真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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98:IF/愛を育む人②

 胃がキリキリ痛むのを耐えつつ、美羽が教えて欲しいと言った箇所を教えていく。なんというか……大陸の文字を大陸に住む人に教えるのってすごい違和感。

 それでも蜀で学校の教師……みたいなことをしていた経験のお陰で、妙に構える必要もなく教えていけている。教えることで答えを得るや、美羽は「おおっ、なるほどのっ」と燥いでいた。応用問題を出してみるとぴしりと停止、だらだらと奇妙な汗を流していたが……

 

「美羽ー? わかったフリはよくないぞー?」

「そ、そんなことないの……じゃ? わわわ妾にかかればこのような問題なぞ、蜂蜜水を手に入れるよりも簡単なのじゃ?」

 

 じゃあなんで疑問系なんだ。

 そして美羽が蜂蜜水を手に入れるには俺の許可が必要だから、簡単とは言えないんだが。

 

「じゃあこの問題が解けたら蜂蜜水を作ろう」

「主様は妾のことが嫌いかっ!?」

「オイ」

 

 ついツッコミを入れてしまうくらいの即答だった。

 涙目になって振り向くくらいにわからんのか。そして振り向き涙目な美羽が可愛い。勝手に頭撫でる手を誰が止められよう。……華琳様から溢れ出る殺気がビタァと止めてくだすった。さすがです。

 

「ほらほら、いいからやる。出来たら教えてくれな。俺は自分の方をやってるから」

「う、うみゅぅううう……!」

 

 喉の奥から搾り出すような哀しげな悲鳴が聞こえた。悲しみが鳴ると書いて悲鳴だから、哀しげな悲鳴ってのはちょっとヘンだろうか。……まあいい。

 

「………」

 

 落ち着いたところで仕事を再開。

 さらさらと筆を走らせて、確認が済んだら落款。

 判子を落とすだけの簡単な作業だったら最高なのに、なんてことは時々思うけど極力思わないようにしている。楽ならなぁとはそりゃあ思うが、楽すぎると自分が都に貢献出来ている気が全然しないからだ。

 フランチェスカに居た頃なんて、及川と一緒に馬鹿やるばかり……むしろ及川に巻き込まれていた感が強いか。

 それでも楽しくはあったし、そういった日々が大嫌いだったわけじゃない。女性の中に男性が僅かに、という窮屈さは当然あったけど……楽しんだもの勝ちだったんだ。及川はそういった意味では生き方が上手かった。人としての順応能力が高かったんだろうな。

 俺は……正直に言えば、順応能力は低かったと思う。

 男子勢とは会話はしたが、女性相手とは線を引いていた自覚があるのだ。

 だから及川には女性の友達は多くても、俺にはそういうものは少なかった。どころか、“まったく無かった”って言っても、俺を知る男子勢は苦笑するだけで反論はしないだろう。

 そんな俺がこの世界でまがりなりにも支柱として立っている。

 

(……世の中、わからないもんだよなぁ)

 

 命を天秤にかけられれば頑張るしかないとはいえ、やっぱり思うのだ。御遣いとして降りたのが及川だったら、俺よりもっと上手くやっていたんだろうなと。

 ああ、なんだか悶々としてきた。

 仕事ほっぽりだして中庭で木刀振るっていいでしょうか。

 そして俺は心の解放を得て、部屋に戻ってくると顔が阿修羅面 (怒)となった華琳に迎えられて吐血確定の空気の中で残りの仕事をやるハメに───よし真面目に仕事しよう!

 ああもう! 想像の中の俺、寝る前まで───いや、部屋へ戻るまでは心がすごい穏やかだったのになぁ! 新しい朝を迎えたような温かな心境、猛るだけだった獣が守るべきを見つけたような落ち着いた心境だったのに!  でもだからって急に美羽を遠ざけるのって違うよね!? なりたくてこの姿になったわけじゃないし、惚れさせたくて子供の俺を惚れさせたわけじゃないんだもの! なのにきききき昨日華琳と愛を確かめあったから距離を置いてくれとか言うのは違うと思うんだ俺! 

