125/董の旗の下
武器を破壊したことや武舞台の一部を削ってしまったことを関係者の皆様に謝ると、ようやく訪れる平穏。
もちろん俺だけじゃなくて霞も華雄も謝った……というかそれが普通なのだが、どうして俺まで謝らなくてはならなかったのかといえば、止められなかった責任でしょうね、はい、わかります。理不尽を感じようとも、ここはそういう場所なのだ。大丈夫、いつだって巻き込まれてきた俺だ、もう慣れっこだよ。主に真桜や沙和関連の、警備隊騒ぎで。
部下を持つって楽なことや楽しいことばかりじゃないものね。
そもそも武器のことにしても、武舞台じゃなくて中庭かどっかでやればよかったんだもんな。
そんなわけで修繕に走ってくれた園丁†無双の皆様に感謝しつつ、こうして賑やかな許昌の街を歩いている。
城で動けば作業の邪魔になるだけかなーと思った結果がこれだ。
「あ」
「おっ?」
そんな中、街の人ごみの中でねねと恋を発見。
肉まんが入った袋を左手で胸に抱え、右手でもくもくと食べ歩く恋と、その傍らで俺を見つけて、まるでデートの現場を友人に見られたかのような反応を示すねね。ちなみに恋は肉まんに夢中で気づいてない。
「……? ねね、どうかした……?」
「あっ、いやっ、ななななんでもないのです恋殿! さあ向こうへ行きましょう!」
二人きりを堪能したいのか、ぐいぐいと恋を押すねねであったが、
「……一刀の匂い」
「恋殿ぉおーっ!?」
人並み外れた野生の勘がそれを許さなかった。
きょろきょろと視線を彷徨わせ、俺を発見すると目を輝かせてぱたぱたと寄ってくる恋と、それを悲しそうな瞳で「恋殿ぉおお……!」と見送り、手を伸ばすねね。なんだろう、ほら。恋人に捨てられた役の誰かみたいに、スポットライト当てられながら女の子座りで涙ながらに手を伸ばすアレ。アレを実際に見てしまった。
……やばい、別に俺なにもしてないのに罪悪感が。
「よー、なにしとったん? 買い食いかー?」
そんな状況も知らん顔で、むしろ知ってても知らんって顔で恋に話しかける霞さん。
うわぁい、俺もそれくらい強く生きたいやー。
だってね、そうじゃないとあの恨みがましい視線が辛くて辛くて。
なのでまずはねねの傍まで歩き、謝りつつも手を差し伸べると、むすっとして唇を尖らせながらも手を乗せるねね。引き起こしてやれば、砂をパパッと払って俺を睨む。
「むう……べつにおまえは悪いことをしていないのですから、謝る必要などないのです」
「それでも嫌な気分にはさせただろ?」
「おまえは少し腰が低すぎるのですっ!」
「少しなのに低すぎるって、言葉としてどうなんだ?」
「う、うぅううるさいのですっ! とにかくぺこぺこと謝りすぎです! そんなことでは言葉の価値が下がるだけなのです!」
「むう」
言葉の価値か。
たしかに中々謝らない人が謝ったりすると、それだけ重みがあったりするよな。
そういった意味では、俺の謝罪は軽いのかもしれない。むしろ軽いか。
「それで、ねねはデートか?」
恋が霞と華雄に捕まっているのをいいことに、ねねにそっと訊いてみる。……と、ぼふんと顔を赤くして、ピキャーとしか聞こえない奇妙な言葉が返ってきた。きちんと言葉で返しているつもりなんだろうが、奇声にしか聞こえない。
「ままままったく! すぐにそういった目で見る者はろくな大人にならないのです!」
「誤魔化してばっかりなやつも、ろくな大人にならないって聞くけど?」
「うぐっ……ごごご誤魔化してなどないのです!」
「じゃあ恋のこと嫌い?」
「なにを言うですかおまえはーっ! ねねが恋殿を嫌うなど! ありえぬのです!」
キリッとした表情。胸に右手を当て、左手はバッと横へ流し。カッと放たれた言葉は、彼女にとっての真なのだろう……揺ぎ無い意思がそこに見てとれた。
「じゃあやっぱり好きなんだ」
「はうっ!?」
そんな顔が、やっぱり赤く染まった。居るよね、こういう返し方する人。主に恋バナ好きの女子学生とか。真似してみたけど、自分がもし言われたらうんざりしそうである。
