140/都って書くと、続けてこんぶと書きたくなる誘惑
都暮らしが安定に向かうと、さすがに人員不足も問題になってくる。
人は慣れてからが一番危ないという。
車の運転や、危険物の取り扱いについてがいい例だろう。
なので魏呉蜀から何人か兵を分けてもらい、警備隊の任についてもらう。
……集まってくれた兵のみんなが顔見知りだったのは、何かの陰謀だろうか。
いや、疑り深くなってるだけだよな、なんの裏も無いし親切心からだって。
「でさ。この通りには食事処を集中させたんだけど……」
「はい、わかり易くていいと思います」
そんな兵たちと一緒に、蜀で時間を貰った朱里が、今は先生代わりとしてこれからの都についての相談役として立ってくれている。
七乃に訊くだけでもそりゃあ安定はしていたんだが、細かなところに爆弾仕掛けるから怖いんだよな、七乃って。もちろん本物の爆弾じゃなくて、あとで俺が驚き困るような仕掛けを作っておくのだ。
お陰で急な仕事が増えたりすることがあって、しかもそれが決まって忙しい時に発生するもんだから毎度毎度目を回しながら対処する。……おまけにと言うべきか、ギリギリ解決できるものを残すもんだから、確かに民からの信頼度は上がるんだが……こっちの身が保たない。
「ありがとな、朱里。来る度に質問ばっかりでごめん。やっぱり朱里はすごいな」
「いえ、足りない知識や欲しい知識があるなら、わたしにわかることでしたら是非訊いてくだしゃいっ! わたしゅたちはそのために学んできたんでしゅかりゃっ! ……はわぁっ!?」
今日も元気に噛んでいた。
どうにも褒められることに慣れていないのか、慌てて言い直そうとする度に噛む。
焦りの連鎖に迷い込む前になんとか止めて、これからのことを話し合う。
急いで豊かにする必要はないっていう部分には、朱里も俺も同じ意見だった。
三国っていうしっかりとした周囲があるなら、そこから少しずついいところを吸収していけばいい。それを三国の架け橋みたいにすれば、都に住む人も各国の風習に慣れやすいだろうとのこと。そのための人付き合いの上手い人達の集いだ。
「何かを作る時は、作ってる時が一番楽しいっていうけど、ほんとだなー。作ってる時はみんなと一緒に燥ぎながら作業していればよかったんだけど、こうして考えることばかりになると頭が痛い。……少し、雪蓮の気持ちがわかるかも」
「はわっ……!? あ、あはは……」
困った顔で苦笑を浮かべる朱里だったけど、目が語っていた。
“ああはならないでください”と。
口にしてしまったらいろいろと大変だからなぁ……俺や華琳や冥琳は平気で言うけど。
「警邏は三国の兵を混ぜながらってことだけど、平気?」
「はい。平和を見守るべき兵が、兵同士で喧嘩をしていたら話にもなりませんから。まずは兵同士の交流も大事ですし───」
「なるほど、そのために俺が間に入るわけか」
「はい。兵のみなさんが都での警邏に慣れるまでは、一刀さんが一緒に回ってください」
「俺がみんなと仲が良くても、兵同士がそうだとは限らないんだもんなぁ……難しいな」
「こればかりは仕方ないですよ……兵ともなれば、仲間を討たれた人も居るでしょうし」
「うん……」
何か男同士でのきっかけがあればな、なんて思う。
くるくると思考を回転させてはみるが、そう簡単には答えは出ない。
過ぎたことは仕方ないと兵同士が納得してくれれば嬉しいとは思うけど……やっぱりそういうのは時間の問題だろう。
「なにか些細なきっかけでも───…………あ」
「? あの、一刀さん? ……? 顔に、なにかついてましゅか?」
じっと自分を見つめる俺に、朱里が首を傾げたのちにぺたぺたと頬辺りに触れつつ噛んだ。なにもついてはいないんだが……朱里、朱里か。
「朱里の秘蔵の艶本をきっかけに、男達が熱く語り合───」
「だめでしゅ!!」
「ですよね!」
かつてないほどの気迫で拒否された。そして噛んだ。
うん、言ってみただけで、さすがにそれはないと俺も思ってたし。
「じゃあ、今のところはじっくりゆっくりだな。……はぁ~……町ひとつでこれなのに、国を管理する王様っていうのはすごいな」
「ふふふっ、それが願って居る場所なら、どれだけでも頑張れるものですよ。桃香様も仕事をしている際はうんうんと唸っていますけど、問題が解決した時は誰よりも喜んでおられますから」
「言われただけでも、どれほどの喜びかが想像つくのが桃香の凄いところだな」
