真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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88:IF/もしも未来が過去ならば②

 そんなことがあってから、はや一ヶ月。

 三日毎の鍛錬とは名ばかりに氣の集中鍛錬と称し、今日も片春屠くんに跨る。

 こう言うのもなんだけどいつから嗅ぎつけたのか、三日毎、その日に仕事が無い者が後ろに乗りたがる。本日もその例には漏れず、此度の来訪者は風だった。

 

「お兄さんは乗り物とくるとなんでも乗りこなしますねー……お馬さんでも絡繰でも女の子でも」

「言われると思ったよ! 思っちゃった自分が悲しかったよ!」

 

 許昌を離れ、遠くの邑へ。

 今日は華琳が新鮮な牛乳にきな粉を混ぜて飲みたいと仰ったので、その材料の調達だ。

 氣で纏っているからローラーめいたタイヤ(?)が地面を走ろうが、ガゴゴゴと嫌な音がなることもないし、振動もそれほどこないという素晴らしい出来。つくづく真桜ってこの時代の常識を破壊している。

 

「いえいえー、自覚はとても重要で大事で大変必要なことですよー。何故なら風も乗りこなされた一人であり、そうしておいて自覚も無しでは、この背中に抱き付いている今を好機ととり、刃物のひとつでも抉りこまないと気がすみませんからねー」

「怖いよ!?」

「むふふ、もちろん刃物など持っていないので、指でお腹の横あたりをとすとすと」

「地味に痛いからやめよう!?」

 

 ちなみに、「ところで馬って?」と訊ねたところ、蜀の麒麟に気に入られていることを蒲公英に聞いていたらしい。どんな縁があって蒲公英と話したのかは知らないが、接触のきっかけは間違い無く蒲公英の方なんだろうなと想像できる。

 

「しかし見事なものですねー、氣で動く乗り物とは……ふむふむー」

「案は出したけど、まさか本当に作れるとはなぁ……」

 

 二人して真桜という存在に軽く恐怖した瞬間だった。

 そんな彼女だが、今は自分の工房でプロペラ付きの空飛ぶ何かの製作に励んでいる。

 ……部品代金は主に俺の懐から飛翔するのだが、望んだのが俺だから仕方ない。

 

「おっ、見えてきた」

 

 話しているうちに邑が見えてくる。

 さすがに速いなと驚くばかりだ。

 

「よし、じゃあ行くか」

「おおっ……嫌がる乙女のお乳を搾り取りにいくんですねー……?」

「誤解を生む言い方はやめような?」

 

 嫌がってない……と、思う。うん。

 目を糸目にして「冗談です」などととほほんと言う風を前に、軽く苦笑を漏らして歩く。邑に入ると真っ直ぐに農場へ行き、そこで額に汗して働いているおやっさんに声をかけた。

 

「ああっ、これは御遣い───」

「“さま”は無しでっ!」

「───ははっ、はい、北郷さん。随分と反応が早くなりましたね」

「来るたびに言われてちゃ、言いたくもなるよ……というか、おやっさんもわかってて言うのはやめない?」

「はは、すいません。丁度今搾ったところですが……これを持っていきますか? それともご自分で搾りますか?」

「じゃあ、そっちの搾っ……た、もの……? ……風?」

 

 搾ったものを貰おうとしたら、風にくいくいと服を引っ張られた。

 その上で宝譿が「おいおい兄ちゃん、空気読もうぜ」と仰る。

 

「…………こっちのお嬢様が、乳搾りを体験したいそうで……」

「おおっ、お兄さんは風に、身動きの取れない者の乳を好き勝手に弄び、搾れというのですね……?」

「だから誤解しか生まない言い方はやめよう!?」

 

 事実だけど! 確かに事実だけどさぁ!!

 

……。

 

 そんなわけで、現在は風が牛の乳を……弄び、搾っている。

 いや、ただ搾っているだけなんだが、いちいち宝譿に「おらおらねーちゃん、ここかー? ここがええんかー」とか言わせてるもんだから、俺もおやっさんも居心地悪く離れた場所で話し合っていた。

 

「なんだか次に搾るのが怖くなってしまいますよ……」

「心の底からごめんなさい」

 

 もう謝るしかない。

 とはいえ、冗談交じりの言葉だったためか、俺もおやっさんも顔を見合わせて笑った。

 先に代金も支払い、どうぞと沸騰殺菌された牛乳を飲んで一息。

 

