「戦人よ! よくぞここまで残ってみせた! 知力武力を武器にここまで進んだ者よ! 今こそ天上を決する時! それでは天下一品武道会決勝戦! はぁあっじめぇええいっ!!」
『ウォオオオオオーッ!!!』
ドワァシャーンッ!! ジャーンジャーンジャーン!!
大銅鑼が鳴らされ、小さな銅鑼も鳴らされる。
俺はそれを、シンバルに憧れる小学生のような目で見守った。
一度は鳴らしてみたいよな、シンバルって。
それはさておき、視線を星と恋が向かい合って立つ武舞台へと向ける。
「……おや? どうした恋。てっきり一戦二戦三戦と同じく、開戦と同時に突進してくると思うておったのに」
「………」
「……? 恋?」
「……膝」
「膝?」
? なにやら星が自分の膝を見下ろしてる。
ハテ、なにをやってるんだ?
「ふむ? べつにおかしなこともない、美しい膝だが」
「ん……一刀の、膝」
「北郷殿の? …………おお」
ぼそりぼそりと喋っているためか聞こえない。
というかもう始まってるのに一歩も動かないって……やっぱり牽制し合ってるのか?
きっと俺には想像もつかないくらいの、視線のぶつかり合いとか意識での戦いがもう始まっているんだな……。目が離せないぞ、これは。
思わずゴクリと喉が鳴った。
さあ……最初に動くのはどっちだ……!?
「あれは気持ちの良いものだった。ちっこい者たちが好んで座る理由も頷ける。特に腹を撫でられ、氣を送られた時など、恥ずかしながら……あのまま一つになってしまってもいいとさえ思えてしまったほどだ」
「……!」
「疲れた体もすっかり休まり、むしろ氣が氣脈という氣脈を満たし、体が軽いくらいだ」
「……、……」
「……? 恋?」
……? 恋がなにやら赤い顔でもじもじしている。目もきらっきら輝いている。まるで縁日のお菓子を見ている子供のようだ。
「疲れれば……一刀が……」
「……っ……? れ、恋?」
「疲れれば……一刀が……!」
「れ───くわっ!?」
突然の突風。衣服が“揺れる”どろかバババババと音を立てて煽られるほどの。
急に何事かとこの場に居る全員が慌てる。
「な、なんだこれっ……!」
いや、慌てるどころか、ヘビに睨まれたカエルみたいに動けなくなっている。
戸惑っているうちはまだよかったが、俺もこの風の正体に気づいた途端───
「かりっ……く、ぐっ……華琳……! これっ……!」
「気をしっかり持って、目に焼き付けなさい一刀」
「か、華琳……!?」
「滅多に見られるものじゃないわ。“本気”の呂布よ」
「本気って……! ……───え?」
───ふと、体が震えていることに気づいた。
「こ、の……風、って……!」
「ええ。恋の氣よ」
「氣って! こんな、突風が!?」
「春蘭が剣に氣を籠めていたでしょう? あれと同じものよ。二人とも、あなたのように得物自体に宿らせるようなことが出来ない分、ずっともれている状態になっているのよ」
「漏れて……」
それで、この突風?
……うん、やっぱりこの世界の人達、普通じゃないです。
(でも、見ているともどかしいのはどうしてだろう)
ああ、違う、違うんだよ恋。モノに氣を籠める時は、“これは自分の武器だ”なんて意識するんじゃなく、体の一部だって思って包み込むように……!
“氣で包んでやってるんだから武器になれ”じゃなくて、一緒に歩こうってくらいの穏やかさで……!
「ていうか……」
「……こほんっ。……下がるわよ、一刀」
「Certainly, Sir」
戟に籠められた氣が、少しずつ固められてゆく。
それは真紅の光を持ち、ただでさえ長い戟をさらに長く、さらに強く形成してゆき……
「いやいやいやいやちょっと待てぇえええっ!! デデデデタラメにもほどがあるだろ!」
ついには恋の身長の5倍以上はありそうな、氣の戟が完成した。
対する星は……───ああっ! なんか固まってらっしゃる! いやそりゃそうか固まるよあんなの間近で見せられたら!