 ……全然落ち着けてないぞ俺。

 

「………」

 

 つい先日まで、抱き締めればすっぽりと納まる小さな体が急に大人になっていました。可愛さを損なわずに、しかし綺麗になったと言える容姿。

 頭を撫でれば目を細めて喜んだあの小さな美羽が、こんな…………ああいや、頭を撫でれば目を細めるのはきっと今も変わらないんだろーけど。……や、やってみませうか?

 

「ねぇ一刀」

「ヒィ!? ななななんでせう華琳様!」

「……なにをそんなに怯えているのよ」

 

 なんか普通にヒィとか口から出たら呆れられた。

 怯えるなって、部屋中をこんな空気にしておいてよく言えるな……。

 

「一刀」

 

 わたわたと慌てていたら、目を細められて硬直した。

 目を細めるって表現っていろいろあるよねー、愛でたいものを見てうっすら微笑むとか、眠たげに目を細めていくとか……そしてマジな目になって殺気とともに見つめてくる時とか。

 

「あ、ああ。なななななに?」

「貴方……三国の父になるのよね?」

「父じゃなくて支柱ね?」

「同じことでしょう? いずれ三国に子を儲けさせる者となるのだから、言い方の違いはあれど結果は変わらないわ」

「主に俺の心への負担が段違いなんですが!?」

 

 言ってみたところで何処吹く風。

 フッと目を伏せ口角を持ち上げて笑う華琳は、堂々とした余裕を見せつつ“なにも気にすることなどないわよ”とばかりに落ち着き払っていた。……眉毛は怒りに満ちたまま。目よりも眉毛が口ほど以上にモノを言ってます。

 

「さて一刀? あなたが願っていた“初めて”は昨夜果たされたわね。その意味がわかる?」

「………」

 

 目が笑ってない。

 でも笑ってる。

 笑ってるのにコメカミがバルバルと躍動なさっておられる……!

 

「えーと……? わかると言えばわかる……かもしれないけど」

 

 でも“初めて”ってどっちの意味だ?

 俺が考えた方で、もし間違ってたらいろいろと恥ずかしいことになるんだが……。なので「具体的には?」と訊いてみた。

 

「え? あ、その……だから」

「うん? 俺が願ってた初めて?」

 

 昨夜果たされた……ふむ?

 なんかあったっけ。

 さっきまでマジな目をなさっていた華琳が赤くなるような初めて───赤く? 赤くはうあ! ややややっぱりそっちの意味なのか!? あ、あー……初めてなんて言うから、本気でやったことのないことを差しているのかと……!

 

「だからっ! 帰ってきて最初の相手が私という話よっ!」

「あ、ご、ごめん、丁度今思い出しヒィッ!?」

「なぜ言う前に思い出さないのよあなたという男は!!」

「タイミングが悪かっただけだって!! ていうか別にそれ言わなくても話進められなかった!?」

 

 ところでその絶がどこから出てきたのか是非訊きたいのですが! そしてなんで俺毎度毎度武器突きつけられて凄まれてるの!?

 

「……まあいいわ。ともかく、」

「あのー……まあいいならとりあえず絶を引いてくれると嬉しいかなー……なんて」

「……非道の王になってでも首を掻っ切ってやろうかしら」

「怖いよ!? 笑顔なのにとっても怖い!」

 

 あと話し合いなら絶は要らないんじゃってことを言いたかったのに、なんで首掻っ切ることになるのさ! もしかして話を遮ったことに苛立ってらっしゃる!?

 …………華琳って時々、人の話をまともに受け止められないくらい暴走すること、あるよね……。(注:主に一刀の鈍感思想関連です)

 ともあれ埒が明かぬと、華琳は絶を引っ込めて下がる。

 俺ももちろん安堵の溜め息を吐いて……俺の足の間に座っていたために同じく絶を突きつけられるカタチとなった美羽の、カタカタと震える体を───イ、イエ抱キ締メマセンヨ!? だだだって俺の手が動いた途端、下げられた絶を持つ手がピクリって! さらに言えば華琳がものすごい笑顔になっていくのをこの眼がハッキリと見ております!

