次なる遊び。
言われ、思考した一刀が用意したものは、ハリセンの残骸と用済みになった適当な厚紙だった。
それらを整った形に切ると、紙の束にそれぞれ一枚ずつ文字を書き込む。
いわゆるトランプもどきだった。
「とらんぷ? ……まあ、名前はこの際いいわ。それで、何が出来るの?」
「二人ともすっげー腕とか早かったから、やっぱりスピードだろ!」
「すぴーど?」
さて。
机に積まれた二つの紙の束。
それから四枚ほどを二人の前に並べて、彼は説明を始めた。
1:二人の間に二枚のカードを置く
2:そのカードの数字の前後の数字が手持ちの札にあれば、それを乗せられる
3:数は1~13までであり、1が中央にあった場合は2か13が置ける
4:手持ちに札が無い場合、4枚まで山札から引くことが出来る
5:手札は常に4枚を維持すること
6:ただし連続して出せる札がある場合は、全部出してから補充しても良し
7:双方ともに出せる札がない場合、二人同時に山札から一枚札を出す
8:出す際には掛け声的なものがあると良し。一般的には「スピード」
9:先に山札を0にした方の勝ちとする
以上の説明をしつつ、華琳が厚紙に書かれた数字に修正を入れる。
文字通り1~13だったので、文字を変えたのだ。
「……ええ、遊び方はわかったわ。つまり的確に数字を認識する速度、手の速度、ともかく速度が必要な遊戯ということね?」
「そゆこと。自分から見て右が自分の山札な」
軽い説明を混ぜての実践をしてみせると、華琳と雪蓮はにやりと笑った。
二人で不敵に笑いながら、やはり机を挟むようにして立ち、その机に両手をどっしとついて戦闘体勢に入る。
「じゃ、合図で同時なー。せーのっ───スピード!」
『っ!』
二人の手がシュバッと動く。
目は真剣そのもので、自分の手札と相手の手札、中央の札を何度も忙しく見つめ、次から次へと自分の手札を減らしてゆく。
「弐、壱、弐、参……!!」
「肆、あぁちょっと華琳っ!? そこ私が置こうとっ……って言ってる暇はないわね……っ!」
出せる札が無くなれば次。
そのまた次も出せなかったら次と、山札の数が減ってゆく。
しかし四枚をキープしながら次々と出しているにも係わらず、手の速さは速いままで息もてんで乱れていない。それどころか二人とも戦でもしているかのような獣の光を目に浮かべ、口はうっすらと笑っていた。
そんな状態での殺気さえ満ちるトランプゲームは続き───
「そこぉっ!」
「っ……!? くっ、次がない……ですって!?」
「はい伍、陸、伍、肆、参っ! あ~がりっ!」
「なっ……!」
果たして、戦に勝ってみせたのは元呉王、孫策であった。
「あっははははははっ♪ 面白いわねーこれっ! 特に相手が置こうとしたところに割り込んで置く瞬間っ! 相手が悔しがってるところに続けて置いて、しかも勝てるなんて最高じゃないっ!」
「~っ……一刀っ、次!」
「え、えぇっ!? え、と……次、次は~……」
「あ、ちょっと待った。次の前に、私が勝ったんだから華琳になにかしてもらわないとね~? 確か華琳は私を力いっぱい殴るつもりだったんだから、勝者権限で私にもそういうものがあってもいいのよね?」
「くっ……ええ、二言は無いわ。好きになさいっ」
「じゃあ……」
「……? なにふわぁっ!? ちょっ……雪蓮!?」
「いや~……桃香がよく揉んだりしてたから、一度触ってみたかっはぶぅぃっ!?」
勝者権限を行使して華琳の胸に触れた途端、彼女の頭をメットが襲った。かぽぉーん、と。
のちに……“とても小気味のいい音が鳴った”と、少年は語る。
「いったぁあーいっ!! ちょっとなにするのよ華琳っ!!」
「権限行使をするにしてももっとましなことに使いなさいっ!!」
「自分は私を殴るつもりだったくせによく言うわよー! ていうかそれにしたってこれで殴る!? 頭にすごい響いたわよ!」
「うっ、うるさいわね! 大体さっきの勝負だってあなたのお手つきで私が勝っていたんだから、丁度その清算をしたと考えれば十分でしょう!?」
「~っ……だったらもっと揉ませなさいよねー!? これじゃあ割りに合わないわ!」
「なっ、ちょっ……させるわけがないでしょう!?」
