真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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87:三国連合~IF/ほのぼのとしたい③

136/その後

 

 朝である。

 時間が経つのは早いもので、三国連合の祭りが終わってから、もう二週間以上が経とうとしていた。

 

「今日も今日とて書類作業~……るるるー」

 

 祭りが終わり、それぞれがそれぞれの国に帰るのを見送ると、俺を含めた魏のみなさまは支えを失った人形のように眠りに落ちた。

 疲れていたのだ。当たり前だけど。

 しかしそんなに休んでもいられない。目が覚めればいつも通りの仕事の日々だ。

 ……と、いつかの日を思い出せるくらい、似たようなことをしている俺なのだが。

 つい最近まではアニキさんとの料理研究に忙しく、しかし心をワクワクさせながらの仕事の日々だった。そう、だった。

 完成した料理の数々は、日々に疲れた男たちの癒しになった。とてもなった。

 そんな事実が嬉しくて、再び夜に抜け出したのだが……ええはい、華琳に捕まりました。

 ああこれはまた書簡整理かなーとか思っていたら、なんと「連れていきなさい」と言うじゃないか。公式に許可が出たと喜び、華琳とともにオヤジの店へと足を運んだ。

 華琳を連れていくことでハッとなったアニキさんと目が合って……で、自然な振る舞いで新作料理と酒を用意した。ああ、うん。華琳はね、とても驚いたんだ。料理の味にも、酒に合うという事実にも。

 

「はぁあ~……」

 

 それでただ喜んでくれればよかったんだが、俺をギロリと睨みなすった。

 俺も華琳が驚いてくれたのが嬉しくて、よせばいいのにアニキさんやチビやデブと研究したんだとか、いらんことを言ってしまったわけで……。

 「へえ……私には教えなかったことを、先にあの者らに教えたと」……って言葉が華琳の口から出た瞬間、“オヤジの店”の空気は確かに凍った。

 天の知識を好みとする華琳にとって、そんな興味を擽られるものを自分が一番に聞けなかったのは大変悔しかったらしく、いや、それを訊いてみたら真っ赤になって否定されたわけだが、ともかく怒り始めたのだ。

 もちろん言葉を並べて落ち着いてもらったし、場の空気もアニキさんがいつもの調子に戻してくれたのだが……いろいろ言いながらも食べてるじゃないかってツッコんだら、さらに赤くなって怒鳴られた。正直その時の慌てっぷりは可愛かった。

 ……目の保養の代償が、積まれたこの書簡なのはどうかと思うのだが。

 

「美羽~、これ七乃に渡してきてもらっていいか? 都の警備体制についてのものだって言えばわかる筈だから」

「おお! 仕事じゃの! 任せるのじゃー!」

 

 寝台の上で俺のことをちらりちらちらと見ていた美羽は、俺が声をかけると目をキラッキラ輝かせて寄ってくる。そんな彼女に仕事を頼めば元気に駆けてゆき、戻ってくると「主様主様! 褒めてたも! 褒めてたも!」と眼で語る。……今は口で普通に言ってたが。

 褒めると足の間にとすんと座ってきて、上機嫌で竹簡などを一緒に見る。

 しかし少しすると目を回したかのようにふらりと揺れ、とすんと俺の胸に後頭部を預けると寝てしまう。難しいのは苦手なようだ。

 

「うん」

 

 そんな美羽の頭を撫でながら、書簡整理は続く。

 「まずはそれらを覚えなさい」と華琳に渡されたものがほとんどで、決して妙な照れ隠しや嫉妬心から無理矢理突きつけたようなものじゃない。きちんと都で暮らすために必要な知識だ。

 あとのものは朱里や雛里、冥琳が“この書物が参考になる”的なことを言って、置いていったものだった。なるほど、読むだけでもどういうやり方をすれば国にとっていいのかがわかる。

 わかるが…………数、多すぎだろ。

 

「いやいやっ、やるって決めたんだ、やってやろうじゃないか!」

 

 これしきで挫けてたら、都を纏めることなんて夢のまた夢だ!

 よし、輝く未来のためにも勉強勉強勉強ォオーッ!!!

