一日の報告をして、自室へ戻って美羽と合流。
一緒に厨房へ行くと各国の将が集まっており、大変賑やかな夕餉を迎えることになる。
もはやいつものことだが料理を作る者の手が足りず、調理に自信のある者が厨房へと助っ人に向かう様は、ある意味勇者のようにも見えた。仕事で疲れて大変だろうに。
「祭さん祭さんっ! またあの青椒肉絲作ってもらっていいっ!?」
「おう? なんじゃ、まるで子供のように目を輝かせて、何を言うかと思えば。───かっかっか、こんな大きな子供なぞおらんか」
「子供でいいからお願い! 今日はなんかがっつり食いたい気分なんだ!」
「ふぅむ……」
「あ、あの、兄様? 料理でしたら私が……」
「流琉? あ、じゃあ頼えぐっ!? ぢょっ……ざいざんっ……!?」
なんだかんだで疲れた体に美味しい白米をと意気込んだのはよかった。
祭さんにご飯が進むおかずを所望したけど、断られそうな雰囲気だったのも……まあ、流琉が作ってくれるならと期待に胸を膨らませた。うん、ここまではOK。
ただ、流琉に頼もうと振り向いた瞬間、ぐっと襟首を引っ掴まれた。
首が絞まる思いで振り向いてみれば、ジトリと俺を睨む祭さん。
「まったく、お主は作ってくれるのなら誰でもいいのか」
「だ、だっでざいざんっ……げぶっ……嫌……ぞう……だっだ、じ……」
「なんじゃ、男ならはっきり答えんか」
「だばっ……だっべ……の、ど……のど……の…………」
抵抗はしているんだが、祭さん相手に片腕で何ができましょう。
しかも大変驚いたことに片手で持ち上げられていて、首が絞まって思うように力も籠められないし…………あ、あれ? なんか視界がボヤケてきた。
い、いやぁああ……祭さんはすごいなぁ……男一人を片手で持ち上げちゃうなんて。
縄いらずで首吊り死体が完成……で……ってほんとに死ぬわ!
「ぐっ……かはっ!」
祭さんの右腕を右手で掴み、片腕懸垂の要領で体を無理矢理持ち上げる。
それで気道は確保出来た───けど、改めてその体重さえ片腕で支えたままでいられるこの人って何者!? なんて考えるより早く、流琉が祭さんに言って俺を下ろしてくれた。
そうなると、息を吸おう待ち構えていた気道が一気に酸素を喉に通し、咳き込みそうになるほどの空気が一気に肺を満たす……が、またすぐに吐いてまた吸うを繰り返す。
「ぶはぁっ! はぁっ! はっ……はぁーっ! はぁーっ!!」
ああ……空気! 空気だ! 酸素が美味い! うま───…………夕餉食べにきて酸素に感動するなんて、どんな貴重体験だろう。
「お、おお……? 北郷、大丈夫───」
「暖かな日常的に死ぬところだった……」
たまに忘れるけど、みんな規格外の力持ってるんだよなぁ……。
俺が持ち上げようとしたところで、軽くひねり潰されそうだ。
見た目、筋肉なんてなさそうなのにね。不思議だ。
「で……あの、祭さん? なんだってまた人の襟首持ったまま宙吊りなんて……げほっ」
「いやそのなんじゃ……お主がいきなり孺子らしいことを言い出すからな、あー……」
「北郷を自分の子として見てしまいましたか、祭殿」
「へ?」
祭さんの言葉に割り込むように放たれる、突然の声。
声でもうわかってはいたが、声がした方向を見れば、自分の両肘を掴むように腕を組みつつ呆れ顔の冥琳が、こちらへと歩いてくるところだった。
「ぐっ……公瑾、またお主か……」
「“また”と自覚出来るほどあなたが騒ぎを起こすから、私がこうして歩かなければならないのですが?」
「さ、騒ぐほどのことでもなかろうに……儂はなにもしとらんぞ」
「北郷?」
「片腕一本で便利に首吊り他殺されるところでした」
「さ。祭殿? なにか言い訳があるのなら聞きますが?」
「むうっ……わ、儂は北郷ほどの大きな孺子を産むほど、歳を食っておらんわ!」
「それってただ祭さんが勝手に俺を子供として見て、勝手に歳を食ってないって怒っただけじゃない!?」
それで絞められて死にかけるなんて冗談じゃないんですが!?