「低温殺菌、と言いましたか。ぼこぼこと沸騰させるのとは違うんですよね?」

「高温殺菌は、そりゃもうボッコボコに沸騰させるから風味も栄養も死ぬとか……どっかで見た気がする。もちろん全部が全部消えるわけじゃないけど、それで納得出来るんだったら水飲めばいいわけだし。なら菌だけを上手く殺して栄養と風味を味わったほうがいいと思うんだ」

「はあ、その……よくわかりませんが……そのまま飲むのは危険なんですか?」

「この時代でどれほどの菌がうろついてるかは知らないけど、まあ」

 

 病気は怖い。この時代では特に。

 華佗っていう超・医者が居なければ、今頃何人の人が死に、何人の子供が産まれていなかったんだろう。

 軽く考えてみるだけでも相当に怖い。

 

「大事に飼っていても、病気にはなるものなのですか……恐ろしい」

「家畜と人間は体質自体が違うから仕方ないんだろうなぁ……。人同士でも、持っている菌っていうのが違うらしいし」

「人にも菌が?」

「人の唾液には殺菌効果があるにはあるんだけど、空気に触れると悪性に変わりやすいっていうし、他の人にしてみれば拒否反応が出るかもって話もあるんだ」

 

 だから傷ついた人の指を銜える時は、空気に触れないようにして……すぐに水か何かで洗い、あからさまに空気に触れないように布かなんかで覆うのがいい。

 明命や詠にもやったけど、本当なら本人の唾液が一番だろう。

 だが考えてもみてほしい。指を傷つけた人相手に、“自分で銜えてろ!”とか言えるか? 少なくとも俺は無理だ。自分の唾液が一番の消毒になるから銜えてろーとか……咄嗟にってこともあるけど、それを言う前に相手の指を銜えている気がする。

 お陰で詠には怒られたな。

 そんなことを適当にぼかしながら話して、また笑う。そんな平和な時間を……

 

「んふふ~、こんなに白くて濃い汁を出して、いやよいやよと言いながら気持ちよかったんだろー、えー、ねーちゃんよー」

 

 ……乳搾りを続けている風と、宝譿によって台無しにされた。

 

「……とりあえず止めてきます」

「お、お手柔らかに」

 

 誰かにとっての休日、自分にとっての鍛錬の日。

 誰かと出かける度にこんなフォローをしている気がする。

 凪と出かける時が一番気楽でいいかなぁ……たまに氣動自転車の速度限界に挑戦すべく、二人して氣を注ぎ込みまくって遊んだりもする。

 当然最初は派手に転倒したりもしたが、慣れると面白いのだ。

 そんな話を耳にした春蘭と乗った時は、無理矢理乗らされた秋蘭ともども死ぬかと思ったが。無遠慮に最大放出で氣を籠めるもんだから、速度に負けた自転車がウィリー状態で滑走。

 必死にハンドルにしがみ付く俺と、落ちないように俺にしがみ付く秋蘭。そして高笑いしながらなおも氣を籠める春蘭とで、広大なる大地を駆け巡った。

 ……以降、秋蘭はちょっとした氣動自転車恐怖症に陥っていた。

 とまあ、そんな最近を思い出しながら風に一言三言を注意して、普通に乳搾りをしてもらう。「思ったより握力を使いますね~」とのんびりと言う風は、なんというか“人の話聞いてました?”とツッコミたくなるほどに平和な笑みを浮かべていた。

 

……。

 

 氣動自転車も大分乗り慣れ、国境まで遊びに行くのも楽になってきた頃のこと。

 覚えることも少なくなってきて、珍しくも空いた時間に外へと繰り出したその日。

 ……山道で山賊に襲われた。

 

「へっへっへ、金目のもの、置いていきな!」

「………」

 

 丁度、氣動自転車から降りて休憩していた時だった。

 黄色の頭巾を身につけているところからして、どうやら黄巾の残党らしいが……今となってはその黄色の頭巾は、アニキさんやチビやデブのトレードマークのようなものだ。

 未だにあれを身に着けて黄巾だ黄巾だと後ろ指を指されることがあろうとも、それを外すことはしない彼らのもの。

 それを身に着けて悪事を働くというのなら、この北郷……

 

「ただではおかんッッ!!」

「おぉっ!?」

 

 言葉とともに気を引き締め、一応は持ってきておいた木刀を竹刀袋から取り出す。

 生憎と氣動自転車は少し離れた場所にある。蜀で出会った山賊の時のように避け続けてなんとか……といきたいところだけど、相手の様子が明らかにあの時とは違う。

 明らかに“襲い慣れている”。

 避けて、逃げて、氣動自転車のところまで辿り着くというのは無茶だろう。

 だったら……攻撃した上で辿り着くか、相手を無力化するしかない。

 

