真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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85:三国連合/伸ばした手の先にある支柱①

131/貴方の辿り着く未来

 

 身体を全力で動かす“武”での争いが終わり、やがて迎えるは知の勝負。

 さすがに一日に全てを詰め込むのは無理があるとし、勝負は翌日に持ち込まれた。

 元々一日で終わるような祭りではなかったし、一日楽しんで一日で帰る他国の者の都合を考えれば、三日くらいは取るものだ。

 さて。それで、実際に今行われている勝負だが。現在は桂花と亞莎が象棋の盤面を前に、顎に手を触れつつ、戦局を先読みし、詰めていっている。

 そんな、一見すればただ静かで地味でしかない勝負だが───

 

「お、おい、次、お前なら何処に差す?」

「そりゃお前、あそこで……ぐあっ! そう来るか! さすが文若さまだ……!」

「いや、あのおだんご眼鏡の軍師さまも負けてねぇぞ!」

 

 学校で将棋や象棋を学んだ者や、自国の軍師を応援する者にしてみれば、結構な盛り上がりを見せていた。

 興味があってもわからない者は、解説の俺と華琳の言葉を頼りに、どういう流れなのかを知り、自国の軍師を応援する。

 そういった空気が、地味に舞台を囲んでいた。

 ちなみに華佗は救護班として、先日戦った選手たちの治療に向かっている。

 主に春蘭。

 彼女は今さら氣を放出しまくった無茶が祟ったのか、腰痛で動けない人のようにぐったりとしていた。

 

「くふふふふ、よく頑張ったと褒めてあげたいところだけど、これで終わりよ呂蒙」

 

 桂花が差し、高笑いする。

 しかし次の瞬間、亞莎がそれを掻い潜るような攻撃を遠距離から仕掛けて見せ───

 

「おほぉーっ!?」

 

 おほほほほと似合わない高笑いをしていた桂花の絶叫が、悲しく響いた。

 前面にとにかく注意を向けて、遠くからの砲での一撃だった。

 華琳が見ているということで勝ちにこだわりすぎた結果だ。

 結局勝ったには勝ったが、もっと冷静にやっておけば圧勝だっただろうに……。

 

「……まったく、あの娘は……」

 

 俺の隣では腕を胸の前で組んだ華琳が、目を伏せながら溜め息を吐いていた。

 実際、俺も溜め息を吐いてるんだから、気持ちは同じなのだろう。

 そんな華琳がちらりとこちらを見る。むしろ睨んでくる。

 

「な、なんですかな、華琳殿」

「殿じゃない。あなたはいつになったらソレを下ろすのかしら?」

「勝者権限が無くなるまで……なんじゃないかなぁ……」

 

 俺の足の間には、恋がべったりと座っていた。

 完全に俺の胸に体重を乗せてきていて、ちょこんとどころではなく、べったりだ。

 しかも星にやったのと同じことを要求され、丹田に触れながら氣をゆっくりと流しているのだが、その下腹部を撫でられる感触が好きなのか、顎を撫でられた猫のように目を細めてこちらを見てくるからたまらない。促されるまま顎も撫でれば喉も撫で、頭も撫でれば頬ずりもされて。

 顔が近付いてきたと思うと頬をぺろりと舐められるし、途端に横から尋常ならざる力の波動を感じて、見てみればどこぞのグラップラー漫画のようにモシャアアアと覇王さまの周囲にあるものが形を歪ませる幻覚が見えてヒィ怖い助けて怖い!! 華佗帰ってきて! 華佗! 一人は怖い! 華佗ー! お願いだー!!

 

(殺気が見えたらなって思ったことがあるけど、景色が歪むほどの殺気って怖い)

 

 見えたら見えたで、今度は華琳と目を合わせることが怖くなった。

 なんというか、俺はもう悟りの境地を開くことにした。

 どうせ怒られるのなら、俺は一人の悟る者になる。

 怒られるのに怯えて中途半端に勝者を称えるか、怒られてでも勝者を全力で称えるか。

 そんなもの、後者のほうがいいに決まっている。

 

(集中!)

