真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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??:現代/努力の過程②

17/守ることの意味

 

 風を斬る音がした。危ない、と頭ではわかっていても間に合わず、ソレを頭頂にくらってしまう。

 

「ぐあぁあっつぁあっ!!?」

 

 脳天が無くなったかのような痛みが走る。

 厳密に言えば痛すぎて感覚が飛んだ。

 雷が間近に落ちたと錯覚する“音”が、皮膚、頭蓋を伝って脳に叩きこまれた。

 点滅する視界に思わず体をくの字に折り、なにがなにやらわからないままに床に崩れる。

 “ごどしゃっ……!”と、大きななにかが倒れる音。

 自分が倒れた音だな~ってわかっているのに、どこか他人ごととして受け取り、あっさりと意識を手放した。

 

…………。

 

 ───目が覚めると天井。

 もはや見慣れてしまったそれを忌々しげに睨み付け、倒れた体を反動をつけずにゆっくりと起こす。

 あー……何回目だっけ? ぶちのめされるの。

 

「起きたか」

「……おはよ───っ、づあっ……~……!!」

 

 起こした体、起きた視線の高さで見る視界には、いつも通りの景色があった。

 じいちゃんが竹刀を持って立っていて、じいちゃんの視界では、綺麗に叩かれた脳天の痛みに顔をしかめる俺が居て。

 ほんと、いつまで経っても上達しない。 

 

「いっつつつつ……! っはぁあ~……!! あ、あのさぁじいちゃん」

「む? なんだ、情けない声を出しおって。手加減ならする気はないと先に言ったが?」

「違うって。そりゃもちろん加減があればな~とは思うけど」

 

 こう何度もボコスカ殴られてると、いい加減ぐったりしてくるし。

 まあそれはそれとして、今訊きたいのはちょっと違うことだ。

 

「……あのさ、ふと思ったんだけど───じいちゃんが教える剣術にも、“免許皆伝”とかってあるのかな~って」

 

 修行をする、剣を教わるっていうのなら、やっぱり気になる免許皆伝。

 いつの日かこう、じいちゃんに“お前に教えることは何も無い……!”とか言われて……ねぇ?

 期待とか不安とか、様々な感情が渦巻いて、だけどやっぱり“期待”が一番うるさくて───

 

「あるにはあるが、お前にくれてやるには50年は早いわ」

「長ッ!!」

 

 そんなうるささが、投げつけられた言葉にあっさりと四散。

 上半身だけ起こしている状態の自分の体を、そのまま倒してしまいたくなる衝撃が俺を襲った。大の字に倒れたら気持ちいいだろうなー、なんて考えが頭に浮かぶ。軽く現実逃避だ。

 ああいや落ち着け、いくらなんでも50年ってのはいきすぎだ……よな?

 

「じ、じいちゃん……? ごご50年はいきすぎなんじゃあ……」

「いきすぎなものか。一刀よ……では訊くが、お前にとっての免許皆伝とはなんだ」

「へ? なんだ、って……そりゃアレだろ? じいちゃんがこう、俺に教えることがなくなって……なぁ? そしたら俺がこう、胸を張ってヒャッホーってあだっ!」

「口が悪い」

「し……失礼しましたぁあ……」

 

 同意を求めてみれば、竹刀であっさりと殴られる俺の頭。

 ご丁寧に、さっき強く打たれた場所を殴られた。

 

「すぐ調子に乗るその性格、なんとかせいと言っただろう。だから皆伝なぞくれてやらんと言っている」

「……え? ちょちょちょちょっと待ったじいちゃん! ……え? 俺、口の悪さだけで皆伝与えられないの?」

 

 それはいくらなんでもあんまりじゃあ……と続ける俺に、じいちゃんはフンと鼻で笑う。

 

「だから訊いている。“免許皆伝とはなにか”と。お前にとっての皆伝は、儂がお前に教えることが無くなれば成立するものか?」

「……? 普通そうなんじゃないのか?」

「免許皆伝。師が弟子に奥義の全てを教え伝えること……とは言うがな。では奥義とはなんだ?」

「奥義……岩が斬れるとか鉄が斬れるとか? 斬鉄剣~とか斬岩剣~とか」

「お前は儂からそんなものだけを学べれば満足なのか。それで皆伝を謳いたいのなら余所へ行け」

「あだっ!」

 

 再度竹刀で殴られた。

 

「やっ、けどさっ! 奥義って言ったら───」

「儂はそんなものを伝える気などない。確かに剣士として、岩を鉄をと斬れれば───なるほど? 怖いものなどないだろう。だがそんなものは通過点よ」

「通過点!? 岩とか鉄斬ってるのに!?」

「学べ、一刀よ。武を背負う者としての在り方を、武道を歩む者としての生き様を。……師が弟子に教えるのは、なにも剣のみではない。皆伝とは、師が教え弟子が学び、師が教え尽くし、弟子が学び尽くした時にこそ自ずと得られるもの。師が“全て教えた”とどれだけ言おうが、弟子がまだだと言えば皆伝などではない」

「え───?」

 

 そうなのか? ……って、それってヘンじゃないか?

