真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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89:IF/都暮らしの空の下③

 順応って言葉があるように、生き物はいろいろな環境に時間をかけて慣れてゆく。

 最初の頃は戸惑いながらも楽しんでいた都暮らしの人達も、いつしか戸惑いを薄め、楽しさのみを胸に駆け回っていた。

 

「うははははー! 華雄よ! 妾の華麗なる雪さばきに驚くがよいのじゃー!」

「合戦と言われては黙っておれん! ……時に北郷? この合戦は武器は使えないのか? この雪球を投げるだけなのだろうか」

「そうそう。これなら当たってもそんなに痛くないし───って」

「なるほど。ならば……ふんっ……ぬ、ぅうう……! ───うむ!!」

「いや“うむ”じゃないよ!? なにその水晶みたいな雪球! 光を受けてテコーンって輝いてるよ! 雪球っていうか氷だろそれ! 軽く固めるだけでいいんだって! そんなの投げたらぶつかった相手が死ぬから!」

 

 季節は……多分冬。

 寒さが本格化してきたある日に降った雪はみっしりと積もり、吐く息を嫌でも白くさせていた。楽しみのみを、と言った通りに都全体で雪合戦を始めてみたりしたが、最初は嫌がっていた人も最初から張り切っていた工夫たちも、今では随分と必死だった。

 

「うおお強ぇえ! ていうかてんで当たらねぇ! お、おいおめぇら! 興覇さまがすげぇぞ! どうすりゃああんな動きが出来るんだ!」

「んなぁああっ!? あんなの俺だったら避けきれねぇで雪だるまになってるぞ!?」

「思春!? 思春さん!? ちょっ……避けすぎ! どれだけ身体能力高いのさ!」

「そういう戦いだろう。避けずにいてどうする」

「いや……そうなんだけどさ……。なんかもういろいろ規格外だなぁ……」

 

 合戦と聞くや、落ち着いていられないのは武人の血が故なのか。

 大人げないと言ったらアレだけど、華雄と思春はそれはもう結構な勢いで民たちと戦っていた。もちろん、俺は思春と向かい合って雪球を作っては投げているんだが……あははははは! 当たらん! 見事に当たらん!

 

「はっ! だぁっ! せいぃっ……───っだぁあーっ!! 当たらねぇえ!!」

「そういう貴様こそしっかりと避けているだろう……!」

「もう意地だろこういう状況じゃ! 避けるだけなら俺だって得意オブゥウウッフェェエッ!!? ごっは! げほぉっ……!? あっ……か、華雄ぅうううっ!! それ投げるなって言ったろぉおおっ!!?」

「い、いやっ……! これでも随分と軽く握ってだなっ……!」

「脇腹陥没したまま戻らなくなるかと思うほど痛かったんですが!?」

 

 楽しみながらの都作りはもちろんしていたものの、作る以外の楽しみが無いと息抜きにはならない。そんな考えから始める様々な遊びは、民たちを笑顔にさせた。

 最初は張り切っていた美羽があっという間に雪だるまになる様を見た七乃が、目を輝かせながら「あれだけ大見得を切っておいてあっさりやられるなんて、さっすがお嬢様っ」とか言ったりして。それを見て笑うみんなと、訳もわからずとりあえず褒められたと思って、雪を散らしながら胸を張る美羽に笑うみんな。

 日々は、忙しいながらも穏やかだった。

 そんな世界で笑える喜びは、やっぱり順応って言葉があってこそだろう。

 どこから手をつけたもんかと悩んでいた人が、悩むよりも行動することが多くなると、自然と周りも同じように行動に移る人が多くなる。

 もちろん俺も例に漏れず、定期的に会合のようなものをしては、みんなの意見を耳にしながら話を纏めて、よい都作りに励んでいた。

 あ、それこそもちろん、俺だけが都を作っていくわけじゃないんだから、意見を推してくる人にはそれなりの行動には出てもらっている。

 “それを実現させるならどれこれが必要だ”と言えば、張り切る人も居ればあっさり諦める人も居る。諦める人に声をかけて、やってやろうぜと笑う人だって居る。

 そういった“すること”が日に日に減っていくと、都の暮らしも大分落ち着きを見せ……気がつけば春が来る。

 

