真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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75:三国連合/腹の虫と書いてお邪魔虫と読む④

 さて、終始ノリツッコミな調子で続けた話もようやく終わった頃、俺の腹がギューと音を鳴らした。そういえば起きてからまだ何も口にしていない。

 

「っと、華琳。そろそろ朝餉、食べにいかないか?」

「ええ。……そういえば、一刀と一緒に朝餉、というのはあまりしていないわね」

「ん、あ……言われてみれば確かに」

 

 双方ともに食事を摂る時間が不定期っていうのもあるが、華琳の場合は部屋に食事を運んでもらうのが大半だ。厨房に顔を見せることも、アイス等を作る時以外はあまりないんじゃないだろうか。

 と、すとんと俺の膝から降りた華琳を見やりつつ思っていると、その華琳が俺の目を真っ直ぐに見て言った。

 

「そうね……一刀、朝餉を作ってもらえるかしら」

「はいダメです」

 

 言われた言葉に即答を以って返す。

 経験からだろうか、なんとなく言われるような気がしていた。

 

「ええ結構。たまにはそういうのもいいかとは思ったけれど、断らなかったらどうしてくれようかと思ったわ」

「言われるままに他の人の仕事を奪うわけにもいかないって。それに、多分もう作ってくれてあるよ」

「そうでしょうね。じゃ、行くわよ一刀。そこの蠢く物体も連れていくのなら、早く起こしなさい」

「ん、わかった」

 

 華琳言うところの蠢く物体……寝台で寝ている美羽の傍に立ち、その顔に自分の顔を近づける。もちろん目覚めのキスをするわけでも甘い言葉を囁くわけでもなく、ただ耳もとへと軽い目覚めの息吹を。

 

(おお神よ! だみんをむさぼる少女にふっかつのいぶきを! アーメン!)

 

 と、なんとなく“竜の冒険”的な気分を盛り上げつつ……フゥッ、と。

 

「ふひゃわあうぅっ!?」

 

 ……一発で起きた。飛び起きたな、軽く浮いていた。

 

「ててて敵襲! 敵襲なのじゃあーああああっ!! 七乃! 七乃ーっ!!」

 

 よっぽど驚いたのか、“きゃうあーっ!”と奇妙な悲鳴を上げて助けを呼ぶ。

 しかしながら七乃はここにはおらず、居るとすれば俺と、腕を組んだまま面白いものを見る目で美羽を眺める華琳くらいだ。

 

「……ほえ?」

 

 逃げようとして寝台から落ちそうになるのを抱えてやったところで、ようやく現状に気づいたらしい美羽が、じっと俺を見つめる。

 そうしてから部屋をきょろりと見渡すと、長い長い溜め息を吐いた。

 

「目、覚めたか?」

「う、うみゅっ……!? ま、まままー……まだ、眠い、の……じゃ……?」

 

 訊ねてみれば、目を逸らしての言葉。

 取り乱した自分を無かったことにしたいようだ。

 まあ、それならそれでと美羽の頭をわしゃわしゃと撫でると、「じゃ、今日も体操から始めよう」と言って一日のための準備体操を開始。

 

「いっちにー、さんっしー」

「にぃにっ、さんっしー、なのじゃ」

 

 美羽が素直に俺の言うことを聞いて体操をする。そんな光景が異様に見えたのか、華琳はぽかんとした表情で美羽を見ていた。

 しかしクスリと笑うや、どこか挑発するような目を向けながら口を開く。

 

「随分と従順じゃない、美羽。以前までは袁家がどうのと偉ぶっていたのに」

「ふふんっ、妾を以前までの妾と思わぬことじゃなっ! 妾は妾を信じてくれる主様に誓い、なにがあろうとも主様の期待には応えるのじゃ。主様の言いつけも守るし、主様を裏切ったりなぞせぬっ」

「へえ……? ではここで一刀が死ねと言えば死ぬの?」

「主様が妾にそのようなことを言うわけがなかろっ! 何を言うておるのじゃ!!」

「ええそうね。とんだ甘ちゃんだものね、一刀は」

 

 華琳が“よく躾けているじゃない”と目で語る。

 そんな目を向けられても嬉しくないのだが。

 とほーと溜め息を吐きつつ、体操を続ける。美羽はむすっとした顔だったが、次の華琳からの質問には笑顔で応えた。

 

「ならば、一刀が自分の子を産めと言ったら?」

「うははははーっ♪ 妾にかかれば主様の子の一人や二人、ぽぽんと軽く産めるのじゃっ」

「………」

 

 ええはい。

 エイオーと拳を天へ向けて突き上げての元気なお言葉ののち、華琳が俺を再び見ました。その頃には当然体操も停止。不思議そうに俺を見上げる美羽を見下ろしながら、しばらく呆然としていたんだが……華琳からの視線がキツくなって、ハッとする。

 ち、違うぞ!? なにその“貴方こんな子相手に早速仕込んで……”って目!

