さて……呉服屋での悶着の後。
服を買ってもらって大燥ぎな美羽が華琳に命じられて俺の部屋へと戻っていった……のだが、俺と華琳はまだ街に居た。
どうしたんだと訊ねてみれば、「仕事がなくて暇なのよ」とどこか眠たげな目で言われた。そりゃあ、いつかの時もこんな調子だったんだから察しないほうがどうかしているわけで……ようするにこの覇王さまはま~た徹夜かなんかで仕事を片付けたのだ。人のこと言えないけど。
「それで? みこしばというのは誰なのよ」
「まだ気にしてたの!?」
で、時間を取ってまで訊くことがこんな始末なわけでして。
もうどうしよう。
「えーと……御子柴夏子さんって言って、俺と同じフランチェスカに通ってた学生。金髪でお嬢様で押しが強くて……」
「麗羽じゃない」
「え? ………………ああっ!」
思わずポムと手のひらに拳を落とした。
なるほど、確かにあのロール的にも。
「でもそれ認めると御子柴さんに失礼な気が……」
「まあそうでしょうね。あれと同一視されるのは人としての恥よ」
「そこまで言いますか」
頷きそうになったけどさ。
ともかく、そんな雑談をしながら歩くのは……やっぱり街。
視察兼警邏は終わったし華琳も好き勝手に見回っていたそうだから、こうして見回る必要性がどこにあるのだろうかとか考えなくもないんだが……。
(大丈夫、わかってる)
きっとこれはアレだ。デート的なものだ。
ここでうっかり“また見て回るのか? もういいだろ”なんて言葉を発するのは激烈NG。故に俺はただただ覇王の闊歩に着き従うのみ。
や、まあ……その。顔がどうしても緩んでしまうほどに、俺も滅茶苦茶デートを意識しているわけなのですが。うう、締まらない。
こうさ、気をしっかり持ってないと後ろから抱き締めてしまいそうで……! あ、あれー……? 俺、ここまで節操なしじゃあなかった筈なんだけど。まだ惚れ薬効果が残ってたりするのかな。
ん? 惚れ薬?
「あ、そうだ。惚れ薬」
「………」
「あ」
ふと思い出したことを口にしてみると、華琳の歩みがギクゥといった感じに止まり、ゆっくりと振り返る。その顔は……“なにも今持ち出さなくてもいいじゃない、このばか”と明らかに言いたそうな顔でございまして。いえあの、すいません、せっかくのデートに水差してしまって。さっきは空気読んだつもりだったのに、調子に乗って油断しましたごめんなさい。
「わかっているわよ。支柱の持ち物を無断で使用、支柱自身に盛ったことに関してはあなたが私に罰を下しなさ───」
「じゃあ今日ずっと傍に居てくれ!」
「っ……え、え……?」
自分の思考回路に本能が打ち勝った。
ようするに考えるより先に口が勝手に喋っておりました。
脳の信号なくして発声が有り得るのだろうかとかそんな理論的なことはどうでもいいくらい、俺は華琳と一緒に居たいのだ。といいますか、ええまあその……なんというか。今日一日ずっと、っていうのはつまりそういうこと……なわけで。
華琳も俺の真っ赤になっているだろう顔と言葉とで答えに至ったようで、ポムと顔を赤くして狼狽した。
「そっ…………そ、そう。それが罰でいいのね? ……ふ、ふふっ? 随分と軽いものね。この調子だといつか誰かに簡単に毒殺されるんじゃないかしら」
「ふふって含み笑いでどもる人、初めて見たかも」
「うるさいわね! つまったんだから仕方がないでしょう!?」
「ごめんなさいっ!?」
でも確かに軽いのかも。
この時代の恐ろしさで言えば、相手が王とはいえその気になれば難癖つけて攻め入ることも出来ますよってくらいのこと……なんだろうなぁ。慣れたとはいえ、この時代のルールは本当に怖い。
「これで軽いって言ったら……じゃあどれくらいが罰として相応しいんだろうな。あれか? 春蘭と愛紗の料理を残さず全部食べさせて、笑顔で美味しかったと言うまで許さないとか」
「あなた鬼!? 鞭打ちよりもひどいじゃない!!」
「その比喩のほうがひどいと思うなぁ俺!!」
わからないでもないけどさ。
「けれど……そうね。一緒に居てもらうのではなく、拘束して“傍に居させる”くらいが妥当じゃないかしら」
「拘束して? んー……それってその、王としての曹孟徳を頂くとか言って、ベッドの上で拘束したまま」
