-_-/一刀
トトトトトトッ……
「おおおお! 速いのじゃーっ!」
「右左右左右左右ぃいいーっ!!」
氣だけで体を動かす鍛錬をしつつ、肩には美羽を。いわゆる肩車状態にして、城壁の上を駆けていた。
子供の頃に学ぶことっていうのは案外体に染み付くものらしく、思春が叩き込んでくれたお陰なのか、妙なクセもなく錬氣できるようになっていた。
お陰で体を動かすのがとても楽だ。
(それに、城壁の上からなら華琳も見つけやすいだろうし)
打算的なことも考えていたりするが、会いたいのは確かなので。
こういう時の男っていうのは妙なプライドとか体裁とかを気にしてしまうものなのだ。会いたいなら探して会えばいいだろうに、女々しいだのストーキングだのと余計なことを考えてしまう。
そこのところを言うと、ドラマとかの主人公は行動力があるよな。
俺にはちと難しい。
「んーと……出来るだけ内臓に振動を与えないように走って……呼吸も楽に楽に……」
五臓六腑に“走っていること”を気づかれないように行動する。
脳が信号を送っている時点で無理な話だが、やってみると結構面白い。
とにかく原点を思い返しながらの鍛錬っていうのは大事なものなのだ。
今の俺で言うなら、汗は流しても呼吸は乱さない鍛錬。
石畳に足が落ちる際に、氣をクッションにして衝撃や振動を減らすことも忘れない。
そうすると案外肺臓や心臓が揺れて呼吸が乱れることもなく、長距離を走ることが可能になる。
「………」
鍛錬は慣れたものだ。
なのに慣れたからって手を抜けば、あっという間に体は弱体を目指す。
現状維持は大変なくせに先を目指すのはもっと大変で、何もしなければナマる体は恨めしい。
氣はどうやらそこまでの弱体を見せず、どちらかといえば老いとともに弱っていくようだ。どちらにせよ───人体っていうのは本当に、人体のくせに人にやさしくない。
「次は───」
一通り走り終えるとまた柔軟。
筋肉がつかないのはもう諦めたが、筋肉が成長しないくせに関節は固まるからやってられない。なんなんだこの御遣いボディ。
「うぬぅううぬぬぬぬぬぅうう~っ!!」
中庭の芝生の上で柔軟運動をする横で、美羽が同じく柔軟をするのだが……体が固い。馬鹿な、この幼き容姿であっても体が固いと申すか。そう思いつつコツを軽く教えてトンと背中を押してみれば、ぺたりと曲がる美羽の体。
ああなるほど、力みすぎてただけか。
「美羽~? 柔軟は力で伸ばすんじゃなくて、脱力で伸ばしたほうがいいんだぞ~?」
「なんと!? “貴様は貧弱だから、懸命にやらねば伸びぬ”とふんどし女は言ぅておったぞ!?」
「その伸びとこの伸びは違う伸びだから! あとふんどし女とか言うのやめて!? 今もどこかで見られてるかもしれないんだから!」
もし知られたらなんでか俺が怖い目に遭いそうな気が! 被害妄想ですか!? でもなんだかそんな予感がするのです! 貴様の教育が悪いからとかいろんな意味で!
ああいや落ち着こう、焦るヨクナイ、ノーアセル、ノー。
「………」
なので、せっかく一緒に居るのだからと美羽に鍛錬の仕方を細々と教えていく。ギブアップをするのならそこまでだ。そういった考えのもとに指導といえるのかも怪しい鍛錬教室を始めた。
……。
……のだが。
「ふぅううみゅぅうううう…………」
美羽さん、あっさりダウン。
あ、や、ここでのあっさりはあくまで俺の主観なわけであり……普段から怠けていた美羽にとっては大運動だったことはきちんと付け加えておく。
兵を誘ってもブンブンと首を横に振るわれる俺の鍛錬だ、小さい体の美羽が耐えるには、少々…………少々? とにかく大変なものなのだ。……小さい体って意味では鈴々は確実に超規格外だから、枠の中に入れてはなりません。
だから、その、つまり、頑張ったのだ。あの美羽が。
……困った、なんか嬉しいぞこれ。
「……美羽はさ、どうしてそんなに必死に鍛錬をするんだ?」
思わず訊いてみる。答えらしき言葉はさっきも聞いたんだが、改めて訊かずにはいられなかったのだ。
「……? おかしなことを申すの、主様は…………はふ。妾は妾の全てを主様の傍に置くと決めたのじゃ。そのための努力はして当然で、そもそも主様は怠け者には興味がないと───」
「七乃が言ってたのか?」
「違うのじゃ」
「へ?」
意外! 七乃じゃない!?