……いや、正当な理由(?)としましては、鍛錬とかでも結構死にそうになることとかあるけどさ。春蘭に追い掛け回された時とか特に。どの道死ぬのは冗談じゃないな、うん。
しかしそこまで言うと祭さんもすまなそうな顔をして、
「……煮るなり焼くなり好きにせぃ」
なにやら男前(?)な言葉を吐いてドンと構えた。
不思議と被害者である自分が小者に思えてしまうその迫力に、なんだか無償にツッコミを入れたくなる。あの祭さんにここまで観念されると、逆にこっちが戸惑いを───感じてしまった矢先、冥琳がどことなく嬉しそうに言った。
「煮も焼きもしませんよ。代わりに祭殿に腕を振るっていただければと」
「なに? 腕を……じゃと?」
「ええ。元々料理のことでもめていた様子。ならば解決の糸口は料理であるべきでしょう」
「………」
「………」
「………」
祭さんと俺と、今まで黙って俺の背中をさすってくれていた流琉とで、冥琳を見た。
……なんかちょっと嬉しそうな冥琳を。
「……ふむ、料理か。おい北郷、すまんがそれでいいか?」
「え? あ、ああうん、祭さんさえよければだけど」
「男子が遠慮なぞするな。よし、典韋よ、少々手伝ってもらうぞ」
「あ、はいっ!」
流琉が手伝いに参加して、祭さんとともに厨房の奥へと消えてゆく。
残されたのは俺と冥琳なわけで。
まあ、とりあえずは呼吸が出来ることを喜びつつ、誰も座っていない椅子に着く。
……と、何故か隣に冥琳が座った。
どうしてか少し上機嫌っぽい冥琳が。
「冥琳? 何か用なのか?」
「なに、気にするな」
「や、だって椅子は他にも空いてるのに、わざわざ隣って───」
「気にするな」
「………」
「………」
気にしたらいけないらしい。
「……あ。雪蓮が呼んでるけど」
「言わせておけ」
「えぇっ!?」
あの、呼ばれれば歩み、問題をたちどころに解決する冥琳が雪蓮の呼びかけをスルー!?
……あ、代わりに蓮華が行って…………あーあーあー……なんか説教が始まった。
「……そういえばさ。冥琳って青椒肉絲が食べたくなる時があるって言ってたけど」
「ああ。時折にな」
「………」
「………」
「……あのさ、冥琳」
「うん? なんだ」
「もしかしてだけど、いろいろと言って祭さんを言い負かしたのって、青椒肉絲が食べたかったからってだけ?」
「………」
「………」
「……………」
「……………」
「そんなことはない」
「あの。大変珍しい光景ではあるけど、目を逸らさずに言ってほしいんだが」
照れ隠しなのか、目を伏せながらさらりと自分の髪を持ち上げるようにして払い、これまた不自然な咳払いをした。よく見れば顔も赤いし、自然な仕草で卓に肘を乗せ、広げた手に顎を乗せるようにして口元を隠すが、期待に胸を膨らませてか持ち上がる口角を隠しているようにしか見えない。
そうまでして食べたいほどに、青椒肉絲が好きなんだろうか。
ちょっと意外だけど、隣に座る冥琳はやっぱり嬉しそうだった。……まあ、祭さんのことだから大盛り以上の特盛りで作ってそうだから、食べる人が増えるのは嬉しいが。
……それから少しののち、青椒肉絲がどんぶりに入った白米とともに運ばれる。
もちろんがっつり食べるつもりだった俺は、こんもりな青椒肉絲とご飯を前に口の中を唾液でいっぱいにし、それを飲み込むと早速食事を開始する。
ぱくりと食べれば広がる豊かな味わい。
濃い味付けで、その味加減が薄味に慣れたこの時代では大変ありがたい。
箸でこんもりと取っては大口を開けて頬張り、軽く味わうと今度はご飯を詰め込み、頬をパンパンに膨らませながら咀嚼する。
よく噛んでから飲み込めば、米が喉を通る食感が心地良い。
場所は違うけど、これぞ“よくぞ日本に生まれけり”って喜びだなぁと痛感。
