沈黙は、自分が思うよりも長かったのか短かったのか。
頭を痛めながら、俺はそっと美羽を抱きしめて、その頭を撫でた。
「ふみゅ? どうかしたのかの、主様」
突然の行動にもきょとんとした返事がくる。
それでいい。
ヘンに意識するからいけないんだ。惚れてたのは確かだし、今も気になっているのは確か。
なら、行き過ぎない程度にこうして頭を撫でたりしてだな───なんて思ってたら突然出入り口のドアがバターンと開かれて、
「一刀~♪ 昼間っから眠った所為で眠くないんやー、ちぃと寝酒に付き合───おわっ!?」
「キャーッ!?」
その先から、徳利担いだ霞さんが。
しっかりと美羽を抱きしめる俺を見て硬直。
けれどニコリと笑うとつかつかと歩いてきて、寝台の横に座った。
「え、えと。霞? これは、えー、その」
「あー、わかっとるわかっとる、一刀は三国の支柱なんやし、そこんところはもうみんな納得済みや」
わあいなんと理解のある言い方! でも違うんです! 欲情とかじゃないんです!
恋が! 少年の淡い恋心がヒィイイイ!? 自分で自分の恋を淡い恋とか言うのってすごい恥ずかしいィイイ!!
おぉおお落ち着け! 落ち着くんだ俺!
べつに根掘り葉掘り訊かれてるわけじゃないんだから、まずは美羽を離してだな……!
「………」
「うみゅ?」
「一刀?」
……あれ? ……えい、ほっ、そりゃっ! …………あれ?
オ、オカシイナー、腕ガ美羽ヲ離サナイゾー?
「霞」
「ん? なんやー?」
「俺を殴ってくれ」
「よっしゃ任しときっ」
「ええっ!? 頼んどいてなんだけどちょっとは躊躇しヴェロブ!!」
綺麗に頬を殴られた。
とても痛いが、それで自分の体は脳の指令に従って美羽を離してくれた。
「おぉおおお……!!」
重ねて言うがとても痛い。
し、霞さん? ねぇ霞さん!? なんらかの私怨とかあったりしましたか!?
「はーあ、まったく。ウチらよりこーんなちっこいのを先に抱きしめるなんて、一刀はちぃとばっかし薄情なんとちゃう?」
「…………わあ」
アー、ソ、ソウイウコトデシタカー。
納得した途端に確かにと頷けるあたり、自分も相当にお馬鹿だった。
だからといって“じゃあ抱きしめるよ”っていうのもなにか違うわけでして。
けど、あれだ。自分にはこう、積極性がないんじゃないかと子供から元に戻ってみて思うようになった。
もっとやろうと思ったことをやってみよう。
相手に悪いとかこのあとどうなってしまうのかとかじゃなく、まず一歩。
「霞」
「ん? なにうひゃっ!?」
いそいそと寝台へ戻り酒を用意しようとしていた霞を、振り向くのと同時に抱きしめた。
ついでに頭を撫でると、髪を留めているちょっとゴツイ髪留めがコツリと手に当たる。
……これってメリケンサックじゃないよな?
武器を落とした時、これを使うと便利そうですね。なんて的外れなことを考える自分に少し呆れた。ようするに結構頭の中とか滅茶苦茶だ。
禁欲禁欲考えながら過ごしてきたのに、好きな人をこうして抱きしめるんだから、まあその、わかってほしい。好きな人居すぎだろとかそういうツッコミは是非とも勘弁で。
「……ど、どないしたん一刀。一刀からなんて、珍しいやん」
「いや、少しずつ自分に正直になっていこうかと。都のほうも結構安定してきてるし、少し自分のことに時間を持てそうだから」
「おおっ? ほんならとうとう種馬の本領発揮───」
「自分の時間=種馬って、俺どれだけそういう方面で期待されてるの!?」
「んあ? 違うん?」
「違いますよ!?」
ンバッと抱きしめていた霞を離し、両腕を掴んだまま全力で説得にあたる。説得……ちょっと違うが、ともかく説明だ! 俺の時間はもっとこう……もっと……ええと……あれ? 俺って自分の時間になにやってたっけ……?
(……息抜きの仕方、忘れた!?)