「すぅ……はぁ……───んっ」

 

 構えられた武器に山賊がびくりと軽く引くが、武器が木刀と知ると、刃物を持つ自分の方が有利ととって下品な笑いをこぼす。

 相手は四人。

 対するこちらは一人。

 さすがに四人で一斉に掛かられた勝てそうにないが、まあ、なんだろう。

 

「あのさ。その頭巾捨てて、帰ってもらえると嬉しいんだけど」

「あぁ? なに言ってやがる。黄巾を捨てるってこたぁ死ぬのと同じだろうが!」

「俺たちゃ泣く子も黙る黄巾党だぞぉお!?」

「ひゃっひゃっひゃっ! いいから身包み置いてけってんだよぉ!」

「それとも脱がされたいのかぁ? いや、だめだなぁ。売りもんに傷がついちまう。なにせおめぇさんと違って、こっちは刃物だからよぉ」

 

 笑いながらジリジリと近付く四人。

 行動に注意しつつも、焦りを浮かべながらひとつだけ訊いた。

 

「えっと……もしかして俺、もう狙われてたりする?」

「ああそうだよぉ! 今から───あでっ!? ……へ?」

 

 戦いの了解は得た。

 狙われてるなら遠慮無しと、言葉の最中に相手の武器を右手ごと砕いた。

 直後に訪れる痛みに叫ぶ男と、その声に驚いた男。

 まずはその驚いた男の鼻を砕き、「てめぇ!」と後ろから襲いかかる男も、刃物ごと叩き伏せる。遠慮? しません。殺しにきている相手には、たとえ相手が老人だろうが子供だろうが容赦しない。それが戦ってものだ。

 

  “死にたくないって思ったなら、老若男女の差別などしない”

 

 それが、戦場で生き残るってことだ。

 

「なっ……ど、どうなってんだよ! 木の棒っこ相手に刃物が負けるなんて……!」

 

 傷つけないために頑張って氣を籠めてますから!

 傷つけたらじいちゃんにどんなこと言われるかわかったもんじゃありませんから!

 そんなわけで残るは一人。

 内心相当緊張してる所為で、結構心臓がばくんばくん鳴っているが、それを相手に悟られないように努めて冷静に振る舞う。

 

「てめぇいったいなにもんだ! そんなひょろっちぃ体で、木剣だけで───ぼっけ……ぼ……木剣!? きらきらの白い服に、木剣の男……!?」

 

 怯えを混ぜて叫んでいた男が、急になにかに思い至った風情で驚く。

 そして俺を指差すと、

 

「ま、ままままさか……! 妙な祭りで呉の孫策を木剣で負かしたっていう…………!」

 

 ……エ? いや、ちょっと待て?

 なんでそんなことを山賊が知ってるんだ?

 ……と、そのことを訊ねようと声をかけた途端、四人は『ヒ、ヒィイーッ!!』と叫んで逃げ出してしまった。

 

「…………えー……」

 

 襲いかかってきたくせに、ヒィって……。

 今までこんな反応されたことなかったから何気にショックだった。

 

「……はぁ、でも、助かったぁ……」

 

 今頃足が震えてきて、立っていられずに地面に尻餅をついた。

 やっぱり実戦と鍛錬は違う。

 いくら魏呉蜀のみんなと戦った経験や、殺気をぶつけられた経験があるからといって、刃引きのされていない本物の刃物を向けられれば怖い。

 しかも対するのが、人を傷つけることがもう平気になっている相手なら余計だ。

 自分で自分が情けないとは思わない。

 殺されるのは誰だって怖い。当然だ。

 

「やっぱり外に出る時は、誰かと一緒のほうがいいなぁ……はぁ」

 

 よくもまあ、将になる前の人たちは刃物に立ち向かう勇気が持てたもんだ。

 英雄って存在を本気で尊敬する。

 ……その英雄として知られる皆様に、鍛錬に付き合ってもらってる方が非常識か。

 なんてったって、斬られはしないけど空は飛ぶんだもんなぁ。

 

「……ん、よし」

 

 軽く足を殴って、脹脛(ふくらはぎ)に刺激を与える。

 脚気検査といえばいいのか、震える部分に喝を与えるようにして、ようするに痛みで感覚を取り戻させた。

 痛みは怖いものではあるけど、痛覚が無ければいろいろと都合が悪いこともある。

 今はその痛覚に感謝だ。

 

「なんてったって山賊だ……仲間なんて呼ばれたら、もう立ってられる自信がない……」

 

