真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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07:呉/訪問者と罪①

 “───拝啓、曹操様。最近暖かくなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 さて本日は、近況をお報せしたく筆(ボールペンだけど)を取りました。

 呉の国は魏国に劣らず賑やかであり、人々の笑顔が絶えない場所ですね。

 辿り着いて早々からいろいろあって、悩んでいる暇もあまりありませんでした。

 それでもやはり心細さがあったのですが、そんな中で周泰と呂蒙が友達になってくれて、心が救われた気分です。

 こんな泣き言みたいなことを言ったら、きっと貴女は怒るか呆れるのでしょうね。

 

 友達といえば、虎の周々と熊猫の善々とも友達になりました。

 どうやら自分はよほどに人間の男と縁が無いらしく、今のところ友達になってくれる男性が居なかったりします。

 男友達よりも早く動物が友達になるなんて、正直……ちょっぴり切ない気分でした。

 ああそうです、凪にお礼を伝えておいてください。貴女に教えられた氣のお陰で、自分は今を生きています。

 というのも少し前、呉の民と悶着を起こした際、包丁で腹を刺されまして。

 祭さん曰く、無意識に腹部に氣を集中していたお陰で傷の治りも速かったそうです。

 ええ、完全に癒えたわけでもないのに街に出て騒いで、傷口を開いて冥琳に怒られた自分は本当に馬鹿だったと、今なら本気で思います。

 

 ですが安心してください。私は確かに生きています。

 ええ、はい、私は元気ですので、刺した者を差し出せとか始末しろとか、今は仰らないでくれるととても助かります。

 王としての権力を振り翳すのは、今の呉としてはまずいのです。

 今必要なのは権力ではなく、手を差し出せる隣人なのです。

 ならばどうしてこんな手紙を送ったのかといえば、黙っていたくせにあとで伝えでもしたら怒られると思ったからです。

 秘密が嫌いですからね、貴女は。

 そんなわけですので、私は呉で元気に過ごしています。

 帰るまでにはまだまだ時間がかかりそうですが、善い方向には進んでいると思うので、暖かく見守ってやってください。

 

                  北郷一刀

 

 追伸:たとえ何処に在れど、魏を、貴女を愛しています。”

 

 

 

 

21/近況と鍛錬と

 

-_-/曹操

 

 執務室にこもり、なにを読んでいるかといえば小さな紙。

 以前、一刀が言っていた“めも”とかいうものを折ったもの、らしい。

 つい先ほど執務室に届けられたばかりのそれを、部屋から出ることも誰かに報せることもなく、一人で読みふけっていた。

 ばか丁寧に書かれた筆跡には以前までの迷いがなく、真っ直ぐ綺麗に綴られている文を読み進めるうち、頬が緩み……最後まで読んだ瞬間には顔が灼熱した。

 なんてものを書くのだろうか、あの男は。

 刺されたことへの胸のざわめきなんて、別の胸の鼓動で掻き消されてしまった。

 耳がじわぁああと熱くなり、本来外の音を拾うべきはずの機能は鼓動の音ばかりを拾い、顔が痺れるようにじんじんとする。

 だからだろう。

 そうして私は執務室に響いた音にも誰かが入ってきたことにも気づかず、最後の文面を見て胸を暖かくさせ───

 

「華琳様?」

「ふぐぅっ!?」

 

 ───声をかけられ、変な声を漏らした。

 それが自分の声だと気づくまでに時間を要するほどの小さな悲鳴。

 途端に手紙の所為で赤くなっていた顔は、己への羞恥で赤く染まり……そんな顔をキッと掻き消してみせると、声をかけてきた人物へと振り向いた。

 

「───稟。人の部屋に入るのなら、まずは“のっく”をするなり声をかけるなりしなさい」

 

 振り向いた先に居たのは稟。

 声の時点で気づくべきだったが、あまりに動揺が激しすぎたために、声質すら確認しきれずにいた。

 ……しっかりしなさい、曹孟徳。こんな無様……まったく。

 

「いえ、“のっく”もし、声もおかけしたのですが……失礼しました。少し小さかったのかもしれません」

「………~」

 

 片手で顔半分を覆い、俯きたくなるような状況だ。

 一刀からの手紙に夢中で気づけなかったなんて、口が裂けても言えない。

 つくづく、存在でも手紙でも、あの男は曹孟徳という存在を狂わす。

 そんな溜め息混じりのぐったりとした思考のさなかに、稟は用件を思い出したかのように口を開く。

 どうやら悲鳴のことは流すつもりらしい。

 逆にむず痒く羞恥の念が増すが、わざわざ蒸し返すようなことでもないだろう。

 

