真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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87:三国連合~IF/ほのぼのとしたい②

 夜。

 俺は華琳を連れ、城の外へと出ていた。

 もちろん別の場所を紹介するという外道な方法もあったにはあったんだが、きっと華琳は見破る。見破った上で、罰を与えるだろう。俺にも、きっとアニキさんにも。

 アニキさんまでもっていうのは言いすぎにしても、料理とかに対する評価は厳しくなりそうなので、もう素直に連れていくことにした。

 

「こんな遅くにやっているものなの?」

「ああ。仕事で疲れて、だけど夜に娯楽を求める男たちの集い。それが“オヤジの店”だ」

 

 説明しながら裏通りへ。

 月の明り以外はあまり頼りにならないそこを通ると、明りがついた家がひとつ。

 華琳は「へえ」と声を漏らし、俺の案内のもと、その家へと入った。

 

「こんばんはー、アニキさん」

「らっしゃい……ってまーた来たのか兄ちゃん。ここんところしょっちゅうじゃねぇか」

「うわわっ……! ちょっ……! それはっ……!」

 

 慌ててわたわたと、黙ってくださいとばかりに手を振るって言うが……ちらりと伺ってみた隣の華琳さまは、笑顔を貼り付けた怒りの表情で僕を見上げてらっしゃった。

 ああはい、罰があるんですね? 案内したのに結局あるんですね?

 

「ふうん? まあ、賑わっていて悪くないのではないかしら。少々、小汚はぷっ!?」

「かかかかぁああかかか華琳さァん……!? 来て早々になにを言おうとしてらっしゃいますか……!? ここの雰囲気を壊す気なら、全力で怒りますよ……!?」

「………」

 

 電光石火で華琳の口を片手で塞ぎ、忠告をひとつ。

 料理に対してアドバイスを言うのはいい。受け取り方次第だろう。

 でも、裏通りの店の在り方なんて、そうそう綺麗なもんじゃない。

 それを小汚いって言うのはさすがにどうか。

 ……ラーメン屋の時もそうだったけど、華琳はそういうところでヌケてるところがある。

 なのでこれを機会に、もっと華琳が言うところの“小汚いところ”に慣れてもらおうとか思っている俺は、結構ひどいだろうか。……ひどくて結構だな。綺麗なところばかりに目を向けてるだけじゃ、いつかいらないところで反感食いそうだし。

 

「あん? どしたい嬢ちゃん。つか兄ちゃんよぉ、ここは嬢ちゃんの口を塞ぐためにある場所じゃねぇぞ?」

「あ、ああっとと、すぐ座るから。空いてる?」

「ああ、今日はそっちに座れるぞ。ついさっきおかしなヤツが出てったところだ」

「おかしなやつ?」

「酒が飲めねぇのに明りに釣られてやってきたんだとよ。飯食って出てった」

 

 ほれ、と促されて座る。

 しかし、まあ、なんというか。

 アニキさんは、華琳が魏王であることに気づいてないのか?

 大会とかでもなんだかんだで仕切っていたから、気づいた庶人もいっぱいいると思ったんだけどな。…………もしかしてあれか? ずっと店開いてたのか?

 もしかしなくてもそうか。人が集まる日なんだ、開いていなきゃもったいない。

 たとえそれが裏通りでもだ。“そういう匂い”に“そういう者たち”は集まるもんだ。

 主に苦労してる人とか、カカァ天下の家の主人とか……女性に頭が上がらない支柱とか。大黒柱って意味では、どこも支柱なんだろうな。

 

(……ああ、だからみんなと気が合うのかな)

 

 そう考えて、少し涙が出た。

 さて、俺の苦悩はさておき、アニキさんはいつものように適当なツマミと酒を用意してくれた。来店すると出してくれる。もちろん金は取る。ツマミも酒も飲めないなら来なくていいよっていう、最初の洗礼みたいなもんだ。前に来た時は、すぐに料理を頼んだから無かったが。