なので気を取り直しつつ、わたわたと慌てて身振りを混ぜて言い訳を整えようとするねねの、その頭を帽子ごとぽふりと撫でて「誤魔化しじゃないんだろ?」と言ってやる。すると観念したように身振りをやめて、長い長い溜め息を吐いた。
「底意地の悪い友達なのです……」
「友達っていうのは重くないくらいが丁度いいんだって。大事すぎると周りが見えなくなるから」
「そういうものなのですか」
「そういうものなのです」
オウム返しをすると、ねねはやれやれと溜め息を吐いた。
手は繋がれたままで、霞たちの話が終わるまで、こっちも他愛無い話を続けた。
「あ」
「へ?」
……すると、その途中。
メイド服を着た二人と遭遇した。
といっても向こうのほうから歩いてきたのだが。
それを見たねねがテコーンと目を輝かせて、
「ふふーん? 二人は今デートなのですか~?」
と、ニヤニヤしながら言ってみせた。
途端に顔を赤く染めて狼狽える詠と、いまいち言葉の意味を拾えずに首を傾げる月。
「なななっなななに言い出すのよあんた!」
「なんで俺!?」
そして何故か矛先が俺に向くマジック。カッパーフィールドさんもびっくりだ。
そりゃ、そういうこと言うのっていっつも俺だって自覚はあるけどさ。
だが大丈夫。こういう時は慌てずにゆっくりと行動すれば、疑われることなどないのだ。
「ふぅ……言っておくけど、べつに俺がねねに言わせたわけじゃないからな?」
「なぁ?」とねねに振る。
「そう言えと言われたです。言わなければこの手を放さないと」
「キャーッ!?」
そしてあっさり裏切られた。
俺を見上げる彼女の笑みが、とてもとても悪魔めいたニヤリとしたものであったことを、僕はきっと忘れません。
「あんた……」
「いや違う断じて違うよ!? 大体デートかどうかなんて当人同士の問題なんだから、仮に誰がなんと言おうが胸張って続けるべきだろうん!」
「だからデートじゃないって言ってるでしょ!?」
「言われてませんごめんなさい!!」
「だから腰が低いと言っているのです!」
「この状況で言われたってしょうがないってわかってくれません!?」
ああもうからかわなきゃよかった! ねねをからかわなければこんなことにはっ!
でも普段からいろいろとツッコまれてるんだから、たまにはいいじゃないか!
「と、とにかく。デートじゃないならそんなに慌てないで……」
「ぐっ……あ、慌ててないわよ……!」
「図星じゃないなら睨むのもやめてくださいお願いします」
溜め息ひとつ、とりあえずは話が出来る状況になったことに安堵して、会話を始める。
さっきまでのは会話というよりツッコミ合いだった気がするし。
「じゃあ、改めて……こほん。ふ、二人は買い物?」
「はい。明日の祭りのために必要なものを。これが最後になります」
改めてと言いつつもひどく不自然に話を戻したのだが、月が綺麗に拾ってくれた。
ありがとう。このままいじめられ続けたらどうしようかと思ってた。
月はやさしいなぁ……。
「まったく。どーしてよその国に来てまで買い出しなんてしなくちゃならないんだか」
「あれ? 詠は買い物嫌いなのか? 俺は結構好きだけど」
「そりゃあ自分の好きな買い物をする分にはいいわよ。でもこれは別でしょ? 言われて買いに行くなんて、それこそ楽しめたものじゃないじゃない」
「んー……そうか? なんであれ、買い物は結構楽しいと思うぞ? 行くまではいろいろと考えるけど、なにか探してるときって妙にうきうきしてる」
「うっ……そ、そんなことなっ───」
「はい、詠ちゃんは買い物をしていると、すごくきらきらした目で───」
「月ぇえええっ!!?」
あっさり暴露されて涙をたぱーと流す軍師さまが居た。
相変わらず奇妙なバランスで保たれた仲だ。
「うぅ……ボクたちのことなんてどうでもいいでしょっ!? そういうあんたはこんなところで何やってるのよっ!」
「え? 俺?」
なにって……視察もどき?
