129/DIE弐回戦
昼食が終わり、休憩を挟んだあとには当然待っている第二回戦。
緊張したり氣に当てられたりで疲れていた地和が、クワッと目を開く瞬間である。
「大丈夫か? なんだったら蒲公英に代わってもらったりとか───」
「これしきで疲れを見せるなんて、歌人にあるまじき行為よっ」
散々見せられていたんだが、というツッコミはしない方向でいこう。
さて。
マイクを手に壇上、もとい武闘場に上がった彼女が右腕一本を天へと翳すと、それだけでワッと観客の興奮が蘇る。
それを待ってからの第二回戦開始の号令は、司会と観客の息の合ったものだった。
なるほど、これは蒲公英にはちょっと無理かもしれない。
「よーぅしっ! それじゃあ冷めた熱が蘇ったところでっ! ……食事が辛かったぞぉーっ!!」
『うぉおおおおおーっ!!』
「はいっ! さらに熱が上がりました! では組み合わせの発表をいたします! 二回戦第一仕合! 周幼平選手対孫伯符選手!」
うわ……呉同士か。
明命の慌てふためく姿が簡単に想像できる。
今実際、歓声に混じって「あぅあああーっ!?」って悲鳴が聞こえたし。
「第二仕合! 孫仲謀選手対華雄選手!」
む……ある意味、一番落ち着いた戦いが見られそう……か?
「第三仕合! 趙子龍選手対関雲長選手!」
…………いや、なにも言うまい。
「第四仕合! 呂奉先選手対張翼徳選手!」
これは……いや、わからないよな。
勝利条件は一つじゃない。
「以上で進めたいと思います! なお、厳正なるくじ引きの結果、残った9名の中から闘わずに第三回戦へ登れる人がどうしても一人出てしまいましたが、話題に出すとうるさいのでさっさと次に行きましょう」
……シ、シード権……と受け取っていいんだろうか。
奥の方から「なんだとぅ!? なぜ私の仕合がないのだ!」とか聞こえるが……春蘭、武人としては怒るところかもだけど、選手としては喜んでおこうよ。
「それではさくさく参りましょう! 第一仕合! 青竜の方角! 周幼平選手!」
「あ、あぅっ……あう、あうぁっ……!」
呼ばれ、出てきた明命は目がぐるぐると回っていた。
……大丈夫なのかな、あれ。
「対するは同じく青竜の方角より! 元呉王! 孫伯───あれ?」
雪蓮が出てくる筈の場面で、彼女を押しやり出てきたのは……なんと春蘭!
「おい地和! 私の出番が無いとはどういうことだ!」
「え? え……どういうって、だからくじ引きで」
「くじを引いたなら誰かと当たらねばおかしいだろう! そんなこともわからんのか!」
「人数考えなさいよ! 9人なんだから一人余るのは当然でしょー!?」
「なにぃ!? 引く時に“誰と当たるかはくじ頼み”と言ったのは貴様だろう! それでなぜ誰とも当たらんのだ!」
「確かに言ったけどそういう意味じゃないったら!」
「ええいなにをわけのわからんことを! もういい! 北郷! 貴様が私と戦え!」
「……エ? ───ひょぅぇ!? あっ……!? えなっななななんで俺!?」
いきなり指名されて、本気で驚いた。
また妙なことで喧嘩を……とか、どこか微笑ましく思っていた少し前の俺よ。
……何故逃げなかった。
「なんでもなにも。相手が居なければ、私の活躍を華琳さまに見てもらうことが出来んだろう」
「頷いた時点で俺の方は、華琳に自分の最期を看取られそうなんですけど!?」
「……なにを言っている? 刃引きをしたもので人が死ぬわけがないだろう」
きょとんとした真顔で言われた。
……どうしよう、この人マジだ。
「刃引きしてあっても頭粉砕されて死ぬわ!」
「なんだとぉ!? 誰の頭が救いようのないくらいの炸裂馬鹿だ!!」
「誰もそんなこと言ってな───炸裂馬鹿!?」
粉砕が炸裂と繋がった!? 繋がらないって!
なんて頭の中でツッコんでいると、ずかずかと解説席へと歩いてきた大剣さまに詰め寄られ、言い訳を……って、なんで俺が言い訳を考えなくては!? くじ引きでの厳正な抽選結果だった筈が、なんで俺がこんな状況に!?