 ともあれツマミを一口、酒を飲むと、そこまでキツくはないあっさりとした熱が、ツマミのいい味とともに喉を通ってゆく。この感じがたまらない。

 華琳も「へえ……」と、ツマミと酒をシゲシゲと見つめている。

 

「んで? どうすんだい兄ちゃん。特に決まってねぇなら適当に作るぞ」

「あ、じゃあ───」

 

 屋台よろしく、採譜ではなく壁にぶらさげてあるメニューを見て、食べたいものを告げる。するとアニキさんが「あいよ」とニヤリ。

 手早く調理を始めた。

 

「中々の手際ね」

「そか」

 

 裏通り暮らしで、季衣が紹介しなきゃ手に入らなかった仕事だ。きっと必死で身に付けたに違いない。

 しかし華琳は「けれどあの髭と暑苦しい顔は……」とか呟いている。

 外見で人を判断するんじゃありません。

 そりゃあ、だらしない格好の人に作ってもらうよりは、綺麗であったほうがいいとは思うだろうが……アニキさんはあれだからいいのだ。

 

「へいおまち。しかし御遣いの兄ちゃん、前にも二人連れてきていたが、今回はまたえらく身形の綺麗な嬢ちゃんを連れてきたなぁ」

「うっ……」

 

 出来た料理を出してくれるアニキさんが、ついでに爆弾を投下した。

 途端にモシャアと溢れる、華琳からの威圧。

 パチパチと目配せをしてみるが、アニキさんはニカッと笑うとこう返した。

 

「立派に支柱やってるようじゃねぇか。同じ男として鼻が高いねぇ。ま、俺が偉ぇわけじゃねぇんだがよ」

 

 その言葉に、今日は少なめな男の客が笑う。

 一気にいつもの空気だ。

 

「んで───前の一人が飛翔軍サマだったのはわかるんだが……こちらの嬢ちゃんは?」

 

 少し、ピンと張り詰めていた空気がいつものものになったことを良しとしたのか、アニキさんが爆弾投下二発目。

 思わずヒィと言いそうになる自分をなんとか押し留めたが……いや。ここはもう正直に言ったほうがいいだろう。そんなわけで、アニキさんにだけ聞こえるように、そっと囁いた。

 

「えっと…………こちら、魏王にして天下の覇王、曹孟徳さま……」

「は───」

 

 気のいい兄貴分みたいな……まあ実際そうなんだが、そんなニカッとした笑みをしていたアニキさんの表情が、ビシィッと固まった。

 そんなアニキさんには目もくれず、華琳は料理に手をつける。

 ……アニキさんはカタカタと震えながらその様子を見るが、ハッとすると一歩下がってから頭を下げ、厨房へ戻っていった。

 その様子に、他の客が「どうしたんだよ」と声をかけるけど……おお、「どうもしねぇよ」ってニカリと笑ってみせた! アニキさんすげぇ! でもちょっと顔が引き攣ってる!

 

「あら。てっきり口やかましく挨拶をされるかと思ったわ」

「………」

 

 いや、料理を出したあとの態度としては、あれは正解だと思う。

 すぐに味わってみてほしいものを出したというのに、無礼をとかこれはこれは孟徳さまとか挨拶していたら、せっかくの料理が冷めてしまう。

 なにせ華琳は、ここには客として来ているのだから、客として持て成すのが正解だ。

 華琳もそう思っていたからか、戻ってゆくアニキさんを見てフッと笑った。

 で、とうとう料理を口に運ぶわけだが。

 

「………」

 

 ゆっくりと味わう。

 そんな華琳に、新しく持ってこられた酒をそっと渡すと、それも飲む。

 

「………」

 

 華琳の目が、小さく輝いたように見えた。

 

「馬鹿にできないものね……よく出来ているわ。料理と酒、一つずつではそこまでではないけれど、合わせることでどちらもより欲しくなる。調和が取れているというべきかしら」