「“学校”についての話を進めたいとの報せが、蜀の諸葛亮より使者とともに届いております」

「朱里から? 事を急ぐなんてあの子らしくないわね」

「いえ。急ぐというよりは、それを成さなければ状況が進まぬとのことで……」

「…………そう」

 

 それはそうだろう。

 公立塾の話を耳にして、一刀を紹介したのは他でもない私だ。

 だというのに先に呉に行くだなんて言い出して、あの男は呉に向かった。

 蜀の行動の流れが滞るのも無理はない。

 

(さっさと行って、さっさと帰ってこいって言ったのに。……ばか)

 

 心の中で愚痴をこぼしながらも、しかし表面では冷静な対応を。

 

「蜀から誰か一人を呉に向かわせて一刀と話を進ませることくらい、朱里なら考えそうだけれど?」

「はい、それは当然考えたそうなのですが……」

「ですが……なに?」

「それを任せるとなると……才知に富む者。理解力と応用力を持つ者が必要とされ、ならば自分がと諸葛亮と鳳統が動きましたが」

「回りくどい言い方はいいわ、稟。はっきり言いなさい」

「……率直に申し上げます。諸葛亮、鳳統の両名が不在になると、劉備殿たちだけでは政務をこなしきれないのだとか……」

「なっ───~……あの子はぁあ……っ」

 

 今こそ片手で顔を覆い、俯いた。

 目を閉じれば浮かんでくる、泣きながら書簡や書類を睨む桃香の姿。

 仮にも三国同盟の一方を担う王が、なにを無様な……! などと呆れてみてからつい先ほどの自分を振り返るに至り……無様と思いはするものの、悪く言うことなど出来そうもない自分が居た。

 いえ、待ちなさい。蜀には他にも才知に富んだ者くらい、いくらでも居るでしょう? 音々音もそうだし……そう、詠だって。

 

(………)

 

 彼女と月が賈駆と董卓だということは、真名を聞く際に知らされた。

 争いも終わったのだし、そもそも反董卓連合自体が仕組まれたことだったのなら、謝罪をすべきは私たちの方だったのだが───董卓……月はそれを笑みとともに許し、“散っていった兵たちのためにも善い国を作りましょう”と口にした。

 その笑みがどこかのばかと重なって見えた所為で、不覚にもなにも言えなくなってしまったのは秘密だ。

 と、そんなことはどうでもいいのよ。ようは人手が足りないってことなんでしょう?

 

「……使者に伝えなさい。泣き事は許さないわ。それをこなすのが王の務めであり将の務め。出来ないでは困るのよ」

「はい、たしかに伝えておきます。……しかし華琳様? 諸葛亮、鳳統が不在となるのは、確かに蜀にしてみれば問題が───」

「わかっているわ、稟。七乃……張勲を呼びなさい。一刀が言っていた通り、彼女には三国のために働いてもらいましょう。あの子を蜀に向かわせ、雑務を任せるよう桃香に伝えなさい。当然、よからぬことを企てないために、可能な限り監視とともに行動させること」

「はっ。───袁術殿はいかがしましょう」

「一緒に向かわせることは許さないわ。あの子たちは一度離さないと、互いの成長の妨げになるだけよ」

 

 言いながら───つい先日、好き勝手に城内を走り回り、誰も使っていないという理由で一刀の部屋を荒らし、挙句の果てに霞と凪に本気で怒られた二人を思い出す。

 あんなことをいつまでもし、七乃がそれを煽るのでは……第二の麗羽の誕生もそう遠くない。

 

(あの二人は一度切り離して、いろいろな物事を徹底的に叩き込む必要があるわ)

 

 あれならまだ話を聞くだけ、鈴々や季衣のほうが可愛いわ。あの二人は顔を突き合わせれば騒ぎを起こすけど、声を投げればきちんと聞く。

 それに比べて美羽と七乃は……暇さえあれば悪巧みを考えては悶着を巻き起こし、城では春蘭と秋蘭、街では警備隊に面倒をかけてばかりだ。

 それが先日、一刀の部屋を荒らしたことで凪と霞の怒りを買い、これでもかというほどに叱られた事実は、魏の皆の心を少しだけすっきりさせた。

 思い出した事実に小さく苦笑をこぼし、目の前の稟に頷いてみせると、稟も頷いた。

 

