真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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90:IF/祭さんが飲んだらアレだったもの②

 さて。

 女性の腹部を枕にして寝るという、たわけたことをしてしまったあの日以降。

 何故だか雛里のことを少し身近に感じるようになった。

 というのも、相変わらずのカミカミ言葉なのだが、遠慮……といえばいいのか。ソレが少しだけ無くなったのだ。

 朱里が居ないとかなり空いていた距離が、日に日に縮んでゆくのを感じた。

 時折様子を見にきてくれる思春が“またか……”って目で俺を見たけど……俺、別になにもやってないと思うんだ。寝てしまった以外。

 

「あの、一刀さん……」

「んぁっと、そうだそうだ、集中集中」

「いえあの……あんまんを作ったので、よかったら……」

「へ? ……あ、あらー……」

 

 作った、って……厨房の方に行ってたってことだよな。

 なんとまあ、出て行ったことにてんで気づけなかった。

 口で集中言いながら、結構集中していたようだ。

 自分のよくわからない集中力に照れ笑いをしながら、頭を掻きつつあんまんが入っているであろう蒸篭を見る。

 蒸かしたてのようで、蒸篭の蓋が取られるとふわりと上がる湯気と香りが食欲をそそる。

 食べ物がこの手の中に! と意識してみれば、急に泣き出す腹の虫。

 いただきますを自然な笑みと一緒にこぼすと、我慢もせずにかぶりついた。って熱ぃ! ほんとのほんとに蒸かしたてだよこれ! でも美味い! 美味しい!

 

「………」

 

 雛里はそんな俺を、どこか穏やかな目で見守っていた。

 その瞳はまるで、わんぱくな子供を見つめる母親のようで───! それは言いすぎだ。

 けど、なんでか最近の雛里はいろいろと世話を焼いてくれる。

 俺と美羽が大分困惑するほどに。

 何が彼女をあそこまで変えたというのか。

 美羽に言わせれば“主様がきっと何かをしたのじゃ”とのことだが……あの、ストレートに俺を疑われるのも心外なんだけど。でも他に理由が思いつかないのも事実なわけで。

 そんな美羽も今は七乃と一緒に別行動中。

 現在、雛里と二人きり。

 そうなると、雛里はえーと……なんて言えばいいんだ?

 あ、あー……うん。“甘やかそうとする”……かな?

 

「雛里? じぃっと見られると食べ辛いというか……むしろ一緒に食べない?」

「へわっ!? あ、ひゃい……っ!」

 

 ……へわって言った。

 あわ、じゃなかったのが地味に意外で新鮮だった。

 しかしながらきちんと椅子に座ると、そこでもくもくとあんまんを食べ始める。

 リスみたいな食べ方だ。速度はもちろん劣る。

 

「………」

「……《ちらちら》」

「?」

「……!《しゅばっ》」

 

 で。

 食べてる間もなにやらやたらと見られる。目が合うと逸らされる。不思議。

 しかもその視線が何故か俺の目とかじゃなくて、口周りに向けられている気がするのは気の所為でしょうか。

 

「………」

 

 まさかなぁ、と考え付いたことを実行してみることにする。

 雛里があんまんに視線を向けた隙に、餡子を頬につけてみる。

 そして何食わぬ顔であんまんの咀嚼作業に戻るのだが───ちらりと雛里を見てみれば、俺の頬に存在する餡子様に気づいたようで、何故か“今こそ好機! 全軍打って出よ!”とでも言いそうな迫力を放った。

 ……いやまあ、その時点で答えは貰えたから、すぐに餡子を自分の指ですくい、食べたけどさ。その時の雛里の顔は…………ガーンって感じで、すぐにどんよりと暗雲を肩に背負ったような顔になった。

 

(これは……あれか? もしかして思春期さん特有の……!)

 

 お姉さんぶりたい病? 背伸びをしたいお年頃が今まさに……!?