「何故か生々しいからやめなさい。それと今のはやっぱり無しにしましょう。言い出しておいてなんだけれど、王ではなくても一言目を覆すのはよくないわ」
「ん、そうだよな。じゃあ……今日一日中、ずっと傍に居てくれ」
「……その罰、謹んでお受けするわ」
フッと笑い、華琳は言った。
そんな彼女の手を取って歩いてゆく。
同じ道を先ほど歩き回ったばかりなのに、違って見えてしまうのは……たぶん、心が情けないくらいに躍っているからなんだろうなぁ。
「それで? まずは何処に付き合えばいいのかしら」
「先ほど買った素晴らしい絵本があるのですが」
「却下」
「即答!?」
サム、と両手で軽く持ち上げた紙袋の中身が問答無用で却下された。
一緒に読もうと思ったんだが……こう、川の近くで空気の良い風に撫でられながら、岩に背を預けて座って……足の間には華琳をこう、ちょこんと。ああだめだ、なんかテンションが脳内からいろいろとおかしい。
おかしいことを自覚していても上手く制御出来ないのが人間で、そんな自分を常にコントロール出来るんだったらきっと誰もが長距離マラソンとか制覇できるよね。呼吸コントロールとか疲労コントロールとか出来たらもう最高です。
でも出来ない。現実は非情である。非情であるから頭の中がおかしい自分の現状もいろいろとマズかった。華琳と手を繋いで歩くってだけでこれなんだから、もう……もうね……。
きっと華琳は何処吹く風~みたいに平気な顔してぬおお真っ赤だァアアーッ!! うわっ、な、なに!? ちらりと見て驚くくらいに真っ赤だ! 必死に表情作ってキリっとしてるけど可哀想なくらい真っ赤だ! ある意味涙ぐましい! そして多分俺も傍から見るとこんな感じなんだろうって思ったら恥ずかしくてしょうがない!
(やっ……いやっ……そりゃさ、その……お互いああいうことした仲だよ? 手を繋ぐ以上のことしてますよ? 初めてが野外でしたよ?)
でもその過程を僕らはあまりに知らなすぎた……!
そう、あの華琳と、華琳と手を繋いで歩く……! そんな、ある意味では非現実的なことを今まさにやってしまっているのだから……そりゃ顔も赤くなって顔がだらしなくニヤケてもくるってもんですよ……!
「…………」
繋いでいる手に意識が集中する。
ただ繋いでいるだけ。体格差から見たら……こう、兄妹みたいに見られるんだろうか。───なんてことを無粋にも考えてしまったのがいけなかった。
ムカッときたのだ。
兄妹? 違う。相手は好きな人で仰ぐべき人で傍に居るべき人で、ずっとともに同じ“覇道”を歩んでいきたい人だ。それが兄妹? そんな認識をされるのは心外だ。
……などと、自分でも驚くくらいに……嫌だった。
嫌だったから、そうするまでの過程なんて考えない。
今すぐにこのモヤモヤから解放されたくて、華琳と繋いだ手を解くと───指の一本一本を絡ませるようにして繋いだ。いわゆる……恋人繋ぎである。
「……、……!!」
華琳が声にならない悲鳴を上げた気がした。気がしただけで、驚愕に染まった表情はすぐにキリっと締まった……けど真っ赤だった。
「………」
無言で歩く。
ただし、歩く距離はさっきよりも縮んで……顔はもっと赤くなっていた。
(鍛錬ばっかりで、恋愛とかには弱い自分に自覚はなかったなぁ……)
右手は華琳の左手を、左手は口を隠すようにして、どうしてもにやけてしまう自分に呆れる。普段はいろいろなものへのストレスなんて大して感じないっていうのに、華琳のこととなるとどうも冷静でいられない。
自分で出した兄妹なんて喩えにイラついて、この先どうするんだ。
(………)
口元を左手で覆いながら、もし子を儲けたとして、それが女の子だったら……いろいろと大変になるんだろうなぁと自分の未来を軽く予想した。
───……。
とっぷりとした夜の来訪。
なにかを忘れていると思っていた俺が、今日はほぼ全ての将が外に出ていることを華琳に教えられ、ハッとしたのがそんな夜の出来事だった。
「あ、あー……そうかそうか、そうだった。そういえばみんな出てるんだっけ。どうりで兵以外には会わない筈だよ」
(……人がこの日を選んで仕事を片付けた意味をもっと考えなさいよ、このばか)
「? 華琳、もう一回言って。なにか言ったか、じゃなくてもう一回」
「へぁっ!? え、な、なな……!? べべべつに私はなにもっ」