 ていうか美羽にヘンなこと言うのやめて!? この子は調子に乗りやすかったとしても、元気でやさしい子に育ってもらうんですからねっ!? まだ幼さが残るうちからエロスを教え込むなんて、ママはッ……もとい、俺は許しませんよ!

 やっ……生き方を強制するつもりはそりゃあないけどさぁっ!!

 

「そう? じゃあ他の男の子を産めと言ったら?」

「………」

 

 無言。

 笑顔がピタリと止まり、顔が青くなり、怯えた顔で俺と華琳の顔を交互に見始める。

 小さく震える体は縮みこませるように、容姿相応の頼りない雰囲気のままに───って!

 

「言わない! 言わないからそんなこと! 華琳っ、おかしなこと言わないっ! 美羽もそんな、怯えなくていいから!」

「ふみゅうぅう……ま、まことか……?」

「まことだ!」

「断言してみせているところに悪いけれど、なら美羽には一刀の子を産ませるということでいいのね?」

「え゛っ!?」

 

 産まっ……えっ!? 産ませっ……!? 美羽に!?

 

「アー、ウー、イヤ、ソノウ……」

「別に今すぐとは言わないわよ。ただ、人はいつまでも子供ではいられないものよ。まるで娘のように可愛がるのは結構だけれど、いつか求められたなら自分が受け止めなければならないことを、今の内に刻んでおきなさい」

「……華琳。まさかそれを言うために、今の話を誘導した……?」

「あら。あなたはこの三国にとってのなに? あなたは覇王を前になんと誓った? 言うだけならばただだと、その場凌ぎを誓われたのなら、私も随分と馬鹿にされたものだわ」

「なっ……! あ、あのなぁ華琳! 確かに誓っておいてそういうことをしないっていうのはおかしく感じるだろうけど、俺が華琳のことを馬鹿にするなんてこと、するわけがないだろ!!」

 

 試すような口調であることは知っていた。にも係わらず、一瞬にして沸騰した理性の沸点は怒鳴り声となり、華琳に向けて放たれた。直後に冷静な自分がそれを止めようとするが、乱れた精神を突かずに治めてくれるほど、我らが覇王様はやさしくないのだ。

 

「だったら何故、誰ともそういった行為をしないのよ。魏の種馬と言われたあなた───」

「そんなの! 最初は華琳としたいからに決まってるだろうが!!」

「───が…………」

 

 …………。

 

「なっ……あ……、……はっ……!?」

「……はうっ!? え、あ、えぇっ!? 今俺、勢いに任せて何を口走った!?」

 

 何も言ってないよな!? 気の所為だよな!? 気の所為だって言って!

 視線の先の華琳さんが大丈夫かって心配になるくらい顔を真っ赤にさせてるのとか、全部夢だとか気の所為だとかどうかどうかどうかぁああーっ!!!

 いや待てっ! こういう時こそ冷静に! 選択肢を思い浮かべて行動の数を増やすんだ!

 

 コマンドどうする!?

 

1:超法規的措置 ~見なかったことにしようの章~

 

2:いっそ赤裸々告白劇場 ~僕が恋したあなたの章~

 

3:うそです ~死亡確定斬首の章~

 

4:今すぐあなたと合体したい ~全蓄積我慢解放の章~

 

5:余が三国の父である! ~空気を読みま章~

 

 …………あぁあああああっ!! 行動の数を増やすほどに落ち着かない!!

 どどどどうすれば!? 俺はどうすれば!?

 

(出すぎだぞ! 自重せい!)

(も、孟徳さん! って、出すぎなのは十二分にわかってます孟徳さん! こんな状況だからこそ、これからの行動を訊きたかったのに!)

 

 心の中で様々な葛藤を繰り広げる中、美羽が真っ赤になった俺と華琳を交互に見つめる。

 目は合わせられず、俺も華琳もどこともとれない場所に目を移し、必死になって言葉を探すのだが……見つかってくれないのだ、こんな時に限って。

 

「………」

 

 だから観念した。

 言い訳も言わず、絶叫して暴れ出したくなるほどの恥ずかしさを胸に押し込んで、華琳の傍まで歩くと……その体を、片腕で思い切り抱き締めた。

 

「あっ……か、かずっ───」

 

 少しの抵抗。

 しかし構うものかときつく抱き締め、深く呼吸をする。

 体操も半端だというのに、血液が熱くなったかのように全身が熱い。

 後頭部に痺れるような感覚が走り、呼吸が少し早くなる。

 