「では、そのように」

「ええ、下がりなさい」

 

 稟が頭を下げ、去ってゆく。

 ……少しののち、扉が閉ざされ、足音が遠退くのを確認してから…………もう一度手紙に目を通す。

 

「早く……帰ってきなさいよ、ばか」

 

 呆れや脱力の気持ちもどこへやら───あっさりと頬が緩んでしまった自分では、やっぱり桃香を責められそうもなかった。

 

「……さて」

 

 そんな緩んだ顔を正し、もう一つの報せへと目を向ける。

 一刀が刺されたことへの雪蓮からの報せだ。

 民と殴り合い、挙句に刺されたこと。それを思春が傍観していたこと。傍観についてはそもそも一刀がそうしてくれと言ったこと。なので、それを罰するのはやめてほしいと言っていたこと。

 雪蓮はお咎め無しとしたいようだけれど、私は───

 

「………」

 

 私情を挟まぬのなら、一刀の立場は本来警備隊隊長。

 天の御遣いという立場もあるけれど、国としての立場は将にも届かない。

 私情を挟むのなら、刺され、しかもそれを傍観されたとあっては黙っていられない。元々が一刀が護衛もつけずに、さらに悶着が起きてもしばらくは見守っていてくれ、なんて願ったから起きたことではあるらしいけれど、それでも───魏の将にこのことを話せば、ほぼが私情に走るだろう。

 さて曹孟徳? この場合、貴女が見るべき道は私情の視点? それとも王の視点?

 

「考えるまでもないわね」

 

 求められているのは王としての意見。

 だが、将に届かぬとはいえ国の同胞が傷つけられたのだから、黙っていられるわけもない。

 一刀は王としての権力を振り翳すのは良くないとは言うでしょうけれど、これはそういう問題ではないのだ。

 だから……そうね───魏の大使を刺したとあれば、その民に課せられる罪の重さは死罪となる。

 集団で暴行を加えた者も同様とする、でいいのではないかしら。

 ただし、まあ。

 死ぬ、という意味が特殊ではあるけれど。

 

 

 

 

-_-/一刀

 

 宛がわれた私室に、話す声ふたつ。

 

「いいですか~一刀さ~ん、今現在、たしかに呉は穏やかな状況には立っていますが~」

 

 知らないことが多すぎる中で、まず国の内情を許されるところまで教えてもらって、片っ端から頭に叩き込んでいく。

 俺の教師役として冥琳に選ばれた陸遜を前に。

 

「えっとつまり……野党化している民は居ないけど、問題を起こす民が減らないってこと?」

「う~ん、ちょっと違いますね~。この一年、雪蓮様のお陰で、問題を起こす民はちゃ~んと減っていってるんですよ?」

「そうなのか? ……ん、でも野党化する民が居ないのは喜んでいいことだよな」

 

 聞いた話を、シャーペンでメモしながら纏めていく。

 書簡ではないコレを見て、呉のみんなは珍しがっていたけど、天の国には当然のようにあるものだって説明すると、みんなは“ほぉおおお……”と溜め息に近い感心を口から吐き出していた。ああまあ今はそれはいいとして。

 

「そういえば雪蓮も野党が居て困ってる、なんて一言も言ってなかったな」

「きっと野党さんのほうがまだやりやすいって思いますよ~?」

「え? なんでだ?」

 

 動かしていた手を止めて、視線をメモから陸遜へと向ける───と、陸遜は少し難しい顔をしながら口を開く。

 

「相手は野党でも盗賊でもない、呉の民ですから。話をして納得してくれればいいですが、それが出来てるなら、そもそも誰かに頼ったりなんかしませんよ?」

「………」

 

 陸遜の言葉を聞きながら、宴の日に雪蓮に言われた言葉をもう一度思い出してみる。

 あの時、雪蓮はなんて言ったっけ? こう……内側……そう、内側から変えてほしい、って───…………あの……雪蓮さん? あの時言った“内側から変えて欲しい”って、まさか本当に内側って意味なのでしょうか。

 “呉に産まれてきてよかった”って思わせる? ……そんな騒ぎを起こしたがるヤツ相手にそんなこと思わせること、出来るのか?

