真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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93:IF/王ら、遊ぶの事①

144/王と遊び人と

 

【王のあそび】

 

 とある日の朝のこと。

 ドヴァーンと一刀の部屋の扉が開かれ、一人の女性が笑いながら突っ込んできた。

 

「はぁ~いっ! か~ずとっ!」

「うわぁっ!? なっ、だだっ、誰だよお前!」

 

 少し黒めの肌に桃色の髪。

 きゃらんと笑う顔は、大人のソレではなくまさしく子供をそのまま大人にしたような笑みだった。

 ご存知、元呉王さまの孫伯符である。

 

「あっははははははっ!? ほんとだほんとだっ、子供になってるー! どーしたのこれ! どうすればこんなになるのよーっ!」

「うわっぷっ!? ななななにすんだよっ! 離せよっ!」

「うわーうわー! 髪さらっさら! 肌ももっちり……あはははは! 口調も子供っぽくなっちゃって! あ、記憶も無いんだっけ!? ねぇちょっと華琳っ! この子呉で育てていいっ!?」

「いいわけがないでしょう、というか返事くらい待ってから開けなさい」

 

 一刀とともに部屋に居たのは、魏の王であり大陸の覇王である曹孟徳。

 一刀の仕事を見てやっていたのだが、思わぬ珍客にヒクリと口角を嫌な感じで震わせた。

 

「いいじゃないの、私と華琳と一刀の仲なんだから。あ、私とは“一応”初対面ってことになるのよね? じゃあえっと……こほん。初めまして、都の主。姓は孫、名は策。字は伯符。気軽に孫策って呼んでちょーだい」

「孫策!? そ、孫策!! オノレ! オノレ! ソンサクオノレ!」

「えっ? やっ、ちょっ!? なに!? なんなのっ!?」

 

 孫策。

 その名前を聞いた途端、彼の頭の中に華雄に叩き込まれた謎の怨敵意識が浮上した。

 

「ちょっと雪蓮、あなた私が見ていない間にいったい一刀に何をしたのよ」

「わかってて言ってるでしょちょっとー!! そんなニヤケた顔でよくもそんなことが言えるわねっ!」

「あら。私があなたとの会話中にどんな顔をしようと、私の勝手でしょう? それとも常時怒っていてほしいのかしら」

「常時ニヤケられるのもそれはそれで腹が立つわよ!! いいからちょっとこの子なんとかして!?」

 

 避ける雪蓮を追い、噛み付かん勢いでがうがうと襲い掛かる一刀。

 その目はぐるぐると渦巻状になっており、なんというか妙な洗脳を施された者のようになっていた。手はぐるぐるパンチ状態。実にグルービーだった。

 

「もうっ……落ち着きなさい!」

「ぅわっ!? ……」

「はぁ…………落ち着いた?」

「………」

 

 怒鳴られ、目をぱちくり。

 雪蓮を見上げるカタチで、ぼーっとしていた彼は、しかしはっきりと口にした。

 

「……なージョルジュ。ここって、おっぱいおばけばっかだな」

 

 直後、黒い笑顔で拳骨が落ち、一刀は痛がり、華琳は声を出して笑った。

 のちに「そういえば“じょるじゅ”って?」と訊ねられた一刀が、事細かにそれを話して聞かせると雪蓮が笑い、今度は華琳の拳骨が彼を襲った。

 

……。

 

 一刀が頭にたんこぶを膨らませつつ勉強に戻り、華琳が教師の役として立つ。

 そんな、先ほどまでの状況がもう一度戻ってくると、やってきたばかりの雪蓮はつまらなそうに部屋を見渡す。

 

「呉の時もそうだったけど、一刀ってば自分の持ち物が少ないわねー。なにか面白そうなもの、用意してると思ったのに」

「雪蓮。することがなくなったならさっさと出ていってほしいのだけれど?」

「えー? いいじゃない、することがないからここに来たんだし。まあ、元々都に来た理由自体が一刀を見るためだったわけだし、用事なんてここに来た時点で他になんにもないんだけどねー」

「仕事をしなさい。そもそも、あなたがここへ来る報せなんて届いていなかったわよ?」

「そりゃそうでしょ、出してないもの。隠居してからほぼ自由の身だし、民が都に来ることに許可が必要ないなら、隠居が来るのだって自由でいいでしょ?」

「屋敷に入るにはそれなりの許可が必要だってことくらい、知っているでしょう?」

「ああそれ? それがね、華雄が門番しててさ、目が合うや“戦えー!”って叫んできてね? そんなことより中に入れてって頼んだら“私に勝ったらいいだろう!”って。だから勝ったの」

