真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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94:IF/友達っていいね③

 

【お目覚めの時間です】

 

 とある空の青い日。

 少年は一人の先生を前にチョークもどきを手に、小型黒板に文字を書いていた。

 

「……と。よし、ここまでだ。北郷、なにか質問はあるか?」

「はい、えーっと、周瑜先生、絵本の続きが見たいです」

「………」

 

 本日の授業……というか、先日も、その前も絵本での読み書き授業だった。

 文字が読めるようになると、絵本とはいえ馬鹿に出来ず、むしろ素直に生きようと決めた少年にとっては、誰かが書いた物語というのは知識の宝庫だった。

 考え方ひとつで視界が変わる“先が決まった物語”というのは、これで案外刺激になるようだ。

 

「その絵本はもう読めるようになったか」

「おー! これ面白いなっ! 前は絵本なんて~とか思ってたけど、見てよかったー!」

 

 一刀が、冥琳が貸した絵本を手にヒャッホォーゥィと甲高い声をあげる。

 その何冊かの本には冥琳が感想を聞こうと思っていたものも混ざっており、答えは“面白い”で占められた。

 見慣れない人にはいつもの周公瑾として立っているように見えるが、見る人が見れば、一刀が褒める度に彼女の綺麗な眉毛がぴくりぴくりと動き、口角が持ち上がりそうになるのを必死で耐えているのがわかる。

 

「そうか。……すまないな、その続きはまだ出ていないんだ」

「えー? そうなのか~……。ちぇー、こういうのってむず痒いよなー」

 

 口を尖らせて、少年がぶちぶちと文句をこぼす。

 しかしすぐに笑顔になると、他のことを教えてくれとねだった。

 

「ああ、それは構わないが……そんなに急いで学ぶことか?」

「やれることがあるなら、出来るうちにやっておけって曹操がさ。日々を“今日死ぬものだ”と考えながら、存分に謳歌なさい、だってさ。そんな毎日を続けていれば、別れ以外に悔いが無くなるわよ、って」

「……なるほど。それは、別れが寂しくなる」

「寂しくなったら、寂しいって思えるほどに大切に出来たんだって胸を張れ、って」

「ほう? ……それを、あの曹操がか」

 

 変われば変わるものだと彼女はこぼした。もちろん、本人の前ではとてもじゃないが言えることではない。

 他人にとってみればそれだけのことだが、寂しさのあまり泣いてしまった彼女だからこそ言える言葉でもあったのだろう。

 子供になったとはいえ、泣かせた本人に言うのがどれほど恥ずかしかったのかは、きっと本人のみが知るところだろうが。

 ともあれ、重くない空気のままに個人授業を続けていると、今日も今日とてノックもなしに開かれるは北郷一刀の部屋の扉。

 

「かーずとーっ♪ おるーっ?」

 

 上機嫌でやってきたのは、大型の酒壷にも似た徳利の口に縄を絞めて肩に担いで笑う、さらしと袴姿といういつも通りといえばいつも通りの姿の霞だった。都へ来たのは冥琳とほぼ同時期だが、冥琳にしてみれば雪蓮を見ているようで少々頭が痛い。

 

「お前は……また昼間から酒を」

 

 だから思わず似たような言葉が出るのも、仕方の無いことなのだろう。

 

「おっ、めーりんやん。授業中? あー、悪いんねんけど一刀借りてええ?」

「酒盛りに誘うつもりなら、相手の年齢を考えてからにしろ」

「平気や平気! ウチやって子供ん頃から酒飲んどったもん! 子供ん内から酒に強ぉなってもろて、そんでそんで夜通し騒いでも元気でいられる一刀になってもらうんやーっ!!」

「………」

 

 その時、軍師様は思いました。

 ああ、これは口調こそ違うが雪蓮だ、と。

 なので遠慮なく耳を引っ張り、痛いと言われようが引っ張り、一刀の隣の空いている椅子に座らせると……酔いも醒める説教が始まった。

 

「うう……霞ねーちゃんのばか……。これじゃとばっちりだよ……」

「な、なははー……ごめんなー、一刀ー……」

「……二人とも? 聞いているのか?」

『ごめんなさい聞いてますっ!!』

 

 一日一日が普通に流れていく中で、少年は笑顔でいる日が増えた。

 それは無理に作ったものではなく、子供らしい笑顔だ。

 一方で、華琳と一刀が以前よりも一緒に居ることが多くなったと聞き、大変勇気のあることであるが直接訊ねる軍師さんなども居たのだが、「曹操は友達だ!」……と、子供は元気にそう答え、一方の覇王様はなんだか微妙な顔をしていたとかなんとか。

