130/第三回戦
先生、腕が痛いです。誰だろう先生。華佗先生だね。
「それで……なんで雪蓮は俺の隣に座ってらっしゃるのかな」
「腕痛くて解説に集中できないでしょ? 代わりにやってあげようかなーって」
「………」
「額に手なんて当てても、熱なんてないわよ?」
馬鹿な……あのサボリ女帝と(勝手に)言われた雪蓮が、自ら手伝うと……!?
魏にサボリの北郷あらば、呉にサボリの呉王ありと謳われた彼女が……!? いや、謳われてないけどさ。
「…………誰?」
「うわっ! 存在疑われた!? ちょっと一刀ー?」
いや、うん。急に仕事に取り組むようになった俺を見たみんなの心境って、きっとこんな感じだったんだろうなぁって納得できた。
これは驚くよ。“誰?”って言いたくなるくらいだよ。仕方ないよ。
「はぁ……」
第二回戦を終え、休憩が入った現在。
俺はぜえぜえ言いながら腕に走る痛みに耐えていた。
一時的にとはいえ痛みを無くしてもらって、調子に乗ってしまったのだ。
腕に負担をかける動作を何度したことか。
鍼の効果が切れれば、俺を待っていたのは大激痛。
ギャーとか叫ぶよりも、蹲って震えてしまうほどの激痛が俺を襲った。
無理、ヨクナイ。
で、一歩も動きたくない……むしろ振動で激痛を味わいたくない俺が、解説席で大人しくしていると、何故か椅子を持ってきてちょこんと隣に座る雪蓮。
その状態から少し経過したのが今である。
「なんだかんだで、きちんと勝っちゃうんだから驚きよねー、一刀って」
「毎度毎度ボロボロでギリギリだけどな……」
「結果がどうあれ、勝つことに意味があるんじゃない。まさかああまで先を読まれるとは思いもしなかったわ」
「……そういう雪蓮は、鍛錬とかあんまりしてなかっただろ」
「うっ」
結局はそれなんだと思う。
だって、もしあれから雪蓮がずっと鍛錬していたとしたら、俺がイメージする動きはほとんど変わっていたはずだ。
なのにほぼ予想通りに動いてくれて、妙だなとは思った。
「鍛錬しないで酒ばっかり飲んで、勘ばっかりで動くから基礎もそこまで固まらないし。才能の上に胡坐をかくのはもったいないぞ?」
「べつにいいじゃない。一刀ってば私に勝っちゃったんだから、体が疼いたら一刀を襲えばいいんだし」
「お願いですから正式に勝負を申し込んでください」
雪蓮に襲われるなんて、いつ何処で襲われるかわかったもんじゃない。
なにせ猫みたいに気まぐれな元王様だ。
そうなると木刀を常備しなきゃいけなくなるじゃないか。
ある日、城下で肉まん食べてたらばったり遭遇。御遣いと元呉王が町中で遭遇……勝負でしょう、なんて方程式なんて究極に欲しくない。
「ところで一刀。それどかさないの?」
「それとか言わない」
解説席に座る俺の足の間には、一撃で敗北してしまった鈴々が座っている。
普段の元気がウソのようにしょんぼりさん状態なので、休憩に入るや寄ってきた彼女を攫い、この位置へ。
でも物凄く落ち込んでいる。
なので頭を撫でたり話しかけたりをしているんだが……やっぱり落ち込んでいる。
こればっかりは時間様に任せるしかないのだろうか。
ヘタに慰めると傷を抉ることになりそうだ。
「それで……第三仕合の組み合わせってもう決まったんだっけ?」
「もう決まったところだろうな。北郷はどうだ? もう錬氣は出来たか?」
「いや、もうちょっと……文句は全部叩き込んだのに平気な元王様に言ってくれ」
「なによー、言っておくけど私だって痛かったんだからねー?」
「俺は平然と起き上がれたことがショックだよ……」
もうやだ、ほぼが偶然の重なりばかりで勝ててるだけだから、心が痛い。
お爺様……実力で確実に勝てるようになりたい……なりたいです……。
