さて。
「れでーすえーんどぜんとーまー! 今日は蒲公英が司会進行する血沸き肉踊る戦の場へようこそー!」
何故居る。というツッコミもあっさり流され、訪れた場所は中庭の東屋だった。
どうやら華琳も雪蓮も既に居ないらしく、霞に導かれるままにアワワワワと怯えつつ東屋に連れてこられた俺は、安堵の息をゴファアアアと盛大に吐くとともに、卓に座る。
そこにはさっき別れた筈の蒲公英が居て、エイオーと手を天へと突き出していた。
「蒲公英、無理にレディースアンドとか言わなくていいから」
「えー? でもこうしたほうが司会らしいって“学校”の授業で聞いたよ?」
「それ間違ってるからな? そういう言い方があるって朱里と雛里に教えただけだから」
「じゃあどんな言い方があるの?」
「え? あ……そうだな」
急に質問をされると頭の整理が追いつかないもんだ。
けれども無理矢理に回転させると、出た答えをそのままに、勢いづけて言う。
「みィイなさまァ! 大変長らくお待たせしましたァ! 本日この場では間もなく、突発的対決企画! 華雄対北郷を開始いたします! 司会進行役はご存知、蜀の南蛮平定美少女戦士こと蒲公英さんでお送りいたしまーす!」
「いえーっ!! って、そっか、そうやればいいんだ」
「では早速対戦者の紹介です! 爆斧片手に常に戦を思う猛者! その力はひと薙ぎで岩さえ両断、破壊するほど! 董の旗にこの人あり! 華雄将軍だァーッ!!」
「お? お、おおっ? わ、私か? うむ、全力を出そう」
「対するは魏に拾われた凡人! 遅すぎる努力に目を回す日々! 北郷一刀だぁーっ! ……あ、どうも」
「……ねぇお兄様? 自分で言ってて寂しくない?」
「それは言わないでほしいかなぁ……自覚があるだけに」
ともあれ、手本は見せたのでドッカと卓の前の椅子に座り直す。
差し出す手はもちろん右手。華雄も当然そうして、俺の手と彼女の手がガッシと組み合わされる。
「合図は?」
「蒲公英に任せていいか? それとも霞に───」
「待った無し一本勝負! はっじめぇーっ♪」
『!?』
心の準備もしないままに蒲公英が開始宣言!
瞬間、俺と華雄の腕に力が篭り、ズバァンと音が聞こえてきそうなくらいに一気に筋肉が隆起した。
華雄は力。俺は力と氣。
それぞれを右腕に込め、勝つのは我ぞとばかりに息を震わせる。
ていうかやっぱ強ッッ!! こっちは氣をフルに使ってまで倒そうとしてるのに、あっちは純粋な力だけだよ! そしてむしろ負けてる!? なんかじりじり押されてきてる!
「くっ、ぐっ……! お、おぉおおお……!!」
「ほお……なかなか頑張るな。今まで出会ってきた男の中では間違い無く一番だろう」
「いや……っ……くはっ! それ、たぶん華佗には負けると……思うなぁ……っ……!」
筋肉がミシミシと悲鳴をあげる。
だが諦めない挫けない。
右腕に溜まっている氣とは別に、錬氣したものを別の箇所へと流し、右腕を支える。
左腕で踏ん張ることが出来ない分、他でカバーだ。
そうしてずしりと重心を変えて構えると、動作の分だけ少し腕の位置が戻った。
「むっ……」
「まだ、まだぁああ……!!」
筋肉組織に氣を織り込むように流し、その組織ひとつひとつをより強靭に、かつ柔軟にしてゆく。筋のひとつひとつが空気でも孕んだかのように膨れると、大して太くはない自分の腕が先ほどよりも隆起し、腕ばかりか胸筋や背筋や腹筋までもが金色に輝く。
「おおおっ!? なんか光っとんで一刀っ!」
筋肉組織に折り込みきれなかったのだろう。
腕から漏れた氣が輝きを見せ、まるで右半身が輝いているように見える。
だが、光ったからといって勝てるかといったら当然否だろう。
「感心する力だ……よもやここまでのものを隠していたとは。フッ……いいだろう、では私も全力を見せよう!」
「!」
来る! 言ったからには全力が!
ならばとここで小細工を使用!
