真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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91:IF/低い視界で見るものは③

【思春期? いいえ、慣れない感情に困惑する子供です】

 

 少年の日々は続く。

 困惑しながらも「俺を鍛えてくれ」と再度言われた思春がそれを受け取って数日。

 子供というのは飲み込みが早く、教えたことを素直に吸収した。

 体を鍛えても成長しないのは以前のままだが、氣を教えてみれば妙な固定意識が無い分あっさりと習得。しかも普通の子供なら嫌がることも、少年は率先してやった。

 

「……やれやれ」

 

 溜め息を吐いたのは庶人服ではなく、朱の服に身を包む思春。

 都で将として任命されたのち、服は以前のものへと戻ったが、髪は下ろしたまま。

 長い髪がさらりと揺れるが、それが行動の邪魔になることなどない。

 綺麗な体捌きに少年が目を輝かせて真似をするものの、当然上手くなどいかないわけで。自分に出来ないことをする思春を、一刀はすっかり師として仰いでいた。

 ……呼び方は“ねーちゃん”のままだが、咎めたりしない分、これで案外本人も気に入っているのかもしれない。

 

「………」

 

 ふと蓮華のことを思い出す。

 「守りたいものが出来た」などと真面目な顔で言われ、厳しく鍛えてやっても折れない存在をその目で見た所為だ。

 今、なにをしているのだろうと考えながら、警邏を続けた。

 屋敷に戻ればまた鍛錬だ。

 

「……ふぅ」

 

 あんな姿でも一応は現在の主なのだから、鍛えてくれと頼まれれば鍛えよう。

 それにしても子供になっても無茶が好きな男だ。

 飲み込みが早いことを華琳に知られれば早速知識を叩き込まれ、嫌がれば美羽のことを出されてあっさりと頷く。弱っていたところに差し伸べられた女性の手はよほどに温かかったようで、少年はそれはもう懸命に頑張っている。

 「頭が良くなれば様々な面で守れるわよ」と言えば知識をつけ、「戦に強ければ」と言われれば力をつけるために頑張り、「料理が」と言われれば料理を作りと……ある意味で遊ばれている。……のだが、やっている本人が真剣な上に吸収も早いものだから、止める気にはなれなかった。

 溜め息が出るのはそうした心の疲れからくるものだろう。

 

(このまま元の姿に戻るまで鍛錬をさせたのなら、いったいどうなるのだろうか……)

 

 子供の頃から勤勉であり真面目な存在になるのか。

 それとも現在学んだことなど忘れるのか。

 はたまたすべての記憶と経験を得た北郷一刀に至るのか。

 どんなことになるにせよ、そう悪い方向には転ばないだろうと結論づける。

 朱の陽に重なった姿を見た時から、どうにも目で追う男ではあったものの……もっと落ち着くのならそれでよし。変わらないのであってもそれでよし。都の主として選ばれるきっかけとなった人の好ささえ無くならなければ、それでいいのだと思う。

 

「………」

 

 警邏を続ける。

 騒ぐ人は居るものの、問題らしい問題も起こらない都を。

 仕事の管理者が一刀から華琳に変わってから、緩んでいた部分を引き締めるような行動が目立っているものの、それはそれで民に緊張を思い出させるいい切欠になっている。

 そういった厳しさの中、けれど子供は元気に走り回っている。

 子供は元気が一番というのが北郷一刀の方針であるらしく、子供が笑って遊べない街だけは絶対に作らないようにと、様々な面で頑張っていた。その結果があの笑顔であるならば、それも悪くはないのだろう。

 引き締めていた顔が少しだけ緩むのを感じて、彼女は意識して顔を引き締め直した。

 その過程で目を瞑り、開いた時にはいつもの表情に戻っ───……たのだが。

 

「くぬっ……この私が負けるなど……!」

「あははっ、ねーちゃんへただなーっ」

「おねーちゃんおねーちゃん、つぎわたしとあそんで? ねーねー、ねーったらー」

「………」

 

 戻した先の視界に映る、もう一人の一刀就きの将を見て、気が遠くなるのを感じた。

 どうやら街の一角で子供と遊んでいるらしく、手には一刀が真桜に作らせた妙な形の物体を握っている。

 

「貴様……こんなところで何をしている」

「お、おおっ、思春か! いや、それがだな……この子供らめが私に挑むというのでな。戦とあってはこの華雄、退くことなど出来ん。なので軽く捻ってくれようかと思ったのだが……」

 

 手にしているものと、眼下にあるものを交互に見る。

 現在で言う太鼓のようなものの上に、同じ妙な形の物体が転がっていた。

 少年少女らはそれを手に取り、太い糸のようなものを巻き、回しては遊んでいる。

 ……いわゆるベーゴマである。

 

