真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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75:三国連合/腹の虫と書いてお邪魔虫と読む①

121/邪魔というのはいいところで来るもの

 

 朝である。

 あれから結局俺の部屋にお泊りした恋は、朝になると眠たげに動物たちを連れて出て行った。

 それはいいんだが、部屋が獣の香りで満たされてしまっている。

 俺が窓を、美羽が出入り口の扉を開ければ、流れる外の空気が獣臭を撫でるようにさらう。窓際に立つ俺の傍へぱたぱたと駆けて来た美羽とともに深呼吸をして、朝の体操。

 それが終わると寝巻きから着替え、今日も一日の始まりだ。

 朝食を摂って、「ではいってくるのじゃー♪」と上機嫌で歌の練習に出る美羽を見送ると厨房の奥へ。今日の勉強は午後からだから、それまでは時間が空いている。なので自主練習をしていたお料理研究家な人達に声をかけると、料理教室(普通科)の始まりだ。

 

「では普通の料理教室を始めます。蓮華、桃香、準備はいいか?」

「よろしく頼む」

「うんっ、がんばるよー」

 

 ジャキリと構えるは包丁。きらきらと輝く、透明だけど白いと唱えたいくらいに眩い朝陽を吸って、ギシャアと鈍く輝いておられる。

 危ないから返事と一緒に人に向けて構えるのはやめてください。

 

「えー、まず炊事というのは、基礎の基礎から知っていくことから始まります」

「基礎……んっと、お料理の作り方?」

「行程としてはそうだけど、まずは食材の捌き方とかだな。調理する際、盛り付ける皿は先に用意しておくことや、調味料もきちんと傍に用意すること。火を使う料理は特に一分一秒が命。皿を用意しているうちにふわとろオムレツが固まってしまった! なんて悲しいことは絶対に防ぐべきだ」

「ふわとろ……おむれつ?」

「天には変わった名前の料理があるんだな……」

 

 桃香と蓮華がそれぞれ首を傾げたり感心したりをする中で、中華鍋を用意。

 “蓮華の口調が固いのは緊張の表れだろうか”と考えつつ……まずは食材を刻むのと、薪の燃やし方とかだな。

 人にものを教える際、“教えてもらわなくても出来るよ”は極力スルーするべきだ。教えるのならば最初からしっかりと。そうじゃなければ“普通”の料理を作ることですらとてもとても……!

 

「野菜はしっかりと土を落とすこと。食べた途端にジャリジョリと砂の食感を味わいたいならそのままでも良し。次に切り方だけど……」

 

 野菜をまな板の上に置いて切ってもらおうとするのだが、桃香は包丁を両手持ちにしてンゴゴゴゴゴと大きく振りかぶった! “アビリティ:りょうてもち”で攻撃力は倍化だ! じゃなくて待ちましょう!?

 

「いや待った! 切り方よりも包丁の持ち方から行こう!」

「え? でもでもっ、愛紗ちゃんは野菜を放り投げて、空中で切ってたよ?」

「そんな曲芸みたいなことしなくても切れるから! 大体そんなことしてたら、空中にあるうちに埃とかいっぱいくっつくでしょーが! むしろ両手持ちでそんなの無理だから!」

 

 緊張の所為かカタカタと震える桃香が、へっぴり腰で「へあー!」と言って振りかぶろうとするのを再び止めた。なんとか止まってくれた桃香を前に、まずはルールを作ることにする。

 

「……あのな、桃香。料理を作る時は絶対に、教える人の言うことは聞いてくださいお願いします」

 

 ルールを作るって言葉よりも、お願いって言葉のほうがしっくりくるような言葉遣いになったが、そうまでしてでも受け取ってもらわなければ、教えるこっちが先に参ってしまいそうだ。

 

「包丁を持つ手はこう。しっかりと握って、でも腕にはそう力はこめない」

「こう?」

「そうそう」

 

 ───タラララッスッタンタ~ン♪ 桃香は包丁の握り方を覚えた!