 もしかして青年に戻っても友達のままって意識が強くなるんじゃ? と誰かが言えば、さすがに冷静でいられなくなる覇王様だったのだが、いろいろと考えてみて「それはないわね」と結論づけた。

 

「あー、ほらほらー、めーりーん? 美味い老酒が手に入ったんや、一緒に飲まへん?」

「……誤魔化す手法まで一緒なのか」

「え? なにが?」

「霞ねーちゃん……曹操に怒られてる孫策ねーちゃんみたいだ……」

「なっ! ちょ、一刀っ、そりゃ失礼ってもんやで!? ウチは今日はちゃーんと非番やからこうして酒飲んどるんや! そんならせっかくやし一刀誘って、侍女たんが用意してくれたモノを庭で一緒に食わんかなーって! せやから誘いにきただけやっちゅーねん!」

「だから。そもそも子供を酒盛りに誘うなと言っている」

「えー? べつにえーやん。日本酒のお礼がしたかっただけなんやって! “御遣い”の話じゃ飲むにはまだまだ早かったらしいけど、あれでもなかなかイケたし! 最低でも一年は寝かせたほうがええなんて、待ってられんかったウチが悪いんやって」

「? それと俺と、なんの関係があるんだ?」

「んっへへー、大人んなったら教えたるなー? な、それよか飲も飲も! こんな天気のいい日に部屋に閉じこもってべんきょーなんてつまらんやろ!」

 

 根拠もないのに真っ直ぐな言葉に、額に手を当て溜め息を吐く苦労人が一人。

 

「つまらんとは、軍師を前によくもはっきりと……」

「えー? えーやーん、それともなにか? お昼寝提案して、一刀が寝とるのをいーことに頭を撫でてにやにやするのはえーっちゅーの?」

「なぁっ!? ……な、ななっ、なぁああ……!?」

「やー、あん時の冥琳は可愛かったなー……猫を撫でとる周泰なみに可愛かったでー」

「~っ……! き、きさ、きささ……! 貴様……いったいいつから……!」

「や、ほら、窓空いとったやん? ウチそのすぐ下におってん。一刀の勉強終わったら遊ぼうか思って。そしたらなー、一刀。この軍師さま、一刀が寝てるのを確認するや頭撫でてにっこにこ~てむごっ!?」

 

 珍しくも顔を真っ赤にして、声にならないなにかを叫んでまで霞の口を塞ぐ軍師が居た。

 その目が全力で語る。やめろと。

 

「お前はなにか!? 私の邪魔をしに来たのか! この授業が私にとっての仕事だとわかっている筈だろう!」

「もが……い、いやー、ただふつーに、その仕事を中断して、酒を楽しも思て……な?」

「仕事を中断して酒を飲む馬鹿な軍師が居るものか!!」

「えー? 七乃ちんは誘ったらあっさり飲んだでー?」

「……北郷。ここに落款を落とせ」

「あいよー」

 

 たんっ、と音が鳴った。

 七乃の減給申請についてのものだった。

 もちろん“そうしてしまってほしい”と頼むだけで、許可をするのは華琳だ。

 

「で、どうするんだ? 酒は俺、あんまり好きじゃないんだけど」

「だ~いじょ~ぶやぁって~っ♪ 一刀もなっ? 美ン味い酒飲めば、そないなこと言えんくなるんやからっ」

「…………ほんとか?」

「乗せられるな北郷。それより授業の復習と、なにか訊きたいことがあれば私に───」

「あれはつい先日のことや。めーりんが寝ている一刀の」

「───酒宴の中で訊け! さあ北郷、休んでいる暇はないぞっ!」

「えっ、ええっ!? ちょ、どうしたんだよ周瑜先生!」

 

 それは、とても珍しい一面が見れる日だった。

 やはり顔を真っ赤にした冥琳が霞に詰め寄り、小声でだけどギャーギャーと騒ぎまくっている。一刀に自分のイメージを壊してほしくないのか、ただ恥ずかしいのかはわからないままだが、それでも奇妙な弱点が出来てしまった……と目を伏せながら溜め息を吐く。

 というか続けて頭を抱えて俯いて、とほー……と長い溜め息を吐いていた。

 

……。

 

 昼が酒宴となった。

 小さな酒宴だが、酒が老酒で食べ物も中々のものときて、しかも東屋で開放的に食べるという状況がまるでピクニックのようで、一刀は心なし上気していた。

 