華雄の力が俺の腕を圧迫する瞬間に合わせ、座ったままの状態で足に籠めた氣を螺旋の要領で一気に腕へと運ぶ。体勢的に無茶ではあるが、なんとか届かせたそれを惜しげもなく腕に装填して、“加速”させた腕の力が華雄の全力とぶつかった。
「いぎっ!? かっ……~っ……!!」
「なっ……なん……だと……!?」
当然、突然の負担に軋む右腕。
だが一気に腕が叩きつけられるなんてことを防ぐには至り、瞬発力もプラスされる全力の峠はなんとか切り抜けた。
ただし代償は高く、軋む腕が強烈に痛かったりした。
ヘタをすれば抵抗ごと腕をへし折られていたかもしれない。
そう考えると身が凍る思いだ。
(むしろ現在進行形でミシミシ鳴ってらっしゃるのですが、素直に負けを認めたほうがいいのでしょうか……!?)
荒く吐く息はやはり震えたまま。
そうしたいわけでもないのに、「カハハッ……カハッ……」と奇妙な笑い声みたいに吐き出され、余裕なんてものは最初からほぼ無かった。
それでも負けたくないと思うのは、男の意地からくるものか、ただ頑固なだけなのか。
(ななななにか考えろ……勝てる方法を……! 加速もダメ、力じゃもっとダメ。ならどうする? どうするもなにも思いつかない。こ、根性? 今出してますよ!? 勇気? 挑んだだけで勇気ですよね!? ……あ、愛! この状況でどう愛を出せと!? ぁああダメだぁああっ! 焦るほど混乱していく!)
くすぐる? いや、卑怯なのは無しだ! 力で真っ直ぐぶつかってきてる人には全力を以って応えなきゃ男じゃない! ……あくまで腕相撲ではって意味でね?
けど、だったらどうする? だったら、だったらだったらだったらだったら……!!
1:限界ブッチギリバトル
2:俺に勝利をもたらせ。代わりにこの腕をくれてやる。
3:加速をかけまくる
4:エナジードレイン(氣を送ることが出来るなら、吸えるんじゃ……?)
5:俺……この戦いが終わったらもう一度華琳に……(敗北フラグ)
結論:…………なんかどれも変わらない気がしないか?
というわけで限界ブッチギリで、腕に負担をかけようが加速を何度もかけて、氣を吸収できるならしてみて……あ、いや、それはやめよう。とにかく出せる力を出しきって、勝てたら華琳にもう一度ってことで!
「くぅううおおおおおおおおっ!!!」
氣を送る! 加速で送る!
右腕がなんかパンパンになってるけど送る!
……でも動かない! ギャア強い! この人何者!? 華雄さんですね! わかってます!
「ふむ……いい気迫だった。終わりにしよう」
「んぐっ!? あ、お、うあっ……!!」
力で捻じ伏せられてゆく。
加速も効果は出しきれず、というか既に腕が限界で、送っても効果がない。
大体この体勢では速度を上げる効果なんてあまり期待できないわけで。
(あ……ま、負け……る……!)
手の甲が卓へと降りてゆく。
腕はもう氣でパンパン。
しかしながら最後まで諦めるつもりもなく、氣を体全体に逃がしながらさらに力を籠め、悪あがきをやめずに抗った。
……もちろん、それも長くは続かなかったけど。
「あちゃー、やっぱり華雄の勝ちかー」
「いぢぢぢぢ……! 腕がっ……腕がっ……!」
コトン、と静かに卓へとつけられた手が放され、自由になると、途端に襲い掛かる痛み。
霞が苦笑するように、やっぱり武将相手に力任せは無理だ。
なのに妙にスッと受け止められるのは、小細工込みでの完全敗北だからだろう。
───でも、だな。うん。
「よしっ、華雄っ! もっと強くなれたらまた勝負だ!」
だからってもう戦いたくないと思うかといえば、そうでもない。
なにしろ首が飛ぶことも胴体が千切れる心配もない勝負なのだ。これほど安全で、全力が出せる勝負もそうないだろう。……腕は折れるかもだが。
「フッ、いいだろう。敗北してなお牙を剥くその姿勢、実に見事。私は勝負を拒まない。いつでも相手になろう」
華雄はといえば、顎に手を当てて余裕そうにニヤリと笑い、俺の言葉を受け入れる。
負けた悔しさはもちろんあるんだが、恨みとかではなく今度は勝ちたいってものだ。
だからか、俺も華雄みたいなこと言ってみたいなぁとか思ってしまった。
フッと笑っても、俺にはてんで似合わなそうだけどさ、そういうのはほら、そうしてみたいなぁって欲求だから。
「よし、これからも鍛錬頑張ろう。でさ、蒲公英。キミ、お姉さまに捕まってたんじゃ?」
「え? ああっ、お姉様が食べ物に目がいってる隙に逃げてきた!」
「いやいやいや胸張ってないでっ! 逃げちゃだめだろっ!」
質問に対して元気に答えすぎだろおい! そんな状況じゃなければ“あはは元気だなぁ”で済ませられるだろうに、今この瞬間とっても気まずい!
