘違いをする時もあるとは思うが───筋肉はついていない」

「……あ、ああ……」

 

 つまりあれですね? 少し筋肉ついたなーとか思ってたのは、通販とかで高い金を出して手に入れた商品を使った際、なんとなくよくなったと思い込みたい見栄みたいな……アレですね?

 今さらながら、鏡の前でポージングを取ったりしていた自分が恥ずかしい。

 

「じゃあつまり、俺がこの世界で強くなるには───」

「氣をとにかく充実させることと、氣脈を広げること。さらには氣の扱いに慣れること。あとはお前自身がどれだけ相手の動きを見切れるか。それだけだろう」

「……走った日々とかは無駄だったり?」

「いや、無駄ということはない。動きながら氣を意識することで、確かに氣の流れを操れるようにはなっている筈だ」

「そ、そか」

 

 それを聞いて安心した。無駄だったなんて言われてたら泣いてたよ。

 

「はー……」

 

 そっかぁ……体は鍛えても無駄か、天の体に蓄積されているか、かぁ。

 でもな。殴られれば痛いし痛覚はきちんとあるのに、この体が本物ではないって言われてるみたいでこう、妙に違和感が。それについて訊いてみれば、

 

「行動するからには体が必要で、その体は天から降りたお前がこの世界で動くための器のようなもの、と考えればいいんじゃないか? 体というものは本人が気づいていないだけで、氣や意思といったもので動いている。それらはひと纏めにしてみれば、“命”としか言えないものだ」

「……ん、んん……?」

 

 どうにも判断に困る言葉で返された。……いや、俺が落ち着けていないだけなんだろう。今はどんな言葉を言われても、冷静のつもりでも冷静になれないままに聞くことしか出来無さそうだ。

 

「心臓が止まれば死ぬ。心臓が無事でも筋が切れれば手は動かない。血が無ければ死ぬし、だがそれ以前に生きている意思が無ければ、体が満足な状態であったところで機能しない。人というのはそういうものだろう?」

「まあ……確かに」

「医者としての考えでも普通の考え方でも、どれだけ考えようと確信に至れないものなど山ほどあるが───わかっていることはあるにはある」

「それは?」

 

 こっちはわからないことだらけなんだが。

 そんな気持ちも込めて訊いてみれば、

 

「北郷。お前は確かに生きているということだ」

 

 と返された。

 ……当然といえば当然のことだが……なるほど。この体がどうなっているのか、と考えるよりも、生きて大切な人の傍に居ることを考えるのも悪くない。

 わからないならわからないなりに、か。

 あれ? でも待てよ?

 俺が天に戻った時、天の時間はてんで流れてなかった。

 ハッと気づけば教室に居たんだ。学校に行く前に確認した日のままだった。

 

「……あのさ。この体、ちゃんと俺のだと思う」

「? どういう意味だ?」

「前に天に戻った時だけど、時間が全然経ってなかったんだ。この世界であれだけの時間を過ごしたのに、全然。それって俺が……えぇっと、おかしな話になるけど───」

「ああいい。話してくれ」

「……ああ」

 

 一度頭の中を纏める。

 時間が経たなかった理由や、氣ばかりが成長する理由。

 おそらく、そんなものはゲームや小説の中でしかありえないこととか考えていたが、現にこんなゲームみたいな現象とともに別の時代に飛んじゃってるんだから……改めて考えてしまえば、今さらすぎて逆に笑えてしまう。

 

「俺は天で生きるべき存在だから、天以外では時間の流れに影響されないんじゃないかな。傷が出来れば治るけど、それは成長じゃなくてあくまで治癒。氣が成長するのは、氣ってものが体の成長に影響されないものだから、とか……」

 

 自分でも確信に至らないことを並べる。

 纏めたところで何一つ正解に至ってなどいないんだと自分が疑いたくなるようなこと。

 でも、じゃあ説明しきれるかといえば無理なのだ。

 わからないから理解を求めるんだが、そもそも前例がない時点でお手上げだ。

 

「……確かに産まれた頃から異常に氣が高い者も居る。かと思えば一切の才もなく、氣さえ満足に持てずに産まれる者も。そういった意味では、氣というものは人体の成長にはそこまでの関係は無い、かもしれないが……」

「というか、成長しないのに痛覚はきちんとあるんだからたまらないよな……」

 

 どうせなら、不死身の男! 北郷一刀であるー! って勇猛で居られれば……ああ、なんか無理だ。不死身であっても怖いものは怖い。春蘭の眼力ひとつでヒィと叫んで逃げる自分しか想像出来ないや。

 

(……成長しない、か)

 

 他にも居たりするんだろうか。

 俺みたいに、わけもわからずこういう世界に飛ばされて、歳もとれずにずぅっと世界を見守っているような存在が。

 居たら友達になれたりするだろうか。

 そんなことを考えたら、夢の中に出てきた貂蝉が頭に浮かんだ。

 ……いや、いやいやいや、さすがにそれはないだろっ……なぁ!?