「……、……一刀。ここに落款を落としなさい」

「? ほい」

 

 華琳が書いた書類に落款印が押される。

 華雄の減給についての書類だった。

 

「うわ、ひどいことするわねー……」

「天ではこういう時、“働かざる者食うべからず”と言うらしいわよ。言葉の割りに笑っているあなたはどう? 元王だからという理由に胡坐をかいて、怠惰の限りを尽くしていたりはしない?」

「平気平気。なんだかんだで冥琳と蓮華に捕まって、無理矢理手伝わされてるから。……自由に使っていいお金の数が減ったのは事実だけどね」

 

 くすんとわざとらしく鼻をすする雪蓮だったが、華琳は「自業自得でしょう」と切って捨てる。なんだかんだと長い付き合いになるが、この二人は変わらない。

 軽くふざける雪蓮を華琳が嗜め、時に華琳をからかっては雪蓮が笑う。

 まるで昔からの友人のように、その関係は重くない。

 

「時々思うのよねー……私と華琳が同じ場所で産まれてたら、私たち───」

「お互いに潰し合っていたでしょうね」

「あははっ、やっぱり? でも最終的にはこうして同じ部屋で笑ってたと思うわ。私が勝っても、あなたが勝っても。……もちろん、桃香が勝っても、ね」

「………」

「? なによ。不満そうな顔しちゃって」

 

 雪蓮の言葉に華琳が小さく溜め息を吐く。

 べつに雪蓮が勝った“もしも”や、桃香が勝った“もしも”が気に食わないと思っているわけではない。ただ考えることがあっただけだ。

 

「……そうね。もし、あなたが勝っても桃香が勝っても、みんな笑っていたのでしょうね」

「そうよねーって、言葉の割にはなにか続けたそうだけど?」

「ええ。ただし、“私が勝った場合”は、その限りではなかったと。そう言いたいのよ」

 

 目を伏せながら言った。

 それは自虐だろうか。

 適当な椅子に座って華琳を見つめる目はきょとんとしている。

 自分の机で勉強をしていた一刀も、言葉を発しながらも勉強を見てくれていた華琳の目をじっと見ていた。

 

「え、っと……なに? ちょっと意味がわからないんだけど。子供の勉強見てて頭おかしくなったりした?」

「相も変わらず堂々と失礼ね」

「だってそうでしょー? 華琳が勝ったから今があるのに、自分はその限りではないって」

「ええそうね。私だって別の誰かが言ったなら鼻で笑ってあげるところよ」

 

 「けれどね」と続けて、華琳は一度言葉を区切る。

 それから一刀が筆を走らせる竹簡から視線を外して、自分を見つめる雪蓮へと向き直るとハッキリと言った。

 

「天の御遣いを拾っていなければ、どうなっていたかわからなかったと言っているのよ」

 

 一切の偽りを混ぜずに、けれど少々の悔しさを混ぜた言葉だった。

 表情はいつも通りにキリッとしている。

 言葉に見え隠れする動揺が、その意味を雪蓮に理解させた。

 

「…………そっか。そうね。反董卓連合の時や、それ以前に耳にした噂でも、実際に会ってみると“噂とはちょっと違う”って思った。違和感の正体は“御遣い”ってこと?」

「認めたくはなかったけれどね。誇り、意地、気高さ。それらを守るために“退くこと”を良しとせず、“そのまま突き進めば死んでいた”ということもあった。思い返してみればくだらない過去よ。今思えば、あの時の舌戦に桃香自身を出したのはいい策だったともとれるわね。桃香の理想を笑ったのなら私は退くことは出来ない。退くことをしない者を倒すことなどとても簡単。……結局、あそこで“御遣い”に止められなければ私は……」

 

 どう聞いても自虐。

 けれどその顔はどこか楽しげに見えた。

 あえて“一刀”と言わないのは、きょとんとしている小さな想い人に余計な混乱を与えないためか。

 

「赤壁の戦いでも似たようなことがあったけれど……まあ、これは言わないでおくわ。ともかく、“私だけ”で勝っていたなら、あなたたちが笑う世界があったかどうかなんてわからないのよ。もちろん半端な気持ちで天下をと立ったわけではないわ。私には私の目指した世があった」

「それはそうよ。でなければおかしいでしょ」

「ええ。けれどもね、時々笑ってしまうのだけれど……」

 

 小さく笑い、彼女は言った。

 少し驚いている雪蓮の目を真っ直ぐに見たまま。

 