 覚え……おぼ………………本当にこんなところから出発しなきゃいけないなんて、どれほど困難なんだ、このお料理教室……。

 あの歓迎の宴の時に作られた料理もこうして完成したのかと思うと、“厨房よ! よくぞ無事であった!”と感心したくなる。作った本人は、自身の料理の味見で昇天めされたわけだが。

 

「蓮華は───」

「さすがに包丁くらいは扱えるぞ」

 

 ちらりと見れば、蓮華は器用に包丁を使い、食材である川魚を一撃で仕留めていた。振り下ろされた包丁が的確に川魚の首を切断。勢いに乗った頭部がドンチュゥウウンと空を飛び、厨房の壁に激突する様を見た。

 

「………」

 

 ───タラララッスッタンタ~ン♪ 蓮華は魚の仕留め方を覚えた!

 あの……“器用に包丁を使い”ってそういう意味じゃなくて……きちんと調理用の包丁捌きを覚えてくださいお願いします……。

 しかし約束した手前、途中で放ることなど出来るはずもない。するつもりもない。なので覚悟を決めて、根気良く、しかし短い時間でも覚えられるであろうことを叩き込んでいったのでした。

 ……ハイ、そうして完成したのがこの惨状です。

 失敗しようがないだろうってことで、二人にはスクランブルエッグを作ってもらった。

 なのに、どうしてそのエッグが天井に張り付いていたり、ここまで豪快に炭になれたりするんだろうか。ちょっと、ちょっと目を離しただけだったのに。もったいないからと、魚を串に刺して焼いていただけだったのに、どうしてこんなことに……!

 

(この北郷も油断しておったわ……よもやこうまで普通にすら辿り着けぬ者が、自国の大剣様以外におったとは……!)

 

 驚愕が胸を衝いた。だがくじけない。

 

「あのな、蓮華……確かに中華鍋を使うと、焼いてる食材を振るって混ぜっ返すことに憧れるのはわかる。わかるけど、混ぜる時は素早く振るって傾ける程度でいいんだ。全力で天へと振るう必要はどこにもないんだよ……」

「う……す、すまない……」

「桃香も……人の好みにも寄るけど、卵は半熟くらいのほうが美味しいから、炭になるまで焼くことはないんだ」

「はうっ……ごめんなさい……」

 

 中まで火が通るように豪快に焼き上げたらしい卵はモシャアと黒い煙を吐いている。

 つんと突いてみればゴシャッと崩れる外殻。中には辛うじて卵ッぽい色が残っているが、これは食べられそうもない。田畑に撒けばせめて栄養になってくれるだろうか。

 ふぅと息を吐いたら気持ちを切り替えて料理教室を再開。

 彼女たちを普通へ導くべく、片腕での指導を続けた。

 

……。

 

 昼が過ぎれば勉強。

 穏がのんびりと教えてくれる物事を纏めながら竹簡に書き、頭に叩き込んでゆく。

 わからないことがあれば、自分で考えてから意見を出し合って納得。

 改めて過去の人の凄さを知りながら、頭を働かせていった。

 

「一刀さんは本当に勉強熱心ですねぇ~、穏的にはもう少し手のかかる生徒さんでもよかったんですけどー」

「人に手のかかるとか言う前に、自分で書物とか持ってこられるようになろうよ……」

「うっ……そ、それはちょっと難しい注文ですねぇ……」

 

 穏の本に欲情する体質も相変わらずだ。

 部屋に来たかと思えば、書物を取りにいくのを手伝ってくださいと頼まれた。

 ああ、もちろん倉庫の前で待ってもらった。一緒に入ったらなにが起こるかわかったもんじゃない。

 

「高まってしまっても、一刀さんが鎮めてくれれば問題になりませんよぅ?」

「なりますから。めっちゃなりますから」

 