「あれ? ……美味い、か?」

「あなたね。私のことを出されたものをなんでも貶す、口だけの美食屋かなにかだとでも思っているの?」

「いや、それはないけど。持ち上げておいて徹底的に貶すんだと思ってた」

「貶しはしないわよ。ただ、助言をするだけ。……ただし、きちんと味わい終えてからね」

 

 ニヤリと笑い、華琳は食事を楽しむ。

 しばらくはそんな様子を見ていた俺だったけど、妙に気負いすぎてただけだろうなと食事を再開した。

 ここまで来てしまったなら仕方ないし、そもそも相手が華琳だって知っていたほうが、ボロクソ言われることにも覚悟が出来る。そういう理由でアニキさんには先に話したわけだが……そのアニキさんは厨房でぱんぱんっと頬を叩くと、他の客とのいつもの談笑に戻った。

 アニキさんは知っているのだ。ここの空気は男たちにとって、必要なものであると。

 

「……案外、賑やかなものね」

 

 華琳はそんな賑やかさを耳にしながら、小さくこぼす。

 開いた器に軽く酒を注ぐと、それをクッと飲み干して溜め息を吐いた。

 

「こんな時間に開いてる場所っていったら、ここくらいだからなぁ。日々の愚痴を言い合うにはうってつけの場所なんだ」

「ならここに足繁く通っている一刀も、愚痴がたくさんあるということね」

「無いと思ってるならいろいろ言ってやりたいことがあるって」

「冗談よ。人だもの、当然じゃない。仕事以外のところでまで御遣いになれとは言わないわよ」

 

 他愛無い話をしながらの食事は続く。

 やがてなんだかんだでいつかのように完食し、ことりと箸を置く華琳。

 ……この時ほど怖い瞬間はないわけだ。なにせ以前の場合は、このあとに店主ともめたわけだから。

 頼むから“この程度の店にしては”とか言い出さないでくれよ……!?

 言いそうだったら口塞いで金払って逃走だな。よし。

 

「……なにを急に肩を動かしたりしているのよ」

「へっ!? あ、いや、左腕の骨の調子はどうかなーって……」

「………」

 

 じとっとした目で、右腕を見られた。

 ええはい、右腕しか動かしてませんね……。

 

「安心しなさい。べつにどうのこうのと言うつもりはないわよ」

「………」

「なによ、その嘘つけって目は」

「言葉通り。俺はここを守るためなら、なけなしの覚悟を振り翳すぞ」

 

 来るなら来いとばかりに、ぐっと腹に力を籠めた。

 や、もちろん戦うわけじゃないけどさ、そうでなくても守りたいものってあるだろ?

 こう、ほら、その……なんていったっけ。パ、パーソナルスペース? ここには縄張り意識にも似た、男たちの安らぎがあるのだ。それを壊されるというのなら、立たずして何が男!

 

「覚悟、ねぇ……。それは私を敵に回してでもすることかしら?」

「将や王だけの味方が御遣いや支柱なんてやっていけるのか? そんなの、他の人から見れば将や王だけの味方じゃないか。保身しか考えないやつだったら誰にでも出来るよ」

「ええそうね」

「………………あれ?」

 

 俺の言葉に、珍しくもにっこりと笑み、華琳は立ち上がる。

 そして厨房まで歩いていくと、戸惑うアニキさんに「厨房を借りるわよ」と言を飛ばす。

 反射的に「へ、へい!」と返事をしてしまうアニキさんに、華琳は不敵な笑みを浮かべて調理を開始した。

 

「───ハッ!?」

 

 しまった! 笑顔でホウケて厨房入りを許してしまった!

 すぐに止め───……られたら苦労しないよなぁ。

 ああ……! アニキさんが泣きそうな顔でこっち見てる……!