 

「なぁ陸遜。この数日間、雪蓮の行動を見てて思ったんだけど……雪蓮って結構街に出て、民と親しげにしてるよな?」

「はい~、それはもう。雪蓮様は呉の民の笑顔のため、親である孫文台様の意思を含めた孫呉の宿願のため、剣を掲げたお方ですから」

「宿願っていうのはちょっとわからないけど、“力で押さえつけてた”って聞いてたから……もっと殺伐としてるのかと思ってた」

「一刀さん、それは誤解ですよ~? 雪蓮様や私たちが“力”で押さえつけるのは、あくまで“暴徒”です。もし呉に不満を抱いていて、自分のほうが力があるんじゃあ……って思った民が居たとしたら、その人はどうすると思いますか~?」

「あ……そっか。ここで言う力ってのは、文字通りの力って言うよりは───」

「はい、一言で言えば脅しみたいな力ですね~。人間、小さな可能性でも見つけてしまうと試したくなってしまいますから~」

 

 なるほど、だから力を誇示して、よからぬことを考える民を鎮めておく必要があったのか。

 それを脅しって呼ぶなら、たしかに“力”で押さえつけている。 

 

「それで~、一刀さん~?」

「ん? なに?」

「一刀さんはこうして呉に呼ばれたわけですけど、一刀さんはどうやってそんな人たちにわからせるつもりですか~?」

 

 ……ド直球だ。

 うん、さっぱりしてていいんだけど、この語調を聞いていると素直に感心できないのはどうしてだろうなぁ。

 

「ん……いきなり“どうするか”とかじゃなくて、まずは知らなきゃどうにも出来ないと思うんだ。俺はまだここに来て日が浅いし、この国の民がどんなふうにして暮らしているかも知らない。まず知ること。そこからかな」

 

 思考を回転させながら“うん”と頷く俺を見て、陸遜はほにゃりと笑って頷いた。

 そうだよな、まずは地盤作りからだ。

 急になにかが起きても対処できるように、もっともっとこの国のことを知っていこう。

 その急ななにかがどういった状況下で起こるのか。それが想定できないと、とんと意味がないわけだが。

 

(……そうすることはいいとして。俺がこの国のことで知ってることってなんだろうか)

 

 小さく考えて、一番最初に浮かんだことがあった。

 はい。とりあえず……呉国の人、みんな露出度高いです。

 

 

───……。

 

 

 ……などという考えをしていたあの頃を思い、苦笑する。

 今現在の自分はといえば、宛がわれた私室にほぼ軟禁状態。

 ほぼっていうのは、少なくとも誰かがその場に居て、外のことを話してくれたりするからである。

 

「ね、ねぇ祭さん? 交代交代で俺の看病なんてつまらないでしょ? お、俺~……外に出たいな~……なんて」

「ええいくどい、だめじゃと言ったらだめじゃ」

 

 うずうずしながら声をかけたら怒られてしまった……それも仕方ない。

 この会話ももう幾度となくしていて、いい加減祭さんもイラっとくるだろう。

 ……まあそれも、すぐに笑みに変わってしまうんだが。

 

「……祭さん、仕事しなくていいの?」

「小煩いのぉ……仕事ならしておるじゃろ。ほれ北郷、おぬしの監視じゃ」

 

 そうですね、病人のすぐ隣で酒を飲みまくるのが監視って言えるなら、それは立派な仕事だと思います。

 ほら、怒った顔もどこへやら。酒を口にするたびに緩ませる頬に、素直に感心する。

 この人の心はあれだな、子供がおもちゃをもらって笑むのと同じで、酒をもらって笑むんだろうな。

 

「ん……ねぇ祭さん」

「うん? なんじゃ」

 

 ぐびりと酒を飲んだ祭さんが、少し赤くなった顔で俺を見る。

 

「えっとさ。直接訊きたいとは思ってたんだけど……俺とおやっさんたちのことって結局のところどうなったの? 民と殴り合ったり刺されたりしたのにさ、すぐにどうこうってわけじゃないっていうのは、なんというか釈然としないっていうか」

「ふむ……策殿は北郷が不問とするのならと言ったが、権殿は反対した。他の民に示しが付かん、許してしまえば他の民もより騒ぎを起こすとな」

「そう、それ。それがちょっと気になっててさ。あと───甘寧のことも」

「うむ。お主が民に殴られているところを傍観しておったんじゃったな。興覇は否定するじゃろうが、大方儂とお主の話を聞いておったんじゃろう。それはお主の自業自得と、お主を見極めようとした興覇が悪いのだろうが、よりにもよってお主が民に刺されるという始末じゃ。とっとと止めておれば問題も起こらんかったろうが───」

