真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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84:三国連合/天下一品武道会準・決勝戦③

 一つ。観客に被害が及ぶ行為は禁止とす。被害が及んだなら、問答無用で敗北とす。

 春蘭は以上のルールにおいて裁かれ、失格となった。

 観客が傷ついたわけではないが、あれだけの騒ぎになれば当然だった。

 今現在、春蘭は華琳にガミガミと怒られて“しゅら~ん……”と落ち込んでいる状態だ。

 しっかりと正座だったりするのは、もうみんなの中で常識なんだろうか。

 しかし、静かに激しく怒るタイプの華琳がガミガミと……珍しい光景だ。

 一方では地和がげっそりした顔で舞台中央に立ち、マイクを握っていた。

 コファァアア……とこっちの気分まで重くなりそうな溜め息を吐き、しかし健気にもニ、ニコッ? と弱々しく微笑み、やがて語り出した。

 

「え、えーと……死ぬかと思った……」

 

 紛れも無い本音っぽかった。

 

「じゃなくてえぇっとそのっ! みなさんが無事でなによりですっ! で、ではそのー……宣言通り、これよりこのまま決勝戦を始めたいと思いますがー……趙子龍選手、休まなくても平気ですか?」

「休んでいいのなら遠慮なく休ませてもらおう。北郷殿、ちとすまんが胸を貸してくだされ」

「へ? 胸?」

 

 剣閃で吹き飛んだ解説席を座れる程度に直し、そこに座っていた俺へと向かい、とことこと歩いてくる星。鈴々も雪蓮も元居た場所に戻り、ようやく解説席に平穏が訪れた……と思ったら星である。ともあれ、そんな彼女は戸惑う俺をそのままに、足を開かせてそこにちょこんと座ってきた。

 当然、“どよっ……!”とそこに居る全ての人がどよめいた。ええ、当然俺も。

 

「せ、せせせ星!? いきなりなにをっ!」

「ほれ、北郷殿は人を癒す氣も使えたでしょう。どうかそれで私を癒していただきたい」

「癒すって、そりゃ確かに使えたけどっ! それは傷の癒えを早めるとかそっちのほうで! あ、でもそれなら疲労回復を早めることも出来るのか? 氣ももう溜め終わってるし……出来るか……?」

「わからんのでしたら私で試しても構いませぬ。私は私で少し休ませていただく」

 

 言うや、言葉通り俺の胸を借りて、そこにとすんと頭を預けて目を閉じる星。

 息を整え始めた雰囲気から察するに……───なんか寝ようとしてらっしゃる!?

 

『………』

「ハッ!?」

 

 そして周囲からのプレッシャーが尋常じゃない!

 苦しい! 空気は普通にあるのに息苦しい! なにこれ!

 観客……主に治療をしたことのある人からは、やっちまってください的な視線。

 そしてそれを知らない人からは、なにやら殺意が籠もった視線。

 将や王からは主に殺気ばかりが飛んできている。

 しかし俺も学んださ。ここでヘタに言い訳並べるよりも、さっさと済ませたほうがいいことくらい。

 なので星の腹部に手を回し、びくりと跳ねる体を無視して、ゆっくりと集中を始める。

 

「ほ、北郷殿?」

 

 焦りを含んだ声を漏らす星だったが、やれと言うならやりましょう。

 腹部より少し下の、いわゆる丹田の部分に手を添え、そこに氣を送る。

 もちろん星の氣に似せたもので、拒絶反応のようなものが起こらないように注意しながらだ。

 

(まあ、あれだ)

 

 なんとなくこれが星の、休憩を混ぜた俺へのからかいだってことはわかってた。

 しかしながらそう何度も焦ってばかりじゃないことを教えるのと、普通に疲れを取ってやりたいって気持ちもあったので、素直に癒すことにした。

 

「星、力を抜いて。呼吸、合わせて」

「あ、……は、……」

 

 体が跳ねるほど驚かせてしまったこともあり、刺激しないように耳元で囁いた。……んだが、なんか逆におかしな雰囲気になってないか?

 ほら、なんだろう。

 傍から見ると、いやらしいことをしているようにも見えるような、とか。

 女の下腹部に手を置く俺とか、氣を送られたことで息を少し荒げたり、顔を上気させたりする星とか。……ああうん、確実に、理不尽だろうが正座させられるような気がする。

 や、そもそもな? 医者が隣に居るのにどうしてこの人は俺に頼むかな。

 

「………」

 

 頼られたりして実は嬉しいとか、べつにそんなこと全然思っていないんだからねっ!?

 

(出すぎだぞ! 自重せい!)

(も、孟徳さん!)