 

(あんな笑顔を見せたってことは、そうそうまずいことにはならないだろうけど……)

 

 ならばせめてと、アニキさんに“手際を見ておいて”とアイコンタクト。もちろん、口も動かしたり軽く指を動かして意思を伝えるのをプラスして。

 戸惑いながら華琳と俺とを見比べ、疲れた表情で華琳の手元を見ることにしたらしいアニキさんは、さっきよりも随分老けたように見えた。

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 調理が続く。

 アニキさんは最初こそ疲れた表情をしていたが、華琳の手際の良さ、立ち上る香りなどを感じると、すぐに真面目な顔になっていた。

 なにせ自分の領域で自分と同じ道具、材料を以って、自分の料理以上を作り上げようとしているのだ。怒るよりも先に、自分に向上心ってものがあるのなら、盗まない手はない。

 まして、紹介してもらえなければ今の仕事には在り付けなかっただろうアニキさんだ。その目は本当に真剣で、華琳の手の動きを逃さずじぃっと見ていた。

 ……そのアニキさんの反応に、華琳が小さく笑っていたのにも、まあ驚いた。

 

「食べてみなさい」

 

 しばらくして料理が出来ると、華琳はアニキさんにそれを味見させた。

 口に入れて味わった瞬間、アニキさんが驚きに震える。

 華琳から皿を受け取って他の男たちにも味わわせると、皆が皆驚きに声をあげる。

 俺もどうせならともらったが……これは、確かに美味い。

 

「こ、こりゃあおでれぇた……同じ材料でこうも違うってのか……」

「こんなものは調理の仕方次第よ。誰にでも出来るわ。無論、あなたにもね」

「へ、へぇ、そう言っていただけると……」

 

 驚くアニキさんにそう言う華琳を見ながら、ふと思い立って酒を口にする。

 口の中に味が残ってるうちに、その味と酒の味を口の中で混ぜてみるのだが……

 

「………」

 

 驚きだ。

 とりあえず何も言わずに華琳に残りの酒を渡してみた。

 きょとんとする華琳だったが、意図を読んだのか料理を、酒をと順番に含んだ。

 

「………」

「どう?」

 

 ……言った途端にじとりと睨まれた。

 次の瞬間には再び調理を開始。ガーッと作られたそれを酒と一緒に突き出され、目で「いいから食べなさい」と言われた。

 

「………」

「ん、美味い」

「で、でしょう?」

 

 相性の問題っていうものがある。

 華琳はそれを思い出したのか、少し頬を引き攣りながら腕を組んで胸を張った。

 

「? な、なんでぇ、どうしたってんだ御遣いの兄ちゃん」

「いや、なんでも」

 

 華琳の料理は確かに美味しいし、目を見開くほどに驚きを与えてくれたのだが……うん。

 食べるのは愚痴をこぼしにやってきた、オヤジばかりなのだ。

 綺麗で美味しい料理は、そりゃあ美味しい料理なんだから美味い。

 けれど、それが必ずしも愚痴の席で馬鹿笑いするオヤジ達の口に合うかといったら……もちろんそうじゃないわけで。

 最初の料理はとんでもなく美味しかったけど、“ここの酒”には合わなかった。

 次の料理は美味しかったし酒にも合った。ただそれだけのことだけど、食べるのは美食家じゃなくてオヤジなんだもんなぁ。

 

「はぁ……久しぶりに勉強になったわ。見えないところにも足を運んでみるものね」

「ありゃ? てっきり焦りながら言い訳並べるかと思ったのに」

「───」

「殺気!? いやちょっと待った! その何かを掴むこと前提の、軽く力が籠もった手はいったいどこからなにを取り出す手!? 頼むから店の中で絶はやめてくれよ!?」

 

 やっぱり四次元ポケットでも持ってるんじゃなかろうか、この世界の人は。

 

……。

 

 金を払い、店を出た。

 男臭さから一気に解放された気分なのか、華琳が深呼吸をしている。

 

「疲れたか?」

「様々を興じてこそ王。こんな経験も悪くないわよ」

 

 どこか清々しい顔をしている。

 なんというか、ああいう場所は苦手なんじゃないかと思っていたから逆に驚きだ。

 

「で……アニキさんにいろいろ言ってたけど、あれって───」

「精進なさいと言っただけよ」

「いや嘘だろ。その一言で済むほど短い話じゃなかったぞ、あれ」

 

 なにやら長々と話していたんだが、近付いたらキッと睨まれては、すごすごと卓に戻らざるをえなかった。

 しかしながらべつに苛立った様子もなかったし……んん、安心してもいい……のか?