 

 そうなるともう、殺気も気にならなくなる。

 俺はただ、恋を包み込む一つの氣として存在するべく、彼女の氣と同調、融合するかのように彼女を包み込んだ。

 

……。

 

 少しするとそわそわと、落ち着きが無くなる恋。

 そんな彼女に気づきつつもそのままで、空中に浮かぶ盤面を見た。

 

「おお……」

 

 現在は、ねねと風が対決中だ。

 ねねは強気で立ち向かい、風は少しずつ足場を固め、相手が気づいた時には仕留めるって戦法……だな。両者、中々ねばっているが───それでも「恋さまの軍師として、退くわけにはー!」と叫んだ次の瞬間、あっさりと負けるねねさん。

 

「ななななにかの間違い! これは間違いなのです!」

「はいはい往生際が悪いですよー! 第二仕合、程昱選手の勝利です!」

 

 引き続きの司会進行役、地和が叫ぶと、観客のみんなが騒ぐ。

 地味だ地味だと思いきや、盤面が見れるというだけで結構緊張するもんだ。

 

「ふむふむ、中々の強敵でした。個人的にはもうちょっとだけ歯ごたえがほしかったですがねー……」

「なな、なんですとぉおおーっ!?」

「相手を怒らせて調子を崩すのも策ですよ。ですが楽しかったのは本当なので…………飴をあげちゃいましょう」

「はうっ!? ……ね、ねねねねねがそんなものに釣られるとでも……!」

「はいはいそういうことは向こうでやってくださいね。では次! 公孫賛選手対───!」

 

 実力が近ければ長くなるこの象棋。

 当然、実力が離れすぎていればものすごい速さで一方が詰む。

 事実───

 

「は、速ぁーい!! 決着! 決着です!」

「うあああーっ!! こんなあっさりぃいいーっ!!」

 

 舞台の上に置かれた卓と椅子、そして象棋盤の前では、白蓮が頭を抱えて叫んでいた。

 相手は……冥琳だった。

 涼しげな顔で笑い、控えに戻ってゆく。

 ……残された白蓮が、地和にポムと肩を叩かれていた。

 

「惨たらしい光景ですが、強く生きましょう! えと、続きまして───!」

 

 そんなこんなで、次々と勝負が繰り広げられてゆく。

 見ている華琳がじれったそうに見ているところを見ると、どうやら彼女も混ざりたかったようだ。

 しかしながら、「参加するのは都でやる時でいいわ」とニヤリと笑って言った。

 ……またやるつもりなのか。しかも、今度は都で。

 

「あわわ、そこ、詰みです……!」

「あぇええーっ!!?」

 

 そうこうしている間に、また決着。

 舞台では穏ががっくりと項垂れ、雛里が大きな帽子を被り直しているところだった。

 

「あぅう……こんな、こんな一方的にやられるなんてぇえ……!」

 

 とぼとぼと帰る穏の姿は、なんというかこう…………い、いや、歩くたびに揺れる胸になど、目がいったりしてません。

 

「なにをやっているのよ……」

「現実から目を背けてる」

 

 横から華琳に声をかけられたから、とりあえずそう返しておいた。

 間違ってはいないと思う。うん。

 

「おーっほっほっほ! この袁───」

「詰みでしゅ!」

「ほんしょ!?」

 

 高笑いをしながら適当に打っているうちに、麗羽が朱里に詰められた。

 キリッと詰め宣言する朱里は格好よかった───……のに、噛んだ。

 

「ほぇえ……はは、やっぱり朱里と雛里と冥琳は強いな」

 

 思わずこぼすと、華琳がフッと笑った。

 笑っているうちに風が攻め、次の仕合では稟が攻め、確実に勝ち星を上げていっている。

 後半になるにつれ、一手にかける思考時間が増えていくと、会場内の緊張も異常だ。

 自然とみんながシンと静まり、一手差す毎に「はぁああ……!」と息が漏れる。

 ルールがわかっていない人でも緊張は感じるのだ。仕方ない。

 

「……ここ、ね」

「ふふ、甘いですね。頭は回るようですが、詰めが甘い!」

 

 詠と稟の戦い……なのだが、どう攻めれば勝てるのかなんて、客観的に見てもわかりやしない。どちらも慎重になっていたが、詠が進めた駒に稟はフッと笑い、“我が策、完成せり”とばかりに攻める。

 すると詠の表情が曇るのだが───起死回生とまではいかないし、結局負けてしまったのだが、土壇場で切り返してみせて稟を驚かせていた。

 

