「さぁ続きまして第三仕合! 玄武の方角! 魏の武即ち我が得物! 魏武の大剣! 夏侯元譲選手の入場です!」
「ふははははははっ!! 誰であろうと構わん! 臆さぬならば! かかってこい!」
「白虎の方角! 蜀の腕力我にあり! 主一筋幾年月! 魏文長選手の入場です!!」
「我に勝てる奴はいるかぁあーっ!!」
「ここにいるぞぉおおーっ!!」
お約束とばかりに焔耶が叫び、春蘭がそれを返す。
途端に覇気と覇気がぶつかり合い、一瞬だけ周囲から音が消える。
が、それもまさに一瞬。拍子を置いた先には大歓声と、ニヤリと笑う二人の姿。
「さ、さあ息が詰まる第三仕合! なんかもう間近で司会しなきゃいけないちぃのことも考えてってくらい、息苦しい状況ではありますがっ、引き受けたからにはやりましょう! あとで一刀が可愛がってくれるって条件つきだしっ!」
「聞いてないんですけど!? え!? なにそれ!」
「第三仕合! はっじめぇええーっ!!」
俺の戸惑いまったく無視で開始される第三仕合。
二人がとった行動は全く同じで、真正面からの衝突だった。
一方は大剣を、一方は金棒を豪快に振るい、トラックの衝突事故でもあったかのような轟音で、場の音を支配した。
開始の銅鑼の残響さえも掻き消すそれは、その音が肌を刺激するほどのものだった。
「ふははっ、力が自慢か! いいぞっ、そういう相手はわかり易くていい!」
「同感だっ! だが───勝つのはワタシだ!!」
「ふっ、ぬかせっ!」
まるで狂った祭りを見ているようだった。
大太鼓でも鳴らす祭りの漢たちのように、どがんどがんと武器を合わせては空気を振動させる二人。風圧さえ感じる遠慮なしのフルスウィングと、ぶつかり合うたびに散る火花がその威力を物語る。
しかも互いに一歩も引かないものだから、音も風も絶えることなく続いている。
「あーもーうるさいっ! どうにかならないのこの音ー!」
「頑張れ司会者ー」
「耳塞ぎながら言っても説得力に欠ける! もう一刀が司会してよ! むしろしなさい!」
「無茶言うな! 俺はお前や蒲公英ほど口が回らないんだよ!」
「……ほっといても女を口説く言葉は吐くくせに」
「いつしましたか!? そんなこと!!」
言ってる間も高鳴る轟音。
あの金棒に大きな穴でも開いていれば、それこそ鐘を打つ音を何度も聞かされるような状況になっていただろう。
つか、あの金棒を怯むことなく何度も振るえる腕力ってどうなの?
打ち合い、やったことあるけど、あれって数度耐えられればいいほうだぞ? どっちも。
「ははははは! なるほど! 心地良い撃だ! 相手を潰そうとする……ただそれだけのための一撃のなんと心地良いことか!」
「ワタシの撃が心地良いだと……!? ならば目を覚まさせてやる! はぁあああっ!!」
見てわかるほどに、焔耶の腕の筋肉が隆起した。
それを確認した直後にさらに大きな音。
剣ごと腕を後方へ弾かれた春蘭が驚きの表情を───見せず、笑ってる!?