「華琳に頼まれて視察みたいなことやってる。今日は特に予定も無いし、手伝えることがあるなら手伝うけど───あ、荷物持とうか?」
「……あんた、ボクが腕折れたやつにモノ持たせると思ってるの?」
「都合のいいように受け取ってくれて構わないから手伝わせてくれっ! なにすればいいっ? 荷物持とうかっ? 案内しようかっ?」
「───……ねぇ月。この男がサボリ癖があったなんて、絶対うそよね……?」
「え? え、えと、えっと……」
「きっと天で記憶喪失になって別の知識を植え込まれたのです」
「いや、そんな奇跡体験してないからな?」
なにか手伝えるのならと張り切ってみればこの反応である。
仕方ないじゃないか、生きるたびに返したい恩が増えていくんだ、落ち着いてなんていられない。返し終わったらどうするんだ~とか言われても、返し終える自分が想像出来ないから苦笑もしてしまうし。
……そういえば、返し終わったって思ったら天に戻されたりするんだろうか。
この世界にもう一度降りることが出来た理由が、実は俺が“恩を返したい”って願ったからでしたーとかそんなオチだったら───……ないな。
俺の願いで来れる場所なら、そもそも一年も天に居座ることなんて出来なかったって。
ずっとここに帰りたいって思ってたんだから。
「で、手伝いは? 荷物持ちでも荷物持ちでもなんでも任せてくれ!」
「荷物持ちしか出来ないんじゃないの! とにかく、ボクはあんたなんかに手伝ってもらわなくても、月さえいればいいんだから!」
「大体視察の続きはどうしたのです? こんなところで油を売っている暇があるのなら、さっさと仕事に戻るです」
「よしはっきり言おう。華琳に視察に誘われたはいいけど、華琳が雪蓮と中庭でもめ始めたんだ。で、俺は引き続きってことになったけど、正直なにを見てどう“良し”と判断すればいいのかがわからない」
「……使えない男なのです」
「しょっ……しょーがないだろっ!? 確かに俺も軽い手伝いならしてきたし、回された書簡も多少は読んだけど! 一日のほぼは都でのことの勉強だったんだから! だから手伝いたいんだって! お、俺もこの祭りを組み立てる一人になりたいんだってば!」
「ようするに仲間はずれが嫌なわけね」
「……仰る通りで……」
書類整理だけじゃ、なんか手伝ったって気がしないんだよぅ……。
なのに祭りの中に我こそって顔で立っている自分を想像したら、ひどく空しくなった。
だから手伝いたいじゃないか! 華琳に視察に誘われたときは、そりゃデートっぽくてステキとかも考えたさ! でも違う、なんか違うんだ! いやべつに好きって言ってもらえなかったからってスネてるんじゃなくてね!?
「ん……そうだ。詠とねねに訊いてみたいんだけど」
「ちょっと、月を仲間はずれにしようだなんて思ってないでしょうね」
「いや、二人に是非訊いてみたいことなんだけど……えと。俺的に空気読んだつもりなんだけど、じゃあ月も。いいか?」
「へぅっ? は、はい、私で答えられることなら」
「……おかしな質問したら千切るからね」
「どこを!?」
思わず腰周りに寒気が走るが、負けるな一刀。まずは質問だ。
「あ、仕事の邪魔しちゃ悪いから、歩きながら話そうか。霞~、華雄~、恋~、ちょっと歩くぞ~」
離れた場所で談笑している三人にもきちんと声をかけて、祭りの賑やかさで溢れている街の中を歩く。……仕事とはいえ、こんな中で買い物は大変だろうなぁ。
「で? なんなのよいったい」
「うん。質問の内容なんだけど───気になっている人に“好き”って言ってもらいたいのは、自然なことだよな?」
『ぶぅっふぅっ!?』
「へぅうっ!?」
詠とねねが一気に吹き出し、月がポッと染めた頬に両手を当てて照れる。
なんて予想通りな状況。
そして掴みかかる勢いで俺へと迫る二人の軍師さま。
「ああぁあああんた急になにヘンなこと言ってるの!?」
「そそそそっそそそうなのです! 頭おかしいのです!」
「大体月の前でそんなっ……ってぁあああ月っ、こんなに真っ赤になっちゃって……!」