「いや今確実に言った! 聞き取れなかったからもう一回! 誤魔化しは無し! はい! 遠慮無しで!」
なにか言ったか、と訊けば“なんでもない”と返されるなら、最初から聞く気MAXで行けばいい。この北郷、容赦せん! なので追求。訊いて訊いて訊きまくり、ついにぽそりと放たれた言葉に───僕らは華琳の部屋で、静かに俯き真っ赤になりました。
そう、ここは俺の部屋ではなく華琳に宛がわれた部屋。
そんな場所で俺と華琳は……寝台に座り、互いの手を握り合っているわけで。
何故って俺の部屋だと美羽が居るからという華琳からの理由で。その理由を話されてからというもの、心臓がドッコンドッコン鳴りっぱなしで落ち着かない。
「………」
「………」
そんな状態がしばらく続いてから、ふと顔を上げると合わさる視線。
無意識に“あっ”というカタチに口が開き、つい視線を逸らしそうになるのだが……ああ! 孟徳さまが! 覇王さまがなんだか耐えておられる! こんな時にまで自分から視線を外すのは敗北だとでも認識してるんですか!?
見つめる相手がそんなんだから、俺も妙なところで負けず嫌いを発症させてしまい、じっと見つめ合う真っ赤な二人。
段々とそんな見つめ合いに慣れてくると、どこかおかしくなって笑みが弾ける。弾けたら緊張していた心もどうにか落ち着きを取り戻してくれて、やがて見詰め合ったままの視界が近づいてゆく。
『───……』
言葉もなく、静かに唇を合わせた。
心の中に温かいなにかが広がっていって、激しく動き回ったわけでもないのに体が芯から熱くなる。最初は手を繋ぎ、次に腕を、肩を抱き、やがて頭を掻き抱くようにして唇を合わせる。
外の音を忘れたように互いの音だけに集中し、溶け合うようなキスをする。
自然と交換する唾液はまるで麻薬のように頭を痺れさせ、相手のこと以外が考えられなくなってゆく自分がひどく懐かしく感じた。だって仕方が無い。一年以上もこんな気持ちにまで至らなかったんだ。
最初は帰ってこられただけで十分だった。
次は顔を見られただけで。次は声を聞けただけで。次は……次は───。
どんどんと自分の“十分”が増えていく中で、そこまで至っていなかったのが“今”なんだから。
自分が作った天の料理を食べさせることが出来て嬉しかった。
失敗を繰り返して出来たお酒を飲んでもらえて嬉しかった。
ここへ戻ってきてよかったって思えることなんて、きっと自分が考え出せること以上にたくさんある。そうして少しずつ現状ってものに満たされていく中で……それでも至ってなかった場所なのだから。
「……華琳」
「……なによ」
唾液が口と口から橋をつくる。
それが落ちる前にもう一度重ね、一言謝る。
華琳は軽く不愉快そうな顔をしたものの、ふんと鼻で笑ってみせると堂々と構えた。
「なに? あなたごときがこの私を壊せるつもり?」
「うぐっ……相変わらずどうして人の先の言葉をそう、ぽんぽんと読むかな……!」
「こんな状況であなたが謝ることなんてそれくらいしかないじゃない。むしろその程度で私が壊れると思うこと自体が無礼の極みだわ」
「ん……本当に加減出来ないぞ? 思うじゃなくて断言する」
「のぞっ───出来るものならやってごらんなさい?」
「あ、あ……ああ。けどさ、今望むところとか言おうとしてなかったか?」
「うぅうううるさいわね気の所為よ!!」
「……ははっ、そっか」
小さく一笑。
それからもう一度唇を重ね、離さずに吸ってゆく。
……好きだ。
たった三文字の言葉が自然と浮かび上がってきて、言葉に突き動かされるように彼女の唇を吸い、吸われる。息は荒く、けれど呼吸も半端に離れるのを惜しむように、何度も何度も吸って吸われを繰り返した。
やがてどちらともなく寝台へと倒れ、寝転がったままに互いを求めた。離れていた一年以上を取り戻すようにきつくきつく抱き締め合う。
「……ふふっ、背が痛くないというのはいいものね」
「その節は本当にどうもすいませんでした」
雰囲気が出ても皮肉を言わずにはいられない体質ですかあなたは。
現在、そんなツッコミを入れたい心境に立っております。
それでも互いにくすりと笑うと、より深く求め合う。
いい具合に緊張がほぐれた……と言えば聞こえはいいものの、別の意味では気恥ずかしさと申し訳の無さが浮上してきたわけで。つか、こんな状況で人をいじるのやめようねほんと!