大層おかしな顔をしていたのか、俺の顔を見た美羽がほにゃっと笑う。
そして、言った本人が華琳であることを教えてくれた。
「華琳が。へえ……」
これまた意外だった。まさか華琳が美羽に対してそんなことを言うなんて。
「でもな、べつに俺は怠け者が嫌いってわけじゃないぞ?」
「うむ。主様にこれを言えば、そう返すとあやつも言っておったの」
何処まで人のことを読んでますか華琳さん!!
「主様、妾はの、主様ともっといろんなことをしたいのじゃ。歌はもう数え役萬☆姉妹がおるし、最近は七乃もちぃとも遊んでくれ……はうっ! そそそそうではなくてのっ!? 七乃も忙しいようでの!? …………妾だけ、置いていかれているような気持ちになるのじゃ」
仰向けに寝転がったまま、胸の前でついついと人差し指同士を合わせている。
ようするに寂しいってこと……じゃないよな、これは。
言葉通りだ。
置いていかれてるって気持ち……困ったことに、これはよくわかる。
今の美羽は、魏がまだ“曹”の傍の下のみで動いていた頃の俺だ。
なにをしていいのかわからず、他の人は忙しく動いているのに自分には何も出来ないという疎外感。それを払拭したくて手を伸ばすのに、それはやってはいけないことだった時の気まずさといったらなかった。
やる気を出せば何もかもが吉に回ってくれるなんてことはなく、よかれと思ったことが手回しだったなんて誤解されてしまうことだってあるのだ。……や、あれは完全に俺の失敗だっただけですがね?
「美羽は俺のためにいろいろなことをやってみたいのか?」
「うみゅ? 妾の行動は全て妾のために決まっておるであろ? ……妾、主様の重荷にはなりたくないでの。主様の傍に居たいのなら、自分の責任は自分で背負えと曹操に言われたのじゃ」
「あー……」
なんだろ。そういった話の中で美羽を泣かせて、ニヤリと邪悪に笑ってる華琳の表情が楽に想像出来た。
そんな想像とは別のところで美羽は俺の目を見つめ、俺もまた美羽の目を見つめる。向ける気持ちは……安心と信頼。美羽はすぐにぱあっと明るい笑みを浮かべ、視線を空に移した。
美羽のこれはきっと依存に近いんだろうけど、方向性としてはそこまで悪いものでもない、と思う。思いたいだけかもだが、幸いにして言ったことは守ってくれるし───いや、そういえば美羽って友達作ったっけ?
仲直りをして主様と呼ばれるようになった時に、友達を作ってみようって話をした筈なんだが。
「………」
「?」
俺の視線に気づいたのか、空を見つめていた美羽がこてりとこちらを見る。
不意に真正面からぶつかる視線に心の準備をしていなかった俺は、見事に顔が熱くなるのを感じた。いい加減治りなさいこの症状。
しかしながら突然視線を外せば美羽が傷つくだろうっていう理由で、視線はそのまま。顔が余計に赤くなっているだろうことを自覚しながら見詰め合った。
「おおっ!? 主様顔が赤いのじゃっ! 平気かのっ、平気かのっ!」
「へ? あ、あー……エット、走りすぎて今更体が熱くなったカモー」
そして俺はヘタレです。
頭の中で悪魔さんがGOサインを出しやがるのだが、そんなサインを悪魔さんごと圧し折りたいくらいに欲望に正直に生きられない俺です。
ちなみに悪魔さんは小さな雪蓮の姿をしていやがりました。無駄に似合ってると思ったのはここだけの話です。あとスタイルいい。どうでもいいかこれは。
「……ふむ」
「うみゅ?」
ハタ、と気づく。
や、むしろ違和感を覚えたっていったほうが適切だ。それが散々と走り回ったあとなのは、美羽と一緒ってことで心が勝手に舞い上がっていた証拠だろう。
「なあ美羽。ここでこうして動き回るまで、将の誰かを見たか?」
「……? おお? 言われてみれば、誰とも会っておらぬの……。七乃もおらんし、ふんどし女とも会ってないのじゃ」
むくりと起き上がると美羽も従うように起きて、きょろきょろと辺りを見渡してみれば───見張りの兵は居る。厨房で侍女さんも見たし、そういった方々はいらっしゃるのだが……ハテ。今日は別に“何かの日で誰かを迎えなきゃいけない”ってこともなかった筈なんだが。
「せっかくだし、少し散歩でもするか」
「わかったのじゃ」
自然と手を繋いで歩きだす。
その行為に、自然にやったくせに赤くなった俺は口元を自分の手の平で覆い、せめて美羽の視線からは逃れつつも心が正常に戻るまでを歩きながら待った。
なんか忘れてる気がするんだけどな。なんだったっけ。
将のみんなが居なくなるような用事があったようななかったような。
…………上手く頭が働かない。
視察兼警邏が終わったら、もういっそぐっすり寝てしまおうか。