 

 そこまで言って、もう一度酒を飲む祭さん。

 あの、話してる時くらい置いときませんか徳利。

 あ、いえ、ほんとそもそも、俺が少しの間見守っていてほしいとか言わなきゃよかっただけの話でしたねごめんなさい。

 

「公瑾が言ったな。お主に何が出来て何が出来ないか、まだまだ知らんと。それと同じじゃ。連れ出されるままに人気のないところまで行き、殴り殴られ。……やはり、興覇は見定めようとしたのじゃろう。策殿自らがお主を呉に招いた理由を、お主に何が出来るのかを」

「……その途中で俺が刺されたから飛び出てきたと」

「民は今まで“騒ぎ”は起こしても、誰かを刺すなどという奇行には走らんかったからのぉ」

「………」

 

 祭さんの話を聞いて、じっくりと考えてみる。

 ……けど、それで甘寧が罰せられる理由なんて、ひとつもないんじゃないか……?

 ていうかそれイコール俺が悪い。罪悪感がすごい。

 

「その……甘寧はただ見てただけだよ。監視めいたことをしていたかもしれないけど、止めようと思えば止められたかもしれないけど、そこにはちゃんと理由があるんじゃないか。あれは俺が勝手にやったことで、刺されたことだって想定外のことだよ。甘寧は俺の行動のとばっちりを受けてるだけだ」

「北郷よ、それでもじゃ。罰がなければ国の治安は成り立たん。仲良くするだけで悪事を働く者が居なくなるわけでもない」

「う……」

 

 痛いところを突かれる。

 確かに暴行を当然のことと許してしまえば、民たちは続けて暴行を行うだろう。

 奇麗事ばかりじゃ国は成り立たない。それはわかってるけど───

 

「傍観することで、同盟国の客に刺傷を負わせたんじゃ。興覇には罰が下されるのが当然。こればかりはお主がどう言おうが変わらん」

「っ……」

「“北郷が勝手にしたことで何故思春が”と権殿も怒っておられたがな。だがそれを許すのが王であるならば、事はそう深刻には運ばんのじゃよ」

「───え?」

「北郷よ。こんな話を知っているか?」

 

 こんな話?と首を傾げる俺に、祭さんは笑みをこぼしながら続ける。

 

「実を言うとな。策殿の悲願は天下統一などではなかった、という話じゃ」

「へー……えぇっ!?」

 

 感心してから驚いた! 天下統一じゃない!? じゃあいったいなんのために!?

 

「策殿が目指した悲願……それはな、”呉の民や仲間が笑顔で過ごせる時代”じゃった。いつか、おめおめと生きながらえ、策殿と顔を突き合わせた時に笑って言われたわ。“天下だの権力だのには興味はない、生きて祭が笑ってくれるならそれでいい”とな」

「………」 

 

 そういえば雪蓮が言ってたっけ。祭さんが生きていたことを知ったのは、同盟を組んでからしばらく経った頃のことだったって。

 その時にそんな話をしてたのか。

 

「戦が終わった頃に死に損ないが帰ってきてもと、最初はこの命を呉に献上してくれようとさえしたのじゃがな。その言葉のほうをばっさりと斬り捨てられたわ」

「雪蓮が……───だからか。民を罰するよりも、和解を選んでくれたのは」

「策殿は民を大事に思うておる。もちろん仲間のこともじゃがな。今例えとして言ったが、策殿はことあるごとに孫呉の一大事だと将を街に連れ出しては、民の仕事の手伝いをしておった。打算などではない、純粋に呉の民が好きなだけなのじゃろうよ」

「……そっか」

「自ら極刑を申し出た興覇にも似たようなことを言ってな。同盟が組まれ、ようやく争いが減ってきたというのに死ぬことはないと」

「極刑!? ちょっ……」

「策殿が自ら望み、“来てもらった大使”を自国の民が刺し、理由はどうあれ近くに居たのにそれを許した。興覇はその際、権殿に命じられてお主を見ておった。監視として立っておった筈なのに、民の暴挙を許し、客に傷を負わせたのだ。天下泰平も成り、これからという時に、よりにもよって民の暴行を許したとあってはな」

