真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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94:IF/友達っていいね②

 それから続く正論尽くしの言葉責めに対し、しかし彼女は次々と逃げ道を作ってゆく。

 冥琳相手に幾度と無く説教地獄から逃げ出した技能が、ここで無駄に生かされてい───

 

「真面目に聞きなさい」

「ひぃっ!? ちょ、どっ……!? えぇっ!? ちょちょちょっ……どどど何処から出したのよその鎌ーっ!!」

 

 ───く前に、ひどく冷たい声調でその言葉は放たれた。

 何処から出てきたのかも疑問でしかない絶が、慌てる雪蓮の首にヒタリと突きつけられると、さすがの彼女も悲鳴をあげた。というより、目の前の小覇王(仮)からは既に殺気しか感じないために、素直に頷いておかなければスパリと自分の首が飛びそうだった。

 なるほど、こんな付き合いをしていれば、噂の御遣いも華琳を裏切ろうだなどと思わなくなるわけだ。

 

「わかった、わかったわよー! なにもそんな、本気で怒ることないでしょー!?」

「本気で怒らせるような飄々とした態度を取るあなたが悪いのよ! いいからさっさと仕事なさい!!」

「え? や、あのー……手伝ってくれる……のよね?」

「気が変わったわ。真面目にするつもりの無い人を手伝っても、のらりくらりと仕事を押し付けられるだけだもの。どうせ、冥琳相手でもそうしていたのでしょうけれど……生憎だったわね、私は彼女ほどあなたに甘くないわよ」

「あ、あー……あの。か、一刀? かずと~? 一刀は手伝ってくれるわよねー?」

「遊ぶ時は遊ぶ。やることはやる。勉強やらなきゃ周りがうるさいなら、勉強やってから遊べばいーんだって」

「一刀ーっ!?」

 

 北郷一刀。技能:広く浅く。実はやろうと思えば案外なんでもこなす器用人。けれど極めようという気がないためにどれも中途半端な人間。調子に乗りやすいのが難点。

 そんな彼だが、この場で華琳や思春や七乃や華雄に様々を叩き込まれ、少しずつ変わってきていた。

 

「だってさ、そうすりゃ誰も文句言わねーじゃんっ! 胸張って遊べるのって最高じゃん! それにここだとガッコーからの宿題は無いし、なんだかんだで説教ばっかな親も居ないし……───い、いいことづくめさっ! ……あ、いや……ごめん、さびしい」

 

 元気に言葉を紡いで、言った先で後悔した。

 何日も家族の顔を見ていないと不安にはなるようで、目新しさで抑えていた感情が今更不安となって押し寄せた。それを隠そうと、思ってもないことを口にしてしまうと、素直に生きるという感情がそれを許さず、気づけば謝っている。

 だからこそ、彼は改めて訊いた。空気的に、そんなことを訊くべき場ではないことくらいわかっていたが、それでも。「なぁ、ここは何処なんだ」と。

 

「都だ、ってことは他のみんなにも聞いたし、璃々にも聞いたけどさ。知らない文字ばっかだし知ってるヤツも居ないし、えと、その……みんながいい奴だってのはわかるよ。でもさ、俺ってもしかして、誘拐、されたんじゃないかなって」

「………」

「………」

「だ、だってヘンだろっ!? 目を開けたら知らない場所でっ、知らない文字に知らない常識にっ! 怖いから言われるままにいろいろやってきたけどさっ! ど、どう考えてもこれっ───!」

 

 続く言葉が出なかった。

 言ったら自分はどうなるのだろう、もしかしてひどい目に遭うのでは。

 必要だから攫われて、あからさまな逆らう意思がなかったから今まで無事だったのでは。

 子供というのは大人が思うよりも考えているものだ。そんなことを考えてしまえば、大人はもちろん、子供だろうと口を閉ざす。

 

「誘拐、ね。まあ、ある意味では誘拐よねー、これって。誰がやったのかなんてわからないし、どうしてあなただったのかもわからない」

「ええそうね。けれどもね、一刀。少なくとも、この都にあなたの敵はいないわよ。あなたがどれだけのことをしようとも、そうそうには嫌われないだけの理由があるの。まあ、本当に笑い話にもならないことをすればどうなるかなど考えるまでもないけれど」