様々なものから逃げ出したくなるような気分の中、救いの手を差し伸べてくれたのは……なんと雪蓮だった。
「なに? もしかしなくても戦いたいの?」
「無論だ! 華琳さまの前で武を振るう! 私には武しかないからな! それが喜びであり誉れだ!」
傍迷惑な誉れですね春蘭さん……現時点で、主に俺のみに対して。
しかしそんな春蘭の視線を前に、にっこり笑う元呉さまは、こうお言いなさったぁ……。
「なんだったら私と交代する? 明命と戦えるわよー♪」
「はうあっ!? しぇ、しぇしぇしぇ雪蓮さまっ!? そそそれはっ……あぅあぅあ……」
「なに? いいのか?」
「うん。代わりに私が一刀と戦うから」
「キャーッ!? 却下ァァァァ!! ちょ、だめ! くじ引き無視しないで! そんなの許可したら、誰でも戦いたいヤツと戦えるようになっちゃうだろ!?」
「なによー、一刀は私と戦いたくないっていうのー?」
「全力でハァイ!!」
全力で挙手! すると、挙げた手が春蘭に掴まれ、ズルズルと舞台の中心へと引きずられていってイヤァアーアアアアッ!?
「あの春蘭さん!? どうして引きずりますか!?」
「うん? なにを言っている。挙手するほど戦いたかったのだろう?」
「違いますよ!? 戦いたくないことに賛成って意味で挙手をですね!?」
「なにぃ? 貴様ぁ! 誇り高き魏に生きる者でありながら、敵を前に逃げる気か!」
「逃げる逃げない以前に腕が折れてるんだって!」
「? 使いものにならんのなら千切って食えばいいだろう」
「無茶言うなぁあああ!! それは眼球か!? 自分の眼球を例にして言ってるのか!?」
矢が刺さった眼球を食った春蘭の場合、困ったことに異様な説得力があった。いや、説得されるわけにはいかないから迫力と言うべきなんだろうけど。
それにしたって本気できょとんとして、そんなことを言い出すとは思わなかった。
「だったら気合で今すぐくっつけろ!」
「気合でくっつけられるなら、包帯なんてそもそもしてるかっ!」
「ならば片手で戦え!」
「雪蓮相手に片手でとか無理だろ!」
「ええい、あれも駄目これも駄目と! 貴様それでも御遣いか!」
「御遣いだって人の子ですよ!?」
「なにぃ? ……天から産まれるんじゃないのか?」
「……あのさ。もしかして俺が降ってきたのって、天から産まれたからだとか思ってる?」
「当たり前だろう? そうじゃないのか?」
「そうだとしたら天の知識とか産まれたばっかりの俺が教えられるわけないだろぉお!?」
「そんなもの産まれる前から知っていたんだろう」
どーだ、これで文句あるまいとばかりに、腰に手を当ててニヤリと笑う大剣さん。
……ごめんみんな。俺じゃあこの人の説得は無理だ。
ならば同じ男である彼に助けを求める。
彼ならばきっと……って、“きっと”とか考えると大体裏返しの結果が出るので、ここは事細かに説明をして助力を願うべきだ。
「華佗、あのさ」
「何も言うな北郷。……わかる」
わかられた!? ……いや! これは絶対に
「ぃゃぁの」
「男ならば売られた喧嘩、買わずにはいられない。俺は医者だが、そうである前に一人の男子だ! 無駄な争いならば必ず止めるが、強きを決める場にて無駄な争いなどきっと無い! ならば俺はお前の意思を汲み、その腕の痛み……消してみせよう!!」
「やっぱりわかってねぇええーっ!!」
思わず口調が乱暴になるほどの衝撃! アータ医者として無理はさせられないとかそれっぽいこと言ってたじゃない! もしかして場の空気にあてられた!?
必死に誤解を解こうとするが、ああもうなんでこういう人は一度“こう”と決めると人の話を聞かないのかっ……! って観客のみなさん!? 煽らないで!? 煽っちゃだめぇええ!!
「あ、あのなぁ華佗!? 俺は腕の痛みとかそういうことを言ったんじゃ───!!」
「任せろ。我が五斗米道に不可能はない。一時的にではあるが骨を結び繋ぎ、痛みを無くそう。ひと仕合ほどならば痛みもなく戦えるはずだ」
「だとしてもこんな大観衆の前じゃ───!」
「我が身、我が鍼と一つなり! 元気にィイッ!! なぁああれぇえええっ!!」
「話聞いて!? お願いだから!! おねっ……あぁあーっ!!」
鍼が落とされる!
いっそ逃げましょうか!? でも変なところに刺さったら嫌だし、正直に言えば腕が治るのは嬉しい! 嬉しいけどそれはイコール雪蓮バトル開催の報せというわけでして!
ならばすぐに負けようか!? なんか嫌だ! ならば───ならば全力で!