頭の中で“ガーン”というSEが鳴った。
なんか前にもこんなことあったなぁ! 以前よりもよっぽど忙しいから忘れてたけど!
「……そ、そう! 買い食いとか! あとは……あと……、……それだけ!?」
自分で自分にツッコんだ。
あ、あれ!? いやっ……えぇ!? もっとほら、女性と仲良くすること以外あるだろ! そ、そう! 兵のみんなと食べに行くとか……結局食い物!?
マママママテマテマテ! 子供に戻って大人に戻るって、なんというか自分を見つめ返しすぎて怖い! どれだけ自分が妙な立ち位置に居たのかが丸見えになってしまうというかっ!
「一刀ー? どないしたん?」
「ええもうほんとどうしたんでしょうねぇ俺ってやつは……」
いっそ泣きたい気分になった。むしろこんな気分になりすぎだろ、俺。
元の世界に居る時は、こっちに戻りたいって泣きたい気分になっていたのに、戻ってみればこれだよ……。
いや。いやいや、しかし歩みだした一歩は一歩でしょう。
いろんなところへ一歩を踏み出しているが、ゲームで言う熟練度問題だと思えばホラ、少しだけ心が軽く……ならないよ!
うう、でも華琳には“勝手に察するからな”って言っちゃってあるし、言ったからにはきちんとしないと。“勝手に”とは言っても、それが華琳が望む察し方じゃないとあの覇王さま、怒りそうだもんなぁ。
(はぁ……ほんと、妙な立ち位置だよなぁ)
言ってしまえば女性に頭が上がらないくせに支柱という、本当によくわからない位置。
もちろんそこに不満があるかといえば、これまたてんで無かったりする。たまに“やさしくしてください”とは思うものの、実際女性が先頭を駆け抜けて手に入れた天下だし。
女尊男卑の匂いがあろうとも、男が笑っていられない世界じゃないんだから。
「さあ霞! 寝酒だ! 付き合うぞぅ! 何を隠そう、俺は寝酒の達人だぁああっ!!」
「へ? ……あっはっはっは、寝酒の達人ってなんやねーん!」
「いえもう正直いろいろテンションで乗り切らないと、見えない分厚い壁の先にある一歩が踏み出せないといいますかええいとにかく酒だーっ!!」
細かいことは気にしません!
俺、生まれ変わる! もうちょっとだけでいいから物事に積極的に! ね!?
なので会話に入れず少しイジケ気味だった美羽を手招きして、胡坐をかいた足の上に乗っけ直すと、いざ寝酒を開始する……! まあ、無駄な迫力を出してみたところで、酒は霞が持っている徳利だけなんだけどさ。
「よっしゃ、そんならまずは一杯や! 一刀、一気いってみぃ!」
「一気!? ───望むところだぁ!!」
「おお! 今日の一刀は元気やなぁ!!」
「主様、頑張るのじゃ!」
美羽の声援を受けて心が弾む自分が恥ずかしく、照れ隠しも混ぜて、注がれた酒をグイッと一気。
すると酒とは思えない、なんとも微妙な味が喉を通っていき、思わず“ハテ?”と首を傾げた。
「ん……なんか変わった味。飲んでもこう、アルコール独特の熱が通るみたいな感覚がない……? 霞、これってなんて酒?」
「惚れ薬や!」
「ほれぐすり? へー、この時代にも洒落た名前のお酒ってあるんだな」
日本酒にもヒトメボレとかあったっけ? って、それは米だった。
あ、でも焼酎かなんかで“あなたにひとめぼれ”とかそーゆーのがあったような。
…………マテ。大陸にそんな名前の米or酒があるか?
「エ、エート霞サン? つかぬことをお訊ねし申すが、惚れ薬って……お酒じゃないよな?」
「にっへっへー、あったりまえやん」
にこー、と極上の笑みをくだすった。
あのー……あの、霞? 霞さん!? そんなもの俺に飲ませてどうする気ですか!?
「なななななんで!? なんでここで惚れ薬!?」
「や、そこで華琳に会うたんやけど……“元に戻ったのに報告にも来ないとは、いい度胸ね”とか言ってめっちゃ機嫌悪そうでな?」
「ワーハーイ!? 報告忘れてたァアアア!!」
よよよ酔ってて忘れてましたとか言い訳にもならないよなぁ!?