そんな調子で華佗を適度に巻き込みつつわいわい言い合っていると、鈴々が口を挟んできて、それに乗っかって話題を広めればいつもの調子……とは急に戻らないながらも、復活。
「で、一刀?」
「ん? なに?」
悔しさを俺に訴える鈴々の頭を撫でながら、横から声をかける雪蓮へと振り向く。
するとにっこり笑顔の麒麟児さん。
「正式に申し込めば、勝負受けてくれるのよね?」
「なにも用事がなかったらね? これ大事」
「あっははは、大丈夫大丈夫っ。仕事を理由に逃げたら、追い詰めてあげるから」
「やめましょう!? 胃に穴が空くよ!」
これからの日々、机に向かう時間が増えるのは確かなのだ。
なのに勝負をしようなんて連日言われたら身が保たない。
……や、むしろ鍛錬を理由にそういった事務的なものから逃げ───られるわけがない。
ちゃんと自分で受け入れたものなんだから、仕事は仕事だもんなぁ。
さようなら平穏。安寧フォーエバー。
「まあでも、これで三国の中心になる一刀が“強い”ってことは民に知れたわね」
「へ? あ、あー……そうなのか?」
「大事なことじゃない。よからぬことを考えて暗殺~なんて行動に出られても困るでしょ」
「あ、そっか。多少でも強いってことを知られてれば……って、まさか雪蓮?」
「本気だったわよ。大体、戦える日を楽しみにしてた私が、わざと負けたりなんかするわけがないじゃない。フリとはいえ、負けるのなんて嫌だもの」
「それもそっか」
口調は軽く、顔も明るい。
負けたっていうのに楽しそうだ。
……ほんと、これから大変そうだ。
暇になったら付き合わなきゃいけないってことだよな、これ。
冥琳の負担の一端を背負えるのは意外なところで嬉しいとは思うが、それもまず冥琳が望んでるかどうかだもんな。
「にゃ? お兄ちゃん考え事かー?」
「ああ、えっとな。これからのこと考えてた」
「三国の種馬のこと?」
「支柱! 支柱ね!?」
心熱く説明してみせても、雪蓮は「はいはいわかったわよー」と棒読み風に言うだけだ。
くそう、未来が怖い。
「苦労するな、北郷」
「そう思うなら手伝ってくれ、華佗。あ、いや、種馬になってくれってことじゃなくて」
「それはごめんだ。……心労を担うくらいはしてやりたいが、俺にもやらねばならないことがある。同じ場所に居ては、治せない病気もあるんでな」
「いっそ俺も、都に住んだ当日に羅馬目指そうかしら……」
「やめといたほうがいいわよ? 途中で絶対に華琳に捕まるわ」
「ごめん、言ってみただけだ。言われるまでもなくわかってる」
にゃははと笑う鈴々を撫でつつ溜め息。
そうだよなー、やることやってからじゃなきゃ、あの華琳が旅なぞ許すはずもない。
当日失踪の噂は即座に華琳の耳に入り、俺を捕らえる部隊があっさりと結成され、翌日にも捕らえられて正座させられてる自分の姿が目に浮かぶようだ。目を閉じると瞼の裏にも浮かぶ。なんかもう泣けてくる。
「都に住むようになったら、慣れるまではヘタに動かないほうがいいかもな」
「まずは自分に出来ることをやって、慣れたら他に手を出す、でいいじゃない」
「とりあえず雪蓮にだけは仕事のことで言われたくないかなぁ」
「私はいいんだもーん。優秀な軍師さまが居てくれたんだから」
「あ、冥琳」
「ひうっ!」
横を向いて冥琳の名前を口にしてみれば、確認より先に耳を守る元呉王さま。
軍師さまとの力関係がよくわかる瞬間である。
で、おそるおそる雪蓮が確認する視線の先には、もちろん冥琳はいないわけで。……おお、恨めしそうな目でこっち見てる。
「さて華佗さん。武将たちの休憩中にやるものについて、俺達はどう動くべきでしょう」
「あるがままに受け止める! あるがままに行なう! ……これしかないだろう」
拳をガッと握り締め、ニヤリと笑うは華佗さん。