「覚悟───完了!!」
胸を右手でノックするのと同時に、鍼が包帯を貫いて左腕を突く。
その衝撃でなんと包帯が弾け飛び、自由になっただけではなく、喝を入れてもらったかのように氣が充実する体で、左手をグワッシィと握ってみせる。
(祭り……そう、祭りである! 祭りで騒ぐは然であり、叫ぶのならば肯定を叫べ! 否定を叫ぶは祭りの恥! 故に逃げぬ心、退かぬ覚悟を!)
人はそれをヤケクソと言います。
良い子も悪い子も真似してもいいけど、自己責任でいこうな。死地へと歩む御遣いさんとの約束だ。
そして弾け飛ぶ包帯に普通に驚いた。アニメとか漫画でありそうだけど、実際に見ると怖いぞこれ。
「ふぅん? あははっ♪ いい顔になったじゃない、一刀。何かを楽しもうとする子、嫌いじゃないわよ?」
「祭りなんだから楽しまなきゃな。勝っても負けても恨みっこ無しだ」
「へー? 勝てるつもりなんだ」
くすくすと笑う雪蓮。
そんな彼女の前へと歩き、真っ直ぐに目を見て言う。
「勝てる気で構えなきゃ、そもそもイメージにすら勝てないからな」
「そ? いめーじ、っていうのがまだよくわからないけど、ようするに頭の中の私と戦ってたってことでしょ? ……それで? 勝てたことは?」
「きっちり胸張って言えるのは一回だけだ」
「……それでも勝ったんだ。そっかそっか。……離れてる間、弱くなっちゃった“いめーじ”に勝って天狗になってましたとかなら、腕一本じゃ済まないわよ?」
「じゃあ折られたら折り返す」
「わおっ、あははははっ! いいわいいわっ、今の一刀最高っ!」
殺気をぶつけてみれば、笑って返す雪蓮さん。
やっぱり俺の殺気じゃあ怯みもしない。笑われるほど細やかかい? 俺の殺気は。
「うん、満足満足。じゃ、春蘭は明命と戦ってあげてねー♪」
「応!」
「あぅあぁあーっ!?」
会場に、明命の悲鳴が、こだました。
ていうか、え? 一番最初に戦うんじゃないのか? 流れ的にすぐにここで戦うことになるのかと。
いや、でも正直助かったか。鍼で動くようになったからって、今まで大して動かせてなかったんだから、今のうちに動かして慣れさせておこう。じゃないと全力なんて無理だ。
「えーはい、司会者無視してなんだかいろいろ決めちゃってますが、戦いたいなら止めません。では第一仕合! 周幼平選手対! 夏侯元譲選手!」
「ふはははは!! 悪いが二回戦も勝たせてもらうぞ! ……華琳さまー! 見ていてくださいねー!」
周囲には威圧的。
華琳には夢見る少女のような素直な反応。
……全力で祭りを楽しんでいるようで、なによりだった。
「……ところでさ、華佗。鍼の効果ってどれくらい続くんだ? てっきり一番最初に戦わされるのかと思ってドキドキしてたんだけど」
「ひと仕合分くらいの時間は保つ筈だ。それまでは仕合を見ながら何度か鍼を落とすから、手の感覚が“今の北郷”のものに合うまで動かしておくといい」
「ああ。リハビリ無しだと辛いもんな」
言いながら握ったり開いたりを繰り返す。
これで二度目だが、どうしてこの世界の人々は人の腕など軽く破壊できるのか。
「………」
観客が沸く中、舞台に立つ二人を見る。
既に雪蓮も控え室に戻ったので、俺も解説席に戻ったのだが……俺もあそこで戦うとか考えると汗がだらだら出てくる。
いや……大勢の前で戦うとか無理だろ。
見栄を張って失敗やらかしまくる自分の姿が簡単に想像できる。
ならばその想像に勝とうとイメージトレーニングを開始するのだが、困ったことにイメージは雪蓮と戦っている光景しか映してはくれなかった。……まあ、戦うんだしなぁ……そうじゃなきゃ逆に困る。
「第二回戦第一仕合! はっじめぇーっ!!」
ドワァッシャァアアン! と銅鑼が鳴る。
途端に両者の顔からは余裕も焦りも消え、一人の戦士として地面を蹴っていた。
……ちなみに。
愛紗が抜いてしまった武舞台の床は、それを嵌め込んで、斗詩のハンマーで殴って埋めるという強硬手段と、園丁†無双のみなさんの助力と、“親衛隊に勝手なことをやらせていたこと”が華琳に発覚したために連れていかれた真桜の尊い犠牲によって、(見た目は)元通りになっていた。
