132/勇気をお出し……
呆然としている間にどんどんと競技が進む。
同点に追いついたと思えばやはり蜀が強敵で、かと思えば呉が追い上げ、魏が取り戻し、何故か俺は命令されまくり。
え……えぇ!? なにこれ! 競技があればあるほど、俺の首が絞まっていく!
つーかね! 華琳の視線が痛い! 睨むくらいなら競技が申請された時に断ろう!?
無駄にこれだけ多くの競技を入れちゃって、そりゃあ観客大盛り上がりで、出し物してる店も儲かってるけどさ! 俺もう泣いてるよ! 泣きそうどころじゃないよ!
「よっし勝ったぁっ! それじゃあ一刀っ、華琳をくすぐりなさいっ!」
「ちょっと待て元呉王様! それもう願いっていうか人物指定できる王様ゲームだろ!」
「おうさまげーむ? なにそれ。言われなくても私王様よ? 元だけど」
「ともかく却下! むしろそんな願いのために頑張るなよ!」
「あははははっ、だって華琳に嫌われれば一刀も遠慮なく呉に来れるじゃない」
「おぉおおおおおお本当にこの能天気王様はぁああっ!! 却下だ却下!」
「じゃあ今すぐ蓮華と子作り」
『しませんっ!!』
蓮華と俺の声がハモる。
そして二人で詰め寄ってガミガミと説教し、ようやく願いを改めてもらうことに。
ぶすっとした顔で俺を睨む雪蓮が、溜め息ひとつ吐いてから仰った。
「じゃあ魏に遠慮して、他の国への対応がよそよそしいのをなんとかして」
「はうぐっ!」
改めてもらった先が何気に痛かった。
が、頷いた。自覚があったからだ。
「……あのさ。俺にしか願いがこないの、なんとかならないのか……?」
「そのほうが面白いじゃない。それに、どれだけ懐が広いかも民が理解出来るし」
「え……そこまで考えてのことだったのか?」
「ううん? 今思いついただけ」
「………」
もう、なにがあっても驚かないように心掛けよう。
俺、もうこの大会だけで大人の階段十段くらい昇ったよ。ある意味強制的に。
でもひとつだけ。一つだけ訊かせてもらおう。
「……世継ぎのことだけどさ。こんなカタチで決めちゃってよかったのか? あ、いや、呉の……雪蓮がどうこうしたいって気持ちは、呉に居た時に聞いたからわかってるつもりだ。自分が好きになる相手が出てくるのはどれくらい先かってことだったよな。でもさ、それでも───」
「ああ、いいのいいの。それならもう現れたから」
「現れた、って……好きな人!? 雪蓮にぃっ!?」
驚かないように心掛けようって言ったな。……あれは嘘だ。
「あ、なによぅその驚き方。いくら一刀でも失礼よ?」
「ぃやっ……けど、さ。本当か? 雪蓮が好きになる相手って想像がつかないんだが」
むしろ相手にご愁傷様って言ってやりたくなるような。
仕事しないでサボって酒飲んで、気が向けば武器もってあははははと笑いながら暴走するような人が相手なのだ。その相手を務める人は、いったいどんな───……ハテ。なにやら雪蓮がすごい嬉しそうな顔で俺をにっこりと見ているのだが。
「? なにかついてるか?」
「ううん? 私の好きな人が居るなーって」
「………」
「………気づかれないようにゆっくりと身体を動かしても無意味よ?」
「後ろに誰か───!」
「居ない居ない」
「………」
「………」
「誰?」
「ちょ、ちょっとー! 理解が追いつかないからって人のこと忘れないでよ!」
「いやいやいや! だっておかしいだろ! 俺を好きになる要素が何処にあった!?」
「呉に来てた時にはもう気に入ってたし、私に勝ったし、一緒に居て楽だし、料理できるし……あとなにが聞きたい?」
「そのままさ、“と、言いたいところだけどやっぱり友達止まりね”って言ってくれ」
「それはだめ」
だめだった。
と、ここで今まで停止していた蓮華が動き出してくれた。
「ねっ……ねねね姉さま! かかかっかかかかずっ、かずっ……!? すっ……!?」
「うん、好き」
「なななぁああっ!? 子作りや家督のことは隠居して遊ぶ理由付けではなかったのですか!?」
「うわっ、そんなふうに思われてたの? そんなことしないわよ、私は国を愛してるんだから」
「酒の次にか」
「姉さま!?」
「ちょ、一刀! ヘンなこと言わないでよ! 蓮華ってば冗談通じないんだから!」
「俺も今日の出来事が冗談だったらって何度思ったか……命令ばっかりしてるお前らにわかるか……? もう心が折れそうだよ俺……命令に反してダークマター食べさせられて、華佗を困らせた回数を覚えてるか……?」