「だから空気読んだつもりって言っただろ。人の所為にしない」
「うぐっ……うぅうう……」
三者ともに顔を赤くしてそっぽを向いた。
詠が月を気にしているのは知ってるし、ねねは今さらだろう。
百合がどうとか言うつもりはないが、友情からなる愛情ってことで、むしろ微笑ましいものでございましょう。
「で、どうかな」
「そ、そりゃっ……いぃいい言ってもらえたらっ……嬉しいん、じゃないのっ? ボボボクはよく知らないけどっ」
「むむむ……なかなか直球な質問だと感心するのです……やるですね、北郷一刀……」
「こんな場面で感心されても嬉しくないんだけど……一応ありがとう」
「す、好きな人ですか……確かに、言われたら嬉しいんでしょうね……」
そして三人ともにホゥと溜め息を吐いて……やっぱりそっぽを向く。
……うん、好きな人に好きって言ってもらいたいのは正常だよな。
よし確認終わり。
「訊きたいことも訊いたし、買い物しようか。さあ詠ちゃん、俺はなにをすればいい!」
「急に話題を変えないでくれたら嬉しかったわ」
「えぇ!? い、嫌がってたじゃないか!」
「うっさいこのばかち───ん……こ、こほんっ、えーと……ば、ばか……ばかー……」
「あの……詠ちゃん? 悪口が思いつかないなら、無理に言うことないと思うよ……? むしろ言っちゃだめだよ、そんなこと」
「うぅうう……はっ!? そ、そうだ! 詠ちゃん言うな!」
「随分今さらなのです」
騒ぎながらも買い物をする。
幸いにして祭りの中。どれだけ騒ごうともそれが物騒でもない限り、みんながみんなただの祭りの騒ぎだと思っているようだ。
「それにしても……」
「ん?」
食材を手にした詠が、ちらりと振り返る。
そこには霞と華雄、そして二人の会話にこくこくと相槌を打ちながらも、なんでかじいいいっと俺を見ている恋。
それから視線は戻り、ねね、月の順に見る詠は、何かを懐かしむように穏やかに笑む。
「なんか懐かしいわ。この人物構成で行動するのって」
「あ……そっか、そういえば」
董の旗の下に居た人達なんだ、ここに居るメンバーは。
もちろん俺はその中には含まれてはいないが……と考えていると、ちらりと俺を見る詠。
むう、どうせ部外者ですとも。
でも友達だと言った言葉に偽りはないから、その視線……あえて受けましょう。
「……良かったと思ってるわよ」
「へ? あ、え? なにが?」
で、あまりに予想から外れた言葉を、俺にだけ聞こえるように言ってくる詠に、必要以上に戸惑う俺が居た。え? よかったって、なにが?
「乱世だもん、負ければ死ぬだけだろうなって覚悟してたのに……こうして生き残って、なんだかんだでみんなとこうして買い物なんてことが出来る仲になった」
「あ……ああ、そういうことか。でも前の時でも───って、そんなふうに出来る役職でもなかったか」
「当然でしょ? 何処で誰が狙っているかもわからないのに、そんな危険なこと……」
思えば、反董卓連合は彼女たちにとって、迷惑以外のなにものでもない出来事だ。
住む場所を追われ、仲間とも離れ離れになって。
それでも彼女は言ったのだ。“良かったと思ってる”と。
「ん……べつにこれが前向きなだけの考えだーなんて思ってないわよ? いろいろ面倒はあるし、疲れることだって毎日のようにあるし。重要なのは、みんなが無事で、争わないで済む場所に至れたってことよ。立場を気にして意識を尖らせる必要もないし、こうして月と一緒に買い物も出来る。一度壊された世界が、誰かの犠牲の上で組み立てられて……暖かくなった状態でここにある。これで笑えなきゃ、月を守ろうとして戦ってくれた人たちに申し訳ないじゃない」
「……そっか。……え? あ、ちょ、ふおっ!?」
自然と温かい気持ちになったところで、詠が買ったばかりの様々を詰めた紙袋を俺に渡す。慌てて片手で受け取るのだが、結構重いし肩から吊るすように巻かれている左腕があるために、胸に抱えるようにして持つことも難しい。
上手くバランスをとってあいいぃいーっ!? いたっ! ゴスって今っ! ゴゴゴゴスって左腕にっ……!