 相変わらず、穏の姿を直視出来ない。

 直視すれば押さえ込んでいるきかん坊が将軍さまになってしまう。悪い意味で。

 

「それにしても昨日の~……おしるこ、でしたっけ? あれは美味しかったですね~♪ 甘さがあんなに体に染みこんだのは初めてですよぅ」

「ははっ、そうそう。染みるよな、あれは」

 

 郷愁にも似た思いはいつでも沸いてくる。

 自然と天で食べることの出来たものを探してしまうのは、本能的でありやはり当然。

 味を完全に再現できなかったとしても、似た味と似た姿をしていれば、それだけでも嬉しいのだ。おまけにそれがこの世界の人にも美味しいと言ってもらえることが、こんなにも嬉しい。

 

「ところで話は思い切り変わるけど、竹簡って底をついたりしないのか? 散々と使ってるのに、あるのが当然のように存在してる…………あれ? 言い方ヘンか?」

「言い方云々は置いておくにしても、そうですねぇ……使っても減らないのは職人さんの腕の見せどころですねぇ~」

 

 何も書かれていない竹簡をカショっと手に取ると、それをカロカロと広げてにっこり。

 紐で綺麗に纏められた束が穏の手の中でいい音を鳴らし、再びカショリと山の上に積まれる。

 どこのどなたが作っているのかは知らないが、いつもお世話になっております。

 ありがとう。

 

……。

 

 夕刻になり、勉強が終わると休憩。

 使った頭を休めるために寝台に寝転がってグミミミミと伸び、その状態のまま力を抜く。

 ああ……犬になりたい。一日中寝転がってくーすー寝ている犬に。

 なんてことを軽く考えつつ、メモを開いて予定を調べる。

 明後日には祭りが始まる。街自体はもう祭りも祭り、大祭り状態で騒がしいが、城の中は意外とそうでもなかったりする。

 や、蓋を開けてみれば騒いでいる人なんてごまんと居る。

 実際、寝台から降りて窓から外を覗いてみれば、見える景色をケモノ少女が駆けてゆく。

 視線をずらせば夕陽に当てられながらのんびりとキャンディーを舐める風。

 その膝では稟が寝ていて、鼻に刺さった詰め物をみるに、また鼻血が爆発したんだろう。……あの。なにがあったのか知らないけど、俺もう鼻血対策練らなくてもよかったりしますか?

 

「今度はなにが原因で出たんだか……」

 

 溜め息を吐きながらも笑ってる俺に気づいた風が、口を「おおっ」と動かして手をパタパタと振る。糸目で。結構離れているから声なんて届かないのだが、それでも手を振り返す。

 しばらくそんな状態が続いたが、やがて振っていた手が下りると、風はこっくりこっくりと頭を揺らし、そのまま目を閉じて動かなくなってしまった。

 寝たのだろうかと思いつつ、寝転がらなくても眠れる彼女が少し羨ましいなとも思った。

 

「ふむ」

 

 聞いた話だが、人間の中には眠らなくても平気な人が居るらしい。

 得た情報を脳が整理する時間がとてつもなく早い人がそれに該当するらしく、一秒でも頭が睡眠状態に入ると整理が終わり、起きるのだという。本人の感覚からすると寝ていないのと同じであり、不眠症なのではと心配するらしいのだが……羨ましいよな、普通に。

 

「体の疲れは取れないかもだけど、疲れない程度にはずっと動いていられるってことだもんな」

 

 そんな特技を得られたなら、勉強しまくって時間を作って、もっと…………

 

「……華琳、どうしてるかな」

 

 そう、華琳に会いに行く。

 都のことが本格化してくると、覚えることややることだらけになって、一日の行動が制限されっぱなしだ。

 夕刻になれば時間は出来るが、そうなった時にはもう脳が疲れていて動くのも億劫だ。

 現にこうして寝台の上でぐったりと伸びて動かない自分が居る。

 疲れた体に鞭打つことは出来るが、これで案外脳の疲労ってのは融通が利かない。

 なにせ体に指令を送る場所だ。そこが疲れてしまっては、鞭を振るう信号さえ出せない。

 なのでこうしてぐったりと伸びているのだが……DHAとガラクタンが欲しい。

 