「あ、や、えっと……」
「規約にあんなの追加したの、誰だったっけ……? で、孫伯符さまは、この御遣いめになにを、いったいなにを言わないでと……? 命令に逆らうことを許されぬこの北郷めに、いったいなにを……?」
「こ、怖い怖い! 一刀怖い! 私が悪かったから! ね!? その顔やめて!?」
「悪かったからって言われて今さら規約がひっくり返るかぁああっ!! ええいもうそこに座れこのばか王様!!」
「あーっ! またばかって言ったーっ!」
「言ったがどうしたぁああっ!! 昨日と今日だけでどれだけ人が吐血しそうになったと思ってんだぁっ!! 胃に穴が空くわ! もう、もう限界だ! 俺は今こそ美羽にだけ落としてしまった“怒り”を振るうぞ!」
そう叫んだ。
すると、雪蓮がまるで霞のように耳をぴょこりと生やすかのように目を輝かせ、俺の目を見ながら反応する。
「え? 怒りを振るうって、また戦うってこと?」
「ああ……次の最終種目で勝負だ! 雪蓮!」
「勝負! うんやるやる! で、蓮華? 最終種目ってなに?」
「姉さま……それくらい覚えていてください。規約には要らぬことばかり付け足すくせに、何故そういうところには───」
「あーもーはいはいわかったわよぅ。冥琳~? めーりーん、次の種目ってなにー?」
「……一刀。ここは王として、姉といえど殴るべきだろうか」
「殴っていいだろ、もう……」
物凄く疲れた顔でこちらへ歩いてくる冥琳を見て、俺と蓮華は盛大に溜め息を吐いた。
敵はどうやら一人のようだった。
「北郷……説明してくれてもいいだろうに……」
「疲れてるところごめん、冥琳。“自分で調べる”って行為をこのご隠居さまに知ってもらいたかったんだけどさ。いきなり蓮華に訊き出して、断られたら躊躇なく冥琳だった。教える暇なんてなかったよ」
「………」
「あ、あははー……? めいり~ん? その顔、ちょっと怖いわよー……?」
「雪蓮」
「は、はいっ」
ギラリと冥琳が睨むと、雪蓮が慌てて姿勢を正す。
思わず俺と蓮華もそうしてしまうが、それほどの迫力があった。
しかしながら、事細かにしっかりと話す冥琳はさすがというかなんというか。
もちろん説教も混ざっていたのだが。
「借り物競争?」
「そうだ。天である“運動会”というものに大体存在するものらしい。走り、置いてある紙を開き、そこに書いてあるものを借りてくる。借りたものを持って終着点に辿り着かなければ、たとえ一番に辿り着いても失格。ああ、安心しろ。さすがに“これは無いだろう”というものを紙に書いたりはしていない」
「ふ~ん……結局最後は体力勝負になるわけね」
「そうでもないさ。これは少々複雑でな。それというのもどこぞの御遣い殿が、数ある競争方法を書き
「げっ……じゃあまさか……あれが?」
「ああそうだ。そら、今から張宝が説明をしてくれるようだぞ」
促され、ちらりと見た位置。
既に舞台側に戻ってきていることもあり、その舞台の中心で司会を続ける地和は、結構疲れ気味だ。しかし一目でそうとわからないように振る舞う気力は実に歌人然としていて、見事だった。
「さーあ泣いても笑っても最終戦! 現在各国が3点ということで、これで勝敗が決まります! ていうか今日だけでどんだけ頑張ってんのよみんな! そしてこれまで声を嗄らさずに司会をした地和ちゃんに惜しみない拍手を!」
『ハワァアアアアァァァァァーッ!!』
拍手が送られる。
もちろん俺も全力で拍手した。だってずっと一人で司会進行だもんな、そりゃ疲れる。
「ありがとー! ありがとー! ていうかね、天和姉さんも人和も、ちょっとは手伝ってくれてもいいと思うのよね。まあちぃが目立てたからいいけどっ!」
『地和ちゃん最高ーっ!!』
「おーっ!! というわけで最終種目! 借り物競争の説明を始めたいと思いまーす!」
『ほわぁあーっ!! ほわっ! ほわぁああーっ!!』
声を上げれば上機嫌になって、ノリに乗る地和。
なればこそ俺も声を張り上げて、地和の司会を応援した。
「えー、まず! この競争は体力と知力と運を競うものとなります! 初めに誰に駆けてもらうかを決めて、その人は紙が置かれた場所までを駆けてもらいます! 置かれた、といっても紙は何枚も積まれていて、その中から一枚を引いてもらいます!」