「力任せに回せばいいというものでもないらしいのだ。北郷一刀は子供たちの中でも最強を誇っているらしいのだが……むぐぐっ」

「………」

 

 頭が痛くなり、頭に手を当て俯いた。

 

「北郷一刀の祖父が得意だったそうだ。それで少々かじったようだが……フッ、子供になっている今のうち、こうして練磨し、元の姿に戻った時には完膚なきまでに負かして───ぬわっ!? お、あ、こら思春! 貴様なにをする! 私にはまだ戦が───!」

「警邏の時間だ」

「ぐっ……! ならば仕方ない……! 子供らよ、この勝負は預けたぞっ!」

「またあそんでねー!」

「っへへー! またおれがかつもんねー!」

「なっ、なにをこのっ! 次こそは私が───!」

「子供相手に向きになるな」

 

 襟を掴まれ引きずられる将の図。

 なにやら喚いているが、朱の彼女は無視して歩き続けた。

 勝負に熱くなるなとはいわないが、それで仕事を疎かにしたのでは意味が無い。

 

「……庶人の子供は遊んでいるというのに、あの子供は……」

「む? ああ、北郷一刀か。以前でもそうだったが、子供になっても仕事漬けとはな」

 

 引き摺られる体勢から立ち直り、隣を歩くは紫の人。

 表情をパリッとしたものに戻せば、周囲に緊張が走る。

 

「まあ、これで元の姿に戻れば相当に真面目な男になるだろう。戦も強く頭も切れる。主として置くには最適な存在だ」

「……それは、北郷一刀か?」

「? どうなろうと北郷一刀は北郷一刀だろう」

「……………………そうだな」

 

 いろいろと考えることはある。

 これからどんなことが起き、どのように彼が経験を積むのか。

 その一つ一つがのちの北郷一刀になるのなら、迂闊な悪影響など無いに越したことはない。たとえばサボり好きのどこぞの元王にサボリの極意を伝授などされようものなら……!

 

「怠惰は敵だ」

「? おお、そうだな。その通りだっ」

 

 思春がこぼした言葉を拾い、華雄は声を大にすることで一層に気を引き締めた。

 それからの警邏も特に問題なく終わり、屋敷に戻ってみれば、なにやらがっくりと落ち込んでいる一人の少年。

 庭でも部屋でもない通路の途中で、暗黒を煮詰めたような重たげな空気を背負って膝を抱えて座り込んでいた。

 

「ど、どうした」

 

 さすがに異様な空気を感じた思春が、戸惑いがちに声をかける。

 ギギギ……と重たげに振り向いた顔は紛れも無く北郷一刀少年だ。

 しかし表情が明らかに死んでおり、聞けば美羽にお茶(蜂蜜水)に誘われたんだが、舞い上がったり緊張したりの連続で心にも無い感想を言ってしまい、怒らせてしまったとか。

 なんとも不器用というか、子供らしい出来事だと呆れもすれば気も抜けた。

 

「うう……ねーちゃん、俺、どうすればいいかな……。美味しかったんだけど、なんか恥ずかしくて、頭がぐるぐるしてて……」

 

 こんなことで頼られるのは好きではない。……のだが、困ったことに自分を姉だの師匠だのと言ってくる存在を突き放すのは、どういうことか躊躇われた。

 ならばどうするのかという話だ。

 自分にはそういう経験は無いし、あったとしてもむしろ同じことをしていそうな気さえする。

 

「ならば己の強さを示し、見直させればよいのだ!」

 

 ……などと悩んでいると、隣で話を聞いていた紫の人が自信満々にどーんと胸を張り、仰った。

 弱っていた心へのその言葉は、困ったことに道を開く光になってしまったようで……少年はパァアと顔を輝かせるとバッと立ち上がり、「俺、やるよっ!」と言って走っていってしまった。

 

「よしよし、そうだ。迷うより突き進めばいいのだ。壁があれば粉砕して進む……そんな強き男にお前はなれ!」

「………」

 

 華雄は胸の下で腕を組み、にやりと笑いながらそんなことを言っていた。

 少しののち、一刀少年が政務中の華琳に勝負を挑み、こてんぱんにされたという話を耳にする。(七乃から)

 もはや何も言えず、溜め息とともに仰いだ空は、良く晴れていた。

 

……。

 

 思っていることを素直に言葉にするのは難しい。

 格好つけたがりの子供の頃など余計で、それが身に染みてしまっている大人も余計。

 だからといってなんでもかんでも馬鹿正直に口にすれば、周囲に嫌われるのはわかり切っていることで、言葉にしないやさしさや自衛手段と言うものを、人は子供の頃から少しずつ周囲に学ぶ。

 