「お兄さーん! 宴が出来るいい場所があるんだけど、一緒に行こー!?」

「……場所についてはなんとなく想像出来るけど。あの、桃香サン? 急に訪ねてきて宴に誘うとか、いったい何事デスカ」

「あ、うん。最近は都もお兄さんも落ち着いてきたみたいだから、息抜きに誘ってみたらどうでしょうって、星ちゃんが」

「それ、ただ星が合法的に酒が飲める席が欲しかっただけじゃないよね?」

「………あうっ……!? そ、そそそんなことない……と、思う、よ?」

「だったらどうしてそこで盛大にどもりつつ、目を逸らすの」

 

 ある日に急に訪ねてきた桃香に桃園に誘われたり……というか、今じゃ幽州って魏方面じゃなかったか? ……などとも思ったが、まあ結局は各国に声を掛け合って騒ぐことに。

 その頃には一応“日本酒”も完成しており、霞が随分と燥いでいたのは記憶に新しい。

 

「っかぁーっ!! 喉にツンとくる! 味はなんやはっきりせぇへんけど、体の奥から熱ぅなるわ!」

「頼むから味わって飲んでくれなー……? あまり多くは作れなかったんだから」

「あぁもうそないケチくさいこと言いなやぁ。……ウチな? 一刀がきちんと約束守ってくれたんだけでもめっちゃ嬉しいねん。帰ってきてくれたし、羅馬にも行くゆーてくれたし、酒も作ってくれた。これが飲まずにおられるかいっ!」

「その言葉って、悔しい時にしか聞かないものだと思ってたよ……」

 

 付けた名前もすっかり忘れたので“北濁里(きたにごり)(仮名)”と呼んだそれは、黄酒に慣れたみんなにとっては新しい味だったらしい。

 何気に結構アルコールも強いようで、祭さんや桔梗、紫苑や星は喜んで喉に通した。

 

「へえ……これが日本酒……。黄酒よりも、喉に通した時の熱が強いわね」

「……俺の知ってる黄酒はもっとアルコールが薄い筈なんだけどね」

 

 この世界の酒は少々おかしい気がする。

 この時代の酒はそんなにアルコールが強くない筈なのに、平気で喉が焼けるような強い酒が存在するのだから。

 しかしながら、そういうのは結構高価だったりするので、飲みたくても手が出せないのが普通。なら作るしかないってもので、出来た酒は無料で喉に刺激を与えてくれた。あ、もちろん材料費はかかっているが。

 俺の隣で日本酒をちびちびと飲み、ツマミを口にする華琳は結構上機嫌。

 ビールは飲めなかったものの、日本酒とそれによく合うツマミは食べられたのだから、それはそれでいいということらしい。自家製ビールの作り方っていうのもあった気がするが、それをするには材料や器具が足らないだろう。

 あったとしてもどの道ダメだろう。……作り方自体、覚えてないし。

 

「一番北郷一刀! 歌います!」

 

 桃園の中心で歌を歌う。

 こういうものはやった者勝ちというが、実際その通りだろう。

 マイクは無いので自分の喉の許す限りに歌い、喉が渇けば飲み物を───あれぇ!? 手が届くところに酒しかない!? ……や、まあ宴だしね!? 酒だな、うん、酒だ! なんかみんながニコニコ微笑みながら水を遠ざけていってる気がするけどきっと気の所為さ! ……気の所為だよね?

 で、がばがば飲んでいれば酔っ払うわけで。

 

「大体みんなは勝手すぎるんだっ! 俺は魏にいろいろ捧げたって言ったのに、三国の父とかなんとか……! そりゃみんな魅力的だよ!? 綺麗だし可愛いし、嬉しいと思わないわけがないさ! それでもなー! 俺は……俺は華琳が好きなんだー!」

「おー! よく言ったぞほんごー! ……うっく。ほらしゅ~ら~ん、お前も飲めー!」

「い、いや、姉者……それくらいでやめにしたらどうだ……?」

「なにをゆーんらー! こういう時こそらなぁ、腹を割ってはなひあいをらなぁ~……ほれほんごー、言え! 言ってやるんらー!」

「おー! 言ってやるともー! 華琳ー! 好きだー! 天に帰ってから、忘れた日なんて一度もなかったぞー!」

「……はぁ。酒の席で酔うなとは言わないけれどね、一刀。何かを言葉にするのなら、酒の勢いではなく───」

「華琳ー! 好きだー!」

「華琳さまー! この身全てを捧げても悔いの無いほど愛しておりますー!」

「むっ!? だったら俺はこれからの未来の全部を捧げてもいいくらいにだなー!」

「なにをー!? らったらわらひは死してなおだなー!」

「そんなの俺だってそうだ!」

「むぅううーっ! やるかぁ北郷!」

「やらいでかぁっ!! 俺の方が───」

「わらひの方が───」

『華琳(様)のことを愛しているぅううっ!!!』

 