米があってよかった。本当によかった。
昆布出汁とかはまだ我慢が利くが、米が無ければ暴れていたかもしれない。
で、暴れたら暴れれたで簡単に押さえられて、正座で説教される自分が目に浮かぶほどに容易く想像できた。
「うん、うん……」
食べ方は豪快に。しかししっかりと味わう。
ああ、この口の中に広がる味の濃さ。そしてそれを受け止める白米のありがたさ。
たまりません。
「………」
「………」
それを味わうもう一人……美周郎は、やっぱりどこか嬉しそうに食べている。
急ぐわけでもなくしっかりと味わい。
食べる仕草も綺麗で、見る人が見れば……たとえばフランチェスカのお嬢様方の誰かが見れば、きっと“ホゥ……”と溜め息を吐きたくなるような綺麗な姿勢。
なのに、じっくりと見れば綺麗というより可愛さまで見えてくるのが微笑ましい。
本人には絶対に言えないことだが。
「祭さんご飯おかわりっ!」
「やれやれ……相変わらず食いっぷりだけは男らしいのぅ」
「祭殿。私にも次を」
「……公瑾。お主は多少は遠慮を見せたらどうじゃ」
俺と違ってどんぶりメシではないから、白米が無くなるのが早いのはわかるが……それでもどこか笑顔が混ざったお代わり宣言を見るたび、どうしても綺麗というよりは可愛いって意識が先に立つ。
その姿が意識の中の子供の冥琳と重なって、子供の頃はこんなだったのかなぁと想像をしてしまう。
「黄蓋さんの料理は、少し味が濃い目に作られてるんですね。なのにそんなにしつこくないなんて……」
「単に儂の好みの問題じゃ。これが嫌だと言う者もおるじゃろう。……この二人はどうにもそういった例外ではないようだが」
「私のも食べてくださいと」出された流琉の料理も食べながら、ご飯を掻っ込む。
腕が痛むが知りません。この食事の時にのみ全力を以って氣で繋げ、痛覚なんぞ置き去りにするつもりで食を楽しんだ。
ああもう、ご飯が進む。
舌に馴染んだ味付けに、やはりご飯を噛まずにはいられなくなる。
……などと、周りの目も気にせずガツガツと食べていたからだろう。
こちらを気にする人の数が増え、遠慮を知らない者たちは「美味しそうなのだ!」とか「みぃにも食べさせるのにゃ!」とか言いつつ摘んだりしている。……食べてしまえば、欲しくなるのはご飯。
集った人達が次々と白米を所望する中、ただ俺と冥琳の食べっぷりを見守っていた祭さんと流琉が、いつの間にか給仕係りのようにご飯や料理作り担当になってしまい……いや、そりゃあ最初から手伝うつもりで料理を始めたんだが、これは予想外だっただろう。
「へえ……濃い味付けも工夫次第ね。到着後の宴会時にも食べたけれど、一口だけではわかりきれないものね」
「祭ー、お酒飲みましょお酒ー♪」
「うわー、この青椒肉絲、美味しいー♪」
で、気づけば各国の王まで近くに座る始末で。
「三人とも、いつの間に……てか、いいの? この騒ぎ鎮めなくて」
「あら。一刀? 私が祭り前の興奮を無理に押さえつけるほど、野暮な王に見える?」
「そうは言うけどさ」
「そうよー? せっかく楽しいんだから、無理に押さえつけるのはつまらないわよ。それより一刀、“日本酒”のほうはどうなの? 私結構楽しみにしてるんだけど」
「まずは酵母がどう働いてくれるかだな。菌や酵母は酒蔵の作りや位置によっても変わってくるらしいから、それが上手く合えばいいんだけど」
「……よくわからないけど、美味しいの期待してるから」
「……はぁ。飲むこと専門な人は、過程なんてどうでもいいんだろうなぁ」
言いながらも食う。
言いながらも飲む人とともに、喧噪の渦中で笑いながら。
皆が賑わう中、さすがに一緒に食べ始めた冥琳もそろそろ満腹のようで、箸を置いて身を正していたが、それでもかなりの量を食べたはずだ。