「引いたらどうなるんだ?」と華雄。
「引くと、その紙の裏に軍師の名前が書いてありますので、書いてある通りの軍師を連れてきてください! いいですかー!? “連れてくる”んですよー!? その人を呼んで、来てもらってはいけません! そして一緒に走るか抱えてでもいいので、次の関門まで駆けてもらいます! 関門では問題を出してくれる人が居るので、連れて来た人に答えてもらってください! いいですかー!? 連れてきた人だけが答える権利を持っているので、気をつけてくださいねー!? えぇと、なんだっけ。あ、そうだ。えー、正解だと借りてくるものを教えてくれるので、誰からでもいいのでそれを借りてきてください! なお、正解した時点で問題に答えてくれた人は連れていかなくても平気です!」
ざわりと観客のみんなや将がどよめく。
……自分で出しておいてなんだけど、厄介なものが選ばれたもんだ。
「確認したい場合はこれを見てくださいねー。よいしょー!」
わかり易く文字に書き出したものを、地和が妖術で空中に映し出すと、この場に居る全員が空を見上げた。
壱:紙がある場所まで走る なお、妨害はいつでも大いに結構
弐:書かれている名前の軍師を連れてくる 書かれていない人物を連れてきても解答許可は出ない
参:そのまま次の紙へ 書いてある問題を軍師に解いてもらう
肆:解くと持ってくるものが書かれた紙が貰えるので、借りて持ってくる
伍:その際、各国にて持ってくるものの条件が一致している場合は敵から奪っても良しとする
陸:借りたらそのまま最終地点へ 連れてくる軍師と借りるものが合っていれば終了
……とのこと。
とのこともなにも、俺が考えたルールそのままだった。
うあー……なんでアレ採用しちゃうかな。
「へぇー、面白そうじゃない」
「ちなみに、出される問題に軍師が答えられない場合、別の問題を願うことも可能だ。ただしその場合、二秒待ってからの出題になる」
「二秒……なるほど、たったそれだけでも物凄い差になるわね」
「……それだけだったらよかったんだけどな」
「どういうこと?」
「やってみりゃわかるよー……」
悪夢だ……誰だこれ採用したの……。
発覚したらデコピンの一発でも決めてくれる……!
「ちなみにこの最終種目を考えたのは我らが種馬! 北郷一刀ー!」
「わざわざ言うなぁーっ!! 言わなくていいだろ! 言わなくていいよなそれ!!」
みんな俺のこと嫌い!? 俺のこと追い詰めてそんなに楽しいのか!
ええいこれも全部提案した俺と採用したヤツが悪いんだ!
おのれ採用した何者かめ……! 桂花か!? いやむしろ雪蓮あたりか!?
この北郷の中指が、親指から弾かれる瞬間を今か今かと疼いておるわ……!!
「そして採用したのは我らが魏王! 曹孟徳さまだーっ!!」
「すんませんっしたァアーッ!!」
「なっ!? ……な、なにをいきなり謝っているのよ……!」
華琳が採用者だと発覚した途端、俺は華琳へ向けて全力で頭を下げていた。
当然、突然謝られて困惑する華琳さん。
いえ、是非とも気にしないでください。
主にデコピン!? 無理でしょう! そんな空気にでもならなきゃ無理だ!
俺の中指が親指を閊えに弾き出され、曹孟徳の額をディシィと弾いたとします。
はい、即座に俺の体から魂が弾き出されますね。主に春蘭の手で。
(フフ……支柱……支柱ね……)
遠くの空を見つめた。
……どんな種類かはわからない鳥が飛んでいた。
……。
支柱ってなにを支えればいいんだろう。
そんなことを考えてみたが、よーするにバランスってことでいいんだと思う。
結論づければ納得は早く、俺は華琳と雪蓮の前で───
「願いを叶えるばっかりじゃなくて、俺が願いを手に入れてもいいと思うんだ!」
『却下』
「ちくしょうめぇえええ!!」
───心が折れかけていた。
「そんな一斉に言うことないだろ!? 大体なんで俺ばっかり優勝者の言うこと聞かなきゃならないんだ! 俺の自由意志は!? 祭りだからで済ませられる範疇越えてるだろどう考えても!!」
「じゃあ一刀はなにを願いたいのよ。あ、呉に来たい~っていうのなら大歓迎よ?」
「な、なにってそりゃ……」
「? なによ」
華琳をちらりと見ると、きょとんとした顔で見られた。
神様……俺って鈍感とか言われたりするけど、華琳ほどじゃないよね……?