 

「……は、話……続けようか」

「良い心掛けね」

 

 笑顔から殺気を抜いたものを向けられ、また溜め息を吐く俺。

 しかしながら震える美羽を前になにもしないのは嫌だったから、頭を撫でて落ち着かせた───ら、落ち着くどころか体の向きを変えて俺の胸にしがみついてふるふると震える始末でイヤァアアーッ!? 般若が! 視界の先で般若が誕生したァアアーッ!! 物凄い笑顔なのに両脇のドリルがざわざわ蠢いて……! み、見える! 彼女の氣が彼女から漏れ出して、彼女の頭上で般若のカタチになってゆくのが!

 

「華琳!? 華琳さん!? 美羽だから! この娘、美羽だから! 今までだってこんなこと、何度もあっただろ!? というか話進まないからその剥き出しの殺意をなんとかしましょう!?」

 

 これって……いい加減気づきもするけど嫉妬……なんだよな? あの華琳が俺にってのは嬉しいけど、毎度武器を取り出すのはさすがに勘弁です。なんて思いながら舞い上がってる俺の心にこそ馬鹿野郎と唱えたい。

 好きって言ってもらいたくていろいろ頑張ったのに言ってもらえなくて、だけど態度でこそ嫉妬を露にしてもらえたことが、なんというかその、夜を越えたことでひしひし感じられるっていうか……なんか体中がむずがゆいくらいに嬉しいっていうか!

 ……なのに目の前には般若がおるでよ。

 

「……一刀。大切な話があるからその娘を膝から下ろしなさい」

「膝じゃなくて足の間なんだけ揚げ足とってすいませんっ!! だから絶はやめよう!? つかこれもう脅迫の域じゃないか!? 非道になりそうなことはやめよう華琳!」

(……非道にならないように努めるのだって、限度があるのよ)

「あっ……大切そうな言葉を小声で言うの禁止! 聞こえなかったからもう一度言ってくれ華琳! なんでもないは禁止で!」

「なっ! 言えるわけがないでしょう!?」

「んなっ……!? 言えないくせに聞き取れなかったら男の所為にするパターンだろそれ! だったら最初から小声でも言うなよ! この問答で世界の男という男がどれだけ苦しい目に遭っているか! 聞こうとしているのにはぐらかされて、それなのに鈍感鈍感って! 鈍感は男がそうであるばっかりじゃなくて、周りがただ伝えきろうとしてないだけじゃないか!」

 

 そんなものは鈍感じゃない! 周りが勝手に理解に至らないものを1から10まで拾ってみせろって言ってるだけだ! 聞こえてない0をどーやって10にしろってんだ! いい加減にしろ!

 だから俺はもう引かないぞ! はぐらかされても言うまで訊きまくってやる!

 

「さあ華琳! なんて言ったんだ!」

「だだだから言えるわけがないと言っているでしょう! どうしてこんな時ばかり強気になるのよあなたは!」

「好きな人が辛そうにぽそりと何か言ってれば気になるのは当然だろ!」

「好っ───」

 

 相手が素直になれるようにと自分も素直な気持ちをぶつけてみた───ら、華琳が顔を赤くして仰け反った。絶も引かれ、カタカタと震えている……のに、しっかりとこちらは睨んだままだったりする。

 あの……なんだ。この可愛い覇王様は俺になにを言いたいのでしょうか。

 

「………………んどが……」

「うん?」

「だ、だから……っ……ひどっ、非道に……ならないように努めるのだって、その……限度が……」

「………」

「………」

「……ええとつまり? 昨夜は自分に手を出しておいて、その翌朝に足の間に女性を置くとはどういう了見なのかと嫉妬をヘボォウ!?」

 

 絶の頭で突きをされた。頬をドゴォと貫いたその衝撃は凄まじく、しかしなんとなくそう来るであろうことを予測して、顔を氣で守っていた俺には残念ながら死角が……あった。ダメージは殺せても脳が揺さぶられましたハイ。

 むしろ俺が勝手に思っていた嫉妬の話を適当に口に出してみたら、それが図星だったらしいことこそが一番の驚きだ。

 