「これ無理だろ! 勝てないって!」
「ええそうね。勝てないわね。恋が」
「ええっ!? なんで恋が!? この場合、星がじゃないのか!?」
「見てわかりそうなものじゃない。あんな巨大な氣の塊、振るったらどうなると思うの?」
「え……そりゃ、どっかーんとなってウギャーって…………なるほどわかった」
「そうよ。観客が無事じゃ済まないのよ。どう振ったって変わらないわ」
「………」
「一刀?」
「本人がそれに気づいてなかったら? えーと、たとえばなにか他のことが見えなくなるほどの事情に追われて、どっかーんとやっちゃったら?」
「………」
「………」
華琳さん? ……か、華琳さん!? 無言はっ! 無言は怖い! 怖いよぅ!
「一刀っ! なんとかして恋を止めなさい!」
「えぇっ!? なんで俺!? ここは覇王たる華琳が───」
「つべこべ言うなっ! さっさとやれっ!!」
「えぇえええっ!!?」
まさか華琳がこんな乱暴な言葉を使うとは……現状とっても危険!? 余裕無し!?
……一目瞭然でしたねごめんなさい!
「恋! れぇーん!!」
ともかく振り下ろされる前に止める! 声をかけてでも止める!
振るわれたら終わりだ! とにかく引き止めて時間稼ぎを!
「って見向きもしないんですけど!?」
「氣の放出に集中しすぎているのよ! 届く言葉で叫びなさい!」
「ああもういちいち難度が高いなぁ!!」
でもやらなきゃ人々の命が危ない!
えーとえーと恋、恋? 恋っていったらなんだ!? 動物!? 物静か!?
……ハッ!? そうか大食い! 食べ物関係で気を引けば!
「よよよよよし恋ーっ!!」
叫ぶ! そして上手く纏まってないままの頭でとにかく料理に関することを組み立てて! ぇえええーと! 食事は用意できないから! ほらこう! 楽しい料理の話とか、思わず唾液が口の中に溜まる話とか、お腹が空いちゃうような話を! な、なんなら豆知識的なものでもいいぞ!? 豆っ……豆知識ってなに!? なにかあったっけ!? なにかなにかえーとえーとなんでもいいからハイッ!
「ア、アー……! おぉおおお美味しいオムレツを作るなら卵は三つじゃなくて二つだ! よくミルクを混ぜるヤツが居るが、それは大きな間違いだっ!!」
…………。
「………」
「………」
「………」
「………」
プリーチャーァァァァ!!!
なにやってる俺! なんでここでシャーマン・ダドリー!?
華琳が硬直してるよ! 俺見て硬直しきってるよ! こんな緊張の中でも固まってしまう曹孟徳なんて初めて見るよ!
(ふむ。見事だな。わしをも震えさせるほどの戦ぶりよ)
(孟徳さん!?)
落ち着け脳内! 戦なんてしてないから! 震えるどころか硬直してるよ!
どうしようもないほどのやっちまった感に襲われながらも、おそるおそる恋を見る。
……なんということでしょう。案の定、彼がビデオレターに籠めた言葉など聞こえるわけもなく、今まさに無双となった方天画戟を振り下ろさんとする恋が!
それ以前に、むしろ恋は“オムレツ”がなんなのかさえわかってないな、これ……。
乾いた笑いが勝手に喉の奥から漏れた。
───さあ天の御遣いよ。あなたがこれから取る行動とはなんだ?
とりあえず、割って入ると死にます。
声をかけても届かない。
ならば背中から羽交い絞め? いや無理、間に合わない。
だったら……だったら? いい! とりあえずまずは止まってくれるように叫ぶ!
「恋! あとでご飯作ってあげるから止まって! 膝に座ってもいいし撫でろっていうなら存分にそうするから!」
テンパりながら絶叫! なななななにやってんだ俺! もっと気の利いた言葉を言おう!? こんな言葉で止ま……止まったァーッ!?