 

(懐かしいなぁ……俺も一時は妙に大人ぶったりしたもんだ……)

 

 剣道で天狗になったり、俺はすごいんだーとか思ったり。

 意味もなく“フッ”とか笑ってみたり、自分なら他の人には出来ない“技”というものを開発できるとか自惚れたり。結果的にはここに来て、技……ではなく氣は得たけど。あの日々は無駄と無駄でないものとでごっちゃになっていた。

 けど、そんな調子に乗った自分はあっさり叩き折られた。

 本当に強い、剣道を楽しむ人は言わずもがな───女性には負けないと思っていたのに、不動先輩にまで徹底的に負けた。

 この世界に来てからは余計にだ。

 男の尊厳? ハハハ、そんなものはこの世界にはないさ。

 必要なのは変わる勇気と貫きたい理想のみ。

 俺の理想は華琳の傍で、国に返してゆくことだけだ。

 そのためにすることは、可能な限り躊躇わずにいこうって思いを……今は少しずつ育んでいるところだ。

 急に決める覚悟もあれば、じっくり育む覚悟もある。

 俺のそれは、たくさんの他の覚悟が無ければ育ってくれないのだ。困ったことに。

 だから何度でも覚悟を決めて、じっくり育てていきませう。

 

「……はふぅ」

 

 あんまんを咀嚼し、お茶を啜って流し込む。乱暴にではなく、じっくり味わってから。

 ご馳走様を言うと雛里もお粗末様でしたを返してくれて、穏やかな空気の中で微笑み合った。

 ……ただ、穏やかながらも最後まで俺の頬を見つめていた雛里については……もう、なんと言ったらいいのやら。頼むからおかしな方向に大人ぶらないキミでいてください。

 

……。

 

 数日が経った。

 雛里が蜀に戻ると、数日後に別の軍師がやってくる。

 彼女らはそれぞれの国の王がこうあってほしいということを俺に教えてくれて、俺はそうなれるように頑張っている。

 もちろん飲み込めるものと飲み込めないものはあって、そういう時は徹底的に話し合う。

 三国の意見全部を受け入れたら現れる綻びは、平和の中にももちろんある。

 というか、都ではなく“俺個人”にああなってほしいそうなってほしいって注文が多い気がするのは気の所為だろうか。

 

「気の所為ですね」

 

 七乃さんはとてもあっさりキッパリとそう仰った。

 

「人の心を読まないでくれ」

「一刀さんはわかり易いですからねー。大抵は顔に出ます」

「はいはい、理解力のある顔だとご近所でも評判ですよ、まったく……」

 

 軍師さんは人をからかう癖でもあるんだろうか。

 ともあれ、今日は生憎の雨。

 外での作業は中止となり、現在は自室で書簡整理の真っ最中だ。

 

「しっかし……書簡整理の日々が続くのはもう別に諦めたからいいんだけどさ。よくもまあこんなに案件が届くもんだよな。というか、呉関係の話が結構多いような。ハテ?」

「呉から一刀さん宛てに届いた書簡がたっぷりですからね。主に周瑜さんや孫権さんが孫策さんに頼んだものがごっそりと」

「叩き返してきなさい」

「もう一度でも手をつけてしまったら、絶対に受け取りませんよ?」

「そこのところは冥琳と蓮華に任せるよ。むしろ送る前に気づいてほしかった」

「送る書簡も手が込んでますからねー。都に関係しているものに紛れ込ませてますよ」

「知恵を絞るにしたって、もっと別のことに搾ってほしいよな……まったく」

 

 言いながらも自分の意見や提案をさらさらと書き連ね、丸めた竹簡をカショリと積む。

 雪蓮にはサボリたいって気持ちもあったんだろうが、全く無駄だと思うことはしない性質だ。だったら……まあ、これも別の国のことを軽くでも知る機会ってことで。

 

「んー……別にやるのはいいんだけどさ。これって自国のことを都の俺に任せてるって、嫌な噂とか流れたりしないか?」

「支柱で、のちに三国の父になる人に頼むことの何が悪いと?」

「まさか真顔で返されるとは思わなかった」

 

 支柱で三国の父かぁ……改めて言われると、なんと現実味の無い……。

 でもいつかはそこに治まる予定らしい。

 いや、治まるのか。らしいって言い方はもう今さら卑怯だろう。

 

「あ、ですがきちんと王の意見を立てる必要はもちろんありますよ? 支柱だからこの意見を通せー! とか言ったら、あっという間に地獄絵図ですからねー」

「そんな提案、出した時点で王や軍師に止められるって。そもそも、こうすればいいよーって言われて“じゃあそれで”って考え無しに決めるような人が、民から慕われる王になれる筈がないだろ。なったとしても、名前だけの王だよ」

「はあ。今の言い方ですと、桃香さまあたりは───」

「流されやすいしやさしすぎるところはあるけど、意思は固いよ。きちんと自分が信じたものを貫こうって意思があるなら、適当な甘言なんかに流されたりしないし───流されても、止めてくれる仲間が居る。だったら間違わないって、うん。立派な王様だ」