 

 ……ハッ!? いかんいかん、いろいろぐるぐる考えすぎだ! 落ち着け俺!

 集中するのは癒しだけでいいんだって! ヘンなことは考えない!

 紳士だ! 紳士であれ、北郷一刀!

 

(集中───)

 

 耳の奥で、キィイイン……と小さな音を聞く。

 それに意識をくっつけ、消えてゆく音を追うように、意識を自身に埋没させる。

 そうすることで、一種の自己暗示みたいなものをかけ、周囲の音を拾わないようにする。

 ……まあ、完全とまで都合よくはいかないが、一点に集中出来るようになれとじいちゃんに教わったものだ。失敗しては竹刀で頭を叩かれ、まるで雑念を消すために修行する坊さんの気分だった。

 お陰で集中し出すと周りが見えなくなるといったところまではいけたんだが、じいちゃんに言わせればまだまだ未熟らしい。集中し出したからって“それだけ”しか出来ないようではてんでダメ。“これをやる”と決めたからって、状況に応じて対応できないようではダメダメなのだそうだ。

 そりゃそうだ、俺だってそう思う。

 つまり俺の集中は、たとえば相手に一撃を当てると決めたら、当てることしか考えなくなる。経験したものを武器にとにかく当てることだけを考える。その際、腕を折ろうがどうしようがどうでもいいって、つまりは他のことをないがしろにしすぎになってしまうのだ。

 ほんと、これじゃあ未熟って言われて当然だ。

 なので、せっかくだから星の提案に甘える方向で、集中しながらも他に気を使える状態に持っていけるかを試してみた。

 わからんのなら試しても構わんということなので……いや、言葉の意味は違うわけだが。

 

(……集中してる状態だと、聞きたいって意識するものが聞こえたりするけど)

 

 それは、辺りが静かな……たとえば寝ようとしている時、音量1のプレイヤーをつけて目を閉じている集中に似ている。聞き取り辛くてもしばらくすると普通の音量に聞こえたり、聞き慣れた歌だから聞こえる歌詞を拾いやすく、頭と音楽とで歌を構築していくと聞こえるのが早くなる感覚。

 

(氣を流しながら、星の鼓動に集中して、と……)

 

 ……当てられている背中から、胸で鼓動を受け取るのは難しい。

 聴覚じゃ無理だろこれは。

 なので、手から伝わる脈に集中。

 氣を流す過程で指から感じ取れるそれらに集中して、自分の鼓動や呼吸もそれに合わせてゆく。するとどうだろう、まるで他人のはずなのに、どういうタイミングで氣を送ればいいのかがわかってきて、その流れに乗るとひどく落ち着いた。

 体に満ちた氣が、“自分の中に”まだ空いている氣脈を見つけたかのように、星に流れていくのを感じる。

 流すたびに錬氣して、その流れが一定化してくると、むしろもう星自身が自分の一部みたいな感覚に───

 

「うやややややほほほ北郷殿!? 北郷殿!?」

「ホエ? ───はうあ!?」

 

 星の慌てた言葉にハッと気づく。

 いつの間にか星がぱたぱたと暴れていた。

 なにやらヘンな声を出しながら。

 パッと氣を送っていた手を放すとババッと立ち上がり、真っ赤な顔で俺に向き直った……のだが、やっぱり赤いまま、首がグキッと鳴りそうなくらいの速度で顔を逸らし……力が有り余っているような風情で舞台中央に駆けていった。

 

「…………」

 

 かく言う俺も、顔がジンジンと痛い。逆立ちして顔に血が溜まった時みたいにジンジン。

 絶対に真っ赤になってる。

 だって、マズイだろあれ。

 集中してたとはいえ、他人を自分の一部だと思うなんて。

 しかも星が暴れなきゃ気づかないほどに集中してたなんて。

 …………氣、気づかないうちにどれほど流したんだろうか。

 

(や、いや、いや、ね? そんなことよりもさ)

 

 顔が赤くなっている原因はそこじゃない。

 体の一部、なんて考えは確かに赤面ものだろうが、べつにそれほど問題じゃなかった。

 問題なのは、この見渡す限りに存在する観客や将や王の前で、女性の腹部に手を当てて呼吸を合わせたり氣のレベルでとろけるように通じ合ったりとか、そういうところなのだ。

 叫ぶことが許されるのならもう絶叫してる。

 そしてこんな時に限って、いっそ罵ってくれればいいものを、桂花は俺を見て“ハッ”と見下した顔で笑うだけだった。

 ほんと、いっそ馬鹿にしまくってくれ。もうお外歩けない。

 真っ赤な顔を片手で覆って、なんかもう恥ずかしさのあまり涙まで滲む状況。自業自得というやつなのだが、そんな俺をよそに舞台中央の地和さんは、

 

「なんかもう腹立たしいもの見せられた気分なので、華雄選手対北郷一刀選手があってもいいんじゃないでしょうかと、ちぃは思います! みんなはどーだぁーっ!!」

『ウォオオオオオオオォォォーッ!!』

 

 観客を煽って俺をボコろうとしてらっしゃるゥゥゥゥ!?