「潔いのも結構だけれど、最後まで指揮を執り、味方のために敵の数を減らす。良い軍師ね、詠は」

「戦いの美学もいいけど、粘れば助かるかもしれない場面で降参するのもって思うよなぁ」

 

 拍手を送られながら退場する二人を、自分も拍手しながら見送った。

 しかしやっぱり蜀側は人材が豊富だ。頭のキレる人、多すぎだろ。

 

(うーん)

 

 なんとなーく自国を応援したい気持ちはどうしても出てきてしまい、じっと見守る中。風と稟がぶつかってしまい、自国からまた一人、知将が消えた。

 ……つか、風が強い。いや、吹き荒ぶほうじゃなくて。

 この調子なら……とか思って安心して見ていたら、次の出番で雛里と激突。

 しばらくはどちらが勝つかもわからないって進め方をしていたのだが、ハッと気づけば負けていた風。

 悔しかったらしく、激しい動きはしなかったものの……静かなる動きで頭の上の宝譿を手に取ると、目を糸状にしてギウウミキミキと渾身の力を以って宝譿を搾って───っていやいやいや! 八つ当たりよくない! やめてあげて! あっ……頭の飾りがもげて……! ホウケェエーイ!!

 

(……やばい)

 

 予想以上にと言うべきなのか、想像通りと頷くべきなのか。

 ともかく朱里と雛里、冥琳の強さが抜きん出ている。

 対するこちらの桂花先生は…………───七乃に負けた。

 

「なっ……!」

「えぇっ!?」

 

 これにはさすがの華琳も驚き、俺もつい叫んでしまった。

 七乃!? 七乃が!? まさか彼女がここまで強いとは……!

 …………でも、なんだろう。桂花が凡ミスで自分の首を絞めたような気がしてならない。そりゃあ指揮は上手いし戦略の組み立て方もいい……のだが、自分を過信しすぎるところがあって、“これでいいだろうか”じゃなくて“これでいいのよ!”って決め付けるところがある。

 そこを突かれたんだろうなぁ。

 

「……ま、まあ、負けるのは良い薬……よね」

「相手が袁家じゃなければ、まだ素直に受け取れたって顔し───」

「うるさいっ!」

「ごめんなさいっ!?」

 

 華琳ってやっぱり、袁家が苦手というか嫌いなんだなぁ……。

 ちらりと見てみれば、七乃は美羽と一緒になって燥いでいる。

 美羽もHIKIKOMORIから随分と成長してくれた。お兄さんは嬉しいよ。

 そんな生暖かい俺の視線に気づいたのか、美羽がこちらを見て「主様ー!」と手を振る。

 それに応えて手を振り返すと、華琳は呆れたように言った。

 

「まったく本当に。よくもまああの袁家の連中を落とせたものね」

「だから落としたとか言わないでくれったら」

「事実じゃない」

 

 次いで、七乃も手を振っていた。

 七乃が勝ったことに対し、麗羽も猪々子も斗詩も喜んでおり、俺に気づくと高笑いしたりイエーイとVサインしてみたり微笑んで手を振ってくれたり。……まあ、うん、Vサインは意外だった。

 

「はぁ……とにかく。落としたつもりはないって。友達になってくれって言ったんだ」

「その調子で既に何人落としたのよ」

「ええい落としてないというのに。それこそ“察しなさい”だろ。華琳が俺のことをどう思おうがそりゃあ勝手かもしれないけど、俺はやましい気持ちで手を伸ばしたりなんかしてないよ。そのことで何度も同じ質問されるのは、いくらなんでも心外だ」

 

 華琳には拾われた恩もあれば、好きになった弱みもある。役立つ内は使ってもらうつもりだし、支柱になることだって受け入れた。しかしながら、自分の決意や覚悟が空回りばかりしている気がしてならない。最近は特にだ。

 

「そう。ようするに見返りが欲しいのね、一刀は」

「ん……やっぱり、そうなるのかな」

「当然でしょう? むしろ今までが異常だったのよ。相手の笑顔のためだとか、そんな小さな見返りのためだけになんでもかんでも請け負うなんて、普通ではないわよ。むしろあなたはもっと我がままになってもいい───」

「華琳! 俺からのわがままだ! 俺のことを好きって言ってくれ!」

「………」

 