「なにやら悟った言い回しですねー。まるで桃香さまのことなら全てお見通しと言いたいかのような態度です」

 

 そんなんじゃないと返して、次の竹簡へ移る。

 

「似てるからかな。桃香ならそうするんだろうなっていうのがなんとなくわかる。あ、もちろん俺もそうするって意味じゃないぞ? 似てるって意識はそりゃああるけど、考えることの全てが一緒ってわけじゃないし。ただ……」

「ただ?」

「いや。もし俺じゃなくて桃香が華琳に拾われてたら、どうなってたのかなって。考えてみると結構楽しい」

「桃香さまがですか。うーん…………どうしてでしょうね-、華琳さん───じゃなかった、華琳さまが振り回されているところしか浮かんできません」

「だろ?」

 

 言って、顔を見合わせて笑った。

 もちろん華琳も厳しくするんだが、それでもなんとか自分の仕事をこなしつつも、華琳のカドを取っていく桃香の姿が思い浮かぶ。

 

「まあ、前提として“天の御遣い”という役目が無い限りは、あの華琳さまが受け入れるとは思えませんけどねー」

「ん、それは俺もそう思ってた。俺だってそうだったわけだし、胡散臭かろうが予言があって本当に助かったよ」

 

 じゃなきゃ今頃どころか始まったばかりのこの世界で、春蘭あたりに賊扱いされてゾブシャアと七星餓狼のサビに……も、ならないか。

 

「利用するって言葉、案外悪いことばかりじゃないよな」

「なんですか、いきなり」

「いやいや、なんでもない。じゃあ七乃、悪いんだけどこの書簡の山を運ぶの、手伝って」

「借り一つでなら喜んでっ♪」

「一人でやります」

「おやまあ、欲がありませんねー」

 

 好き好んで借りを作る馬鹿が何処におりますかい。

 とはいえ、借りを作るのも悪いことばかりじゃないんだって言いたいんだろう。

 でもそれは借りを作る相手が自分にとってありがたい人かどうかで大分決まるわけで。

 七乃はどうでしょう。……ろくでもないですね、はい。

 

「欲はあるけど、それより七乃に借りを作るほうが怖い。というか、“欲が無い”の使い方間違ってるだろ。なんで七乃に借りを作ることに欲見せなくちゃいけないんだ」

「借りという交渉機会を置いておいて、あとで私が一刀さんにご奉仕を───」

「と見せかけて、仕事全部押し付けるんだな?」

「はい、正解です」

 

 綺麗な笑顔だった。ピンと立てた人差し指がくるくると回されている。

 

「はぁ……奉仕って言葉から仕事を押し付けるところまでいく過程が見えない……」

「まあ結果だけ口にするのは楽ですからねー。まずは借りというきっかけから一刀さんを持ち上げまくっちゃいまして、気をよくしたところに少しずつ仕事を混ぜていくんです。言葉巧みに操られていることを知らない一刀さんは幸せなままに仕事をして、私は策が成ったことに喜びながら仕事をせずに済むと。……幸せだらけですねっ!」

「なんて笑顔でなんて怖いこと言うのこの人!」

 

 言いながらも、どこかくすぐったさを感じて笑っていた。

 我が身ながら、随分と砕けてきたなぁと思える。

 それだけ都暮らしの日が長くなったってことだろう……許昌にも、もう“戻る”というよりも“行く”って意識が強くなっていた。

 最初はあれをやらなきゃこれをやらなきゃで、きっと眉間に皺も寄っていただろう。

 やっぱり人間は慣れてこそなんだろうなぁ。順応あっての人間だ。うん。

 逆に、慣れるまではなんでも我慢しなきゃ……なんだろうか。

 

「さっきまでの話と関係ないけど、何事にも素早く対応、順応出来る人が一番強いような気がしてきた」

「そういう人を嫌う人も居ますけどね」

「七乃はそのへん、上手くやれそうだけど?」

「私は私の言葉に面白いくらいに踊らされてくれる人が大好きなんですよ。自分は大丈夫だなんて思っているのに、気づいた時には……という人などは特に……!」

「そこでうっとりした顔で俺を見るの、やめません?」

 

 一人恋人繋ぎのように絡み合わせた手を、頬の横に添えてのキラッキラ笑顔。

 あーあー、目に見えるくらい瞳が輝いてらっしゃる。

 そんな彼女を前に溜め息を吐いて間を取って、仕事再開を告げた。

 