あぁああああ! 余計な怒りを買ってしまったぁあああ!!
「せやけど、まあ罰はそれでええて。惚れ薬飲んで、どうなるかを報告するだけの簡単な“お仕事”や」
「いやいやいやいや! 簡単に言うけどこれって効き目の強さ云々でいろいろ変わってくるだろ! お互い好きでもないのに自分の意思に反していろいろなんて、俺は嫌だぞ!?」
「んはは、わーっとるわーっとる、そんな時のためにウチが飲ませにきたんやん」
「あ───」
そ、そうか。
大事な人が傍に居て効果を見守るなら、その意識の対象は見守る人になるわけか。
少し、いや、かなり安心した。
……ええまあ、ここであえて美羽を見ないのは、効果が現れた瞬間に告白でもしかねない恐怖を抱いているからでありまして。
「……あ、あっ……? なんか体が熱くなってきた」
「おおっ? 効果出たんっ?」
「や、そんないきなり───え? ほんとに?」
胸がどくんどくんと躍動しているような感覚。
ような、というか実際にどくんどくんと鼓動の間隔が狭くなり、汗が少しずつ滲みだしてきて……ア、アレー、視界がなんか薄いモヤに包まれて……
「───…………」
「……? 一刀? 一刀ー? おーい、しっかりしー?」
霞が俺の目の前で手を振るう。
五本の指が左右に動くのを目で追って、それが引っ込められた瞬間───詳しく言えば霞の顔を、目を覗き込んだ瞬間、俺の体に電流が流れた。
「愛してる!!」
「うぉうわぁああっ!!?」
そして抱擁。
問答無用の抱擁。
「え? え?」と戸惑う霞を、それはもうぎううと抱きしめ、頭を撫で、頬擦りをするように頭部と肩を密着させてすりすり。
「ああ霞! 霞! きみはなんて可愛いんだ! 美しくもあり可愛い! 霞! 霞!」
「う、うひゃぅ……!? やっ、ちょ、かずっ、一刀っ!?」
抱きしめたまま寝台から降りて、さらにきつく抱きながら部屋の中心でくるくると回る。
この、心の底から溢れ出るもやっとした愛しさを伝えたくて、我が身に存在するありったけの氣で霞を包み込み、まるで一心同体になろうとするかのように氣と氣を繋いだ熱い抱擁……!!
すぐにその一体感に霞が戸惑いの悲鳴を出すが───ああ! 悲鳴も可愛い! なんて可愛いんだ霞! かわっ───カワァアアアアアッ!?
「おっ……オォオオオオッ!!?」
抱きしめている霞を強引に離そうとする。
なのに離れない! なにこれ! やっ、ちょっ……体が言うことを聞かない!?
つか、頭の中がすごい! なんだこれ! これが惚れ薬効果!? 暴走する思考と冷静な自分とが見事に分かれてるよ!
ああそれにしても霞が可愛い───じゃなくて! いや可愛いけど! かわっ……あぁあああダメだ認めると冷静な部分まで食われる! 可愛いけど! 可愛いけどさぁ!!
「み、美羽! 助けてっ───はうあ!」
「? お、おぉお? 主様? どうしはぷっ!?」
自分の意思ではどうにもならない状況。美羽に助けを求めようと振り向いた途端、俺を見上げていた美羽と目が合い───霞を抱きしめていた腕が霞を離し、急な抱擁と状況に目を回した霞は寝台にくたりと倒れ込んでしまう。
それと入れ替わるように俺の腕では美羽を抱き締め、持ち上げていた。
「ああ美羽! 美羽! なんてかわギャアアアアアアアム!!」
「ほわあっ!? ど、どうしたのじゃ主様!」
可愛い、と言おうとした口を、舌を噛んで全力で止める!!
か、可愛いさ! ああ可愛いとも! けれどそれを薬の勢いに任せて言うのは間違いだっ!