「私も、あなたや桃香と変わらないのよ、きっと。私が目指した天下の世なんて、今この時からでも作り出せるものなの。桃香が目指す世が、雪蓮の目指す世が今からでも目指せるように、ね」

「……じゃあ、この天下は誰の天下よ」

「あら。訊くまでもないじゃない。私が目指したところでこの安穏に辿り着けなかったのだとしたら、そこに何が加わったことで“今”に辿り着いたのか。答えなんてそれだけで十分ではないかしら」

「………」

 

 言われて、ちらりと一刀を見る。

 小難しい話に飽きたのか、黙々と勉強をしていた。

 

「もちろん御遣いだけでは天下統一など不可能。私一人でも不可能。魏というものがあって、それら個々の意識を繋げる王と御遣いが居てこその今よ」

「以前の華琳では絶対に辿り着けなかったって言う気?」

「ふふっ……考え方の全てが変わったと言うわけではないわ。ただ───」

 

 机に頬杖をつく。

 おかしくて仕方がないとでも言うかのように、その顔は笑みっぱなしだ。

 けれど目は真剣で、雪蓮も軽くからかうような顔つきながらも真剣に聞いていた。

 

「“敵に対して、私は先に拳を示す。殴って殴って殴り抜いて、降った相手を慈しむ。私に従えば、もう殴られることはないと教え込む”……舌戦の中、私が桃香に言った言葉よ。今でもこの考え方の根本を変えるつもりはないけれど、“ただ”、と繋げてしまうのよ」

「前より“殺すこと”に意味を見い出せなくなった~とか?」

「ええそうね。殺すよりも生かして、別のことに活かす道を選ぼうという考えがまず出るようになったわ。もちろん、乱す気が無くなった者を限定的に捉えてのことだけれど」

「以前のかず……御遣いが捕らえた山賊なんかは乱す気しかなかったから、それはまあしょうがないわねー。まあ、いい意味でも悪い意味でも民たちへの刺激や戒めになったわよ。今の世の平和を乱す者は容赦なく始末される。それは御遣いが支柱に収まった今でも変わらない。そういう引き締めは必要だって、冥琳と話していたところだったしね」

「“甘い御遣いが支柱ならば、多少の悪さは許される”と思っていたでしょうからね。ともかく、そういうことよ」

「そういうこと、って……“殴られる前に殴る”が、“多少待ってあげてから殴る”に変わっただけじゃない」

「あら。とても大きな変化だと思わない? 自分の考えこそがと我を貫くことしか考えていなかった過去に比べれば、随分と落ち着いたものよ。もちろんなにもかもを否定してきたわけではないけれど、自分の道と違えるのであれば、私は“力”で潰してきたわよ?」

「………」

 

 一応全部聞いてはみたものの、雪蓮は軽く引きつつ「うわぁ……」と素直に口にした。

 それを見て満足そうに笑う華琳は、一度目を伏せてから「もちろんそれはこれからも、今を守るためにはしなければいけないことよ」と言う。

 “しなければいけないこと”から戦へ向けての思考時間が無くなると、自由な時間は乱世の頃よりは随分と増えたと言える。仕事が無くなることは当然無いが、趣味に費やす時間は増えたのだ。

 だからこそ酒も作れれば、自国のことを将に任せてこうして別の仕事も出来る。

 王の仕事というのは案外退屈なものだ。

 日々様々を考えることが主だが、あまり変わり映えがしない。

 下から送られる落款が必要な書類や、別の方向から送られる楽しくもない書類、何処だかでくだらない諍いが起きたことや、面倒ごとを纏めただけのゴミのような確認書類の整理。

 つまりは後処理がほぼなのだ。

 街の発展など輪郭さえ考えれば、あとは軍師任せでも完成する。

 暴動に備えての兵の調練も武官に任せられるし、どう育てればよいかも文官と武官が相談し合えば、よほどのことがない限りは良い結果に終わる。

 王がする仕事など、それらの確認と輪郭の構想と、視察や落款調印などなどだ。

 もちろんそれらの仕事が少ないかといえばそうでもないが、それら一つ一つを各国の将がきちんと取り締まり、整理すればするほどに数は減る。

 その結果が、こうして支柱の代わりを務めることが出来る今だ。

 戦をしていた頃の方がまだ忙しかった。

 

「えーっと。で、華琳はさ。これから目指すとしたら、どんなものを目指したいのよ。面白かったら遠慮なく笑ってあげるから、教えて?」

「その言葉の時点で十分に遠慮がないわね……。まあ、そうね。強いて言うのであれば、今の世を、これからの世を楽しむことの出来る時代を作りたいわね」

「へ? ……楽しむための?」

「ええそうよ。王という者はもちろん必要だけれど……言ってしまえばあなたと同じよ。天下統一は成って、民が、兵が、将が得物を取らずに済む世界には至ったわね。ええ、それはとても過ごしやすい世界でしょうね。けれど、ではそこまで人々を導いた王はどうかしら。平和さえ築いたなら用済みの人間ではなくて?」