-_-/華琳
……久しぶりに全力で料理を作り、思い切り食べてやった。
沈黙したお腹にざまあみなさいと呟きつつ向かう先は街……だが、その前に念のために中庭へと向かってみる。
けれど、ものの見事に居ない。
兵が私を見てビッと姿勢を正すのに気づくと、ここに一刀が来なかったかを訊いてみた。
……先ほどまで城壁の上を走っていたそうだ。
胃袋に怒り狂った結果がこのざまだった。
胃袋に逆にざまあみなさいと言われる瞬間を味わわされた気分。
(冷静さは必要ね……ええ、必要だわ……)
こめかみあたりが躍動している気がしないでもない。が、大丈夫、私は冷静だ。
さて、では次に一刀は何処へ行ったのかだ。
1:街へ警邏へ
2:川へ汗を流しに
3:部屋へ戻った
4:私の部屋を探している
5:きっと天に帰ったのよ
結論:…………2ね。というか5は無いわ。あったら許さない。
……はぁ。
思えば再会の時も川だったわね。
これで見つかればいいのだけれど。
「………」
いえ、待ちなさい。
直感を信じると裏を掻かれる気がするわ。これもまた直感といえば直感だけれど、美羽も一刀の部屋に居ないことを考えれば川よりも街の可能性が高い筈。
「街ね。……見つからなかったら見つからなかったで、新しく出来た書店に行ってみるのも悪くないわ」
わざわざ口に出す必要もないのに、自分で確認するように放つ。
……いつかのように“荷物持ち”が居れば、服を買うという選択肢もあったというのに。まったく、あのばかは。
「はぁ」
目を伏せて溜め息を吐いてから歩き出した。
もう急いでもいろいろと無駄だろうという考えに至り、のんびりと。
……。
街は随分と賑やかだった。
軽く見渡してみても笑みがないほうがおかしいというくらいに、町人らが笑っている。一刀が一人一人に言って回った方針で、“人は笑顔には笑顔を向けるものだ”という言葉がこの結果……なのだろう。
もちろん笑顔にも種類というものがある。怪しい笑顔に警戒するのは当然で、まあ、つまりは武器を持って笑っている相手に町人が笑みを見せる必要などないのだ。例外は警護をする兵くらいだろう。
哀しい顔をしている者が居たら手を差し伸べて、差し伸べるほどの余裕がなくても話を聞くくらいならば出来る。自分には無理なことなら、自分が知っている人物の中でなにかしら得意そうな人を探してみて、その人を紹介してみるのもいい。そうして少しずつ自分たちの中でも人脈というものを育てていくのも悪くない。
現にこの都では人の一人一人が助け合いをして、町人では判断しきれないところは兵が仲介に入って、兵でも無理ならば将に……と、こんな流れが簡単に行われる。
そんなに簡単に将に頼っていいのかという話になりそうだけれど、戦が無いのであればそういう仕事を手伝うのが現在の武官らの仕事だ。むしろ将の手が足りなければ支柱まで駆り出される……いいえ、自分から飛び出してゆくのだから、将が出ないわけにはいかない。示しがつかないからだ。
「兵隊の兄ちゃーん!」
「お? どうした坊や」
子供が笑顔で兵に声をかける光景に、かつての自分の軍を思う。
あんな笑顔を浮かべた兵など、かつての曹の旗の下では考えられなかった。
常にギラギラと目を光らせ、町人もまたびくびくと視線を落としながら歩いていたものだ。
それが、この街ではこんなにも距離が近い。
「かーちゃんが仕事ごくろーさま、って。ほら、まんじゅー!」
「おっ? いいのかい? って、俺まだ仕事中なんだが……」
「えーと、作るの失敗して……? かたちがへんなので売れないから、えんりょする……な? とか言ってた!」
「……そうか! 捨てるのがもったいないなら食べるしかないな!」
「へへー! もったいないもんねー!」
「おおっ! もったいないもんな! それじゃあ……んぐ、んむんむ……んんっ! うまい!」
「だろー!? っへへーん、かーちゃんのまんじゅーは都でいちばんうまいんだぜー!?」
「はっはっは、そうかそうかー!」
兵と子供が笑っている。
仕事の中で立ち食いとは、とは思ったものの、今の私は休暇を楽しんでいるただの曹孟徳だ。そう自分に言い聞かせて、わざわざ注意をして自分の時間を削らないよう努める。
自分の休暇は常に自分の用事以外のもので潰れることが多かったのだ、たまにはこんな我が儘もいいだろう。
「………」
都を歩く。
耳を澄ませる必要もなくひっきりなしに耳に届く言葉の数々は、全てを聞き取ろうとしても聞き取れるものではない。それでもその大半が楽しげなものであることに、いつしか自分までもが笑んでいた。