「華琳……」

「か、一刀……」

「華琳っ……華琳っ……!」

 

 抱き締めた状態で。

 大切なものを胸に抱いた状態で、自分の名を呼んでもらえる。

 それが好意からの声であることに喜びを感じると、腕にもさらにと力が入り───しかし今まで堪えてきたものがそれらを加速させようとすると、理性を以ってそれを抑える。

 欲望のままに傷つけたくなんかないのだ。

 ただ大切に想い、ただ大切にしたい。

 ……ノックの代わりに華琳の頭を胸に抱くと、それで覚悟は完了した。

 

「………」

「………」

 

 次第に言葉は減り、頭を抱いていた手も改めて背中に回し、抱き締めるだけとなった。

 華琳の手は俺の背には回されず、俺の胸に添えられている。

 それが俺を突き放すためのものなのか、ただ添えられているだけなのかはわからない。

 

「……お、お……? ぬ、主様?」

 

 いきなり発生した場の空気に戸惑う美羽をよそに、俺はとうとう華琳を、深く求める。

 背中から肩に手を動かし、俺を見上げる赤い顔へと自らの顔を近づけ───

 

「………」

「………」

 

 …………腹が、鳴った。

 しかも同時に。

 さあっと、別の意味で顔が赤くなるのを感じて、俺と華琳はバッと離れた。

 何度目かのきょとんとした美羽の視線が俺を見るが、そんな無垢な視線からも逃げたいほどの羞恥心……!

 

(あ、あああああ……!)

 

 やがて落ち込むに落ち込んだ俺は、女の子座り(両足を同方向に向けて座るアレ)をした上で両手……は無理なので片手をつき、がっくりと項垂れたままに「死にてぇ……」と誰にも聞こえない声で呟いた。

 そう……そうなのだ。朝食をとろうって話になったんだから、そりゃあ腹も鳴る。

 でも、だけど、だからってこんなタイミングで鳴ることっ……ないだろぉおお……!!

 

(ああっ、ああっ、もうっ! 今すぐ“旅に出ます、探さないでください”とか書き置き残して消え去りたいぃい!!)

 

 頭を抱えてのた打ち回る。

 しかしそれも長くは続かず、美羽に本気で心配されたあたりで終了。

 男ってやつは見栄を張りたい生き物なんです。

 なので自分を信頼してくれる人の前で、いつまでも無様を曝せるわけもなく。

 

「……あ、朝餉……食いにいこっか……」

「そっ……───そう、ね……」

「うむっ!」

 

 一人元気な美羽を連れ、三人で移動を開始した。

 体操が中断になってしまったが、そんなことを気にしていられる余裕は既になかった。

 結局そんな状態で、なんだか味もよくわからないままに食事を終えると、微妙な空気のままに別れる、……などということもなく。

 食事も元気に摂る美羽のお陰で空気は随分と緩和していた。

 もちろん朝餉食べたあとに“さっきの雰囲気をもう一度”なんて無茶にもほどがあるし、実際にそんな空気が訪れることもなかったが、逆に気まずさがくることもなく、お互いが溜め息を吐きながらも次の行動へ移る。

 

「では行ってくるのじゃーっ!」

「ああっ、頑張ってこーい!」

「うははははーっ! 妾にどーんと任せてたもっ!!」

 

 美羽は小走りに数え役萬☆姉妹と七乃が待つ事務所の方へ走り、俺は……なんとはなしに華琳と一緒の方向へ。

 今日は明日に向けての最終準備の日。

 祭り前の最後の日ってことで……うーん。鍛錬、どうしようかな。明日やるわけにもいかないし。

 

「華琳はこれから、何かやることあるか?」

「さっき言った通りよ。そういうあなたはどうなのよ」

「俺か? 俺は……」

 

 実は特になかったりする。

 準備最終日は思い切り手伝うことを予定していたために、今日は勘弁してくれとみんなに報告してあった所為で。なのに腕はこんな調子で、手伝いに行くとみんな手伝わせてくれない。

 片腕だって役に立つことを証明する隙すら与えてくれないのだ、ちくしょう。

 

「片腕で出来る何かを探す旅に出ようと思う。こう、片腕で持ち運べるものを運ぶとかで」

「で、余計なことに巻き込まれて怪我を悪化させるのね?」

「………」

 

 あ、あれ? なんで何も言わないの俺の口。

 何か言い返しましょう!? そんなことないとか! ほ、ほらっ! なにかっ!