「そこまでわかっているのなら少しは察しなさいこのばかっ!」

「じっ……自分は気づいても人をいじって楽しむくせに、その言い方はないだろ!」

「いじりたいからいじって何が悪いのよ! だだ大体私はっ! あなたのようにそのっ……見境なく女性を口説いているわけじゃないわよ!」

「なんで女性限定!? や、そりゃ男だったら俺も本気で怒るけど! ってちょっと待て! いつ俺が見境無く女性を口説いたっていうんだよ!」

「口説いているじゃない! そうでなければどうすれば三国の兵や将や王、民までもがあなたのことを認めるというのよ! 力で制した天下の先で、人柄で人心掌握!? でたらめにもほどがあるでしょう!」

「口説く過程で刺されるとか冗談じゃないんですが!? どこの世界に口説いて刺されたり命令拒否不可能宣言されたり腕折られたりメンマで友情深めたり三国無双に空飛ばされたりするヤツが居るんだよ! …………無言で人を指差さない!!」

「あら。メンマの件は口説きととっても間違いないのではなくて?」

「友情は口説きと違うと断言したい」

 

 ギャアギャアと騒ぎ合っても、些細な休止があればあっという間に落ち着く俺達。

 喧嘩慣れをしているとかではなく、言いたいことはあるけどそうまでして知らなければいけないことが山ほどあるって関係でもない。

 いろいろあるだろうけど相手は裏切らないって、心のどこかで確信してる所為なんだろうな。喧嘩はするけどそこまで険悪にはならない。距離を知っているとも言えるんだろうか。

 

「華琳。この際だから、思っていること全部……一度思いっきり話し合うべきだと思わないか?」

「奇遇ね。私もそう思っていたところだけれど……意外ね? 饒舌になるのは閨の中でだけだと思っていたのだけれど」

「しっ、失礼な!」

 

 言いつつも、黒い感じに目を細める俺と華琳。

 間に挟まれている美羽は俺と華琳を交互に見ておろおろとしている。

 そんな彼女をソッと逃がして、俺は華琳とニコリと微笑み合って……熱い語り合いを始めた。

 

……。

 

 語り合い。

 そう言ってしまえば落ち着いたもの、緊張するもの、出来ればしたくないもの、考えることなど様々だろう。

 王であるからと対等の存在がそう居なかった華琳にとって、敵ではない相手と語り合うというのはどうしても上からの目線になりがちだ。

 いや、むしろ対等の意識で話し合う相手なんて居るのかどうか。

 雪蓮にだって結構上から目線で言うことも多いし、相手が誰だろうとくすりと笑ってあの目で見つめる孟徳さんは、なんというか本当に誰も対等に見ていないのかもしれない……なんて思うことがあるのだ。

 

「大体華琳は勝手がすぎるんだよ! ばかはどっちだこのばか!!」

「あなたと麗羽以外にこれほどの馬鹿がどこに居るというのよこのばか!!」

「俺の目の前で顔を真っ赤にして叫びまくってるよこのばか!」

「なんですってこのばか!!」

「なんだよこのばか!」

 

 ……そう考えると、ここで互いに馬鹿馬鹿言い合っている俺はなんなんだろうと思えるわけだ。子供の頃の意識がそのまま残っている所為か、あまり躊躇せず馬鹿とか言っちゃっているわけだが。

 しかも華琳のことを友達だと認識している部分も残っているため、さらに言えば華琳も“友達”として受け入れた部分もあったため、馬鹿と言われれば馬鹿と返す意識を強く持ってしまっているようで……この有様だ。

 

「“三国の父”の話にしたってそっちがいろいろと広めた結果じゃないか! 人に根回しはどうだこうだ言っておいて、それをやってみせてるのはどっちだ!」

「そうでもしなきゃあなたが消えるかもしれないからやっているんでしょう!? 大体あなただって胸をのっくしてまで頷いたじゃない!」

「頷いたけどことあるごとに殺意剥き出しの覇王さまに絶を突きつけられるこっちの身にもなってくれよ! 他の誰かと一緒に居るだけで嫉妬するくらいなら最初から根回しなんてするなよ!!」