「嫌われない……理由……? えと、それって……利用価値とかか?」

「え? …………ぷっ───く、あははははははっ!!」

「え? え?」

「なによ華琳、急に笑い出したりして」

 

 利用価値。まさか、小さくなったこの男からもそれを言われるとはと、華琳は笑った。

 そもそもの自分達の付き合いのきっかけが利用価値だった。

 御遣いの名を利用するため、天の知識を利用するため、その方法は様々だった。

 確かに最初こそはそれを理由にしていたというのに、今では……。

 

「ふふっ、ふふふ……ええそうね。確かに利用価値があるからで間違っていないわ」

「えっ……お、俺をどうする気だ!? もしかして俺を……俺、を……えーと……どどどっどどどうする気だーっ!!」

「あっはは、一刀ー? 何も思いつかなかったんなら、別に叫ばなくてもいいわよー?」

「想像したら怖かったんだからしょーがないだろっ!? ほっとけよぅ!!」

 

 子供は考えるもの。しかし、その知識量の範囲でしか考えられないのは誰もが一緒。

 子供の持つ知識量は浅いかもしれないが、不安になった子供が考えることというのは、いろいろな意味で深く重く、そして残酷なものだろう。

 叫ばなければ自分を落ち着かせられないと本能的に叫ぶのに、それはちっとも解決にはならずに、結局不安にしかならないことばかり。

 とても小さな子供が泣き出し、けれど途中で泣けなくなって叫ぶだけになることがある。関心を持ってほしい、心配してほしいのに、泣いていなければ心配してもらえなくて不安になるから泣いているように叫ぶ。これは、そんな時の子供の心境に似ているのだろう。

 もっとも、この場合の心境は心配を求めたのではなく───きっと、救いを。

 

「っ……でもっ、嫌わないからって大切にしないって理由にはならないだろっ!? みんなは俺がここに居ることをなんでか当たり前みたいにしてるけど、俺はわけがわからないんだよ! 一刀一刀って言ってるのにみんなちっとも俺を見てない! 立派になれって、様々が出来るようになれって言って、今の俺なんか見ようともしない! ……なぁっ! 今の俺ってそんなにだめか!? 道を歩けば御遣い様御遣い様って、みんなが“ぬしさま”のこと噂してる! 俺にそんな立派な、誰かに噂されるようなヤツになれって!?」

「なれ、じゃないわ。なるのよ。むしろ追い抜きなさい」

「───え……?」

「北郷一刀。ええ、天の御遣いは確かにあなたと同じ名前よ。能力的にも彼の方が今のあなたよりも何を比べても上。けれどそれがなに? あなた以上に生きているのだから当然じゃない。わけがわからないのなら理解しなさい。自分を見てほしいのなら見られる努力をしなさい。比べられるのが嫌なら越えてしまえばいいのよ。そこへと到った前例があるのなら、そこへ到るための道があるのなら、そこへの過程を効率よく短時間で学び、余った時間で彼を越えてしまえばいい。知識や経験とはそうして、先駆者を越えてこそ積み重なっていくものよ」

「………」

「同じ名前? 周囲の噂? 結構じゃない。学ぶべきものがあるということは、どうすればそれを得られるかがもうそこにあるということよ。どうすればいいのかを手探りで探さなければいけないよりもよっぽど楽だわ。それともあなたはそこから何も学ばずに自分で学ぶ? あなたは箸の持ち方を誰にも教わらずに、自力で理解したとでも言うつもり?」

「あ……」

 

 既存の知識を学び、近道をするからこそ発展がある。

 産まれた子供が誰からも教わらずに一から自力で、など無理だろう。

 教科書があったから学べることがあった。それを教える場所があり、教える人が居たから学べた。

 “一人で生きていく”というのはそれらを受け入れないということであり、

 

「……漫画とかの主人公って……うそつきばっかじゃんか……!」

 