 逃げられる戦からは逃げよう。

 対して、絶対に退けない戦ならば全力で向かおう。

 ただし命を大事に。

 生き残ったとしても後がないのなら全力で。

 今は逃げられるから逃げる。

 

「…………んっ」

 

 氣動自転車に跨ると、氣を籠めて走り出す。

 “怯えて逃げたのなら来ないのでは”と思う人は、人間の集団思考能力の怖さを考えてみてほしい。

 一人では怖いものも大勢なら怖くない。そういう謎の脳内麻薬を人間は持っているのです。人数が多いのなら村人だって武器を持つが、少ないのなら怯えるだけで終わる。誰かが戦うと言えば俺もと言えるけど、自分だけなら戦わない。

 それと同じように、逃げ帰った先に山賊仲間がたくさん居て、そこにリーダー格の人が居たならば絶対に仲間とともに再来するだろう。

 

「まずった……久しぶりの大ポカだ……」

 

 人は怒りを蓄えるものだ。

 他人からの怒りを他人にぶつけて晴らすことが出来る。

 そのくせ、怒りをくれた本人に対する怒りが全て消えるわけじゃない。

 山賊は俺から怒りを得た。でも俺が居なくなればぶつけどころがない。

 じゃあその怒りはどこへぶつける?

 

「…………山賊狩り、考えておいた方がいいかもな……」

 

 というか、まだ山賊が居たことの方が驚きだ。

 やっぱり一度甘い汁を吸っちゃうと、人を殺してでも楽をしたいって思えるのだろうか。

 

「なんか……悔しいよなぁ……」

 

 氣動自転車が走る。

 この場で起こったことを魏に報告するために。

 

  ……すぐに山賊狩りは実行され、山賊はお縄についた。

 

 連れてこられた男たちに“足を洗って真面目に働かないか”と言ってみたが、山賊はこれを拒否。黄巾党の残党というのも嘘で、山道を通る商人を襲う山賊だったらしい。

 殺した商人の数も中々のもの。

 

  「今さら真面目に働けるか」と笑って言いながら、彼らは死んだ。

 

 平和だった日々の中、人が死ぬというのは辛い。

 それが山賊であろうと、心に穴が出来て、そこに鉛をくべられたように重かった。

 思春は気にするなと言うけど……さすがにそれは無理だったよ。

 

「むぅぅ~……主様、元気を出してたも……?」

「………」

 

 机に向かいながらも手が動かない俺の膝の上へ、美羽が乗ってくる。

 そんな彼女の頭を「ありがとうな」と返して撫でるが、心に熱は灯らない。

 ……なんで生き残る方を選ばなかったんだろう。

 そりゃあ、山賊相手に足を洗って働かないかって言う俺の感性の方がおかしいとは思う。

 でも受け入れていれば、少なくとも死ぬことは…………

 

「…………」

 

 違う。

 違うよな。

 頭の中に桃香の顔が浮かんで、頭を振った。

 許すばかりが人じゃない。

 殺して奪うことに慣れていようが、そこに多少の罪悪感もないのかといえば、きっとそうじゃない。

 死人は何も喋らないけど……だったらせめて、希望くらいは持とう。

 殺し、奪ってしまったからこそ、もう一緒に働けないと踏んだのだと。

 ……そう思わなきゃ、平和な世界に慣れたこの心は立てそうになかったから。

 町人の反応は輝きに満ちていて、安心して山道を通れると言う商人の姿もある。

 それはそれで、きっと喜ぶべきことなのに……お人好しって言われてもいい。俺は悲しかった。

 同盟の支柱としてやさしくあろうと、そんな心を固めていっていた日々の中で起きた、唇を噛むようなやるせない事件だった。

 

……。

 

 「へぇ。それで塞ぎ込んでいたの」……とは、華琳の言葉だった。

 山賊狩りから三日、どんよりとした空気を引きずっていた俺が、なんでか恒例になっていたミルクきな粉を華琳に飲ませた日。華琳が無遠慮に「辛気臭い顔で居られては、美味しいものも不味いわ」と言ったのがきっかけ。

 自室で机に向かい、うんうんと唸りながら仕事をしていた俺に、華琳が溜め息混じりにそういったのだ。

 

「うぐっ……悪い……」

「自覚はあるのね? ならすぐに直しなさい」

「いや……だってさ」

「この平穏に至るまでにどれほどの者が血を流したと思っているの? その平穏を乱す者は誰であろうと許さない。そう決めたからこそ平穏は保たれているし、件の山賊は死んだのよ」