 

……。

 

 …………コーーーン……

 

「終わらない……」

 

 やあ、北郷一刀だ。

 朝から黙々と整理を続けていたが、夜になっても終わらない。

 どうなってんだこの書簡の山は。

 

「むしろ朝より増えてないか……? ちゃんと片付けていったはずなのに、どうして……」

 

 倉に終わった分を持っていって、戻ってきたら……ああ、誰かが置いてったのか。

 誰だか知らないが……知らないってことにしたいが、なんという拷問を。

 

「よし、気分転換気分転換」

 

 ずっと机に噛り付いてちゃ脳が疲れる。

 なので氣の鍛錬を開始。

 未だにすいよすいよと眠る美羽を包みつつ、氣の放出や固定、増幅の練習をした。

 

……。

 

 ……ハッと気づけば朝だった。

 

「………」

 

 いつの間に寝たのかも覚えてない。

 ただ体がビクンと痙攣して、気づけば朝だった。

 

「……最近普通に寝てないな……んん」

 

 伸びをして頬を叩く。

 美羽は変わらず足の間だ。

 そんな美羽を抱き締めて、椅子を引いてから立ち上がる……つもりだったが、体が固まってらっしゃった。なのでギギギ……とゆっくり体をほぐしながら立ち上がり、美羽を寝台まで運ぶとゆっくりと横たわらせて、布団を被せる。

 

「さてと」

 

 穏やかな寝顔の美羽の頭を撫でてからの行動は早かった。

 窓まで歩いて開き、部屋の扉も開けると空気の入れ替えを開始。

 朝の静かな喧噪が空気とともに流れ込んでくる朝に、胴着と袴に着替えた俺は、バッグを持って外へと歩き始めた。何をするか? もちろん鍛錬である。大丈夫、既に鍛錬禁止令は解かれている。鍛えた結果が祭りでのあの動きならば、一層に励みなさいと。

 

「~♪」

 

 中庭までを歩く中で、顔を合わせた兵に挨拶。

 みんなが笑顔で挨拶してくれたり、姿勢を正しておはようございますを言ってくれる。

 気軽に声をかけてほしいこちらとしては、畏まられるのは少しだけ困るんだが……華琳や雪蓮に言わせれば、“必要な緊張だから無理にほぐす必要は無い”、だそうだ。

 

「はぁ……うん、いい天気」

 

 今さらだけど快晴の朝。

 厨房に寄って水を貰うと、いよいよ中庭で鍛錬だ。

 東屋の傍にバッグを置くと、まずは準備運動と柔軟体操。

 体をほぐしてから伸ばす。

 無理に伸ばすんじゃなくて、じっくりと体に負担がかからないように段階を追って。

 

「胴着と袴を着てると、どうもこう……」

 

 れっぷうけーん、とか言いたくなる。

 いや、気にしないで続けよう。

 

「筋肉が成長しないとはいえ、動かしてやらないと眠ったままだもんな」

 

 朝にはどうにも力が出ない筋肉を、じっくりと目覚めさせる。

 それが終わると走りこみだ。

 石段を登って城壁の上に辿り着くと、見張りの兵に挨拶をする。

 

「三日ごととはいえ、疲れませんか?」

「疲れる。でも心地いい疲れだから」

 

 苦笑する兵に「一緒にやってくれるなら大歓迎!」と言ってみると、物凄い勢いで首を横に振られた。このまま押し切ろうとすれば、“ヒィイ”とか言いそうな勢いだった。

 

「………」

 

 慣れって怖い。

 それだけの鍛錬をしてるってことか。

 なのに将には全然届かないんだもんなぁ……腕力とか速度とか。

 見切りで雪蓮に近づけはしたものの、結局は倒す力が無いことが判明したわけだし、もっともっと鍛えないとな。よし。

 

「足に氣を溜めて……っと」

 

 走る。

 とにかく俺は、氣の絶対量がまだ少ない。

 それを広がせるためにも氣を使って、錬氣してを繰り返さなければ。

 祭さん式の強引拡張は、連合祭りの三日後に華琳に見つかってしまい、本格的に禁止が命じられた。なので使いつつも錬氣するという器用な方法をやってみているのだが、これが辛い。

 息切れが激しいし、やったあとはそのー……強引に氣を練るからだろうか、腹が減る。

 

「錬氣して、足で弾かせて、また錬氣して……と」

 

 それを全力で。

 とにかく足一本で地面を蹴って進む距離を伸ばし、さらに回転も上げる。

 大股で走りながら、けれど足の動きは速く……そんな感覚で駆ける。

 

「っと……いち、に、いち、に……んっ! いぃっち! にぃいっ!!」

 

 最初はリズムよく、次にそのリズムに慣れると速度UP。

 もっと速く! より速く!