 しかもしっかり相手が華雄ってところが他力本願だよ! 自分の手は汚さない気だよ!

 

「あ、あのなぁ地和! それは───」

「大体、“支柱になったら真っ先にちぃが自然の流れで愛してあげる”って言ったのに! なんで一刀はそうやって他の人に───」

「だぁああああ馬鹿あぁあああっ!! ここでそんなこと言うやつがあるかぁっ!!」

 

 叫ぶ地和。

 しかし幸いにもマイクを口から離してある上に、観客の雄叫びにいい具合に紛れてくれたお陰か、観客に聞こえるようなことはなかったようだ。……俺に向けて言われたお陰で、俺には思い切り聞こえたわけだが。

 ……さて。

 視界の先で覇王さまが黒いオーラを放ちながらゆ~っくりとこちらへ振り向くのが見えるのですが、あの……もう説教はよろしいのでしょうか? あ、あー……つまりこれから俺への説教が始まると?

 一番に華琳をゴニョゴニョとか言ってたくせに、そんな話なんて聞いてないわよとか言いたいのですね。ええ、なんとなくわかります。わかりますが、あれは断りづらい中での成り行きと申しますか。そもそもそういう状況になったらって絶対条件の先の話だったわけでしてですね? デデデデスカラアノ!? 阿修羅(怒り)の幻影が見えるほどの殺気を撒き散らしながらゆっくりと歩いてくるとか勘弁してェェェェ!! 逃げたいのに逃げたら余計に怒られるって、既に心に理解を叩き込まれてるから逃げることすら出来やしない!

 

「……なぁ北郷。解説席……移動していいだろうか」

「一心同体で居よう! 是非!」

 

 そして隣で平和にコトを見守っていた華佗さんが、その殺気を前に笑顔で仰った。

 完全にとばっちりだよなぁごめんなさい!

 そんなやりとりをしている内に華琳は俺の目の前まで来て、にっこり。

 頭の中が勝手に“死んだ……”って人生を諦めようとするのをなんとか止めたのだが。

 

「一刀」

「ハ、ハイ」

 

 静かに、頭が真っ白になっていくのを感じた。

 そうなるとまともに考えるのが難しくなり───かかか華琳だって“さっさと手を出しなさい”的なことを言ってたじゃないか~とかそんなことを思う余裕もなくいやそもそも言うつもりもなかったんだがでもなんだかツッコミたくなるときってのはどうしてもあるものでしてアァアアーッ!!

 

……。

 

 なにがどうしてこうなった。

 

「………」

「なによ」

「いや、なんでも」

 

 詰め寄られたまでは覚えてる。

 ぐるぐる回転する頭の中で、必死になって言い訳を考えたのも覚えてる。

 考えただけであって、不快にさせたのならなんでも受け入れる気はあった。

 それは実際、華琳に拾われたときからあまり変わっていないつもりだ。

 感情ってものを挟むなら、なにがなんでも彼女らを守りたいって言葉が前に出る。

 それを抜いても華琳は恩人であり主であり王なのだ。

 そんな制度が個人にまでそう及ばない世界で生きてきた俺でも、それは弁えた。

 でも、これはなんだろうなぁ。

 

「はーい! それでは妙なことをしでかした北郷一刀が覇王さまの椅子になっているのを十分眺めたところで! いい加減決勝戦を始めたいと思いまーすっ!!」

『うぉおおおーっ!!』

 

 そう。俺は今、華琳の椅子になっていた。

 俺の膝……むしろ大腿の上に深く座り、足を組んでいる華琳は、背中も頭も俺に預け切ってて、こちらとしては身動ぎできないから結構辛い。

 足の間や胡坐の上ならまだ楽だが、膝の上というのはこれで結構辛い。

 だってな、華琳が座り心地いいようにぴっちり足をくっつけなきゃいけないし、かといって足に力を籠めれば筋肉が張って座り心地は悪くなる。はぁ……椅子もいろいろと考えなければならない時代か……。

 まあ、いいんだけどさ。すぐ傍に華琳が居るってだけで、舞い上がってる自分が居るのは事実なわけだ。安いなぁ俺……。


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