こんな状況で園丁†無双のことがハッキリとバレるなんて、彼女も思っていなかっただろう。というかこき使うのに慣れて、そっちの注意力が散漫してたんだろうなぁ……親衛隊が呼吸を合わせて床を治してゆく場面を見た時の華琳の様子は、それはもう貴重なものだった。
ちなみにそれから真桜の姿を見ていないが……すまん。強く生きろ、真桜。
「おぉおおおおおおっ!!」
「っ───いきますっ!」
春蘭と明命が駆ける。
春蘭の意識は明命にのみ注がれ、気配殺しをするには絶好の瞬間。
しかし先ほど使った手を使うつもりはないのか、明命はそのまま正面からぶつかり、……豪快に吹き飛んだ。
「えっ!? あ、あぅあっ!」
予想外の衝撃だったのか、言葉通りに吹き飛んだ明命は咄嗟に身を回転させて、舞台に足をつくと勢いを殺し、息を吐いた。
対する春蘭も息を吐く。なんか満足そうな顔で。そういえば彼女にしては珍しく、初撃が叩き下ろしの一撃ではなく、掬い上げるような一撃だった。そりゃ空も飛ぶって納得出来る一撃だ。
しかしそれで決着がつくわけでもなく、二人はまたぶつかり合い、しかし明命は正面からの激突を避けての攻撃へと行動をスイッチ。攻撃は出来るだけ避けて、躱しきれなければ受け止めるのだが、やはり武器ごと大きく弾かれることになる。
「はっはっはっはっはっ! どうしたどうしたぁ!」
「どうもしません避けてますっ!」
鈴々の攻撃と同じように、振りも速ければ戻しも速い春蘭の攻撃。
けれど明命はそれらを避け、間に攻撃をくぐらせるようにして反撃をする。
それもなんなく弾かれるわけだが……
(これって……)
春蘭の攻撃の隙間に自分の攻撃を置くような感じ。
当然春蘭はそれを弾くために動き、弾けば即座に攻撃。
明命はそれを避けて再び軽い攻撃。弾かれ、避け、軽く。
その行動は何処かで見たような……
「ええいちまちまと! 武人ならば一撃にかけてみろ!」
そんな細かい攻撃に春蘭がカッと怒るが、あくまで冷静に対処する明命。
それどころか軽く話しかけて、春蘭の攻撃の大振りを促す。
(…………俺が華雄と初めて戦った時にやった、あれ……だよな?)
攻撃を空振りさせて、攻撃するフリで身構えさせて、さらに空振りさせて、って。
確かにそれなら、迫力ある大振りに緊張することはあっても、自分がまいるよりも先に相手が疲れるだろう。……相手が普通の武将なら。
華雄が普通だとか言うわけじゃないけど、相手が春蘭の場合は───
「北郷の真似事か? はっはっは、やつの真似でわたしが負けるものか!」
───一層、速度が増した。
軽い攻撃が剛撃によって弾かれ、明命は逆に隙を見せることになる。
すぐに戻しの一撃が明命目掛けて放たれる。
しかしその瞬間には明命は体を一気に屈ませ、春蘭の一撃をくぐってみせた。
「なっ!?」
それは勝利への確信に生まれた油断。
驚愕に染まる春蘭が見たものは、屈んだ状態から一気に跳ね、春蘭の首へと逆手に持った刀を走らせる明命の姿だった。───のだが。
「はぅあっ!?」
「えぇええーっ!?」
勝負あり、と思った瞬間だった。
振るわれた明命の刀が、ガキィと春蘭の歯によって止められた。
驚きのあまり思わず叫んだ時には、春蘭の拳が驚きのあまりに無防備になった明命の腹に埋まり、拍子を置いて弾かれたように吹き飛んだ彼女は、そのままの勢いで場外へと落下。……決着は、ついた。
「うわー……」
首に当てて勝負ありにしようと思ったんだろうけどさ、明命……。春蘭相手なら、突きの型で寸止めしてたほうがよかったぞ……。
「こ、これは驚きです! 寸止めで終わらせる様子だった幼平選手の武器を、なんと歯で噛んで止めた上に勝ってみせたーっ!! 第一仕合! 夏侯元譲選手の勝利です!」
『はわぁあーっ!!』
観客が大いに沸くが……ア、アリなのかなぁ、アレ……。
春蘭は春蘭で華琳に手ぇ振ってるけど、逆に「寸止めしようとしたから押さえることが出来たのよ。次は油断なく立ち回りなさい」と怒られている。いや……華琳さん? それでも歯で本当に刃を止めてみせるなんて、異常以外のなにものでもないのですが? 寸止めするとはいえ、この世界の武将の一撃ですよ? ……どういう顎の力してるんだ。あれか? 日々大量に食ってるのがいいのか?
「………」
……学力はなくても