休憩中の演目……演目って言うのかはまあ考えない方向で、“場の繋ぎ”というものを任されたりした。
数え役萬☆姉妹や美羽の歌で繋いだらどうかと言ってみたら見事に却下。
“そこそこ楽しめて、別に見なくても平気なものがいい”ときっぱり言われたよ。
祭りの出し物屋台とかを回りたい人を、ここに釘付けにするわけにはいかないとのことらしい。まあ、わかるけどさ。
「じゃあ華佗に全部丸投げで」
「なっ、いやっ、それは困るっ!」
「俺だって困る! ていうか腕が完治してない人に場の繋ぎとか任せないでほしいよ……」
「にゃはは、お兄ちゃん頼られてるのだ」
「もっと別の頼られ方をしたい……」
「あ、じゃあもう一度私と戦うとかっ」
「せっかくくっついてはいる腕がまた折れるから却下」
「ふーん……よく言うわよねー。人の攻撃、散々避けてくれたくせに」
「だったら鈴々と戦うのだ!」
「あ、それいいかも。鈴々と雪蓮が───って鈴々さん!? なんで俺のこと見上げながら言うの!? おっ……俺は無理! 無理だぞ!?」
どーだー! とばかりに完治していない腕を見せる。
包帯で完全固定状態だ。もう解きたくない。
「大丈夫なのだ! 華佗のおじ───」
「はっはっは、張飛。……───お・に・い・さ・ん・だっ!!」
「───おにいさんが治してくれるのだ!」
「氣が充実してないからまだ無理なんだって!」
「にゃ? ……いつもはすぐに錬氣してるのに、どうして今日は出来ないのだ?」
「ここ最近だけでいろんな人に振り回されっぱなしで、満足に休めてないからかなぁ……」
「あっははは、ばかねー一刀ってば。仕事なんて適度にやって適度に休めばいいのよ?」
「キミはもっと仕事をしような」
そうすれば忍び寄るかもしれない冥琳の影に怯える必要なんて無くなるんだから。
「ともあれ、このままじゃ見に来てくれた人が退屈するよな。よしっ、じゃあ軽い即興話でも妖術マイクを通して語ってくるよ」
「それって袁術ちゃんに聞かせたりしてるっていう、噂の?」
「どういう噂だかは知らないし、出所がどこかも知らないけど、もしそれが桂花から流れたものだったら絶対に信じないでくれ」
「……あー、うん。毎晩子供に卑猥な話をして欲望を発散してるって」
「桂花ぁぁああああああああーっ!!」
叫んだところで居やしないよあの猫耳フードめ!
てっきり華琳の傍に居るかと思えば、何処にも居やしない。
ええいいつもいつも人のことを妙な噂で縛って……!
今度落とし穴でも掘り返してくれようか。
……今はまずは観客を退屈させない方向に尽力するとして。
……。
即興話は意外と好評だった。
緊張する話から笑える話、昔話にアレンジを加えたものが大半だったわけだが、大体の人が楽しんでくれたようでなによりだ。
そんな場の繋ぎが終わると、いよいよ第三回戦の始まり始まり、である。
語っているうちに少しずつ錬氣も出来てきたし、あとは体に満たしてやれば、痛みも和らぐだろう。鍼を落としてもらえば錬氣も安定するだろうし、まずは解説席に戻ろうか。
「はいはいそれでは第三回戦の開始を宣言します! ぶっちゃけ殺気とかに当てられて、こんな間近でなんでちぃだけ! とか思っちゃったりもしてますが、そんなことで下がっては歌人の名が廃ります! さぁ休憩中に一刀が面白いお話をしてくれて、ほわほわした空気が漂っていますが! そんな空気をぶち壊しちゃう終盤戦が今から始まります! みんなーっ! 心の準備はいいかぁーっ!!」
『おぉおおおーっ!!』
「買い食いは済んだかーっ!」
『おぉおおおおおーっ!!』
「ちぃも食べたかったぞぉーっ!!」
『うぉおおおおおおおーっ!!』
こ、こらこら地和~? 本音が、本音が漏れてるぞ~?
そもそもそういうものなら人和が買ってきてくれそうじゃないか……?