「ご、ごめんっ! 俺が悪かったよっ! そのっ……ほ、ほんとは美味しかったんだ!」

 

 結局、コテンパンにノされた一刀少年が選んだ方法は、正直に謝ること。

 本音で生きようとしていたくせに、恥ずかしさや照れくささに負けるとは何事かと自分に喝を入れての特攻だ。もちろん恥ずかしさのあまり顔は泣きそうな子供のそれに近かったが、それでも言い切った。あとは美羽の反応を待つ……だけなのだが、沈黙が長ければ長いほどに少年は泣きそうになった。

 子供の頃など、“女に謝るのなんてダサイ”と思っている少年が大半だろう。

 ただ一緒に遊ぶことすら拒む者も居るほどだ。

 そんな厄介な考え方を持っていると謝るのも一苦労で、ごめんなさいのたった一言が言えない時ってございます。

 

「許さんのじゃ」

「えぇえええーっ!?」

 

 そしてそれが受け入れられなかった時のショックといったら、言葉に出来ない。

 ここで選べる選択肢が、謝り倒すか“ならもういいよ!”と喧嘩別れをするか。

 子供の大半は後者になりがちではあるが、多くの場合はここで諦めない者が勝ちを拾うのだろう。ただし───

 

「う、ぐっ……じゃあどうしたら許してくれる!? 俺、なんでもするぞ!」

 

 ───そこでこう言い出してしまう人の大半は、のちに尻にしかれる存在に高確率でなる。……今さらな気もするが。

 

「ふむ……? そんなに妾に許してほしいのかや?」

「お、おおっ!」

「おお、そうかそうか、中々に見所のある孺子っこよの。では───」

 

 一刀を主様と仰いでからどれほどか。

 少女の瞳に、自分に許しを乞う者の姿が映るのはどれほどか。

 奇妙な悪戯心をくすぐられた少女は少年に一つの命令をし、少年は顔を輝かせて走った。走って走って走って……その日。北郷一刀製作の蜂の巣箱に特攻を仕掛け、蜂に襲われる少年が発見された。

 

……。

 

 子供とは無邪気というが、無邪気だからなんでも許されるわけでもない。

 

「馬鹿者、蜂の巣箱を乱暴に扱う奴があるか」

「だ、だって新鮮な蜂蜜水を持ってきたら許してくれるって! やらなきゃ男じゃないだろこれは!」

「からかわれていることに気づけ、馬鹿者」

 

 襲われながらもなんとか逃げ出し、刺されたところがないのはどんな奇跡か。

 咄嗟に氣を纏ってやりすごすことに成功したといえばそれまでなのだが、慌てている時にそれが出来たのは中々だと彼女は感心した。……感心したのはそこだけで、自ら危険なことをやったことにはご立腹ではある。

 “ねーちゃん”と言われている内に、妙な錯覚でも覚えてしまったのかもしれない。

 

「ていうかさー、ねーちゃん。俺、馬鹿者じゃないぞ? そりゃ馬鹿かもしれないけど、北郷一刀って名前があるんだぜー? なのに馬鹿者だのお前だの貴様だのって。人のことをきちんと呼べないのはよくないって、じーちゃん言ってたぞ?」

「未熟者はそれで十分だ」

「……なんだよ。俺だって頑張ってるのに」

 

 ぶちぶちと文句を言うが、思春自身も思うことがないわけではなかった。

 別に名前を呼ぶくらい構わないのだが、どうにも呼ぼうとすると抵抗が出る。

 名前を呼んだ方が早い状況でも相手に気づかせてから貴様と呼ぶ、といった面倒な方法を取るくらいに、名前を呼ぶ行為自体に抵抗を覚えていた。

 それは何故だろうと考えてみるのだが…………

 

(か…………かず───~……!)

 

 心の中で相手の名を呼ぶ自分を想像してみれば、妙な気恥ずかしさが前に出る。

 やはり無い。

 名前など呼ばなくても“お前”で十分───いや、貴様で十分だ。

 

(大体、この男が“天では夫の方が長年連れ添った妻のことをお前って呼ぶんだ”などと言うのが悪い。そんなことを聞かせておいて、“お前”から“貴様”になったという文句もないというものだ)

 

 ……何気ない会話の中で拾った言葉が、のちの行動に影響を及ぼすことなんてよくあることだが、ある意味で純粋というか初心である。

 しかし相手は子供なのだから、自分も少しは前に出てみるのもいいのではないか。

 この先ずっと、お前や貴様で行くのでは“都の父”に対しては失礼だろう。

 そう。そもそも相手は、今では自分の主君なのだから。

 

(…………ならば……か、かず……かず───……明日からにしよう)

 

 言おうとしたが無駄だった。


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