 

「………」

 

 “でも”、だ。

 もし貂蝉や、貂蝉が言ってた“彼”……左慈が、そんな存在だとしたら……。

 

(俺、どうするんだろうな)

 

 外史の肯定と否定の具現として生まれたと聞いた。

 生まれたって、どうやって? 俺はこの地で“産まれた”って過去を持たないから、“生まれた”というのなら降りた瞬間だ。

 どんなきっかけがあるにせよ、こうして降り立って前を見た。

 この世界を愛している。一緒に歩ける人を、手を繋ぐみんなを愛している。

 そんな世界を終わらせたくないという自分を自覚した時点で───

 

(……そっか)

 

 俺は肯定者なんだ。

 他の外史がどんな行動を取っていようと関係無い。

 俺はこの世界の終わりを認めたくはないだろうし、続いてほしいと思う。そう思った時点で俺は肯定者として生まれていて、いつか来るであろう、左慈ってやつの敵なのだ。

 そして、そう自覚するもっとずっと前から、左慈にとっての俺は敵でしかない。

 どんな目的があったにせよ、必要だった銅鏡ってやつを盗んだところを俺に邪魔されたとなれば、相当に恨んでいる筈だ。なら───

 

(強くならないとな。相手がどれほど強いかがわからない上に、こんな幸せを噛み締められる世界を否定しようっていうなら。俺とあんたは敵にしかなれない)

 

 説得が通じるのなら、きっと肯定者である貂蝉がとっくにやっていた筈だ。

 なのに今でも否定を続けているのなら、つまりは力ずくで納得させるしかないわけだ。

 

(ははっ……)

 

 なんだろうな、この状況。

 俺と桃香が似てるって自覚があるからなのかな。

 この状況……まるで、自分の夢の前に華琳って壁が現れた時の桃香じゃないか。

 力じゃなければ納得させられないなんて……辛いな。辛いけど……。

 

(───譲れない)

 

 ずっと考え事をする俺に、華佗が困惑の視線を送るが……俺は深呼吸をするとニカッと笑ってみせて、もう一度深呼吸をしてから……心静かなままに胸をノックした。

 強くなろう。

 いつ来るのかも知らない、あの貂蝉自体がやけにリアルな夢でした、なんてオチもあるかもしれないが───それでも、今自分に出来る全てを以って、この世界を肯定する。

 

(……目標、出来た)

 

 きっとずっと変わらない目標。

 この国を、大地を、人々を愛し、この世界を肯定し続ける。

 冷静に考えれば本当にファンタジックな話だし、裏付けるものなんてそうそう無いのも事実だけれど。ファンタジー……幻想に裏づけなんて必要ないのだ。起こらないことが起こるから幻想。そう思って受け入れれば、受け入れた分だけ意味を以って頑張れるのだから。

 

「よしっ! ふんっ!! ~……いァッ……!!」

「ほ、北郷……!?」

 

 両の頬を思いっきり、本当に思いっきりブッ叩き、喝を入れる。

 あまりの痛さにヘンな声が出て涙も出る。が、そんなものは無視だ。

 

「華佗っ、氣が異常に高いお前にお願いがあるっ!」

「あ、ああ。俺も元々その話をするために、武道会の話を持ち出したんだが……」

「え? そうなの?」

 

 涙で滲む視界をグイッと拭って、きょとんとする。

 そんな俺を華佗は苦笑で迎え、

 

「筋肉がつかないのなら氣を強化するしかないだろう。そういう話をするために、筋肉の話をしたんだ」

「……で、俺が急に勘違いをして話を逸らしたから今の状況があると」

「ま、まあ、端的に言えば」

「………」

 

 素直にゴメンナサイと頭を下げた。




 PCが届いたわけではありませんが、とりあえずなんとか分割。
 様々なスタートアッププログラムを停止させてみましたら、今のところ安定している模様。
 この調子で安定してくれたらいいんですけどね、なんか無理そう。
 ダメそうならとりあえず初期化。初期化すらだめならいろいろ考えよう。

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