 人が居て、そこまで育てたから“言える言葉”が、“使える言葉”がある。

 少年はそんな漫画がある自分の故郷を思い、出てきた涙を乱暴に拭う。

 そして「帰るにはどうしたらいいんだ」と、涙の所為で少し震える声で訊いた。

 

「帰り方……んー、華琳は知ってる? えーっと、御遣いが消えた時ってどうだったの?」

「……消えるのよ。文字通り、その場から。考えてもみれば不思議なことよ。現れる時は空から流星のように。そして消える時はその場で」

「その場で、って……有り得るの? そんなこと」

「ついさっきまで後ろに居て話していた人が、突然消える。……実際に経験したのよ。あなたは私が、こんなことで嘘をつけると思うのかしら?」

「あ、や、べつに華琳自身をそう疑ってるわけじゃないわよ」

 

 言いつつも、彼女は華琳の目を見て気づかれない程度の溜め息を吐いた。

 (嘘を“つける”とでも……か)、と思いながら。

 

「消える……? 俺、消えるのか……?」

「ええ。消えれば、お望みの通り自分が居た場所へ戻れるそうよ。あなたの嫌いな“ぬしさま”もそうして消えて、しかも戻ってきたの。彼自身が言っていたから間違いないわ」

「えっ……あっ……じゃあっ、消えるにはどうしたらいいんだ!?」

「や、消えるってそんな嬉しそうに言うこと?」

 

 言い回しにおかしさを感じた雪蓮が苦笑する。

 そんな彼女を気にすることもなく、華琳は小さく笑って目を伏せながら言った。

 

「“あなたがここに居る理由”が終われば、きっと消えるわよ」

「俺が居る理由ってなんだ!?」

「そんなことは私が知りたいわよ」

「えぇええっ!? なんだよ! ジョルジュなら知ってると思ったのに! 偉そうだし!」

「ぶっ! ……くっ、あはははははは!! 偉そう! そうね、華琳ってば無駄に偉そうよねぇ一刀っ! あはははははは!!」

「…………あなた。本当に私を怒らせるのが好きね……!」

 

 目を伏せたままに口角を持ち上げ、しかし眉毛が明らかに笑っていない感じにピグピグと引きつっている。

 見る人が見れば震え上がるような状況なのだが、そんな彼女を前にした二人は一方が笑い転げ、一方が真剣な顔で消える方法を考えているとくる。

 ……なんだか自分だけ真面目でいようとするのが馬鹿らしくなる状況だ。

 

「……そうね、一刀。少なくともあなたは“誰かの願い”によってこの場に居ると考えなさい。けれど、それが誰なのかは誰にもわからない。私もあなたも知らない誰かかもしれないし、知っている者かもしれない。それどころか、あなた自身かもしれない。願われた理由がどうあれ、それは相当に強い願いであることは間違いないわ。それが叶えられた時、きっとあなたは戻れる」

「ほ、ほんとかっ!?」

「ええ。ここで出会った全てを置き去りにして、ね」

「え───……」

「当然でしょう? 天に帰るということはそういうことよ。“ぬしさま”もそうだったんだもの、あなただけが違うとでも思う?」

「…………でも、またいつでも来れるんだろ? “ぬしさま”は戻ってきたって、さっき」

「いつでもなんて無理よ。そして、誰の願いのお陰でまた来れたのかもわからない。……それとね、一刀。いつでも来れるなんてこと、間違っても二度と口にしないで頂戴」

「え、え……? な、なんでだよ。また来たいって思ったらいけな───」

「御遣いが言っていたわ。自分が住んでいた場所は、とてもとても平和な場所だったと。そして一刀。その御遣いが居た場所は、あなたが居た場所と同じなの。……今が大分平和になったとはいえ、ここにはまだまだ危険があることを覚えておきなさい。軽々しく“いつでも”なんて口にして、もしそれが叶った上であなたが死んだら、あなたの家族はどうなるの? 子の死に目にも立ち会えない親のことを考えたことがある?」

「あ……う…………」

 