 弟子がどれだけ言おうが師匠が教え尽くしたって言ったら、そりゃ皆伝じゃあ───

 

「納得がいかんという顔だな。ならばいい。一刀、お前はこれで皆伝よ。もはや教えることなどなにもない、己だけの武を目指してみよ」

「なっ───それは困るっ! …………───あ」

 

 反射的に口に出た言葉が答えだ。

 自分が自分に突きつけた答えに対し、開いた口が塞がらない状態の俺へ、じいちゃんは「はぁ……」と出来の悪い弟子を持ったって顔で、もう一度俺の頭を殴った。

 

「それみたことか。師の勝手な押し付けだけで“皆伝”は成り立たん。双方が互いを知り、教え尽くし、教わり尽くすためにどれだけの時間がかかると思う」

「あー……だから50年……」

 

 軽くヘコむ。

 俺、そこまで理解力が無いって見られてるってことか?

 

「はぁ……あだっ! ~っ……じぃいいちゃんっ! そんなぼこぼこ殴るなよぉっ!」

「……まだまだ教え足らぬわ、まったく。言葉の意味も正確に受け止められんようでは、皆伝なぞ一生渡せんぞ、馬鹿孫めが」

「馬鹿孫!?」

 

 さらにヘコむ。

 俺……そんなに馬鹿かなぁ……。

 

「ほれ、とっとと立て。教え足らぬと言ったろう。50年でも100年でも、儂の気の済むまで教え続けてくれるわ」

「うへぇええ……って、どれだけ生きる気だよ!」

「フン? 無論、お前が儂に恩返しが出来るようになるまでよ」

 

 どこまでもパワフルな祖父様だった。

 この人、衰えとか知らないんじゃあなかろうか。

 それならそれのほうがいい。いつまでも……それこそ、俺がもっともっと強くなれるまで長生きしてほしい。

 肩を並べられるところまで、越すことの出来る時まで、恩を返せる瞬間に至れるまで。

 そこに辿り着けるまでは、守られていよう。

 現状に溺れるのではなく、追い越す努力を続けながら……いつでも守れるようになるために。

 

「……?」

 

 そこまで決意を刻みかけて、ふと違和感に気づく。

 

(……50年でも100年でも、じいちゃんの気が済むまで……?)

 

 なにか引っかかるんだけど……なんだ?

 気の長い話だな~とかって問題じゃない。

 もっとこう……ん、んん~……喉まで出かかってるんだけどな。

 言葉にしたいわけじゃないんだから、出かかってるって表現はちと違う。

 上手く纏められない気持ちを誤魔化すように、軽く髪ごと頭を掻いて───……その髪に、なにか引っかかるものを感じたんだけど……髪? 髪……50年? 100年? ……さっきじいちゃんが言った言葉に感じた違和感とは違う、べつのなにかが引っかかる。

 

「………」

 

 まあ、いい。今は目の前のことに集中しよう。

 

「……よし」

 

 立ち上がり、対峙する。竹刀を手に、互いの目を見て。いつからそうするようになったのか、自覚なんてない。

 ただ、己の意思を貫かんとするなら、それをぶつける相手の視線から目を逸らすのは卑怯だって思った。

 なにかを為すのならば、相手の目を見る。

 それはたぶん、じいちゃんに教わるようになってから自然に身に着いたものなんだろう。

 本当に、いつからそうするようになったのか~なんて自覚は、いつ芽生えたのかさえもわからないくらいに曖昧だ。

 じいちゃんがそうしていたから、いつの間にか俺も……うん、たぶんそうだ。

 

「迷いがあるぞ。いちいち切っ先を揺らすな」

「うあっと……!」

 

 思考に飲み込まれていると、早速飛んでくる師の言葉。

 だがここで慌てず、ゆっくりと息を吸うことで気を引き締め───

 

「っ───つぇええぁあああああっ!!!」

 