「ところで一刀」
「あの……もういじるの勘弁してくれません?」
「あら。いつ私があなたをいじったのよ」
「この状況で背が痛いとかそういうこと言ってる時点でいろいろとアレだろ!」
「そう? それならこれも言わないほうがいいのかしら」
「いや……もう気になるから言ってくれ」
「以前、初めては私がいいと言った言葉は本当だったのかしら」
「やっぱりいじり言葉だったよちくしょう!!」
それみたことかとばかりに言って返す。
華琳は……笑ってた。確信犯だよこの人。
こういう時の主導権を握るのがやたらと上手いから困る。
しかも雰囲気とか台無しすぎてもうどうしたらいいのか。
「………」
「……やっ、ちょ……一刀?」
気にしないことにした。
覆いかぶさり、ムッとした表情のままに華琳の腰に触れると、華琳は体を固くして驚きを孕んだ声をあげる。
腰に触れた手をガッと掴まれたが、気にしないで手を這わせた。
するとみるみる内に赤くなってゆく華琳の顔。
「………」
…………えーと。あれ? なんだろ。
なんだかなにかを根本的に間違ってるような。
や、だって華琳だよ?
いつも凛々しく、けれどこういう状況には顔を真っ赤にさせる華琳。
……あれ? えと、つまり?
「と、ところで……一刀?」
「華琳。もしかして怖い?」
「ながっ!? なにをあなたは言うぐっ!? ~……!」
…………お噛みになられた。我らが曹孟徳が、舌をお噛みになられましたぞ。
「なっ……ななな、なにを言っていいいいいるのかしら? らららら……!? このっ、この曹孟徳が、怖い? 恐怖? あなっ、あなななあなたたたっあなたごときを?」
(うわー……)
どうやら本気のようだった。
むしろ目を泳がせながら胸を張る覇王様が可愛いです。
つまりさっきからいじりに走るのは……自分の緊張をほぐすためと、主導権を握ってなんとか“自分”を保とうとしていた……と?
まあ……気持ちはわかる。
怖いのは行為じゃなくて、爆発しそうな感情なんだ。いっそ爆発してしまえばいいのだろうが、自分を保っていられそうにない。
それって……好きとかって感情じゃなくて、ただ本能で動くのと変わらない。そこには好きって気持ちはちゃんとあるかと訊ねられたら、きっと返答に詰まる。
だからこそ、この土壇場に来ても先を急ぐことを恐れる。
テンパりながらも“あなたごときを?”と言ったのが誤魔化し以外のなんだというのか。
「………」
ああもう、と溢れる気持ちをこぼしてしまい、そのこぼした分だけで動いた体が華琳の頭を胸に抱いた。
急なことに「わぷっ?」なんて可愛い声をだした華琳の頭をやさしく撫でる。すると急に大人しくなる華琳……だったのだが、それがいつか自分が俺にやった行動だと思い出したのか、急に暴れ出した。
恥ずかしがることなんてないのになぁ。
……あの時、本当に……本気で嬉しかったんだから。
くすりと笑って、暴れる彼女にキスをする。
するとぴたりと動くのをやめて、すぐに舌を絡めてきた。
なんとも言えないくすぐったさが体中を巡り、そのくすぐったさを共感したくて、体を擦り合わせるように小さく動きながら口付けを続ける。
そして再び体に手を這わ……したら、また掴まれた。
「大丈夫。やさしくするから」
「!! な、なっ、なぁっ……!」
かつてない瞬間沸騰を目の当たりにした。でも手は止めない。
溢れそうだった想いは破壊衝動にも似た“滅茶苦茶にしたい”という願望から、“大切にしたい”という衝動に変わる。
大切だから、好きだから本能のままに抱き締めたいって気持ちもそりゃああるんだろう。
けど今はただただ大切にしたいって想いで心が占められる。
見つめる瞳も、落とす口付けも、触れる手も、全て静かにやさしく。そんな行動を体が自然ととっていた。
華琳はそんな行動からも少し逃げるような姿勢だったが、なにに対抗意識を燃やしたのか俺の体に触れてくる。
正直に言うとくすぐったい。
その微妙な感触に身を軽く竦ませたのを気持ちよさに耐えていると見てとったのか、途端にニヤリと余裕の笑みを浮かべる覇王様。
状況的に“違う”なんて言ってやれるはずもなく、余裕顔で俺を責めようとするのだが、逆に声を漏らして真っ赤になる覇王様。
……ごめんなさい、可愛くて仕方ないですはい。
「んっ……ん、くっ……」