 華琳の言葉に、一刀は鍛錬の際に見た真剣や斧の鋭さを思い出した。

 どうせ斬れないものだろうと思い、触ろうとして……途中でその手を止めてしまうほどに鋭かったのだ。

 そしてなにより、それからは“決して消えない、嗅いだことのない怖い匂い”がした。

 血の匂いならば───子供だ、怪我のたびに嗅いだだろう。

 けれどそこからは“死が重なった血”の匂いがした。

 人の死さえ見たことのない少年が、その答えに辿り着くことはないが、つまりはそういうことが起こる世界なのだ。

 

「……じゃあ、俺にどうしろってんだよ」

「今まで通り楽しんでいればいいわ。不安を押し隠すための行動だったとしても、その全てが演技だったとは言わせないわよ? どう見ても純粋に楽しんでいなければ出来ない行動が多々あったもの」

 

 「この曹孟徳に向けて、馬鹿と叫ぶとかね」と続け、ニヤリと笑う。

 それを聞いた雪蓮が目を丸くして華琳と少年とを見比べるが、やがて視線が一刀だけに固定されると吹き出した。

 

「えっ!? なに一刀! 正面きって華琳に馬鹿って言ってみせたの!?」

「う……うん」

「…………っ、っ……っくっふっふっふっふ……! ぷふっ、あははははは! そ、それは確認するまでもなく演技でなんて言えないわ! どんな理由があっても言えるようなものじゃないものっ、あはははははは!!」

「え、え……?」

「雪蓮……あなた、ここ最近だけでどれだけ大笑いするつもり?」

「笑える時に笑っておかないのは人生を損する瞬間ってものでしょー? てゆーか、そういえば私に向けてもよく“馬鹿”って言ってたもんねー、一刀は」

「え……俺、言ったっけ、そんなこと」

「言ったわよー? そして、ここらでは王に対して馬鹿~なんて言おうものなら罰が下るのが当然なの」

「…………それ、本気か?」

「ええ。そういう国よ」

「………」

 

 言葉だけで処罰される世界を知る。

 もちろん日本にもそういう場所はあり、親にだろうが上司だろうが、自分の身近なところから離れれば離れるほどに罰の度合いが重くなる。

 子供は素直に思ったことを言うが、それは正しくあるべきか間違いであるべきか。

 

「……じゃあ、その王様が間違ったことをしたときにも馬鹿って言っちゃいけないのか? 本当に馬鹿なことをした相手に馬鹿って言うのもダメなのか? ……それってなんかおかしくないか? 俺、見たことあるぞ? 偉いヤツに従ってるヤツは、従うだけが、えと、ちゅーぎってやつじゃないって。ちゅーぎがなんなのか知らないけどさ、それって大事なことなんじゃないのか?」

「とりあえず……頭ごなしに馬鹿と言うのは忠義じゃないわね」

 

 あなたの言っていることが間違っているわけでもないけれど。続けて言いながら、華琳は雪蓮を見て溜め息を吐いた。“なるほど、コレに馬鹿と言うなというのは中々に無茶だ”───そんな視線だった。

 

「それにね、言葉を選ぶことも大切でしょう? 馬鹿と思ったなら馬鹿と言っていいわけではないわ。主に注意を促すのであれば、まずは必要なことを言う。聞く耳を持たないのであれば、その時こそ馬鹿とでもなんとでも言いなさい。仕える者の言葉に耳を貸さずに好き勝手に振る舞う輩など、確かに馬鹿なのだから」

「あのー……ねぇ華琳? それを、どうして私の目をま~っすぐに見ながら言うわけ?」

「あら。言葉が必要かしら? 冥琳の説教に耳を貸さず、酒に巻き込んで誤魔化す呉王様」

「なっ……!? あ、あーそう、そういうこと言うの。へー…………小覇王」

「いい加減にしなさいこのおなまけ麒麟児」

「なによやる!? やったろーじゃない!」

 