……ん? あれ? ちょっと待て?
この状況ってあのー……もしかして俺が蒲公英のことを連れ回してるってことに……?
「なぁ蒲公英さんや」
「んあ? ……なにかな、お兄様さん」
「お兄様さん!? あ、ああいや、今はそれよりも……! 俺、今すぐここから退散するから蒲公英は翠のところへ戻ってくれっ!」
「えー? どうせサボっちゃったんだし、一緒に城下のお祭りで騒ごうよ。今戻っても怒られることは変わらないんだしさー」
「予想通りの言葉をありがとう……でもな、それって絶対に俺が悪者呼ばわりされるから、出来ればというかむしろ絶対に回避したいんだけど」
「ああ、いつものことやな」
「なるほど、そうなのか」
既にいつも通りで認識されていることに、軽く遠くを眺めたくなった。
なのでツイ……と視線を動かすと、何故かそこに居る恋。
「……あれ? 恋? なんでここに───ねねまで」
「………」
もう詠ちゃん、もとい詠と月の方はいいのか? と訊ねるも、恋は何も言わない。
言わないままに、ちらちらと俺と椅子と卓と華雄を何度も何度も見比べると、こくりと頷いて……何故か俺の膝の上に座る。
いきなりの事態に声があがるより早く、恋は卓の上に肘をついた。
「お……お?」
「………」
戸惑いの声ふたつ。
俺と華雄のものだが、恋は華雄を見たまま動かない。
卓の上に肘をつき、その先はVの字に曲げて構えたまま。ようするに腕相撲の姿勢だ。
「れ、恋? 私と、その……やりたい、のか?」
「…………」
「いや、だがな、その……」
「勝負……拒まないって言った」
「はうっ!」
恋の言葉に、何か小さなものが刺さったような反応を見せる。
さっきまでは勝利の余韻を堪能していたのに、急に現れたチャレンジャーを前に戸惑いを隠せない……のも当然だよなぁ。だって恋だもん。
「さあどうしたのです? 恋殿は既に構えているのですぞ?」
「む、ぐっ……!」
かつて同じ戦場を駆けた者だからこそ知るその強さを前に、さすがの華雄も難しい顔をしていた……のだが、すぐにキリッと表情を変えると、ガッシィと手を組んでみせた!
「おぉおっとぉ! 華雄選手どうやら受けて立つ模様っ! 果たして二勝になるのか敗北を知るだけに終わるのか! 御託はいらない、結末だけを見守ろう! それでは腕相撲二回戦、華雄対呂布! はっじめぇーっ!!」
『っ!!』
うずりと肩を震わせた蒲公英による司会と開始の合図が出された瞬間、卓の上にある二人の手を中心に一気に空気が重く感じ、直後にドカァンという音が耳に届いた。
「早っ!?」
「うえぇえっ!? もう終わっちゃったの!?」
……一瞬だった。
重い空気が発生したと感じた頃には、恋の手が華雄の手の甲を卓に叩き付けていた。
というか……負けた華雄でさえ、ぽかんとしている。
「…………」
「ほえ? たんぽぽに用?」
右腕が痺れているのか、左手でチョイチョイと蒲公英を招く華雄さん。
近寄ってきた彼女を自分が座っていた場所にとすんと座らせると、それでピンときたのか霞が手を伸ばし、蒲公英の手を取って恋の手と組ませた。
「え? え? あのー……」
「よっしゃ! 三回戦いってみよー! 準備はええなー?」
「えっ!? やっ! ちょっと」
「始めぇっ!」
「───んっ!」
「待だぁっ!? ~……いあぁああったぁああーっ!?」
瞬殺である。
一応力を籠めたようだが、その全力ごと卓に叩きつけられた蒲公英が、椅子から飛び降りるように逃げて、手を庇いながらぴょんこぴょんこと跳ねている。
……ああ、痛そうな音、鳴ったもんなぁ。
「ふ、ふふ……なんだ、もう終わったのか……?」
「ふーっ、ふーっ……!! あ、あんなの堪えられるわけないでしょー!?」
右手を庇い、痛みに息を荒げつつ、震えながら語る敗者が二人。
…………俺、華雄が相手でよかった。