 そうして始まる取っ組み合い───ではなく、酒飲み勝負。

 相当恥ずかしいことを叫んだにも係わらず、その時の俺は周囲など気にせず飲んだ……らしい。うん、この時のことはあとで七乃にからかうように教えられた。結局俺は飲みすぎで春蘭とともにゴドシャアと大地に倒れ、痙攣したのちにオチたそうだ。

 目が覚めた先にあったのは真っ暗な景色。

 今日は月も隠れてしまっているようで、虫の鳴く音を耳にしながら起き上が───れなかった。

 

「うぅえっ……気持ち悪いぃ……」

 

 頭痛はしない……のだが、妙に頭が重かった。

 いや、頭だけじゃなくて体が重い。

 つか、起き上がれない? 何故?

 

「………」

 

 様々な人が人を枕にして寝ていらっしゃいました。

 動こうにもこれじゃあ動けない。

 観念して二度寝でも……と思ったのだが、眠気は既に無かった。

 

「おぉーいぃい……暖かくなったとはいえ、こんな場所で寝てたら風邪を……引く様子が想像出来ないんだよなぁ」

 

 愛紗くらいじゃなかろうか、俺の前で病気になってみせたのって。

 その愛紗も桃香と並んで眠っているようだ。

 誰か起きている人は居ないかと見渡してみるが……見張りの兵以外は全員撃沈しているようだった。

 

(北濁里が効いたんだろうか…………だったらちょっと嬉しいかも)

 

 各国のお偉いさんが無防備に寝ている。

 クーデターとか言うのもアレだが、そういうのを狙っている人が見たらチャンスすぎて笑えない。もし見張りの中にそういう人が混ざってたらどうするんだーって言ってみたくもあるものの……

 

「───……」

 

 重い頭の中では、既に意識を集中させていた。

 殺気を以って近付く者あらば、全力で抗う自分は既に自分の中で完成している。

 酔っ払いがどこまで出来るかは、まあその時だ。

 

「……はぁ」

 

 とりあえず一人ずつ頭をどかして、その場から立ち上がる。

 草の上に敷いて座っていたレジャーシート……ではなく敷物に寝転がっていたようで、立ち上がってみれば少し妙な感覚。草の上に敷いた茣蓙の上に靴下で立ったときのような……って、そのまんまか。なんかくすぐったい。

 

「………」

 

 重い頭を軽く振ってから歩く。

 もちろん眠っているみんなを踏まないように慎重に。

 そうして見張りの一人に声をかけると、酔い覚まし代わりに話を始めた。

 

「お疲れ様です」

「ただ飲んで騒いでただけだって。そっちこそ、見張りありがとうな」

 

 残り物で悪いけど、と差し出したのは軽くつまめるもの。

 交代で見張りをしている何人かがそれを口にして、苦笑を漏らす。「仕事ですから」と。

 

「まあ、割り切れるってのはいいことだよな」

「はい」

 

 さすがに仕事中に酒はまずいので、やはり食べるだけ。

 水はあるから、それでささやかな乾杯をした。

 

「───」

 

 月の無い空を見上げる。

 吐く息はもう白くはなく、ゆっくりと温かくなっているのだなと実感が持てた。

 視線を下ろせば、食事を摘んで楽しむ兵たち。

 しかしまあ、食べながらでもちらちらと辺りには警戒しているようで、実に仕事熱心だ。

 俺は……そんな兵たちを見て笑う。

 普通に頼もしいって思えたんだから仕方ない。

 安心がなければ、案外笑うことって難しいのだ。

 

「そういえば……隊長が戻ってきてから、結構経ちましたね」

「ああそうそう、そういえば宴の夜に戻ってきたんだったよな、隊長」

「天というのはどんな場所なんで?」

 