「……ま、考えたことがなかったわけじゃないけどね。よーするに華琳は自分が余裕を以って楽しめる時間がほしいわけだ。言っちゃえば、誰かに王の座を譲って隠居生活~とか」

「そこまでは言ってないわよ。あなたじゃあるまいし」

「…………何気に突き刺さる言葉言ってくれるわねー……。じゃあなんなのよ」

 

 早々に王を辞めるつもりはなかった。

 なにせ非道な王になったなら討ちにきなさいとまで言った。

 もっと、より一層に国というものが自分で歩むようになるまで続ける。

 それは自分にとっての責務と言ってもいいものだ。

 

「王の仕事はもちろんする。その上で、少しずつ民にも自分で立ってもらうのよ。そのための学校もあるし、それらを導ける知識を持つお人好しも居るわ」

「それって御遣いのこと?」

「ええ。退屈だけはさせてくれない、面白い知識を随分と提供してくれる“御遣い様”よ。私はね、雪蓮。非道な王になるつもりも、だからといって退屈に埋もれて死ぬ王になるつもりもないの。せっかく手にした天下を、手にしただけで満足するのは勿体無いでしょう? だから楽しむのよ。今の世も、これからの世も」

「へー、いいじゃないそれっ。あ、じゃあ手始めになにするのよ、私も混ぜなさいっ」

「手始めに、まずは“したことのないこと”をしてみるつもり……だったのよ。あんなことにならなければね」

「あんなこと? …………あ~ぁ……」

 

 ちらりと見れば、勉強が終わってなにやらポーズを取っている一刀少年。

 なんとなく賢そうなポーズを取っているらしく、眼鏡をつけているわけでもないのに眼鏡の位置を直すような動作をしていた。

 

「んん? かず……御遣いが必要で、したことのないこと? んー……子育てでもしようとしたの? はぶぅぃっ!?」

 

 にんまりとしながら、一刀を見ていた視線を華琳に向けた途端、どこから出したのかもわからないハリセンが雪蓮の頭部を襲った。

 

「~……ったぁあーい!! ちょ、ちょっとなによそれー! どっから出したのー!?」

「一刀が天での遊び用に作ったものよ。“じゃんけん”をして、勝ったほうが叩いて負けたほうが防ぐ、というものらしいわね」

「防ぐって、手で? ……丁度退屈だから、それやらない?」

「手ではなくて、この兜でよ」

「? なにこれ。兵の兜……っていうわけじゃないのね。子供が持つには、っていうか遊びでやるには重いんじゃない? ……え? なにこれ、軽い」

「一刀が頼んだら真桜が一日で作ったのよ」

「………」

「………」

「ま、まあ過程はさておき、さっさと始めましょ」

「そうね。雪蓮、じゃんけんは知っているかしら」

「呉でも子供たちがよくやっているわよ。学校の影響ってすごいわね。人を通じて各地に広まってるんだもの」

「それと同様に、いらない知識が広まるのは遠慮願いたいところね」

「そこはもっと大きく構えてもいいんじゃない? そりゃ私も前は不安に思ってたけど、今のところ問題らしい問題も起こってないんだしさ。胸が小さい分、懐はおっきくーとか。あははははっ」

「………」

「………」

 

 同時にふふっと笑った二人は一刀の机を挟み、華琳がコサッと置いたハリセンと“安全第一”と書かれた軽量メットとを見つめ、頷き合う。

 やがて二人の緊張がいい感じに高まった瞬間───!

 

『じゃんけんぽんっ!』

 

 再び同時に動き、二人の手が異なる形を取る。

 勝利した華琳がハリセンを手に、流れる動きで雪蓮を叩きにかかるが、それを雪蓮がメットで防ぐ。

 

「ちぃっ……さすがに早いわね……!」

「ちょっと……ねぇ華琳? 今、殺気……放ってたわよね?」

「さあ? 気の所為じゃないかしら」

「へーえ……あぁそー……ふーん」

 

 睨み合う。

 顔は微笑みに満ちているというのに、見る人が見れば二人の間に視線の火花が散っているようにさえ見える空気がそこにあった。

 

『───じゃんけんぽんっ!!』

「もらったぁっ!」

「甘いわよっ!」

『じゃんけんぽんっ!』

「このっ!」

「ほっ! あははっ、遅い遅い~っ♪」

『じゃんけんぽんっ!』

 