「え、えーと……あれ?」
なんだか一応止まってくれ……た? それを理解した途端、そうしたかったわけでもないのに腹の底から、長く長く息が吐き出された。次いで、どっと噴き出る汗。
観客からも一斉に安堵の溜め息。
もちろん兵や将、王からもだ。
それはそれとして地和さん、俺を盾にして隠れるの、やめてください。
華佗さん、とりあえずその緑色に輝く瞳も戻して大丈夫そうです。
そして華琳、俺を見たまま硬直するのはやめてください。
「………」
ぐるぐると思考が回転する。回転するだけで、纏まらない。
安堵はしても、まだごんごんと戟の先に渦巻いている真紅の氣の塊。
風は未だに出ているが、突風というほどではない。
そんな得物を持つ彼女に、氣を集束させる方法を説くとあっさりと実演され、俺は膝を抱えて座る代わりに華琳を抱えて座った。それで華琳も正気に戻り、額をべしりと叩かれた。
「………」
「───はっ!」
荒ぶる氣が戟に納められると、少しして呆然としていた星がびくりと反応を見せる。
あまりの状況に理解が追いつかなかったのだろう……俺だって氣のことをかじってなければ、騒ぐだけだったり呆然とするだけだっただろう。勉強ってやっぱり大事ですね。
「ああ、えぇとその、なんだ。星~……? とんでもなく無粋なこと訊くけどさ。続ける……か?」
「………~……」
ああ……星が座り込んで頭抱えてる……。
いや、わかる、わかるんだ。
きっととんでもない決勝戦になるんだろうなって俺も思ってた。
それがあんな、舞台ごと破壊しかねないほど強大な氣の塊を見せられた上、それを現在の恋は戟に籠めているわけで。
……あれで攻撃されてもし当たったら、舞台が壊れる代わりにほら…………ねぇ?
春蘭の暴走の延長って言ってしまえばそれまでな状況な分、いつも通りといえばいつも通りではあるのだが、命に係わるかもしれないとくるとさすがに難しい。
……結構いつも命に係わることしてるだろってツッコミは、どうか勘弁してほしいが。
「……ここで何もせずに敗れては、これまでに散った者たちが報われぬというもの!」
そんな思考をよそに、星は立ち上がった。
凛々しい顔で、キッと恋を睨みつけて。
そして槍を構えると、ちらりと俺……の後ろに居る地和を見つめた。
「地和、ち~ほ~……! ほら、仕切り直し仕切り直しっ」
「へぁあっ!? あ、あ……あーあーあー! しっししし仕切り直しね仕切り直し!」
ぱたぱたと舞台中央へと駆け、こほりと咳払いをする。
観客達は……いつでも逃げられる準備をしていた。それはきっと正しい。
「そ、それでは“意気”を改めまして! 天下一品武道会決勝戦を執り行います! まずは蜀より! 頭のソレの名前が是非知りたい! 身軽で強くて飄々武人! 趙子龍選手ーっ!!」
「……やれやれ。これで完全に逃げられん……」
「対するは同じく蜀より、沈黙の真紅! ご存知三国無双! 呂奉先選手ーっ!!」
「…………」
「すーはーすーはー……よ、よーし! 細かいことは抜きにしちゃいましょー! とにかく戦って勝ったら優勝! ただし殺しちゃったら斬首! 観客にも危害を加えたらだめ! ───あっ! かかか観客っていうのは見てる人全員だからね!? ちぃもなんだからね!?」
地和さん、目に涙を滲ませながら選手を指差して怒鳴ってはいけません。
そりゃああんなもの見せられれば怯えたくなる気持ちも十二分にわかるけどさ。
「それでは双方、ぜっ───…………ぜ、んりょく、を以って……ねぇ一刀、規定変えちゃだめ?」
「変えたいけどダメなんだ……わかってくれ」
「うぅうう……───それでは双方! 全力を以って、いざ尋常に勝負勝負!」
声高らかに。
次いで鳴る銅鑼の音。