「じゃあもうこの際だから肉体関係一切無しとか!」
「あなたね、これまでやってきたことや同盟の意味を壊したいの?」
「しっ……子孫残すだけが同盟じゃないだろ! 覚悟決めようって思ってたけどやっぱりいろいろまずいだろ! まずいよな!? だって俺、魏のみんなに、華琳に会いたくて戻ってきたのに!」
「かーずーとっ♪」
「えぁっ……!? な、なんだ?」
にっこり笑いながら雪蓮が俺の脇腹を突いた。
痛くすぐったくてすぐに振り向くと、
「くどい」
「いや……それもう、ある意味で俺のセリフなんだが……」
俺が言いたいことを言ってくれたけど無駄に終わった。
俺が言ったって聞いてくれないんだもの。
「はっきりしないわねー。いったいなにがそんなに気に入らないのよ一刀は。抱いてもいいわよーって言ってるんだから、がばーっといっちゃえばいいじゃない」
「……一年恋焦がれて、戻ってきたら、恋焦がれた相手に正真正銘の種馬になりなさいって言われてみろよぅ」
「華琳。あなたが悪いわ」
「散々煽っておいて、よくもまあ人の肩を気安く叩いて真顔で言えるわね」
「まあまあ、冗談だから。……一刀、こればっかりは頷いてもらわなきゃ困るわ。同盟の楔として利用しているって言っちゃえばそれまでだし、そういった意味ももちろん存在してる。その場合、正直に言っちゃうと一刀の意思はどうでもいいのよ」
「いや、うん。そりゃわかってる。“そういう時代”のことを知らないわけじゃないし」
同盟の絆を深くするため、家族を同盟国へ嫁がせるなんてよく聞く話だった。
それが今回は俺だった。それだけの話。
それだけの話なんだが、それで納得しろと言われると、恋する男はハイそーですかって納得できるわけではないわけで。
俺だって、自分がこんなに“惚れたら一直線野郎”だとは思ってなかったよ。
でも、フランチェスカで“凛々しくなった”とかなんとかで声をかけられても、そういう気持ちが全然動かなかったんだ。この世界に帰ることばっかりで、余裕がなかったって言えばそこまでかもだけどさ。
「わかってるなら、なんで嫌がるのよ」
「いや……そりゃ……その」
俺ばっかり好きみたいで嫌だなーとか、…………いや、そういうんじゃなくて。
魏に操を立ててるのは本当だ。
魏以外の誰かとは嫌だって思ってる。
でもそれが誰かの笑顔に、幸せに繋がるなら?
俺が頷くだけで、支柱が磐石なものになってくれるとするのならば……?
呉や蜀のみんなのことが本当に嫌いだっていうなら別だ。
抱きたくもないし、そういう付き合いはしたくないっていうなら自分がどうなったって断るべきだろうけど、それはせっかく手に入れた華琳の天下を壊すことにしかならない。
そんなのは、俺はごめんだから……そだな、悩むのはこれが本当に最後だ。
最後だから、全力で暴れよう。いろいろな鬱憤や、これからのことを受け入れるために。
そりゃさ、一発で決められれば潔し! ってなるんだろうけどさ。好きな人達にこうまで振り回されてみなさいよ、納得できないことの一つや二つ、出てくるってもんですよ?
少しくらい抵抗したくなるじゃないか。
だから……これで最後。たぶん最後。思いっきり暴れて、それで受け入れよう。
「……華琳。出す選手決めてくれ。俺は単独で出るから」
「単独? ───……そう、魏としては出ないということね?」
言ってみれば、華琳はあっさり納得したようだった。
人の恋心は受け取ってくれないくせに、随分だ。というかわかっててやってるよな、絶対。
「ああ。御遣いとして出る。負けたらなんだろうと頷くさ。で、俺が勝ったら───」
「ええ、いいわよ。どんな願いだろうと叶えてあげようじゃない」
「あはっ、それって三国連合対天ってこと? いいわね、面白そうじゃない」
俺の願いは決まってる。
ただ、“国へ返す”こと。
俺が走ることは無意味だろうが、なにもしないで受け入れるのなんて嫌だから。
(勝ったら自分の意思で。負けたら覚悟とともに受け入れよう)
たとえ生涯をこの地で過ごすことになろうとも、今の自分を胸張って誇れるように。
節操無しだと言われようが、同盟を崩してまで逃げ出すよりはよっぽどいい。
「よし! 負けないからな、華琳!」
「ええ、望むところよ」
「ちょっとちょっと、一刀は私と戦うって言ったんでしょー?」
「呉は雪蓮が走るのか? だったら望むところだけど」
「むっ……軍師、連れてくるのよね? 抱えたり引っ張ったりして」
「ああ」
「……大人しく祭に任せようかしら」
「よ~く考えて出した方がいいぞー。……ていうか、あれ? 桃香は?」
「綿菓子を取りに行ったわよ」
「…………満喫してるようでなによりだよ」
「ええそうね」
くすくすと笑う。
そうだよな、満喫しないと損だ。
この身はこの大地に捧げよう。
残してきたものなんてたくさんあるが、それにも劣らない人生を、この空の下で手に入れよう。