 しばらく、攻防は続く。

 どちらも武の心得があるだけはあり、双方ともに器用に攻撃し、防いだりを繰り返していた。

 …………のだが。

 

『じゃんけんぽんっ!!』

「もらっ───って、え、な、ちょ、ふぴゅうっ!?」

「あ゛っ……!」

 

 何度も連続で行われたソレはしかし、段々と夢中になり、目が落ち着いたものから虎の目に変異した雪蓮のミスにより、華琳の頭頂にハリセンが落ちることで停止。

 もちろん叩いた方もハッと正気に戻って、華琳の頭の形にヘコんだままのハリセンと俯いたままカタカタと震えている覇王さまとを見比べているわけで。

 

「…………」

「ひぃっ!? あ、やー……あの、華琳~……?」

 

 顔を上げた華琳が、無言で机を指差したまま腕を上下させる。

 さっさとハリセンを置け、と言いたいらしく、顔は笑顔なのにその笑顔がとても怖い。

 

「どうしたというのよ雪蓮。遊びなのだから、遊びで決着をつけなければ終わらないじゃない。ああそうそう、取る物を間違えた時点で“お手つき”として、一度の敗北ということになるそうだから。決めていなかったけれど、勝利数は3回先に取った方の勝ちとしましょう? ええ……とてもとても楽しめそうね」

「あ……そ、そうねー……その、楽しい、のかしら……ね……?」

「そして私が勝ったら勝者権限で力いっぱいあなたを殴るわ」

「えぇえぇっ!? か、華琳!? 落ち着きなさいって! 目が凄く怖いわよ!?」

「……大丈夫よ。あなたの前でだけだから」

「その言葉を言われて嬉しくないって思える日が来るなんて思わなかったんだけど!?」

 

 ……その後、二人の女の戦いは続いた。随分と長く、いつしかいっそ血生臭いほどに。

 ただし武器がハリセンであるからして、血は出なかったものの痛いものは痛かった。

 ズパン、パカン、ビシャンッ、ボコォッ、様々な音が鳴る中で、二人はいつしか周囲のことさえ気にならなくなるほどに熱中していった。

 殺気さえ放つほどの熱中っぷりだが、これで結構仲はいい…………はず。

 

「このっ……いい加減当たったらどうなの! ……っしょ! ちぃっ!」

「一撃一撃にっ……このっ! っしょっ! それだけ殺気込めておいて……っしょ! よく言うわよ! っしょ! まったく!」

 

 既にじゃんけんの合図も“っしょ”だけとなり、忙しく手を動かしてはギャーギャー。

 そんな騒がしさの中にあって、一刀少年はその体裁きに「ほぉお~……!」と興奮していた。自分でもあそこまで出来るだろうかと、ショーウィンドウ越しのお高い楽器に憧れる少年のような純粋な瞳で、二人の攻防を見守っていた。

 

「っ……きりがないわね……。いっそ“めっと”で殴ってくれようかしら……!」

「ひえっ!? ちょ、ちょっとー!? いくらなんでもそれは危ないでしょー!?」

「だったらその勘頼りのくせに防御率が異常な反射速度をなんとかなさい!! 散々防がれて、理由を訊けば“勘が当たらなかったら危なかった”!? どうなっているのよあなたの勘は!」

 

 真面目に武力を練磨する武官や兵らを馬鹿にするなとばかりに繰り返される攻撃……と防御。ジャンケンルールなので、攻撃だけしていては反則負けだ。

 しかしここに来て渾身の一撃が放たれ、防がれた瞬間。とうとうハリセンが度重なる攻防に耐え切れずにモゴシャッという奇妙な音とともに破れた。

 

「…………!」

「…………っ……」

 

 両者、地味に肩で息をしながらの睨み合い。

 傍から見れば“遊びでなにもそこまでムキにならなくても”と言いたくなるような光景ではあるが、ムキになれるからこそ、心から夢中になれるからこそ“遊び”とは楽しいのだ。

 そんな、見ている人は引き、当人達は燃え上がる状況の中、華琳は少年を見ぬままに声を発する。

 

「一刀」

「うわっ!? は、はいっ!?」

 

 さすがにあんな攻防乱舞を見せられた後で、生意気な口は利けなかった。

 ビッと姿勢を正した一刀は続く言葉を決して聞き漏らすことのないよう、姿勢に続いて気も引き締めて───

 

「……別の遊びを教えなさい」

「……ホエ?」

 

 ───そのまま、脱力したという。


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