 それから他愛無い話をする。

 天についてを少し大袈裟に、けれどわかり易く説明したり、そこには俺より偉い人なんてごまんと居ることを教えたり。

 兵らはそれを聞いて驚いたり頷いたり。

 そんな、気が緩むような時間を過ごしながら、日々に流されていった。

 新しい発見ばかりの毎日を、笑みで過ごしながら。

 

 

……。

 

 ───……季節は夏。

 

「いいか? 患者を診る時は傷よりもまず、氣の流れを見るんだ」

「氣の流れか……」

 

 太陽が照りつける、良い天気の昼の都。

 三国どちらへもすぐに向かえるということで、都に住居を構えた華佗に医術を習う。

 もう一度訊いてみたものの、結局俺の体はちっとも成長していないとのことで、やっぱり俺はこのままなんだろうなって意識を強めたある日から、俺は華佗にいつか話したように、医術を習うことにした。

 もちろん五斗米道は一子相伝らしいから、教えるのなら心の底から熱く学べと言われ……そんな言葉とは別に、“体が成長しないなら、お前に託せば安心だ”とも言っていた。

 そんなこんなで学ぶ医術は…………一言で言うと熱かった。

 

「違う! そこは相手を労りつつも熱い心で包んでやるんだ!」

「えあっ!? あ、熱い心でか!?」

「そうだ! もっと熱くだ! “弱気”などは“熱気”で吹き飛ばす! 病は気から! ならばまずは氣を見て気配をさぐる! 弱気と見れば必察必治癒!! 元っ気にぃぃい……! なぁあああれぇえええええっ!!!」

 

 そうして医術を学ぶ中、各国との交流もこなし、新しく始めたものが波に乗り、それが安定してくると……ようやく肩の荷が少しずつ下りてゆく。

 それでも続けていることは続けている。

 机に噛り付かない日はないし、暇があれば美羽と一緒に歌と二胡の練習もすれば、思春と一緒に警邏もする。

 

「おぉおおおおおおおっ!!!」

「はぁあああああああっ!!!」

 

 三日毎の鍛錬も相変わらずだ。

 成長した氣を以って、全力で華雄とぶつかる。

 ほんの少しずつだけど押せてる時があるんじゃないかと思える瞬間が……出てきた気がする。だから余計に頑張り、頑張りすぎた結果が大敗。

 調子に乗るとどうにもペースとか自分の氣の扱いを忘れがちで、氣で体を動かすことを忘れ、体で動こうとして失敗する、なんてことをもう何度やって何度負けたことか。

 

「んんっ───がぁああああああっ!!!」

「うぬっ!?」

 

 しかし“相変わらず”からいい加減脱したいと思う気持ちは、“相変わらず”をとっくに飛び越えている。

 歯を食いしばって前へと出て、“負けてもいいから頑張る”って姿勢を“勝つために頑張る”に変えながら、鍛錬を続けている。“ああ、これは負けるな”って思う瞬間でも最後まで諦めず、氣を充実させては相手の撃を弾いていた。

 不思議なもので、否定的な思いで武器を振るうよりも、肯定的な思いで武器を振ったほうが、踏ん張りが利いた。人間って不思議だ。

 

「っ……今日はやけに粘るではないか!」

「今日は、じゃなくていつもだ! いつだって勝ちたいって思ってるんだから───!」

 

 木刀と斧との衝突音とは思えない、金属が弾けるような音はいつまでも続く。

 腕が痺れても氣で繋ぎ合わせ、骨が軋んでも歯を食い縛り、今日という今日は越えるのだと気合を籠めて向かう───そんなことをもう何度繰り返しただろう。

 俺が華雄の癖を見切り始めているように、華雄も俺の癖なんて熟知していることだろう。

 それでも退くことをするくらいならば、見切られていようと向かうことを諦めず、ただただ一撃一撃を連ね、己を高めてゆくことを願った。

 そしてついに───その想いは届くことになる。

 

「ッ───すぅううきっ───ありぃいいいっ!!!」

「! くあっ───はっ!?」

 

 氣が続く限りどころか、消耗しても錬氣し続け、打ち合い続けた結果。

 とうとう華雄の手から金剛爆斧が弾かれ、次の瞬間には俺の木刀が華雄の喉へと突きつけられていた。

 

「っ……はっ……はぁっ! はぁっ! はっ……ん、んぐっ……! はぁっ……!」

「…………」

 