「なんかいいなー、こういうの。空の下で食べるご飯って、なんか美味しいよな」

「おっ、やっぱ一刀はわかっとるなー。めーりんはどない?」

「……まあ、軽い酒宴といえば雪蓮とよく東屋でやっていた。これもそれに似たようなものだろう」

「おおっ、なんや常連さんやないか。せやったらなんであない渋っとったん? やっぱあれか、雪蓮相手やないと飲む気になられへん? せやったらちと強引やったなー……謝るわ」

「いや、そこまではいかんさ。渋っていたのは私なりの責任のようなものだ。学びたいという北郷の意思を尊重したかった」

「あー……そかそか、そりゃ一刀に悪いことしたな。けどそない勉強ばっかで疲れへん?」

「最初は嫌だったんだけどさ、絵本とか読めるようになってからはもう、楽しくてしょーがないんだよなー。今続きが気になってる絵本があって、絵本なのになんで続きがあるんだよーって感じだけど、面白いんだよなー……」

 

 食べ物をモゴモゴと口にして、飲み込んでから喋る。

 実はこの少年、べちゃべちゃと口を開けながら食べて、口にものを入れながら喋ったりして華琳に怒られた経験があったりする。

 それ以降はどうにも食事のマナーは守ろうと努めているようだ。

 なので東屋で開放的にも係わらず、姿勢はきちんとしているし食べ方も綺麗……なのだがこういうものは案外長続きしないもので、姿勢もゆっくりとぐにゃーと曲がっていっている。

 ピンと伸ばした背筋など、食事が終わるまで保っているのは案外難しい。

 特に、言われたからやる人は。

 そんな、姿勢にばかり気を取られている一刀をよそに、霞はソッと冥琳の隣でニヤリと笑うと、彼女の耳に口を近づけて一言を届ける。

 

「それにしてもなー……めーりんが思いのほか一刀にべったりで、ウチ驚いたわー……」

「わざわざ耳元でささやくな、気色悪い」

「ん? 大声でゆぅてえーんやったら嬉々として───」

「やらんでいいっ」

 

 心休まる時間が欲しい……それは、彼女が心から思う願いだった。

 呉にも魏にも酒飲みで似たような性格の者が居るとなると、もはや蜀と都だけがと思っていたのに……よもやその都に訪れる日と霞の来訪が被るとは。

 酒宴の席で酒を飲み、無駄に雪蓮と意気投合したことで真名まで許し合った二人に巻き込まれ、散々と酒を飲まされた上に振り回されたいつかを思い出す。……いや、少し思い出して顔を振って忘れた。

 

「あの日は私もどうかしていたな……。お前に真名を許すなど……」

「んあ? えーやんえーやん、酒飲みの上手いもんに悪いやつはおらんっ! その点は策たん───雪蓮も認めとるところやし、だからこそこうしてめーりんとも仲良ぉなれたんやん」

「仲良くというなら、せめてこうして人を振り回すのはやめてくれ……」

「あー……そういや雪蓮も、めーりんは静かに飲む酒が好きや~ってゆーとったなぁ……」

 

 東屋の天井を見上げつつ、しかし手では酒を注いで顔を赤くしている霞。

 見ているわけでもないのに溢れそうになる前にピタっと止める手は、もはやどれだけ傾ければ出てくるのかを重みで理解しきっているようだった。

 

「まあそんでも、楽しめるとこでは楽しんでおかんともったいないやん。……ところでどやった? 一刀、めっちゃかわいくなったけど、寝てる一刀撫でてみてどやったん?」

「………」

 

 なななな、とずずいと迫られ、その度に気まずそうにして顔を背ける冥琳。

 しかしあんまりにしつこいその態度にか、それとも案外言いたかったのか、ぽろりとその言葉をもらした。

 

「いっ………………癒された……」

 

 見れば耳まで真っ赤だった。

 というより、座りながら詰め寄る霞からは、もはや後頭部と耳くらいしか見えないのだが、それでも真っ赤だった。

 

「おー! そーかそーかー! やっぱ癒しは必要やもんなー! 猫とか可愛い子ぉとか撫でてると、癒されるもんなー!」

「だっ、ばかもっ───大声で言うなとっ!」

「なっはははははっ、いやー、めーりんにもそないな感情があって嬉しいわー。呉の軍師連中なんて、もっとお堅いもんばっかやと思とったし。やっちゅーのにその中で一番堅そうなめーりんがこれなら、ウチも随分付き合いやすいわー」

「…………相手を知る前に真名を預ける方がどうかしている。散々と飲ませ、酔わせた上での真名交換など本来有り得ないだろう」

「んーでもこうして仲良ぉなれたし、互いも知れたやろ? なんにでも切欠は必要で、ウチらの場合はそれが酒と雪蓮と一刀やったってだけやん。それよか飲も飲もっ! 猪口空いとるやん、酒宴の席で猪口を30秒乾してたらあかんねんでっ」