「理屈じゃないんだから仕方がないじゃない! だからそれくらい察しなさいと言っているのよこのばかっ!」

「俺の気持ちは察しないくせに自分のことばっかり察しろって無茶言うな! 縛り付けておきたいんだったら“好き”の一言くらい言ってみせてくれよこのばかぁっ!!」

「ひうっ!? ……ちょっと、なにも泣くことないじゃない……。だ、大体、気絶するまで許してあげたというのに、なにも察することが出来ないほうが問題じゃない……」

「王なのに好きの一言も言えないほうが問題だっ!」

「おっ……王だからおいそれと言えないことだってあるのよっ!」

「それは王ってものを盾にして逃げてるだけだろ!」

「───逃げる? この私が?」

 

 あ。なんか地雷発言したかも。

 逃げるという言葉にピクリと反応した華琳が、口角をヒクつかせながら腕を組み、ギロリとこちらを睨んでくる……その威圧感たるや、さすがは覇王と呼べるものであり───!

 

「いい度胸だわ一刀。この曹孟徳に向かってよくもそれだけの口を叩け───」

「逃げないならはい、好きって」

「言えるわけがないでしょう!?」

 

 ───そんな覇王を愛し続けたこの北郷、今さら睨まれる程度では引きませぬ。

 威圧感も真っ赤になった華琳からは既に感じないし、好き勝手に物事を言い合っている間は、ただの年相応の少女に見えた。

 

「ほらみろやっぱり言えないんじゃないか!」

「いぃいい言えないにしても逃げていることと同じとは限らないでしょう!」

「じゃあこれから一生華琳に好きって言わないことにする」

「!?」

 

 面白いくらいに動揺した。

 しかしすぐに“自分”を取り戻すと、余裕の笑みを以って俺を見つめてくる。

 

「へ、へえ? あなたはそれに耐えられるのかしら? 人のことをきぜっ……気絶、するまで求めた男が」

「本気で泣いて、もうやめてって頼んできたくせに」

「うくっ!? か、かか一刀っ!? あなたはっ!」

「華琳のこと、殴って殴って殴り抜いて屈服させるなんてことはしないけど、あの瞬間だけでも屈服したんなら少しくらいはこっちの言い分も聞いてくれるとありがたいんだけどなぁ……」

「うっ……う、う~っ! うぅ~っ!!」

 

 相当に屈辱だったのか、言い返せないのが悔しいのか、はたまたそもそも“殴って殴って殴り抜いて~”の部分が自分の言葉だったから言い返す言葉が出てこなかったのか、華琳は彼女にしては相当に珍しく、カタカタと震えながら悔しそうに俺を見つめていた。

 うん、冷静になって今の自分を客観的に見ると、ただの子供の喧嘩だよねコレ……。

 しかし……なんだろう。妙な方向性の話し合いとはいえ、なんだか成り行きみたいな感じであの曹孟徳を言葉で黙らせてしまった……! これって喜んでいいことなのか? いやもうほんと、傍から見ればただの痴話喧嘩とか子供の喧嘩にしか見えないんだろうけどさ。でもその勝利をもぎ取った切っ掛けが情事っていうのはどうなんだろう。少したそがれたくなってしまった。

 

「おぉお……主様が曹操に勝ってみせたのじゃ……!」

 

 などと微妙な勝利を味わっていると、一部始終を見ていた美羽が“ほぅう……”と熱い溜め息を吐くように言う。

 すっかり美羽が居たことすら忘れていた俺と華琳はンバッと美羽を見るのだが、とうの美羽はこてりと首を傾げるだけ。……ではなく、みるみる赤くなってゆく華琳が俺の足をげしげしと蹴り始めていたたたたっ!?

 

「ちょ、なにすんの華琳! べつに蹴られるようなことしてないだろ俺!」

「~っ!!」

 

 涙目でキッと睨まれた。あらやだ可愛い……!