 突っ込む。

 多対一ではなく、一対一の心構えで。

 真っ直ぐに構えた竹刀を必要最小限の動きで走らせ、じいちゃんへと打ち込んでゆく。

 突き、払い、斬り上げ、斬り下ろし、突き───

 自分なりに隙を無くせるだろうかと考案した繋ぎ方で、じいちゃんに反撃する隙を与えな───無理でした。乱暴に振るってしまった間隙を縫うように、じいちゃんが振るう竹刀がちょっぴり見えた。

 

「びゅっ!? ~……ごぉぉぉぉおおおおお…………!!」

 

 あっさり頭を叩かれた、変な声を出した俺は、床に蹲って行動停止状態。真剣だったらすでに絶命だ。唸りつつ痛がる俺を溜め息混じりに見下ろすじいちゃんの第一声はというと───

 

「大振りすぎるわ、たわけ」

 

 蹲る孫へのダメ出しであった。

 それもまあ仕方ない。最初こそ細かな動きで隙を殺せていたんだが、当たらない焦りからか攻撃は大振りになり、当然生じる隙を縫うように動いたじいちゃんが一撃をくれて、簡単に終了。

 結局こうして蹲る俺の完成だ……もう泣きたい。

 

「じ、じいちゃん、やっぱり奥義───」

「我が流派に奥義が存在するのならば、それは鍛えた五体と精神とで放つ攻撃の全てよ。奥義を奥義をと願うのならば、その技術全てを手に入れることだ。───わかったらとっとと立たんか!」

「はいぃぃっ!」

 

 奥義に対する反論を許さぬ迫力がありました。

 クワッと睨まれたと思ったら、体がしっかり立ってたりするんだからなぁ……不思議だ、人体。

 

「あ───そうだじいちゃん! 俺に居合いを教えてくれ! 奥義じゃなくてもそっちならハオッ!?」

 

 で、また殴られる俺。

 思いつきでなにかを口走るもんじゃないなぁと、たった今思いました。

 

「……格好だけでもいい、居合いをやってみせい」

「えっ? 教えてくれるのかっ!? あれ? じゃあなんで叩いて───って、あ、あー……やりますやりますっ!」

 

 訊ね返すとギヌロと睨まれた俺は、慌てて竹刀を左の腰に構え、左手を鞘にするようにして支える。

 その途端にじいちゃんが襲いかかってきてってうわぁッ!?

 

「はぶぅっ!?」

 

 為す術なく殴られた。

 頭のてっぺんである……痺れるような痛みが頭から全身に伝っていく感触に、眩暈を起こして床に崩れ落ちた。

 

「つっ……はぁああ~っ……!! な、なにすんだよっ!」

 

 もちろん急に殴られれば怒りも湧いてくるわけで、頭を押さえながら見上げるじいちゃんに言葉を投げる。

 ……うん、客観的に見ると本当に子供みたいだな~とか思ったのは、今日の修行が終わったあとだった。

 

「一刀よ。居合いの利点はなんだ」

「へ……? そりゃ、速さ……なんじゃないかな」

「その速さを利点に置いた斬撃が、儂の攻撃に反応しきれなかった理由は」

「不意打ちだったからだろっ、急になにするんだよほん───と、に……」

 

 待て。

 不意打ちだったからもなにも、あの世界でそんな言い訳が通じるか?

 不意打ちだろうがなんだろうが、頭に一撃をくらえば死んでしまう世界だ。

 ……その事実にハッとして、じいちゃんを見上げると……じいちゃんは溜め息を吐いていた。それも盛大に。

 

「居合いが勝負の中で役に立つものか。鞘が無ければ速度を増せぬ、鞘から抜かねば速度が増さぬ、なにより一度鞘に納めなければ放つことすら叶わぬ。お前はなにか、真剣を秒とかからず素早く鞘に納められるのか? それとも納めるまで相手に待っていてもらうのか。降参したと見せかけてゆっくりと納め、実は降参してませんでしたと不意をついて斬るのか」

「嫌な言い回しするなぁ……そんなの、練習すればなんとか───」

「だめだな。貴様に真剣なぞ、それこそ50年速いわ。なにと戦うつもりだ、このたわけが」

「うわー……」

 

 俺に対するじいちゃんの認識が、“お前”から“貴様”にクラスチェンジした。……嬉しくない。

 

「あ、でもさ。刀で切ろうとする場合、やっぱり勢いをつけるために刀は後方に溜められるだろ? だったら速度が増す居合いのほうが───」

「“斬ること”ばかりに集中が行きすぎる。振り切ってしまうために腕が伸び、避けられれば咄嗟に戻せん。重心を落とすために切り込まれれば動けぬ上に、そういった時に立ち回る際には鞘が逆に邪魔になるわ」