 二人が再び口喧嘩を始める。

 けれどそれは、一刀にしてみれば仲の良い二人のじゃれあいのようにしか見えない。

 ……自分には、そんな相手が居ないというのに。

 街の子供はそこまで出来るほど仲が良くない。

 璃々にしたって今はここには居ないし、言いたいことを言い合えば彼女はきっと泣いてしまい、そこには紫苑の怒りが下るだろう。

 だから少年は小さく、俯きながら言った。

 「なんでも言い合えて、許し合えるヤツはいいよな」と。

 

「んう? なんか言った? 一刀」

「……なんでもない。とにかく、俺は今すぐには消えられないんだよな?」

「そうね。……なにか目標でも見つかったのかしら?」

「見つかった。でも、教えない」

 

 投げられた質問にそれだけ答えると、視線を合わせることもせずに椅子に座り、机に向かう。押し出された雪蓮はぽかんとするが、そういえば喋るばかりで仕事をやっていなかったことを思い出す。

 慌てて「仕事ならやるからいいわよ」と彼女らしくもないことを言うが、一刀は書類整理をしているのではなく、文字を学ぼうとしていた。

 

「か、一刀ー……? ちょっとー……?」

「……ん、ごめん。必要なもの取ったらすぐ退くから」

 

 言いながら、一刀は山になっている書簡竹簡からいくつかの竹簡と一冊の書物を取ると、自分の寝台へと歩いて座る。それは、彼が文字を習うためにと華琳が渡したものだった。

 

「……なぁ、曹操」

「なにかしら」

「一人で出来ることって、なにがある?」

「少ないわ。とても。ええ、とてもね。この世界はね、一刀。手を取り合わなければ出来ないことに満ちているわ」

「………」

「あなたは一人で居ることを望むの? まだこの大陸のこともよく知らないまま、一人で居ることを」

「望まないよ、そんなもの」

「え───」

 

 いじけているように見えた姿で、彼は勉強をしようとしていた。

 だからこそ、いじけたままに他の全てをつっぱねるような子供のようなことをするのかと、勝手にそう判断していた。けれど口に出してみれば、少年は俯かせていた顔を上げて華琳の目を真っ直ぐに見て、そう言ってみせた。

 

「カッコつけの漫画の主人公とかカッコつけの暗い男なんてみんな嘘つきだ。人なんて一人じゃ生きていけないじゃないか。だから俺も、誰かの役に立てる自分になる。今すぐ帰れないなら、帰れる日まで頑張る。帰れる日が来て、仲良くなれたヤツが居たら、泣いてバイバイする。だから……馬鹿って言っても言われても、笑って許し合える友達作って……~……笑いながらここで生きてやるんだ……っ……!」

 

 子供は泣いていた。

 その事実に、華琳は“自分はいったいなにをしていたのか”と頭を痛めた。

 相手は子供だ。そんなことはわかりきっていた筈だった。

 けれど最近は従順に、言われたことを次々とこなしていく姿に、“子供以上”の在り方を求めていた。それがどうだ。無理をさせて泣かせてしまい、泣いた瞳で自分を睨ませるなんてことまでさせてしまった。

 少年は確かに楽しんでいた。けれど、その隣に“彼の友達”は居たのだろうか。ただ元気に燥ぐだけで、叫んだり走り回ったりするだけの彼を理解出来る誰かは、居たのだろうか。

 

(……そういうこと。だから、いつになく叫んだり騒いだりをしていたのね)

 

 ここ数日間の少年の騒ぎ方の違和感の理由が、ようやくわかった。

 ただ不安だっただけなのだ。

 元の北郷一刀のように、それなりな知識があるわけでもない。

 ただ急に子供になり、物珍しさだけで自分を誤魔化していた彼にとって、友達も居ない景色と勉強しろと言うだけの存在など、自分を閉じ込める檻でしかなかったのだ。

 ……けれど、そこからきちんと出ようとする努力をしたからこそ、友達を作ろうとしたからこそ、彼は自分を馬鹿と言ったり散々と連れ回して“楽しいこと”を共有しようとした。

 理解しきれない世界でも、子供なりに努力をしていたのだ。

 