 息が荒れる。

 手は完全に痺れ、感覚なんて残っていない。

 華雄もきっとそうだからこそ武器を手放すなんてことをしてしまったのだろう。

 手が痺れてからは意地と意地のぶつかり合いだ。

 そこには技術よりも根性こそがあって、今回は一歩だけ俺が先にいけた……それだけのことだった。

 氣を使い続ける華雄と、錬氣と行使を同時に使えるようになった俺との、ほんの僅かな差が決め手になった。……とはいえ、次もこう上手くいくとは限らなすぎるわけで。

 実際、勝った筈の俺のほうが、負けた華雄よりもぜぇぜぇと息が荒い。

 錬氣、行使、集中、先読み、頭を使うものやら体を使うものやら、いっぺんに様々をやりすぎた所為で頭が痛いし体も痛い。

 

「……負け、だな。私の」

「……………」

 

 だから、俺としてはその言葉を聞けただけでも満足だった。

 暑い夏の日───俺は照りつける太陽の下、華雄のその言葉を聞いた途端、ぼてりと大地に倒れた。うん、原因は太陽の熱と、動きすぎによる発熱と、錬氣の連続による疲労などによるものらしかった。

 

……。

 

 ふと目が覚める。

 どうやら大きな樹の幹の下に寝転がらされていたようで、視界には木漏れ日眩しい青空。

 少し気だるい体を起こしてみれば、隣に座っていたらしい華雄がそれに気づき、無理矢理もう一度寝かせた。そう、無理矢理。いっそドゴォと効果音が鳴りそうなくらい、幹に頭をぶつけた。

 悶絶する俺に彼女はこんなことを仰った。「急に起きあがるから苦しむことになる」と。

 ……どうやら立ち眩みみたいなのを起こしたと思ってらっしゃるらしい。

 

「ぢぢぢ……!! か、華雄……!?」

 

 なんとか振り絞る声に、華雄はどこか疲れたような声で「応」とだけ返す。

 それからは沈黙。

 俺には視線を向けず、どこか遠くを見ているような様相のまま、しばらくの無言。

 ややあってこちらをちらりと見た華雄は…………何かを諦めたような溜め息を吐いて、

 

「約束だからな。今この時を以って、私はお前の女となろう」

 

 ……なんてことを言ってみせた。

 約束だから仕方ない、という表情───ってそれ以前にちょっと待ちなさい。

 約束……約束って、いや、あの、エ?

 もしかしてあれって本気で……!? いやちょっと待て北郷一刀! ここで普通に訊ねるのは地雷だ! そんなことはもう経験しまくってるじゃないか!

 自分が負ければどーのこーのは確かに話したことだし、華雄にとってもそうならないためにも戦っていた意地のようなものだってあった筈だ。

 それを今さら撤回するとなると………………ア、ヤ、ハハ? なんか首がスースーする。

 なので思考を回転させて……えぇっと……!

 

「か、華雄? 華雄はそれでいい、のか?」

「フッ……二言は無い。思えば戦も終わり、力をつける意味も薄れてきたこの空の下。武を振るう以外の何かを掴む、いい機会かもしれん。霞の言うような“好きになる”という理屈はよくわからん。だが、必死に私を越えようとするお前の目は、嫌いではなかった」

 

 思わず“え? そうなの?”と聞き返しそうになるのをなんとか堪えた。

 その間にも華雄は顎に手を当て、ニヤリと笑ってどんどんと自分の結論を語るわけで。

 

「…………いいだろう。元々私は既に行き場の無くなった将でもない存在だ。これからはお前に尽くし、この都のために武───ではなくて、武……い、いや、武………………」

 

 ……あ。なんか頭を抱え出した。

 そして真顔で、「……私に武以外の何を振るえというのだ?」と訊いてきた……。

 いや華雄さん? それをこれから手にするために頑張るんじゃなかったの?

 そんなことを思いつつ、まあ華雄らしいかなと思えば勝手に口は空気を噴き出し、きょとんとする華雄を前に笑った。

 

「あっはははは……そ、それをこれから探すんだろ? 今言ったばっかりじゃないか」

「むっ……いや、そうだが。ではまず何をすればいい」

「え? えーっと………………料理でも、してみる?」

 

 まだ少し頭がくらくらする、とある夏の日。

 華雄は、複雑そうな顔で、けれどしっかりと頷き……差し出した俺の手を握った。

 これからもよろしくって意思を交換しながら。

 


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