「………」

「一刀。守られている条件から自ら抜け出し、守っている者を傷つけた時点で、その者は死ぬ覚悟をしなければならないの。出来ていないなんて理由は、他の者には関係がない。それがわからないなどと戯言はぬかさないわね?」

「……ああ。それはわかってる」

「ならば悩むのはやめなさい。時間の無駄よ。彼らは自分の楽のために人から奪う行為をした。ならば、私たちは自分たちの楽のために彼らを殺した。それだけのことよ。やるのならばやられる覚悟を。それすら決められない者が人を殺すなど、笑わせてくれるわ」

「………」

 

 自分の手を見下ろす。

 木刀を持ち、山賊の手や鼻などを砕いた手を。

 籠めた氣の密度がもっと大きく、思い切り振っていれば、人さえも殺したであろう撃を。

 

「それから一刀? 何故、山道に向かった際に、思春を連れていかなかったのかしら?」

「あ」

 

 答えを得ようと働かせていた思考が、ぴうと逃げ出した。

 いや、待ってくれ華琳、もうちょっとで必要ななにかが……!

 そんな不安を華琳にぶつけてみると、華琳は盛大に溜め息を吐いてくれた。

 その上で机を回りこんで俺の隣まで来て、俺の鼻を指でゾスと突く。

 

「……答えなさい一刀。思春のことはとりあえず置いておくわ。それであなたは、山賊たちの死の先で、“取り返しのつかないことをやり遂げる覚悟を”得られたのかしら?」

「………」

 

 それは、俺が華琳に言ったこと。

 戻ってきた時に、華琳に会えた時に言った、俺の覚悟の話。

 

  いろんな思いが交差するこの世界で、それでも前を向いていられる理由が持てた。

  目標があるのなら進まないと。理由があるなら立たないと。

  あの日、俺の頭を抱いてくれたやさしいぬくもりに報いるためにも。

 

 ……ああ、そっか。

 俺、忘れるところだったのか。

 あんまりにも平和で楽しかったから、吐いてばかりだった自分からようやく立てた頃の自分を、自分から拾いに行くところだった。

 人の死に悲しむなとは誰も言わない。

 ただ、あの日に得た思いを忘れてまで拾いに行くことなんて許されない。

 そうやって答えを見つけた瞬間、そんな思いが表情に出ていたのか、華琳は俺の頭を胸に抱いた。

 

「え……か、華琳……?」

「手。震えているわよ」

「え、あ、あ……」

 

 言われてみてようやく気づいた。

 いつかのように震えている体。

 囲まれ、刃物を向けられ、死というものを身近に感じたのを思い出したからだろうか。

 あの日のように震えている体があった。

 そして、そんな体をやさしく包み込むように、華琳は俺の頭を胸に抱き、やさしく髪を撫でてくれる。

 

「……ごめん。ごめんな……ごめん」

「なんで謝るのよ」

「わからない。わからないけど……悔しい」

 

 誰でも彼でも救える気で居たんだろうか。

 自分が手を伸ばせばきっと手を繋いでくれると。

 妄信していたわけではきっとない。

 ただ、救える人が増えてくれたのだと、どこかで舞い上がっていたのかもしれない。

 舞い上がって、手を伸ばして、でも掴んでくれなかったから悩んで……震えて。

 自分がまだまだ子供だったことを思い知らされて、もっと大人になれば救えるのかなって思って、でも……きっとそんなことはなくて。

 

「支柱になったからといって、全てを救えなんて言った覚えはないのだけれど?」

 

 華琳はそう言う。

 俺だってそう思う。

 なのに“救えるのなら救いたい”とも思ってしまった。

 それは弱さだろうか。

 平和の中で悪事を働いたものを、平和の中から除外出来ない弱さだろうか。

 

「……はぁ。そう。あなたの“前を向く理由”は、もう折れたの」

「………」

「罪を犯した者を救える気でいて、救えなかった程度で折れるの」

「………」

「……何とか言いなさい」

 

 でないと殴るわよ、と続けそうな口調のままに華琳は言う。

 俺は……俺の右手は、もう胸をノックしていた。……が、やっぱり一回や二回の覚悟なんかじゃ乗り越えられない。

 だから華琳を抱き締めて、勇気を貰った。

 怯える心はいつまで経っても消えない。不安がる心だってきっと同じ。

 それでも、なかなか沸いて来ない勇気が誰かから受け取れるのなら、もっと頑張れる気がした。

 ……情けないとは思わない。これが俺だから仕方ないと苦笑する。

 その分は、しっかりと前を向いて、国に返すことで支払おう。

 誰かの死に泣けなくなるくらいなら、情けないままで十分だ。


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