子供のように燥いで、愛紗に窘められている光景が想像に容易い。
「あの。ところで一刀さん? 最近お休みは───」
「仕事漬けでございます」
「はわっ……!? だ、だめですいけませんよぅ! きちんと休める内に休まないと、倒れてからでは遅いんですよ!?」
「や、冗談冗談。忙しくはあるけど、適度に息抜きはしてるから。……休みらしい休みがないのは、人手不足の所為だと思えば頑張れるしさ。それに兵の仲は、俺を通して仲良くってこともいいけど……うん、華雄にお願いしてもいいんじゃないかって思うんだ」
「華雄さんですか?」
「そ。なんだかんだで人に好かれるんだよね。カリスマ……とはまた違ったものなんだろうけど、兵にやたらと慕われてる」
俺ももちろん仲介みたいなことはするけど、華雄の仕事が警邏か俺との鍛錬くらいしかないのもどうか。そこに兵の鍛錬調整を入れれば、彼女も喜ぶんじゃなかろうか。
「なるほど……では華雄さんに一度束ねてもらいましょう。今現在、人手が多いとは言えない状態なので、今の内に固められるところは固めてしまうつもりで」
「ん、了解。じゃあ兵の統率は華雄に任せることで決定……と。なんというか、朱里が一緒に考えてくれるとあっという間だな……。俺も慣れたつもりはあったけど、こう……いざ“決定”ってところまで来るとどうしても不安になってダメだ」
「何も迷わない、感じないでは獣と一緒、といいますよ?」
「そうかな。…………獣は獣で考えてるとは思うけど、そういう意味じゃないか」
「糧になるものを仕留めると決めたなら、途中で止まることをしません。それが獣です」
「───」
「……はわっ……」
多分、今朱里と同じことを考えた。
俺と朱里が見下ろすのは、兵の統率に華雄を当てるというものを書いた書類。
朱里の言葉のあとに見下ろしてしまったそれを前に、俺達は目を見合わせて思考した。
「え、っと……。これで、いい……よな?」
「は、はわわ……えと、その、あの……あぅう……」
獣……獣。
いや、華雄が獣だというんじゃない。華雄の思考がこう……なんというかその。なぁ?
「だだ大丈夫! 獣は獣で考えるし、逆に考えれば統率って意味では獣に勝るものはそうそうないんじゃないかなぁ! ほ、ほらっ、春ら───いやゲフッ! ゲッフゴフッ! ……ナナナンデモナイ」
余計なことを言って春蘭に届いたら、首が取れそうだ。
よし大丈夫! 華雄に任せよう!
「…………これで春蘭のところの突撃兵軍団みたいになったらどうしよう……」
「だ、大丈夫ですよ……きっと……。ほ、ほらっ、突撃する場所なんてありませんし……」
「あ───そ、そうだよな、そう、そうだ、はは……」
言われてみれば今の世、争いらしい争いなど起こることなどない。
山賊はやはり居るようではあるけれど、それらも現れるたびに三国が早急に始末しているそうな。俺が襲われたことがきっかけになっているのなら、少しだけ山賊に悪い気が…………いや、しちゃだめだろ、そこは。気をしっかり引き締めろ、北郷一刀。
「じゃあ……その。次の案件に」
「はい。それで、あの……今日までそれほどまでの問題もなく動いているんですから、そう危なげに決定を下さなくても大丈夫だと思いますよ」
「うう、朱里はやさしいなぁ……。そう言ってくれるのは朱里だけだよ……。思春なんて、軽い怯えを口にしようものならばこうやって───」
目尻を指でクイッと上げて、顔を少し怒り顔にして言葉を発する。
「“貴様がここの柱だろう。甘えたことをぬかすな”───って」
「………」
「……あれ? 朱里?」
朱里が沈黙。
しかし声をかけると慌てて顔を背け、カタカタと肩を震わせた……と思ったらブフゥと噴いた。……ああ、笑ってたのね。
「いや……そんなに可笑しかったか?」
「いえあにょっ……ぷふっ……! かかかじゅとしゃんの顔がっ……!」
「………」
堪えきれなくなるほどに可笑しかったのか……歪ませた俺の顔。
そういえば朱里はもちろん、雛里もよくよく俺の顔を見てくるもんなぁ。
顔の変化に敏感なのかしら。よくわからん。
……けどまあ、笑いがあるのはいいことだよな。馬鹿にされてない限りは。
「ん。じゃあここらで休憩にしようか。あまり頑張りすぎても長続きしないし」
「一刀さんは働きすぎなくらいです……噂では、仕事を放り出して街に遊びに行ってばかりだと聞いていたんですけど……情報に踊らされましたね。軍師として、まだまだ未熟です……」