「ごっは……! な、なめるなよ惚れ薬……! 俺は貴様の思い通りになど動かん……!」
痛む舌に涙を滲ませながら、ともかく自分の暴走を押さえ込む。
見る人が見れば、どこぞの97年度のオロ血に抵抗する赤髪の人のようにも見えただろう。いや、暴走フラグじゃなくて。
しかし困った。目が合った人に無差別に愛を語るとか、本当に嫌なタイプの惚れ薬だ。
目が合った相手が惚れるのか、こっちが惚れるのかは不安だったものの……ああ、でもこれならまだいいほうか、俺が我慢すればなにも変わらない……!
「……あ」
なんとか美羽から目を逸らした先。
霞が持っていた徳利の窪み部分に紐で括られた紙があった。
なんとなく心引かれ、美羽を下ろしてから…………お、下ろせっ! 下ろすんだ俺っ!
「はぁ……」
なんとか下ろし、きょとんと首を傾げる美羽をよそに紙を調べる。ご丁寧に惚れ薬の説明とか書いてあったりしないかなーとか、そんな淡い期待を胸に。
すると……
◆惚れ薬───ほれぐすり
惚れ薬。惚れます。
飲んで胃に届いた時点で効果がじわりと滲み出ます。
目が合った相手に惚れ、褒めちぎって口説き落とそうします。
けれど言葉は結構適当なので、惚れはするけど惚れられることはほぼないです。
*効能:惚れます。同じ人を何度も見つめると、意外な効果が……!?
「………」
惚れるらしい。
なんか逆に失礼な説明文に見えたのは俺だけだろうか。
なんとも適当な説明文に溜め息を送り、目は見ないように美羽へと向き直る。
「え、えと、美羽? ちょっと困ったことになった。この薬、相手の目を見るとその人に惚れるみたいで、その……目を逸らしてるのはそういう理由からってことをまず理解してもらいたい。うん、美羽が嫌いだとかそういうのじゃ断じてないから」
「うみゅ? そうなのかの? うむっ、わかったのじゃ! 主様がそう言うのであれば妾はきっちり理解してみせるのじゃー!」
拳を天高く突き上げてエイオー。
ああ、可愛い───じゃなくて! なんかやばい! この薬、言語能力奪って可愛いとか愛してるとかそればっかしか言えなくなるんじゃあるまいな!? なんかそれっぽい言葉ばっかりが頭に浮かぶんだが!?
「ふむ……しかし主様が惚れるとな……惚れるとどうなるのじゃ?」
「え゛っ……ほれっ……惚れる、と……? あ、あー……さっきみたいに急に抱き締めて、頭撫でたりして……」
「……な、ならば主様は、とうに妾に惚れておったのかの……?」
「いっつもそんな行動ばっかでごめんなさいっ!!」
言われてみれば抱き締めたこともあったし頭も撫でてました!
いやいやいやいや違うんだよ!? 確かにそういうことはしたけど、落ち着かせたいからとか頑張ってくれてたからとかそっちの意味での行動だったわけでしてね!? あぁああでも必死になって否定すると美羽が傷つきそうだし、子供の頃に惚れてたことは確かで、その所為で惚れていたって言葉を美羽が確認してくれたのが嬉しくてギャアアア思考が自分の思い通りになってくれねぇえええっ!!!
───ハッ!? い、いや、落ち着け。汚い言葉は出来るだけ禁止。ししし支柱らしくー、支柱らしくー。ってそれもマテ! 俺らしくありなさいって言われてたでしょうが! …………俺らしくってどうなんだろう。
「と、とにかくっ、薬の所為で急に抱き締めるとか相手を褒めるとか、出来ればしたくないんだ。それって心から褒めてるのとは違うだろ?」
「うむ、それはそうなのじゃ。褒められるのであれば、正当に褒められたいものじゃからの。その点でいうと七乃はよくわかっておるのっ! 妾が皿を割った時も見事な割りっぷりですと敬い、妾が転んだ時も他の人には真似出来ぬ見事なころげっぷりと言っていたからのっ!」
「ア、アアアウン、ソウダネ……」
褒められてない……褒められてないぞ、美羽……。
でも確かに七乃はわかってる。わかってて楽しんでる。いろいろと物事を運ぶのが上手いんだよな、七乃は。特に美羽の機嫌運びが異常なくらい上手い。
「はあ……しかし、どうしたもんか」
溜め息を吐きつつ、もう一度紙を見下ろしてみる。
惚れ薬の説明についてだが、一体誰がこんなものを作ったのか。
大事に保管されていたのか、徳利───陶器の見た目は結構綺麗なものだ。
つけられている紙は結構古そう。色あせてしまっている。
それでも文字が読めるあたり、勉強した甲斐があって、少し救われる。
学んだことが無駄だとヘコむよね……本当に。
「───」
いや……待て? 惚れ薬。惚れ……薬?