と、ちらりと辺りを見渡してみれば、その姿を発見。アイコンタクトをしてみるも、
(買いにいけなかったのか?)
(ちぃ姉さんの注文が多すぎて無理だった)
なるほど。
ちなみに、アイコンタクトとはいってもハッキリとわかるわけじゃない。
人和の溜め息具合を見て、地和になにかしらの原因があることだけはわかった。
そこから適当に考えてみて、ああ、きっと注文が多かったんだろうなぁと……そんな経験に基づいたアイコンタクトだ。
「それでは早速組み合わせの発表だーっ! 第三回戦第一仕合! 孫仲謀選手対呂奉先選手!」
…………辺りが静まり返った。
いきなり恋……しかも第二回戦の鈴々を見たあとじゃあ、この静けさも納得だ。
「第二仕合! 趙子龍選手対夏侯元譲選手!!」
となれば、次の組み合わせはそうなるわけか。
よかった、ちゃんと俺は枠から外されているらしい。
華琳が妙な無理難題かけてきたり、桂花が暗躍していたりしたらどうしようかと───
「そして特別仕合が、孫家に勝った者への挑戦状! 華雄選手対北郷一刀だぁーっ!」
『ハワァアアーッ!!』
「うぉおおおおいぃいちょっと待てぇええーっ!!」
───思った矢先にコレだよ!
本気の本気で絶叫して解説席からガタッと立って、ずり落ちそうになる鈴々を抱えてさらに絶叫! ……さすがに冗談だったらしく、地和が笑いながら謝ってくれた。
……勘弁してくれ、寿命が縮む思いだ。
「でも華雄選手からその提案があったのは事実なので、一刀にはがんばれーとだけ言っておきましょー。あ、ちなみに時間の都合もあって、準決勝である第三回戦と決勝戦である第四回戦はぶっ続けでいきますので、みなさんそのままお待ちくださーい! ではでは第三回戦第一仕合! 言おうと思ったけどやっぱり面倒だからどっちの方角でも構いません! 孫仲謀選手と呂奉先選手の入場です!」
地和が促すと、控え室のほうから歩いてくる二人。
蓮華は堂々と。恋は相変わらずの無表情で。
しかし武闘場中央までくると、やたらと解説席(俺とは言わない)へとちらちらと視線を向けてくる。いや、あのですね恋さん。僕は学んだのですよ。ヘタに応援すると相手が大変なことになってしまうと。だから応援は───……って蓮華さん? 何故あなたまでこちらをちらちら見てますか? いやっ……しないぞ!? 応援もうしないぞ!? しなっ……ああもう!
「二人ともっ、がんばれぇえっ!!」
二人とも。
今にして思います。
どうして僕はこの時、二人を纏めて応援してしまったのでしょう、と……。
『ッ!!』
二人の視線が俺から対戦相手に戻され、人を射殺せるほどの威圧感へと変わる。
二人の間に挟まれた地和が胃を押さえたりしているが……すまん、地和もがんばれ。
「それぞれが優勝を目指して互いの武を披露する……素晴らしいですね。たった今ちぃにも目標が出来ました。とりあえずこの大会が終わったら一刀を殴ります」
『ほわぁあーっ!! ほわっ! ほわぁあああーっ!!』
「えぇえっ!? やっ……観客のみなさん!? なななんでそんなにノリ気!?」
どこか悟ったような者の目で静かに言う地和に、観客らが腕を天へと突き上げて絶叫。
俺がいったいなにをした……と言いたいところだけど、原因がわかるためにツッコめない。
……応援って怖いなぁ。
「それでは準決勝第一仕合! はっじめぇーいっ!!」
どわぁっしゃぁあああんと、開幕の銅鑼が鳴った。同時に鈴々の時と同じく恋が疾駆し、無遠慮に方天画戟を振るう。
逆袈裟掛けに振るわれるそれを横に避け、恋の進行方向に剣を置いて構える蓮華。
普通なら勢いを殺しきれずに、自分から剣に突き刺さりにいってしまうところだが、恋は足に力を籠めると無理矢理後ろへ跳躍。着地と同時に再び疾駆する。