「なによこのけちんぼ! 覇王のくせに懐狭くて胸もちっさいなんて、小覇王って華琳のためにあるような言葉じゃない! 譲ってあげるから今日からそう名乗ればいいんだわこの“じょるじゅ”っ!!」
「っ……~……こ、ここっ、ここここのっ……! 一刀!! 次よ! 次の遊びを準備なさい!」
「えぇえぇっ!? や、でもさっ、俺これから鍛錬」
『さっさとするっ!!』
「はぃいいっ!!」
かつての王二人にギンと睨まれ、怒鳴られれば従う他ないでしょう。
それはきっと、民であっても兵であっても、将であっても。
……。
一時間後。
「………………これっ!」
「ふふっ、生憎ね。“ばば”よ」
「うぇえあぁああっ!?」
「ふふふふふふっ……体ばかり成長したあなたにはぴったりの札ね」
「さっき自分だって持ってたのによくそこまで言えるわよねー……! ほらっ、さっさと引きなさいよ」
「なー、ねーちゃんたちさぁ……。ババ引くたびに悪口言うの、やめないかー……?」
「悪口ではないわ。お互いの闘争本能を引き出しているだけよ」
「うんまーそういうことよ、一刀。心配しないでも私が勝つからだいじょーぶ」
「はい、それじゃああがりよ」
「え? あ、あれっ?」
「ねーちゃんだっせー……」
「うぐっ……ちょっと華琳! ばばに細工したでしょ!」
「妙な言いがかりはやめてもらえるかしら。私はあなたのように卑劣な手は使っていないわよ。ええ、あからさまに札の端に傷をつけておくような卑劣な真似は、ね?」
「わっ、バレてたっ」
「……ねーちゃんだっせー」
「うわっ……改めて言われた! くぅう……次! 次よ!」
「その前に勝者権限を行使させてもらうわ。雪蓮、目を閉じて顔を突き出しなさい」
「え? や、あの、華琳? 私、あなたと違ってそういう趣味は自国の者にしか」
「なにをたわけた妄想してるのか知らないけれど、その綺麗な顔に髭を描いてあげるから、早く突き出しなさいと言っているのよ」
「いくらなんでもやりすぎでしょそれー!!」
「ねーちゃん、さっきジョルジュに“負けた奴が逆らうなー”って言って笑ってたよな」
「ふうぐっ……! …………~……好きにしなさいよ」
「そうそう、それでいいのよ、ふふふっ……ふくっ……ふっ……あはははははは!!」
髭が、描かれた。
それは普通に過ごしていたのでは決して見ることの出来ない光景であり、華琳はそれはもう笑った。一刀が警備隊の編成にいろいろと手を尽くした時のように、しかしさらに腹の底から。
「…………かぁ~りぃ~ん? 次負けたら、どうなるかわかってるわよねー……?」
「ようは負けなければいいのでしょう? 受けて立つわよ」
「……小覇王のくせに」
「あ、あなたねぇ! 自分の通り名をそこまで虚仮にして楽しいの!?」
「楽しいわよぅ! だから次よ次! その綺麗な眉毛をぶっとくしてやるんだから!」
「なっ……なんて恐ろしいことを考えつくのよあなたは!」
「華琳に言われたくないわよ!!」
女の戦いが続く中、少年は思った。というか言った。「女って怖ぇえなぁ……」と。
……。
一時間後。
「あっははははははははは!! あはははははっ!! あはっ!? あはははははは!!」
「~…………!!」
連敗に続く連敗で、顔がすっかり黒くおなりあそばれた麒麟児さんと、その視線の先に居る太い黒眉毛の覇王様。
とうとう勝利を治めて眉毛を描いた瞬間、彼女と少年は笑い転げていた。
「かっ……一刀。少し黙りなさい」
「やっ、やっ……だってしょーがないだろっ!? ねーちゃんのこと笑ってるとき、ジュルジュだって“もっと笑ってやりなさい”って言ってたじゃんか!!」
「くぅっ……!」
腹筋が痛いのか、腹を押さえながらもよろよろと歩いた雪蓮が手鏡を持ってくる。
まずはそれを自分が覗いて自分で爆笑。さらに華琳に渡して、固まる華琳を見て爆笑。
華琳もいい加減口角がヒクついていたが、負けたのは事実だと受け入れると……諦めたように笑った。
ちなみに途中で思春が一刀を迎えにきたのだが、中に入って雪蓮の顔を見た途端に顔を背け、いずこかへ走り去ったまま戻ってこなかった。
「は、はー……はぁ~ああああ…………。ふぅ、それで、もういい加減やめるんだよな? 遊びのネタ、もうないよ。道具があれば別だけどさ」