俺もそろそろ満腹で、最初に出された分をぺろりと平らげたあたりで箸を置いた。
どんぶりメシって、不思議と茶碗で食べるよりもいっぱい食べられたりするんだよな。
茶碗で3杯が難しくても、どんぶり二杯が何故か食べられたり。
おかずの効果が高いからだろうか。まあいいか。美味しかったことに変わりはないし。
「祭さん、流琉、ご馳走様」
「やれやれ……ちょいと首根っこを掴んだだけが、まさかこんなことになるとはのぉ……」
「軽い気持ちで人を締め上げた罰と受け取ってほしいものですね」
「口が減らんのぉ公瑾。素直なのは飯を食らっとる時だけか」
「ああ、確かにいたたたた!? ちょ、なんで抓るの!」
「食事をしていた私の姿は忘れてもらって結構だ」
「顔、赤いぞ?」
「~…………気の所為だ」
でもなぁ、実際に素直だったし。
美味いかと言われれば素直にこくこくと頷いた瞬間なんて、恋を思い出させるような素直さだったって。……まあ、自分の行為に気づいてハッとした彼女は、すぐに誤魔化して見せたけど。
雪蓮は酒を飲みながら、そんな冥琳を見てニヤニヤしてたし、華琳は味の意外性の研究をしていた。桃香は俺と一緒におかわりするほどに食べてて、今はうんうん唸りながら苦しげに卓に突っ伏している。明らかに食べすぎである。
「こんな調子が明日はずっと続くのかと思うと、ちょっと……いや、かなり心配だ」
ぐるりと見渡せば、未だ食べている者や騒ぐ者、酒でべろんべろんに酔った者などが大勢居た。各国の将全員が座れるほど広いわけでもないので、立ちながら騒ぐ者や立ちながら食べるものが大半。
しかし華琳が言うように、それを咎める者は誰も居やしない。
お祭り前日の夜っていうのは、これくらいが丁度いいのかもしれないな。
「………」
さて。
そんな賑やかさの中、ふと足に重みを感じ、椅子に座りながらも天井を見上げて休んでいた俺が視線を落とすと、そこには桃色の髪。
誰ですかと訊ねるより先に、それがシャオの髪だとわかったあたりで、祭り気分の騒ぎとは別の騒ぎが巻き起こるわけだが……
「あっ! こりゃーっ! 主様の膝は妾のものじゃぞっ! 今すぐ退くのじゃーっ!!」
「んふんっ? それはただそっちが勝手に言ってるだけでしょー? 一刀の膝はシャオ専用なんだから、誰が何を言おうと関係ないもーんだ」
「違うのだっ! そこは鈴々専用なのだ!」
「あー! どさくさ紛れで何言ってんだちびっ子! 兄ちゃんの膝はボクと流琉のものなんだぞっ!?」
「春巻きは黙ってるのだ!」
「なんだとー!?」
「なんなのだー!!」
これぞ、“楽しげな賑やかさ”が急に“殺意を混ぜた騒がしさ”へ変わった瞬間である。
そこに美以や蒲公英、風や明命、果ては猪々子や恋まで混ざってきて、状況はどんどんと殺伐というか……危険なものへと変わっていった。
ちなみに猪々子さんに参戦理由を訊ねてみましたところ、
「だってアニキの膝枕は落ち着けるし」
だそうで。
それを耳にした霞や桃香まで参戦してきて、明命に引かれて亞莎が混ざったあたりで朱里や雛里も参戦。
いよいよ混沌と化してまいりました。
「一刀さんってば本当に手が早いですね~、一体その膝で何人の女性を泣かせてきたんですか?」
「膝で泣かすって言葉、初めて聞きましたよ七乃さん」
で、そうなると当然、つつきたがりの七乃さんが黙ってはおらず。
膝争奪戦で周囲が騒がしい中、指をピンと立てて微笑む彼女は本当に楽しげでございました。思い切り眼前で騒がれるこっちの身にもなってほしい。
「ちなみにこの他に、膝に座らせた、または寝かせた人は?」
「え? んー……思春オヒャァアーゥァ!?」
言葉にした途端に頚動脈あたりにちくりとした刺激!?
視線だけ動かしてみれば、やっぱりいつものヌラリと光る鈴音さんが!!