「思うに、肉体が成長しないのに頭の鍛錬をして、脳は果たして成長するのか否か」

 

 しないんだろうな。

 でも記憶していられるってことは、この世界に来る前の頭でもそれなりに覚えられる容量はあったってことだろう。

 今はそれを駆使して頑張ることしか出来ない。

 ここで得る経験や知識は、自分の世界での脳の刺激になるし、だからこそ“覚えること”にも積極的になった。寝ている間の記憶整理の話の延長だが、以前この世界に来た時の知識や経験を、あっちの世界で寝ている間に整理すれば、そりゃあ脳も鍛えられはするだろう。

 逆に言えば記憶などの“持っていけるもの”とは別の、筋力や体力などはどう足掻いたって持っていけない。経験は持っていけるが、筋力までは無理だろう。……そもそも鍛えても筋力上がらないみたいだし。

 俺に出来る自分強化なんてものは、結局は氣の鍛錬だけだってことが解ってしまった。

 あくまで自分強化の話であって、記憶したもの経験したもので“出来ること”を増やすことは可能だ。そうじゃなければ勉強する意味なんてまるでないのだから。

 

「よしっ! 気力を振り絞って移動開始!」

 

 なにはなくとも華琳に会いたい。

 今はただそんな気分が俺を動かした。

 気合いの入った言葉の割にはしんどい体をンゴゴゴゴと寝台から下ろし、これまたしんどい体を起こしてズシームズシームと歩かせて部屋の外へ。

 さて。

 夕刻って時間帯で華琳が居そうな場所は何処だろう。

 自室? 街? それとも別の場所の視察中?

 王っていうのは暇じゃない。部屋に閉じこもって読み書きするだけで済むならば別に王じゃなくてもいいし、穏あたりなら輝く笑顔で引き受けるし続かせるだろう。代わってくれと頼まれれば俺だって協力する。

 そんな王である彼女が今何処に居るのか。

 風呂? 厨房? それともどこぞのご隠居様に付き合わされて、どこぞで酒でも飲んでいるのだろうか。

 考えを巡らせるたびに華琳に会いたい気持ちが募り、落ち着かなくなっていく。

 

「これが……これが恋……?」

 

 などと顔を赤くしてみせるが、寒い風が吹くだけだった。

 恋なんてとっくに。愛なんて通り過ぎている。

 言葉じゃ足りない想いをぶつけ、世界を越えてもまだ足りない想いを、今この世界に居る時でさえ高鳴らせている。

 しかし状況ってものや仕事に阻まれて、上手く伝えられない日々は続いた。

 もどかしいって言えばもどかしい。

 なんだかんだで結構一緒に居ることは多いものの、二人きりという状況にはなかなか。

 なったとしても“そういう雰囲気”にもなかなか。

 

「まあ……」

 

 それを言ったら始まらない。

 他の人には“そういった流れになったら”とか言って避けているのに、華琳には自分から向かっていくっていうのは都合がよすぎる。そうならないために他の人と無理矢理“流れ”を作って関係を結ぶのも間違っていれば、相手の想いを利用するのは絶対に嫌だ。

 そんな考えに至れば、奥手にもなるってもんだ。

 

「我慢我慢。これまでだって堪えてきたじゃないか」

 

 外の空気を胸いっぱいに吸ってから部屋に戻ろうとする。

 と、通路の奥の奥で金色の髪が揺れた気がした。気がしたら無意識にンバッと首は動いていて、金色を追った視線が見たものは……笑顔でこちらへと歩いてくる美羽だった。

 

(……重症だ)

 

 天を仰いだ。

 通路の天井があるだけだった。


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