「……ええ、そうね。随分と久しぶりに騒ぐことが出来たし、今日はもういいわ」
「あっ、じゃあもう一回っ、最後に一回だけやりましょっ!? そして私が勝ったら今日一日中その眉毛でいること、って勝者権限を───」
「今すぐやめるわよ」
「えーっ? なんでよー」
「……あなたね。その顔でその条件、逆に突きつけられたいの?」
「やめましょう」
「……でしょうね。あと、その顔で凛々しい顔つきになってもおかしなだけだからやめなさい」
「描いたの華琳でしょー!? ていうか、これ落ちるんでしょうね……落ちなかったらもう呉に帰れないわよ私……」
「ええそうね。私の場合は魏に帰った途端、春蘭と秋蘭と桂花があなたを殺しにかかるかもしれないわね」
「眉毛で始まる戦争なんて聞いたことないわよ……あ、一刀、ちょっとお水もらってきてくれる? 桶にたっぷり」
「川行った方が早くない? 流せるし」
「…………それもそうね」
頷いてみれば早かった。
すぐに出かける準備をすると、部屋を出て川を目指す。
ただし、覇王や元王様などは顔を厳重に隠した状態で歩き始めた。
「……なぁねーちゃん。前、見えなくないか?」
「……少し見づらいかも。ね、一刀。手、繋ぎましょ?」
「え? や、いいけど」
歩いている途中にキュムと握られる手は、散々っぱら遊んだり笑い転げたりした所為で熱くなっている。なにもこんなになるまで笑わなくてもとは思ったものの、自分も笑ったのだから人のことは言えない。
そんなことを苦笑しながら思っていると、逆の手が華琳に掴まれた。
「んあ? ジョルジュ?」
「だからその呼び方はやめなさい。……いいから、早く川へ行くわよ」
「ん。連れていけばいいんだよな? まっかせとけっ」
珍しくも頼られていることが嬉しいのか、一刀はニッコニコ笑顔だった。
そんな笑顔を見下ろすに至り、二人は“やっぱり子供だ”と再確認する。
……頭に大量の布を巻きつけた状態で。その風貌はまるで黄の王ジェレマイアの如し。
通路や町を通る中、様々な人が驚いていたが、顔はともかく服装を見ると誰もツッコんだりはしなかったそうな。
……。
川である。
さらさらと流れる水の音が耳に心地よい。
すぅ、と息を吸えば、少しだけ心が安らぐのを感じた。
しかしその場に立っている二人は“黄衣の冠”を身に着けたような二人で、安らぎとは程遠い存在だった。
「なぁ……二人とも、そんなに巻かなくてもよかったんじゃないか……? どうせ服装でバレるんだしさ」
「だとしても、いろいろと問題があるのよ……!」
「華琳はまだいーわよー! 私なんて顔がほぼ真っ黒じゃないのー!」
「あら。戦って勝ったのだから、それくらい当然でしょう? だからこそ私も甘んじて受けたのだから」
「……眉毛でっかい状態で言われても、笑い話にしかならないわね」
「ぐっ……! あ、あなたねぇ……!」
ともあれ取っ払った布を傍に置いて、川で顔を洗い始める二人。
幸いにして多少は梃子摺ったものの墨は落ち、二人は一刀に落ちたかどうかを確認させると心底安堵の溜め息を吐いた。
一応二人で確認してはみたものの、雪蓮は嘘をついているかもしれない、華琳は面白がって嘘をついているかもと互いに疑り合っての一刀への質問。
悪戯書きを残したまま民の前に出るわけにはいかないのだから、仕方ない。
「おー……! なんか見たことない虫が居る……! なんだこれ……!」
二人が溜め息を吐いている中で、一刀はといえば川辺の石をどかしたりして虫探しをしていた。よくわからないウゾウゾとしたものが発見されたが、それは日本では見たことのない生き物だった。
「はぁ……子供は暢気でいいわねー」
「おかしなことを言うわね。そういう、子供が笑っていられる天下が欲しかったから戦っていたんじゃない」
「まあ、そうだけど。……はぁ~……なんかいいわよねー、こういうの。平和って感じ」
「それこそおかしなことよ。事実、平和なのだから当然じゃない」
「どうしてそういう捻くれた言い方しか出来ないのかしらね~華琳は。華琳ってば、当然のことを当然として受け止めすぎよ。もっと面白い捉え方とか出来ないの?」
「余計なお世話よ。というか、当然のことを面白おかしく受け止めるという行動の意味こそがわからないわ」