「……っ……でも」

「罪は罪、じゃろう。そこで、策殿は公瑾と話し合い、“刺されたお主”の王である曹操殿に、興覇の処遇の全てを委ねることにした。“対等の在り方”を曹操殿が望めばこそな。そこで死罪と決まれば死罪。どんなことでも受け入れると」

「そんなっ! なんで……」

「曹操殿はなんだかんだ、“身内”には甘いと聞いておる。……だのに、魏の種馬とさえ呼ばれているお主を傷つけられたのだ。よほどに気に入っておらなんだら体を許すとも思えんし、なにより宴の席で、ああも魏の将らがお主に人懐こく寄ってはこんじゃろう」

 

 「戦場では羅刹が如き猛者どもがあそこまでとは。目を疑ったぞ」、なんて言いながら、祭さんは笑う。どうして笑えるんだ、って訊きたかったけど……。

 

「大事な時期だからこそ、戦が終わった今だからこそ、己の命で平和が続くのなら。……振るうもののなくなった武官の考えそうなことじゃろう。儂とてそのつもりでいて、それを策殿に怒られた」

「うん……」

「もちろん興覇も怒られておったが、しかし考えることは変わらん。王として暴行を加えた民のそっ首を斬り、塩漬けにでもして詫びでも入れてみぃ。それを非道と受け取られてしまえば平和は崩れ、民も必要以上に怯えるじゃろう。どちらかを立てれば不安も沸けば恐怖も増す。言った通り、皆平和というものに囚われすぎておる。……王も、将も……民もじゃ」

「……うん」

 

 安堵から一転、胸にざわめきが蘇る。

 自分がしたことで誰かが死ぬことになる……もうそんな思い、することないんだってどこかで思っていたのかもしれない。

 また誰かが死ぬかもしれないって恐怖が足下から体中に這い上がってくる気分に、覚悟が飲まれそうになる。

 華琳を信じよう、なんて言うのは簡単だ。けどもし望んでいた結果と違っていたら、俺はどう思うんだろう。

 勝手に裏切られたって思うのか? 華琳に罵声を浴びせるんだろうか。

 …………少し冷静になろう。雪蓮だって委ねた。自分の国の事を、華琳に預けたんだ。

 だったら俺も、答えが下される時を待とう。待って、それがどんなことでも…………受け入れる覚悟を。

 

「……わかった」

「うむ」

 

 全てがいい方向に向かうことなんてない。自分が無茶をするだけ周りには迷惑がかかるんだ。

 ……反省しよう。全て上手くやれるなんてこと、まだまだ自分には出来やしないんだと。

 

「……北郷」

「ん……なに? 祭さん」

 

 落ち込む俺に、祭さんが言葉を投げる。

 俯かせていた顔を持ち上げれば、何故か差し出されている徳利。

 ……え? いやあの……祭さん?

 

「そんな辛気臭い顔をしておっては治るものも治らん。飲め」

「飲っ……て、俺病人なんですけど?」

「いちいち細かいことを気にするでないわ。ぐいっと飲んで少しすっきりせい。一緒に居る儂まで息が詰まるわ」

「そんな性格じゃないでしょ……ってわかったわかった! 飲みます! 飲みますから!」

 

 言葉の途中でギロリと向けられた眼光に、思わず怯んでこくこくと頷く。

 途端に笑顔になる祭さんから徳利を受け取り……この人は不安じゃないんだろうかと思いながら、徳利を傾けて酒を飲んだ。

 

「んぶっ!? ぶっ……げっほ! な、なんだこれっ! キッツ……!!」

「おうおう、なんじゃこれしきの酒で咽おって、情けない」

「だって祭さんっ……これ、キツすぎじゃ……っ………………あの、祭さん? なんでそんな嬉しそうなの?」

「べつに嬉しそうではないぞ? 儂は元々こういう顔じゃ」

「………」

「………」

 

 ……あの、祭さん? もしかしてビールで咽た時のこと、恨んでらっしゃる?