「んくっ───!? ───、……」
愛おしさに誘われるように深く深くキスをする。
頭の中……思考回路がとろけそうになるくらいの熱が、吐息や唾液とともに体の中に送り込まれるような興奮を覚えた。
けれど興奮に括り付けておいた手綱は決して放さない。勢いに負けて襲い掛かるようなことはせず、欲ではあるけど愛で包み込むように。
心の高ぶりから、ゆったりした前戯がもどかしくなるんじゃないかと考えていた数時間前の自分なんて居ない。自分でも呆れるくらい、心の中はやさしさでいっぱいだった。
抱き締めた頭を撫でた時、どうして“ああ……返せてるのかもしれない”って思ったのかはちょっとわからない。でも……そうだよな。不安になっている恩人になにか自分でしか出来ないことでやさしくできたのなら……それはきっと、返せたって思ってもいいんだろう。
そう思った途端……思えた途端、小さく涙が溢れて……少しだけ、あの夕焼けの教室から始まった“自分”が報われた気がした。
……。
散々と語り、散々と求め合い、散々とぶつけ合って、散々と結ばれた。
いつ眠ってしまったのかも思い出せないくらいに疲れ果てた結果、まるで気を失うように眠ったのだろう。
そんな眠りから目覚めてみれば、隣では華琳がまだ眠っている。
「…………」
無言のままにさらりと髪の毛を撫でた。
そして───
「ごめんなさい」
割と本気で謝りました。はい。
う、うん、やさしく出来ていた。出来てたんだよ、本当に。うそじゃない。
ただそのー……深く求め合った濃厚な一回目が終わった時に、それで終わってれば良かったんだろうけど……華琳が「あら。一日中傍に居ると言ったというのにこの程度で満足なのかしら?」なんて言ってしまったために……。
第二ラウンド、第三ラウンドと続き、なんかもう途中からどちらが力尽きるかって求め方になってしまって。
「……~……」
頭痛い。
何ラウンドまでいったかなんてもう覚えてないよ。
ただ……なんというかそのー。
体が疲れたら氣で体を動かして、体が回復したら体で求めてってことを延々と繰り返して、もちろん華琳を俺の氣で包むこともずっとして、彼女の反応を窺いながら愛撫して、キスをして、興奮が冷めないような刺激を与え続け、反応が示す位置を何を言われてもゆっくりじっくり刺激し続け、終いには華琳がマジ泣きするまで……その。
ア、アーウン……女性ってあんなに連続で絶頂できるんだな……。
刺激が強すぎるところは責めてなかった筈なのに、彼女を包んでいた氣が彼女の体が求める位置を教えてくれたから、そこをしつこいくらいにやさしく刺激していただけだったんだが……。
いやまあ、一度達してからは容赦なく頂へと到達していたようでしたけど。
「…………我慢、ヨクナイ」
そして俺自身も乱れる華琳に夢中になって、加減の一切も出来なかった。
さらに言えば堪えていた分抑えも利かず……ええと。ようするに。
……若さって怖い。そんな濃厚な夜だった。
……。
涙の痕を残しつつ穏やかに眠る華琳を残し、着替えてから部屋を出た。
とりあえず風呂を沸かしましょう。
朝っぱらからですかとか言われるだろうけど、沸かそう。
城内での風呂がダメならいっそ川の方でドラム缶風呂でもいい。
とにかくいろいろとアレだから、華琳も起きたらすぐに体を洗いたいだろうし。
「風呂はすぐに沸かすとして、着替えも用意しないとな」
目指す先は自室。
バッグごと持っていけばそれで十分だ。
ついでに美羽も起こして……って、そういえば服、買ったはいいけど仕立て直ししてもらってなかったよな。
あれじゃあブカブカで着れないだろうし、今日のノルマが終わったら早速呉服屋に───などと考えながら自室の扉を開けた。
こうしていつもと同じ、けれどどこかいつもと違うサワヤカな朝が……
「美羽~、起きてルヴォァアアアーッ!?」
絶叫とともに開始した。
ホワイ誰!? 脳内でも口でも叫びながら、部屋の中に居る謎の人物へと駆け寄り…………それが人の寝台ですいよすいよと寝ているのを確認すると、バッと布団を剥ぎ取った。
金髪はいい。美羽も金髪だし。
けど身長的に有り得ないでしょってくらい大きかった。
もしや麗羽が侵入して!? とも思ったが、髪は全然ドリルじゃなかった。
なによりその謎の人物は、昨日俺が美羽に買ってあげた服を着ていて……!!