「くぅっ!」
蓮華の顔に明らかな焦りが浮かぶ。
しかしそれは当然で、鈴々の吹き飛ぶ様を見た誰もが思うことだ。
“一撃でも食らったり受け止めたりすれば吹き飛ぶ”
それがわかるからこそ、蓮華はとんでもない速さで振るわれる攻撃の全てを避けなければならない。大きく避けすぎだと自覚しようとも、当たるわけにはいかないのだ。
しかしそんな動きでは疲れるのも集中が切れるのも早い。
恋から発せられる殺気を間近で受け続けるのは、ある意味心臓を鷲掴みにされてるようなものだろう。
見る間に蓮華は息を荒げていき、とうとう───
「きゃああっ!?」
捉えられ、一撃を受けてしまった。
受けたといっても袈裟の一撃に剣を当て、逸らそうとしただけだ。
しかし逸らしたはずの一撃にさえ、悲鳴を上げるほどの威力があったようだ。
慌てて距離を取る蓮華は、在り得ないものを見る目で恋を見ていた。
「飛将軍、呂奉先……これほどだなんて……!」
見つめられる恋は、振り切った戟を戻して肩に担ぐと、獲物をじっくりと狙う獣のような迫力で蓮華に迫る。あれは、素早く来られるよりジワジワくるだろう。
「くっ……せいっ!」
「………」
逃げてばかりでは変わらない。
蓮華が仕掛けるが、恋はそれを容易く弾き、一撃を繰り出す。
こうなると蓮華は“一撃当てて避けて”を繰り返すしか無くなり、呼吸も余計に乱れる。
「………」
知らず、ごくりと喉が鳴っていた。
蓮華の視点で見る恋の迫力は、いったいどう表現すればいいのか。
触れれば斬られるような冷たさはあるのだが、動き回る中でふと視線が合うと、ほやりと柔らかい表情になったりする。
それに気づいた蓮華が隙ありとばかりに攻めた瞬間、楽しみを邪魔された子供のように冷えた空気を纏う恋。
結果、蓮華は何度か恋の攻撃を受け止める羽目になり、やはり何度か空を飛んだ。
うわぁ、と言いたくもなる。
勝てる気がしないのだ。
「はっ……は、はっ……!」
殺気、威圧感、行動。
その全てで既に疲れきっている蓮華を前に、恋はあくまで息ひとつ乱さずに戟を肩に担ぐように構えていた。
「……まだ、やる?」
「当然だ!」
恋に、最初ほどの勢いはない。
蓮華ではなく俺を見る回数が多くなってきている。
いや、それよりも俺の膝の上に座る鈴々に目がいってる。
……なんか羨ましそうに見てる気がするのは、きっと気の所為だ。
とか思ってたら、ここで雪蓮が「べつに、負けたら一刀の膝の上に座っていいわけじゃないわよー?」と苦笑しながら言った。するとなにやらショックを受けたような顔をして、改めて蓮華に向き直る恋さん。
「………」
なにも言うまい。
「貴様……! よもやわざと負けるつもりでいたのか!」
「……そんなことはしない」
「だったら何故本気を出さない!」
「……本気は、だめ。一刀の腕を折った。前の二人、吹き飛ばした。最初でだめなら……、ん……もうやらない」
「くっ……! わ、わたしの武を侮辱する気か! わたしは───」
「……? 一刀に、勝てる?」
「!?」
きょとんと首を傾げ、恋は問う。
蓮華はぐっと息を飲んで俺を見た。
そして、その隣の雪蓮も。
「だから両腕は使わない。両腕を使って負けるのは、一刀にだけでいい」
「っ……そんな理由で、さっきから片手だったというのか!」
「ん……必要、ない」
「! 馬鹿にっ……馬鹿にするなぁああっ!!」
蓮華が駆ける。
両手でしっかりと持った剣で、恋を打倒するため。
しかしその動きは怒りのために一定でしかなく、片手で武器を持ち、待ち構えていた恋の一振りで、呆気なく剣は弾き飛ばされてしまった。
ゆったりとした動きで、戟が蓮華の喉に当てられる。
それで、戦いは終わっていた。