「調子の良い嘘を言うな」

「あ、やっぱ騙されへん? 軍師にはこういう口上は通じんなー。呂蒙ちんあたりやったら戸惑いながらも飲んでくれそうやのに」

「……はぁ。あれにお前相手の酒宴は早すぎる。誘うなら祭殿にしておけ」

「う……あの人はなー……逆にこっちが潰されかねんもんなー……」

 

 次第に酒臭くなる席で、一人子供な彼は黙々とご飯を食べていた。

 用意された食事はやはりなかなかの味で、白米が喉を通る喜びを堪能している。

 試しとばかりに霞が、「喉渇いたやろー」と酒を渡す。

 一刀には見えないところで、湯飲みに入れておいたものだった。

 それを素直に「ありがと、霞ねーちゃん」と言ってごくりと飲んで───盛大に噴き出しそうになったものの、この世界での食料などがとても大切であることを瞬時に思い出すと、自分の口を押さえて必死で我慢し、飲み干した。

 

「お、おー……しっかり飲みおっ───」

「ねーちゃん。正座」

「へ? や、あの、一刀?」

「正座」

「えー……と?」

 

 東屋の固定された石の椅子から、とんと降りた一刀。

 目はいつの間にやら据わっていて、霞の目しか見ていない。

 顔はとっくに赤くなっていた。子供だからなのか、アルコールに対する抵抗力が無さすぎたのだろう。……つまりは酔っていた。

 なにやらよくわからないうちに正座させられた霞が、食料の大切さを子供に説かれるのはこの数秒後で、冥琳はそんな罵声を耳にのんびりと食事を開始した。

 

「もし吐いたらとか考えなかったのか!? いくらねーちゃんがお金出して買っても、これはお酒屋さんが頑張って作ったものなんだ! 頑張って作り上げたものを無駄にするきっかけを作ろうとするなんてダメじゃないか! ちゃんと言ってくれれば頑張って飲んだのに、なんでこんな騙すみたいな形で飲ますんだ!」

「あ、あーうー、いや、そのう……な、か、一刀ー? もうせーへんから許して? な?」

「ていうか子供にお酒飲ましたらだめだろー!? なんでじーちゃんもとーさんも俺にお酒飲ませたがるんだよ! 孫策ねーちゃんだって笑いながら俺の首掴んで無理矢理飲ませようとするし!」

「……ほう? これは、随分と聞き捨てならないことを聞いたな」

 

 一刀の言葉を耳にした冥琳が握る箸が、みしりと軋んだ。

 そんな音には気づかないままの二人は説教して説教されて、しばらくの時間を潰すのだが……少しして、霞が「ご飯、冷めたら無駄になるやろー?」と逃げ道を用意してみると、あっさりと説教終了。

 「最初からこれ言えばよかったわ……」と呟いて席に戻る霞の横で、冥琳は「それでは説教にはならんだろう」と溜め息をこぼす。

 

「ん? なんや機嫌悪い? 少し感じ悪いで、めーりん。あー……ウチの所為やったらごめんな」

「いや。その点についての説教なら北郷がしただろう。私は私で、呉でやらなければならないことが出来たなと考えていただけだ」

「お、そか。やっぱ軍師ってのは大変なんやなぁ……武官は随分と静かになってもーたわ」

 

 席に戻り、頬杖をついて溜め息。

 視線は同じく席に戻ってご飯を食べている一刀へ向けている。

 小さな体と小さな口でがつがつと味わっている姿が、妙に可愛い。

 

「ははっ、まあ、武官文官とは関係ないけど、世の中にはおもろい薬があるもんやな。まさか一刀が子供になるなんてなー」

「飲みたいと言う者が大分居たが、記憶が当時まで戻るということを教えると、途端に声を聞かなくなったな」

「あ、やっぱそーゆーの居たん?」

「口では言わないが、祭殿も同じくちだろう。都に献上されたものだから、実質は北郷のものだ。曹操の許可ではなく、北郷の許可で得られるという部分に大変興味を強くしていると私は睨んでいる」

「お? ほんなら次に来る時あたりに狙とるかもしれんってことか」

「そういうことだな」

「そっかそっかー……。そういや他に成長の薬と惚れ薬とかがあるゆーとったっけ。季衣とか流琉とかがそれ欲しがっててなー。あ、成長のほうな?」

「考えることはどちらも同じか。こちらでは小蓮様と明命と亞莎が欲しがっていた」

「蜀は想像しやすいなー♪ まあ、どの道一刀の許可無しじゃ得られないっちゅーことで、問題としては元に戻った一刀が果たしてそれを分けてくれるかっちゅーことなんやけど」