 さすがにあそこが潰れたらショックだぞ……? 前のラーメン屋の後追いは勘弁だ。

 

「べつに。良い場所ねと言っただけよ」

「………、うごっ!?」

「一刀。今何故……人の額に手を当てたのか、教えてもらえるのかしら」

「た、他意はないんだ」

「本意はなにかと訊いているのだけれど?」

 

 熱があるんじゃないかと……ていうか人の腹に肘打ちはどうかと。

 

「まあまあ……でも実際、どういう心境の変化なんだ? 小汚いとか言おうとしてたのに」

「私の価値観は私の価値観でしかないことを思い出しただけよ。あそこは確かに、男たちが自然な顔をしていられる店だと理解したわ」

「はは……そっか。まあ霞とか春蘭なら、無遠慮で入れそうな気もするけどね」

 

 ああいや、春蘭相手だとみんな遠慮しそうだ。

 霞は……祭りで一緒に騒ぐくらいだ、きっとあっさり溶け込めるだろう。

 まあその、格好が目に毒ではありそうだけどさ。

 

「あとはアニキさんの頑張り次第か」

「急に厨房を借りられたというのに、手の動きを見にくるのは良いことよ。それがたとえ、誰からの助言であったとしてもね」

「珍しいな、華琳が人を褒めるなんて」

「目が本気だったもの。戸惑いから始まろうが、他人から受け取ろうとする姿勢は好感が持てたわ。それを言うなら以前の拉麺屋はだめね。盗み見ることもせず、“どうせ口だけだ”と高をくくって睨むだけだったもの。自分の味が一番だと慢心しすぎている時点で、ずぅっとあのままなのでしょうね」

 

 言いながら、隣を歩く俺をちらりと見上げてきた。

 顔になにかついてるか? と口元あたりを触ってみるんだが、なにもない。

 

「なにもついてなんかいないわよ。ただ、早いうちに慢心は敵だと気づけたことへの感謝を抱いただけ」

「へー……誰に?」

「………」

 

 溜め息を吐かれた。

 そんな感じで夜食の旅は終わり───

 

……。

 

 明けて翌日。

 早速といったらアレだけど、普段なら夜へ向けて下拵えをしているであろうアニキさんの店へと向かった。や、もちろんサボりじゃないぞ? うん。……誰に言い訳してるんだ、俺。

 ともあれ、入った店の中ではアニキさんが厨房で頑張っていた。

 近付くまで俺が入ってきたことにも気づかないほどの集中。

 訊けば、「あんなもん食わせてもらったら、このままでなんていられねぇだろ!」と少し怒声混じりに言うアニキさん。華琳が食べさせた料理の味に本気で驚いたそうで、味の向上を目指し、酒との相性も考えながら料理をしているんだそうだ。

 

「丁度いいや、おぅ御遣いの兄ちゃん、ちぃと味見してくんねぇか。似たような味ばっか味見してた所為で、少し味覚が鈍ってやがる」

「っと、わかった。あ、でも酒は───」

「酒と一緒に味わってもらわねぇとわからねぇだろが!」

「えー……」

 

 仕方も無しに味わう。

 もちろん酒は本当に微量。

 酒だって安くないから、仕方ない。

 

「ん……」

「ど、どうだ?」

「……前のほうが美味かったな。酒には合うけど、味自体が落ちてる」

「かっ……やっぱりか。上手くいかねぇもんだなぁ……」

 

 不味いわけじゃない。けど、なにか足りない。

 なにがと言われると首を捻るしかないんだが……よし。

 

「じゃあ、思いつく限りやってみよう。こうなりゃ意地だ! 絶対に華琳を驚かせるくらいのを作ってやる!」

「お、おぉ? なんだいきなり」

「天の知識を以ってすれば、不可能なことなど───……いっぱいあるなぁ」

「そこはもっと自信満々に言えよ……」

「いっぱいある!」

「そういう意味じゃねぇよ!」

 