「……話し合ってばっかりじゃなくて、仕事しようか。で、冥琳は?」

「街の市の様子を見に。ほら、蜀から呉に行ってここへ来た人を見るために」

「ああ、あの……」

 

 今回都に来た軍師は冥琳だった。

 ちょくちょくと入れ替わる頭脳さんたちへの対応に、慣れるどころか振り回されっぱなしな俺だが……それでも桂花や音々音が来るよりは大分ましだったと言える。

 桂花は愚痴と文句と罵声しか吐かないし、恋が傍に居ない音々音ときたら、それはもう借り出された猫のようにキョロキョロオドオド、ハッとすれば俺にちんきゅーきっくをかますほどの猛者となり、そっちがその気ならと自室でプロレスごっこをすることもしばしばだった。

 いやらしい意味じゃなくてね? 飛び蹴りをしてきたところを抱き止めてキャプチュードとか、まあそんなところだ。もちろん落下先は寝台の上に積まれた布団の上なのでそこまでは痛くない。あくまでゆっくりとしたキャプチュードだし。

 全力でやったら泣くを通り越して唸るほど痛いだろう。

 ところであれをカメハメ52の関節技の一つに認定している肉な人は、それでいいのだろうかと思ってしまうのだが……まあ、いいか。俺が考えても仕方ないし。

 

「ん、これでよし、と。休憩しますかぁ」

「もういいんですか? まだまだありますけど」

「手伝わずに人のことをからかいまくってる人に言われたくありません。つーか手伝う気がないならそっとしといてお願いだから!」

 

 叫びつつも伸びる。

 やぁ、やっぱり伸びをするのって気持ちいいよね。何度でもしたくなるくらいだ。

 まあそれはそれとして、休憩するにしてもどうするか。

 

「あ……そういえば美羽は? 七乃と一緒じゃないなんて珍しい」

「お嬢様でしたら、仲直りを切欠に呉のみなさんとの交流を増やしてますよ。あれで外見は特級ですからね。周瑜さんも連れて歩くのはまんざらでもない顔ですし」

「あー……なるほど。そういえば美羽のやつ、宴の時も仲直りしてからは随分と雪蓮に抱きつかれてたっけ」

 

 酔っ払いに抱き締められて、胸に埋もれて窒息しそうになっていた少女を思い出した。

 

「ふふふ……お嬢様を“やつ”だなんて、随分と慣れたものですねー」

「へっ!? え? やっ……俺そんな言い方してたかっ!?」

「ええ、まるで長年連れ添った相手の仕方の無いところを苦笑する夫のように」

「夫とかはいきすぎじゃないか!? いくならせめて親友とか相棒どまりで……!」

「親友で相棒なんですか?」

「あ、や、違う……けど」

 

 語尾を弱める俺に、そうでしょうともと笑って返す七乃。

 なんというか本当に……言葉じゃこの人には勝てる気がしない。

 むしろそんな人ばっかりだよな、俺の周りって。

 

「あーはいはい言いましたよぅ。言ったかもしれませんよぅ。……そりゃさ、ほぼ毎日を同じ部屋で過ごしてれば、嫌でも慣れるだろ……」

「そうですか? その割には思春さんは変わりませんけどね」

「言わないで! 悲しくなるから!」

 

 確かに一緒に寝てくれるようにはなったよ!? 呉での一件以来、それは確かさ!

 でもやっぱり態度はそこまで変わらない……! 変わらないのです……!

 いつか“お前”になった呼び方も、また貴様に戻ったし……!

 

「俺、思春になにか嫌われるようなこと……したかなぁ」

「その鈍感さが既に犯罪級ですね。一度頭部でも強打してみることを強くお勧めしますよ」

「強打した先にはなにが?」

 

 何気なく訊いてみた。冗談の延長みたいな口調で。

 すると七乃は「んー……」と頬に人差し指を当ててから、にっこり笑ってハイ一言。

 

「死ですかねっ!」

「笑顔で死ぬことを強く勧められても困るんだけど!?」

 

 もちろん全力でツッコんだ。

 そこまでやって、ハッと気づいて実りある休憩を目指さんとする。

 そう、俺はこれから休憩に入るんだから、無駄な体力を使うわけにはいかない。

 からかわれるのはこれで、体力を使うものなのだから。

 