 しこたま怒られた。

 まあ、わかりきったことだったし、前に納得したことでもある。

 言ってみたのは気まぐれだ、本気じゃない。

 ただ、落としただのをまた蒸し返したので仕返しをしてみただけだ。

 仕返しになったかどうかは……どうでもいいな。言えればそれで。

 

「欲しい見返りなんて、“楽しい”時間が続いてくれればそれでいいよ。結局はそれが、人間が一番欲しがるものだろ」

「そう? 私は静かな時間が欲しいわ」

「静かなだけじゃつまらないだろ。俺は、どうせなら楽しいのがいいよ。死ぬ寸前まで笑っていたいって思う」

「贅沢ね」

「たった一度の人生じゃないか、自分が思いついて、自分に出来る程度の贅沢くらいはしてやらないと、自分の意思に黙って従ってくれる“身体”に悪い」

「その身体を、ほぼ毎日痛めつけているのは何処の誰よ」

「だから、従ってくれる身体に悪いって言ってるんじゃないか。いつだって文句言わずに従ってくれるのなんて、自分以外は居ないと思うんだ、俺。今は病欠中だけど」

 

 包帯ぐるぐる巻きの腕を見せる。

 と、それはそれとして勝負の続きはと。

 

「詰みだ」

「あれ……?」

 

 ちらりと上空の映像を見てみれば、丁度七乃が冥琳に負かされていたところだった。

 

「早い! そして上手いですっ! 考えるような仕草をしていたわりに、まるで流れるように自然なかたちで張勲選手敗北! 笑顔のまま固まっています!」

「え、えー……?」

「筋も策も悪くはない。が、相手の人物像に意識を向けすぎたな。“あの人ならばこうするだろう”などという考えは、相手の手が見える場では大した策にはならん」

 

 呆然とする七乃を前に、冥琳はそう言って立ち上がり、控えへ戻っていった。

 どう言い表せばいいものか。

 ……“強い”、しかないよな。

 最初は優勢であるように見せかけてとか、そんな意識が持ち上がる前に真っ向から潰された。武で言えば春蘭のような真っ向勝負なのに、しっかりと計算された動きがある。

 話しながらもちらちらと見ていた映像の中、冥琳は自分の駒を進める際、一切手を止めることはなかった。自分の番が来ればすぐに駒を進める。

 七乃もどっしり構えていたつもりでも、結構プレッシャーを感じていたんじゃないだろうか。気づけばあっさりと敗北。現在、七乃が美羽に泣きつくという貴重な光景が視線の先にあった。

 

「華琳は、誰が優勝すると思う?」

「さあ。予想は立てているけれど、言わないでおくわ」

「そっか」

 

 楽しげに、空中の盤面を見る華琳。

 冥琳が整えた流れをその目で見て、華琳はなにかを小さく呟いている。

 恐らく自分ならばどうしていたかを考えているのだろう。

 俺もそれに習って考えてみるのだが、どうにも自分が勝てるイメージが沸かない。

 たとえばあの時点であの駒を───と考えれば、もう今の盤面とはまるで違う世界が頭の中に浮かぶわけだが、次の手で追い詰められている自分ばかりが頭に浮かぶのだ。

 そこに天の知識なんて関係はなく、想像の中の自分はあっさりと敗北した。

 華琳はどうだろう。ちらりと隣の彼女を見ると、溜め息を吐いていた。負けたのだろう。

 

「地味だと思っていたけれど、案外悪くないものね……」

 

 結構悔しそうな顔をしながらもそんなことを言う。

 なんだかんだで策を練る戦などが好きな華琳だ。

 自分の目の前で展開される戦に、目を輝かせない筈が無い。

 ただ、まあ、相手同士が慎重になりすぎる戦では、随分と退屈そうにしていた。

 

……。

 

 詰みに詰み、とうとう決勝。

 朱里と雛里という、蜀同士の対決となった盤面は、もはや俺では理解できないものになっていた。

 “これはいったいどうすれば?”なんて訊いても、華琳は「黙りなさい」と言うだけで、まともな返事は期待するだけ無駄だった。

 

「………」

「………」

 

 盤上の流れを見る朱里と雛里の顔はひどく凛々しい。

 最初こそ手の動きは早かったが、やがて、ゆっくりと思考時間が長くなってゆく。

 だというのに、いつまで考えてるんだと言う人など誰もいない。

 賑やかだった大会会場が、まるで誰も居ないくらいに静かになっていた。

 