そしてぼそりと耳元で囁かれる、「余計なことは口走るな……」という声!
……ええはい、黙るしかありませんでした。
いつも気を張っていた思春としては、あの……魏に向かう道の途中での出来事は、忘れたいことでしかないのかもしれない。
未だに携帯には、あの瞬間の思春の無防備な寝顔が残されているわけだが……ある意味どころか確実に、あれは貴重な宝といえましょう。
誰かに……主に蓮華に見せようものなら、死亡を約束されそうで怖い。
ごくりと喉を鳴らすとともに、肌に張り付くような鋭さが離れていくのを感じ、深い深い安堵の息を吐いた。
「……こんなのが続くのかなぁ……ほんと……」
俺の膝だけでここまで白熱できるみなさまを前に、俺はただ明日の心配をした。
勝者への褒美は各国からというが、その国に求めるものによって褒美は変わるんだろうけど……どうしてだろうなぁ、嫌な予感ばかりするのは。
ちらりと見た華琳は、何故かちらちらと、俺の膝へと座ってはどかされ座っては邪魔されをするみんなを見ていた。主に鈴々が座った途端に季衣に押し退けられ、その隙に季衣が座って鈴々に押し退けられを繰り返しているわけだが……季衣と鈴々が取っ組み合いになると、その隙に美羽やシャオが座ったり、その二人まで騒ぎ出すといつの間にか風が座ってたり……もう本当に騒がしい。
そういえば……膝の上のことでは以前、華琳が不機嫌になったことがあったなぁ。
俺が誰のもので、どういう立場なのかを思い知らせようとした時のことだ。
あの時は玉座に座らされて、かなりまいったのを覚えている。
あの時みたいに華琳は不機嫌になるのだろうかと思ったんだが……そんな雰囲気が一向に沸きあがらない。もしかしたら無礼講的なことを言った手前、そんな状況に踏み出せなかったり……? いや、まさかなぁ。
「お兄ちゃんは誰を一番膝に乗せたいのだ!?」
「シャオだよねー?」
「兄ちゃん! ボクだよね!?」
「当然妾なのじゃ! のっ!? 主様っ!! のっ!?」
で、いろいろと考えている内にそういう流れになったらしく、普通なら答えづらい質問を鈴々、シャオ、季衣、美羽がしてくるわけで。
「華琳」
『えぇっ!?』
だがこの北郷、怯むことなどせぬ!
キッパリと言ってみせると三人が固まり、他のみんなも驚きの声をあげる。
でも、訊かれて、ほぼ無意識に出た言葉がそれだったので、きっとそうなのだろう。
そうなると一気にみんなの視線が華琳に向くわけだが、華琳は咳払いをすると立ち上がり、こちらへ歩いてくると……とすんと俺の膝の上へと腰を下ろした。「急に何を言い出すのよ、まったく……」と呟きながら。
さて。そうなると周りは何も言えなくなる───わけでもなかった。
次は誰が座るだのと余計に騒がしくなり、そんな切り替えの早さに感心してか、華琳は体を震わせて少し笑っているようだった。
「それにしても意外ね。あなたのことだから、訊かれれば言葉を濁すと思ったのに」
「あ、ああ……自分でも意外だったんだけど、自然と“華琳”って口に出てた」
「そう」
人の膝の上で足を組み、胸に体を預けてくる。
見下ろしてみると目を閉じて息を吐いている華琳。
そんな彼女を頭をさらりと撫でると、それを見た麗羽が突然の参戦宣言。
次に誰が座るかなどを話し、競っているみんなはまったく無視して直接華琳に話しかけると、「さあ華琳さん? そこをおどきなさい」と言ってみせるんだから、麗羽さん怖いもの知らず。
そんな言葉をあっさりと断られた彼女は強行手段に入り、いつしか華琳と取っ組み合いの喧嘩をしだす始末で……あの。人の膝の上で喧嘩はやめてほしいんだけどなぁ。
勇気を持ってそう言ってみたら、“あなたは黙ってなさい”的なことを同時に言われた。
「…………支柱って……なんだろなぁ……」
やっぱり遠い目をして呟く俺の悲しみを、溜め息を吐きながら肩に手をポムと乗せてくれた冥琳だけがわかってくれていたようだった。