 

 なんならいっそ、子供のうちにぽんと許可証かなんかに落款してもろて……など、考えることはみな一緒だ。

 若返りに興味があるのは、恐らくどの女性においても同じで、男性であっても欲しいと考えるだろう。大人になる薬においては体の小さい者にとっては希望と絶望の薬となる。飲むまでは希望であり、飲んでも大した成長が見られなければ絶望と化す。

 一方の惚れ薬はといえば…………みんな、中々に遠慮しているようだ。

 薬に頼るのも……というものではなく、惚れたらどうなるのだろう、というのが本音。

 惚れるという感覚を知らない者からしてみれば、あまりにもおかしな薬だ。

 なので手が出しづらく、さらに言えば飲んだ人が惚れるのか、飲んだ人に惚れるのかがわからないとくる。あまりに危険だろう。

 そこで各国の将が考えた方法が……

 

「ところで……一刀に惚れ薬飲ませてみるって話、本気なん?」

 

 ……だった。

 

「提案したのは雪蓮と曹操らしいな。あの二人、顔を合わせれば言い争いをしているが、本当は仲がいいんじゃないか……?」

「へっへー、わかっとらんなーめーりんは。悪巧みをする時っちゅーんはな、誰もが仲間になるもんなんやでー? みんなで何かひとつのことをしようとしてひっそり楽しんで、あとで力いっぱい笑うんや。それこそが悪巧みの醍醐味やん! ……まあ、そう悪い方向には転ばんやろ。危険なことになったら、魏で薬が抜けるまで預かるし」

「なるほど。それならば、無茶なことが起きても平気というわけか」

 

 冥琳の言葉に満足そうに頷くと、一時的に冥琳に向けていた視線を一刀に戻し、その小さな姿に緩む顔を───びしりとひずませた。

 目がおかしくなったか、と目を擦って再度見てみる……のだが、どうやら本当にそうらしい。震える口で、食事に視線をおろしている冥琳に声をかけた。

 

「? どうした」

「や、あ、や……えと、あれ、どないなっとるん……?」

「あれ? …………ぬあっ!?」

 

 霞を見て、その霞が一刀を見ていたようだから視線を追ってみれば、なにやら呼吸のたびに大きくなっていっているように見える北郷一刀の図。

 しかしご飯は食べる。そして自分で自分の異常に気づいていないように見える。

 

「ほ、北郷!?」

「んあ? なに───ってうおおおおっ!!? え!? な、ちょっ……いたたたたっ!? 服っ! 服がキツッ───あ、あーっ!?」

 

 やがてその体が、元の北郷一刀のものへと戻ると、見慣れた姿に不釣合いの小さな衣服を着た彼がそこに居た。というか服のキツさに悶絶してる。

 

「あ、えと……一刀ー? 元に戻ったん……?」

「霞っ……確認よりまず、服脱がすの手伝ってくれない……!?」

「え゜っ……あ、や、いややわ一刀……! そんな、戻った矢先でしかも昼間っからそないなこと……」

「そーじゃなくてですね!? 服キツくて動けないっつーか痛い痛い痛い!! 腕ツる! ヘンな感じに関節キメられてる! 服に!」

「あー……その前に北郷。今までの記憶はあるか?」

「ええもう覚えてますが!? 泣きたくなるくらい恥ずかしくて死にたいくらいですが!? ていうか泣いていいよな俺! これからどんな顔して美羽と会えっていうんだ!? 華琳にも雪蓮にも! 俺っ……あぁあああああ!!」

 

 頭を抱えて大暴れしたい衝動に駆られるも、動きは衣服に封じられている現在。

 そんな状況に既に涙を流している御遣い様の肩をポムと叩き、呉の名軍師は言った。

 

「強く生きろ」

「うっ……うわーん!!」

 

 その実感の篭った言葉に、彼は本気で泣いたという。

 少しののちに衣服から解放されたが着るものが無い彼に、霞が半被にも似た着物を貸すという男女が逆のような状況が展開されたが、むしろそれが彼の涙腺を余計に刺激して、彼はまた泣いた。

 




しばらく小説を書けないでいると、妄想ばかりが募ります。
妄想が募ると別の何かが書きたくなって、書く前は面白そうなのに実際書いてみると駄作であったりとか。
そしてその出来上がったものを見て思うのです。

 僕……なにしてたんだろう……

と。
もう戻らないあの頃───プライスレス。

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