「心地良いだろう! 小細工無しでぶつかるこの瞬間! わからんとは言わせんぞ!」
「なっ!? くぁ───っ!? ……ふふっ、なるほど、そういうことか!」
後方へ弾かれた分だけ乗った反動を、そのまま勢いとして焔耶へぶつける。
それを金棒で受け止めた焔耶だったが、今度は自分が勢いに押されて後方へと弾かれた。
……それが引き金だ。
最初から全力でとはいったが、様子くらいは誰だってみようとする。
しかし今の一撃ずつで枷のようなものが外れたのか、二人は一度、目を細めてから開くと……もう止まらなかった。
先ほどよりも早く、先ほどよりも重く。
それこそ全力で振るわれる一撃一撃が、身が震えるほどの音を立て、沸いていた観客を静まらせた。
“音だけでそんな”と思うかもしれないが、刃物の切れ味なんてみんな知ってるし、鈍器の破壊力も知らないわけがない。ヘタをすればそこいらに転がる石でだって人は殺せる。
そんなものがあんな巨大なものとして存在し、しかもあの速度で振るわれる。
それを間近で見せられては、息を飲む以外に出来るわけもない。
「地和……! おい地和!」
「えっ? あ、───」
その迫力に飲まれ、同じく固まっていた地和に声をかけ、離れるように言う。
慌てて、というか恐れるように小走りにこちらへ来た地和は、武闘場の中心を見て、やはり息を飲む。
だって、まるで暴風の中心だ。
竜巻みたいに中心が穏やかだとか言うのではなく、あれこそが暴風を生んでいる。
激しい音と破壊力。ほんと、暴風そのものだ。
「………ん?」
だが、それも次第に弱まりを見せた。
いや、弱まりというよりも、途絶えた。
「私の勝ちだな」
「くっ……!」
先ほどまで打ち合っていた武器はしかし、一方が一方の喉に突きつけられていた。
それは……春蘭の七星餓狼だった。
これには俺も地和も呆然としてしまい、未だ耳に残る残響に頭をくらくらさせながらも決着を疑った。
「線と棒との差が出たな」
しかしそこに解説を入れてくれたのは、僕らの医者王華佗先生。
「え……? せ、線と……棒……?」
「し、知っているのか雷電」
「ああ。夏侯惇が振るう得物は寝かせれば線。しかし魏延が振るうのは面積の多い楕円に近いもの。しかも重量もある。あれだけ振るい、弾かれる力も勢いも増した状況だ。勝敗を決めるのは腕力だろうが、そこにはいくつか問題が出てくる」
「……あ。空気抵抗」
「そうだ。なにを馬鹿なと思うだろうが、僅かな抵抗だろうがそれが連続して起これば、その僅かが勝敗を決めることもある。まさに水滴の一粒が岩を貫く僅かな差の勝利だった。……そもそも、剣で金棒を弾き返せる夏侯惇が規格外だったということもあるが。それから俺は雷電じゃない」
「へぇー……じゃあ魏延選手の武器が、夏侯惇選手と同じものだったとしたら?」
「……鈍器ではなく、剣術で夏侯惇に勝てる自信があるのなら奨めよう」
『無理だね』
俺と地和の声が重なった。
いや、ていうかな。空気抵抗で決着がつくのも驚きなら、剣で金棒を打ち返す春蘭の腕力にも驚きだよ。なによりも七星餓狼(レプリカ)の耐久力に驚きだ。
と、そこまで喋ると地和が解説席から離れ、舞台の中心に駆けようとするのだが……先ほどの暴風にあてられたのか、少しふらついた。
「大丈夫か?」
「も、問題ないわよっ! 舞台上で震えてて、数え役萬☆姉妹が勤まるもんですかっ!」
おおプロだ。
今度こそ元気に駆け、第三仕合終了を宣言する地和が輝いて見えた。
……よく見ると足が少しだけふらついているが、それも少しの間だ。
その少しが過ぎればしっかと立つ彼女がそこに居て、続く第四仕合の選手紹介を始める。
「玄武の方角! 魏より登場するは魏の常識人! 夏侯妙才選手の入場です!」
「……私の紹介は常識人というだけなのか」
「待て秋蘭! それは貴重なっ……! 大ッ変ッ! 貴重な言葉だ! それだけで俺がどれだけ救われるか!」
「……熱くなる気持ちはわからないでもないが、あとの言い訳は考えておけ、北郷」
「え? ……ア」
思わず放ってしまった言に、地和を始めとする魏の皆様に睨まれていた。
だ、だって仕方ないじゃないか! 仕方ないよな!? 誰だってきっとそう思うよ!?