「ようは楽しく生きろってことよ。“天下の曹孟徳”って、音に聞けば震える者は数知れず。でも、怖いままだと畏れでしか統率できないじゃない。それこそ“支配”よ。だから、もっと心を柔らかくして楽しみましょって言ってるの」
川の傍の大きな岩に腰掛け、足を組み───その上に頬杖をつくようにして、雪蓮はけらけらと笑う。
華琳はそんな彼女を見て、少しの思考ののちに溜め息を吐く。
「恐怖と平和は表裏一体にした方がいいのよ。逆らえばどうなるかを私が教え、静かで居ればどれだけいいかを一刀が教える。ただ平和なだけの天下など、いずれ刺激を求めた馬鹿が崩しにかかるわ」
「だからって四六時中尖ってる理由にはならないでしょ? ……い~い顔してたわよ? 私とムキになって遊ぶ華琳」
「なっ!」
普通の生き方をしていたら、自分はどうなっていたか……考えなかったわけではない。
しかし、それは今となってはどうでもいいことだ。
自分は確かに自分の欲しいものを手に入れ、目指した理想に辿り着き、失くしたものまで戻ってきてくれたのだから。
だが、果たしてそれで満足していていいのだろうか。
日々平和になり、揉め事も減り、大半の仕事を他へ回せるようになった昨今。戦のための作戦などに回す時間が無くなった分の隙間は、確かに大分自分のための時間を作ってくれた。
だからこそ酒を作ったり街を見て回ったり、こうして一刀の代わりに都を纏める仕事をすることも出来る。
それは確かに新鮮ではあるし楽しいとは思う。
だが。
「ねぇ華琳? 一度、全部忘れて楽しんでみたらどう? 王だのなんだのなんて忘れて、政務なんてものも忘れて、ただひたすらに楽しむの。言っちゃなんだけど、悪くないわよー? 一度味を知ったら、なんていうかこう……もう堅苦しい王の仕事なんてしたくないなーって思えるくらい」
「あなたは一度、思い切り仕事をするべきだと思うわ」
「へー……じゃあ、私が仕事をする代わりに華琳が遊ぶ、っていうのはどう? 一日中いろんなことが出来るわよー? お酒の世話も自分で出来るし春蘭や秋蘭と一日中話せるし、桂花をいじめ続けることだって出来る。……ていうかそうしなさい。例え話を挙げようとしても、ろくな行動がないじゃない。面白味がないと、いつか一刀に嫌われるわよ」
「なっ、あっ、あなたにそんなことを言われる筋合いはっ───!」
言われ、バッと川の方を見る。そこでは一刀少年が即席で作ったらしい釣竿のようなもので釣りをしていた。どうやら枝と蔓とで作り、針は特にないらしい。自分の名前が出たような気がして、「んー? なんか言ったー?」と声を張り上げている。
「や、だって考えてもみなさいって。仕事仕事仕事で、お酒のお世話も桂花にやらせて、たまに休みが入れば春蘭と秋蘭を連れて美味しい食べ物を求めて徘徊。言葉で相手をいじめて、失敗を見つければあとで可愛がってあげるわーって。……娯楽らしい娯楽がてんで無いじゃない。私だったら絶対に気が狂うわよ」
「……人の楽しみ方をとやかく言う権利があなたにあるのかしら?」
「権利はなくても発言の自由くらいはあるでしょ。別に華琳にとっての悪いことを言ってるわけじゃないんだし。ていうかさ、真剣に考えてみなさいって。仕事漬けで、趣味が春蘭とか桂花虐めで、料理が好きで。そんな相手と一緒になって、一刀が疲れないと思う? というか、一緒になった一刀が楽しめると思う?」
「………」
「少しくらい“普通の楽しみ方”を知っておくのも、悪くはないと思うのよねー、私は」
葛藤。
様々な考えが頭の中で高速回転して、しかしそれを顔には出さずに処理する。
だが素直に受け取るのはなんだか癪だったので、やはり出てくる言葉は皮肉を混ぜたような言葉だった。
「……そうね。あなたが珍しくも仕事をするだなんて言っているのだから、受け入れてみるのもいいかもしれないわね」
「ふふっ、はいはい。仕事の方は任せときなさいって。こう見えても本気を出したらすごいんだから」
「………………期待しないでおくわ」
「ちょ、ちょっとー! そこは嘘でも期待しておくところじゃないー!?」
言ってはみたが、少し、自分のあり方についてを考える双方だった。
そんな二人の様々な考えなど知ることもなく、一刀少年はてんで釣れないお手製釣竿を見てケラケラと笑っていた。