「…………雪蓮、仕事はここでなくとも出来るでしょう? 出るわよ」

「え゛っ……あ、明日に回すとかはー……」

「これは既にあなたの仕事よ。終わるまでは寝てはだめ。決まっているでしょう?」

「ううっ……華琳のおにー!」

「いいからさっさと運びなさい」

 

 二人して書簡竹簡を抱え、歩き出す。

 雪蓮がぶちぶちと文句を言いながら部屋を出て、それを軽く見送ってから……華琳は俯いて勉強をしている一刀へと向き直る。

 

「一刀」

「………なに」

「…………ふふっ」

「?」

 

 目に映ったものは、拗ねた子供の姿だったに違いない。

 なのに声をかければきちんと反応する。

 耳を傾けなさいと言った言葉を、ちゃんと守ろうとしていた。

 それはきっと、自分に与えられる情報の少なさを必死でかき集めた結果なのだろう。

 華琳はそんな小さな律儀さに思わず笑い、その笑顔のままに溜め息を吐くと言った。

 

「あなたが思っているほど、この大陸はあなたにとって辛くあたらないわよ。無理にだろうと、笑える今を大切にしなさい。そして───」

「………」

「───覇王であるこの曹孟徳が、あなたが言った“馬鹿”という言葉を許したその意味を知りなさい」

「…………、……?」

 

 きょとんと、ぽかんとした顔を見て満足げに笑うと、華琳もやがて部屋を出る───と、すぐそこで聞き耳を立てていたらしい元呉王にげしげしと蹴りをかまし、そのまま歩く。

 「許した意味ってなに?」と雪蓮に訊かれても、笑うだけで答えずに。

 そうして一人、部屋の椅子にぽつんと座る一刀は、言葉の意味を探した。

 

「許す意味……? 許すって……───あ」

 

 答えは見つかった。

 自分で言ったことだ。まさか聞こえていたとは思わなかったけど。

 

  なんでも言い合えて、許し合えるヤツはいいよな

 

 ……なんだ。自分は許してもらえていたじゃないか。

 王どころか、覇王に。

 ベーゴマやって、連れ回して、笑って、馬鹿って言い合って、許してもらえていた。

 自分だって曹操のことを怒ったりなどしていない。

 それってつまり、なんでも言い合えて許し合える仲ってわけで───

 

「……なんだよこれ。ずりぃ……かっこわりぃ……」

 

 格好のいい自分なんていらないと思って、何日が経っただろうか。

 それでも自分が格好悪いと感じて、彼は泣いた。

 泣くつもりはなかったのに、情けなくて泣いた。

 子供は考える。

 子供なりに頑張って考えて、自分なりの答えを出しても大体は苦笑される。

 きっと今の彼は、出した答えを笑われた状態だ。

 悔しくて情けなくて、それでも……だからこそ次はと気を引き締める。

 とりあえず今日、大切なヤツが出来た。

 胸を張って友達だって言えるようなヤツだと思う。

 そんなあいつに認められる、友達でいられる自分でありたいと思った。

 だから……頑張ろう。適度に遊んで適度に学んで、泣くのは出来れば今日だけにして、だから思いっきり泣いて、また明日。

 

「……んっ」

 

 ジョルジュなんてもう呼べない。

 だからきちんとこれからも曹操と呼ぼう。

 なんか“かりん”とか呼ばれてるけど、それは前に聞いた“まな”ってやつだ。

 親しくもないヤツが呼ぶと殺されるらしい。

 それを許されるくらいに仲良くなって、それから───それから。

 

「? それから、なんだろ」

 

 最近の自分は少しおかしい。

 夢に、見たことのない景色がいやにリアルに出てくる。

 それは戦いで、誰かと誰かがたくさん居て、みんな殺し合っている。

 怖くて哀しくて誇らしくて、いろいろな感情が巻き起こる夢は、どうしてか……まるで、実際に自分が見たもののような───




関係ないけど、アニメ化が決定して実際に放送されるまで、自分の中のプレゼント・マイクの声は千葉繁さんでした。

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