「いやいやそれ本当だからね!? 自分で認めるのもなんだけど! 朱里が未熟だったら世の中の軍師のみなさん泣いちゃうから! ……いやちょっ……待っ……そんな“ご謙遜を”って顔されても事実だからね!? これ以上自分で認めたくないから信じて!?」
自分で自分はサボってましたと何度も頷かされているようで、心のライフポイントがゾリゾリと削られてゆく。
けど、大丈夫。俺ももうきっと強いコ。この程度ではまだまだ折れま───
「ではその……魏の種馬という噂も……?」
「いえそれは事実です」
───どうしよう折れそう。
無垢な瞳で見つめられ、自分は獣でしたと認めた気分だった。気分どころか実際言わされたわけだが。
しかもそのあとも次から次へと自分の恥ずかしい噂の真実についてを問われ、赤面しながらもそれに答えていった。困ったことに顔を逸らそうものなら嘘ではないかと疑って落ち込むもんだから、目を逸らすことも出来ない。
いつからこの部屋は拷問室になりましたか。
「で、では次の質問をっ……!」
「ままま待った待った! 朱里待って!? なんか俺が答えるのが当然みたいになってるけど、いつから質問コーナーになったの!? 仕事は!?」
「遅れるようでしたら手伝いましゅから!」
「そういう問題じゃなくてね!?」
フンスと鼻息も荒く、顔を赤くした朱里が詰め寄ってくる。
この軍師さま、本当にこの手の話題が大好きのようで……しかも話を逸らそうとしても何故かいつの間にか話が戻っていて、嫌なところで諸葛孔明様の話術の匠さに翻弄され、机に肘を立てながら頭を抱えた。
……そんな俺を、朱里は何故かうっとりした顔で見てらっしゃったとさ……。
……。
数日が経った。
ある意味視察であったのだろう朱里の仕事が終わり、入れ替わるように……とはいえ数日後に雛里が都を訪れると、のんびりとした空気ながらもジワジワと開発を進める日々が続いた。
魏への操云々を抜きにして付き合うという言葉通り、俺が遠慮すると朱里は「遠慮はなしですよー」といたずらっぽい笑みを浮かべ、胸を張っていたが……そんな朱里も蜀へと戻り、雛里が借りてきた猫のようにおどおどしながらも様々な助言をくれる。
そして俺はとある記録を更新中で、少しココロが浮かれていた。ある意味で。
「………」
「………」
さて、いろいろと教えてくれる雛里についてだが。
傍に朱里が居ない雛里は、それはもう驚くくらいに無口だった。
借りてきた猫でもまだ“にゃー”くらいは言うだろうってくらい、無口だった。
しかも、“もしかして嫌われてる?”と反射的に思ってしまうくらいに……目が合うと思い切り目を逸らされるのだ。いや、目じゃなくて顔か。
そんな微妙な空気を、何故俺は自室で感じているのでしょうと思わなくもない。
普通なら自分が一番心休める場所であるはずだろうに。
「………」
「………」
しかしながら、俺が案件に梃子摺って頭を抱えていると、可愛いものを愛でるような自愛の瞳でこっちを見てきたりする。
……えーと。もしかしてこれ、俺が困ってる姿を見て喜んで……る? 以前それとなく訊いてみた時は思い切り否定されたもんだけど。
朱里にも似たような様子を見ることがあったし、もしかしてこの世界では頭のキレる人はみんなSと決まっているのだろうか。
華琳もそうだし桂花も……華琳限定でアレではあるけど、他には厳しいしなぁ。
七乃は───………………考えないでおこう。考えるのが怖くなってきた。
七乃を例にあげようとした時点でいろいろ悟れる部分もあったのだ。
けど……けどまさか、朱里や雛里がそっち側かと思うと、やっぱり怖いじゃないか。
「え、えぇっとぉお~……雛里? 雛里は~……その。俺の困ってる顔とか、好き?」
「…………、…………───? ───!? あわっ!?」
あ。あー……真っ赤ですよ。もしかして確定ですか? 本当に本当なんですか?
まさか……! ああっ、まさか、そんなっ……!
本当に、よもやとは思ったけれど───!
雛里がSな人だったとは……!! (注:違います)
(そう考えると、あの大衆の面前で俺に“魏との関係云々を忘れて蜀と付き合ってほしい”なんていう行動に出るのも頷ける……! あ、あれは俺に恥ずかしい思いをさせるためだったのか……!)
雛里……おそろしい子!
そしてきっと朱里も同様にッ……!
(そうか……そうかッ……! その姿勢こそが伏龍……! なるほど……今までは伏せていたというのだな、眠れる龍め……っ! そしてこちらの鳳雛も底が知れぬわ……!)