 氣しか鍛えられないなら、氣や勘、戦い方や立ち回りに力を注ぐ!

 もっと前へもっと前へぇええええっ!!

 

「いちにいちにいちにいちにいちにいちにいちにぃいいいっ!」

 

 数えている数も歩調に合わないほどの速度になると、もう呼吸代わりに叫んでいた。

 端から端まで何秒で辿り着くかを数えながらも、方向転換がすぐに出来るように工夫もする。途中から華雄が参加して、一緒に走り始めると、これがまた面白くなる。

 大会で俺が雪蓮に勝ってからというもの、鍛錬のたびにやたらと挑戦してくるので、一緒にこうして鍛錬をしているのだ。勝負って名目は横に置いておいて、どうせなら競い合うように強くなれますようにと。

 

「よしっ、じゃあ華雄、あれいい?」

「ああ、構わんが」

 

 散々走ると汗を拭いつつ、いつもの木の下の傍に戻る。

 そこで自分の中にある氣の大半を華雄に埋め込み、すぐにまた練成。

 それをさらに華雄に渡してを繰り返すと、パワフル華雄さんの完成である。

 

「ふぅう……はぁあ……!」

 

 で、華雄は華雄で戦いの中で熱くなりすぎないよう、この状態をキープ。

 前回の鍛錬の時、“挑発に乗り易い”って指摘したら否定したので、実際に戦いながら挑発したらあっさり我を忘れての突撃を開始した。

 そんな猪突猛進状態で、攻撃しか頭にない華雄の隙をついてなんとか返り討ちに……できたのはよかったんだが、華雄が落ち込んだ。物凄く落ち込んだ。以来、冷静になれるようにと鍛錬を始めたわけだが……これが二回目だから、まだ安定はしていない。

 

「ところで北郷。私はお前に負けたわけだが───」

「あれは鍛錬の延長だろ? 熱くなりすぎることを克服した時にもう一度やろう」

「……そうか。お前がそう言うのなら、そうしよう。次は油断も慢心もしないだろうがな」

「その時はよろしくな……は、はは……その、是非お手柔らかに……」

「断る」

「即答!?」

 

 本気の将にはまだまだ勝てる気がしない。

 とはいえ、あのまま“じゃあ俺の勝ちで”なんて言ってみろ。妙なところで生真面目な華雄のことだ、二言は無いとか言い出して、俺の子を産むとか……い、いや、ないだろうけど完全に否定できないから困る。

 

「北郷。お前はどのあたりまで氣を練れるのだ?」

「俺? どのあたりって……難しい質問だな。えーっと……」

 

 離れていた位置から木のもとまで歩き、木刀を手にして華雄のもとへ。

 そこで錬氣を始めて木刀に纏わせていくと、いつもの量では止めず、さらにさらにと上乗せしてゆく。

 するとどうだろう。

 黒檀木刀が氣を帯びて薄く輝き始め、それでも無視して籠め続けていくと、光の濃度が濃くなって黄金色に輝いてゆく。

 それでもさらに無視して上乗せ、混入、蓄積、装填。

 

「………」

 

 そんなことを続けていたら……とんでもないことになった。

 今現在、構えている木刀が黄金色と書いてコガネ色に輝いているんだが、木刀が氣にあてられてミキミキと嫌な音を───ヒィ! やばいやばい! 壊れるってこれ!

 えーとえーと体に戻す……には多すぎる! だったら、そうだ剣閃!

 あ、でも切れ味とかどうなってるんだろうかコレ。

 …………ちょっと試してみようか。

 手頃は石を拾って、軽く上に投げてカッキーンと野球のように……あら、軽い手応え。ぼとりと落ちるお石様───って斬れたァーッ!? 打つどころか斬れた!? え、あ、えぇ!?

 

「…………氣って……すごいんだなぁ……」

 

 改めて感心した。

 思えば使えるようになってからは身近なものになっていたけど、普通に考えればとんでもないものだもんな、これ……。放てば看板だって吹き飛ぶし、普通の歩法じゃ出せない速度も出せるわけだし。

 一度、そういうものを扱ってるって意識を戻したほうがいいよな。

 輝く木刀を持ちながら、ごくりと喉を鳴らした……そんな俺を、華雄は羨ましそうな顔で見てきた。

 

「むう。私はそういうものを使った試しがないのだが」

「いやいや、使ってるって。十分使ってるから」

「? ……どういうことだ?」

「えっとな、俺が氣を流し込むときに気づいたことなんだけど───」

 

 とりあえずアレだな。自分が感じたことをはっきりと説明してみよう。

 氣はあるけど常時使われている状態なんだってこととか、今はその氣を俺が纏わせた状態だから、案外使えるかもってこととか。

 

「む、う……使うと言われてもわからんが……」

「無意識って怖いなぁ……」

 

 言ってしまえば今でも使われている。

 試しに握手をしてみたら、ペキコキと指があだぁーだだだだだ!!