「───!」
は、はうあ! 大変なことに気づいてしまった。
これ……華琳に飲ませたらどうなるんだ……!? いくら俺が好きだーって叫んでも察しなさいで幕を下ろし続けたあの覇王様に飲ませたら、一体……!
「………」
おおお……想像するだに恐ろしい……!
普段からキリッとしている華琳が、通る女性、通る少女、通るおなごに対して色目を使い、閨へと…………
「……あれ? 普段とあまり変わらない……」
いやまあ、色目ってのはないだろうけどさ。
あ、あれー? もっと豹変したような華琳が思い浮かぶと思ったのに。
あ、でも目が合う人に“好きよ”と言う華琳も見てみた───…………い…………
「……どうしてそこでムカッとくるかね、俺」
嫉妬ですか。
や、ほら。女相手だったらいいんだよ? ああ華琳だなって思えるし。失礼な話だけど、思えるし。
でもそれが町人の男性、兵や店の主人とかだったらと思うと。
「なし、なしね。誰が飲ませるもんですか」
シンデレラの継母になったような気分で惚れ薬を見下ろす。
この世界の常識非常識はいくら唱えても足りないものの、惚れ薬なんてものが実在するなんて……本当にすごいもんだ。
まあ、ガンランスを普通に使っている人が居るような世界だもの……いまさら惚れ薬とか成長する薬とか子供になる薬とか言ってもね……。
今度桔梗にガンランス……豪天砲の構造について訊いてみよう。
「さーて困ったぞ」
それはそれとして、さあなんで俺がこんな風に関係ないことを考え続けているのかといえば。……トイレいきたい。泣きそうな声で呟きそうになった。
現実逃避はこれくらいにして、トイレいきたい。
でも外に出るとほら、誰かに会うかもしれないし……それにさ。見回りは兵がやってるわけでして。気心しれた連中なんだ。人と話をする時は目を合わせながらすると、相手の反応がわかりやすくなって動きやすいんだーなんて説いちゃったことがあるんだよ、俺。これで俺が目を合わせなかったらどうしますか。逆に合わせちゃったらどうしますか。
「この薬の効果……絶対に性別的なものとか問答無用だよな……」
そもそも世に言う惚れ薬がどうかしているのだ。
飲んだら“目が合った異性に恋をする”とか、普通は考えられないだろ。
どんな魔法ですかって話だ。催眠術で強制的に惚れさせるっていうやつをテレビで見たことがあるが、あれよりもよっぽどひどい。
「………」
それはそれとしてトイレだが。
スモールならまだよかった。
膀胱炎を覚悟しても無理矢理我慢くらいは出来ただろう。
でも今は腹のほうがヤバイわけでして。明らかにビッグなわけでして。
そうだよなー、普段やらないくらいに酒飲んだし、お次は作ったのがいつかもわからない惚れ薬ですよ。そりゃあお腹がびっくりしますヨネー。
ええとはい、なにが言いたいのかと言いますと。
(はっ……腹が痛い……!)
言いません。だって美羽が居るもの。
じっとりと嫌な汗をかきつつ、ちらりと出入り口である扉を見る。
……支柱の部屋ってだけあって、無駄に豪華……でもない。
工夫のみなさんにあまり豪華にしないでって頼み込んだのだ。
いろいろツッコまれたが、“平凡な扉のほうが暗殺者とかを欺けるんですよー!”とヤケクソになって言ってみたら“なるほどー”と頷かれた。うそつきでごめんなさい。
そんな扉の先にある世界へ、僕は羽ばたかなければいけないのですよ。
これはなんの試練ですか? 上着を脱ぎつつ歩き、変身すればこの試練には打ち勝てるのでしょうか。