 真っ赤なのはやっぱり恥ずかしさからのようであり……ああ、まあ、うん。華琳のことだからきっと、“人前で”言い負かされたのが自分でも予想外なくらいに恥ずかしかったんだろうなぁ。

 なんというか狼狽える春蘭を見た秋蘭が、ホウと溜め息を吐く理屈が今の俺にならわかるかもしれない……そんな気がした。

 そ、そうだよな、何度確認してるのかとかそんなことは横に置くとしても、やっぱり華琳も覇王である以前に一人の人間で一人の女だ。失敗だってするし躓くことだってするし、墓穴掘って恥ずかしい思いをすることだってある。

 で……そういう場合は素直に認めるか誤魔化すかをするんだが、その誤魔化し方とか認め方って結構麗羽に似てたりするんだよな。なんでだろ。

 

「はあ……」

「っ!?」

 

 顔を赤くしながら、恐らくは何かを言おうとしていた華琳をきゅむと胸に抱いた。すると焦った様子も治まり、ぴたりと止まる華琳さん。

 しかしながらハッとなにかに気づいたのか、ばたばたと暴れだし───意地悪ながらも、あまり暴れて欲しくは無かった俺はある一言を華琳へ向ける。

 

「えーと……“私を納得させたいなら力ずくで叩き潰しなさい。あなたの前に私を跪かせることが出来たのなら、殺すなりあなたの理想に従わせるなりすればいい”……だっけ?」

「……、……~っ……、~……」

 

 華琳が桃香との舌戦で言った言葉の一つだ。

 言った途端に華琳の体がぎくりと跳ね、声にならない……でも音としては聞こえるような、「きぃいゆぅう~……」って感じの音が悔しそうな音色で聞こえた……気がした。

 や、ほんとになにかをするつもりはなくて、せめてもうちょっとこっちに合わせてくれたらなとかそういうことを考えただけなんだけど……なんだろう、言っちゃいけないことを言ってしまったようなこの嫌な予感は。

 力ずくで華琳を叩き潰すことなんて出来る筈がないし、逆に潰されそうだし……いろいろなところを。だからこう、抱き締めている今を力ずくでって意味で言ったんだ。うん、それは間違い無い。抱き締めたまま離してやらないぞ~って意味だ。なのに華琳の様子がおかしい。

 ……マテ?

 さすがに跪かせることは出来ないけど、泣かせちゃったし、もうやめてとも言われたわけでして、その。たった今舌戦めいたものでも大変珍しくも勝ってしまい、顔が真っ赤な華琳さんをこうして抱き締めているわけでして。

 あぁあ落ち着け落ち着け、勝ったって言っても力じゃないし、大体情事で勝ってもなんか嬉しくないんですけど!? それ認めちゃったら王に対してアイアム種馬宣言をしたようなものじゃないか!? しかもそれで相手が屈服したことを認めちゃったら、俺自身がこう……やっぱり覇王を打ち負かす種馬とかベッドヤクザとか要らない二つ名ばかりつけられて……ハ、ハワワ……!

 あ、あの!? 華琳さん!? なんで黙ってるんですか!? なんで少し震えながらも俺の腕に納まったままなんですか!? なにか言ってくださいすっごい気まずい! 気まずいのにこの腕の中にすっぽりと納まる感触に心の芯は落ち着きを得ている俺はおかしいですか!?

 

「か、華琳? その~……」

「…………なによ。屈服させて、したいことがあったから人の言葉を言質に取るようなことを言ったんでしょう?」

「うっ」

 

 涙目の、むすっとした顔で見上げられ、睨まれた。

 やばい可愛い……いや違う、可愛い……違う、可愛い……ああもう可愛いなぁ! 言ったらまた絶が突きつけられそうだけど!

 いや、それでも落ち着こう。好きな相手の意外な表情を見れるのはとても嬉しいことだが、このままだと危険だ。主に俺の今後が。覇王を正面切って言葉で黙らせて泣かせて屈服させたなんてことが桂花や春蘭や秋蘭に知られてみろ。俺の首という首が全てバラバラにされかねない。……手首とか足首ね? 首が何個もあるって意味じゃないからね? いや、ないから。乳首関係ないから。

 でも俺が華琳にしてもらいたいこと? なにかあるだろうか。

 ……そりゃ、散々愛したし愛も唱えたし、“我慢”って意味では解消されている……や、コトがコトだけに聞き方によっては下種なお話なわけだけどさ。愛したのに解消って言い方はひどいよな。でも事実なわけでして。やっぱり我慢はよくない。

 ではどうするか? どうするって───


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