「さ、一刀はあとでどうとでもするとして。対戦者の紹介です! 白虎の方角! またまた魏対蜀! 強さの秘密はメンマにあり!? 趙子龍選手の入場です!!」
「はっはっは、武の高さがメンマに通じるなど…………実は通ずるものがあるやもしれぬ」
「そこっ! 本気で考えない!」
「ふふっ、なに、ほんの冗談にござる。さて、夏侯妙才殿。槍と弓の戦がどのようなものになるのか、大変興味があるが───大衆の手前、王の御前。負けてやるわけにもいかん」
「当然だ。わざと負けるようなことがあれば、全身に矢を点てる程度では済まん」
二人が構える。
弓と槍の対決だが、普通に考えれば距離を保ち続ければ秋蘭が有利、近接になれば星が有利ってことになるだろうが……そうはいかないのがこの世界の将だしなぁ。常識的に考えちゃだめだ。
「そーれではいってみましょー! 銅鑼係さんお願いしまーす! 第四仕合!」
地和の言葉に合わせて身を捻る兵の一人。
その先には大きな銅鑼。
「はっじめぇーいっ!!」
言葉が放たれれば、銅鑼もまた音を放つ。
銅鑼叩いて、間近であの音を聞いて、耳が痛くないのだろうか。
……と思ってたら、叩いて早々に耳を塞いでいた。
そうだよなー、やっぱ大きいよなー。
とか仕合とは関係ないところを見てないでと。
あ……ついでに言うと、いくら待っても朱雀の方角からは誰も来ない。
地和が言っている四神の方角は、言葉通り三国の方角のことなのだ。
四神はそれぞれ東西南北を守護する者。
青竜は東、つまり呉。
玄武は北、つまり魏。
白虎は西、つまり蜀。
そういうことになってるから、南はいつまで経っても呼ばれない。
南っていったら……南蛮? じゃあ美以が来れば……って、もう美以は蜀だしなぁ。
(って、誰に言ってんだか)
気を取り直して秋蘭と星の戦いを見る。
一気に接近しようとした星に対し、流れるような、しかし異常な速さで矢を番え、四本同時に放つ秋蘭。けれどそれも駆けながら槍を回転させることで器用に弾き、回転の遠心力をそのまま使っての、刺突ではなく薙ぎ払い。秋蘭はそれを後方へのステップで躱し、既に番えていた矢を放ってわざと防がせると、距離を取る。
「うわぁあ……」
「え? え? ちょ、ちょっと解説者のお二方? 今なにが起きたの?」
「ああ。今のは趙雲が先に仕掛け、夏侯淵が───」
華佗が解説に入ろうとした先でも攻防は展開されている。
一つを理解する間に疑問は次々と増え、というか二人とも動きが早すぎ!
二人で解説しても間に合いやしない!
「おぉおおおお! 一見近寄られれば不利に思われた弓使いでしたが、なんと近寄られても負けておりません! それどころか上手く捌いて押している時があるほどです!」
矢を放つ速度が増してゆく。
一度に四本だったものが五本、六本と増え、今は八本。
星が避ける方向を予測し、瞬間的にそこへ目掛けて構えようとも、放った矢がブレることもない。空を裂く矢は見事に星の体裁きの先を掠め、星はフッと笑ってみせた。
「なるほどなるほど、確かに見事。夏侯妙才の弓術とは、これほどだったか」
「涼しげなことを言いながらも弾くか。まったく、底の知れぬ者だ」
言葉の通り、笑みを含めて話している間もひっきりなしに動き、放たれた矢を弾いたり避けたりを続けている。
息は乱さず、顔に険しさも焦りも見せず。
「はっはっは、表情に弱きを見せること、即ち自分の弱さを見せるも同じ。望まれずとも、疲れていようが笑ってみせよう」
「なるほど。だが、表情や呼吸を乱さずとも、流れ落ちる汗までは誤魔化せん」
「む……やれやれ、これは一本取られたか」
くすりと笑うと、槍をヒョゥンと回転させて構え直す。
表情は笑ったまま。
しかし、感じる気配はとても冷たいものだった。
「弓の匠、存分に味わわせてもらった。ならば私は槍の匠をお見せしよう。なに、私の槍が大陸最強と云うわけではない。しかし、匠ではないとは言わせぬ技量程度はお見せする」
「ほう……それは楽しみだ。……見せる場があれば、だがな───!」
言うや、秋蘭が矢を放つ。
番えた矢の数───十! 矢の連なりが一斉に星を襲い、星は───
「ふっ!」
一息を吐き、迫る十の矢を───あろうことか矢の先を槍で穿ち、十本全てを破壊してみせた。
「な……に……!?」