「ん……むみゅ……? 主様……?」
整った綺麗な顔立ちで目をこしこしと擦りながら、布団を剥ぎ取った俺にそんなことを言ってきたのだ───!!
……エ!? なにこれ!! ドッキリ!? カ、カメラは!? カメラは何処!? 真桜!? 真桜居るんでしょ!? 居るよね!? 居ると仰って!?
なんて思ってたら「んしょっ」と起き上がって寝台にちょこんと座った女性が、俺に向かってにっこりと笑って言った。
「主様、おはようなのじゃ」
「───…………」
……ああ、うん。
なんかもう、わかっちゃった。
長い金髪、無邪気な笑顔、ぶかぶかだった筈の服が余裕で着れるダイナマ───もとい、整った体躯。
初めて会った筈なのに俺を主様と呼ぶ女性。
……そして、なんか寝台の枕元に転がるどっかで見た大き目の酒徳利みたいな陶器。しっかりと栓がされてるからこぼれてはいないものの、これって……
「……みっ……美羽?」
「なんじゃ? 主様」
「やっぱりぃいいいいいいーっ!!」
朝。
部屋に戻ったら、美羽さんが大人になっておりました。
ああああああああああ!! 大人薬とか子供薬とか惚れ薬、部屋に回収しとこうなんて思うんじゃなかったぁああーっ!!
……と。どれだけ叫んでも誰に察してもらえることもなく。
俺は、新たに産まれた問題の種を前に、笑顔のままにほろりと涙した。
以下、一刀を探している時の華琳のボツ案です。
……ボツの方続けてたら面白くなったかしらと思うことって、結構ありますよね。
=_=/ボツ
「ん、んんっ」
街へ向かう途中、意味もなく咳払いをして来た道を戻る。
ふと思ったことがあったからだ。
最悪自分の首を絞めかねないものだけれど、上手くすれば希望が持てるかもしれないもの。
一刀の許可は必要にはなるものの……許可を得た上であれを使用するのはなんというか屈辱的ではないかしら。
いっそ事故ということで勝手に使用して───って待ちなさい、それはさすがに非道の域よ。ただでさえ惚れ薬を勝手に使ったのだから。
「………」
自分で自分を見下ろしてみた。
……見事にぺったりだった。
「成長する薬……ね。果たしてそれは希望かしら、絶望かしら」
目を伏せ、不敵に笑いながらも嫌な汗がじわりと出た。
今さら“薬などで大きくなるわけがない”などといった常識を振り翳すつもりはない。何故なら“薬など”で小さくなった例があるのだから。
つまり大人になる薬を使えば、自分の未来の姿がわかるというもので。
酔っ払った桃香に触られたり、雪蓮に鼻で笑われたことのあるコレからももしやすれば解放の喜びを得られるかもしれないのだ。
成長しきるまで待つ? 機が熟すまで我慢?
「───私はそんなに待てない!!」
成長しきってからでは遅いのだ。
成長の可能性があるうちになにかしらの手段を取れば、たとえ成長の薬を服用した先で絶望を見ようともまだ救いはあると信じられる。
しかし飲まずに成長して絶望を得たらどうだ? もはや夢も希望もない。
え、ええ、ええそうよ、一刀はありのままの私でいいと言ってくれたわよ。
けどなに? 胸が大きい者の傍に行けば必ずそちらに目を奪われているじゃない。
目は口ほどにモノを言う……なるほどね、よく出来た言葉だわ。
つまり私は絶望しかないかもしれない未来と希望が残った絶望、そして希望に溢れた世界を見る選択を自分の手に委ねられたのだ……!
───完
途中でこりゃいかんでしょう、と自重しました。
私はそんなに待てない!の時点で「ああ壊れた!」と気づけたので。
ちなみに私はそんなに待てない!はセレスティン。劇場版ああっ、女神さまっをどうぞ。