途端に地和がこちらへ走ってきて、またしても俺の後ろに隠れた。
「華琳はいっそ清々しいほど堂々としてるなぁ」
「将の諍いで死ぬのなら、所詮はその程度の命よ」
「まぁ、はは……そう言うとは思ったけどね」
相変わらず自分の道を疑らない人だ。
そんな華琳だからこそ、みんな付いていっても大丈夫だって思えるんだろうな。
大丈夫っていうか、付いていきたいって思う。
「……決勝、見るか」
「ええ、そうしなさい」
どこか楽しげな口調で、華琳はそう言った。
ちらりと隣を見れば、華佗は既に対峙する星と恋に集中している。
……プロの目だ。どんな行動も見逃すまいと、少しだけ目の緑が輝いている。
「………」
俺も集中することにした。
恋が肩に担いでいる戟は、氣を圧縮させすぎたためか、真紅というよりは深紅になっている。黒い赤って感じだ。
対する星は呼吸を一定に、槍を抱くようにして構えている。
「…………いく」
「……応!」
きっかけは恋の一言だ。
キッと星を睨んだ恋が石畳を蹴り弾き、一気に距離を詰める。
星は“応”と答えた瞬間には槍を回転させ、表情鋭く姿勢を変える。
振るわれる恋の一撃。逸らさんとする星。
二つの弧が合わさった時、耳を劈く金属音が鳴って、直後に星が素早く飛び退いた。
……星の龍牙の先端、二本あった筈の牙は、一つが根元から消え失せていた。
「ふむ、これは……さすがにまいったな」
ギャリィンッて音が鳴って、目を向ければ場外近くの舞台端に龍牙の片割れが落下していた。
……一撃で、硬い武器があれなのだ。
人に当たれば骨は折れ、肉など吹き飛ぶだろう。
「いやなに、当たらねばどうということもなし」
なのに星は「ははは」と笑うと、一本角になった槍を回転させて持ち直す。
「恋よ! 遠慮はいらんぞ! なにも殺せとは言わんが、心配ならば氣を消した状態で突撃するも一興というものだろう!」
「……、……」
「なに、難しいことではない。私に勝てばお主が優勝。北郷殿に一度だけなんでも言うことを聞いてもらえるのだ」
「…………!」
平気な顔して誘導している。
恋もどうしてか“なんでも”という部分に反応し、星と戟を何度も見比べて……あーのあの恋さん!? そりゃそんな凶器振り回すのは大変危険ですけど、俺になんでもいうこと聞かせるって部分でそこまでおろおろされると、こっちとしてももし優勝なんかされたら断りづらいっていうか───あ、はい、そもそも断れないんでしたよね。ルールでそう決まってるんでしたよね。断ったらダークマターと言っても差し支えない食事を食わされるんでしたよね。
「………」
「……ふむ」
俺の複雑な心境はそっちのけで、結果として恋は氣を元に戻した。
ただの戟が肩に担がれ直されてると、恋は改めて星を見つめる。
「たった一度の敗北がこうも三国無双を変えるか。恋よ、お主は何を願うために戦う?」
「………」
「やれやれ、話してはくれんか。まあ、訊かれて話せるものならば、熱くなる理由には程遠いものなのかもしれぬ───そして、私もまた同じ」
「……?」
「いや、そこで首を傾げられても困るが」
観客が固唾を飲んで見守る、これだけの人が居るのに、先ほどあれだけの騒ぎがあったのに、静かな空間。
その中でヒョンッと得物を振るう二人が地面を蹴った。
普通の動作だったと思う。
綺麗だとか激しいとか、そういうものとはちょっと違う……なんて喩えればいいのか、とにかく普通だったと思う。自然って言えばいいのだろうか。
流れるような動きだとか目を奪われるような動きとも違った。
それがあんまりに自然な動きだったから、それが衝突の合図だなんて思わなかった。
“駆け寄ればハイタッチのひとつでもしそうだ”
そう。
それはきっと、それくらいに気安く楽しげな───“衝突の合図”だった。