「うぐ……」

 

 漫画とかでありそうだけど、真剣同士で立ち合えば鞘が盾になることなんてありえない。

 鞘を鉄作りにしてみれば平気かもしれないが、そんな重いものをぶらさげたまま戦うのは不利と言えるし、あっちの世界の誰かの攻撃は……なぁ? 片腕で受け止められるほどやさしくないって。

 むしろ鉄ごと砕いて我が身までを───……想像したら怖くなってきた。

 

「……修行、がんばります……」

「応。奥義だなんだ、口にするにはお前には基礎が足りな過ぎるわ」

「お、押忍」

 

 今は“お前”に戻してくれた事実だけでも喜んでおこう。

 うん……それがいい。

 

「それでいい。そういったことはもっと強くなってから言え。目指す自分に胸を張れとは言ったが、今のお前では教えたところで身に着かん」

「うわー、すげー言い方」

 

 実際そうなんだろうけどさ……ヘコムなぁ……。

 

「………」

「む……? なんだ、まだなにかあるか」

「あ、いや……うん。じいちゃんはさ、なんにも訊かないんだな、って」

 

 剣道で戦うと思っているだろう俺が、岩を斬るとか鉄を斬るとか、居合いを学びたいとか言っても、それに対する追求が特にはないのだ。

 ただ黙って教えてくれようとする。それがどうにも引っかかって仕方ない。

 そんな思いを込めて、怒られるんじゃないかと苦笑しながらも訊いてみれば───じいちゃんはフンッと小さく笑い、ニヤリと歯を見せて言ってみせた。

 

「男の成長に余計な詮索なぞ不要ぞ。儂が教え、お前が学ぶ。芯を曲げる要素なぞくれてやるものか。たとえどう教えようと曲がるさだめにあろうが、それがお前が望んだお前の成長ならば、この儂には文句も悔いもないわ」

「───……」

 

 この人、本当にとんでもない。

 どうしよう……このじじさま、自分の教えに自信を持ってるんじゃなくて、教えることで成長する俺を信じてくれてる。

 

「本気には本気をもってぶつからなければ礼を失する行為となる。それはたとえ、相手が孫だろうと親だろうと同じことだ。ならば儂も、お前の本気に本気をもって応えよう。お前が学びたいというのなら教え、高みに至りたいというのなら全力をもって協力する。それが儂の“本気”に対するぶつかり方だ」

「じ…………~っ……!」

 

 どうあっても曲がれないじゃないか、くそ……!

 ……ああもうっ! なんか知らないけどすごく疼くっ! じっとしてられないっ!

 

「じいちゃんっ! 再開だ! 免許皆伝、絶対にもらってやるからな! 10年でも20年でも、俺とじいちゃんが納得するまでどれだけ時間がかかっても!」

「……そうそうくれてやらんわ、この小童が。さあ来い一刀、お前には儂が得た全てを叩き込んでやる。知れ、学べ。儂のように、父親のようになるためではなく、憧れる者のようになるためでもなく。己が己であるために、己の目指した己になるために」

 

 姿勢を正し、竹刀を構えて心に喝を入れる。

 真っ直ぐにじいちゃんを見て、その眼光に負けない鋭さを以って睨み返す。

 そしていざ、踏み出そうとした時───じいちゃんが言いたかった言葉の意味がわかった気がした。

 

  “50年でも100年でも、儂の気の済むまで教えてくれるわ”

 

 それはつまり、どれだけ時間がかかろうとも見捨てることなく、俺に教え続けてくれると言いたかったって意味で───

 

(……はは)

 

 免許皆伝なんて、当分授けられそうもない。

 そう心の中で苦笑し、だけど表面では鋭さを保ったままで、俺は床を蹴り弾いた。

 全てを叩きこまれるために、全てを学ぶために。

 

 ……この後、一撃でノされたのは……伏せておきたい。

 ああちなみに、髪に触れた時に引っかかったなにかについては、結局理解に到ることはなかった。

 なんだったんだろうか、まったく。

 




 人差し指の先端を仕事で斬りました。大激痛。
 現在とっても編集作業がやりづらいです。
 文字を打ち込む時間より、打ち込んだ文字が誤字だらけになり、それを直す時間にばかり苦労しています。何故って、人差し指がぐるぐる巻き状態なわけでして。
 今まで通りにブラインドタッチをしても、てんで望んだ文字を打てません。
 これから完治するまで、投稿が遅れたらほんとすいません。

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