「そんなのでよく手伝いたいなんて言えたわね……」
「べ、べつに無理なんかしてないんだからねっ!?」
「急に涙目で頬赤くして何言い出してるですか」
「横から冷静にツッコまないで!? 悲しいから!」
ツンデレっぽくしたら冷静にツッコまれた。恥ずかしい。
そんなこんなで結局はわいわいとやかましくなる。
それを見た月もくすりと笑い、そんな笑顔にポッと頬を染めた店の主人がおまけをくれたりで、祭りっぽくていいなって思ってしまう。や、実際に街は祭りの最中だけど。
そんな賑やかさの中、別の店へと向かう最中にもう一度、詠が近くに来て口を開いた。
「……死んでいった人達がそれで納得するかなんてわからないわよ。もう話すことも出来ないんだし。深く考えてみれば、きっと恨まれてるんだろうなとも思うわ」
「………」
そりゃそうだ。死にたいなんて思ってた人なんてそうそう居なかっただろう。
それなのに死んだんだ。
生きているってだけでも恨まれることは、悲しいけどあるだろう。
さっきまでの笑顔もどこへやら、詠は少しだけ今まで生きてきた道を振り返ったような、疲れた顔で空を見上げて呟いた。
「義務がどうとかじゃなくて……生き残れたなら生きていたい。みんなの分までなんて偉そうなことは言わないから、せめて……生きていられる残りの時間を笑って過ごすことくらいは認めてほしいんだ、ボクは」
「……ん」
同じく空を見上げるが、人にぶつかりそうになったからやめた。
そんな俺を見て、隣を歩く詠が苦笑を漏らす。
「あんたさ。魏で戦っていた頃は何もしてなかったんだったわよね?」
「……ああ」
「そっか」
向けられる視線が“辛かったでしょ”と語っている。
そんな視線に答えを返すでもなく、苦笑を漏らした。
「………」
何も出来ないで、人の死ばかりを知るのは辛い。
だからって何をしてやれるわけでもない。
なにもしていない自分が生きて、戦った人がどうして死ななきゃいけないのかと考えることも辛い。そのくせ、鍛錬からは言い訳をつけて逃げていた自分を思い出すのも辛い。
そんな俺の考えを見透かすように詠は寂しそうに笑って、彼女の行動に似合わず背中をぽんぽんと叩いてきた。
「詠?」
「国に返したいって理由がそこから来てるのかどうか。そんなことは知らないわ。でも、やれることが出来たなら頑張ればいいのよ。……それくらい許してもらわないと、ひどい話だけど……死んでいった人達は重荷にしかなれないんだから」
「………」
しゃきっとしなさいと言われた気がした。
それだけで、何かをしなくちゃ落ち着かないって気持ちが軽くなった気がする。
……単純だな、俺。
溜め息をひとつ吐くと、詠は月に呼ばれて小走りに駆けていく。
その先には相変わらずの食材屋。
届けられる食材とは別に、こうして買うものも結構あるらしい。
大体が誰かの要望からくるお使いのようなもの、だそうだ。
……で、その空いた隣にいつの間にか恋が。
「……。ん……一刀、元気ない……」
「元気ないと言われながら肉まんを差し出されたのは初めてだ。くれるのか?」
「……? お腹、空いてない……?」
「いや、空腹の所為で元気がないわけじゃないって。懲りもせずに考えごとをね」
「ウチらの輝かしい未来のために?」
「それもある」
「ではいかに戦を始めるかか!」
「違うよ!?」
「いかに女に手を出すかですか」
「それも違う!!」
神様、一刀です。周囲のみんなからろくな反応がありません。
どうしたらいいでしょうか。
(一人一人との関係を大事にして生きなさい。多数に手を出してしまった今、何をどう言い繕おうとあなたの愛は一途ではありません)
(神様!?)
神様にもっともなことを言われた気がした! でもなんかひどく聞こえるのは何故!?
……いや、幻聴に心を乱してないで、今はこの瞬間を楽しもう。
もらった肉まんを頬張りつつ───…………
「…………」
「あの……恋?」
見られてる。……めっちゃ見られてる。
手に持つ肉まんを左右にゆっくり振ってみると、そこに動くは彼女の視線。
やがて、じゅるりと彼女が唾液をすすったあたりで苦笑が漏れた。
「……食べる?」
「!」
彼女に肉まんを渡すと輝く瞳で見つめられたあと、もくもくと食べ始めた。
いや……なんのためにくれたのさ、それ。
「えーなぁ恋ー、ななな、一刀ー? ウチにもちょーだい?」
「貰ったもの返しただけだからな……っと、おお、丁度あそこに饅頭屋があるな。あそこでいいか?」
「……!」
霞に訊ねてみれば、こくこくと頷く恋。
「……まだ食うんですか、恋さん」
渡した肉まんはとっくに手の中から消えていた。
「誘ったからには奢るですよ、北郷一刀」
「む? なんだ? 奢ってくれるのか?」
「え゛っ…………はぁ。ちゃっかりしてるよな、みんな……」
こうなれば月や詠に奢らないわけにもいかない。
離れたところで食材を見て回っている二人に声をかけて、ちょっと早いけど休憩をとることにした。