 そんなこんなで、夜には来ないで昼に来ることが多くなるわけだが……も、もちろんサボリは無しで。ひぃひぃ言いながら書簡整理をして、書物を見て覚えて、休憩時間にやってきては料理修行。

 アニキさんとともに料理を学び、都合がつく時にはチビやデブも混ぜての料理研究会を開いた。もちろん、お題は美味くて酒に合う料理。華琳を驚かせる料理では断じてない。最初はその思いもあったものの、改める必要があった。何故なら、華琳を驚かせても夜の男たちが満足しなければ意味がないからだ。

 

「ア、アニギー、皿洗い終わったんだな」

「うっしゃ、んじゃあそっちの野菜切っておいてくれ。あぁ、あんまりでこぼこにすんじゃねぇぞ」

「わ、わがったんだな」

「アニキ、これにはこっちの味付けでどうでしょうね」

「ん? これか? んー…………おっ、いい味じゃねぇか! やっぱ手先が器用だなぁチビは」

「へへっ、そ、そうっすかね。……つーか」

「ああ……」

 

 いつもの三人組が仲良く料理をする中で、俺も料理をしてゆく。

 普通の味しか出せず、得意なほうではないが、この時代にはない知恵から出せるものもある。

 なので思いつく限りを尽くし、味付けや彩でカバー。

 華琳を驚かせる天の料理などで地道に腕を磨きましたこの北郷───役に立ってみせましょうぞ!

 

「あの時殺しかけたあのガキが、まさかここまでだなんてなぁ……」

「よしっ! チビ、ちょっと味見いいか?」

「お前にチビとか言われる覚え、ねぇんだけどなぁ……」

 

 まあでも、味がどうとかよりもこうして男たちと騒ぐほうが落ち着くっていうのも……どうなんだろうなぁ。

 普段が女性に囲まれてるから? 女性相手だと頭が上がらないから?

 ……いろいろと理由が重なってるからだろうな、うん。

 

「……こりゃ美味ぇ! なんだよこれ!」

「フフフ……天でじいちゃんに命じられて、酒のツマミを作り続けた俺に───ツマミ作りで死角無し!」

 

 作ったツマミをチビが食べると、素直に絶賛。

 続いて酒もチビリと飲むのだが、問題なく酒にも合う。

 ……ツマミ自体に名前は無い。だってじいちゃんの味の好みに合わせて作った適当なものだし。味噌があってよかった。生憎と昆布も鰹節もないから味噌汁は作れないが、実にあってよかった。

 

「こうなったらアレだ、天の酒に合う料理で、ここで作れるものをとことん作ってみよう。もちろん安さ第一。あんまり高いと客が手を出せなくなるから」

「そりゃ同感だな。俺んところは儲けよりも、男どもの日頃の鬱憤の発散を目的にしてるんだからな」

「っへへー、だよなー」

「にっへっへっへ、なんでぇニヤニヤしやがって」

「アニキさんだってニヤニヤじゃないか」

 

 二人して顔を見合わせて笑った。

 ほんと、かつては殺しそうになったり殺されそうになったりの関係だったなんて嘘みたいだよ。そんな関係があったからこそ、今は無遠慮になんでも言い合えるんだろうけど……奇妙な巡り合わせだけど、その巡り合わせに感謝だ。

 

「よしっ、んじゃあ煮詰めていくとするか! おぅチビ! 材料は覚えたか!?」

「へへっ、もちろんさアニキ」

「ど、どう作るのかも、み、見たんだなっ」

「おぅデブ! 見ることは大事だから、その調子で忘れんじゃねぇぞ!」

 

 俺達は料理を作る。

 酒に合う料理を……疲れた男達が心を癒せる料理を。

 やがてそれは華琳を驚かせたいという思いをそっちのけにして、癒しの頂へ───!!


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