「……ふぅ。さて、いかがだったかな?」
「……匠ではないなどと、どの口が言う。叩き落されたことはあっても、鏃を突かれて破壊されたことなど初めてだ」
「はっはっは、夏侯妙才に褒められるのは悪い気はしないな。……ではどうするか。続けますかな?」
槍を斜に構え、どこか憂いを帯びたような表情で星が言う。
そんな言と視線を受けた秋蘭は……小さくフッと笑い、首を横に振った。
「なるほど? 見事だ。が、あれほど技。そう何度も使えるわけでもないのだろう?」
「おや? 何を根拠にそのようなことを言う?」
「ふふっ───僅かだが、呼吸が荒れているぞ」
「!」
言うや放たれる矢。
それを槍で叩き落とし、もはや時間はかけられぬと一気に接近する星。
だが、彼女が駆けだした先には、既に十の矢を番える秋蘭の姿。
槍を届かせるには距離が足りない。
足は踏み出し宙に浮いていて、方向転換して避けることも無理。
ならばどうするか? ……まあ、星の性格なら、
「受けて立とう!」
やっぱり真正面から叩き落すよな。呆れる速度で放たれる刺突が、矢を弾き、弾いた矢が向きを変え、隣を飛翔する矢を叩き落とす。手が足りぬのなら相手の攻撃さえ利用し、見事に耐えてみせた。
避けられるのなら避けるけど、それしかないなら絶対に押し切る。
きっとそうするって思ってたが……秋蘭もそうするだろうって思ってたからこそ、もう次を放っていた。
「ふっ……よくもまあそれだけ器用に射れるものっ!」
「槍を使う者が槍を巧く扱うように、弓矢を扱えぬ者など弓使いとは言えんだろう」
矢を弾き、一歩、また一歩と近付く。
秋蘭はその接近を体裁きと矢の撃ち所で器用に抑えつけ、それ以上の接近を許さない。
そんな攻防がしばらく続いた……のだが、ある瞬間。
(……え?)
一瞬。
ほんの一瞬だし気の所為かもしれないが、星がこっちを見て笑った……気がした。
そう思った次の瞬間、星がこれまでの疾駆とは違う速度で地を蹴り、間合いを詰めにかかった。迎え撃つ秋蘭は矢を的確に放つ……のだが、やはりこれを槍で弾く星。もちろん予測していたであろう秋蘭は次を番え……るより先に、目の前の状況にほんの数瞬、自分の目を疑ったのだろう。動きを停止させていた。
彼女の視線の先に、ひょいとパスするように投げられた星の槍、龍牙。
それを反射的に弓で弾いた先に、先ほど槍で弾いた矢を手に、それを秋蘭の喉に突きつけている星の姿が。
「っ……誘われた、か……」
「なに。これは手癖の悪い御遣い殿に習った戦法だ。私も引っかかり、一度敗北を味わった。や、悔しいわけではないのだが、ただあの時は私も油断していたというか、いや、悔しくはないのだぞ?」
「ふふっ……なるほど、北郷か。戦の最中に得物を敵に投げ渡すなど、我々にしてみれば考えられんことだ。確かにこれは虚を突かれる……私の、負けだ」
目を伏せ、フッと笑っての敗北宣言。
そして俺へと浴びせられる地和からの罵詈雑言。
いや……だってこんなところであの技(?)を使うなんて、誰も予想しないだろ……。
え……? これって俺の所為で秋蘭が負けたってこと……?
とは思ったものの、秋蘭は「全力は出した。負けたのならばそれが結果だろう」と、フッと笑ったままに言う。
それで様々な文句は止まってくれた。
みんな悪ノリでからかっていただけだったんだろうな───と思っていたのだが。
「本当に存在だけでろくなことにならないわね! あなたいっそ消滅したら!?」
(や、
一人だけ物騒な軍師さまがいらっしゃいました。遠慮のえの字もない。
ええまあもちろん、当然のように無視する方向で地和に司会進行をしてもらい、とりあえずは状況を先へ。言葉を返せば、延々と続くであろう罵倒のスコールが容易く想像できる。
触らぬ桂花に祟り…………ありまくるなぁ、困ったことに。
「第四仕合は趙雲選手の勝利です!」
『うぉおおおおおーっ!!』
「やれやれ。なかなかどうして、小細工無しで華麗にというわけにはいかせてもらえぬか」
「ふふっ、そうさせてやるほど弱いつもりはないからな」
「では、次は小細工抜きで楽しむとしよう」
「うむ。機会があれば、よろしく頼む」
舞台の中心で握手をする二人。
戦が終われば憎しみも怒りもない……これぞスポーツマンシップだな。
……スポーツじゃないけど。