……いやまあ、考えすぎだろうけどさ。無駄な迫力を心の中で発してないで、普通に考えようか。……普通に考えても、“俺の困り顔なんて見てて楽しいかね”って言葉が真っ先に出た。普通はそんなもんだろう。
「訊いてみたいんだけど……俺の困り顔なんて見て、楽しいか?」
なんでもない風に語りかけたつもりだったが、疲労感満載の声が出た。
そんな声を真正面から受けた雛里は、なにを勘違いしたのか拳をきゅっと握ると胸の前に構え、
「たたたったた楽しい、でしゅ……! かか可愛いでしゅっ!!」
……なんてことを言ってくださった。
まさか本当に楽しいと返されるとは。可愛いと返されるとは。冗談だ、きっと気の所為だと信じたかったのに。
こうまで真正面から言われるとさすがに照れくさい。言った雛里本人もジワジワと顔を紅くして、やがて顔が真っ赤になると、大きな帽子を深く被ることで顔を隠した。そしてそのまま何故か俺の寝台に駆け、ばさりと布団に潜り込んでしまった。
アダマ○タイマイ二世───その誕生の瞬間である───!
じゃなくて。
「え、と……そ、そっかそっか。こんな顔でも役に立つならいくらでも見てくれ。というかなぁ……まさか俺の顔を見てた理由が、本当にまさか、“可愛いから”だとは……」
言いつつも寝台の上のアダマ○タイマイ様の傍に寄って、出てくるように説得を開始するのだが───いろいろと恥ずかしがるのに、男の布団に潜るのには抵抗が無いのだろうか。女の子の心はなんとも不思議なものですね。
(……先が思い遣られる……主に俺の所為で)
出来るだけ悩まないようにしようと心に誓ってはみるものの、悩まないなんて無理だ。
悩めばその困り顔を見て雛里がポーっとして? それがまた俺の悩みの種になって……ああ、なんということでしょう。妙な連鎖が出来てしまった。
や、でも仕事は仕事だから、きっと雛里は大丈夫。仕事はきちんとやるさ! ……いや、やるのは俺か。雛里は助言してくれるだけだ。
「ええいとにかくやろう! 雛里! 仕事だ! 仕事をしよう!」
「ひやぁぅうう……!!」
「ひやぁぅうじゃあありません! より良い都作りのために今日も頑張るんだ! 時間は待ってはくれないんだ! しかし時間が無いを言い訳にしない勇気を! 時間なんていっぱいあるんだから! ───睡眠時間削れば!」
「え、え? えぇ……?」
タイマイ様がそっと布団から顔だけを出す。帽子は布団の中で取れたようだった。
「睡眠時間なんて無いものと考えればいいんだ! そうすればココロはハイで体は休まらないで風邪引いて───でも作業は進む! ……それが奉仕のココロです」
「あ、あわわ……それは、じ、自己犠牲では……」
「大丈夫! キミならできる!」
「あわっ……!? わわ、わたしゅが……やるん、ですか……!?」
……ちなみに。
その日は朱里が居なくなった途端に発動した七乃トラップの所為で、数えるのも面倒になった徹夜の何日目かであった。
思考回路は軽やかにとろけ、気を引き締めていないと暴走。
タイマイ様の前でココロをポジティブにと、少し緩めたのがまずかった。
もはやココロの暴走は止まることなど知らず、揺れる視界のままにタイマイ様状態の雛里をがばりと抱き上げた。
真っ赤な顔、小さな悲鳴。
そんな彼女をお姫様抱っこ状態のまま───……寝台にぽてりと倒れた。
「あわっ……!?」
寝台+女+男=?
その日の俺はきっとどうかしていたに違いない。
いや、実際どうかしてたからこんなことになったわけで。
雛里を抱えたまま寝台に倒れた俺は、愛しき布団の香りと雛里からする優しく甘い香りに導かれて───…………そのまま寝た。
こう、仰向けの雛里のお腹に頭を預けるようにして。
「は、あ、うっ……!? 一刀しゃ……!? あわぅぅう……!?」
耳に雛里の困惑の声が届いた───頃には既に眠りの中だった。
むしろそんな囁くような困惑が、今のこの北郷めには子守唄にさえ聞こえたのです。
いや、うん。ようするに考えることを放棄するほど眠かっただけなのだ。
甘い香りと柔らかい感触が心地良い。
「………あぅう」
深い眠りについたその日。
なんでか自分が子供の頃の夢を見た。
誰かにずっと頭を撫でられるような感触を頭で感じながら見た夢は───
初めて何かを上手に出来た時に、親が頭を撫でてくれた夢だった。