「でも、愚鈍というものは直せと言われて直せるほど、楽なものではありませんからね」

「うお……愚鈍とまで言うか」

「言葉で遊ばれている時点で愚鈍ですよ。休憩はどうしたんですか?」

「ぬおっ」

 

 突然訪れた驚愕に、妙な声が自然と出た。

 そうだった、休憩だ。

 つか、わかってるならからかわないでほしい。

 

「って、だから美羽と休もうとしたら、七乃がどうのこうのと」

「それらを軽く躱せるくらいでなくては、都の支柱も長続きしませんよー?」

「だってそうしたら七乃のこと完全無視することになるだろ」

「私の話そのものがからかい扱いですか!?」

「会話の八割がからかいへの複線じゃないか。そんな妙な罠張ってないで、普通に話せばいいのに」

「一刀さんやお嬢様はからかい甲斐がありますから。お嬢様は理解なく振り回されて、一刀さんは知りながらも振り回されて、あとで振り回されていたことに気づくところが最高ですっ」

 

 目が爛々と輝いてらっしゃった。

 そんな彼女を眩しそうに目を細めて眺めた俺は、にっこり笑って言葉を届ける。

 

「七乃ー、今度からキミの仕事増やすね? 内容を軽く確認したあとに渡すから、俺に押し付けても無駄だから」

「はうっ!?」

 

 笑顔が涙目に変わった。

 何かを言おうとする彼女に「さあ! 七乃が言ってくれたように休憩しよう!」と元気に告げて、全力で部屋から逃走。

 慌てて追いかけようとする七乃から氣を使ってまで逃げ出し、俺は風になった───。

 

……。

 

 というわけで、街までやってきた。

 

「冥琳、居るかな」

 

 キョロリと見渡してみるが、賑わいを見せる街の様子があるだけ。

 各国からやってくる行商や、店を出している者、なんらかの用事で移動する者が道を行き、立ち止まっては品を見ていく。

 あちらこちらで楽しげな声が聞こえるあたり、都も随分と落ち着いたものだ。

 

「あ、居た」

 

 とある市の隅。

 果実が売られている場所で、美羽が果実にかぶりついて楽しそうにしている。

 その隣で溜め息を吐きつつも、金を払う冥琳が。

 あれ? もしかして勝手に食べたから代金を払ってる……とか?

 いやいや、宅の美羽はもうそんなお子ではござーませんことよ!?

 ……などと親ばかっぽく混乱してないでと。

 とりあえず声をかけてみよう。

 

「冥琳、美羽」

 

 近付きつつも軽く手を挙げて声をかける。

 俺に気づいた二人がこちらを向き、冥琳は苦笑、美羽はにこーと笑って迎えてくれた。

 

「買い物?」

「視察のようなものさ。蜀の軍師らの方針とやらを一度、目で確認しておきたくてな」

「あぁ……なるほど。で、どう?」

「悪くない。というか、私も同じ方針でいくだろうと感心していた。だが、一部にいやに食料関係が多い気がするのだが……」

「あー……それ、ねねの仕業……」

「……なるほど、呂布用にか」

「人の話聞かないで勝手に指示出してね。まあ最近は人も増えてきたし、食料関係はあって困ることはないからいいんだけど。今のところは」

「そうだな。田畑の開発も目覚しい。あれは北郷の指示か?」

「一応。あまり天の知識に頼りすぎるのもなとは、何度も思ってるんだけどね……」

 

 それこそ、以前思っていた通りのようになりそうで怖い。

 好き勝手に行動しておいて時間が来ればハイさよならは、あんまりだろう。

 

「武器があるならば使わなければ意味がない。お前のそれは、軍師に知識を使うなと言うようなものだぞ」

「うーん……でもさ。知識があるからってそれを押し付けて、いつかまた居なくなるかもしれないっていうのは……なんか嫌じゃないか? なんかさ、自分が住み易い環境が欲しいから、自分が居た場所の環境に合わせさせようとしてるみたいで……」

「その結果が発展に繋がることに、何故抵抗を覚える必要がある。お前は好きに知識を提供してみればいい。否と思えば止める者が居る。それが“国”だ。お前の目には、軍師が出した言葉ならなんでも頷く王しか見えていないのか?」

「…………いや。人の忠告も聞かないで、突っ走って飲んで食ってサボっての恐ろしい自分勝手国王様が浮かんだ」

「そうだろう? まあ、あれを見習えとは言わない。だが、たまには好き勝手をしてみろ。国に返すことばかりに焦っていては、それこそいつか大きな間違いをするぞ」

 