 なんて思った瞬間にぐらりと揺れる視界。

 酒が回るには早くないですか? と疑問を投げかけるのも出来ないままに、俺は寝床へと倒れた。

 

……。

 

 そんなことがあってから数日。

 腹の傷が癒えないままに訪れた今日という日に、俺は寝床に上半身だけを起こした状態のままでいた。

 

「………」

 

 今日は三日に一度の集中鍛錬の日。ちなみに前回は鍛錬していない。

 だっていうのに動くことを禁じられている俺は、こう……掃除が出来ない潔癖症の人のようにうずうずそわそわと体が疼いて、現在の監視役兼看病役である祭さんを前に唸っていた。なんで祭さんが、って……ほら。結局俺が抜け出して街に行くことを許可したの、祭さんだから。

 

(……はぁ)

 

 魏からの報せは……まだ届かない。もやもやした気持ちを消すためにも、鍛錬をしたいところなんだが───

 

「祭さぁああん……」

「な……なんじゃ、気色の悪い声を出しおって。酒が不味くなるじゃろう」

「ちょっとだけ、ほ~んのちょっとだけでいいから鍛錬しちゃだめ? 鍛えないと体が鈍りそうでさ……」

「だめじゃ」

 

 綺麗だと思うくらいに即答だった。

 あまりの綺麗っぷりに泣きたくなるくらいに綺麗だったさ。

 

「………」

 

 なもんだから、さすがに落ち込み気味にもなる。

 寝床の上で傷口に負担をかけない程度に体育座りをしながら、なにかいい方法はないものかと思案。

 そうこうしていると、さすがに後味が悪いと思ったのか、祭さんが少しだけ困った様子で口を開く。

 

「ああわかったわかった、これしきのことで落ち込むでないわ、まったく」

「いいのっ!?」

 

 俺はといえば、そんな言葉に敏感に反応し、叫ぶように訊ね返す。

 ───先ほどまでの暗い表情もどこへやらというやつだ。

 自分自身で、それがカラ元気なのも知っている。頭の中は、正直甘寧とおやっさんのことでいっぱいだ。

 そんな俺を前に、祭さんは少し苛立ちを混ぜたような顔で溜め息を吐くと、一度俺の頭に“ごちん”とゲンコツを落とした。

 

「北郷。お主、氣が使えたな?」

「いてて……え? あ、うん。まだかじった程度にしか出来ないけど」

 

 言われて、自分で書いた手紙の内容を思い出す。

 仮にも王に出すものだからと馬鹿丁寧に書いてしまい、魏に用事がある商人か誰かに届けてもらってと祭さんに預けてからしばらく、あれでよかったんだろうかと思い悩んでいた手紙だ。

 “他人行儀すぎる”とか“丁寧に書けばいいというものではないわ”とか思われてないだろうか。

 ……雪蓮が処罰についてを華琳に委ねたことを祭さんに聞いたのは、そのあとだったわけだけど。

 

「今、体を動かすのはお主にとっての毒にしかならん。体を動かすのではなく、その氣を思う様に扱えるために鍛えてやろう」

「ほんとに!? するする! どうすればいいんだっ!?」

「お……っと……」

 

 何はともあれ、鍛錬が出来る事実に体が疼く。

 俺はよっぽど嬉しそうな顔をしていたんだろう。祭さんは小さく吹き出すと、俺の背中をばしんっと叩いて笑ってみせた。

 

「さ、祭さん?」

「ふふっ……これは教え甲斐がありそうじゃ。お主くらいの孺子といえば、強くなりたがるくせに楽をしようとばかりする。教えてやると言えば表情を歪ませる者ばかり……お主のように真っ直ぐな喜びを向けられたことなど、ここしばらくあったかどうか」

「………?」

 

 祭さんは俺のそんな顔が嬉しかったのか、クックッと笑っている。

 そんな笑いをかみ殺すこともせず、笑顔のままで“うむ”と頷くと、「まずは氣を集中させてみろ」と言う。

 俺はそれに頷くと、自分に出来る精一杯───指先に氣を集中させてみせる。

 

「…………これだけか?」

「ん……ごめん。実は氣の扱い方を教えてもらったのって、つい最近なんだ。こうして体外に出せるようになったのも、刺される前日ってくらいだ」

「ふむ……なるほど。これは本当に教え甲斐がありそうじゃ」

 

 ニヤリと笑う祭さんを前にたじろぎそうになるが、教わることに不満はない。

 むしろ感謝しか湧いてこないのだから、そんな祭さんの目を真っ直ぐに見て「お願いします」と口にした。

 ……取り切れない不安が、心の隅に突き刺さったまま。




ああ、やっぱり今回もダメだったよ。
一日一話が出来たらいいなぁとか思ってましたが、編集中に力尽きました。

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