 

「……なによ。本能的に口ごもるほどに心当たりがあるというの?」

「い、いやっ……こんな筈はっ……」

 

 そうは言ってみても、思いつく言葉がてんでなかったりした。

 行く先々で悶着ばっかり起こしてるもんだから、頭は否定しても体がそうであると断言しているような、妙な感覚だ。

 

「…………ハイ、返す言葉もございません……」

「………」

 

 ならば本能に従い、頭を垂れた。

 横を歩く彼女は“はぁあ……”と呆れしか含まない溜め息を吐き、改めて「それで? 予定はあるの?」と訊いてきた。

 

「たった今無くなりました……」

「そう? だったら───」

「いいんだ……どうせ俺なんて両腕が無ければ行く先々で心配の目しか向けられない、ゲームの中とかだったら魔王に攫われるしか脳の無いお姫さまポジションなんだ……」

「……なにを言っているのかわからないけれど、人の話は最後まで聞きなさい」

 

 がっくりと項垂れる俺に向けてもう一度溜め息を吐き、俺の前まで早歩きで回り込むと、俺の顔を真っ直ぐに見上げて「だったら」をもう一度口にする。

 俺も真っ直ぐに華琳を見下ろすと、続く言葉を待った。

 食事前の話の影響か、視線が交差した途端に逸らしたくなるが、そんな気恥ずかしさをなんとか押し込めながら見つめ続ける。

 

「その……暇、なのよね?」

「あ、ああ。仕事をくれるなら喜んでやるけど」

「仕事───そ、そうね。ならば仕事をあげましょう。あなたから言ったのだから、拒否は許さないわよ」

「うえっ!? あ、あー……おう! 二言はない! でも出来ればやさしいものを……」

「簡単なことよ。わ、私はこれからそれぞれの準備をしている場を視察しようと思っているの。だからそれに付き合いなさい」

「おうっ! …………OH? それって仕事なのか?」

 

 別に仕事じゃないような気が……あ、でも警邏と同じに考えれば仕事か?

 ……そうだな、仕事だ。うん。

 

「仕事だな。よしわかった、付き合うよ」

「良い心がけね」

 

 フッといつもの調子で笑む、目の前の魏王さま。

 しかしその顔は真っ赤であり、きっと俺の顔も真っ赤だった。

 彼女が踵を返して歩くのに倣い、俺も小走りに隣に追いつくと、歩幅を合わせて歩く。

 ……さて。

 どこをどう視察するのかを軽く考えてみて、“これってデート?”と思ってみれば笑みが止まらない。抱いた相手だというのにデートの回数も片手で数えられそうな俺達だ、どんな理由であれ一緒に歩けるのが嬉しかった。

 

(女の子の方から言い寄ってこなきゃ、こんなことも出来ないなんて……俺ってとことん受身だよな) 

 

 とはいえ、自分からデートに誘おうにもデートプランなんか思い浮かばないし、狙って誰かを喜ばそうとすると大抵は失敗する気がする。

 だからといって相手に丸投げすれば溜め息を吐かれるのは目に見えて…………ないな。

 この時代のおなごめらは、だったらあっちへならばあれをと人を引っ張り回す。

 助けてぇええと叫んだところでそれは止まらない。

 

(……この時代でだけで言えば、受身なほうが長生き出来そうだよ、じいちゃん)

 

 あなたは受身な男をだらしないと言うだろうけど、時代が違うって大変なんです。

 むしろ攻めていけば、落とし穴に落ちたり手痛い反撃をくらったり正座させられて説教されたり、ならば受身はといえば…………あれ? あんまり変わらない……?

 

「俺って……」

(……? なにを頭を抱えているのかしら)

 

 責めても受けても扱いは変わらないことを自分で確認してしまった瞬間だった。

 自覚って言葉がこれほど胸を抉るものだったとは……。

 

「さ、さあ華琳! まずはどこへ行こうか! どこでもいいぞぅ! この北郷、どこへなりとお供しましょう! むしろ連れてってくださいお願いします!」

 

 ならばせめて楽しもう! 今の自分に出来ることで役に立とう!

 視察の付き合いが仕事として提示されたのなら全力でこれを遂行!

 もはやこの北郷! 誰に言われようと止まることを知らぬ! 誰の理屈をいくら並べたとて、この俺を止めることはできぬぅうう!!

 

「落ち着きなさい」

「ハイ」

 

 ……そうでもなかったですごめんなさい。

 ギロリと睨まれて言われては黙らないわけにはいかなかったのです。

 まあ……ともあれ、視察が始まった。

 最終確認要請が来るまでは仕事が無いと言っていた華琳が言う視察が、果たしてどういう意味での視察かを考えるとやっぱり頬が緩む。

 そんな緩い顔を注意されながら、のんびりと歩いた。

 


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