 “目標とは一種の強迫概念だからな”と彼女は目を伏せ笑った。

 目標というものに強い憧れを持つあまり、そうであろう、こうであろうとすることに必死になりすぎ、周りが見えなくなるのだという。なるほど、ちょっとわかるかも。

 

「少しは祭殿を見習ってみろ。あの方は国に返すことに熱くはあるが、力の抜き方というものをよく心得ている。酒を飲めと言うのではなく、片手間で出来る趣味を持ってみたらどうだ」

「鍛錬」

「……また随分ときっぱり言ったな」

 

 それは片手間では出来んだろう、ときっぱりと言ってくだすった。

 でも趣味らしい趣味は確かにない。

 趣味……趣味か。

 

「………」

「……?」

「どうしたのじゃ? 主様」

 

 ……あれ? 趣味……ない?

 国に返したい一心で突っ走ってきたけど、そういえば息抜きとかにも誰かと話したりして時間を潰したり鍛錬したりで、俺……自分の趣味らしい趣味、持ってない……!?

 はっ! ゲーム……! ……は、この時代じゃないし。

 携帯いじりもちょっと違う。というか無駄にいじったらバッテリーが死ぬのが早そうだから、必要な時以外は開いてないしなぁ。

 

「……冥琳」

「言いたいことはわかった。というかな……“国のため”も大概にしろ」

 

 心底呆れた顔で言われた。

 けれどそれも少しの間で、仕方の無い弟を見るような目で笑い、「それならば視察に付き合ってみるか?」と訊ねてきた。

 なるほど、趣味探しの歩みか。

 

「ふふっ……おかしな男だ。国のために動くのが趣味とは」

「むっ……冥琳だって似たようなものじゃないか」

「私は私で趣味はあるさ」

「雪蓮を叱ることとか?」

「断じて趣味ではない」

「雪蓮に振り回されることとか?」

「違う」

「……! 雪蓮と酒を飲むことかっ!」

「違う。なんだその“これがあったかっ”という顔は」

「雪蓮絡みなのは間違いないだろうなって。それとも読書?」

「……私としては、どうしてそれこそが一番最後に来るのかを訊きたい」

 

 読書らしい。

 でも悲しいかな、趣味が読書って、軍師だと当然みたいに思ってしまう。

 なんといえばいいのか、こう……仕事の一環? って……ねぇ?

 

「好きこそ物の上手なれって言葉があるけど、その通りってこと?」

「ふむ……? まあ言いたいことはわかるが。好きならばこその知識という武器だ。そもそも、そうでなければ好き好んで誰かの頭脳になることなど望まぬだろう。出した助言も勘に負ける世界だ。趣味として受け取らなければ、いろいろと辛い部分もある。……わかるな?」

「ああ……それはよーくわかる」

 

 どれだけ鍛えてもイメージトレーニングしても、勘だけで攻撃を避けるおそろしい人を知っております。それが知識面でも勘で解決するのなら、果たして俺達の趣味って……と。

 

「じゃあ別に俺の趣味が鍛錬でもいいんじゃないか?」

「……なるほど。理屈的には通るか。ただ、片手間ではないな」

「ごもっとも」

 

 店の人にお金を支払いつつ、果実を食べる。

 うん美味い。なんというか素材そのものの甘みが凝縮されたいい果実だ。

 

「………」

 

 ……丸かじりなんだから当たり前だった。

 苦笑しつつももう一つ買って、冥琳に渡す。

 きょとんとしていたが、俺と美羽が顔を見合わせて同時に果実を食べてみせると、苦笑して受け取り……かじった。

 「ふふ……甘いな」と笑う彼女は、続けて珍しいことを呟いていた。

 まあ……普段なら在り得ないのだろうけど、「買い食いというのも悪くない」と。

 雪蓮がこの場に居たら、笑い転げるほどの言葉だったんだろうなぁ。

 そんなことを、どうしようもなく笑顔になってしまう顔を引き締めようと努力しながら考える。顔は引き締まらないままに冥琳に気づかれて、いろいろと文句を言われてしまったが……まあ、苦笑だろうと笑ってくれたので良しってことで。

 

「趣味がサボリってのもありかな」

「却下だ」

 

 だからつい出た言葉だったんだが、あっさりと却下された。

 毎度、こんなものである。


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