 

「華雄待って華雄! 離して! やっぱりもう使えてるってこれ!!」

「なっ……意識などした覚えもないぞ!?」

「俺としては意識しないでどうして使えるのかが謎だよ!」

 

 解放されてからもズキズキと痛む手にプラプラと振るい、痛みを逃がす……けど、この行動って普通にやってしまうものの、効果はあるんだろうか。あれか、遠心力で痛みを外に…………逃がせたら苦労はしないなけどな。まだ痛いし。

 ともかく華雄に自分の中の氣がどんな状態なのかを説明する。

 説明し終えると、早速使ってみようとする華雄なのだが…………

 

「………」

「華雄?」

「使い方がわからん」

 

 いや、だから使ってるんだってば。

 そう言ってみても、なんだか納得出来ていないようだった。

 

「私もすとらっしゅとかいうものが出来るか?」

「出来る……とは思う。渡した氣が自動で使われる前にやってみようか」

「よし!」

 

 どうやら春蘭が使ってたのが気になっていたようで、コツを教える間は熱心に聞いていた。何度首を縦に振ったのかは……途中から数えるのをやめたくらいだ。

 

「よし、よし! こうだな! はぁあああ……!!」

 

 構えた金剛爆斧に氣が集められる。

 さすがに武人と言えばいいのか、コツを教えたら氣の移動なんて一発だった。

 ……べ、べつに羨ましくなんかないぞ? ほんとだぞ?

 

「あ~……か、華雄~? 熱くならずに、冷静に、冷静にな~……?」

「何を言っている? 私は冷静だ……っ!」

「目が滅茶苦茶輝いてますが!? 縁日の子供並みに輝いてらっしゃいますが!? ってちょっと待った華雄! そんな状態でやったら───」

「おぉおおおおっ!! すとらっしゅ!!」

 

 やがて振りかぶり───投げたッッ! 斧をッッ! 投げ───えぇえええっ!?

 

「え、いやちょっ───逃げてぇ! 見張りさん逃げてぇええええっ!!!」

 

 斧が飛ぶ!!

 氣を籠めた斧が、中庭から城壁の見張り台目掛けて飛翔する!

 その先には城の安全を見守ってくれている見張りの兵が───!!

 

『キャーッ!?』

 

 俺と華雄、絶叫。

 氣が籠もった斧は見事に見張り台に直撃。

 咄嗟に逃げてくれた兵にはただただブラボーを唱えたかったが…………もちろん当然のごとく華琳に報告が行き、盛大に怒られた。罰も受けることになった。

 ……あ、罰は華雄だけだった。

 

……。

 

 鍛錬が中止となり、時間が空いてしまった俺は、とりあえず空いた腹を満たした。

 華雄とはついでとばかりに華琳に仕事をもらい、途中で別れることになったから、現在は俺ひとりだ。

 歩いていれば誰かに会うだろうとは思ったものの、これで結構都の建築などで人材が使われているらしく、城の中は案外静かだ。

 

「ああ……どうせなら俺も建築のほうに回りたかったな」

 

 知識はないが、木材運びくらいなら手伝えただろうに。

 氣を使えるようになってからというもの、体を動かすのが楽しくなったフシがある。

 自覚済みだから、頭を使うことよりもいっそのこと……とは思うのだが、しっかりと華琳からは釘を刺されていたりする。

 

「まあ、今は勉強勉強、だな。覚えなきゃいけないことは山積みだ」

 

 汗も拭き、とっくにフランチェスカの制服に戻していた服を見下ろしてから苦笑。

 思えばなにをするにもこの格好だったな。

 学んでいくって意味では、確かに学生っぽくはあった。

 戦いまでもこの格好でするのは大変ではあったものの、やっぱり学ぶことは多かった。

 

「これからどうなっていくんだろうな、てんで想像がつかない……」

 

 溜め息と一緒に漏れた声を、誰かが拾うなんてこともなく。

 俺は、一日中誰も来訪することがなかった部屋で、ずっと書類整理を続けた。


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