私の下での“城下治安維持”から始まった一刀の計画。
“男ならもっと野心を持ったらどうなの”と訊ねたら、彼は“今の地位で満足している、こうして華琳とも買い物できるし”と苦笑をこぼしていた。……思い出したら、いつかのように顔が熱くなるのを感じた。
野心のない小さな男への褒美として渡したのは……そういえば自分が食べかけていた肉まんだったか。
「そういえば……」
子供が言っていたわね。母の饅頭は都で一番美味いと。
ちらりと通り過ぎた位置を見てみれば、兵に別れを告げて走ってくる子供。
私を追い抜き、その先にある家へと入っていった。
家には看板があり、饅頭を売っている店だということがわかる。
「…………ふぅん」
なるほど、良い香りだ。
そういえば一刀が子供になっていた頃、案件の中に饅頭云々の文字があった。なんでも一刀が味付けに協力したとかで、それについての感謝の言葉もあった。
その店の名前が、この看板に書かれた文字と同じだった筈だ。
「ふふっ」
くすりと笑い、店の前に立つ。
すぐに威勢の良い声が聞こえ、活発そうな女性が対応してくれる。
採譜は……あるわけがないわね、饅頭屋なのだから。
ただしいつかの“おやじの店”のように商品の名が紙に書かれて吊るされていて、それの中から適当に選べということらしい。
「…………この、ぴざまん、というのは……なんなのかしら」
「ああ、それはこの店独自の饅頭で、なんとあの御遣い様が考案した饅頭なのさ! なかなか美味しくて、評判もいいんだよ!」
……いちいち元気ね、この女性は。
けれど、なるほど。一刀が。
「ではこれをいただくわ」
「はい毎度! 今包むから待っていて頂戴ねぇ!」
元気な女性がぴざまんを小さな紙袋に包み、渡してくれる。
代金を支払うとこれまた元気に“またよろしくねー!”と送り出された。
「………」
コサ……と紙袋を開き、ぴざまんを見る。
湯気が饅頭から出て、一緒に香るその香りは……いつかの“ぐらたん”を思い出させるものだった。ええ、覚えているわよ、私ではなく最初に華雄に食べさせたと聞いた時はどうしてくれようかと思ったもの。
さて……肉まんは肉が入っているから肉まん。あんまんは餡子だからあんまんよね。ではぴざは? ぴざ………………?
「食べてみればわかることね。それに、わからないのであれば逆に新しい味ということにもなるのだから」
別に気にするほどのことでもない。
小さな紙袋……紙袋というか、二枚を重ねたような紙ね。を開いたまま、はむりとぴざまんを食べてみる。
すると……麻婆豆腐の味を柔らかくしたかのような、辛くはないのだけれどどこか濃厚で、舌に軽く張り付くような味が広がる。
……舌に残る味ね。けれどそれを気にしないのであれば、なるほど、嫌味はない新しい味だ。
それにこの……白く伸びるなにか、
「………」
これ、一刀が作った“手作りちーず”とかいうものよね?
ぴざにはこれを入れるのかしら。
饅頭の生地とともに、このちーずが濃い餡の味を受け止めてくれている。
あまり多く食べると気持ち悪くなりそうだけれど、この量ならば悪くはない。
一応、考えて作られているのか。
「……ふぅ」
なんだかんだと考えながらも食べ終わる。
まったく、天というのはいろいろと考えさせてくれる場所だ。
「ごままん、は……胡麻が入っているだけ……よね?」
ふと、吊るされていた商品の中の一つのことを思い出した。
どちらにしようか迷ったのは確かだが、ただ胡麻を詰めただけの餡では目を引く美味などないだろうと“ぴざまん”にしたのだが。
それでも少し気になるのは、料理というものを大切に思っているから……なのだろうか。まあいい、ごままんはまたの機会だ。……べつに、一刀を見つけた時にお腹がいっぱいではいろいろと困るわけでは…………ええ、ないわよ。大体、ご飯自体は食べたのだから、もう入る場所などない。
それにごままんだって、ごま団子が饅頭に変わっただけよきっと。気にするほどのものではないわ。
「……? あら、この書店、もう出来ていたのね」
歩く中で書店を見つける。
一刀が子供になった所為でいろいろと大変だったため、街の様子の全てを把握しきれていない。いえ、そもそも子供になっただのの言い訳がないとしても、全てを把握するのは無理ね。
「………」
辺りを見渡しても、やはり一刀は居ない。
まあ、いいでしょう。少し目に新鮮な刺激を与えるのも悪くない。
見たことのないものを探るのも、これはこれで刺激になるのだから。
関係ないけど……ゆるキャン、いいですよね……。
なんか関係ないことばっかり書いてますね、ここ。