「………」

「……! ………」

 

 朱里が手を打つ。

 雛里は肩を震わせるが、深呼吸をしたのちに次の手を。

 一手一手で溜め息が走り、どうすれば勝てるのかもわからない者たちは、ただただその雰囲気に飲まれたままに息を吐く。

 緊張感が尋常じゃない。ええ、はい、その気持ちがわかる俺も、どうすれば勝てるのかなんてさっぱりわかりません。

 客観的に見れば流れなんてわかるもの、なんて思っていた時期が……俺にもありました。

 さっぱりわからない。

 あ、いや、ルールは覚えた。一応、覚えた。

 でも、どうすれば勝てるのかなんてまるでわからない。

 

「………」

「………!」

 

 一手の度に溜め息が出る。

 場を支配する~なんて言葉があるけど、これって緊張に支配されているってことだろうか。

 身体が強張りすぎて、肩が凝りそうだなんて暢気なことも言えない。

 言おうものなら隣の孟徳さんに睨まれるのだ。

 ともかく無言で応援する。どっちつかずの応援だろうと、応援する。

 緊張が場を支配する会場の中、思考時間はあれど次々と手は打たれ───やがて。

 

「…………はわっ……」

 

 朱里が声を漏らした。

 盤上では…………何が起こってるんだろうか。

 俺には理解できない状況の中、ただ朱里が不利になったことだけは、他でもない朱里自身の様子が教えてくれた。

 しかし最後まで諦めずに巻き返しに望むが、その一手一策ごと飲み込まれ、

 

「はわわ……負けちゃいました……」

 

 朱里の敗北宣言により、勝敗は決した。

 

「ぷはっ……は、はぁああ……!!」

 

 途端、マイクを通しての地和の吐息が聞こえた。

 次いで会場内の全ての人が溜め息を吐き、一番最初に持ち直した地和によって勝者宣言がなされる。

 

「知沸き脳踊る知将対決! 優勝者はなんと蜀のあわわ軍師! 鳳統選手に決定ぃい!!」

「あわわ……! あの、その、そんな……!」

 

 地和が雛里の手を取って立たせると、大きく腕を天へと突き上げさせる。

 お陰で雛里に視線が集中し、観客も一斉に雛里を褒めるもんだから、雛里はもう真っ赤になってあわあわ言うだけだ。

 ……かと思いきや、地和が解説に戻って手が離された途端、雛里は帽子を深く被りながら俺の傍に来て、何故か俺にしがみつくように観客の視線から逃れた。こう、幼い子供が人見知りをして、親の背後に隠れるように。

 

「おおう!? またか! またなのかー!? 武に続いて知でさえも、勝者が北郷一刀へと歩み寄る! ……ちょっと一刀! なんでこんなことになってるのよ!」

「俺が知るかぁあっ!!」

 

 言ってはみるものの、雛里は俺の服をぎぅううと握って離そうとはしない。

 なにか言おうかとも思ったんだが……優勝者に俺が言えることなんてないわけでして。

 

「あ、あぁえ、えぇっと……雛里? 雛里は……俺に何を望むのかな……?」

「あわっ……!?」

 

 いやいやいやいや! いやあの雛里さん!? なんでその質問でそんなに顔を赤く!?

 まままさかこの大衆の面前で艶本朗読なんてことはしませんよね!?

 ───いや、それはない、ないよな? あれは秘密にしてあることなんだから、なぁ?

 

「え? ああそうだったそうだった。優勝者には一刀にお願いできるんだった。それでは鳳統選手! 一刀に望むことをばばんと言っちゃってください! 奉先選手のように足の間にすっぽり納まって抱き締められて氣で包まれるもよし! 空いた時間に“でぇと”をするもよし! その際の邪魔は一切禁じられているので好きにしなさいよもう! あと一刀、やっぱり華雄と戦わない?」

「なんでだよ!」

 

 そんな思いついたついでみたいに戦わされたら、腕が何本折れても足りないだろ!

 心の中でツッコミつつも、俺は案外安心していた。

 なにせ雛里だ。

 きっと一緒に本を読んでくれとか、そういうことを───……

 

「……っ!」

 

 突然キッと軍師の顔になった彼女に……俺は、期待していたのだが。


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